ももんがあまんさんへのコメント一覧(24ページ)全724件
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ヴァルカブレールやサン・ベルトラン・ド・コマンジュ
ももんがあまんさん、Bonsoir!
私、この旅行記にコメントしていなかったですね!
(いいね、をしてみたら、いいねは済でした・・だってよく覚えてるもの!)
なぜよく覚えているかというと、まず、サン・ベルトラン・ド・コマンジュとヴァルカブレールの教会がエミール・マールの本に載っているから、というのと、いつもロマネスク本に載るようなロマネスクの教会があって、かつ美しい村である処=サン・ベルトラン・ド・コマンジュ(この2つをクリアする処はそう多くはないんですよね〜。だからここはよく覚えている・・)、は要チェックしているからで〜す。^^
多分、この頃、ももんがあまんさんの旅行記作成と私の読むのが追いついていなくて、何冊かまとめて読んだりしていたのかも。
それで、ヴァルカブレールの教会の4人のうち3人は、コクリコさんも書かれている通り、マールの本だと、聖エティエンヌと、スペインの二聖人、聖フストと聖パストールだそうで、この教会の祭壇から発見された聖遺物によって分かったのだそうです。
・・聖フストと聖パストールの二人は、後にアルカラ・デ・エナレスと呼ばれることになるコンプルトゥムの町の学校の生徒であったが、ディオクレティアヌスの迫害の時代にダキアヌス総督のもとに出頭して、そこで鞭打たれて死んだ。 プルデンティウスは彼らの勇気を賞め讃え、彼らの物語をたいへんよく知っていた芸術家は、二人をつとめて若い姿で表現しようとした。・・
像の頭上の柱頭彫刻は殉教の場面を示しているが、聖人の一人は木に縛られて鞭打たれ、もう一人は首をはねられている。・・ (本文にはここまで書いてあり、後ろの原註に、胸の前に十字架を捧げ冠をかぶった女性像があるが、これは多分「真の十字架」を持つ聖女ヘレナであろう、と書かれてあります・・、が・・ これもコクリコさんとのやりとりで既に書かれていましたね! だから私は書かなかったのかも、たぶん。 ^^;)
今、wikiで見たらwikiにも書いてありますね!
(saint Etienne, saint Just et saint Pasteur ainsi que sainte Helene)
https://fr.wikipedia.org/wiki/Basilique_Saint-Just_de_Valcabr%C3%A8re
マールの本で、この部分を読んで、「アルカラ・デ・エナレス、聖フスト、聖パストール」、で検索すると、関連の記事がたしかみつかった記憶が。。
たしか、こんなのとか、こんなのとか(日本語サイト)・・!
http://www.spain.info/ja/que-quieres/arte/monumentos/madrid/catedral_magistral_de_los_santos_justo_y_pastor_de_alcala_de_henares.html
http://worldheritagesite.xyz/contents/magistral/
wizRE: ヴァルカブレール
ももんがあまんさん、たびたび失礼いたします! ^^;
それで、今ほど書いたスペインの聖人・・というのは、つまり・・、
≪ 高く連なるピレネー山脈は、当時はまだフランスとスペインを隔離するものではなかった。 フランスの聖人がスペイン北部で崇められ、スペインの聖人がフランス南部で敬われていた。 南フランスの向こう側の聖人に捧げられていた崇敬の跡があちこちに見いだされるのはきわめて興味深いことである。・・ ≫
・・という話題の中で、(ヴァルカブレールの教会が)出てきたのでした!2015年11月08日22時31分 返信するRE: RE: ヴァルカブレール
Bonsoir wizさん。
> それで、今ほど書いたスペインの聖人・・というのは、つまり・・、
>
> ≪ 高く連なるピレネー山脈は、当時はまだフランスとスペインを隔離する
ものではなかった。 フランスの聖人がスペイン北部で崇められ、スペインの
聖人がフランス南部で敬われていた。 南フランスの向こう側の聖人に捧げら
れていた崇敬の跡があちこちに見いだされるのはきわめて興味深いことであ
る。・・ ≫
>
> ・・という話題の中で、(ヴァルカブレールの教会が)出てきたのでした!
wizさんに紹介されて頂いた、スペインの教会のwikipediaを眺めながら、そういえば、フランスのナルボンヌにも、同じ名前の「大聖堂」が有ったなあ〜と思い返して、確かめてみたら・・・確かにありました↓、ゴシック様式ですけどね。
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27613235
フランスでは「聖エティエンヌ」が、殉教者の教会としては、一番多いですけど (何処の国も同じかも?) 、南フランスでは、「サン・ジュスト&サン・パストゥール」に捧げられている教会も多いようです・・・確かに当時、フランスとスペインの間に、境界は無かったようですね・・・中世の「ロランの歌」なんかも、フランスからスペインへの軍事遠征の話だったですし、ナヴァール王国なんかも、スペインとフランスに跨った国でしたね・・・モンペリエもペルピニャンなども、スペインのの勢力下だったとか。
by ももんがあまん2015年11月08日22時59分 返信するRE: RE: RE:
> wizさんに紹介されて頂いた、スペインの教会のwikipediaを眺めながら、そういえば、フランスのナルボンヌにも、同じ名前の「大聖堂」が有ったなあ〜と思い返して、確かめてみたら・・・確かにありました↓、ゴシック様式ですけどね。
> http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27613235
おぉ〜! そういえば、この後続けてももんがあまんさんの旅行記を拝見していた時、ナルボンヌに読みすすみ、サン・ジュスト&サン・パストゥールが出てきた〜! と思いながら読んでいたかも・・(その時ヴァルカブレールも思い出しつつ読んでいた) と思い出しました! ももんがあまんさん、よく思い出されましたね!! ^^
2015年11月08日23時05分 返信するRE: RE: RE: Just et Pasteur
ももんがあまんさん、ここを見られたのかしら? ^^;
今、発見!
https://fr.wikipedia.org/wiki/Just_et_Pasteur2015年11月08日23時09分 返信するRE: RE: RE: RE:
> ジュスト、フスト・・
>
> そういえば、スペイン語のJってハヒフヘホの発音でしたね〜。
ハハハ・・・そうですよ〜・・・
教えていただいた、wikiは、知らなかったですけど、「サン・コマンジュ」と「ナルボンヌ」が載ってますね・・・他に無かったかな・・・? ちょっと記憶が、アバウトです・・・?
by ももんがあまん2015年11月08日23時24分 返信するRE: RE: RE: RE: RE:
ももんがあまんさん、Bonjour!
そういえば、以前、コクリコさんとも話題にしていたのですが、コンクのサント・フォワ、サント・フォワがスペイン語でサンタ・フェ(地名にもある)、ってお気づきでしたか?
今回の、サン・ジルの言語による変化の仕方もすごく変わるので笑えるくらいですが、聖人の名前も、言語によってすご〜く変わるので、たまにビックリしますよね!
エティエンヌは、イコール、ステパノであり、スティーヴンであり、シュテファン・・etc・・ですもんね〜。 ^^
wiz2015年11月09日07時53分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: RE:
Bonjour! wizさん。
> そういえば、以前、コクリコさんとも話題にしていたのですが、コンクのサ
ント・フォワ、サント・フォワがスペイン語でサンタ・フェ(地名にもあ
る)、ってお気づきでしたか?
サント・フォワ→サンタ・フェでしたか、気付かなかったですけれど、語感としては、まだ、解りますね・・・
> 今回の、サン・ジルの言語による変化の仕方もすごく変わるので笑えるくら
ですが、聖人の名前も、言語によってすご〜く変わるので、たまにビックリし
ますよ ね!
>
> エティエンヌは、イコール、ステパノであり、スティーヴンであり、シュテ
ファン・・etc・・ですもんね〜。
エティエンヌは、ハンガリーに行ったら、イシュトバーンなんですよね・・・ハハ・・・なんで、そうなるの?って思いますよね・・・フランス人でも、とても、同一人物とは思えないのでは?・・・ハハハ・・・。
by ももんがあまん2015年11月09日08時47分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: RE: RE:
ももんがあまんさん、Bonjour!
あまりに書き込み続いて、
ももんがあまんさんの旅行記作成のお邪魔していませんか?
ごめんなさい! ^^;
> エティエンヌは、ハンガリーに行ったら、イシュトバーンなんですよね・・・ハハ・・・なんで、そうなるの?って思いますよね・・・フランス人でも、とても、同一人物とは思えないのでは?・・・ハハハ・・・。
あはは、その気持ち、分かります!!!
ウィーンに行くと中心部にシュテファン寺院があって、ブダペストに行くと中心部にイシュトヴァーン大聖堂があるじゃないですか。 その時、なんだ、ふたつともステパノなんだ、って気付いた時おもしろかったのを覚えています!
wiz
2015年11月09日12時38分 返信する -
プロヴァンス伯領
ももんがあまんさん、またまた、Bonjour! ^^;
”「マグダラのマリア」は、この地から「サント・ボウム」へ行き、「マルタ」は「タラスコン」へ行ったとか・・” と、ももんがあまんさんのコメントである、「タラスコン」。
この「タラスコン」にゆかりのある、というルネ善良王(ルネ・ダンジュー)・・、昨日書いていた『フランスものしり紀行』(単行本は『フランスの城と街道』)の中の、「タラスコン」のところに、ルネ善良王とプロヴァンス伯領の歴史、というのが書かれていました! 参考まで・・抜粋しま〜す。
≪ もともとはフランス王国とは別個だったプロヴァンス伯領も、ルネ善良王(1409〜1480)の次の代にフランス王国に統合されてしまう。 その間の事情をよく理解するためにプロヴァンス伯領の歴史を少し遡ってみることにしよう。 ・・八世紀から九世紀にかけて成立したカール大帝の帝国が、孫の代に分裂して東フランクと西フランクになり、前者がドイツ王国、後者がフランス王国になったことは知られている。 東西フランクの境界線は当初だいぶ変遷があったが、最終的に落ち着いたところでは、プロヴァンス伯領は東フランクに、つまりドイツ王国に入っていた。 後にドイツ王国は神聖ローマ帝国と呼ばれるようになったが、要するに同じことである。 ・・例えば、ルネはアンジュー公という立場ではフランス王の封建家臣であり、プロヴァンス伯という立場では神聖ローマ皇帝の封建家臣であった。 しかし神聖ローマ帝国なるものは、ルネの時代にはすでに有名無実と化していたから、プロヴァンス伯領は実際問題として完全な独立国のようなものであり、もちろんフランス王から干渉を受けるような筋合いではなかった。 そういう状態をひっくり返してしまったのがルネ善良王の甥で、跡を継いだシャルルである。 彼は後継者がいなかったので、自分の死後プロヴァンスに政治的な大混乱が起こることを心配し、一四八一年に遺言で統治権をフランス王ルイ十一世に譲渡してしまったのだ。 これによってプロヴァンスはフランス王国に統合されたのと同じ結果になり、強力なフランスの政治勢力や文化がとうとうとしてプロヴァンスに流れ込むようになる。 それまで人々が日常生活に使ってきたプロヴァンス語、独自の文芸を育ててきたプロヴァンス語も、いつしか追いやられ、フランス語に取って代わられてしまう。・・ ≫
ちなみに、プロヴァンスではないですけど、この本、感じとしては軽く読める本なんですけど、バイユーのタピスリーの場面ひとつひとつの説明があったり、なかなか細かいところもあって、たまに手にとり見返したりしています。 ^^
wiz -
過渡期
ももんがあまんさん、Bonjour!
エーグ・モルトへの掲示板の返信を、せっかくなのでこちらの旅行記に移してきました!
私も、そういえば、ももんがあまんさんがこちらで書かれていた「過渡期」について書きたかったのに忘れてた! ・・と昨夜寝る前に気付いたんです^^;
> 「サン・ジル」の教会は、入口が三つあるし、手前に階段がついてるので、見た目は大きく見えるんですけれど、奥行きは、あまり感じなかったので、、多分、モワサックやボーリューの教会と、建物全体のスケールは、それほど違わないかと思います・・・モワサックや、ボーリューは、入口は一つですけれど、その一つが、結構、立派な作りをしてましたしね・・・でも、三つの入り口(三位一体の表現?)等は、ゴシックの教会で、良く見られるパターンですし、ずらっと並んだ聖人の像も、ゴシックの入り口の立像を思わせます (あまり細長くは無いです)・・・その意味では、時期的に、過渡期?を思わせるような、貴重なものを見た気がしてます・・・勘違いかもしれないけれど、ファサードなどは、1120〜1160年ころの作のようなので・・多分ですね?
1120〜1160年ころ・・ wikiで確認してみました!
https://fr.wikipedia.org/wiki/Abbatiale_Saint-Gilles_de_Saint-Gilles
私も、シャルトルのこの写真のところで書いていたのですが・・
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38587764
この写真では、例えば、アルル、と書きましたが・・
どこかのロマネスクの本に(マールだったかな?)、サン・ドニの後陣(1144年頃)やシャルトルの西正面(1150年頃)あたり、つまりパリ周辺の北フランスでゴシックが芽生えていた時、南フランスやイタリア、ドイツなどでは、まだロマネスクだった。(まあ当たり前と言えば当たり前ですけど、いきなり広範囲に新しいものが普及はしませんもんね〜。) 例えば、アルルのタンパンはシャルトルの西正面タンパンより遅い時期のものだけれど、ロマネスクとして知られている(シャルトルはゴシックとして知られている)、というようなことが書かれていました。
なので、ももんがあまんさんがアルルとすぐ近くのサン・ジルに関して「過渡期」と書かれていたこと(感じられたこと)は、正解! だと思います!
でももうひとつ、ロマネスクからゴシックへの過渡期、ということの他に、プロヴァンスあたりは、古代ローマ美術的(写実的)なものが彫刻などの造形に表れるようなので、この写実性がゴシックとも繋がる感じ?、もします。。
表紙のサント・マリー・ド・ラ・メールのお写真は、ももんがあまんさんが言われるように、”「船」と「ハートマーク」、洒落て” ますね!
wizRE: 過渡期
Bonsoir wizさん。
> 私も、シャルトルのこの写真のところで書いていたのですが・・
> http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38587764
> この写真では、例えば、アルル、と書きましたが・・
>
> どこかのロマネスクの本に(マールだったかな?)、サン・ドニの後陣(1144
年頃)やシャルトルの西正面(1150年頃)あたり、つまりパリ周辺の北フラン
スでゴシックが芽生えていた時、南フランスやイタリア、ドイツなどでは、ま
だロマネスクだった。(まあ当たり前と言えば当たり前ですけど、いきなり広
範囲に新しいものが普及はしませんもんね〜。) 例えば、アルルのタンパン
はシャルトルの西正面タンパンより遅い時期のものだけれど、ロマネスクとし
て知られている(シャルトルはゴシックとして知られている)、というような
ことが書かれていました。
>
> なので、ももんがあまんさんがアルルとすぐ近くのサン・ジルに関して「過
渡期」と書かれていたこと(感じられたこと)は、正解! だと思います!
な〜るほど、良く解りました・・・過渡期というのは、そういうものですよね・・・
> でももうひとつ、ロマネスクからゴシックへの過渡期、ということの他に、
プロヴァンスあたりは、古代ローマ美術的(写実的)なものが彫刻などの造形
に表れるようなので、この写実性がゴシックとも繋がる感じ?、もします。。
そうですね、仰るように、「サン・ジル」と「アルル」の、聖人の立像を見ていると、まさに、「ローマ」を感じます・・・昔、行ったことのある、ピレネー地方の田舎の小さな教会 (11〜12世紀) ↓にも、「ローマ風」の立像が有ったのですけれど、近くには、ローマの植民都市が有ったのを思い出します。
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27514531
この後の旅行記では、「タラスコン」の「聖マルタ」の教会や、「サン・マクシム」の「聖マリア・マッダレーナ聖堂」等も登場します・・・ルネ・ダンジューという名前は、この地域やアンジュー伯領だけでなく、一昨年の「ロレーヌ」でも良く出て来た名前ですね・・・でも、個性的という事では「プロヴァンス」が一番、個性的でしょうか・・・フランス領になっても、やっぱり「プロヴァンス」は「プロヴァンス」、北フランスとは、明らかに、違う空気が流れていました。
by ももんがあまん2015年11月08日17時47分 返信するRE: RE:
ももんがあまんさん、Bonsoir!
> そうですね、仰るように、「サン・ジル」と「アルル」の、聖人の立像を見ていると、まさに、「ローマ」を感じます・・・昔、行ったことのある、ピレネー地方の田舎の小さな教会 (11〜12世紀) ↓にも、「ローマ風」の立像が有ったのですけれど、近くには、ローマの植民都市が有ったのを思い出します。
> http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27514531
あぁぁ〜・・。。 このあたりは・・、(ロマネスクの本を見ていても、ももんがあまんさんの旅行記で拝見した記憶の中でも)いいなぁ・・と心に思っていたところのひとつですよ〜。 しっかり覚えていますよ! ^^
ももんがあまんさんの旅行記で拝見した中で、他にもいいなぁ、と心に思っているところが何箇所かありますよ〜。 あそことここと・・♪
> この後の旅行記では、「タラスコン」の「聖マルタ」の教会や、「サン・マクシム」の「聖マリア・マッダレーナ聖堂」等も登場します・・・
この先も楽しみにしていま〜す!
あ、そうそう! ももんがあまんさんに聞いた時はじめに推薦された、「世間」論序説、を昨夜注文しました! (本体1円で^^) 購入履歴を見直したら、アシル・リュシェールの本も本体1円で買っていました^^;
wiz2015年11月08日19時51分 返信する -
ラングドックやプロヴァンスは
ももんがあまんさん、Bonsoir!
エーグ・モルト/モンペリエ、サント・マリー・ド・ラ・メール/サン・ジル編拝見しました。
ももんがあまんさんのエーグ・モルトやサン・ジル(目と鼻の先のアルルはプロヴァンスだけどサン・ジルはラングドック)のコメントでもあるように、このあたり(ラングドックやプロヴァンス)は、この当時のフランス王領だった地を、地図を見て思い出さないとなかなか難しいですね〜。
今、佐藤賢一氏の『カペー朝』に載っている「1229年の南フランス」や「ルイ9世死没時(1270)のフランス」の地図、それから、エーグ・モルトの話題がたしか載っていたなぁ・・と、紅山雪夫著『フランスものしり紀行』を開きながら、ももんがあまんさんのお写真見ています^^; 「ブルゴーニュ人の塔」のことも書かれていました〜(城壁の西南隅を固めている塔とのこと)。
(1240年頃)当時フランス王に直属している港が一つもなかったところで、エーグ・モルトは、ルイ9世がどうしても欲しかった自前の根拠地となったわけですね〜。 ももんがあまんさんの旅行記で、しっかり頭に入りました!
12世紀後半にはゴシックの大聖堂建設時代が来ていたわけだし、ルイ9世の頃(13世紀)には建築的にも随分発展していたんでしょうね〜。 ももんがあまんさんのコメント「だんだん作り慣れてきたという感じがします・・・」という部分に注目しました。
サン・ジルの教会は、大きそうに見えるけれど、それほどでもないんですね?!
wizRE: ラングドックやプロヴァンスは
Bonsoir! wizさん。
> ももんがあまんさんのエーグ・モルトやサン・ジル(目と鼻の先のアルルはプ
ロヴァンスだけどサン・ジルはラングドック)のコメントでもあるように、この
あたり(ラングドックやプロヴァンス)は、この当時のフランス王領だった地
を、地図を見て思い出さないとなかなか難しいですね〜。
「サン・ジル」を中心にしたこのあたりは、もともとは、「トゥールーズ伯領」だったんだそうです、ルイ九世の少し前、フィリップ二世とルイ八世の時代(13世紀前半、アルビジョワ十字軍時代)に、フランス領になったようです・・・多分?・・・ルイが王に即位して後は、母ブランシュが摂政として、十字軍を継続して、このあたりのフランス領を守ったたのだとか・・・ルイが成人するころには、戦争も終結し、領土も確定して、何もやることが無くなっていたようですね・・・あとは、「聖地奪回」あるのみ・・・ハハ。
> サン・ジルの教会は、大きそうに見えるけれど、それほどでもないんです
ね?!
「サン・ジル」の教会は、入口が三つあるし、手前に階段がついてるので、見た目は大きく見えるんですけれど、奥行きは、あまり感じなかったので、、多分、モワサックやボーリューの教会と、建物全体のスケールは、それほど違わないかと思います・・・モワサックや、ボーリューは、入口は一つですけれど、その一つが、結構、立派な作りをしてましたしね・・・でも、三つの入り口(三位一体の表現?)等は、ゴシックの教会で、良く見られるパターンですし、ずらっと並んだ聖人の像も、ゴシックの入り口の立像を思わせます (あまり細長くは無いです)・・・その意味では、時期的に、過渡期?を思わせるような、貴重なものを見た気がしてます・・・勘違いかもしれないけれど、ファサードなどは、1120〜1160年ころの作のようなので・・多分ですね?
by ももんがあまん2015年11月08日01時56分 返信する -
テーマ別コレクション!
ももんがあまんさん、Bonjour!
いやぁ〜、聖母、聖母子コレクション凄いですね!
ももんがあまんさんなら、このようなテーマ別旅行記は他にも色々つくれそうですね♪
最近どうもゴシック的(特に後期ゴシック以降)な像や彫刻は、見ていても、写真に撮らない傾向があるのですが・・やはりこうして写真に残して後で見比べるのもいいものですね。
最後の方は今年の分の(旅行記より)先取り・・のお写真ですね^^ シュヴァルの理想郷にも行かれたんですね〜。 ディジョンやフォントネーのお写真を見ていたら、ブルゴーニュ編も楽しみになってきました!
wizRE: テーマ別コレクション!
Bonsoir! wizさん。
> いやぁ〜、聖母、聖母子コレクション凄いですね!
> ももんがあまんさんなら、このようなテーマ別旅行記は他にも色々つく
れそうですね♪
いつか、「フランスの美しい村・ベストショット集」とか「フランスの田舎町・ベストショット集」とかも、まとめてみたいです・・・「ジャンヌ・ダルク」の像も、集めてみたいです。
> 最近どうもゴシック的(特に後期ゴシック以降)な像や彫刻は、見ていて
も、写真に撮らない傾向があるのですが・・やはりこうして写真に残して後
で見比べるのもいいものですね。
「タンバン」や「聖人像」なんかも、まとめてみたら面白いかも・・? なかなか、時間が無いのですけど・・・
> 最後の方は今年の分の(旅行記より)先取り・・のお写真ですね^^ シュ
ヴァルの理想郷にも行かれたんですね〜。 ディジョンやフォントネーのお
写真を見ていたら、ブルゴーニュ編も楽しみになってきました!
ディジョンもフォントネーも、かなり後になりますけど、よろしくお願いしま〜す。
by ももんがあまん2015年11月07日20時48分 返信する -
つい、懐かしくて……
ももんがあまん様
こんにちは。ご無沙汰しております。
モンペリエはよく耳にする街ですが、エーグ・モルトは初めて耳にする名前です。このような街があった(作られた)とはちょっと驚きです。歴史に無知な私ですので当然と言えば当然ですが。
全く的外れな話ですが、「ピトー管」が出てきてびっくりです。ピトーってのは多分発明者の名前だろうとは思っておりましたが、フランス人であのような建物を作ったとは、まさに知りもしませんでした。
子供の頃から飛行機が好きで、漫画みたいなものを描いていましたが、忘れずピトー管を描き加えて「どうだ!!、お前ら知らないだろう」と優越感に浸っておりました。
ずっと忘れていたコトバを思い出させてくださり感謝です。 -
ジャンヌより聖母が先でしたか
こんにちは、ももんがあまんさん。
畏れ多きマリアさまのコレクション特集、フランス中回っていると相当な数になりますね。
このように整理して旅行記にまとめないと忘れてしまいますよね。
ももんがあまんさんの聖母の写真で私が行った場所も多いのですが、ほとんど覚えていませんよ〜
覚えているのはル・ピュイのノートルダム大聖堂の黒い聖母とロクロナンの素朴なピエタ!
ロクロナンの教会の聖母は美女ではなかったですが、ブルターニュの聖母や聖者たちは好きです。
なんだかサントン人形みたいで親しみやすかったなぁ。
表紙の招き猫聖母子のイエスはおズボン履いてるみたいでユニークですね。
洞窟の聖母はルルドの洞窟内でベルナデッタの前に現われた聖母ですね・・・この姿は日本の教会でもよく見ます。
ヴィル・カニヴの聖母はなんだか円空仏みたいだし、ロカマドールの黒い聖母は飛鳥仏の菩薩半伽思惟像に似てますね。
ル・ピュイの黒い聖母子は聖母の衣から顔を出しているイエスはカンガルーの子みたい、もうひとつの黒い聖母は遠野のオシラサマみたい。
サン・ジャン・ド・コールの聖母子は親子揃って凄い眉毛!!!
こう見ると、イエス・キリストより聖母マリアの方がバラエティーに富んでいて楽しいです。
マリアを彫る人は自分の母だったり、恋人だったり、娼婦だったり、近所の人気者のお姉ちゃんをモデルに描いたのでしょうね〜
私が気に入ったマリアさまは、ももんがあまんさんと同じくオータンのロラン美術館の聖母子です。
なんて愛らしいのでしょう! 幼子イエスが蓑虫みたいにぐるぐる巻きなのは、中世は赤ちゃんぐるぐる巻きにしてたからですよね。
成長して股関節脱臼になった人多かったのでは?
サン・レオン・シュル・ヴェセルの黒い聖母もすらっとしていて良いですね〜ブルーのお召し物がとても似あってチャーミング。
衣から顔を出しているイエスも可愛いですね。
コンピエーニュのサン・タントワーヌ教会の聖母もしなやかに流れるような動きがあって好きです・・・今年コンピエーニュに行きましたが、日曜日でどの教会も入れませんでした。
パリのノートルダムの薔薇窓の聖母子は今年撮ってきました。
新しい像だそうですね。
トゥールーズのオーギュスタン美術館の「グラースの聖母」をオマケに登場させてくださってありがとうございました。
ちょっと色っぽくて可愛いですよね。
聖母子像は母子に見えますが、ピエタってどう見ても親子ではなく夫婦に見えるんですけど。
聖母は年とらないのですかね。
たくさん、楽しませていただきました!
RE: ジャンヌより聖母が先でしたか
今晩は、コクリコさん。
「聖母」と「聖母子」のコレクション、見て頂いて、有難うございま〜す。
コクリコさんがおっしゃるように、キリストの像より、マリア像の方が、本当にイロイロ、バラエティー豊かですね・・・何故なんでしょうね・・・まあ、現代人の服装もそうですけど、男よりは、女性の方が変化に富んでるし・・・かなり、深い意味が有りそうな気がします・・・考え過ぎ?
ランキングを付けようかと思ったのですけど・・・やっぱり、怖れ多いので止めました・・・ハハハ・・・でもやっぱり、ベストワンは、オータンの「聖母子」です・・・写真でしか見てないですけど、「グラースの聖母」も、かなり上位!
> マリアを彫る人は自分の母だったり、恋人だったり、娼婦だったり、近
所の人気者のお姉ちゃんをモデルに描いたのでしょうね〜
多分、そうだと思います、でも、そういう、個人の好みが表現されるようになったのは、ゴシックも中期以降な気がします、ロマネスクの「聖母子」は、やっぱり、お手本に忠実に、と言った意識が強かったような・・?・・ミステリアスではあるけれど、現代人の感性からは、やっぱり、遠い気がします・・・
> 聖母子像は母子に見えますが、ピエタってどう見ても親子ではなく夫婦
に見えるんですけど。
> 聖母は年とらないのですかね。
これは多分、ミケランジェロの責任だと思います・・ハハ・・それ以前のピエタなんかは、それなりに、マリアが齢取ってるような (数は少ないですけど)・・・
by ももんがあまん2015年11月03日22時08分 返信する -
いつもありがとうございます
ハワイの旅にご投票ありがとうございました。3泊5日の短い旅行でしたが楽しい旅でした。友人とたくさんおしゃべりできたからでしょう。ハワイは以前もそうでしたが、一層ハワイ県のようになっていました。ここは中国人よりもまだ日本人が多いです。ほとんど英語なしでいけるので行きやすいのでしょうね。JTBやJCB HISの専用のトロリーがあるのにもびっくりです。市内を走るバスやトロリーはお金がいるのに、これは無料ですからね。旅行記にも書きましたが、あまりガイドブックには載っていませんが、ホノルル美術館 ワイキキ水族館はおすすめでした。海に入るのはだんだん苦手になってくるシニア世代にはハワイの別の顔としていいと思います。またイオラニ宮殿もハワイのいろんな歴史がわかって面白かったです。同行した友人もまた来たいと言っているので次は違う島へも行ってみたいです。2015年10月30日12時41分返信する -
ロマネスクの産声をあげた地へ
こんばんは!
懐かしいモワサックとトゥールーズの写真見せていただきました。
トゥールーズのサン・セルナン教会の重要なミエジュビル門のタンパンの写真撮ってなかったのでしっかり見ました。
「キリストの昇天」はサン・セルナン教会のタンパンから始まったといわれていますよね。
後の「キリストの昇天」と違って横向いて踊りながら昇天しているような姿が素朴で楽しげに見えました。
「妻帯している司教」も珍しいですね。
皮肉なのかしら、司教って妻帯してはいけないのでしょ(笑)・・・まっ影では権力に任せて囲ってたかもしれないけど。
堂々と扉口の柱に彫られているなんて愉快ですね。
オーギュスタン美術館の柱頭彫刻のコーナーは明るくカラフルになりましたね!
あれだけ多くの柱頭彫刻が展示されている美術館はないでしょうね。
私がUPした彫刻と違う柱頭彫刻がUPされていたのでわくわくしながら見ました。
あのコーナーの写真全て撮る根性はなかったからなぁ。
ゴシックの部屋の聖母たち全員いませんでしたか?
あのキュートな「グラースの聖母」は別格としても何体か魅力的な聖母がいらしたのですが、皆さんどこかの聖母マリアを特集した美術展に出張されていたのかしら。
トゥールーズのキャンプ場近くのカフェの写真は、ももんがあまんさんらしからぬオシャレな写し方していて新鮮でした・・・るなさんちっくだわ。
モワサックはもう駅の写真からして懐かしすぎます!
サン・ピエール修道院教会以外は特に見所はありませんが、町全体が懐かしさを感じさせるのんびりした空気がありますよね。
ナポレオン橋を見ながらタルン川沿いのプロムナードを歩くのもとっても気持ちが良かったです。
私があずまや(キオスク)だと思っていた建物はレストランだったのですね!
私が行った時も閉まっていました。
運河からも見えたゴシックの教会はサン・ジャック教会だったと思います。
中には入れませんでした。やはりサン・ジャックゆかりの地なのですね。
wizさんが超越のロマネスクと書いた超越的な神の姿をしたサン・ピエール修道院教会の南扉口の「荘厳のキリスト」。
サン・セルナン教会の「キリストの昇天」が「キリストの昇天」の始まりなら、サン・ピエール修道院教会の「荘厳のキリスト」が「荘厳のキリスト」の始まりなのですね。
そこからカオールに、オーベルニュに、ブルゴーニュに、、、どんどん。
ロマネスク芸術が出現し、フランス各地に広がってゆくというまさにその地に立ったのですよね・・・私も数年前に立ったのにまだ勉強が足りなかったからなぁ。
もう一度ももんがあさんの旅行記で楽しませていただきました。
「フランス人の好きな村」のwizさんたちの書き込みを見て、地方別で最下位がロレーヌ地方というのも面白かったです。
そういえばロレーヌ地方へはまだ行ったことがありませんよ〜
2日前に歯茎の中に真横に生えている親知らずを抜いたのですが、
歯茎を切開して歯医者にすごい力で抜かれました。
抜いた時は麻酔してたので痛くなかったのですが、その後ほっぺたは青く腫れ、オカメさん顔になって食事もまだろくに食べられていません。
旅行記書くのも、皆さんの旅行記に行くのもスローペースになりますがよろしくお願いいたします。
RE: ロマネスクの産声をあげた地へ
今晩は、コクリコさん。
「親知らず」ですか・・・そんなに腫れるなんて、よっぽど悪質な生え方をしてたんですね・・・お大事に・・・
> トゥールーズのサン・セルナン教会の重要なミエジュビル門のタンパンの写
真撮ってなかったのでしっかり見ました。
ワタクシも、前回の訪問で見てなかったのでもしっかり見てきました・・ハハ・・・
> 「キリストの昇天」はサン・セルナン教会のタンパンから始まったといわれ
ていますよね。
> 後の「キリストの昇天」と違って横向いて踊りながら昇天しているような姿
が素朴で楽しげに見えました。
ワタクシにも、結構「ワイルド」に見えました、他の教会で見たのとは、相当に感じが違いますね・・・
> 「妻帯している司教」も珍しいですね。
> 皮肉なのかしら、司教って妻帯してはいけないのでしょ(笑)・・・まっ影で
は権力に任せて囲ってたかもしれないけど。
> 堂々と扉口の柱に彫られているなんて愉快ですね。
多分、戒める意味があるんだと思うんですけどね・・あまり、図柄の意図が、良く解らないんですね・・「獅子に乗ってる女性」というのに、何らかの「寓意的」意味があるのかもしれません・・・?
> オーギュスタン美術館の柱頭彫刻のコーナーは明るくカラフルになりましたね!
> あれだけ多くの柱頭彫刻が展示されている美術館はないでしょうね。
> 私がUPした彫刻と違う柱頭彫刻がUPされていたのでわくわくしながら見ました。
> あのコーナーの写真全て撮る根性はなかったからなぁ。
あれを全てとるのは、さすがに無理ですね・・・意味の分からないのも多いし・・・ハハハ・・・でも、あれだけたくさんの「柱頭彫刻」を目の前で見れる「美術館」は、他に無いでしょうね。
> ゴシックの部屋の聖母たち全員いませんでしたか?
> あのキュートな「グラースの聖母」は別格としても何体か魅力的な聖母がい
らしたのですが、皆さんどこかの聖母マリアを特集した美術展に出張されてい
たのかしら。
パウロなんかの「聖人像」は、たくさん有ったんですけどね・・・「グラースの聖母」のような「美形」が、目に入らない筈が無いのですけど・・ハハ・・どこを見ていたのやら・・?
> トゥールーズのキャンプ場近くのカフェの写真は、ももんがあまんさんらし
からぬオシャレな写し方していて新鮮でした・・・るなさんちっくだわ。
ハハ・・・偶然です・・・
> モワサックはもう駅の写真からして懐かしすぎます!
> サン・ピエール修道院教会以外は特に見所はありませんが、町全体が懐かし
さを感じさせるのんびりした空気がありますよね。
> ナポレオン橋を見ながらタルン川沿いのプロムナードを歩くのもとっても気
持ちが良かったです。
> 私があずまや(キオスク)だと思っていた建物はレストランだったのですね!
> 私が行った時も閉まっていました。
> 運河からも見えたゴシックの教会はサン・ジャック教会だったと思います。
> 中には入れませんでした。やはりサン・ジャックゆかりの地なのですね。
モワサックの町は、いかにも、のんびりした田舎町という感じで、ワタクシ好みの街でした・・・川沿いは、綺麗でしたしね・・・レストランが開いて無かったのが残念・・・ビールが飲みたかったです。
> wizさんが超越のロマネスクと書いた超越的な神の姿をしたサン・ピエール修
道院教会の南扉口の「荘厳のキリスト」。
> サン・セルナン教会の「キリストの昇天」が「キリストの昇天」の始まりな
ら、サン・ピエール修道院教会の「荘厳のキリスト」が「荘厳のキリスト」
の始まりなのですね。
> そこからカオールに、オーベルニュに、ブルゴーニュに、、、どんどん。
> ロマネスク芸術が出現し、フランス各地に広がってゆくというまさにその地
に立ったのですよね・・・私も数年前に立ったのにまだ勉強が足りなかった
からなぁ。
> もう一度ももんがあさんの旅行記で楽しませていただきました。
まだまだこれから、「アルル」とか「サン・ジル」とか、たくさんの「ロマネスク」が登場します・・・乞う、ご期待・・ハハハ・・
> 「フランス人の好きな村」のwizさんたちの書き込みを見て、地方別で最下位
がロレーヌ地方というのも面白かったです。
> そういえばロレーヌ地方へはまだ行ったことがありませんよ〜
ロレーヌは、「ナンシー」が有名ですけど、町自体は大したことないですからね・・・「メッス」の町のほうが良いと思います、教会も立派だし・・・このあたりは、ジャンヌ・ダルクの時代から、常に戦場でしたし、その影響もあるのかも?と思ってますけど (隣のアルザスは、結構、美しい町が多いんですね)・・・?
ルイ14世が、この地を、元ポーランド王の「スタニスラフ」に、簡単に、くれてやったのも、この地が貧しかったからでしょうね・・・ハハ?
by ももんがあまん2015年10月26日00時15分 返信するRE:
コクリコさん、
親知らず抜かれて、顔(ほっぺ)が腫れた経験、私もあります!
4日間位は腫れがとれず、たいへんでした。。
15年位も前か・・? 下の歯ですよね?(下の歯が変な生え方だと腫れるとか)
はじめはヨーグルトとか固形のものがないのを食べていました。つらいですよね。。
しばらくがんばってくださいね!!!
ももんがあまんさん、
そういえば、ここに書くのもなんですが、ロレーヌの話がまた出ていたので・・^^; (dankeさんと)ドイツ語でロートリンゲンの話をされていたけれど・・これを見ると、私は、ハプスブルク=ロートリンゲンを思い出しま〜す(マリーアントワネットの父、マリア・テレジアの旦那様の出身地がロレーヌのナンシー)。
2015年10月26日06時45分 返信するRE:
ももんがあまんさん、コクリコさん、Bonjour!
ふたたび思い出しました! ^^;
「妻帯している司教」・・なんですけど、最近、アシル・リュシェールという方のフランス中世の社会という本を読んだんですけど、それを読むと、こういう話題も出てきていました。 ももんがあまんさんがこの旅行記の表紙のところで指摘されていた、(中世が)未熟な社会、というのがよく分かる本でした。 副題にフィリップ・オーギュストの・・と付いている本ですが、彼が何をしたというよりも、その時代の書物や文学などから中世の社会を垣間見るというのが主の内容でした!
それと、他のロマネスクの本(サン・サヴァンの修復で有名な吉川逸治氏の本)で、ロマネスクのブルゴーニュ起源説があるらしいことを読んだことがありますが・・感じとしては、モワサックの方が古く見えますよね。。
wiz
2015年10月26日07時17分 返信するRE: RE:
Bonjour! wizさん。
> 「妻帯している司教」・・なんですけど、最近、アシル・リュシェールとい
う方のフランス中世の社会という本を読んだんですけど、それを読むと、こ
ういう話題も出てきていました。 ももんがあまんさんがこの旅行記の表紙
のところで指摘されていた、(中世が)未熟な社会、というのがよく分かる
本でした。 副題にフィリップ・オーギュストの・・と付いている本ですが、
彼が何をしたというよりも、その時代の書物や文学などから中世の社会を垣
間見るというのが主の内容でした!
『フランス中世の社会 フィリップ・オーギュストの時代』 アンリ・リュシェール著 木村尚三郎監訳 東京書籍 1990年
「↑」この本ですね、ちょっと面白そうですね・・・今度本屋さんに行ったら探してみます、なかったら、取り寄せですね、絶版になってなければ・・
ワタクシの場合、中世の知識は、日本人の「阿部謹也」さんによるところが多いのですね(十数年前に、十万円ほど出して、記念に、全集を買いました)、彼の場合は、中世ドイツが舞台なんですけど・・・・彼の本を読んでいると、中世の人々というのは、感情生活においても、生活スタイルにおいても、考え方においても、つい最近までの日本人と、本質的に変わらない、同じ人間だということが良く解ります・・・もちろん違うところもたくさんあって、キリスト教の文化を通して、「個」の観念が育ち、それが、ルネサンスや宗教改革を経て、ヨーロッパに、近代社会を作り出すのですけれど・・・日本の場合は、明治の開国以降、外国の文化や書物によって、初めて「個」の観念に触れるのですね(「個」の目覚めという意味では、800年遅れているとか)・・・
ですから、明治以来、まだ150年弱しかたっていない日本では、まだまだ「個」の観念は未成熟で、近代的社会を形作るには至っていないし、逆に、その「変化」に耐えられず、反発して「先祖返りしたい」と妄想する、安部晋三や「日本会議」のような人間は、結構たくさんいるのですね・・・これはまあ、文化・文明の「変化」の過渡期における、必然的な反応でもありますけど、過去に戻ったからと言って、良いことなど有る筈が無いし、そもそも、もう戻れないというのがワタクシの考えです・・・
子供たちでさえ、家庭に、自分の部屋を持っている時代、「プライバシーという観念を捨てろ」などと言っても、それは不可能なのだから・・・むしろ、西洋近代発祥の、文化や機械に囲まれて、それを自在に扱うためには、まさしく、日本社会と日本人の、真の近代化と、それを受け入れる「成熟」が必要、というのが、ワタクシの考えですけれど・・・最近の、「シールズ」等の若者や、国会に集まる自発的な人々の政治活動に、少しばかり、日本の「個≒近代」の成長を感じ、これが潰されないようにと願っております・・・またある意味「在特会」などの動きと、それに参加する人々も、方向性が間違っているとしても、「個」の目覚めだと、言えないこともないかと・・・?
フランシス・フクヤマという人の本に、「歴史の終わり」という本があって・・ワタクシは、まだ、読んでないのですけど・・そこには、「人類の文明というものは、必然的に、一つの方向へと、紆余曲折を経ながらも、収斂していくものだ」という、そんな、わりと「楽観的」ともいえる歴史観が語られているそうです・・・・ワタクシも、根柢のところでは、そう思っているのですね、西洋の「近代化」というのは、ヨーロッパ地域の特殊な文化とは考えず、あるべき人類の「方向性」の一つだと思うのですね (文明の衝突などは起こっていない、あるのは、適応への不安と、適応のための「発熱」だと、ワタクシは思ってます・・・そうでなければ、シリアで生まれた大量の難民が、それほど文化的に異質で受け入れがたいのなら、その本家本元の、ヨーロッパを目指すはずもないのだから・・・
結局のところ、人類は、現時点で、どれほどの違いがあるように見えようとも、それを乗り越えて、いつか理解しあえるだろうと、ワタクシは、本質的には楽観的です・・・でもマア、その前に、滅びてしまわないように注意せねばですね・・・ハハハ・・・
長々と、失礼いたたしました・・・・ by ももんがあまん2015年10月26日12時12分 返信するRE: RE:
wizさん、ももんがあまんさん、
ほっぺたの腫れはだいぶ良くなってきていますが、まだ食べる時ほっぺの内側を噛んだり口が大きく開かないので調子悪いです。
青あざはまだ酷いし、お多福顔したお岩さんです。
wizさんも若い頃親知らず抜いたのですね。
> 「妻帯している司教」・・なんですけど、最近、アシル・リュシェールという方のフランス中世の社会という本を読んだんですけど、それを読むと、こういう話題も出てきていました。 ももんがあまんさんがこの旅行記の表紙のところで指摘されていた、(中世が)未熟な社会、というのがよく分かる本でした。 副題にフィリップ・オーギュストの・・と付いている本ですが、彼が何をしたというよりも、その時代の書物や文学などから中世の社会を垣間見るというのが主の内容でした!
紹介ありがとうございます。
木村尚三郎が訳されたアシル・リュシエール著「フランス中世の時代」アマゾンで670円で注文しました。
ついでに木村尚三郎さんの随筆「カオールの酒壷」も1円で注文しました。
モワサックも好きな町ですが、カオールもとっても気に入った町です。
木村尚三郎さんのパリ本は何冊か家にあります。
かなり前NHKで「時の旅人」という、著名人(芸能人、芸術家、作家など)が思い出の場所を訪れる番組があり木村尚三郎さんはカルカソンヌなどフランスの中世の町を訪れていました。
あとどこだったかな、当時は私の知らない町もあり今なら知ってるかもしれないです(録画してあるので観よっと)。
中世の町「大好き」オーラに溢れていて、木村先生に親しみ持ちました。
ももんがあさんのお持ちになっている阿部謹也さんの本はざっと本棚見たら2冊見つけた・・・「中世を旅する人々」と「中世の窓から」。
ももんがあまんさんが買われた全集に入っている本ですよね。
同じ「アベ」でも安倍某とは知性が違いますね。
もっと世界や日本の過去、現在を見なくてはね。戦前の大日本帝国だけ好きな人は必要ないです。
> それと、他のロマネスクの本(サン・サヴァンの修復で有名な吉川逸治氏の本)で、ロマネスクのブルゴーニュ起源説があるらしいことを読んだことがありますが・・感じとしては、モワサックの方が古く見えますよね。。
ブルゴーニュ起源説ってクリュニーあたり?
吉川氏の研究のおかげで天井画が日の目を見たのですね。
それにしても世界遺産で一喜一憂して大騒ぎしているのって日本とか日本周辺の国々だけ?
サン・サヴァンが世界遺産と言っても経済効果など気にしていないみたいですよね。
2015年10月26日18時25分 返信するRE: RE: RE:
今晩をは、コクリコさん。
> ももんがあさんのお持ちになっている阿部謹也さんの本はざっと本棚見たら2
冊見つけた・・・「中世を旅する人々」と「中世の窓から」。
> ももんがあまんさんが買われた全集に入っている本ですよね。
阿部謹也さんって、文章は、ちょっと硬いので、読みづらいんですよね、まあ、学者らしいな〜と思って読みました、「ハメルンの笛吹き男」なんてのは、有名だし、読みやすいほうですね、あとヨーロッパと日本を比較した文化論としては「世間論序説」が読みやすいでしょうか・・・?
> ブルゴーニュ起源説ってクリュニーあたり?
何処なんでしょうね。wizさんだったら知ってるんでしょうね・・・でも、クリューニーだとすると、残念ながら、それらしいものは殆ど何も残っていなかったです・・・建物が少し残っているだけでした、、レリーフや柱頭彫刻や聖人像なども、ほぼ完全に破壊されてしまったようです・・・観光客は結構来てましたけど (腐ってもクリューニー・・ハハ・・) 殆ど見るべきものは、残ってなかったです・・・ヴェズレーや、オータンや、ソーリューは、それぞれ素晴らしかったのですけれどね・・・
> それにしても世界遺産で一喜一憂して大騒ぎしているのって日本とか日本周
辺の国々だけ?
> サン・サヴァンが世界遺産と言っても経済効果など気にしていないみたいで
すよね。
そうですね、最初の頃なら、それなりに解らないでもないけれど、実際、観光客も増えたようなので・・・数が増えすぎて、ワタクシも最近は、全く興味なしです・・・ハハ・・・
by ももんがあまん2015年10月26日19時39分 返信するRE: RE:
wizさん、
> 「妻帯している司教」・・なんですけど、最近、アシル・リュシェールという方のフランス中世の社会という本を読んだんですけど、それを読むと、こういう話題も出てきていました。 ももんがあまんさんがこの旅行記の表紙のところで指摘されていた、(中世が)未熟な社会、というのがよく分かる本でした。 副題にフィリップ・オーギュストの・・と付いている本ですが、彼が何をしたというよりも、その時代の書物や文学などから中世の社会を垣間見るというのが主の内容でした!
アマゾンで注文した『フランス中世の社会 フィリップ=オーギュストの時代』 もう届きましたよ!
厚くてびっしり書かれていますね。
司教のこと、悪逆非道な領主のこと、学生や修道士のこと、女性の地位etc.たくさん書かれていますね。
これもマール本同様辞書のように手元に置いて読みたい箇所から読めるので良いですね。
1円(送料の方が高い!)で買った木村尚三郎さんのフランス中世への旅本『カオールの酒壷』は軽いエッセイなので厚いけれどすぐに読めそう。
今日、かなり前に録画してVHSからDVDにダビングした『世界わが心の旅』(『世界わが心の旅』が正しかったです)の木村尚三郎さん編を見ました。1995年の番組でした!
木村さんお亡くなりになりましたけれど、その頃はまだ70才くらいかしら。顔もつやつやしていてお元気で嬉しそうなお顔。
1995年当時知らなかったコンクも訪れていたので嬉しくなってしまいました。
音楽も山根基世さんのナレーションも落ち着いていて画像は悪いのですが良質な番組だったのだなぁと思いました。
木村さんは一人旅が好きだそうで、それは中世と1対1で対話でき、親しみが増すとからだと語っていました。
「負け惜しみじやないんだよ」とおっしゃったことが可愛かったし理解できました。
wizさんもももんがあまんさんも一人旅されていますが、歴史や風景と1対1で向きあって、本当に素晴らしいことです!2015年10月28日17時58分 返信するRE: RE: RE:
ももんがあまんさん、コクリコさん、Bonjour!
いやぁ〜! このスレッド、コクリコさんが立てたスレッドだったから、返信のお知らせはコクリコさんにいくじゃないですか・・ だから、こんなに話が進んでいるとは、今、気づきました・・すいません!!! ^^;
コクリコさん、 『フランス中世の社会 フィリップ・オーギュストの時代』 アンリ・リュシェール著 amazonで買われたんですね! これまた、今頃気付きすいません! そうなんです、かなり読み応えあるボリュームですよね〜。 王たちを中心に描かれた歴史本等と違い、もう少し違った角度からの中世が見えてきて、おもしろいかったです。 私は前からチェックしていた本だったので、amazonでかなり値が下がった時に買いました! ^^ ももんがあまんさんも機会があれば是非♪
wiz2015年11月07日16時24分 返信するRE: RE: RE: RE:
書き忘れです!
ブルゴーニュ起源説については、たしか、クリュニーにある現在オシエ美術館にあるという、クルリュニー修道院にあった柱頭の話が出ていたと記憶しているのですが・・。。 曖昧ですいません・・!
私も、木村尚三郎氏の文章は、中世の歴史や美術、色々なところで読んでいるのですが・・ 阿部謹也氏の方はももんがあまんさんに以前伺いましたが・・どれから読もうか悩ましいところです^^;
木村氏監訳、アシル・リュシェール著『フランス中世の社会』・・いつものようにおもしろいところに蛍光ペン塗ってますが・・、野武士の横行、悪逆非道の封建領主、とか、どんどん読み進められる箇所と、たまに眠くなる?箇所とあります?! ^^ 大学や学生の話もおもしろかった! 大学や学生については、山之口洋氏の『われはフランソワ』や、佐藤賢一氏の『カルチエ・ラタン』のようなものの方が楽しく読めますけど!
wiz2015年11月07日18時00分 返信するRE: RE: RE: RE: RE:
Bonsoir! wizさん。
> 私も、木村尚三郎氏の文章は、中世の歴史や美術、色々なところで読んでいるの
ですが・・ 阿部謹也氏の方はももんがあまんさんに以前伺いましたが・・どれ
から読もうか悩ましいところです^^;
阿部謹也さんの本で、最初にお勧めするとすれば、「ハメルンの笛好き男」か、文化論としての「世間論序説」などですけれど、フランスに詳しいwizさんの興味を考えると、「西欧中世の男と女」が面白いかも?(ちくま学芸文庫でで出ているようです)・・・これは、「アベラールとエロイーズの往復書簡」をもとにして書かれているので、フランスにもかなり縁がありますね・・・他には「西欧中世の罪と罰」とか、「刑吏の社会史」というのも、比較的、眠くならずに読めるかも(ルイ16世の死刑執行人、サンソン家の話も、確か出てきたはず・・?)・・・でも、阿部さんの文章は、わりと硬いのですね・・・眠くなっても、責任は持ちません・・ハハ。
アンリ・リシュール面白そうです・・・かなり分厚い本だそうで、楽しみです。
by ももんがあまん2015年11月07日20時36分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: RE:
Bonsoir, Merci! ももんがあまんさん。
> 阿部謹也さんの本で、最初にお勧めするとすれば、「ハメルンの笛好き男」か、文化論としての「世間論序説」などですけれど、フランスに詳しいwizさんの興味を考えると、「西欧中世の男と女」が面白いかも?(ちくま学芸文庫でで出ているようです)・・・これは、「アベラールとエロイーズの往復書簡」をもとにして書かれているので、フランスにもかなり縁がありますね・・・他には「西欧中世の罪と罰」とか、「刑吏の社会史」というのも、比較的、眠くならずに読めるかも(ルイ16世の死刑執行人、サンソン家の話も、確か出てきたはず・・?)・・・でも、阿部さんの文章は、わりと硬いのですね・・・眠くなっても、責任は持ちません・・ハハ。
ももんがあまんさん、ありがとうございます♪
「西欧中世の男と女」、これはタイトルがおもしろそう!^^;
コクリコさんが書かれていた「中世を旅する人びと」も放送大学のいつかの講義で、たしか紹介されていたので、これも読みたい候補です!
そうそう! 上で、ももんがあまんさんが、「ヴェズレーや、オータンや、ソーリューは、それぞれ素晴らしかったのですけれどね・・・」と書かれているの見ました! 楽しみ〜! ディジョン、フォントネーとともに旅の後半戦ですね!
wiz
2015年11月07日21時12分 返信する -
超越のロマネスクは・・
ももんがあまんさん、Bonjour!
宿題 ? お疲れさまでした〜! ^^;
今回のももんがあまんさんのお写真も拝見し、「超越のロマネスク」は、やはりモワサックのタンパンが一番ピタリとくるなぁと感じています! ・・やはり現地で見るのが何と言っても一番ですよね〜!
モワサックのところにリンクを貼られている、サン・ジュニ・デ・フォンテーヌ St-Genis des Fontaines の浮彫り。 ロマネスクの本(写真)を見ていると、一番初めによく出てくるものです! スペイン国境に近いあたり、フランス側、スペイン側ともに魅力的なロマネスクが多くて、これまた行きたいところが多いです。。
あ、そうだ! モワサックのタンパンは、こういう写本の挿絵 ↓ をモデルにし彫刻したのでは、と云われているようですよ〜。 写真が小さいですがみつけたので貼っておきますね〜。
http://beatus.saint-sever.fr/hurry/f121v122.htm
( ”・・この書物の最も美しいページの一つには「荘厳のキリスト」が描かれており、四つの生き物が彼に付き随っている。 そのまわりには二十四人の長老が大きな輪を描いて玉座に坐っている。 彼らは頭に冠を戴き、一方には杯を、もう一方にはヴィオールを持って、光り輝くキリストの方に向け、そのめくるめく栄光に圧倒されている。 その外側では天使たちが空を飛び交っている。・・” /エミール・マール )
モワサックの旧市街へ向かう前のタルン河畔のプロムナードも良いですね。
例の講義、次の第5回では、オーギュスタン美術館で「エジプトのマリア」の柱頭彫刻が詳しく説明されるのですが・・ももんがあまんさん、もし撮られていたら、是非、追加で写真載せて下さいね!
今回はトゥールーズ、モワサックともに星★★★★★だったみたいで良かった!
初キャンプもお疲れさまでした〜♪
次回からの自転車旅行楽しみにしております〜! 特に、ただでさえ見所の多いプロヴァンスやコート・ダジュールを、数多い美しい村を絡めてどのように廻られて、さらにコルシカ島まで行き、再度パリを目指してブルゴーニュ(これまたロマネスク多し)をどう廻られたのか気になりま〜す。^^
wizRE: 超越のロマネスクは・・
Bonsoir! wizさん。
> 今回のももんがあまんさんのお写真も拝見し、「超越のロマネスク」は、や
はりモワサックのタンパンが一番ピタリとくるなぁと感じています! ・・や
はり現地で見るのが何と言っても一番ですよね〜!
モワサックの「黙示録のキリスト」は、やっぱり素晴らしいですね、ロマネスクにしてもゴシックにしても、イロイロ見てきましたけれど、「最後の審判」はコンク、「黙示録のキリスト」は、このモワサックで決まりでしょうか・・・「キリストの昇天」は、まだ決め手無しですけど、「聖母の戴冠」は、サンリスでしようか・・・?
> モワサックのところにリンクを貼られている、サン・ジュニ・デ・フォンテ
ーヌ St-Genis des Fontaines の浮彫り。 ロマネスクの本(写真)を見て
いると、一番初めによく出てくるものです! スペイン国境に近いあたり、フ
ランス側、スペイン側ともに魅力的なロマネスクが多くて、これまた行きた
いところが多いです。
フランスは、とりあえず、今年でおしまいと思ってたのですけど・・・また、行きたくなってしまいました・・・ハハハ・・・
> あ、そうだ! モワサックのタンパンは、こういう写本の挿絵 ↓ をモデル
にし彫刻したのでは、と云われているようですよ〜。 写真が小さいですが
みつけたので貼っておきますね〜。
> http://beatus.saint-sever.fr/hurry/f121v122.htm
大きさはともかく、パターンは似てますね・・・元ネタは、いつごろの、なんという「本」なんでしょうね・・・?
> モワサックの旧市街へ向かう前のタルン河畔のプロムナードも良いですね。
のんびりした田舎ですけど、結構清潔な良い町でしたよ。
> 例の講義、次の第5回では、オーギュスタン美術館で「エジプトのマリア」の
柱頭彫刻が詳しく説明されるのですが・・ももんがあまんさん、もし撮られ
ていたら、是非、追加で写真載せて下さいね!
掲載していない写真を調べてみましたけど・・・それらしい写真は見当たらなかったです・・・残念無念です。
> 次回からの自転車旅行楽しみにしております〜! 特に、ただでさえ見所の多
いプロヴァンスやコート・ダジュールを、数多い美しい村を絡めてどのよう
に廻られて、さらにコルシカ島まで行き、再度パリを目指してブルゴーニュ
(これまたロマネスク多し)をどう廻られたのか気になりま〜す。^^
なかなか進みませんけれど・・・気長にお付き合い、よろしくお願いしま〜す。
by ももんがあまん2015年10月25日20時46分 返信するRE: RE: 是非また!
Bonsoir! ももんがあまんさん!
> フランスは、とりあえず、今年でおしまいと思ってたのですけど・・・また、行きたくなってしまいました・・・ハハハ・・・
是非また行って下さい〜!(まだまだ見たい♪ ^^)
>> http://beatus.saint-sever.fr/hurry/f121v122.htm
>
> 大きさはともかく、パターンは似てますね・・・元ネタは、いつごろの、なんという「本」なんでしょうね・・・?
(エミール・マールによれば)これは、『黙示録』のサン・スヴェールsaint-seve修道院写本と言われるもので、スペインのリエバナの修道院長ベアトゥスbeatusによって書かれた黙示録の註解で、彼は748年に聖ヨハネの書物の註解を施したのだそうです。 そして、彼の書物は何世紀にもわたって書き写されていった・・とのことです。。
パリ国立図書館に保存されているものは11世紀のもののようです。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Beatus_de_Saint-Sever
2015年10月25日22時04分 返信するRE: RE: RE: 是非また!
wizさん、ももんがあまんさん、
横から失礼します。
> (エミール・マールによれば)これは、『黙示録』のサン・スヴェールsaint-seve修道院写本と言われるもので、スペインのリエバナの修道院長ベアトゥスbeatusによって書かれた黙示録の註解で、彼は748年に聖ヨハネの書物の註解を施したのだそうです。 そして、彼の書物は何世紀にもわたって書き写されていった・・とのことです。。
>
> パリ国立図書館に保存されているものは11世紀のもののようです。
> https://fr.wikipedia.org/wiki/Beatus_de_Saint-Sever
>
wizさん、貼ってくださってありがとうございます!
やっぱりサン・スヴェール写本だったのですね。
どんな写本なのかな〜と思っていたのですがwizさん、すぐ見つけられるので凄いわ!2015年10月25日22時34分 返信するRE: RE: RE: 是非また!
Bonsoir! wizさん。
> (エミール・マールによれば)これは、『黙示録』のサン・スヴェールsaint-
seve修道院写本と言われるもので、スペインのリエバナの修道院長ベアトゥス
beatusによって書かれた黙示録の註解で、彼は748年に聖ヨハネの書物の註解を
施したのだそうです。 そして、彼の書物は何世紀にもわたって書き写されてい
った・・とのことです。。
>
> パリ国立図書館に保存されているものは11世紀のもののようです。
> https://fr.wikipedia.org/wiki/Beatus_de_Saint-Sever
拝見しました、有難うございます。
カラフルで精密な、素晴らしい写本ですね・・・一冊欲しいけど、絶対無理・・ハハ・・・オークションに出したら、いったいイクラつくものか?
St-Severの村は、ホルドーの南、120kmほどのところにありますね (地図で確認しました) wikipediaを見ると、結構面白そうな教会なので・・・これもまた行きたくなりました・・ハハ。
by ももんがあまん2015年10月25日23時35分 返信する



