frau.himmelさんへのコメント一覧(43ページ)全1,431件
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巨匠一覧
frau.himmelさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
第二次世界大戦中に於けるナチスと親密だったとされる指揮者で、プフィッツナーは、戦後、親ナチと認定されかかった際に、親しかったブルノー・ワルターが弁護する書簡を出し、助けられた経緯があります。
当該旅行記には出ておりませんが、クレメンス・クラウスは明らかに親ナチで、戦後はユダヤ人から嫌悪の目線を突きつけられ、メキシコで客死し、ヴィーンに遺骸が運ばれ葬列の際に石が投げられた程、憎悪の感情を持たれた人物です。
クナッパーブッシュも、ゲッペルス宣伝大臣からお気に入りの1人として、イスラエルでは、クナッパーツブッシュのレコードは販売禁止となっておりました。
横浜臨海公園
Re: 巨匠一覧
横浜臨海公園さま、こんばんは。
早速のコメントありがとうございます。
さすがにお詳しいですね。
私の薄っぺらい調べ方ではとてもそこまで知ることはできませんでした。
特にクレメンス・クラウス。
旅行記を作成している最中に名前は出てきたのですが、さっと素通り。
ところが今調べてみましたら、ものすごいドラマチックな生涯を送っているのですね。当然ナチスとの関わりは強く、かと言ってナチ党員ではなく、ちゃんと逃げ道を用意しているところが凄い(笑)。
でも当時のあの世界では寄らば大樹の陰、家族のため、芸術のために、ナチスと形だけでも良好な関係を保たなければならなかった巨匠たちの気持ちもよく理解できました。
あの時代、ウィーンフィルの楽団員の約半数がナチス関係者であったというのも肯けます。
ところで、プフィッツナーをブルーノ・ワルターが救ったという経緯、旅行記に追記させていただいてよろしいでしょうか。
これからもいろいろ教えてください。
himmel
2019年06月04日22時12分 返信する -
懐かしい~ウィーン!
frau.himmelさん、こんにちは
昨年のちょうど今頃のウィーンの旅行記ですね。フォルクスガルテンのバラの花、真っ盛りで素敵ですね。
今年の3月に私がウィーンを旅行したときには、アム・ホーフやユーデンスプラッツ近くのホテルだったので、今回のfrau.himmelさんが歩かれたあたりは、良く歩いたところです。
マリア・アム・ゲシュターデ教会の前の階段は、「第三の男」の撮影地だったのですね。そういえば、そこで、若い男性が二人、熱心に写真を撮っていました。
私はと言えば、階段の横にある建物の、沢山の椅子が並んでいるショールームの方に気を取られていました。
同じ場所を見ていてもそれぞれ感じ方は違うので、面白いですね。
あ、でも、一つ発見がありました。この教会の入口から右にまわりこんだ所に、「躓きの石」を発見しました。ドイツだけでなく、オーストリアにもあったんだと驚きました。
私もインスブルックの旅行記をさっさと作り終わってウィーンに進みたいところなのですが、なかなか前に進みません。
最近の日本の気候って何だかおかしいですよね。私は体調があまり良くありません。
frau.himmelさんも、お体ご自愛ください。
次の旅行記も楽しみにしています。
ペコリーノ
RE: 懐かしい?ウィーン!
ペコリーノさん、こんばんは。
お身体の調子が良くなかったのですか?
ここのところ随分インスブルックが出てこないなーと心配しておりました。
お大事になさってくださいね。
>昨年のちょうど今頃のウィーンの旅行記ですね。フォルクスガルテンのバラの花、真っ盛りで素敵ですね。
ペコリーノさんに言われるまで気が付きませんでした。ちょうど1年前になりますね。
フォルクスガルテンのバラはペコリーノさんの旅行記で教えていただいたのでした。
薔薇が真っ盛りのあの時期に行けてよかった〜〜!
今年の3月の旅は、私が今回歩き回った近くにあるホテルだったのですか。
あのあたりは静かでいいですね。まさにペコリーノさんのお庭。
やはりマリア・アム・ゲシュターデの階段近くで写真を撮っている人がいましたか。
第三の男では結構有名な撮影現場なのです。
でも私は「躓きの石」には気が付きませんでしたね〜。
あの付近はゲットーもあったし、オーストリアのあの時代ドイツと同じ国でしたから、不思議ではないのですが、私もまだ一度もオーストリアで「石」は見たことがないかも。
見つけたら必ず写真に撮るようにしているのですけど。
今年は日本とオーストリアが国交を開始してから150年だそうですね。
そんな話を聞くとまたウィーンに行きたくなってきました。
ペコリーノさんのウィーン旅行記を楽しみに待っています。
himmel
>2019年05月30日22時00分 返信する -
本当に最後?
himmelさん
こんばんは。
最後のシニア三人旅、と題された旅行記ですが
次回も、第4回目も、ありそうと期待させられるご旅行の内容ですね。
カフェ・モーツァルトでの朝ご飯、あまり朝、外で朝食を取らないの
ですが、このような優雅な朝食でしたら行ってみたいなあと
思えてきます。
ウィーン最後の朝食にふさわしい豪華な雰囲気の中でのお食事、
素敵ですね。
フォルクス庭園の薔薇、ぴったりの満開の時でしたね。
その後もお散歩は続き、
ミノリーテン教会のモザイク画による「最後の晩餐」
マリア・アム・ゲシュターデ教会などなど、私にとりまして
未訪問の地をどんどん進まれ、気がついたらリンクを横断されて
しまったんですね。
郵便貯金局、密かに私は好きな建築物です。
拝見できて嬉しかったです。
この後、旅立たれることが信じられないくらいの
中身の濃い旅行記でした。
続きも楽しみにしております。
mistralRE: 本当に最後?
mistralさん、こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
私の方は読み逃げばかりしていますのに・・・、ごめんなさい。
>本当に最後?
ねえ本当にI女史、元気そうにみえますよね。
ところが旅行から帰ってからやはり10日程入院されたのです。
旅行中でなくて良かったーって胸をなでおろしていましたが、そういうことがあると、自信を無くしてしまうのですね。
本当は3人の中で私が一番ヘタレなのですけど。
カフェの朝食、私も雰囲気が大好きなのです。
ところが夫と一緒の旅ではそれができなくて。朝食を摂ったら必ず自然現象に行かないと落ち着かない人ですから(笑)。
ですから3人旅では、時々カフェ(出来たら有名カフェで)朝食を取り入れて楽しんでいます。
フォルクス庭園のバラの花、本当にどんぴしゃりの季節で素晴らしかったですね。よくぞこの季節に来たものだと。
ウィーンで見るバラだから特別にきれいにみえたのでしょうか。
郵便貯金局、やはりアールヌーボーのmistralさんですね。目の付け所が違いますね。
ウィーンの次はブダペスト、プラハと続きます。
mistralさんの旅行記にそっと忍び込んで参考にさせていただくかも知れません。
いえ、本気です。ドイツ語圏では資料を探して何とか曲がりなりにコメントも書けましたが、あちらの旅行記はどうしたらいいんだろうって今から悩んでいます。
himmel
2019年05月30日21時24分 返信するRE: RE: 本当に最後?
himmelさん
こんばんは。
> 私の方は読み逃げばかりしていますのに・・・、ごめんなさい。
いえいえ、私も、コメントしたいなあと思いつつ、
そのままごめんなさい、してしまう折りもありますので、お気にされずに。
> カフェの朝食、私も雰囲気が大好きなのです。
> ところが夫と一緒の旅ではそれができなくて。朝食を摂ったら必ず自然現象に行かないと落ち着かない人ですから(笑)。
> ですから3人旅では、時々カフェ(出来たら有名カフェで)朝食を取り入れて楽しんでいます。
ふふふ。
同じですね。
ホテルで朝食をとれば、しばらくお部屋でくつろぎ、そのうち
所用?も済ませてすっきりとお出かけが出来るものですから、
ついつい朝食はホテルで済ませることになってしまいます。
> フォルクス庭園のバラの花、本当にどんぴしゃりの季節で素晴らしかったですね。よくぞこの季節に来たものだと。
> ウィーンで見るバラだから特別にきれいにみえたのでしょうか。
はい!
格別のバラのようです。
みな背丈は低くおさえてあるのでしょうか?
> 郵便貯金局、やはりアールヌーボーのmistralさんですね。目の付け所が違いますね。
> ウィーンの次はブダペスト、プラハと続きます。
> mistralさんの旅行記にそっと忍び込んで参考にさせていただくかも知れません。
> いえ、本気です。ドイツ語圏では資料を探して何とか曲がりなりにコメントも書けましたが、あちらの旅行記はどうしたらいいんだろうって今から悩んでいます。
プラハのアールヌーヴォーの建築物巡り、
当時友人が写真集を貸してくださったものを後で参照しました。
(今となっては、本のタイトルも???ですが)
もし該当するものがありましたら、どうぞ旅行記をご利用ください。
次はブタペストですね。
どのように街歩きをされたのか、楽しみです。
mistral
>2019年05月31日23時05分 返信する -
ホイリゲ "MAYER"
frau.himmelさん、こんばんは
ご無沙汰しております。
ホイリゲ "MAYER"のお写真を拝見し、ホイリゲには随分長い間
行ってないなぁととても懐かしくなりました。
グリンツィングのラインプレヒトに行くことが多いのですが
今度はベートーベンゆかりのMAYERに行ってみたくなりました。
アコーディオンのあの独特のメロディーが頭をよぎりました(^^♪
sanabo
RE: ホイリゲ "MAYER"
sanaboさん、ご無沙汰しています。
コメントありがとうございました。
南仏の素敵な旅行記を出していらっしゃいますね。
ここのところ日々の忙しさに終われ、狭い視野での4トラベルだったもので、気が付きませんでした。
Sanaboさんの旅行記を見せていただく時は、ゆっくりじっくりと優雅な時間を過ごさせていただきたいと思っています。
さて、ホイリゲ、楽しいですよね。
呑兵衛のシニア3人組のウィーン旅行はホイリゲは重要な選択肢です。
マイヤーはやはり有名店らしく賑わっていました。
またグリンツゥイングには2016年に同じメンバーで訪れました。同じく「ラインプレヒト」を目的に。
ところが、お店自体が無くなっていました。
私も2度ほど入ったことのある「ラインプレヒト」、あの有名店が〜〜とびっくりしたものでした。
再開されていたらいいですね。
ゆっくりする時間がある時に、sanaboさんの旅行記を拝見させていただくのを楽しみにしています。
himmel
2019年05月25日10時13分 返信する -
ナネッテ・シュタイン
Frau.himmel様
先日、掲示板にメッセージをいただき、お返事が遅くなりまして失礼いたしました。OE-343でございます。
私は何も専門家でも何でもなく、専門書を丹念に読んだわけでもありません(知識の大半はグローヴ音楽辞典の関係項目をざっと読んだだけです)ので。。。。
さてさて、このハイリゲンシュタットの博物館のナネッテ・シュタインのフォルテピアノ、写真を拝見したところ、実は驚きました。
どういうことかと申しますと、まず私の「ナネッテ・シュタイン=シュトライヒャー 」に関する知識は、ほとんどが渡邊順生氏が書いた「チェンバロ・フォルテピアノ」と言う本に依っています。で、その本に書かれていた内容は、ベートーベンの後期の作品について(絶版の本なので私も図書館から借りて読んだので手元になく確認ができません) 、「ハンマークラヴィーアのソナタにおいては、音域の関係で、楽章によってブロードウッドとナネッテ・シュトライヒャーの二台のフォルテピアノが必要となる」旨が書かれていた記憶があります。つまり、6オクターブの楽器で、当時ウィーン周辺で製作されていた楽器に多い音域は確かFFーf4の音域、一方ロンドンのブロードウッドからベートーヴェンに贈られたフォルテピアノ(その後リストが所有し、ブタペストの博物館を経て現在はボンのベートーベンハウスにあります)はそれよりも音域がが4度低くCCーc4、で、ハンマークラヴィーアのソナタの音域はその両方が必要で、楽章によって二台の楽器が必要だ、ということが渡邊先生の本に書かれていたわけです。
しかしながら、今回写真を拝見したハイリゲンシュタットの博物館の楽器、集音装置が取り付けられるなど「ベートーヴェン向け特別仕様」の雰囲気がありますよね。だとして、実際にベートーベンが使ったと仮定すると、この楽器の音域は鍵盤を数えたところ6オクターブと5度、おそらく先ほど述べた二台の楽器の音域の両方をカバーするCCーg4の楽器と思われるわけです。だとすると、「ハンマークラヴィーアのソナタはどの楽器で作曲したのか?」と言う問題に、また1つ視点を加えなければいけないことになりますが、博物館ではそういった、「ベートーヴェンが実際に所有、或いは演奏した楽器なのかどうか?」について記載はありましたでしょうか?
ペダルが5本なので、確実にダンパー、シフトとモデレーターはついています。後の2本は、めったに使わないファゴットペダルとジャニサリーペダル(太鼓)に割り振るか、そのうちどちらか1本にしてモデレーターをもう一本か( ダブルモデレーターと言って、革製ハンマーと弦の間にフェルトを挟む機能を、1枚挟むか2枚挟むかを選べるようにする)でしょうか?
ベートーヴェンが最後に使用した楽器はコンラート・グラーフから贈られた楽器とされ(これも現在ボンのベートーヴェンハウスにあります)ますが、それはまさにベートーベン向け特別仕様で、集音装置と4本弦を持った、6オクターブ半の音域です。この楽器で作曲したのはピアノ作品ではディアベッリ変奏曲だけとされます。
とにかく、日本語で手っ取り早く読めるナネッテ・シュトライヒャーの情報は、渡邊順生氏の本が手っ取り早いと思いますので、図書館などで見つけてご一読されてみてはと思います。渡邊順生氏はナネッテのオリジナルの楽器(これはFFーf4の6オクターブ)を持っていらっしゃるようです。知人の知人が渡邊先生に習いに行っているので何か情報がもらえたらメッセージしますね。ちなみに、その知人の知人は、メーカー名がわからないFFーf4の6オクターブの当時のヴィーンの楽器を600万円で買ったそうです。(ナネッテ・シュトライヒャーの息子、ヨハン・バプティストのピアノが昨年秋に東京で395万円で売りに出されていたのを考えると「高いなぁ」と思いました。ただ、ナネッテの息子の代の楽器になると、なぜか需要が少ないそうで、その辺で安くなるのかもしれません。。。?)
依頼すれば、現代の製作家にナネッテの設計で楽器を作ってもらうこともできます。
渡邊先生がインターネットに載せている文章のリンクを紹介しておきます。
http://www.cembalo.com/instruments/fortepiano_Streicher1818.htm
ただ、この文章、
「私は、1810年頃から20年代の前半にかけて作られたヴィーンのピアノを数多く見るうちに、ヴィーンのピアノ製作におけるこの時代が「不毛の時代」であるように思えて来た。しかし、その考えは、シュトライヒャーのピアノを何台か見ることによって一変した。成功作こそ数少ないが、シュトライヒャーや初期のグラーフの幾つかのピアノのように真に優れた楽器は、5オクターヴの小型のピアノの持つ繊細さと後のピアノの力強さを併せ持った、まことに魅力的で表現力豊かな楽器なのである。」
とありますが、1820年代前半は不毛の時代、と言われても、実際どうなんでしょうねぇ。。。 CDで1820年代の楽器、具体的にはオリジナルのグラーフとブロートマン(ベーゼンドルファーの先生)の現代の製作家によるコピーの音を聞いていると、「不毛の時代」と言うのも何か…
私自身は、1830年代の、ペダルが2本になってからの時代の楽器しか触った事はありませんので、よくわかりません。
ちなみに、日本にはもう1台、ナネッテ・シュトライヒャーの楽器がありまして、それはいずみホールにあります。あと、浜松の博物館には、ナネッテの夫、アンドレアス・シュトライヒャーの名義で製造された楽器が1台あります。ちなみに、ナネッテの父親もアンドレアスと言う名前である事はご存知ですよね。
それから、ナネッテの弟、マテウス=アンドレアス (アンドレ)・シュタインが作った楽器が堺市にあります。
ちなみに、私が昨年弾いてみて旅行記書いた楽器は、ナネッテの弟の弟子が作った楽器です。「もう一回弾かせてくれ」と頼んでいるのですが「あんたは現代ピアノの人間でしょ、現代ピアノの人は壊すから貸せない」と拒否されます。私は現代ピアノは指の握力が低くて弾けないのですが。。。「 古楽器演奏家です」と言っているKくんとか、ホイホイ現代ピアノでもコンサートしてるのに。。。Re: ナネッテ・シュタイン
訂正
今気付いたのですが、ハンマークラヴィーアのソナタは1819年に確か出版されています。この博物館の楽器は1821年と言う事ですのでハンマークラヴィーアのソナタとは関係ないですね。2019年05月22日21時11分 返信するRE: Re: ナネッテ・シュタインではないのですが。。。
frau.himmel様
ナネッテにこれほど魅力されるなら、きっとフォルテピアノお好きなんですよね。
でしたら、(ナネッテのではないのですが)、1820年代ヴィーンのフォルテピアノのCDで、是非お聴きになって欲しいものがあります。
オルガ・トヴェルスカヤ が1820年代のグラーフで録音したシューベルトです。
オルガ・トヴェルスカヤの演奏にあまりの表現の豊かさにもう私はここ3ヶ月心を奪われていて、その和声・修辞学的感覚、タイミング、他の人からは絶対聴いたことのないフォルテピアノの音色、もう全てが凄いのです。
私の強引な?旅行記でも触れていますが、CDは全て廃盤、忘れられようとしていますが、彼女のシューベルトなしで、フォルテピアノを聴いた、とは言えないのでは?と思うくらい、凄いのです。彼女はまさに Himmelsfrau です。この世にただ1人、彼女の音楽だけがあれば。。。とか、そう思うくらいです。
非常に貴重な中古CD、なんかちょっと高くなってますが、興味がおありでしたら。
https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/B000005W4C/ref=tmm_acd_used_olp_sr?ie=UTF8&condition=used&qid=&sr=
ベートーヴェンの同一仕様のブロードウッドで彼女が録音したハイドンはネットに出ています。
https://youtu.be/BlkuAo97_54
ベーゼンドルファーの先生ブロートマンの現代の製作家によるコピーで演奏したシューベルト
https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/B000005W5I/ref=tmm_acd_used_olp_sr?ie=UTF8&condition=used&qid=&sr=
そのブロートマンコピーでのグリンカ、フィールド、メンデルスゾーンはこちらです
グリンカ
https://youtu.be/X-ZKerRpaXQ
フィールド
https://youtu.be/fb4lQeapip0
メンデルスゾーン
https://youtu.be/VLsRd4kpPZA2019年05月22日22時55分 返信するRe: ナネッテ・シュタイン
OE-343さん、こんばんは。
今回の旅行記中にOE-343さんのお名前を使わせていただいたものですから、事後承諾のコメントを入れさせていただきました。
その節はいろいろありがとうございました。
今回も大変詳しいそして興味深いコメントをありがとうございます。
前回も申しました通り、私ことピアノにつきましては全くの門外漢ですが、ヨーロッパの旅をしている中で何度かナネット・シュトライヒャー=シュタインの名前に出合い、興味を持ったという次第です。
そしてOE-343さんからナネッテやそのファミリーが製作するクラヴィーアのことを教えていただき、今回初めてその現物に遭遇したものですから、嬉しくて、これはOE-343さんにお見せしなければと思ったのでした。
それに、本当に偶然なのですが、4,5日前でしたか、2020年はベートーベンの生誕250周年にあたるそうで、NHKのBS(だったかな)でベートーベン特集をやっていました。
その中で、ベートーベン研究家の平野昭氏が、これも本当に偶然なのですがハンマークラヴィア・ソナタが生まれた経緯を説明していました。
ベートーベンはナネッテにいろいろ要望を伝えてピアノ(クラヴィーア)を改良して行ったのですね。OE-343さんには釈迦に説法ですがごめんなさい。
最初に使ったのが61鍵。
そしてハンマークラヴィーアソナタを作曲したのは、ナネッテ製の73鍵。当時はこれが一番音域が広かった。
ベートーベンはこれで最高音と最低音まで目いっぱい使って作曲した【第1楽章、第2楽章)。
作曲しているうちにナネッテ製より低音域のブロードウッド製をプレゼントされた。そこで第3楽章、第4楽章はブロードウッド製で作曲された。
当時ハンマークラヴィーア・ソナタを弾くためには2台並べて演奏しなければならなかった。OE-343さんがおっしゃるように、渡邊先生の本に書いてある通りですね。
コメントをいただいてからハイリゲンシュタットのクラヴィーアの鍵盤を数えてみました。何度数えても78鍵。
とするとこれで全音域をカバーできるはずですよね。
もう少し調べてみました。(素人ですから笑ってくださいね。)
ハンマークラヴィーア・ソナタ(29番)が作曲されたのは1818年。
ハイリゲンシュタットに置いてある集音器のついたピアノは1821年製と書いてありました。
3年の差がありますから、その後改良されたものと考えることができますね。
機会があったら渡邊順生氏の本を読んでみたいと思います。
もう一度、ナネッテのクラヴィーアに逢うことができるかどうか・・・。
いろいろ詳しいお話をありがとうございました。
今投稿しようと思ってOE-343さんの訂正版を見ました。
なんだか同じことを考えていたようですね(笑)。
himmel
2019年05月23日00時17分 返信するRE: Re: ナネッテ・シュタイン
frau.himmel様
ご丁寧なお返事ありがとうございます。
検索したら平野さんが出てたのはらららクラシックでしたか。。。私、あの番組バカにしてるのですが、意外に充実してることもあるんですね。平野氏の名前はいろんな本や楽譜の翻訳でよく見ます。
ナネッテ・シュトライヒャーの父親がアンドレアス・シュタインと言いまして、 18世紀から19世紀のピアノのアクション構造の2つの流派のうち1つ「ウィーン式アクション流派」の創始者にあたる人物です。
一方、もう一つの流派は「イギリス式(およびフランス式)」で、これはクリストフォリに始まりバッハの楽器製作者ジルバーマンを経てイギリスへ渡った流れで、ブロードウッドとか、エラールとかがそちらの流れで、現代のピアノもこちらの流れの延長です。
ナネッテの息子のヨハン・バプティストは、意外なことに祖父が開発したウィーン式をベーゼンドルファーよりも早く捨てておりまして、イギリス式とウィーン式を折衷した独自構造の「アングロ・ジャーマン・アクション」を開発し使用していました。(私、CD解説でも渡邊順生氏の本でも話を聞いているのですが、構造の模式図などは一切見たことなく、フォルテピアノ経験がある調律師も「知らない」「名前は知っているけどわからない」という人が多いです。。。
ナネッテの楽器に日本で会いたければ渡邊順生先生の演奏会で使われることがあるのでチェックするといいです。渡邊先生の楽器は6オクターブの楽器でハンマークラヴィーアの後半で音域不足になる楽器です。
浜松の楽器博物館には夫名義の作品があります。これもちょうど6オクターブの楽器です。私の旅行記にも写真を載せてあります。
ナネッテの楽器で録音したCDもいくつかあります。渡邊氏とあとフェルミューレンだったかな。。。あと何人かいるはずです。ナネッテ・シュトライヒャーの楽器、なぜか現在の製作家の設計モデルとしてはあまり採用されることがないようで(グラーフが人気があるみたいです)コピー楽器はあまり見ませんが、作ってくれるメーカーはあります。
でもね、ナネッテ目当てでいろいろ聴く前に、前回紹介した、オルガ・トヴェルスカヤの弾く、ナネッテの同時代(あるいはちょっと後?)の製作家グラーフとブロートマン(コピー)の演奏を聴いてくださいね。最後の最後は演奏者なんです。2019年05月27日19時11分 返信するRE: RE: Re: ナネッテ・シュタイン
ベートーヴェンのと同一仕様のブロードウッドでの録音を紹介します。
http://www.youtube.com/watch?v=BlkuAo97_54&list=OLAK5uy_m65FMk-i5Rdcs1TDYzctsP_JqhnKiOB-E
2019年05月27日23時39分 返信するRE: RE: RE: Re: ナネッテ・シュタイン
OE-343さん、こんにちは。
何度もいろいろと詳しいご説明ありがとうございます。
いただいたコメントやOE-343さんの旅行記を拝見して、この方は専門家、あるいは深く研究していらっしゃる方だなと思っていましたが、やはりそうですね。
私と全く次元が違いますね。
私は音楽(特に楽器関係)に興味があるというわけではなく、旅で出合った歴史が好きなので、広く浅く何にでも首を突っ込んでいるだけなのです(笑)。
ナネッテ・シュタインについても、アウクスブルクでナネッテの父アンドレアス・シュタインの名前を目にしまして、そこから派生して、リンツや中央墓地でナネッテや夫のアンドレアス・シュトライヒャー、その他の一族の名前に出合いまして・・。
極めつけはOE-343さんのコメント、そこからますますシュタイン=シュトライヒャー一族の歴史が気になったという次第です。
でもそこにベートーベンが介在していなかったら、ここまでナネッテのことは調べられなかっただろうというのは、やはりさすがにベートーベンの偉大さゆえですね。
ご紹介くださったフォルテ・ピアノやクラヴィアの数々を聴かせていただきました。またご旅行記の中でも拝聴しております。
現代のピアノに比べて何と繊細ではかないことか、OE-343さんはこの古楽器が奏でる音に魅せられて、あのように深く追求なさっているのですね。
>検索したら平野さんが出てたのはらららクラシックでしたか・・・。
はいそれです。
私はあまりテレビは見ないのですが、ちょうどベートーベンの旅行記を書いているときに、ベートーベンとウィーンをやっているのに気が付き慌てて途中から録画しました。再放送だったのですが。
私には平野昭氏のあの説明でなんとなく理解しましたので、私にはちょうどいいのでしょうね。
でもナネッテ・シュタイン、それにOE-343さんのお蔭で、博物館に行っても古いピアノが気になり、写真を撮っています。
そんな写真をこれからもアップしますからまた見てくださいね。
返す返すも残念だったのは、昨年8月せっかくボンに行ったのにベートーベン博物館が閉館しており、最後に愛用したというクラヴィーアが見れなかったこと。
いつかリベンジしたいと思っています。
ありがとうございました。
himmel
2019年05月28日10時55分 返信するRE: RE: RE: RE: Re: ナネッテ・シュタイン
あら。。。ボンの博物館閉まっていたのですか。。。
あそこにはグラーフ(ウィーン式)とブロードウッド(イギリス式)の2種類があります。ブロードウッドは前はブダペストにあったのですが、最近移ってきたらしいです。グラーフの音域はハイリゲンシュタットのナネッテと一緒です。その音域でグラーフはずっとピアノを作り続け、例えばクララ・シューマンに1840年に贈られた楽器も音域は同じです(その他構造は多々違いがあります)。
オルガ・トヴェルスカヤ を聴いてくださったようなので、今度はナネッテで録ったCDのリンク貼っておきます。。。ってユーチューブで配信してない...
でも動画がありました。渡邊先生のナネッテの動画です https://youtu.be/Os5IVULBxRA
https://youtu.be/NGyvtpTJr9Q
> OE-343さん、こんにちは。
> 何度もいろいろと詳しいご説明ありがとうございます。
>
> いただいたコメントやOE-343さんの旅行記を拝見して、この方は専門家、あるいは深く研究していらっしゃる方だなと思っていましたが、やはりそうですね。
> 私と全く次元が違いますね。
> 私は音楽(特に楽器関係)に興味があるというわけではなく、旅で出合った歴史が好きなので、広く浅く何にでも首を突っ込んでいるだけなのです(笑)。
>
> ナネッテ・シュタインについても、アウクスブルクでナネッテの父アンドレアス・シュタインの名前を目にしまして、そこから派生して、リンツや中央墓地でナネッテや夫のアンドレアス・シュトライヒャー、その他の一族の名前に出合いまして・・。
> 極めつけはOE-343さんのコメント、そこからますますシュタイン=シュトライヒャー一族の歴史が気になったという次第です。
> でもそこにベートーベンが介在していなかったら、ここまでナネッテのことは調べられなかっただろうというのは、やはりさすがにベートーベンの偉大さゆえですね。
>
> ご紹介くださったフォルテ・ピアノやクラヴィアの数々を聴かせていただきました。またご旅行記の中でも拝聴しております。
> 現代のピアノに比べて何と繊細ではかないことか、OE-343さんはこの古楽器が奏でる音に魅せられて、あのように深く追求なさっているのですね。
>
> >検索したら平野さんが出てたのはらららクラシックでしたか・・・。
>
> はいそれです。
> 私はあまりテレビは見ないのですが、ちょうどベートーベンの旅行記を書いているときに、ベートーベンとウィーンをやっているのに気が付き慌てて途中から録画しました。再放送だったのですが。
> 私には平野昭氏のあの説明でなんとなく理解しましたので、私にはちょうどいいのでしょうね。
>
> でもナネッテ・シュタイン、それにOE-343さんのお蔭で、博物館に行っても古いピアノが気になり、写真を撮っています。
> そんな写真をこれからもアップしますからまた見てくださいね。
>
> 返す返すも残念だったのは、昨年8月せっかくボンに行ったのにベートーベン博物館が閉館しており、最後に愛用したというクラヴィーアが見れなかったこと。
> いつかリベンジしたいと思っています。
>
> ありがとうございました。
>
> himmel
>2019年05月30日18時56分 返信する -
今晩は
今年の3月下旬にボン行く計画を立てていましたが、ツアーキャンセルになり、ベートベン・ハオスには行けませんでした。その代わり、ベルリン・カールホルスト独ソ博物館に5月8日に訪問しました。当日は無条件降伏の日なので、ロシア兵による祝典が行われていました。降伏のサインが展示されておりましたので興味ある人の訪問を勧めます。もう一つは、フランスのレンヌにありますので、いずれおとずれる予定です。
当日テアーパークにあるソ連軍の戦没者記念碑、軍人墓地〔モルトケ、シュリーフェン、リィトホーフェン、シャルンホルスト、ぜークトなど)、ルフト・ブリュッケを見学に行ってきました。ほかにも,ツエレの北方(軍用飛行場跡)にもあります。ではRE:お久しぶりです
しょうちゃんさん、お久しぶりです。
5月にベルリンに行ってらっしたのですね。
実りある滞在だったようでよかったです。
独ソ博物館にいらっしゃった日がちょうどドイツの無条件降伏の日で、降伏文書をご覧になったなんて、凄いタイミングですね。
私もあの博物館には一度行ってみたいと思いつつ、まだ行っていない場所です。
またルフトブリュッケ、ソ連軍の戦没者記念碑、それにインヴァリデン墓地にもいらっしゃったとか。みんな懐かしいです。
あの墓地にはモルトケのお墓もあったのですか?残念!気が付きませんでした。
ボンにいらっしゃれなかったのは残念でしたね。
ボンはしょうちゃんさんの興味を惹くところがいろいろありますね。
私は昨年夏にボンに行ってまいりました。
はい、お察しの通り、西ドイツの歴史博物館に行ってまいりました。
それに近郊のレマゲン鉄橋まで足を延ばしました。
思い返しますと、しょうちゃんさんには、私の4トラ入会当初からいろいろお世話になりまして、歴史を訪ねて旅をするということを教えていただきました。大変感謝しております。
この旅のウィーンの後にはブタペスト、チェコを訪れます。
チェコではしょうちゃんさんの口コミに触発されて、ハイドリヒのあの教会にも行ってまいりました。いつになりますか、旅行記に書きますので、また見てください。
私もしょうちゃんさんのベルリン旅行記、楽しみにしています。
himmel
2019年05月20日09時30分 返信する -
お久しぶりです
frau.himmelさん
ベートーベン博物館、とても興味深く拝見しました。ウィーンにまた行くことがあったら尋ねてみたいと思います。
クラシック音楽に多少なりとも関心ある人なら、ベートーベンの偉大さをひとしく認めるでしょう。私も毎日ベートーベンを聴きたいかと問われると正直微妙ですが(笑)、第5交響曲は人類が作った音楽の最高峰と思います(第5の展示も当然ありました?)
岩城宏之さんによると、有名作曲家の2大悪筆は、ベートーベンとモーツァルトだそうですが、frau.himmelさんも実感されたようですね。RE: お久しぶりです
ねもさん、お久しぶりです。
拙い旅行記に立ち寄ってくださってありがとうございます。
最近文章がなかなか書けなくて、投稿間隔が長くなっております(齢のせいです・笑)。
ベートベンの5番、日本人が最も好きな曲ですね。
さて、5番関係があの博物館にあったかどうか?悲しいことに覚えておりません(これも齢のせい)。
ただ5番が作曲されたのは遺書を書いてから、何かにとりつかれたように次から次へと大作が溢れ出たころですね。ハイリゲンシュタットよりも、市内のバスタイの上のベートーベンハウス、パスクァラティハウスの方にはあったかも知れませんね。
私たちが前日行った時は開館には早すぎて諦めてしまったのですが、やはり見るべきだったかなと思います。
あそこには私が探し求めていたクラヴィーアもあったのです。
さてベートーベンと言えば、先ほど「バルトの楽園」のDVDを借りてきて見たばかりでした。
交響曲第9が日本で最初に演奏された場所、坂東俘虜収容所を来月訪れるものですから、下調べです。
ここのところベトーベンづいています。
コメントありがとうございました。
himmel
2019年05月19日15時59分 返信する -
シェーンブルン宮殿より”Prunksaal”へ行くべき~
☆相変わらず研究熱心なレポートに感心為つつ、観光客にこれ程曝された本達は何時本来の役目を果たすのだろうか?あのハシゴを使うのは関係者だけ?
☆歴史に興味があると、その外観だけでも17世紀~の雰囲気を感じ取れるのでしょうけれど、今や図書館と言うよりは政治的文化遺産!ヒットラー政権にも翻弄された訳ですね。
☆オーストリアで宮殿やウィーン管弦楽にのみ現を抜かしてた自分が情けないわ~see you~salsaladyさん、ごめんなさ〜〜〜い!
コメントいただいていることに気が付きませんでした。
友人に、返事をしていないコメントがあるわよ、って言われて気が付きました。
すみませーーん、齢のせいです。(汗汗)
ウィーンって言ったらまずはシェーンブルン宮殿ですよ。
それにコンサート、美術館、○、○、○、・・・いろいろ見どころは多いですから、図書館は6,7番目くらいですね。
図書館と言っても本が読めるわけでもない、ただ曝されているだけですものね。
salsaladyさんはウィーンと言ったらやはりまずは何が何でもコンサートでしょう?
ウィーンにいらっしたとき、コンサートを楽しまれたようでなによりです。
ヨーロッパのあの時代はどこもナチスに翻弄された悲惨な時代でした。
せめて2度とそんな時代になってはいけないという思いから、あえてその痕跡を探して旅行記で取り上げています。
いやー、なんかコメントもシドロモドロですね。
本当にごめんなさい。
himmel
2019年05月14日19時46分 返信する -
お三人で歩いた距離、、走行距離がわかるだけに。
himmelさん
旅記を読みながらその歩行距離と疲れを知らぬタフさに感心するばかりです。
懐かしい景色を見ながら「えーっ!この距離を歩いてさらに夜のフォルクスオーパー!」ともうびっくりです。
最初にご年齢のことを読んでいなければそうでもなかったのかもしれませんが、あれだけ歩いたら私なら夜の観劇は爆睡時間になりそうです。
お三人の年齢でこれだけできるならまだ私にも一人旅できるかも?と勇気をもらいました。
ありがとうございました。
uta
RE: お三人で歩いた距離、、走行距離がわかるだけに。
utaさん、こちらにもコメントありがとうございます。
>走行距離がわかるだけに・・・
ウィーンを知りつくしたutaさんならではのご感想。
ところが72時間乗り放題チケットでトラムなどで移動していましたので、意外とそうでもなかったのです。
ホテルもまた便利なところにありましたし、疲れたら足を休めにホテルに帰ったり、
I女史などはトイレにもホテルに戻って使ったり・・・(笑)。
フォルクスオーパーのオペレッタ、なかなか素晴らしいですね。
あの時、ウィーンフィルのコンサートがなくて、オペレッタを選んだのですが、とても楽しめました。
utaさんはご専門でいらっしゃるから何度もいらっしゃったのでしょうね。
これからも何度でもウィーンにいらっしゃいますよ、utaさんなら。
超人のutaさんですが、どうかお身体はお大事になさってください。
himmel
2019年05月07日21時31分 返信する -
プルンクザール
大変勉強になりました。
10回以上その美しさに惹かれ訪問してるのにこんなに勉強したことはありませんでした。
いつもいつも、生き字引になってくださってありがとうございます。
それにしても世界遺産級のガラスケーズの中の撮影をしても大丈夫だったのですね。
うらやましい限りです。
クリスマスシーズンの時に行ってキリスト割礼の特別展示があって豪華本絵本がガラスケースに山のように展示されていてカメラ向けたら係員が飛んできてダメッ!って言われた経験があって特別展示は撮れないものと思っていました。
私の毎日は相変わらずです。
来年はウィーンに行けるといいな。RE: プルンクザール
utaさん、お久しぶりです。
この度はお忙しいのに私の旅行記、たくさん見ていただいてありがとうございました。
プルンクザール、utaさんはもう10回以上もいらっしてるのですか。
さすがウィーン通のutaさんです。
私は今回が初めてでした。驚きましたね、あの豪華絢爛な広間には。
ええ、写真撮影はフラッシュや自撮り棒なしでしたらOKでした。
たぶんケースの中もOKだったのでしょうね、係員に何も言われませんでしたから(笑)。
ウィーンって博物館や美術館の写真撮影に関しては、以前より緩くなったのではないでしょうか。
あのベルベデーレ宮殿なんて以前は厳禁!で悔しい思いをしたのに、今回行ったらOKになっていましたものね。
写真撮影ができることは、私たちシニアにとっては嬉しいことです。
見ただけではすぐ忘れてしまいますから。
utaさん、お忙しくて、なかなか旅行記まで手が回らないご様子ですね。
ぼちぼちと見せてください。
楽しみにしています。
himmel
2019年05月07日21時06分 返信する



