pedaruさんへのコメント一覧(14ページ)全3,484件
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昔の栄華
pedaruさん
こんにちは。
自分の旅行記にいいね!をしてくれた方々のお礼でいいねの30件を超えてしまいました。
明日忘れずにさせて頂きます。
さて、安土城跡、我々も何年か前に行きましたがスケジュールが詰まっていて上には登りませんでした。
pedaruさんのおかげで良く理解できました。
昔はさぞや栄華を誇ったことでしょう!
仏足石ですが、信長も多少は信心があったのでは?
現代人も100%の信心ではないものの神社仏閣で手を合わせますからね(苦笑)
立派な寺院もあったとは知りませんでした。
確かに博物館は見たかったですね!
昔の安土城が再現されているのでしょう。
norisa
Re: 昔の栄華
norisaさん おはようございます。
人気者は大変ですね、皆さんの好意にこたえる配慮が支持される所以ですね。私なんぞは気が向いたときだけしかいいねをしないものですから、自分のいいねの数ばかり気にしている割には、アクセスや投票がすくないのです。
norisaさんの真摯な態度がミリオンアクセスを生んでいるのだと思いました。
ところでnorisaさんも安土にはお出かけでしたか、日本史最大の人気キャラの信長、彼の城と言うだけで私も行ってきました。
いつの間にか上り切りました、体力はなくても精神力で成し遂げました。
なんて大げさな物ではありません、地上からわずか100mちょっとの高さの山ですから、軍人精神をまねなくても登れます。
仏足石は材料として持ち込まれましたが、誰もこれを利用しようという合理的な考えをもった武将はいなかったのでしょうね、下部の者の信頼を得るために仏足石を使わない方が合理的だと判断したのだと思います。
博物館が休館だったのは、pedaruらしい完璧と無縁な結末でした。
pedaru2025年02月28日05時28分 返信する -
盛者必衰
このあたりは、天武チルドレンの村国男依の取材で駈け回ったところです。
関ヶ原の出口ですから、東国への押さえで大事なところで、秀次がここの封じられたのも、そのときは信頼されていたのですね。
関ヶ原の隘路からでてくると、このあたりはさあーと開けて気持ちいいところです。平べったくて、米どころという感じ。古代から栄枯盛衰のあったところです。
そこに秀次さんも登場してくるとは知りませんでした。
近江八幡駅の次の次が野洲駅です。この近く旧中仙道の野洲川渡河点あたりで、村国男依率いる天武軍と近江朝廷軍の決戦があったはずです。ここで近江軍が壊滅したので、壬申の乱は事実上決着がついたというのが私の説です。
それから大友皇子の悲劇までまっしぐら。
それから900年後が秀次の悲劇ですか。
盛者必衰、南無阿弥陀仏。 -
お返事改めて。
pedaruさんの旅行記改めて読んでみました。
旅での感じ方が、小生と多く似ています。
という事は年齢的に同時代を生きて来たのではないかと拝察します。
小生、終戦を国民学校5年生で迎えました、未だその折の感覚が頭の何処かに残っているような人間です。
間違っていましたらご容赦下さい。
今後とも宜しくお願い致します。
愛吉
2025年02月22日16時58分返信するRE: お返事改めて。
愛吉さん おはようございます。
まず驚きましたのは、愛吉さんが5年生で終戦を迎えたという事です。
街道を歩いたり、その他好奇心旺盛で、とてもそのエネルギッシュさには
敵わないと感じておりました。
私は、あるトラベラーさんから、「なんや、そんなことを知っているなんて、
かなりの歳よりやなぁ」と落胆した旨を告げられたことがあります。
先入観なしに交流を持ちたいと思っておりますので、はっきりとした年齢は
明かさないようにしております。しかし、私の場合、昔のエピソードやプライベートな
ことを書いていますので、皆さんは私の歳を推定しておられると思っております。
終戦の日には生存していたのは事実ですが、人間としては動物に近い状態だったとおもいます(笑)。したがって愛吉さんよりは多少後輩にあたるかと思います。
人生の先輩としてよろしくご指導いただきたいと思います。よろしくお願いします。
pedaru2025年02月23日07時15分 返信する -
悲劇の人
師匠、こんばんは!(^^)!
また寒くなるようですね。
今年の2月は寒いですねぇ"(-""-)"
豊臣秀次、戦国時代のドラマを見ていると、必ず登場する人物で、この役を演じる俳優は、たいていちょっと寂しそうな陰のある人が多いですね。
また秀次について調べると、聡明で思いやりのある穏やかな人物などと書かれています。
信長も秀吉も家康も、苦労をしたとはいえ、自我の強い人たちです。
それなので、脇役的なこの人物には知性と優しさを与えようと後の世の人間はつい思ってしまうのでしょう。
私ももちろん例外ではありません。
だって少しは、全体を見通しながらも、繊細な性格のゆえに強さを前面に出すことができず、結果滅んでゆくという運命を甘受する立場の人が、ドラマ的には欲しいと思うのですよ。
秀次の城には、石垣だけがところどころに残るだけなのですねぇ。
そのわびしい感じがたまりません。
メインにはあまり心を動かされず、マイナーが大好きな私としては、まさに好物の人材です(^_-)-☆
ロープウェイで行ってすぐに辿り着くのではなく、けっこう歩くのですねぇ。
腰痛持ちには、もはや行けない場所にあるようです。
師匠の旅行記で、せめてその風情を味わいたいと思います。
(^^♪が多用されていますが、その心持は理解できます。
しにあさんは♪や♪♪、♪♪♪などで、その気分を表現されますが、
私もこれから、大いに参考にさせていただきたいと思いました(^_^;)
お堀の辺りは私でも歩けるでしょうか?
水面と道の高低差が、あまりなさそうで、本当にイイ感じですね!
柳の木の下で話すカップルが、確かに気になります( *´艸`)
前日光Re: 悲劇の人
前日光さん おはようございます。
コメントありがとうございました。前日光さんらしく秀次の人物像を分析し、悲劇の人として評価していますね。
そもそも戦国時代に限らず、戦前までは人権という概念がない時代でしたから、強い者が正義だと誰もが思っていましたから、強者の都合で人は虐げられました。
前日光さんは日本史なども専門ですから、コメントも一味違います。
4トラベルでは皆さん2万歩くらい歩く人はたくさんいますが、私も腰が痛くて歩くのは苦手です。せっかく来たのだからというさもしい根性で
無理して歩きました。
私の腰痛対策は使い捨てカイロを腰に張ることです。知り合いに勧めているのですが、なまじの整形外科よりよく効きます(笑)。
騙されたと思って、一度お試しください。かのアインシュタインも常用していたそうです(捏造です)。
京都、奈良はもちろんですが、近江周辺も日本史の舞台としては重要ですね。石田三成、豊臣秀吉、秀次、信長、などの城が狭い範囲にあります。
カイロを貼って出かけましょう(^^♪。
pedaru2025年02月19日05時49分 返信するRe: 悲劇の人
横から失礼します。
♪はkummingさんの発明です。同様な写真が連続して説明の必要もないとき、心象風景として♪をつけるそうです。
私は弾んだ気持ちで「らん」と読みをつけました。By妻は澄んだ鈴の音で「りん」と読むそうです。
♪♪だと「らんらん」または「りんりん」2025年02月24日10時25分 返信する -
(^^♪
pedaru師匠 こんばんは♪
ツッコミ遅くなり、出遅れました。
(^^♪、八幡堀や町歩きされて
ロープウェイで城址の石垣だけが残っている。
たくさん歩かれておつかれさまでした。
秀次さん、高野山で切腹だったのですね。秀吉は秀次さんを高野山で食事係も許可されて生かしておくつもりだったらしい。でも身の潔白を証明するため切腹。ご家族はえらい迷惑。
ググってしまいました。
若い時、切腹し損ねた方を見たことあって 切腹だけでは死ねないの。
苦しまぎれに臓器出し、それでも死なない、ねない→救急車で病院(笑)
介添、今そんなのしたら殺人ですよね。
『白雲館』
1877築日本の大工さんが製作
擬洋風建造物
「玄関の上部には唐破風や太鼓楼が見られ、日本の文化も感じられ当時の棟梁である高木作右衛門の創意工夫を感じることができます。」
これを見に行ってみたいと思いました。無料だし(笑)
洋風、学校ってことで「ヴォーリスさん?」と思いましたが彼が近江にきたのは30年後ですね。
親孝行な息子さんとの近江、楽しませていただきました。
フィーコ
Re: (^^♪
フィーコさん おはようございます。
豊臣秀次の切腹には諸説あるのですね。ネットでは通説を書きました。
といっても通説しか知りません(笑)。
現代でも戦争などでは命が粗末にされてますが、昔は本人自身、命の尊さがないがしろにしていて、名誉のために 犠牲になることをよしとする
傾向にあったようですね。
フィーコさんは切腹し損ねた人を見たことがあったそうですが、すごい経験ですね。映画などを見れば死に方が分かると思いますが、腹を切ってから頸動脈を自ら切ると死ねます。その方は余りの痛さに忘れてしまったのだと思います。私も忘れてしまうと思います。ですから、日ごろから
頸動脈を着る練習をしています(笑)。なんてでたらめなことを申しました。私が切れるのは爪と鼻毛くらいなものです。
白雲館、近年まで太鼓楼は壊れて撤去されていたものを、復元したようです。無料なうちにお出かけください、といっても中は何もありませんからいつまでも無料でしょう(^^♪。
pedaru2025年02月17日07時36分 返信する -
八幡堀の風景、素敵ですね~
pedaruさん、こんばんは
八幡堀の風景は風情があっていいですね~
かつては城下町の繁栄に大きな役割を果たしたお堀も
一時は埋め立ての危機に瀕したそうですね。
地元青年たちの働きにより八幡の象徴ともいえるお堀が残されたのは
何よりのことで、今では屋形船が行き交う観光名所となっているのですね。
豊臣秀次が安土から町内毎移転させて造ったという
区画され整然とした街並みの先には八幡山城(跡)を望めるのですね。
そのような光景からは秀次の功績と人望の厚さが窺われ
それだけに辿った末路を思うと、切ない思いに囚われます。
『泣くな秀次、泣くなsanabo』というpedaru師匠の声が
聞こえるようです…。←耳鳴りか?
お堀沿いの飛び石の並ぶ小道や石橋を望む風景をpedaru師匠の
スケッチ画で拝見出来たら素敵だろうなぁと思いました。
ロープウェイで登られた山頂の城跡の石垣を拝見し
「つわものどもが夢の跡」との句が頭をよぎりました。
今回の旅行記、pedaru師匠の笑顔(^^♪の大サービスでしたね。
コメントに窮された(?)師匠の心情をお察しし、思わずこちらまで
笑顔になってしまいました(´艸`*)
sanaboRe: 八幡堀の風景、素敵ですね~
sanaboさん おはようございます。
(^^♪ コメントに窮しての荒業、どなたが突っ込んでくれるか楽しみにしておりました。フィーコさんあたりかな?やはり本命はsanaboさんでした。長編旅行記投稿の疲れが残る中、ありがとうございました。
>ロープウェイで登られた山頂の城跡の石垣を拝見し
「つわものどもが夢の跡」との句が頭をよぎりました。
彦根城などの脚光を浴びている城などと違って、崩れかけた石垣、舗装されない道などを見ると、「まさにつわものどもが夢の跡」と呼びたくなりますね。感動のあまりの落涙、「泣くなsanabo」泣いてはいけません、人が泣いていいのは、親が死んだ時と、財布を落とした時だけです。
pedaru2025年02月16日06時40分 返信する -
近江商人、八幡商人
pedaruさん、
今晩は。連作の近江八幡巡りは見ごたえありました。
大阪勤務の時に一度だけ、この町を訪ね、時代劇でよく見た八幡堀、近江牛のすき焼きを食べ、八幡宮、八幡山城にも登りました。一通りの観光をしたのですが、恥ずかしながら、豊臣秀次がこの地に関係していたとは全く記憶にないのです。
興味を持っていたのは近江商人、御存じのように総合商社各社は殆どがこの地の出身者が企業設立に関与しています。我が社もそうでした。
実に日本的ですが、滋賀県立八幡商業高等学校や彦根高等商業学校、後の滋賀大学経済学部の出身者は学校枠で各1名入社していた記憶がありますね。
この町は自分の足で歩くには手ごろだった記憶がありますが、もう再訪する事も無いでしょう。
それではまた。
jijidarumaRe: 近江商人、八幡商人
jijidarumaさん おはようございます。
コメントありがとうございます。商業に携わる人は、必ず近江商人の話を教えられますね。天秤棒に籠を下げて、売り歩く、これが原点だといいますが、近ごろは金魚やでさえも見かけなくなりました。
ふうりん、らお屋、しんこ細工、みんな懐かしく、同年代のjijidarumaさんとなら話題が共通だと思いますがいかがでしょうか?
jijidarumaさんも近江商人の血をひく会社に所属し、ドイツで活躍なさったのですね。
フランスといえばしにあの旅人さん、ドイツと言えばjijidarumaさん、
鉄道といえば横浜臨海公園さん、など4トラベルでは有名人が目白押しです。文字数の多いのも、几帳面なのも特徴です(笑)。
またjijidarumaさんならではのお話を聞かせて頂きます。
pedaru2025年02月16日06時18分 返信するRe: 近江商人、八幡商人
pedaruさん、
今日は。
何故か、2通返信を頂いたので、これはもう一度返信せよ!との御意向と思い、几帳面に返信させて頂きました(笑)。
天秤棒からの連想でふうりん、らお屋、しんこ細工の行商ですね。
確かに同世代ですから、らお屋の言葉以外は分かりましたよ。
(読者の方の為に:羅宇屋=らお屋は私の記憶の中では言葉もこの職人も見ていないですね。父はたばこを吸いましたが、さすがにキセルを使用していませんでした。キセルでキザミタバコを吸うとき、キセルの煙管内にヤニが溜まり、これを掃除する職業の人を呼ぶ名称であると、検索して見ると<なるほど>と思いましたが)
少し話題がずれますが、「豆腐売りのラッパ吹き」が思い出されます。
この音が聞こえると、母が割烹着を着なおして、豆腐売りを呼び止めて、買っていた光景を思い出されます。
私自身はそれほど豆腐が好きだったわけではないのに、ドイツで食べられない環境になると、家内に無理を言って、自作してもらったような・・・。
もう古い古い話ですね。
それではまた。
jijidaruma2025年02月16日14時21分 返信する -
豊臣秀次
pedaruさん
こんばんは。
いつも冒頭の文章、興味津々で拝見しています。
今回は若かりし頃の思い出ではないのですね(苦笑)
さて、この豊臣秀次さん、まさに悲劇の方ですね。
いろいろな歴史書で彼の評判は上々です。
それを謀反の疑いとは!
秀吉が亡くなり豊臣家が滅びたのもこの濡れ衣に起因すると言ったら言い過ぎでしょうか!?
私的にはそう思っています。
ロープウエイで山頂に行けるのですね!
ここの石垣の風情ステキですね。
お城好きとしてはじっと眺めていたいです。
そして、街並みはやはり魅力的ですが、こういう街並みを保存する方々のご苦労も大変だなと頭が下がります。
(ちょっと前にミニリフォームした身としては(爆))
norisa
Re: 豊臣秀次
norisaさん おはようございます。
自分ではなかなかまめにコメントするのをさぼっているくせに、旅行記を投稿した途端、まだタイムラインに載る前からそわそわして、誰かからコメントはないかな?などと毎回パソコンを覗いているあほらしさを自覚しています。小学生ではあるまいし。
毎度書いていますが、今回もnorisaさんからまず一番のコメントをいただきました、ありがとうございます。
いつもの雑談は秀次の話を優先させたので省略しました。4トラでは紳士の方が女性も含めてほとんどですので、安心してプライベートなことを話してしまっていますが、こんなに開けっ広げでいいのかと迷うこともあります。
立派な経歴はありませんが、言えるのは皆さんより年上だという自覚があるので、体験談が古老に聞くような気持ちになってくだされば満足です。
歴史に疎いpedaruですが、現地に行ってみると、おのずと土地に関する歴史の勉強になります。琵琶湖周辺は都に近いせいもあって、秀吉の長浜、彦根、近江八幡、安土、石田三成の居城など、一度には見切れません。
でも最近腰が悪くて歩くのがつらいので、電動自転車にばかり頼っております。ロープウエイがあるかといって侮れませんね(笑)。
リフォームされたそうですが、私の体をリフォームしたい心境です。
pedaru2025年02月16日05時52分 返信する -
気に入った街
pedaruさん、おはようございます。
近江八幡が気に入った街にランクインされたそうで、関西在住として何だか嬉しく感じました(^_^)
実は幼い頃近所に住んでいた家族が、随分と前に近江八幡に引っ越しまして
とても住みやすいように母に話していたのを、朧気に覚えています。
昔ながらの日本家屋の軒下に、しゃれた医院の看板があったり
風情のある静かな町並みを歩いて、おじゃましまーす と訪問したり
旧西川家住宅や歴史民俗資料館など、とても見応えがあったのですね。
そして冒頭の少年、私もpedaruさんの貴重な漫画本返してー!とフォートラで呼びかけたくなりました。
ふわっくまRe: 気に入った街
ふわっくまさん おはようございます。
関西在住とは羨ましいです。近隣には歴史に彩られた町が目白押し、
関東にも無いわけではありませんが、ない物ねだりかも知れません。
彦根も近江八幡も風情がありますね。東京近郊の町は民家が競って
今風の家を建てるので、どこも同じように見えます。
ですから古い家に憧れて、町にある数件の家をありがたがるのです。
人間が古くなると、家まで古い物が愛おしくなるのかもしれません、
若い時は古い物なんて関心ありませんでした、せめて写真を撮っておけば良かったなぁと思います。
今回は彦根と近江八幡と安土のマンホールの写真を撮りました。バードウォッチングで新種の鳥を発見した気分です。カードも写真も現地に行かなければ手に入らないのがいいですね。
pedaru2025年02月05日06時18分 返信する -
近江八幡
pedaruさん、こんにちは。
近江八幡、懐かしいです。
二度ほど訪れましたが、もうかなり前なので。
あそこは、なかなか風情のある街並みなので、結構好きです。
とは言え、今は外国人なども訪れ、混み合っているかもしれませんね。
それにしても、やはり日本家屋は良いですね。
瓦屋根に白壁、焼き板。
そんな町屋が軒を連ねているのが美しい。
今となっては、残っているものをなんとか後世に伝えるだけですが。。。
最近の新建材の四角形の家は、古くなっても趣が無いし。
そう言えば、先日、二本松を訪れましたが、貸自転車は一日500円で、すべて電動でした。
どこぞの街では、3,000円も取られたのに。
旅猫Re: 近江八幡
旅猫さん おはようございます。
既に2度も行かれている近江八幡ですから、どんな町かはご存じでしょうが、隣の彦根と比べたら地味な町ですね。
しかし、私はこの町が気に入りました、観光客はほとんど見かけませんし、外国人は皆無でした。日本好きの外国人に勧めたいとも思いますが、
あの街の良さを知ってもらえるかどうか、外国人で溢れる街にしたくはないですから、内緒にしています(笑)。
家の形が江戸時代からの物らしく、風情があります。人が住むということは機能だけでなく美的なものも大切ですね。
昨今はサイディングというタイル風の外壁が建売住宅などでは全盛ですが、これも30年後にはダサいなんて人は言うのでしょうね。
私は一部しか知りませんが、北陸や関西の町の住宅が、趣があって住む人の知性さえも感じられます、(ちょっと褒め過ぎかな?)。
以上のことは旅猫さんがとっくにご存じだと思いますので、釈迦に説法でした。電動自転車のレンタル料は採算に合わせるとなると、高くなるのでしょうね、地球環境を考えれば、公営にして安く設定すべきです、特にpedaruの行くところは(笑)。
pedaru2025年02月03日06時25分 返信する



