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しにあの旅人さんへのコメント一覧(54ページ)全581件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 投票お礼

    シニアの旅人さん
    一連の「イタリア旅行記」に投票ありがとうございます。個人旅行で結構「シニア」には
    しんどい旅行でした。実は昨年スペインの二度目の個人旅行を予定していたのですが、
    妻が電動自転車で転倒、骨折してキャンセルとなりました。どうやら、イタリア旅行が最後の個人旅行になりそうです。
    9月にはツアーで「西安・敦煌」に行きます。でも海外旅行そのものの終わりが近いと夫婦で実感しています。「シニアの旅人さん」も行ける間にたくさん楽しんでください。

    ふくろうの旅人 より
    2019年07月23日23時18分返信する

    RE: 投票お礼

    コメントありがとうございます。
    奥様、災難でしたね。私たちよりお若いようですが(当方夫婦共73になります)、リハビリでなんとかなるのではないでしょうか。「リハビリは裏切らない」といいます。私は五十肩も腰痛もリハビリで治しました。薬も医者も信じませんが、リハビリは信じます。いい理学療法士と出会えるのが前提ですが。
    イタリア旅行の最初の2編読みました。ヴェネティアのホテルは、私たちと同じでした。とにかく駅から近くて便利でしたね。18年3月でした。
    私たちも体力の衰えは実感しておりますが、体が動くうちは国内、海外、旅行するつもりです。そのうち車の運転が怪しくなるそうなので、車なしではいけないところを優先で回る予定です。
    シニア世代頑張ろうではありませんか、エールを送ります。
    2019年07月25日07時23分 返信する
  • 楽しんでいます。

    シニアの旅人さん、こんばんは。
    昨年の旅行で電車から見た景色を思い出しながら旅行記を興味深く拝見しました。
    本当にジェンガのあたりは岩山が迫ってきて風景が一変しますよね。新生児のフェデリーコ2世とコンラッド夫人の一行にとっては難所だったろうという考察に「うんうん、そうだろうなぁ」と。
    シニアの旅人さんが思い浮かべる情景がとても生き生きと感じられるのは、ご覧になる風景に厚い知識が重なって、時間旅行も楽しんでおられるからでしょうね。

    そしてby妻さんの書かれる情景や気持ちもとても楽しんでます。車内で話し相手にされ「ふーん、あっそ」となってしまった女性はどこまで行ったやら。

    今回通過されたフォッサート・ディ・ビーコから少し離れたグッビオはぜひ行ってみたいところ。(マッテオ神父の事件簿というイタリアの長寿ドラマの舞台だったので)
    フォーリニョのドゥオーモのロマネスク様式のファサードも見たいです。
    というか・・シニアの旅人さんの旅行記を全て拝見したら行きたい所だらけになるであろう困った予感がしています。
    明日はアッシジ編を拝見します~。




    2019年07月09日23時28分返信する 関連旅行記

    コメントありがとうございます

    楽しんでいただけたようで嬉しいです。
    フォーリニョのカテドラーレ、あれがロマネスクなんですね。地味な教会だと思いました。建築様式はゴシック以外見分けがつきません。Cokemomoさんとはいかないまでも、もうちょっと建築も勉強しようかなと思いました。
    グッビオ、大きくはない都市ですよね。いずれにしてもフォッサートあたりというと、田舎もいいところで、そんなところでどういうドラマになるのでしょうか。
    妻のパートも愛読者ができて、本人も喜んでいます。がらりと文体も中身も変わって、能のなかの狂言という感じで、これからも増えます。

    ジェンガのあたりって本当に何もありませんね。今がこうなら、12世紀はもっとひどかったでしょう。Cokemomoさんが訪問された修道院は、もしかするとコンラッド夫人たちが泊まったかもしれませんね。11世紀前のものらしいし、今の国道、多分当時の街道からそんなに離れていません。ほかになにもないので、選択の余地がありません。
    来年もまたイタリアになりそうで、レンタカーをかりて、しらみつぶしにこのあたりの古い町を訪ねてみようかと思っています。
    2019年07月10日08時50分 返信する
  • ありがとうございます♪

    素晴らしい♪
    パレルモ大聖堂の写真に始まり、皇后かつシチリア王国王妃、フェデリーコ2世の妻コンスタンツアの棺(これが父王ハインリヒがどこぞから運ばせた、男性用の棺?)、フェデリーコ2世が臨終の際息子に「アレを」と指示した、生前から用意していた赤大理石の棺、更に、棺改装時の写真とシニアの旅人さん渾身の翻訳付き解説(°_°)
    棺が改装されるとは、知りませんでしたし、その写真が公開されているとは、びっくりの2乗でした!
    イタリアはカソリックの国なので、明らかにローマ法皇と対立しあからさまに対抗し続けたフェデリーコ2世の立ち位置が、現在不当に貶められている?とは、とっても悲しい情報です(;_;)
    ノルマン宮殿で少年フェデリーコ2世の拉致を目指すドイツ派兵士に追い詰められ、自らの身体を掻きむしって抵抗したという、エピソード、幼くして既に有していた生まれながらの誇り高い精神が考えついた、最上の自己防御術でしょうか(笑)
    触れるに値しない者が不当にも自分に触れる事への嫌悪感、聖別された王の威厳に危害を加えようとする者に対する激しい粗暴さ、計り知れぬ怒りの噴出… このくだりは塩野本でも印象的でした。
    私も、忠犬パレ君に準じる!?フェデリーコ2世があと400年後の時代に生まれていたら!と思わずにはいられない、フェデリーコ2世信奉者の1人です^ ^
    ますます、続編、心待ちにしておりまする~
    2019年07月09日17時12分返信する 関連旅行記

    Re: ありがとうございます♪

    コメント有り難うございます。
    びっくりしていただいてうれしい。遺体の調査書の邦訳紹介は、もしかすると日本最初かな。
    改葬時の写真も載せようかと思って、準備したのですが、希望者だけということで、リンクを張るだけにしました。初めて見たとき、私自身、切ない思いがしました。

    コスタンツアの棺は、確かに男性用らしく、勇壮なレリーフです。一方間違えられた相手の棺は女性が横たわっているような優しい彫刻なのです。紹介すればよかったですね。それで聖堂の展示担当者も間違えたのではないかな。でも棺の覆いにはっきりと、ラテン語とはいえ、名前が彫ってあるのですが。

    ノルマンニ宮殿でのフェデリーコ2世拉致未遂事件は、たしかに塩野の本前半クライマックスですね。私も何度も読みました。カントーロヴィチの本は塩野も読んでおりまして、それと重複しないようにこの場面を書いています。カントーロヴィチも読まれると、この場面がもっとイキイキとイメージできます。とにかく高い本ですから、図書館で借りることをお勧めします。私はフェデリーコ2世ワールドへの入場料だと思って買いました。

    次回以降は塩野がちょこっと触れているクーバ、ジッザです。
    2019年07月10日17時07分 返信する
  • はじめまして^ ^

    シニアの旅人様、初めてコメント投稿させて頂きます♪
    かねてから、シニアの旅人さんのイタリアを巡るマニアック!?な旅に、心惹かれおりました。
    私、俄か塩野ファンでして、昨年末から、ローマ人の物語、にはじまり、ベネチア関連の3冊、ローマ亡き後の地中海世界、十字軍物語、ギリシア人物語、そしてつい最近、皇帝フリードリッヒ2世の生涯、を読み終えたばかり。今後も当分は、地中海を巡る歴史、キリスト教とイスラム教を巡る歴史、など興味が尽きる事はなさそうです。
    シニアの旅人さんがブログ内でご紹介されている文献にも、手に入るなら挑戦してみたいです♪
    ブログ訪問して途中で、フェデリーコ、がイタリア読みで、フリードリッヒはドイツ語読み、という事を思い出し、今後も続編を見逃したくないので、遅ればせながら、フォローさせて頂きます♪
    歴史上興味ある人物やその所縁の地を実際に訪れられる旅、羨ましい限り、次回作、楽しみにお待ちしておりまする~^ ^
    2019年07月03日15時39分返信する 関連旅行記

    ありがとうございます

    コメントとフォロー有り難うございます。長い文章をメインとする4Traでは異端の旅行記です。読んでくれる人いるのかな、と妻と二人でいつも思っております。「マニアック」と言っていただけるのは、本当に嬉しい。自分でもそう思っております。

    塩野七生の作品をいっぱい読んでおられますね。私より多そうです。私たちのイタリア旅行のガイドブック兼教科書です。来年の旅行先もまたイタリアになりそうで、これからも読み進めていきます。
    私の参照文献はカントーロヴィチとドイツ史1以外は簡単に入手可能です。この2冊はとにかく値段が高いので図書館をお勧めします。ドイツ史は町の図書館にはなかったので、大きな図書館から取り寄せてもらいました。
    カントーロヴィチはフェデリーコ2世をかじる場合の基礎資料ですから、入場料だと思って買いました。法哲学の研究者です。フェデリ−コ2世の神学的、法体系的背景がどうのこうのというのが、全体のほとんどを占めます。
    私はフェデリーコ2世がどこで何をした、何を食ったというような些細な事実関係を知りたかったのですが、ちょっと当てが外れました。
    そのうちフェデリーコ2世の内面をえぐるようなブログを書くならば、参考になりそうですが、まあ、私の出る幕はなさそうです。

    私たちのフェデリーコ2世紀行は、このあとアッシジ、パレルモ、プーリアと延々と続きます。長い文章としつこい文献紹介に飽きずに読んでいただけたら幸いです。
    もしかしたら日本ではまだ珍しい写真と文献もご紹介できると思います。
    2019年07月03日19時49分 返信する
  • 二つ目の仮説

    フリードリヒ2世さん
    教皇に協力すると見せかけて、実は野心家でやりたいことをやろうとした人ですよね。
    イタリアを統一しようとして挫折 惜しぃ! なんか人間くさい気がします。
    アラビア語まで堪能だったのですか? スーパーマルチリンガル。
    まるで神聖ローマ帝国版 雅子様!?

    新仮説:
     猫の原産地はエジプト。北アフリカにはたくさんの猫たちが生息していた。
     時は流れて… 猫の子孫で一番の有名なのが、ドラえもん
     ある日、フェデリコの前に現れた。これは渡りに猫
     「ドラえもん、今度G20があるのに、アラビア語が分かんなくて困ってんだよ…」
     タッタラタッタッタ~! 「ほんやくコンニャク~」
     「フェデ太くん。これを食べればどんな言葉でも理解できて話せるよ」

    と、言う経緯があったか否かは定かではありませんが、ご参考までに。

    現在に通じる「医薬分業」の創始者も、このお方ですよね。
    フェデ太くんがいなければ、日本の保険医療保険制度は、今よりひっ迫し
    薬害も増えていたかもしれません。ありがたや、フェデ太くん♪
    2019年07月02日19時56分返信する 関連旅行記
  • 奇遇です

    旭あたりのご出身とはおうかがいしておりましたが、匝瑳高校とは。フェデリーコ2世の引き合わせでありましょうか。老尾神社から高校の校舎越しに九十九里の平野が広がっておりました。印象深い景色でした。
    延喜式の古い神社は遷座していることが多いのですが、あの神社は創建いらい動いていないようです。かつては相当広い境内をもっていたようで、匝瑳高校ももしかすると昔の境内かもしれません。明治初期、初等教育が一気に広がったのは、神社やお寺所有、つまり半分公有のような土地と建物が日本中にあったからではないかというのが、妻の意見です。
    ヤマトタケルとフェデリーコ2世に共通するものはありませんが、とても魅力を感じます。ヤマトタケルは紀記の記述と考古学的事実に矛盾しなければ、なにをどう書こうと勝手で、楽しかった。
    フェデリーコ2世は塩野七生など立派な本があるので、それを読み込んで、実際の旅で彼の人生をたどっていく別の面白さがあります。
    帰ってきたばかりですが、来年もまたイタリアでフェデリーコ2世かなと思いはじめました。
    2019年06月29日14時47分返信する 関連旅行記
  • ふるさとの起源。

    シニアの旅人さん

    おはようございます。
    この辺りの旅行記、拝見しそこなっていたようです。

    老尾神社から見下ろされた所にあります
    匝瑳高校は我が母校です。
    当時は校舎一面が蔦で覆われていましたが
    今は無くて。
    多分神社はすぐ近くなのでしょうが、当時は知る由もなくて。
    飯岡の神社もそうですね。
    おかげさまでふるさとの起源を辿らせていただきました。

    mistral
    2019年06月29日10時14分返信する 関連旅行記

    Re: ふるさとの起源。

    間違えて新しいコメントを起こしてしまいました。返信とすべきでした。
    2019年06月29日14時49分 返信する

    Re: ふるさとの起源。

    2020年となりました。ことしもいい年でありますように。

    最近、律令制時代の下総国匝瑳郡の郡家が、老尾神社またはその近くにあったらしいと知りました。母校の匝瑳高校ができる前は、そこに何があったかご存じですか。
    匝瑳郡はおおきな郡ですので、郡家も相当広いものであったはずで、もしかすると匝瑳高校の場所ではないかと思ったのです。なにかご存じなら教えてください。
    2020年01月10日17時14分 返信する

    Re: ふるさとの起源。

    シニアの旅人さん

    返信する、からコメントを書き始めたのですが
    送信しましたら、新しいコメントになっていました。
    時々このようなことが起こるようです。
    以前シニアの旅人さんも同様のご経験をされていますね。

    mistral
    2020年01月11日13時18分 返信する
  • フェデリーコ2世。

    シニアの旅人さん

    こんにちは。
    フェデリーコ2世を巡る旅、特別編、いよいよ始まりましたね。
    お力がこもっている事が感じられます。
    私の前にコメントを残されたcokemomoさん、
    私は大好きなトラベラーの方で、その方がシニアの旅人さんにコメントされていて
    嬉しかったです。(似た者同士?)

    フェデリーコ2世博物館、出産の場面の展示もあるんですね。
    塩野さんもこの博物館を見学されたんでしょうか。
    本で読んだイメージ、そのままでした。
    前庭に立つ銅像、私も抱いていたイメージとは隔たりがありました。
    ただ神聖ローマ帝国皇帝、というイメージですと
    こんな重厚さが必要?

    B&Bあたりからのコメントは奥様によるものでしょうか。
    私もスマートでお迎えに来てもらって、いつの日か宿泊して
    フェデリーコ2世の足跡を辿ってみたい、と思いました。

    mistral
    2019年06月20日14時06分返信する 関連旅行記

    始まりました

    コメント有り難うございます。1年がかりの準備でしたが、ようやく始まりました。この旅行記を書くために旅をしたようなものです。なにかテーマをもって旅をすると、ものがはっきり見えていいと思いました。
    ただ普通の観光ルートをはずれるので、「イタリアどうだった?」と聞かれると、かなり困ります。「イエージ、それどこ?」「フェデリーコ2世、それだれ?」話しが長くなる。
    このシリーズはこれからしばらく続きます。お付き合い下さい。

    妻と私の役割分担は、事実関係の叙述は私、感想は彼女というのが原則です。だいたいby妻というのが入りますが、私の文章を妻が手直しすると、どっちだか分からなくなります。感情豊かにイキイキとした描写は妻です。Vicoloの写真以降のエンディングは妻オリジナル。私にはこういう文章は書けません。

    ちょうどmistralさんにコメントを送ろうとしていたら、逆にいただきました。あとで別途おくります。
    2019年06月20日16時23分 返信する
  • フェデリーコ2世博物館

    シニアの旅人さん、こんにちは。
    私はフェデリーコ2世博物館に入れなかったので、一層興味深く拝見しました。
    イタリアでは開館が限られているところが多くて、こちらに行けばあちらは見ること叶わずといった具合で行程作りが悩ましいですよね。
    資料展示が充実していたんですね。私は英語もイタリア語も残念なヤツなので、シニアの旅人さんが詳しく書いてくださっているのがとてもありがたいです。
    ツィザ宮の様子も展示されているとは・・私はここに行くつもりがお腹を壊して寝込んで逃すという大失態でした。いつか再訪しなければ。
    こちらの博物館に社会見学(遠足?)で入っていく子供達を見たんです。彼らはフェデリーコ2世のことをどんな風に感じたでしょうね。
    私もあの銅像はイメージが違うなぁと思いました。
    それでは、また。
    2019年06月19日12時07分返信する 関連旅行記

    コメントありがとうございます

    本当は土曜日にイエージに入りたかったのですが、2日の往路のアエロフロートの便がとれず、日曜になってしまいました。この博物館は、まともに1日中あいているのは土日だけでした。月曜は休み。
    私みたいな重箱のすみが好きな変人にはいいですが、フェデリーコ2世に興味がない普通の観光客は見向きもしないでしょう。それでこういう開館時間なのかなと思いました。

    展示「物」というのはほとんどありません。オーディオビジュアルのイメージと、パネルの解説と写真がメインです。
    これが貴重でして、フェデリーコ2世の死後破壊され、そのまま放置されたルチェーラの版画(18世紀末制作)などという、私にはとんでもない資料もありました。プーリア編でご紹介します。

    パレルモのZiza、Cuba、行ってきました。ほかでは絶対に手に入らない、36ページもある博物館解説を手に入れました。最高のアンチョコです。妻と2人で撮った写真もいっぱいある。ここを舞台に、母を失ったあとのフェデリーコ2世の少年期を思いっきり書こうと思っています。
    2019年06月20日15時31分 返信する
  • コメントありがとうございます

    私も水道橋は現物を見たかった。あと2キロくらいアッピア街道を下れば見えたらしいのです。そういえば、犬を連れた地元のおばさんが、この先に橋があるよと言っていた気がします。そのときは、橋などどこにでもあるわいと思いましたが、橋が水道橋とは。
    アッピア街道は、国道7号に合流するまで、このさきまだ9キロくらいあるのです。行きたくて、うずうずです。もう1回ローマかなと、思っています。
    「アッピア街道の行く末を見届ける」なんて旅行記、読む人いますかね。
    2019年06月02日09時01分返信する 関連旅行記

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8国・地域渡航

25都道府県訪問

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

現在8の国と地域に訪問しています

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現在25都道府県に訪問しています