琉球熱さんのクチコミ(176ページ)全4,006件
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投稿日 2013年05月14日
総合評価:3.5
「黄金森」と書いて「くがにむい」と読みます。
この丘陵地帯の北側斜面と南側斜面はまさに「陰」と「陽」。
立派なスポーツ公園の北側に対し、南側は全く違う顔です。
「悲風の丘」という慰霊碑をはじめ、南風原陸軍病院壕跡の洞窟が数えきれないほどあります。
北側にも19号~22号と呼ばれる壕がありますが、その中で唯一「第20号」と呼ばれる壕のみが公開されています。
第20号病院壕への入場は予約が必要ですが、ガイド付きで案内してもらえます。(入場料\100)
しかし、公開に際して安全のために塗り固められた壁と通路からは、止むを得ない措置とは言え、当時の悲惨さは伝わりにくく、糸数壕のような切迫感は感じられません。- 旅行時期
- 2010年09月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年05月14日
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投稿日 2013年05月14日
東京都観光汽船 - TOKYO CRUISE (隅田川ライン) 浅草
総合評価:4.0
「TOKYO CRUISE」は東京都観光汽船株式会社が運航する東京湾遊覧船の愛称です。
コースは(1)浅草~浜離宮~日の出桟橋 (2)浅草~お台場海浜公園~豊洲 (3)日の出桟橋~お台場海浜公園 (4)日の出桟橋~パレットタウン~東京ビックサイト (5)日の出桟橋~船の科学館~東京ビックサイトの5ルートがあり、その中でも代表的なのが、「隅田川ライン」と呼ばれる(1)のコースです。- 旅行時期
- 2013年05月
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.5
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投稿日 2013年05月14日
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投稿日 2013年05月14日
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投稿日 2013年05月14日
総合評価:5.0
国道58で読谷に向かい、伊良皆の交差点から県道6号線に入る。4kmほど走ると「波平」の交差点に当たる。これを県道から逸れる形で直進。両側が畑の道を500mほど行った右手に小綺麗な建物(実はトイレ)があり、その前がチビチリガマへの入口である。
駐車スペースは3台程度。
ガマの入口へは道路から階段を降りていく。
茂った樹木がちょうど屋根のようになっている小さな広場、そこにガマの入り口がある。
1945年4月3日、ここに避難していた波平地区の住民約140名中、83名が『集団自決』をした。
避難民に混じって軍属がいた。彼らはサイパンの集団自決を見、中国大陸での自軍の捕虜虐待・虐殺を見てきた。これらの経験から「米軍に捕虜になれば辱めを受け、殺される」「日本人として潔く死ね」と住民たちに説いてまわった。従軍看護婦だった女性は毒薬を配った。
3日目の4月3日、殺してと頼まれ、母親が実の娘の頸動脈を切った。既にパニック状態が限界に達していた壕の中は、これを契機に酸鼻を極めた修羅場と化して行く。
武器も持たず、自殺用の毒薬も人数分があるわけもなく、住民たちは鎌で首を切る、包丁で刺す、首を絞める、石を頭に叩きつけるといった方法で、『集団自決』と言う名の殺し合いを始めたのである。
結局死に切れなかった人たちは奇跡的に米軍に救出された。生きて残った人たちが幸運であるわけもない。家族や近所の人たちが絶命していくのを間近に見、もしくはそれに手を貸したかもしれない。
彼らが一様に固く口を閉ざし、ここで起こったことは戦後40数年間、明らかにされなかった。そして今もその詳細は明らかになっていない…。
さらに悲惨なのは83名のうち約6割が18歳以下の子供達だったという。
皮肉なことに、ここから1kmほどのシムクガマでは、英語を話せる日本人がいたおかげで、1000名というはるかに大勢の避難民が全員生還できたのである。
しかしこのシムクガマの生還者たちも沈黙を守ったままだ。
ここで起こった事実はしっかりと受け止め、後世に伝えていくべきだろう。- 旅行時期
- 2010年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:2.0
与那国の老舗民宿で、久部良集落の中心部にあるため、アクセスはとても良いです。
しかし部屋は異常に狭く、荷物を広げるスペースもないくらいです。
与那国の宿は、他の八重山の民宿と比べ総じて少々高めなので、ここだけが特別に高いというわけではありませんが、部屋や食事のことも含めて判断すると、コストパフォーマンスは決して高くないと思います。
食事はヘルパーにすべて任されているため、行った時期のヘルパーの質に大きく左右されるようです。私が行った時は「はずれ」でした。
違う時期に行った人の中には「美味しかった」と言う人もいるので、この辺はまさに賭けなのでしょう。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- その他
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 2.0
- 客室:
- 1.5
- 接客対応:
- 3.0
- 食事・ドリンク:
- 1.0
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:3.5
久部良港の隣に位置する西崎は小高い丘になっていて、灯台とこの「最西端の碑」があります。
昼間はそれほど人がいないのですが、夕暮れ時になるとどこからか続々と人が集まり(ほぼ全員観光客)、意外なほどの人出となります。都会でいう「混雑」とまではいきませんが。
確かにここからの夕陽はなかなか見ごたえがあり、与那国観光スポットのテッパンであることもうなづけます。
人の少ない場所でゆっくり湯火を楽しみたいのなら、実は久部良集落にある「夕日が見える丘」の方が人が少なくてお薦めです。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:4.0
与那国島の南側、東崎展望台から比川集落方面に向かって行く途中にあります。
絶海と言う表現がぴったりの風景の中で、海の中に屹立した岩。なんとも不思議な光景。
その昔、ここに登って降りられなくなった若者が神に助けられたという伝説があるほか、
海側から見ると人の顔に見えるとの話も。さらに周辺海域から人型の石象のようなものが発見されているとのこと。
真偽のほどは確かではありませんが、与那国特有の巨石文明(海底遺跡もしかり)と相俟って、何とも楽しい話ではありませんか。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:4.0
「人舛田」と書いて「トゥングダ」と読みます。
ガイドブックによっては掲載されていない。掲載されていても名前と場所を記しているだけのものが多く、観光協会発行のマップにも掲載されていません。
場所も内陸部で、祖納と比川を結ぶ、ちょうど島のど真ん中を横断する道路の途中にあります。標識らしい標識もなく、ここでよいのか?と思うような畑の中を入っていきます。
そんな状態なので観光客はまず来ませんし、見せるようにもなっていないのは残念です。
行って見ると、ただのさとうきび畑…。しかしここが"死の椅子取りゲーム"が行われた場所なのだと思うと、胸に詰まるものがあります。
不定期に突然15~50歳の男子が集められ、100aほどの田んぼに時間内に入れないと惨殺されるという、人頭税に端を発するむちゃくちゃで悲惨な歴史の爪跡なのです。
古ぼけた看板があるだけで、説明も何もない、これで良いのだろうか?何か釈然としないものを感じます。
久部良の「久部良バリ」と併せて見学することをお薦めします。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:3.5
ヨナグニサンという世界最大の蛾がいます。石垣・西表にも生息するようですが、初めて発見されたのが、ここ与那国。
そしてそのヨナグニサンの博物館とも言うべき「アヤミハビル館」へ。
ここは天然記念物にも指定されたヨナグニサンの生態を研究している施設です。
道は少々わかりづらく、途中にもう少しキチンとした案内標識が欲しいところ。
実は私が訪問した時は、平日のせいか開館時間が午後からとなっており、時間の都合で内部は見学できませんでした。行く際には、あらかじめ確認した方が良いかもしれません。
また、施設の周囲には芝生の広場やビニールハウス(飼育場所)があり、蝶マニアの方々が蝶の採集に余念がありません。マニアにとっては、館内だけでなく敷地全体が魅力なのかもしれません。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
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投稿日 2013年05月12日
総合評価:4.5
島の西側の集落、久部良の海岸線に近い丘陵部にあります。
「久部良割」と書くようですが、文字通り、岩の裂け目です。
17世紀に"天下の悪税"と称された「人頭税」が与那国にも課せられ、その結果人減らしが行われました。
島内の妊婦をここに集め、幅3.5m、深さ7mの巨岩の裂け目を飛び越えさせたのだそうです。
落ちて死ぬか、運良く飛び越えられても流産は必至、今では考えられない残酷な歴史の跡なのです。
実際その場に立つとわかりますが、健常な成人男子でも身構えるほどの裂け目、ここを身重な女性が飛ぶなどと言うのは、どう考えても不可能です。
島中心部にある、人舛田と併せて見学することをお薦めします。- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2013年05月12日
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投稿日 2013年05月12日











































