2019/09/13 - 2019/09/22
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この旅行記のスケジュール
2019/09/15
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バスでの移動
タリン市バス1A系統(J.Poska→Viimsi vallamaja)
この旅行記スケジュールを元に
エストニア旅行記パート11!
雨のカドリオルク公園を散策した後バスに乗って郊外のviimsiへ行き、Eesti Sõjamuuseum - kindral Laidoneri muuseum(エストニア戦争博物館-ライドネル記念博物館)へ向かいました。雨と風がドンドン強くなってきて、カドリオルク公園の近くのスーパーで買った簡易レインコートはボタンが吹き飛び壊れてしまいました・・・。びしょびしょになりながら到着した戦争博物館の見学パートです。
展示が多く写真がかなり多くなってしまったので戦争博物館はパート2つに分けます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1A系統バスを乗ってViimsi vallamajaで下車します。このViimsi vallamaja、どうも北行きだけが止まりタリン市に向かうバスは止まらないようなので(実際帰りそうだった)、帰るときはタリン市行きのバスが通る大通りに行くか、このバス停から終点まで行って折り返してくるしかないのです。
ちなみに前の建物はViimsi vallavalitsus、Viimisi町の町役場で、この旅行でエストニアに入ってから初めてタリン市外に出ました。 -
雨が酷くてレンズが曇っていますが気にしないでください(´・ω・`)
降りたバス停の側にあった公園です。
雨で誰もいませんが、観光客向けではなく完全に地元の人向けの施設です。 -
ここは公道のようでショートカット出来るんですが(実際にこの後歩いてる人がいました)、泥のぬかるみが酷く前に進むことさえ困難そうだったので大回りする舗装された道へ回りました。
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そしてその道も風で枝が折れたのかこんなことになっていましたがぶつからないようにして進みました。169cmの自分がぶつかる高さなので、大柄なエストニア人なら確実にぶつかるでしょうね・・・。
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案内が出てきました。EESTI Sõjamuuseumは直訳するとエストニア戦争博物館になり、その名の通りエストニアの戦争について展示している博物館です。
この交差点を右に曲がります。
バスはここまでは来るんですが私が降りたバス停のあとはViimsiの中心地に向かってしまうので徒歩で行くしかないんです。 -
博物館に向かう道のりです。観光地というわけではなくて完全にエストニア人が日常生活をする空間。華やかなタリン旧市街だけではなく、この地元の人が生活する空間というのを見るのも楽しいです。もちろん迷惑をかけてはいけないですが・・・。
迷惑をかけてはいけないと言えば、横の配電関係?の箱に「小山」と読める落書きがあり感じだし極東の漢字圏の人がやったのかなあと残念な気持ちに成りました。後日かなり遠く離れたところでも同じ落書きを見ており、しかも小の字の上に○があったりとなんなのか考えてしまいます。ただの漢字ではない?正直謎ですが落書きは腹立たしいです。 -
広い道路側にもバス停は有るのですが、本数が少なく観光で使うには実用的ではありません。そしてタリン市交通局ではないのでタリンカードは使えないという・・・。というより本数が1時間に4本程度ある1A系統が近く通るのでそっち使った方が便利ですからね。
ちなみに3枚目の写真のぬかるみの道を通ってくるとここのあたりに出てきます。 -
しばらく進んで左手に入ると目的地が見えてきました。
もうこの頃にはカドリオルク公園の前に買ったレインコートはボタンが全て飛び、一部ビニールが裂けている状態でもはやゴミ袋をかぶった不審者の様な状態に成っていました・・・(´・ω・`) -
戦争博物館としての歴史と言うよりもこの建物の歴史について記載されている看板です。建物の建築は1830年代だけどそれより前からここにマナーハウスはあり期限は1471年まで遡る、戦中はナチスドイツの軍隊により利用され、戦後はバルト艦隊のシギントの基地として使われた(KGBが使っていた?)などが書かれています。
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上で解説してしまいましたがこの建物はロシア帝国時代にマナーハウスとして建てられたものになりますので、戦争博物館というイメージとはほど遠い外観になっています。
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スウェーデンが開発した榴弾砲でフィンランドでライセンス生産された105mm H61-37というものの様です。第二次世界大戦前に作られた物でソビエトとの戦争で利用されその後も継続使用されていましたが、1990年代にエストニアに売却されたそうです。
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その後2009年まで使用されたあと現在では砲兵の訓練用としてまだエストニア軍に在籍しているようです。第二次世界大戦前のものでもまだまだ利用可能なのですね。
左右で同じものがおいてありました。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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後ろから見た図。近代化改良はしているようですが、時代を感じます。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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Madsen 20mm M38 対空砲と紹介されていました。戦間期のデンマークで開発されたもので、Madsenは世界初の軽機関銃を開発した会社として知られていますが、M38は日本ではなじみがあまりありません。中華民国国民党軍が対戦車機関銃として導入していたこともあり、日中戦争では日本はかなりの被害を受けた兵器です。
エストニアでは対空砲として利用していたのですね。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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この施設はエストニア防衛協会(パート06参照)が運営していることもあり、エストニアの戦争の歴史を展示するとともに、エストニア人に国防について意識してもらう施設でもあります。
そんなわけで子ども向けの顔出しパネルがありました・・・。ただこれ子ども届くのかな・・・。 -
それ以外にもいろいろとおいてありましたが梱包されていて不明。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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レゴの戦車版!
これも子ども用でしょうね。 -
剣と楯です。子ども達向けのイベントでも使うのでしょうか。
日本でもこのようなもので遊ぶ子どもは多い、というか私も子どもの頃はよくやりましたが、それはどこの国でも変わらないのでしょうね。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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しっかり見てこなかったので詳細不明ですが、この建物の歴史や用途が書かれていたと思います。
viimsi地区のマナーハウスとして建設されて使われたもので、エストニア独立前後に司令官として活躍したライドネル将軍の邸宅として使われたこともあります。
その為1階は戦争博物館として、2階はライドネル将軍の博物館として使われています。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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戦争博物館ですが元々はマナーハウスなので豪華な内装をしています。
ここはイベント時にホールとして使うそうです。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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天井には立派なシャンデリアが設置されていました。
昔からのものかとも一瞬思いましたが、ソビエト占領期には軍施設として使われていたので割と新しい物なのかもしれません。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍が第二次世界大戦で使用していた武器類だそうです。
航空機とかはだいたいわかるけど銃火器はあまりわからないんですよね・・・。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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様々なライフル銃や自動小銃が展示されています。
大まかな区別しかわからないのでなんとも言えない・・・。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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第一次世界大戦~ブレスト・リトフスク条約の時期のバルト戦線の動きの図です。
割と大きくヨーロッパ全域を描いている地図だったんですが、この一部撮った写真しか撮らなかったのが残念。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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第一次世界大戦の交戦国の英語名、エストニア語名、国旗になります。
離れている国は英語名やドイツ語名をエストニア風にしたスペルになりますが、近隣の大国は英訳、ドイツ訳とはまったく違うエストニア独自の表記になっています。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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これは日本でも世界史で教わる内容ですね。結果的にはこれが第二次世界大戦へと繋がってしまう原因の一つになってしましました。
この様なエストニアだけでなく世界に関する内容もこの博物館では展示しています。 -
第一次世界大戦はよく戦車、飛行機、化学兵器の戦争と言われますが、第一次世界大戦で広く実用されたものにオートバイがあります(エストニアに限らず欧州戦線全般)。ロシア帝国軍としてエストニア人もこのように活動していたのだと思います。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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今と表記が変わっていますが、Narwa→ナルヴァ、Dorpat→タルトゥ、Reval→タリンです。第一次世界大戦中の設定なので独立前の名称に成っています。
ちなみにスペルから察しがつくかも知れないですが、地名はだいたいドイツ語名称で当時ロシア帝国の支配下にありましたがドイツ名のままだったことになります。
まあ首都ペテルブルクがドイツとの戦争を機にやっとペトログラードとロシア表記に変えたくらいなので意外と当時のロシアはそのあたり緩かったのかもしれません。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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1918年2月24日にパルヌで発表された独立宣言文の複製です。
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エストニア独立戦争の際に功績のあった軍や兵士に授与された勲章です。
国旗の色がかっこいいです。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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エストニア独立戦争時のポスターと国威発揚の為?独立したエストニア国旗を振る兵士の像です。
ここではまったくふれられていませんでしたが、この時期エストニア国旗はいくつかの案があったりそもそもバルト公国構想(現在で言えばエストニア+ラトビア、当時で言えばエストランドとリヴォニア)などという今の国の枠組みと全然違う国の構想があったりと国のイメージもしっかり出来ていなかった事もありました。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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誇り高く独立エストニア国旗を揚げる兵士。
その為エストニア国旗もこの上から青・黒・白の三色旗の他、白地に黒のスカンジナビア十字(バルト公国案)、上半分は青、下半分は白に黒のスカンジナビア十字、上から緑、紫、白の三色旗など様々な提案があり最終的にこの国旗になっています。
独立回復後も変更案などもあるのですが、この国旗がエストニアの国旗として独立以来続いています。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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降伏する労農赤軍兵士と戦死した傍らの兵士。
割とこのあたり日本よりリアルに描いていますし、あとソビエトや赤軍に対する扱いはすごいものがあります。歴史を考えると仕方ないですけど。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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独立戦争の際に労農赤軍とエストニア軍で大激戦になり壊滅したナルヴァの様子です。中心に残っているアレクサンドゥリ教会は1944年に今度は労農赤軍とドイツ軍の戦争により今度は壊れてしまいます(現在は再建済み)
解説文によればこの戦いで130近い建物が全壊し37の建物が一部損傷したそうです。ナルヴァはこのあとナルヴァの奇跡と呼ばれるエストニア軍の反抗でエストニア領となりました。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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榴弾砲とそれを扱う砲兵の像です。第一次大戦直後の戦争なので、塹壕戦と榴弾砲という戦いだったのでしょうね・・・。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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エストニア独立戦争は東部方面だけでなく、リヴォニアのリガなど現ラトビアでも行われ激戦が繰り広げられました。ロシアVSエストニアではなく、ボリシェヴィキがエストニア人やラトビア人にも一定数いたため困難な闘いになっています。
またエストニアとラトビアも国境線画定の際に戦争の一歩手前まで行きましたが、イギリスの調停により回避されています。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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塹壕で戦闘するエストニア軍兵士を再現した人形・・・。
独立の為には犠牲も多かったのです。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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第一次世界大戦からエストニア独立戦争の期間に使われた武器類になります。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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第二次大戦期のエストニアはモロトフ=リッベントロップ協定の秘密協定によりソビエト勢力圏に、その後バルバロッサ作戦の発動とともにドイツ勢力下に入り、最終的に1944年9月にソビエト軍にタリンが『解放」されソビエト勢力下になります。
そのような数奇な運命をたどったエストニアでは各陣営に徴兵された人たちが同じエストニア人同士戦うという事が起きてしまいました。
この人形はドイツ、ソビエト、エストニア国内軍のそれぞれの下級兵士が持ち場を離れつかの間の談笑を楽しんだ、という場面を描いています。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ソビエト軍に組み込まれたエストニア人将校の像だったかな。ちょっと記憶が曖昧。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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一方でこちらは米国合衆国軍の一員になったエストニア人兵士。エストニア人が多数アメリカを含む西側陣営に亡命し、そちらで活躍する人たちも多かったのです。
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こちらはエストニア領内でソビエトに対して抵抗運動を行った「森の兄弟」の活動員です。元々ナチス側で戦っていたエストニア人がドイツ軍、武装親衛隊の撤退時にそのままエストニアで戦うことを選んだ人たちがルーツになります。
1945年以降ソビエトの占領に対しゲリラ活動を行いますが、徐々に包囲殲滅や摘発されていき1950年代後半には抵抗活動は収束していきます。 -
エストニアと核という内容で説明がありました。シラマエでウランを採掘していた事、8カ所にあったミサイル基地、タルトゥ空軍基地に配置されていた戦略爆撃機や輸送機についてなど詳しく説明をしています。
郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ソビエトの戦車の解説になります。
この内容が当時一般に出回っていたのかはわかりませんが、割と興味深くじっくり読んでしまいました。
M-60、M-114A1、レオパルト1、マルダーの敵陣営の戦車も掲載して比較しています -
ソビエト占領下のエストニアソビエト社会主義共和国(ENSV)時代のソビエト軍の配置図になります。エストニアは西側との最前線の一つだったこともあり、陸海空防空の4軍が重点的に配置されていました。上に書かれているタルトゥの他パラジスキーは海軍都市として閉鎖都市になっていました。
現在ではタルトゥ空軍基地は基地でなくなり跡地の一部には国立博物館が建っていたり、パラジスキーも外国人が簡単に入れる街になりました。郊外にある戦争博物館。 by かるあみるくさんエストニア戦争博物館 - レイドナー将軍博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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エストニアに展開していた戦略爆撃機や輸送機、戦闘機などの写真になります。当たり前と言えば当たり前ですが、日本で生活していると戦略爆撃機=B52になりがちなので、ソビエトの戦略爆撃機をこういう風にみるとやはりエストニアは冷戦期にソビエトに組み込まれていたのだなと実感します。
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