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7才にもならない少年王フェデリーコ2世の威厳に満ちた、あるいは狂気の振る舞いにより、彼を拉致して傀儡に祭り上げようという、シチリアの封建領主たちのもくろみは失敗しました。これ以降、彼に手を触れようとする者はおりません。<br />要するに、「面倒くさいヤツだからほっておこう」ということになりました。放置されたわけです。<br />7才の王が、王宮、離宮、パレルモ市内を勝手にほっつき歩いていいことになったのです。楽しかっただろうな。<br /><br />フェデリーコ2世の少年時代を描いた塩野の文中に、彼のほっつき歩き先として、王宮はもちろん、マルトラーナ、モンレアーレの教会とならんで、ジッザ、クーバというのがあります。マルトラーナ、モンレアーレは定番の観光地ですが、、ジッザ、クーバとなると馴染みがありません。<br />行ってみました。まずクーバ。<br /><br />この旅行記を書くにあたり、参考にした資料は下記に列挙してあります。<br />フェデリーコ2世紀行-1 イエージ・誕生<br />https://4travel.jp/travelogue/11505518<br /><br />なおこの旅行記はフェデリーコ2世の年代記風に並べたいと思います。4Travelではブログは旅行日順に並ぶので、表紙写真下に表示される訪問日と実際の訪問日は異なります。パレルモ滞在は4月15日―20日です。

フェデリーコ2世紀行-5 パレルモ・クーバの少年

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2019/04/10 - 2019/04/10

29位(同エリア399件中)

旅行記グループ フェデリーコ2世紀行2019

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

7才にもならない少年王フェデリーコ2世の威厳に満ちた、あるいは狂気の振る舞いにより、彼を拉致して傀儡に祭り上げようという、シチリアの封建領主たちのもくろみは失敗しました。これ以降、彼に手を触れようとする者はおりません。
要するに、「面倒くさいヤツだからほっておこう」ということになりました。放置されたわけです。
7才の王が、王宮、離宮、パレルモ市内を勝手にほっつき歩いていいことになったのです。楽しかっただろうな。

フェデリーコ2世の少年時代を描いた塩野の文中に、彼のほっつき歩き先として、王宮はもちろん、マルトラーナ、モンレアーレの教会とならんで、ジッザ、クーバというのがあります。マルトラーナ、モンレアーレは定番の観光地ですが、、ジッザ、クーバとなると馴染みがありません。
行ってみました。まずクーバ。

この旅行記を書くにあたり、参考にした資料は下記に列挙してあります。
フェデリーコ2世紀行-1 イエージ・誕生
https://4travel.jp/travelogue/11505518

なおこの旅行記はフェデリーコ2世の年代記風に並べたいと思います。4Travelではブログは旅行日順に並ぶので、表紙写真下に表示される訪問日と実際の訪問日は異なります。パレルモ滞在は4月15日―20日です。

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • シチリア王家はパレルモの郊外、現マレドルチェ(Maredolce)城からモンレアールに至る緑豊かな広大な領地をもっていました。そこに、フェデリコ2世の祖父ルジェーロ2世が鷹狩り用の狩場、人口の池、城を作りました。城といっても軍事用のものではなく、優雅な館でした。王家の離宮を作ったわけです。<br />クーバもその一つ。<br /><br />ノルマンニ宮殿のヌオーヴォ門からモンレアーレに向かう、コルソ・カラタフィーミ通りを10分くらい歩くと、左側にあります。<br />小さな銅板が表通りに出ているだけで、注意していないと通り過ぎます。道路からは見えません。

    シチリア王家はパレルモの郊外、現マレドルチェ(Maredolce)城からモンレアールに至る緑豊かな広大な領地をもっていました。そこに、フェデリコ2世の祖父ルジェーロ2世が鷹狩り用の狩場、人口の池、城を作りました。城といっても軍事用のものではなく、優雅な館でした。王家の離宮を作ったわけです。
    クーバもその一つ。

    ノルマンニ宮殿のヌオーヴォ門からモンレアーレに向かう、コルソ・カラタフィーミ通りを10分くらい歩くと、左側にあります。
    小さな銅板が表通りに出ているだけで、注意していないと通り過ぎます。道路からは見えません。

  • 通りに面する門です。

    通りに面する門です。

  • 中庭。大木の左が入口です。大木と建物の向こうが道路。

    中庭。大木の左が入口です。大木と建物の向こうが道路。

  • 中庭に入ると右にクーバです。

    中庭に入ると右にクーバです。

  • 展示室にあった絵です。当時を復元しつつ制作されたものでしょう。かつての面影を伝えてくれます。上の写真と同じ方向から描いています。<br />この城は人工湖に囲まれており、船でしか城には入れませんでした。<br />完成したのは1180年。王室所有の農園の真ん中にあり、王はきわめてプライベートな生活を楽しんだようです。

    展示室にあった絵です。当時を復元しつつ制作されたものでしょう。かつての面影を伝えてくれます。上の写真と同じ方向から描いています。
    この城は人工湖に囲まれており、船でしか城には入れませんでした。
    完成したのは1180年。王室所有の農園の真ん中にあり、王はきわめてプライベートな生活を楽しんだようです。

  • 時代不明ですが、中世以降のクーバの絵です。アラビア数字が使われているので16世紀中頃以降ということですね。上部の窓は開いています。近世になって窓は塞がれたことが分かります。<br />もはや人工池はありません。左上「33」と数字がふられているのは、パレルモの町でしょうか。左の尖塔は大聖堂のつもりですね。

    時代不明ですが、中世以降のクーバの絵です。アラビア数字が使われているので16世紀中頃以降ということですね。上部の窓は開いています。近世になって窓は塞がれたことが分かります。
    もはや人工池はありません。左上「33」と数字がふられているのは、パレルモの町でしょうか。左の尖塔は大聖堂のつもりですね。

  • 側面。現在の入口はこちら。

    側面。現在の入口はこちら。

  • 大きさは長辺16.8m短辺11.5mの長方形、高さは16m。<br />3室に分かれます

    大きさは長辺16.8m短辺11.5mの長方形、高さは16m。
    3室に分かれます

  • 残念ながら内部の荒廃はひどい。

    残念ながら内部の荒廃はひどい。

  • 第1室、図面左の部屋です。屋根は抜け落ちています。

    第1室、図面左の部屋です。屋根は抜け落ちています。

  • 中央の部屋です。

    中央の部屋です。

  • ここも天井はありません。

    ここも天井はありません。

  • 正面、王座でしょう。

    正面、王座でしょう。

  • 頭上にはアラビア模様と鍾乳石の飾り。王家の離宮の、王座の頭上に堂々とアラビア風の装飾があったのです。パレスティナに意地になって十字軍を送っていたローマ法王が見たら気絶しそうな部屋です。

    頭上にはアラビア模様と鍾乳石の飾り。王家の離宮の、王座の頭上に堂々とアラビア風の装飾があったのです。パレスティナに意地になって十字軍を送っていたローマ法王が見たら気絶しそうな部屋です。

  • この部屋にはこうした出っ張りが2箇所、4面の壁にありました。

    この部屋にはこうした出っ張りが2箇所、4面の壁にありました。

  • ここから8本のアーチが伸びていたと思われます。天井を支えていたのです。

    ここから8本のアーチが伸びていたと思われます。天井を支えていたのです。

  • 床は抜け落ちています。

    床は抜け落ちています。

  • 階段があります。地下室があったようです。

    階段があります。地下室があったようです。

  • 第3室、一番右の部屋です。

    第3室、一番右の部屋です。

  • 第3室だけに天井が残っています。かつてはほかの2室もこうした天井があったのです。

    第3室だけに天井が残っています。かつてはほかの2室もこうした天井があったのです。

  • フェデリーコ2世はここに遊びに来て、王座によじ登ったりしたでしょうか。そんなものあまり面白くなさそうです。そもそもそういう子供らしい遊びが好きな、かわいげのある子供ではなかったような気がするのですが。<br />ここで楽しいのは、船遊びかな。

    フェデリーコ2世はここに遊びに来て、王座によじ登ったりしたでしょうか。そんなものあまり面白くなさそうです。そもそもそういう子供らしい遊びが好きな、かわいげのある子供ではなかったような気がするのですが。
    ここで楽しいのは、船遊びかな。

  • 展示室にあった模型です。それにしても、もう少し誠意をこめて作ってほしいな。ご覧のとおりのいい加減な模型です。<br />でもクーバの池が地面を掘り下げたものであったことは分かります。現在の入口の高さから推定すると、水深は2~3メートルくらいで、船を浮かべて遊ぶことはできそうです。どうやって水を流し込んだかは分かりません。もし給水と排水がしっかりしていれば、水はきれいで、泳げたかもしれません。これだけの広さの池で好き勝手に遊んでいたら、かなり楽しかったのではないでしょうか。<br />放置されていたそうですから、「危ないからおやめなさい」などというお付きもいなかった。いてもいうことなんか聞かない。<br /><br />ところで素朴な疑問ですが、フェデリーコ2世は泳げたでしょうか。そもそも当時の騎士は泳げたのかな。<br />おじいさんにあたる神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ1世は、勇猛果敢な武人で有名ですが、十字軍遠征途中、小アジアのサレフ川で溺死しています。泳げなかったかのではないでしょうか。<br />おじいさんが溺死したのを知っていたので、フェデリーコ2世はここで水練に励んだ、という可能性なくはない。<br />彼は、乗馬はもちろん、弓、槍、剣術、なにをやらしても秀でていたと言われています。このへんのオリーブ畑を跋渉し、汗だらけになってかえってきたらこの池に飛び込んだのです。そうに違いない。

    展示室にあった模型です。それにしても、もう少し誠意をこめて作ってほしいな。ご覧のとおりのいい加減な模型です。
    でもクーバの池が地面を掘り下げたものであったことは分かります。現在の入口の高さから推定すると、水深は2~3メートルくらいで、船を浮かべて遊ぶことはできそうです。どうやって水を流し込んだかは分かりません。もし給水と排水がしっかりしていれば、水はきれいで、泳げたかもしれません。これだけの広さの池で好き勝手に遊んでいたら、かなり楽しかったのではないでしょうか。
    放置されていたそうですから、「危ないからおやめなさい」などというお付きもいなかった。いてもいうことなんか聞かない。

    ところで素朴な疑問ですが、フェデリーコ2世は泳げたでしょうか。そもそも当時の騎士は泳げたのかな。
    おじいさんにあたる神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ1世は、勇猛果敢な武人で有名ですが、十字軍遠征途中、小アジアのサレフ川で溺死しています。泳げなかったかのではないでしょうか。
    おじいさんが溺死したのを知っていたので、フェデリーコ2世はここで水練に励んだ、という可能性なくはない。
    彼は、乗馬はもちろん、弓、槍、剣術、なにをやらしても秀でていたと言われています。このへんのオリーブ畑を跋渉し、汗だらけになってかえってきたらこの池に飛び込んだのです。そうに違いない。

  • うら庭のレモンの木です。フェデリーコ2世がレモンをもぎって食い散らかしたという、お手もぎのレモンです。<br />嘘です。

    うら庭のレモンの木です。フェデリーコ2世がレモンをもぎって食い散らかしたという、お手もぎのレモンです。
    嘘です。

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フェデリーコ2世紀行2019

この旅行記へのコメント (3)

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  • しにあの旅人さん 2019/08/02 16:59:07
    お疲れ様でした
    あの本を読まれたのですね。ごくろうさまでした。重くて、寝っ転がって読むわけにもいかず、ちゃんと机に座って読むしかない本です。正しい姿勢で本を読んだのはなん十年ぶりか。
    あの本は、おっしゃる通り理屈が多くて、哲学的考察というやつですね。どこまで行ってもキリスト教と離れられないのですね。うっとおしいことで。1920年代ですから、そんなものか。
    これからも勝手にフェデリーコ2世の追っかけに使います。あの本の中で、使えそうなところをノートしております。
    パレルモの少年時代はまだ続きます。塩野もカントーロヴィチも、彼はパレルモを勝手に放浪していたと言っているので、こっちも書きやすい。おおいに想像の羽を羽ばたかせております。
  • kummingさん 2019/08/01 17:34:29
    フェデリコ2世友の会?
    ほんとうにフェデリコ2世の人生をなぞる旅を遂行されたのですね~
    最近、4tr 内にかなりの数のフェデリコ2世愛好家がいらっしゃる様だと認識し始めました♪
    そうなるとシニアの旅人さんには、さしずめ、愛好会の会長さんに就任して頂く(笑)
    子供らしい遊びが好きな可愛げのある子供じゃなかったのでは?に一票~
    おじいさんがはるばる十字軍遠征しといて、何もなさずに溺死した(-。-;のを知っていたから泳ぎは得意!にも一票♪
    レモンもちぎって食い荒らしたかも(笑)
    さて、私事ですが、おススメ頂いた、カントーロヴィッチ、読みました♪もちろん、図書館で借りました!
    まさか図書館にあるかな~と半信半疑でリクエストしたところ、あった~^ ^
    フェデリコ2世シンパの私でさえ、ここまで神格化する?と思う程の美辞麗句で礼賛されていて、ちょっとひきましたが…。最後の解説に、歴史学者からの賛否両論が併記されてていて、思わず頷いてしまいましたが、色んな視点から見たフェデリコ2世、興味深い面白い本を紹介して頂き、感謝m(._.)m

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2019/08/02 17:01:02
    Re: フェデリコ2世友の会
    また間違えて、返信ではなく、新たに書き起こしてしまいました。

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