2019/09/13 - 2019/09/22
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エストニア旅行記パート23!
引き続きナルヴァ川付近を散策してロシア領にあるイヴァンゴロド城を眺めながらナルヴァ城との対比をしてみたりしています。
その後ナルヴァ観光案内所にちょっと顔を出したあとナルヴァ城へ向かします。
ナルヴァ城は復元されたお城でどちらかというと博物館と展望室メインの施設です。またソビエト占領下の1970年代から修理は始まっていますが、訪れた時も南側の城塞は修理中で入ることが出来ませんでした。
城内展示は主にスウェーデン統治下での出来事を展示していて、ナルヴァを舞台に戦いが繰り広げられた1701年のナルヴァの戦いについて詳しく転じしていました。
ナルヴァ城編はこのあと展望台での撮影もあるのですが、区切りの関係でそれは次のパートに掲載します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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前のパートでの最後に書いた通り、街の北側から南側に行くのに国境地帯を大きく回り込まなければ行けない状態なので、階段を降りてナルヴァ川のプロムナードのところまで降りていきます。降りていく形なのでまあ平気ですが、逆に上るとなると結構大変だなあという高さで、南側でナルヴァ城に上る際には階段ではなく坂道なのは把握していますがそれでも結構大変だなあとちょっとおっくうになったり。
ロシアが手が届くところに見えます。このロシアが日本の近くまで繋がっていると思うと不思議な気分です。 -
友好の橋の北側には階段がありナルヴァ川の河川敷道路、ナルヴァプロムナードまで降りられます。半分くらい降りて来てやっと友好の橋と同じ高さです。やはり元々要塞として利用していた崖なので高さがあります。
これをさらに降りて橋の下を抜けてナルヴァ城を目指します。 -
ナルヴァ川と同じ高さに来て下から友好の橋を見上げます。先日ピリタで見た橋よりはしっかりしていますが、国境の橋と言っても特段普段と違う様子はありません。
警備隊みたいな人もおらず写真を撮っても何も言われませんでした。 -
先ほどまでいた場所は崖の上になります。あの少し張り出している崖はヴィクトリア要塞の砲台だったようです。エストニア側は特に川に向かって急激に降りていく地形になっていて、この地に城を造った理由もよくわかる地形でした。
この先12キロほどでバルト海にナルヴァ川は注ぎますが、河口に近くなると平坦な地形になるようです。 -
地元の人が釣りをしたりプロムナードで話をしたり・・・。
ちなみにここに限らず街中で聞こえてくる会話は全てロシア語でした。
知らなければこれが国境の川、しかもロシアとエストニアという仮想敵国の国境を隔てる川とは思えないほど長閑です。 -
これは張り出した砲台跡ではなく、橋を架ける際に城壁の一部を切断した跡の様です。ナルヴァもタリンと同じく城壁に囲まれた街でしたが第二次世界大戦でほぼ完全に焼失してしまい、現在ではナルヴァ城周辺に少し残す限りです。
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初めて橋を右側から見てみました。こちらをみても言われなければ国境の橋なんてイメージできないくらい普通の橋です。
強いて言えばフェンスが頑丈なのと照明の間隔が非常に狭いことくらいでしょうかね。 -
何も書いていないですがこの標識の意味するところはよくわかります。
先ほど友好の橋の反対側から崩れているところも見ましたが、城の石垣が崩れることが多発しているのですかね。 -
橋の上はやはり国境の橋だけあって他の橋に無いような頑丈なフェンスをしていたり照明が短い間隔で付いていたりとしっかりとした設備になっていました。
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ナルヴァのプロムナードを南に向かって歩いていきます。すぐそこにロシアがあるとは思えないほど長閑な雰囲気。誰一人緊張している人はいなくてむしろ自分が一番国境地帯と緊張している様にも思えてきました。
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ナルヴァ川プロムナードから見上げると相当高いところに城壁が見えます。城が無くても中世の戦略なら攻略が難しそうな場所にかなり高い城壁が建っているので、星形要塞もあり当時としては非常に難所だったのだと思います。
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イヴァンゴロド城はナルヴァ城に比べて低い位置に立っています。ただ後ほどナルヴァ城から見るとわかりますが、その一方でイヴァンゴロド城は城壁が多く守りは堅そうなお城でした。
ナルヴァ川 滝・河川・湖
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ロシア側でも釣りをしている地元の人が多数居ました。しかも向こう側は護岸工事がされていなく川の中まで入って釣りをしていました。
割と流れの速い川でしたが、ロシア側ではそこまでではなさそうです。ナルヴァ川 滝・河川・湖
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遠くに見えるのはロシア側の発電所です(後半で詳細を記載します)。
川の流れが蛇行しているのもあって流れが速いところと遅いところがある感じで、泳いで国境を渡るのは難しい感じになっていて天然の要害になっていました。 -
見上げるとビルのように城壁が見えます。
狭間というには大きい口がいくつも開いていますがあそこから銃口を出していたのでしょうか・・・?
結構窓と同じくらいの大きさがあるように見えますが・・・。 -
川がかなり鋭角に曲がっているところまで城が張り出し、防御用の塔が建っています。イヴァンゴロド城が築城されたころの戦術を考えると渡河作戦を行うのが難しくなりますし、ここが一番ナルヴァ側に近いのでナルヴァ側に打撃を与えるのにも優れていると思います。
ナルヴァ川は東西どちらも天然の要害で現在もこの一体をナルヴァ地峡とも呼びますが、その当時から重要な地点だったことがわかります。
ちなみにこれ築城された当時、どちらもスウェーデン領だったのですがその双方に建てたのはやはり重要地点だったからなんでしょうね。 -
既に何回か書いていますが、ナルヴァ川の河畔はナルヴァ川プロムナードとして整備されていました。見所を示す案内板がエストニア語、英語、ロシア語で書かれていました。
観光客以外で英語とエストニア語を読む人いるのかなというくらいロシア語しか聞こえないナルヴァですが、エストニア政府の方針でロシア語表記はこういう場所でしか見られません。 -
ナルヴァ川プロムナードをずっと歩いていっても良いのですが、駅近くに戻ってしまうことになるので、ここを右に曲がりナルヴァ城の入口方面へ向かっていきます。
ちなみにこの道路、後ほど上のナルヴァ城からの撮影で出てきますのでいい目印になりました。 -
こうやってみると元々の丘の上に盛り土をしてナルヴァ城の敷地を確保している様に見えます。ここも張り出した砲台陣地跡で、日本ではこの手の城郭は五稜郭が有名ですが、ナルヴァは8カ所このように張り出した砲台陣地がある要塞でした。
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このあたりは地元住民の散歩コースになっているようで結構な数の住民と会いました。やはり首都タリンに比べアジア系の人が珍しいらしく、じろじろみられることもありましたが「Здравствуйте」と挨拶をすると笑顔で返してくれたり、いろいろと話をしてくれる人も多かったです。
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ナルヴァ川とほとんど同じ高さの道を歩いてきましたが、ここから城と同じ高さの道に向かうので急勾配になります。ソビエトからの独立回復後国境についていろいろもめたことがあり、エストニアとしては本心はここを国境と思っていないのはあるのですが、地形的にみるとここが国境というのはすごく納得します。
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ナルヴァ到着後すぐに通った道に出てきました。1時間ちょっとかけてナルヴァの日常を散策しながら一周してきたことになります。
ここからはナルヴァ城に向かう普通の観光ルートに向かいます。 -
ナルヴァの観光地を示す標識がありました。あんまり観光地はないのが実情ですが、こうやって街歩きしているだけでもタリンと違うことがいろいろ発見でき楽しい物があります。
バルト海までは12キロほどあるのにナルヴァ港まで2.3キロというのが少し気になり調べてみたら、ナルヴァ川沿いにナルヴァ港というボート・ヨットマリーナがありました。ただ直線距離だと1.5キロほどですが、道なりに行くと確かにそれくらい距離があるようでした。 -
ナルヴァ城の敷地のすぐ横にあったこの建物、おそらく戦後すぐの建築だと思いますがボロボロでした・・・。廃墟かなと思ったら普通にお店が入っているようです。
地震がないぶん日本と違ってこの状態でも使えるんだなと・・・。まあ確かにこの状態でもそこそこ頑丈には思える。 -
この先を右に曲がると税関・入管などの設備があり、車でロシアに入国する際にはここで並んで待つのがルールの様です。このときはガラガラでしたが、ナルヴァ城見学後見たらかなり並んでいました。
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上の写真のすぐ左側の建物の入口でつながれていたわんちゃん達です。
国が違い言葉も違う場所ですが、どこで見ても犬は可愛く思えます。声かけたかったけど驚かれてもいけないので自重。 -
ナルヴァ城に向かう前に観光案内所に向かいました。
観光地について尋ねましたが、ナルヴァ城、タウンホール、美術館くらいしかないと、南部のクレンホルム地区も産業遺産が多いけど日曜日にあるガイド付きツアーでしか中に入れないとのことでおとなしくナルヴァ城をゆっくり観光することに。
ちなみにナルヴァ城にレストランがあるかに関してはあると答えてくれましたのでそこで食べることに・・・。ナルヴァ城の側にある観光案内所 by かるあみるくさん観光案内所 (ナルヴァ) 散歩・街歩き
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観光案内所の地下にはソビエト軍の爆撃で崩壊する前の旧市街の基礎があるのでガラス張りで公開されていました。
ナルヴァ城の側にある観光案内所 by かるあみるくさん観光案内所 (ナルヴァ) 散歩・街歩き
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タッチパネルで案内するモニターが設置されていました。ナルヴァに来てからIT関係の物はまったく見ていなかったですがさすがエストニアです。
ちなみにこの観光案内所、イヴァンゴロドの観光案内もありましたが、ビザなしでロシアに入国できるエストニア人やエストニア在住ロシア人には1日観光はむしろ当たり前なのかもしれません。ナルヴァ城の側にある観光案内所 by かるあみるくさん観光案内所 (ナルヴァ) 散歩・街歩き
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観光案内所の前から撮影してみました。左側の貯水槽のあるビルはやはり結構有名なようで日本語サイト以外でもよく取り上げられていました。ナルヴァ駅の給水塔を調べたくて検索してもこれが引っかかるという・・・(笑
右下にはNARVAの文字を象ったモニュメントがありました。あれも撮っておけばよかったと後悔(←現地で気付かなかった)。 -
観光案内所でナルヴァ城にレストランがあると聞いたのでこのままナルヴァ城に向かいます。
ナルヴァ城の入口にはモニュメントが置いてありましたがなんのモニュメントかはわからず。ソビエト占領時代にこの公園に労働運動のモニュメントが設置されたそうですが、2010年代に撤去されているはずなのでそれとは違うのかなと思います。 -
ナルヴァ城の敷地に入ると公園の様になっていて噴水があったりしました。
割と古く戦前からこんな感じの市民公園としても親しまれていたそうです。 -
この城門から奥に入るとナルヴァ城の要塞と塔があります。
日本で城というと敷地の中央にある天守閣がイメージされますが、ヨーロッパの城にはあまりそういうものがなくただの要塞であることが多いのでなかなか表現が難しい・・・。
逆にヨーロッパのお城!というイメージの物はそれ自体には大きな防御力がなく国王や貴族の邸宅だったりするのでいきなりお城があったりしますね。
エストニアにある城は要塞なので、ああいうお城はありません。 -
いきなり城門をくぐるのではなくまずは市民公園となっている部分を散策してみます。
綺麗な公園になっていましたがやはりここも人が居ない・・・。 -
こんな感じで南側の斜面ぎりぎりに柵がありナルヴァ南部を眺めることが出来る展望台になっていました。
ベンチもあって休みながら眺めると良いのかなとも思いますが、そんなに長時間見る景色でもないので地元の人がメインかな。 -
そこからの景色がこんな感じです。先ほどナルヴァ川のプロムナードから観光案内所の方へ向かってきた道が左手から右手に延びている道です。見上げていた石垣の上の陣地がこの写真を撮影した場所です。
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どのような意味があるのかは不明ですが、変わったオブジェが展示されていました。
なんなんでしょうね・・・。 -
ナルヴァ城は高台に築かれているのでナルヴァ川の反対側もよく見えます。写真に写っている施設はНарвская ГЭС(ナルヴァ水力発電所)と呼ばれるロシア側の施設です。
ナルヴァの南にはナルヴァ川をせき止めて造られたНарвское водохранилище(ナルヴァダム湖)が1955年に完成し、そのダムを利用して発電されています。 -
少し寄り道をしましたが城門を通り城内へ入っていきます。城門は開いていて城内の様子も少し見えます。
てかここ駐車場なんですかね・・・。ナルヴァは車はそんなに必要がないくらい市域は狭いですが、郊外からもいっぱい人が来そうですし、何より中で工事を行っていたのでその人達のものかもしれません。 -
城内の敷地に入るにはお金は必要なく、チケットのチェックがされるのは城の建物に入る時なります。ただどちらにしても入るので購入します。チケット代は8ユーロです。
ちなみにレストランは改装だか工事の為入れず・・・。他に食事を取るところもないのでナルヴァ城から出た後に食事を取ることになりました。 -
ナルヴァ城でチケットを購入するとこんな案内をもらえました。
博物館についての案内と、お土産と引き替えられるコインに付いてです。 -
時々コンビニなんかで見ていたアイスですが、レストランが開いていなく空腹なこともあり購入してみました。「VANILLA NINJA」という名前の商品でパッケージは忍者とは全然関係ないですし、中身もチョココーティングされたバニラバーアイスでした。NINJAとは一体・・・。エストニア語にそんな言葉ないですし・・・。
ちなみに「SUSI」は寿司を差すこともありますが、エストニア語で「オオカミ」でもあるので注意が必要です。 -
城壁を越えたところから見たナルヴァ城です。
ナルヴァ城は正確にはヘルマン城と呼ばれ、エストニアがデンマークの統治下にあった1254年にナルヴァ地峡を防衛するために造られました。当時は木造の館だったそうです。その後ノヴゴロド共和国との戦いで焼失したり、モスクワ大公国に攻め入られナルヴァの人々が殺されたりと言うような歴史もありました。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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その後ロシア帝国が成立し徐々にイングリア地方、リヴォニア地方を圧迫し出すとこの地も重要さを増し、スウェーデン統治下では1600年代にナルヴァに星形要塞が造られその一角としての機能も持ちました。
大北方戦争のナルヴァの戦いではスウェーデンはロシアに圧勝しましたが、その後敗北しニスタット条約によりカレリア、エストニア、リヴォニアがロシアに割譲されナルヴァ地峡はロシア領となりこの城の重要性も薄れていきます。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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大北方戦争時代のスウェーデン軍の大砲を再現したものが展示されていました。
砲身の向いている方向はロシアです・・・。
重要性が薄れた城はだんだんと廃れていきましたが、クリミア戦争期やエストニア独立後には修復が試みられます。しかし第二次世界大戦では再びナルヴァ地峡は激戦地となりナルヴァ城もイヴァンゴロド城も大きな損傷を受けてしまいました。
1970年頃より復元が始まり現在でも修復作業は続いている途中です。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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歩いてきた方向を見てみます。入口の所には復元された城壁が少しだけ残っています。ナルヴァの旧市街自体も昔は城壁で囲われていたのですが、今ではそれを思わせるところはなく、ナルヴァ城の城壁も復元ですが一部でも残っていることで城塞都市だったことを偲ばせてくれます。
ちなみにこの中庭には独立回復直後までサウナがあったそうです。 -
元々戦争の為の陣地で、このあたりの石垣はスウェーデン時代から変わっていないようで結構危険な場所もありました。日本だと全面立ち入り禁止になったりしますが、事故になりやすい部分に柵があるのみでしっかりと見れるようになっていました。その反面落ちたら怪我しそうですけど・・・。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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先ほどは少し角度の違う高台からナルヴァ駅方面を撮影してみました。ナルヴァについて最初に行こうとしたけど閉まっていたアレクサンドゥリ教会の尖塔が見えます。
右端に見えるのは中央に見えるのはバスケットコートで、付近にあるスポーツ施設の一部となっているようです。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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この角度で見るとナルヴァ川に向かって、あと南側に向かっても厚みのある構造があったのだとわかります。星形要塞の中で一番南東に位置しているので川の方角だけでなく南側からも防衛する必要があったのだと思います。
国旗を掲揚するポールがありますが、工事中だったからか国旗は揚がっていませんでした。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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ナルヴァ城は南側の城壁と要塞(右側)、ヘルマン塔(中央)、北側の中庭と城壁(左側)にわかれますが、南側は工事中でまったく入ることが出来ませんでした。またヘルマン塔も開けられるはずのドアが開かなかったりとみれないところもあったのですがそれでも中世のナルヴァの様子を感じることも出来ました。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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ではお城に入っていきます。
上にも書きましたが城内は工事中でだいたい半分くらいの場所しか回れませんでした。既に入口左側に工事関係者用のトイレが見えます(´・ω・`)。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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城内は綺麗な様子です。ナルヴァ城は1944年のナルヴァ攻防戦の際に大破してしまい、1970年代から復旧工事が進められました。その為外観は当時の物が使用されている場所もありますが、内装はほぼ1980年代に再現されたものになっています。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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綺麗なシャンデリアが照らしていました。
このシャンデリアが再現のものなのか、どういうものなのかはまったくわからずです。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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石造りの螺旋階段を上っていく場所も多いです。横の壁の様子や段の色をみるとこのあたりも復元だと思います。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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石造りの階段を上って出た部屋はこんな感じの近代的な部屋でした。この部屋は奥に行く階段と後ろ側に小さな扉があり、とりあえず小さい扉を通ってみようと思いそちら側に向かってみました。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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その扉を通ってみると目にしたのはこんな光景・・・。講堂?チャペル?よくわからないですし無人なので良かったですけど人が居たら大惨事だな(笑
いや使っていたらこの扉あかないか。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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一番奥まで来ていま通ってきた方をみましたけどチャペルですね。使わないのなら閉めておくのかなと思いましたが全開でした。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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やはりチャペルでした(笑。
いきなり入ると何だこの空間はと驚いてしまいます。
まあでも復元とはいえお城のチャペルって考えると素敵ですね。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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ナルヴァの戦いの会戦の様子を書いた絵が展示されていました。下にはその頃利用されていた砲弾が展示されています。
ちなみにナルヴァの戦いは実際には会戦というよりは雪でホワイトアウトするなか指揮系統の乱れたロシア軍を一方的にスウェーデン軍が嬲るという状態だったのでこのような会戦はなかったはずです。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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大北方戦争の頃の大砲が置かれていました。
ナルヴァは大北方戦争の初期の大きな戦いの一つ、ナルヴァの戦いの舞台でもあります。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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大北方戦争初期の重要な戦い、ナルヴァの戦いの様子を再現されたジオラマが置かれていました。
ロシア軍の稚拙さ、士気の低さなどもありこの戦いではスウェーデンが完璧な圧勝をしますが、最終的にロシアは軍の近代化やピョートル大帝の活躍もありエストニア・イングリア・リヴォニアを支配下に納めます。ここから1918年の独立までエストニアはロシア帝国の支配下の時代が続きます。 -
20世紀初頭のナルヴァの街並みを再現したジオラマです。先ほど訪れたナルヴァタウンホールの前にはラエコヤ広場があり、それを囲むように旧市街が発達していてタリンと同様の街が広がっていたことがわかります。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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同じジオラマのイヴァンゴロド(当時はヤーニリン)側から見た写真です。当時は国境ではないのでそういう警備もなく、城壁の門を抜けてナルヴァに入っていたようですね。
旧市街は大きく区画が変わっていますが、橋とナルヴァ城の位置関係は代わりありません。ナルヴァ城 史跡・遺跡
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今では城壁が城の周りに少し残っているだけですが、ナルヴァも他の多くの都市と同様に城塞都市でした。ソビエト占領下でまったく区画が代わりわかりにくいですが、今でもナルヴァ市内にはその痕跡が残っている場所があるそうです。
ナルヴァ城 史跡・遺跡
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