2015/06/11 - 2015/06/11
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ももんがあまんさん
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今回の旅行記では、ついに「プロヴァンス地方」へと入ります・・・今後も時々は、「ラングドック・ルション」へも入りますけれど・・・
「プロヴァンス」最初の村は、その昔、三人のマリアが流れ着いたとの「伝説」の残る、海沿いの村「サント・マリー・ド・ラ・メール」です・・・伝説が広まったのは、およそ11世紀から12世紀ごろ、ブルゴーニュの「サント・マドレーヌ教会」の「聖遺物」への巡礼が盛んとなる頃だったとか・・・ブルゴーニュの修道士たちの手により、エクス・アン・プロヴァンスで発見されたという、マグダラのマリアの遺骸が、信じられていた時代・・・では、マグダラのマリアは、何処からフランスのプロヴァンスへ来たか?、そして、いったい、フランスの何処で、何をしていたのか?・・・と言うことで、「伝説」が、次から次へと作り出されたようなのです (この村の伝説もその一つ)・・・もちろん、「伝説」は「事実」でも「真実」でも無いけれど、「伝説」を作り出す必要という「真実」と、それを信じたいと望む人々の「真実」は、この時代には、広範に存在したということで・・・もしかしたら、その残滓は、今も何処かに引き継がれているのかも・・・「中世」は、今も何処かで生きている、良きにつけ、悪しきにつけ・・・
一方、「サン・ジル」は忘れられた街です、元は、地中海への出口として栄え、商人や巡礼や十字軍(聖ヨハネ騎士団)が行きかったこの街も、今は海からも遠く、華やかな、プロヴァンスの観光の街からも遠く、やや埃っぽい、さびれた田舎町の風情・・・巨大な、ロマネスクの聖堂が、在りし日の繁栄を伝えている、そんな街です。
表紙の写真は、「サント・マリー・ド・ラ・メール」の村の「要塞教会」の入口 (正面入り口が閉まってたので)、特徴のある十字は、「伝説」のマリアたちを連れてきた「船」をイメージしているようです・・・「船」と「ハートマーク」、わりと、洒落てますね。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 船 自転車 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月11祖(木) Camping
昨夜泊った「Camping」の入口、ささやかな「看板」が掛かってます・・・農家のアルバイトと言う感じの「キャンプ場」でした・・・料金は、一泊 8.50ユーロ (相場です)。 -
D 58号線 ラングドック・ルション
そろそろ「カマルグ地方」です・・・あちこちで白い馬を見かけます・・・全くの野性と言うのはいないようですけど・・・この子たちも、柵の向こう側ですけど・・・人懐っこいですね・・・ナデナデ出来ます、ハエが集ってますけど・・・ -
D 58号線 ラングドック・ルション
カマルグ地方の湿地帯を眺めながら、「サント・マリー・ド・ラ・メール」を目指します・・・約30km・・・朝のうちにつかねば・・・それでも、すでに十分、暑いですけど・・・ -
D 58 〜 D 85号線 ラングドック・ルション〜プロヴァンス
そろそろ「プロヴァンス」に入ります・・・右に曲がった方が、長閑な田舎道になりそう・・・ -
D 85 〜 D 38号線 プロヴァンス
田舎道の突き当りです・・・渡し船(無料)で、川を渡ります・・・ -
D 38号線 プロヴァンス
カマルグの湿地帯を眺めながら走ります・・・陽ざしがだんだん強くなってきました・・・ -
D 38号線 プロヴァンス
・・暑い・・暑い・・カマルグの風景です・・・湿地帯ですので、日影が無いです・・・馬もつらかろう・・ですね・・・ -
Saintes Maries de la Mer プロヴァンス
ようやく到着「サント・マリー・ド・ラ・メール」です・・・鄙びた田舎の村を想像していたのですけれど・・・田舎は田舎でも、瀟洒な家屋が並んでます・・・ -
サント・マリー・ド・ラ・メール プロヴァンス
反対側の港には、レジャーボートの数々・・・「伝説」の村と言うイメージだったのですけれど・・・かなり、イメージが「崩壊」・・・「伝説」なんか、みんな知らないのかも・・ハハ・・・ -
サント・マリー・ド・ラ・メール
どの家もこの家も、白壁で赤屋根、とても清潔感のある村です。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール
プチ・トランも走ってます・・・観光地なのですね・・・これは「伝説」のおかげ・・・? -
サント・マリー・ド・ラ・メール Hotel de Ville
真っ白な「市庁舎」です・・・シンプルですけど、お洒落な建物。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール
背の高い建物は有りません、赤屋根の二階建てが多いです。 -
イチオシ
サント・マリー・ド・ラ・メール Eglise fortifie
村の教会「要塞教会」です、がっちりした、窓の少ない建物です・・・八世紀ごろから約千年、地中海沿岸のイタリアやフランスは、サラセンの海賊に荒らされた地域なので、こんな「教会」に成ったのでしょうか・・・?
この教会に、二人の「マリア」が祀られています。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会
こちらが、西正面入り口、逆光ですけど、一応、撮っておきます。サント マリー ド ラ メールの教会 寺院・教会
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サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会
教会の「身廊」・・・独特の色合いをした「柱」、屋根は低いですね・・・サント マリー ド ラ メールの教会 寺院・教会
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サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会
祭壇の「二人のマリア」・・・「マリア・サロメ」と「マリア・ヤコベ」、二人は、キリストの十字架の死の場面に立ち会った女性なのだとか・・・福音書には、ほんのチラリと名前が出てくるだけですけど・・・おまけに、「誰々の母マリア」とか言った記述が多いので、どれが誰かは諸説あり・・・彼女らと共に、この地に流れ着いたと「伝説」に語られる残る二人、「マグダラのマリア」は、この地から「サント・ボウム」へ行き、「マルタ」は「タラスコン」へ行ったとか (彼の地に、二人を祀る教会が有ります)。 -
イチオシ
サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会
この地に流れ着いた女性は、「三人のマリア」と「マルタ」、それと従者の「サラ」と全部で五人ですけれど、この教会には、「マグダラノマリア」を省く「二人のマリア」と「サラ」が祀られています、彼女たちは、この土地で暮らし、この地で葬られたのだとか・・・因みに、「マリア・サロメ」と「マリア・ヤコベ」は、共に、イエスの母マリアの姉妹との説もあるとか・・・二人の命日のお祭りの日には、これを担いで練り歩くらしい・・・命日が、解っているというのも凄い・・・ -
要塞教会 クリプト
教会の地下(クリプト)です、こちらには、マリアたちの従者「サラ」が祀られています。 -
イチオシ
要塞教会 クリプト
こちらが従者「サラ」・・・黒人だったのでしょうか?・・・彼女は「ロマ」(ジプシーー)の守護聖人なのだとか・・・毎年お祭りが有って、ヨーロッパ中の「ロマ」が、集まってくるのだとか・・・衣装が立派で、二人のマリアより豪華ですけど・・・かなり重そう。 -
要塞教会
この土地では、「三人のマリア」が有名ですけれど、「聖母マリア」も一応おられます・・・にこやかで、優しげな「聖母」です。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール
突然ですけど、屋根の上です、この教会は「要塞教会」ですので、屋根の上が「砦」のようなデザインになってます。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会 鐘楼
南フランスで良く見られる「ロマネスク風」の「鐘楼」。 -
イチオシ
サント・マリー・ド・ラ・メール 要塞教会
ギザギザの要塞風の屋根の上です・・・多分、サラセンの海賊が攻めて来た時には、この屋根の上から石を投げたのかも・・・? -
サント・マリー・ド・ラ・メール
教会の屋根の上から眺めた、「サント・マリー・ド・ラ・メール」の屋根の風景・・・南フランスらしい「赤屋根」です。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール
こちらは、教会前の「広場」です。 -
サント・マリー・ド・ラ・メール
明るい村の風景です・・・ -
サント・マリー・ド・ラ・メール
教会の屋根の上は、特に暑かったです・・・とても、ビールを飲む元気が出ません・・・今日も「レモネード」・・・ -
D 570号線 プロヴァンス
「サント・マリー」の村を過ぎて・・・お次は、「サン・ジル」の町へと走ります・・・殆ど、雲一つない青空が恨めしい・・・ -
D 570号線 プロヴァンス
この道路沿いには「ホテル」がたくさん並んでます・・・ -
D 570号線 プロヴァンス
ホテルの近くには「厩舎」が並んでます・・・このあたりの「ホテル」では、「ホース・トレッキング」をやってるようです。 -
D 570号線 プロヴァンス
カマルグの白い馬・・・野生でしょうか・・・? -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
「ポン・ドゥ・ガウ」と言う名前の「野鳥の公園」が有りました・・・入場料は7.5ユーロ)ですけど、入ってみました、カマルグですのでね、出来ることなら「フラミンゴ」が見たい・・・まず最初、こちらの鳥は、「鷺」(サギ)でしょうか? 日本でも、良く見かけるような・・・ワタクシの田舎だと、時々、池や小川や田んぼで見かけます・・・フラミンゴを、お手軽にみられます。 by ももんがあまんさんポン ドゥ ガウ鳥類公園 広場・公園
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D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
気の上にとまってます・・・ -
イチオシ
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
「オッ」羽を広げた・・・元気です・・・ -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
目的の、フラミンゴがいます・・・カマルグの代表ですね・・・せっかくここまで来たので、やっぱり、この鳥が見たかった。フラミンゴを、お手軽にみられます。 by ももんがあまんさんポン ドゥ ガウ鳥類公園 広場・公園
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D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
フラミンゴが二羽・・フラミンゴ・フラミンゴ・・ -
イチオシ
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
フラミンゴ・フラミンゴ・ミンゴメミンゴ・・・ -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
フラミンゴ・ミンゴ・ミンゴ・ミンゴ・ミンゴ・・・・いっぱいいました。 -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
スマートでお洒落な鳥です・・・何処へ行くの・・? -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
陸で寝てるのもいます・・・ -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
一本足のフラミンゴ・・・眠ってるのかな? -
D 570号線 プロヴァンス Pont de Gau
ポン・ドゥ・ガウ鳥類公園
写真もいっぱい撮ったし・・ちょっと撮りすぎ・・・十分「満足」したので・・・次に行きます・・・ -
D 570号線 プロヴァンス
再び、「サン・ジル」の町へ、炎天下の下をひた走ります。
また、馬の群れが居ました・・・絶対に野生馬・・・? -
D 570号線 プロヴァンス
フランス版「道の駅」でしょうか? 地元の物産を売ってます、椅子とテーブルもあって、日陰で休めます・・・暫し休息・・・日射病、熱射病に要注意・・・適当に、休みましょう・・・ -
D 37号線 〜 D 6572号線 Saint Gilles ラングドック・ルション
そろそろ到着「サン・ジル」の町です、「サント・マリー」から34km、真昼の炎天下ですので、結構、厳しいです・・・特に、PM2時ころからPM4時ころが、一番つらい・・・出来れば、この時間帯は、寝てたほうが良いんでしょうけれど、スケジュールがあるので、そうもいかない・・・ -
サン・ジル ラングドック・ルション
町の手前の「運河」です、過っては、この運河を通じて、「アルル」や「アヴィニョン」、更には、「地中海」へと、交易の商人が行き来したのでしょう・・・今は、ご覧のとおり、レジャーボートが並んでます。 -
サン・ジル修道院教会 L'abbatiale de Saint-Gilles
この町へ来たのは、こちらのロマネスク教会を見たかったからです、パリの「建築文化博物館」で、その実物大の入口の゜彫像軍」が見られます・・・でも、実物が見たかったのですね・・・ -
イチオシ
サン・ジル修道院教会 Abbatiale Saint-Gilles
ロマネスクの修道院教会です・・・手前に階段が有るので、大きく見えますけど、マア、ロマネスクですので、実際は、見かけほど大きくは無いですね・・・でも、ファサードの入口は三連で、一ヶ所の「ボーリュー」や「モワサック」よりは豪華に見えます・・・ -
サン・ジル修道院教会 ラングドック・ルション
でも、入り口のタンパン自体は、いくらか小ぶりです・・・一ヶ所でも、「ボーリュー」や「モワサック」は、もう少し、大きかったですね。 -
サン・ジル修道院教会
正面入り口、中央の「タンパン」には「黙示録のキリスト」・・・キリストの顔が破壊されてるのが、少し残念・・・アーキボルトには何もありませんけれど、これも破壊されたのでしょうね・・・下段には「最後の審判」、その右側は、弟子の足を洗うイエス。 -
サン・ジル修道院教会
中央入口、右サイドの「聖人像」、右側は、パウロですね・・ハゲてます・・左側は、多分、旧約の預言者・・誰だかは解りません・・・その足元には、獅子と山羊?、あと、何やら得体のしれない、人の形をしたモノ・・最下段は「ケンタウロス」に、「鹿」のようです・・・ -
サン・ジル修道院教会
中央入口、左側の彫像です、上段は人物像・・この教会の特徴でしょうか・・・ゴシック期には、入り口の両サイドに、旧約の預言者やダビデ等の、旧約聖書の有名人の立像を配置するという、そんな構成の教会が良くあります、こちらは、建物は、ロマネスクですけれど、こうした立像は、ゴシック期の其れを思わせます・・・最下段の浮彫には、上部から、向かって左の人物(多分女性)に、手が差し伸べられています・・・ -
サン・ジル修道院教会
中央入口から、向かって左の入口へと続く「壁面」の「アーケード」です、こちらにも、ズラリと「聖人像」が並んでいます、こうした造りは珍しく、ロマネスク期にもゴシック期にも、あまり記憶が無いです、一般に入口の両サイドに「聖人像」の並ぶさまは、ゴシック期の特徴ですけれど・・・多分、この教会は、過渡期なのでしょうか?・・並べ方もユニークです・・・教会のスケールも小さいし、数を並べるとすれば。こうならざるを得なかったのでしょう・・・ -
サン・ジル修道院教会
向かって左側の入口です。
こちらも、「タンパン」の彫刻は、多少残っていますけれど、アーキボルトには、何もありません・・・最初からこうだったのか・・・? そんな筈は無いと思いますけれど・・・? -
サン・ジル修道院教会
「タンバン」のアップです、少し分かりずらいですけど、中央に「聖母子像」、向かって右には、天使がいますけど「受胎告知」の場面でしょうか・・・? その下段は、イエスの「エルサレム入城」ですね、イエスの後ろには「棕櫚の枝」を手に持った「殉教者」の群れが続いているようです。 -
サン・ジル修道院教会
こちらは、中央入口、向かって右側の壁面の「アーケード」・・・ひさし付きの壁面ですので、風雨にさらされる割合も低く、本来ならば、もっと良く、原型が保存されていてしかるべきなのですけれど、彫像は、いずれも、顔面が破壊されており、両腕も損傷しております・・・たぶん、ユグノー戦争か、大革命時代に破壊されたものだと思いますけれど・・・とても残念・・・まあ、これまで、散々騙されて、脅しつけられてきたのだから、その怒りの爆発ですね、解らないでは無いです・・・・思うに、今の世の、イスラム原理主義も、似たようなものかも知れないけれど、あちらは、他宗派の像や神殿を破壊・攻撃しているだけなので・・・その点は、かなり違う・・・ -
サン・ジル修道院教会
こちらは、正面、向かって右側の入り口です・・・こちらは、十字架のキリスト・・・ -
サン・ジル修道院教会
こちらも、キリストのみならず、殆どの人物の、顔面が破壊されています・・・「怒り」ですね、騙されていたことへの怒り、脅しつけられてきたことへの怒り、自分自身の、無知への怒り・・・まあ、アートが傷ついたことは、残念ではあるけれど、これはこれで、納得いかないことも無いのです、この「傷」の一つ一つが、人々の「心の傷」なのだと思えば・・・人々の「覚醒」に、暴力が伴わなければ、それは結構なことではあるけれど、そうもいかないこともあります・・・ -
サン・ジル修道院教会
教会の「身廊」と「祭壇」・・・ -
サン・ジル修道院教会
「祭壇」の向かって左側にあった像・・・誰でしょう・・・? なかなか良くできてる「ブロンズ像」です。
因みに、この町の名前「サン・シル」とは、七世紀〜八世紀の人で、ギリシャで生まれフランスで没したのだとか・・・ラテン語で、「アエギディウス」、英語で「ジャイルズ」、フランス語で「ジル」・・・ナンデヤネン?と言う感じですけど (文字の読み方の問題?、耳が悪いわけじゃないと思うけど?)・・・この人じゃないですよね・・・?
追記です、旅するうさぎさんの「聖人辞典」によれば「サン・ジル」とは・・
> 中世で人気のあった聖人の一人で、ペストの守護聖人、
> 元はアテネの貴族の家に生まれだけれど、
> アルル付近の洞穴に住んで雌鹿に養われ、
> 西ゴート王に弓矢で傷つけられたけれど、
> この王がサン・ジルさんの徳に打たれて
> 修道院を創設した
のだそうです・・・この「修道院教会」の故事来歴・・由緒が有るのです。 -
サン・ジル修道院教会
教会「側廊」の絵画・・・聖母マリアの臨終の場面でしょうか・・・? マリアが若杉・・・鍵を持ったペテロもいます。 -
サン・ジル修道院教会
こちらは、幼き頃の「聖母マリア」と、その母「アン」の像。 -
サン・ジル 教会前広場
ポツポツと、観光客らしき姿は有るけれど、周辺の有名どころに比べると、雲泥の差といった感じの街です・・・過っては、聖ヨハネ騎士団の「プロヴァンス」の中心都市だったらしいのですけれど・・・「今は昔」の風情が漂ってます・・・教会前のお店も「ショボイ」・・・その分、物価は安そうですけど・・・ジェラートも、他より安い。 -
サン・ジル 教会前広場 La Maison romane
教会前広場の近くにあった、ロマネスクのハウス「ラ・メゾン・ロマーヌ」です、この町には、こうした感じの、相当に古そうな建物が、何の飾り気も無く立ってます・・・町の衰退とともに、経済的に、建て替えもままならなかったのでしょうけれど、今となっては「貴重品」・・・? -
サン・ジル Office de Tourism ラングドック・ルション
「オフィス・ド・ツーリズム」です、歴史のありげな建物に入ってます・・・ヒマそうですけど・・・実は、この「サン・ジル」という町は、古くは、トゥールーズ伯の勢力下にあり、現在も、行政圏としては、「ラングドック・ルション地域」となります・・・観光地として有名な「プロヴァンス地方」の「アルル」や「アヴィニョン」とは、目と鼻の先なのですけれど、実は近くて遠い町? -
サン・ジル
「城壁」と「城門」、殆ど民家とくっ付いてます、城壁をそのまま、民家として利用している感じ・・・? -
サン・ジル
レンガ造りの「ハウス」ですけど、何だか、城壁をそのまま、「ハウス」の壁にしたようにも見えます・・・どうかな? -
サン・ジル 今宵の宿 Camping La Chicanette
「サン・ジル」の町なかにあった「Camping}、「キュンプ場」が、ほぼ、町の真ん中にあるというのは、なかなか無いです、地の利もいいし、今日はこちらで、テントを張らせて頂きます・・・プールも有ります・・・ワタクシは、利用しないけど・・・ -
イチオシ
サン・ジル 今宵の宿 Camping La Chicanette
「Camping」で飼われてる「猫」・・・太からず、細からず、理想の体型・・・顔つきも美形・・・まだ若いですけど、良い猫です・・・わりと人に馴れてる。
町の印象 ★★★★ 物価が安い・・・観光地としては、地味で、町も地味ですけれど、そんなに捨てたものでも無いです・・・田舎町らしい風情。 -
サン・ジル 今宵の宿 Camping La Chicanette
「キャンプ場」の料金表です・・・テントを一つ、二人で泊まると、15,20ユーロですけど、ワタクシは一人なので、8.0ユーロ・・・まだ六月なので、これがだいたい、相場です、ハイシーズンになると、もう少し高くなる (特に観光地は) ・・・安い「キャンプ」のおかげで、毎日「ホットミール」の「ディナー」が食べられます。
キャンプ場の評価 ★★★★ 立地がいいです、設備も水準。猫もいる。
本日の走行距離 65km/累計297km 少しずつ、調子が良くなってきました・・・
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この旅行記へのコメント (10)
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- lemon7さん 2019/05/07 23:34:46
- 屋根からの眺め
- ももんがあまんさん
お久しぶりです。ビルバオ見ていただいてありがとうございます。
相も変わらず観戦の旅を続けています笑
ところでサント・マリー・ド・ラ・メール、このなんともロマンチックな
名前に魅かれて調べていたらいつもの通りももんがあまんさんに行きつきました笑
ほんとにくまなく歩いてらっしゃるので感服です。
実は今年2月の「Tour de la Provence」というロードレースのスタート地点が
ここでした。美しい海沿いの平坦な道を選手たちは東に駆け抜けて行きました。
旅行記を読ませていただいて街の雰囲気は想像できます、おしゃれなリゾート地。
私は教会の屋根に上ってみたいのですよ。
そこからの風景がオレンジの屋根が海に映えてきれいだろうなぁって。
あの美しいロクブリュヌ・カップ・マルタンの低地版でしょうか。
ここ期待していいですか。
なにしろアルルからバス便が極端に少なく、ちょっと萎えそうです。
いっそアルルから自転車で行けないかと考えるくらい。
しかしながら6月にしてかなりの暑さのようで、それも萎えそうです笑
lemon7
- ももんがあまんさん からの返信 2019/05/08 03:06:51
- Re: 屋根からの眺め
- 今晩は、lemon7さん、お久しぶりで~す。
スペインのビルバオにマラガ・・結構、近代的な建物が多い感じですね・・スペイン=フランスより田舎・・と言うのがワタクシのイメージなんですけど、少し印象が狂いますね・・まあ、田舎に行けば別なんでしょうけどね・・?
サント・マリー・ド・ラ・メール・・長閑なリゾート村ですね・・土地は、ロクブリュヌほど高くない、海沿いの村ですけれど、教会以上に背の高い建物は無いので、屋根の上からの見晴らしは良いですよ。
アルルの町からだと、片道37km・・ヨーロッパの夏は一日が長いし、道は平たん・・一時間12kmとして、多分?片道三時間・・途中休みを入れて四時間くらいでしょうか・・? 敵はやっぱり「暑さ」ですけれどね・・是非、頑張ってみてください・・www・・途中で、フラミンゴも白い馬も見られますしね。
by ももんがあまん
- lemon7さん からの返信 2019/06/22 01:09:14
- Re: 屋根からの眺め
- ももんがあまんさん
こんにちは、
教えていただいたサント・メリー・ド・ラ・メール行ってきました。
「いいね」もありがとうございます。
教会屋根上ってサイクリングしてとこの日は体力使う活動日となりました。
アルルからのサイクリング37㎞はとてもムリなのでバスで行きました。
海岸線と野鳥公園とで50㎞位走ったと思いますが未舗装や暑さで体力いりました。乗ってるときは夢中ですが後で疲れがでます笑。
教会も目的が屋根になってしまって教会の中のも二人のマリア様も見るのを
すっかり忘れてしまいました笑 でもやりたかったことがいくつも詰まって
楽しい一日でした。自転車おいてあのビーチで半日過ごせたら更によかったかな。 行く時期によって印象が違うのでしょうが私も6月でしたから空いてて良かったです。
ところで私は海外行った時しか自転車乗ることないんですが
ももんがあまんさんは最近も自転車に乗っていらっしゃるんですか。
lemon7
- ももんがあまんさん からの返信 2019/06/22 06:55:17
- Re: 屋根からの眺め
- こんにちは、lemon7さん。
サント・マリー・ド・ラ・メールの旅、ご苦労様でした・・ww・・写真を見せて頂いた限りでは空が青いし、六月もまだ初めとは言え、暑かったでしょうね・・普段、自転車に乗ってないと、急に50kmは、結構きついですよね。
ワタクシの自転車事情は、ずいぶん昔に、金食い虫のマイカーは処分したので (仕事では乗ってましたけど)、リタイアしてからは、買い物や、何処へ行くにも自転車onlyです・・10kmや20km位は、週に二度くらいは乗るし、近くの山沿いの道をひと回りして、週に一度くらいはひと汗かきます (時々、部品の交換に行く自転車屋さんiには、わりと良く乗ってますねと褒められます・・ww)・・坂道は、ツールほどハードではないけど、運動不足気味の体に、夏場は結構きついです・・気持ち良いですけど・・ww・・
lemon7さんの今回の旅は、カマルグの野生のフラミンゴ(公園じゃないヤツ)も見られたようで、何よりでした・・出来れば一泊できれば、もっと良かったかも?ですけどね・・静かな田舎の、小さな村での一泊と言うのは、ワタクシは結構好きです・・都会より、よく眠れる気がする・・ww・・。
by ももんがあまん
-
- dankeさん 2015/11/10 10:02:29
- Parc Ornithologique du Pont De Gau
- Bonjour ももんがあまんさん、
ギャーと叫んでしまいそう!このParc Ornithologique du Pont De Gauは、私が数ヶ月悩んだ末行かなかった公園です(泣)。ゎーん、フラミンゴも他の鳥も素敵だなぁ!やっぱり行きたかった。ただバスであそこで降りずにSainte Marie de la Merに行っちゃったのです。まぁこれは自業自得ですけど、さらにあのSainte Marie de la Merの教会が9月1日から改装工事中で入れなかったんです!これには泣きそうになりました。ももんがあまんさんの写真でやっぱり見たかったなぁと悔しくなるばかりです。
しかも親にフラミンゴを見せたかったのに、結構歩くと遠くて、結局私だけが見てきたという‥トホホ。
私、この辺りの地域、不思議な感じがして好きです。なんかフランスに思えないし、かといってスペインでもないし、プロヴァンス、そうかな?みたいな、個性的な所。私達はしぼりたて生ピンクグレープフルーツジュースをカフェで楽しみました。ももんがあまんさんのレモネードも美味しそう。simple is the bestですよね。
ほとんど愚痴になってしまってゴメンナサイ。続きも楽しみにしています。
- ももんがあまんさん からの返信 2015/11/10 19:07:46
- RE: Parc Ornithologique du Pont De Gau
- Bonjour dankeさん。
> ギャーと叫んでしまいそう!このParc Ornithologique du Pont De Gauは、
私が数ヶ月悩んだ末行かなかった公園です(泣)。ゎーん、フラミンゴも他
の鳥も素敵だなぁ!やっぱり行きたかった。ただバスであそこで降りずに
Sainte Marie de la Merに行っちゃったのです。まぁこれは自業自得ですけ
ど、さらにあのSainte Marie de la Merの教会が9月1日から改装工事中で入
れなかったんです!これには泣きそうになりました。ももんがあまんさんの
写真でやっぱり見たかったなぁと悔しくなるばかりです。
>
> しかも親にフラミンゴを見せたかったのに、結構歩くと遠くて、結局私だけ
が見てきたという‥トホホ。
それはそれは・・ホント・・トホホな一日でしたね・・・カマルグは広いし、よほど健脚でないと、歩くのは辛いですしね・・・「ポン・デュ・ガウ」は、それを考えると、とてもお手軽・・お手軽すぎるかもしれないけど・・でも、フラミンゴを見るだけなら、ここでも十分かも・・・?
あの「要塞教会」、九月から「改装工事」になっちゃったんですか・・・ついてなかったですね・・・そういえば、ワタクシが行った時も、少し改装中のようでした・・ご愁傷様です・・ハハ・・失礼・・ぺこぺこ。
> 私、この辺りの地域、不思議な感じがして好きです。なんかフランスに思
えないし、かといってスペインでもないし、プロヴァンス、そうかな?みた
いな、個性的な所。私達はしぼりたて生ピンクグレープフルーツジュースを
カフェで楽しみました。ももんがあまんさんのレモネードも美味しそう。
simple is the bestですよね。
wizさんが、書いてられたですけれど、この「プロヴァンス」というのは、もともとは、フランス王じゃなくて、ドイツの「神聖ローマ帝国」に臣従していたのだとか・・・プロヴァンス伯というのは、同時に、アンジュー伯でもあり、ロレーヌ伯でもあるという大貴族だったので、アンジュー伯としてはフランスに、プロヴァンス伯としては、神聖ローマ帝国(ドイツ)にと、二股をかけながらも、実態としては、完全な独立国だったのだとか・・・結局は、フランス王(シャルル七世)の義弟となる「ルネ・ダンジュー」(善良王)が、子孫を残さずに死亡し(1480年)、遺言で、フランス王にすべてを委ねたことで「フランス領」となったのだとか・・・でもまあ、歴史的なことはともかく、北フランスとは気候も違うし、空気が違いますね・・・
> ほとんど愚痴になってしまってゴメンナサイ。続きも楽しみにしています。
いえいえ、ワタクシの旅行記も、毎度、愚痴と怒りのオンパレードですので、全然、問題なしです・・・ハハハ・・・
by ももんがあまん
-
- wiz さん 2015/11/08 11:24:34
- プロヴァンス伯領
- ももんがあまんさん、またまた、Bonjour! ^^;
”「マグダラのマリア」は、この地から「サント・ボウム」へ行き、「マルタ」は「タラスコン」へ行ったとか・・” と、ももんがあまんさんのコメントである、「タラスコン」。
この「タラスコン」にゆかりのある、というルネ善良王(ルネ・ダンジュー)・・、昨日書いていた『フランスものしり紀行』(単行本は『フランスの城と街道』)の中の、「タラスコン」のところに、ルネ善良王とプロヴァンス伯領の歴史、というのが書かれていました! 参考まで・・抜粋しま〜す。
≪ もともとはフランス王国とは別個だったプロヴァンス伯領も、ルネ善良王(1409〜1480)の次の代にフランス王国に統合されてしまう。 その間の事情をよく理解するためにプロヴァンス伯領の歴史を少し遡ってみることにしよう。 ・・八世紀から九世紀にかけて成立したカール大帝の帝国が、孫の代に分裂して東フランクと西フランクになり、前者がドイツ王国、後者がフランス王国になったことは知られている。 東西フランクの境界線は当初だいぶ変遷があったが、最終的に落ち着いたところでは、プロヴァンス伯領は東フランクに、つまりドイツ王国に入っていた。 後にドイツ王国は神聖ローマ帝国と呼ばれるようになったが、要するに同じことである。 ・・例えば、ルネはアンジュー公という立場ではフランス王の封建家臣であり、プロヴァンス伯という立場では神聖ローマ皇帝の封建家臣であった。 しかし神聖ローマ帝国なるものは、ルネの時代にはすでに有名無実と化していたから、プロヴァンス伯領は実際問題として完全な独立国のようなものであり、もちろんフランス王から干渉を受けるような筋合いではなかった。 そういう状態をひっくり返してしまったのがルネ善良王の甥で、跡を継いだシャルルである。 彼は後継者がいなかったので、自分の死後プロヴァンスに政治的な大混乱が起こることを心配し、一四八一年に遺言で統治権をフランス王ルイ十一世に譲渡してしまったのだ。 これによってプロヴァンスはフランス王国に統合されたのと同じ結果になり、強力なフランスの政治勢力や文化がとうとうとしてプロヴァンスに流れ込むようになる。 それまで人々が日常生活に使ってきたプロヴァンス語、独自の文芸を育ててきたプロヴァンス語も、いつしか追いやられ、フランス語に取って代わられてしまう。・・ ≫
ちなみに、プロヴァンスではないですけど、この本、感じとしては軽く読める本なんですけど、バイユーのタピスリーの場面ひとつひとつの説明があったり、なかなか細かいところもあって、たまに手にとり見返したりしています。 ^^
wiz
-
- wiz さん 2015/11/08 09:59:50
- 過渡期
- ももんがあまんさん、Bonjour!
エーグ・モルトへの掲示板の返信を、せっかくなのでこちらの旅行記に移してきました!
私も、そういえば、ももんがあまんさんがこちらで書かれていた「過渡期」について書きたかったのに忘れてた! ・・と昨夜寝る前に気付いたんです^^;
> 「サン・ジル」の教会は、入口が三つあるし、手前に階段がついてるので、見た目は大きく見えるんですけれど、奥行きは、あまり感じなかったので、、多分、モワサックやボーリューの教会と、建物全体のスケールは、それほど違わないかと思います・・・モワサックや、ボーリューは、入口は一つですけれど、その一つが、結構、立派な作りをしてましたしね・・・でも、三つの入り口(三位一体の表現?)等は、ゴシックの教会で、良く見られるパターンですし、ずらっと並んだ聖人の像も、ゴシックの入り口の立像を思わせます (あまり細長くは無いです)・・・その意味では、時期的に、過渡期?を思わせるような、貴重なものを見た気がしてます・・・勘違いかもしれないけれど、ファサードなどは、1120〜1160年ころの作のようなので・・多分ですね?
1120〜1160年ころ・・ wikiで確認してみました!
https://fr.wikipedia.org/wiki/Abbatiale_Saint-Gilles_de_Saint-Gilles
私も、シャルトルのこの写真のところで書いていたのですが・・
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38587764
この写真では、例えば、アルル、と書きましたが・・
どこかのロマネスクの本に(マールだったかな?)、サン・ドニの後陣(1144年頃)やシャルトルの西正面(1150年頃)あたり、つまりパリ周辺の北フランスでゴシックが芽生えていた時、南フランスやイタリア、ドイツなどでは、まだロマネスクだった。(まあ当たり前と言えば当たり前ですけど、いきなり広範囲に新しいものが普及はしませんもんね〜。) 例えば、アルルのタンパンはシャルトルの西正面タンパンより遅い時期のものだけれど、ロマネスクとして知られている(シャルトルはゴシックとして知られている)、というようなことが書かれていました。
なので、ももんがあまんさんがアルルとすぐ近くのサン・ジルに関して「過渡期」と書かれていたこと(感じられたこと)は、正解! だと思います!
でももうひとつ、ロマネスクからゴシックへの過渡期、ということの他に、プロヴァンスあたりは、古代ローマ美術的(写実的)なものが彫刻などの造形に表れるようなので、この写実性がゴシックとも繋がる感じ?、もします。。
表紙のサント・マリー・ド・ラ・メールのお写真は、ももんがあまんさんが言われるように、”「船」と「ハートマーク」、洒落て” ますね!
wiz
- ももんがあまんさん からの返信 2015/11/08 17:47:22
- RE: 過渡期
- Bonsoir wizさん。
> 私も、シャルトルのこの写真のところで書いていたのですが・・
> http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38587764
> この写真では、例えば、アルル、と書きましたが・・
>
> どこかのロマネスクの本に(マールだったかな?)、サン・ドニの後陣(1144
年頃)やシャルトルの西正面(1150年頃)あたり、つまりパリ周辺の北フラン
スでゴシックが芽生えていた時、南フランスやイタリア、ドイツなどでは、ま
だロマネスクだった。(まあ当たり前と言えば当たり前ですけど、いきなり広
範囲に新しいものが普及はしませんもんね〜。) 例えば、アルルのタンパン
はシャルトルの西正面タンパンより遅い時期のものだけれど、ロマネスクとし
て知られている(シャルトルはゴシックとして知られている)、というような
ことが書かれていました。
>
> なので、ももんがあまんさんがアルルとすぐ近くのサン・ジルに関して「過
渡期」と書かれていたこと(感じられたこと)は、正解! だと思います!
な〜るほど、良く解りました・・・過渡期というのは、そういうものですよね・・・
> でももうひとつ、ロマネスクからゴシックへの過渡期、ということの他に、
プロヴァンスあたりは、古代ローマ美術的(写実的)なものが彫刻などの造形
に表れるようなので、この写実性がゴシックとも繋がる感じ?、もします。。
そうですね、仰るように、「サン・ジル」と「アルル」の、聖人の立像を見ていると、まさに、「ローマ」を感じます・・・昔、行ったことのある、ピレネー地方の田舎の小さな教会 (11〜12世紀) ↓にも、「ローマ風」の立像が有ったのですけれど、近くには、ローマの植民都市が有ったのを思い出します。
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27514531
この後の旅行記では、「タラスコン」の「聖マルタ」の教会や、「サン・マクシム」の「聖マリア・マッダレーナ聖堂」等も登場します・・・ルネ・ダンジューという名前は、この地域やアンジュー伯領だけでなく、一昨年の「ロレーヌ」でも良く出て来た名前ですね・・・でも、個性的という事では「プロヴァンス」が一番、個性的でしょうか・・・フランス領になっても、やっぱり「プロヴァンス」は「プロヴァンス」、北フランスとは、明らかに、違う空気が流れていました。
by ももんがあまん
- wiz さん からの返信 2015/11/08 19:51:41
- RE: RE:
- ももんがあまんさん、Bonsoir!
> そうですね、仰るように、「サン・ジル」と「アルル」の、聖人の立像を見ていると、まさに、「ローマ」を感じます・・・昔、行ったことのある、ピレネー地方の田舎の小さな教会 (11〜12世紀) ↓にも、「ローマ風」の立像が有ったのですけれど、近くには、ローマの植民都市が有ったのを思い出します。
> http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=27514531
あぁぁ〜・・。。 このあたりは・・、(ロマネスクの本を見ていても、ももんがあまんさんの旅行記で拝見した記憶の中でも)いいなぁ・・と心に思っていたところのひとつですよ〜。 しっかり覚えていますよ! ^^
ももんがあまんさんの旅行記で拝見した中で、他にもいいなぁ、と心に思っているところが何箇所かありますよ〜。 あそことここと・・♪
> この後の旅行記では、「タラスコン」の「聖マルタ」の教会や、「サン・マクシム」の「聖マリア・マッダレーナ聖堂」等も登場します・・・
この先も楽しみにしていま〜す!
あ、そうそう! ももんがあまんさんに聞いた時はじめに推薦された、「世間」論序説、を昨夜注文しました! (本体1円で^^) 購入履歴を見直したら、アシル・リュシェールの本も本体1円で買っていました^^;
wiz
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