琉球熱さんのクチコミ(196ページ)全4,000件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2012年06月03日
-
投稿日 2012年06月03日
-
投稿日 2012年06月02日
総合評価:5.0
2005年2月に開通した、全長1960mの無料で通行できる日本一長い橋。
一直線のため、とにかく爽快で海の眺望が良い。
古宇利に渡るにはこの橋に頼るしかないが、ここまでのルートとしては、従来の国道58号線を真喜屋で折れて奥武島、屋我地島を経由する方がのどかな風景を楽しめる。
復路は2010年12月に開通したワルミ大橋を使うと良い。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年06月02日
-
投稿日 2012年06月02日
-
投稿日 2012年06月02日
総合評価:3.0
東京都大田区南千束にある池。最寄り駅は東急池上線 洗足池駅で中原街道沿いにある。
池の名前は「洗足池」だが、地番は「千束」である。日蓮上人が身延山から常陸国に湯治に向かう途中、ここ千束池で休息し傍らの松に袈裟を掛け、池の水で足を洗ったとの伝えから千束池を洗足池と称するようになったと言われている。
この時に袈裟を掛けた松が「袈裟掛けの松」として残されている。
池自体は湧水池で、古くから灌漑用として利用されてきたそうだ。
また、勝海舟夫妻の墓が残り、その隣に「西郷隆盛留魂碑」がある。- 旅行時期
- 2009年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2012年06月02日
総合評価:5.0
本島南部の真栄里・富森地区は沖縄戦の中でも激戦地として知られる。
そのため、戦跡が非常に多い地域でもある。
「白梅の塔」の前の小道を登っていくと、山形の塔、眞山之塔、バックナー中将戦死の碑などがある。
この「バックナー中将慰霊碑」は一連の戦跡の中で最も高い場所、小高い丘の上にある。
彼は1945年6月18日の偵察中に狙撃され即死、その翌日から米軍のすさまじい無差別攻撃が始まる。これはどう見ても『報復』だ。白梅学徒隊はこの巻き添えを食ったと言えるかもしれない。
近くにある、白梅学徒隊の自決壕は、見ての通りの洞窟。そこに米軍は“馬乗り攻撃”を仕掛けたのである。
“馬乗り攻撃”とは、地上から壕内へ手榴弾・黄燐弾やガソリンを流し込み火あぶりにするという、まるで害虫や害獣を駆除するような攻撃方法のことだ。
従って、白梅の女子生徒たちは「自決」したのではなく、虫けら同然に殺されたことになる。
極東裁判の中でこれらが問題にされた形跡はない。
そして、健児の塔や女子学徒碑等の非戦闘員の慰霊碑に比べると、なんと立派な慰霊碑であることか。
戦勝国だから立派な慰霊碑が建てられるのか・・・?
伊江島のアーニー・パイルでも同じ感覚を味わった。
見るだけで不愉快ではあるが、日本人としてしっかりと胸に刻みつけておくべきである。- 旅行時期
- 2010年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 白梅の塔がわかれば大丈夫
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 1.0
- 気分の良いものではないが、しっかり見ておきたい
-
投稿日 2012年06月02日
-
投稿日 2012年05月31日
-
投稿日 2012年05月31日
-
投稿日 2012年05月31日
-
投稿日 2012年05月31日
-
投稿日 2012年05月30日
-
投稿日 2012年05月30日
-
投稿日 2012年05月30日
-
投稿日 2012年05月30日
-
投稿日 2012年05月30日
総合評価:4.0
御岳山頂から長尾平を経て、七代の滝、天狗岩を経由して到着する渓流と岩のエリア。
ロックガーデンの名にふさわしく、清流と苔むした岩々が非常に心地良い。
小さなせせらぎに沿ってマイナスイオンをいっぱい浴びながら進む。
緑の濃い時期に行ったが、紅葉の時期もきっと非常にきれいだろう。- 旅行時期
- 2011年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2012年05月30日
-
投稿日 2012年05月29日
総合評価:5.0
南部の玉城村(現南城市)糸数にある自然壕。糸数壕とも言う。
壕内は文字通り漆黒の闇。照明は一切無しである。入口横の南部観光総合案内センターで入場料を払う際、懐中電灯も一緒に借りよう。100円程度だったと思う。
入口はいきなりの縦穴で、かなり急だ。懐中電灯だけの明かりで歩く全長270mはとてつもなく長い。 入ってすぐ、懐中電灯の先に浮かび上がる遺品の数々。
入口周辺を抜けると、いよいよ本格的に避難壕の様相を呈してくる。
「病棟」とか「脳傷患者」の標識にはヒヤリ。何せまわりは真っ暗なのだ。
最初は地下陣地として設営された壕だったが、その後陸軍病院の分院が開設され、あのひめゆり学徒の一部も移ってきた。一時は600名を超える負傷兵がひしめいていたと言う。
1945年5月25日に南部への撤退命令のあと、一人歩きできない重傷患者は、自決用の手榴弾や青酸カリが配られ置き去りにされた。その後もこのガマには傷病兵と避難民が雑居することとなる。
壕内には泉(井戸)もあり、今でも湧き水が出ていて小さな流れを作っている。
また、かまどの跡もあり、その生活感が悲しみを倍加するようだ。
巻き添えを食った住民への追悼はもちろんだが、洞口から爆雷や火炎放射を浴びせ、空気穴からガソリンを流し込み黄リン弾を投げ込んだ米軍の所業も忘れてはならない。
出口付近には慰霊の千羽鶴と戦没者慰霊碑。
不謹慎だが、この暗闇でこの光景はやはり背筋が凍る。
壕内はぬかるんでいる場所もあり、何より足場が悪いので、間違ってもパンプスや草履で行かないこと。- 旅行時期
- 2010年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年05月29日
総合評価:5.0
平和祈念公園の中にある資料館。
館内はもちろん、外もよく整備されている。
展示物も非常に意義のあるものばかり。ここは時間を割いてでも訪れるべき場所だ。
第4資料室は圧巻。ここだけでも訪問の価値がある。
また、オープン前の茶番も忘れちゃいけないだろう。- 旅行時期
- 2010年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0





























































