frau.himmelさんへのコメント一覧(32ページ)全1,431件
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旅に出られるその日まで。
himmelさん
こんにちは。
次々にアップされます旅行記、楽しませていただいてます。
コロナウィルス蔓延で、旅の予定もキャンセルが相次いで行ったなか
好調にhimmelさんの旅の記録は更新され続け
あと少しで今の時まで追いつくやも?
それとも2019年の分もまだまだありましたか?
さて、ベルリン王宮の追っかけは
もうかなり前に始まっていたんですね。
2019年が当初の完成予定だったそうですが、それが2020年末に。
そんな予定もこの情勢ではどうなんでしょうね。
それでも次のhimmelさんのご旅行される頃には、竣工となるやも。
旅のお仲間だったI女子、
まだまだどこまでも個人旅行されそうなくらい健康そうなご様子でした。
次からは新メンバーでの旅をご計画中の最中の今回のウィルス騒動。
新メンバーでの旅はどんなかしら、と興味津々!
ベルナウアー通りはベルリンの旅行記を書く際、にわか知識として
仕入れた地名でした。
ある日突然、鉄条網が張り巡らされ国境が設けられ東と西に分断された。
前日まで行き来していたのに、それすら出来なくなった。
窓から飛び降りるご老人のお写真のことなど、良く覚えています。
今回himmelさんの旅行記でも取り上げられ、より詳細なコメント、
改めて復習させていただきました。
滞在されたホテル、その通りに面しているとか、快適そうですね。
今まで行きたい時に行きたい地に、という旅のスタイルが今後
どのように変わっていくのやら
旅に出られるその日にそなえて、健康で過ごしたいものですね。
mistralRE: 旅に出られるその日まで。
mistralさん、こんばんは。
何度も足跡をつけて申し訳ありません。新作はまだかな〜と待ち焦がれております。
さて、いつもコメントありがとうございます。
>好調にhimmelさんの旅の記録は更新され続け・・・
何と言ったらいいのか、照れ笑い・苦笑いです。
何年も前からの旅行記を溜めに溜めこんでいますので、このコロナ禍、少しは捗るかなーと思っていたのですが、毎度毎度唸っております。苦しんでいる様子が夢にも出てきます(笑)。
もっとすっきり、簡単にまとめられればいいのですが・・・。
ベルリン王宮は2019年が当初の完成予定だったのですね。
2019年(昨年)秋にも訪れたのですが、まだカバーが掛かっており、そんな雰囲気ではありませんでした。2020年末の完成は間違いないと思っていいでしょうね。
ドイツは新空港建設も延長に延長で、随分長いこと待たされた(ところでもう出来たのかしら?)という前科もありますから(笑)。
このコロナ禍で海外旅行もしばらく行けそうもないですから、次に行くときには是非と思います。
コメントをいただいて、そう言えば・・・と思い出して、mistralさんのベルリンの歴史編、さっき再び見せていただきました。
改めて、詳しく調べていらっしゃる〜、素晴らしい!と思いました。
歴史の流れがとてもよく解りました。私の名前まで載せていただいていたのですね、恥ずかしいです((*ノωノ)。
トンネル57の写真やビルの窓から飛び降りるおばあさんの写真など、重なるところも多くて、きっと同じことを考えながら旅行記を書いていらっしゃったのだな〜、と改めて、東西ベルリンの残酷な歴史に思いを馳せました。
このコロナで旅行形態もどう変わっていくのか、今までみたいに気楽には行けなくなるかも知れませんね。それがまた怖いですね。
関東地方も梅雨入り宣言がなされたようです。
どうかお身体ご自愛ください。
himmel2020年06月10日23時07分 返信する -
ベルリン王宮、現在は・・・?
himmelさん、こんばんは。
私がベルリンを訪ねた2017年4月、ベルリン王宮は絶賛再建中でした。
その当時の情報では2019年の完成とのことでしたが、himmelさんがお訪ねになった2018年6月もこのような様子。きっと予定は延びて、今年はまたコロナ禍で工事も中断していたことでしょうね。
さて、完成はいつになるでしょう。そしてその姿をいつか見ることができるかなー、とちょっと気が遠くなりますが、楽しみが先に延びたと思うことに致しましょう。
プレンツラウアー・ベルク地区。
わずかな時間でしたが町歩きしました。そうでしたね、himmelさん、このエリアにご宿泊されたと以前伺っていました。
ホテルのシンプルなお部屋の窓の外には緑、その大きな窓からは光が燦燦と射して、私もとても好みのお宿です。
私はエバースヴァルダー通り駅の東側を歩いたのみだったのですが、この界隈は東独時代の色濃い歴史を持っていると手持ちの本で読んでいました。
今回のhimmelさんのご解説で納得。そしてご紹介された出来事の中には私の生まれた年もあり、自分が誕生した頃にドイツで起こっていたことを改めて知りました。(さて、どの年号でしょうか?笑)
ベルリン最古のビアガーデンも、結構近くまで行ってたようですがその時は存在も知らず。コノプケでカリーヴルストをいただいて満足して帰りました。(笑)
次にはもっと時間をかけてじっくり歩いてみたいです。
新お三人旅のための今年のご予定、きっと実現する日がくると信じて祈っております。
I女子さんの東京五輪のボランティアのご予定もきっときっと現実のものとなりますように!!
まだまだ気の抜けない日々が続きますが、がんばって参りましょう♪
ハッピーねこRE: ベルリン王宮、現在は・・・?
ハッピーねこさん、こんばんは。
今日は暑い日でしたね〜。
天気予報では関東の方もそろそろ梅雨入りと伝えていました。
コロナに梅雨・・、二重苦です。
さて、ベルリン王宮。
ハッピーねこさんのコメントを拝見して、ところで完成予定は何時なのかしら?と調べましたら、ホント、2019年の予定だったのですね。
ところが、昨年2019年10月に夫とベルリンを訪れ、王宮の工事現場にも行っているのですが、とっても完成という雰囲気ではありませんでした。
そしてさらに調べたらもっと驚くことが判りました。
なんとあの工事中のベルリン王宮がこの4月8日に火災にあったのですって。
幸い大したことはなかったようですが、それでも王宮の火事となれば大きなニュースになるのでしょうけど、いま世界中コロナ一色ですから、全然知りませんでした。ビックリしましたね〜。
一応完成予定は2020年の末らしいですから次回こそは完成したベルリン王宮を見ることができそうです。
プレンツラウアーベルクってとっても雰囲気のある地域ですよね。
なんだかあの付近に吸い寄せられるように何度も宿泊しています。
そうです、あのベルリン一古いビアガーデンは、コノプケの近くです。コノプケはガード下にありますが、その斜め前の道路をテレビ塔の方に向かっていくと右側にあります。
こんなことを書いていると、あの雰囲気が思い出され、また行きたくなります。
ベルリン王宮が完成するのもそんなに遠いことではなさそうですし、ぜひまたベルリンは行きたいですね。と言いながら新3人旅のスケジュールにはベルリンは入っていなかったのでした。
来年はシュパーゲルの季節には旅が解禁になっていればいいですね。
ハッピーねこさんは旅が解禁になれば、待ってました〜〜と、いの一番にドイツにいらっしゃるのでしょうね。
いつもコメント、ありがとうございます。
himmel
2020年06月09日21時02分 返信するベルリン王宮、火災・・・!
himmelさん、こんばんは。
ベルリンは昨年秋もご主人と訪ねられたのでしたね!
王宮建設はあまり進んでいなかったのですね。そして4月に火災が!?
驚きましたー!大事に至らずよかったですよね。
今年のうちには完成するのでしょうか。お互いその姿を見る機会が早く訪れるといいですね。
himmelさんのおっしゃるとおり、人様のご旅行記を拝見したり、自分のを見返したりしてあれこれ思い出したり想像したりしていると、すぐにでも飛んで行きたくなりますね。
欧州では閉ざされていた国境がまた開かれ、国同士の行き来も再開したようですが、それで感染拡大第2波、第3波となるのは避けてほしいところですよね。
日本からの渡独の時期がどんどん延びてしまう~~!!
その前に国内のことを心配しないといけませんが。
今日も暑い一日でした。
本日は在宅ワークでしたが、クーラーを入れたい衝動に駆られながらなんとか我慢しました。無理して熱中症になってもいけませんけどね。
himmelさんもくれぐれもご自愛のほど。
2020年06月10日21時28分 返信する -
リクエスト! もう歳だからと書くのは止めにしましょうよ(^ー^)
ヒンメルさん こんにちは(^ー^) オルセーにやって来ました。
ヒンメルさんが来てくれた時、ベルリン編に手をかけていた
時でしたからヒンメルさんのベルリン編は自分が書き上げてから
見ようと思い前回は、故意に他の旅行記を選んでみました。
もちろん、どの旅行記も興味深々のタイトルが並んでいて
ならばと、自分がとった手法?は
最近シリーズの最初から訪ねた度に読み進めるこのにしました。
オルセー
自分にとってもパリを訪れる際のあらゆる目的のBest3から
外れることのない大切なところです。
今回ヒンメルさんの旅行記は
特にオーギュスト・カイユボットの存在とオルセーとの逸話
のところに興味をそそられ オルセーにとっては重要な人であった
ことを知りました。
それから、久しぶりに「ラトゥール」の名前を見つけ
うれしくなりました。 自分は信者ではないのですが
神父さんと知りあう機会がありその方のお名前が
ラトゥールさんでした。彼が日本での務めを終え
カナダにお帰りになる直前にもお会いする機会があり
私(自分)が「近々LAに」と話したら「LAにいらしたら
是非ゲティー美術館にいらして、ラトゥールの絵をご覧に
なってください。」「数少ない現存する一枚が展示されています。」
とお聞きしそれから注視する画家の一人となりました。
ご存知とは思いますが、ベルリン・ルーブルにも所蔵されています。
丁度ゲティー美術館に行く数日前でしたか上野の国立西洋美術館で
「ラ・トゥール展」が開催されていて光の陰影が素晴らしい絵を
初めて目にしました。
先日「日曜美術館」でルーブル所蔵の「いかさま師」を紹介して
いましたが この絵は自分的には( ̄O ̄;)かなぁ。
偶然 最近はヒンメルさんとBさんのパリ美術館編 三昧で楽しんでいます。
あの街
RE: リクエスト!遅かった〜〜(^ー^)
あの街さん、こんばんは。
さっき新旅行記を投稿したあとにあの街さんからのコメントを拝見しました。
遅かった〜〜。旅行記に、トシだー・トシだー・・って何度も書いてしまいました。( ;∀;)
いつもはそう思わないのですが、このコロナ禍で失われた貴重な時間が悔しくて、ついついぼやきたくなってしまいます。
でもこれからは気を付けます。
朝、あの街さんの新旅行記を拝見して、驚きました。
前回の旅行記からそんなに時間は経っていませんよね。なのにあんな完璧な旅行記を書いていらっしゃる・・・、凄い!としか言いようがない。
その後の旅行記は書きにくかった〜〜、なんて思い乍ら一日中苦悩しておりました。
今まであんまりあの街さんのところにお寄りしなかった(すみません、お互いに、ですね)せいもありますが、今回のダイジェスト版を拝見して、私が興味をそそられる旅行記をいっぱい出していらっしゃることに気が付きました。
これからどういう順番であの街さんの旅行記を拝見するか・・・、なんて難しいことを考えなくても、その時々拝見したいものを拝見すれば間違いがない、という結論に達しました。ただ不器用ですから、そんなに多読(これも私の造語?)はできませんけど。
あの街さんの旅行記は、むしろじっくり楽しみながら読ませていただくものだと思いました。
それから私がさすがだな〜〜と思ったこと。
やはりBさんの旅行記は素晴らしいですよね。私も前から尊敬している方だっただけに、我が意を得たり、と思ったものでした。
オルセー美術館編を見てくださってありがとうございました。
私は絵画は全くのシロート。でも見るのは大好きで、アチコチ行っています。
それにヨーロッパでは写真撮影できるのは普通のことなので、これはとても嬉しいですね。写真を見ながらいろいろ調べられるんですもの。
広く浅く調べて書いているだけの旅行記ですから、間違いなどありましたら教えてくださいね。
やっぱりなんとなく女性の友人と話をしている感覚です(^^♪。
himmel
2020年06月07日21時05分 返信する -
歴史を辿る素敵なクルーズ
himmelさん、こんばんは。
ヴァンゼークルーズとても魅力的でした!
ポツダムへ行った折、Sバーンで通ったヴァンゼーの駅はとてもよく憶えており、「こんな所で下車して湖沿いでも散策できたらな~」と思ったものですが、あんな魅力的な歴史探訪のクルーズができるとは知りませんでした。
タイムスケジュールも1時間ごとに便があって利用しやすそうですね。
地図で見ますとベルリン~ポツダム間、特にポツダムに近くなるとくねくねと網の目のように川や水路や湖など水辺に溢れていて、とても心惹かれるエリアです。
そこにあんなにも多くの歴史の舞台があるとは!
いつになるか全く予定もできませんが、ベルリンは是非再訪したいと思っていますので、それが叶った際はヴァンゼーまで足を延ばしたいものです。
その時はもちろんこのご旅行記でよーく予習をさせていただいて臨みたいと思います。^^
入梅も近づき、蒸し暑さも増してきましたね。
マスクをするのも辛い季節になりますが、熱中症に注意しながらまだまだ感染予防していかないとですね。
himmelさん、引き続きご自愛のほど。
ハッピーねこRE: 歴史を辿る素敵なクルーズ
ハッピーねこさん、こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
ヴァンゼークルーズ、なかなか良かったですよ。
ハッピーねこさんはベルリン訪問の折、シュプレー川クルーズをなさったのですね。あの時の旅行記を拝見して、あらいいな〜と思っていました。
私はベルリンはよく訪れるもののクルーズはまだやったことがありませんでした。
船着き場にクルーズ船が停泊しているのを見るたびに、乗ってみたい〜と思っていました。
シュプレー川の上から歴史的な建造物を、陸からとはまた違った一面を観ることができる、とても惹かれます。
ヴァンゼーはそういう都会的なクルーズではありませんが、これもなかなかでしたね。
今年は海外に行けない分、久しぶりに九州に行きたいね、と話しております。
いよいよ梅雨ですね。鬱陶しい季節なのに、マスクは必需品だし、3密には気を付けなければならないし、その上熱中症にも・・・。
本当にいつまでつづくのでしょうね。(って毎回ハッピーねこさんに愚痴っていません、私?(笑)
お身体ご自愛ください。
himmel
2020年06月07日19時51分 返信する -
アーうらやましいです!
frau.himmelさん 、こんにちは!
乗船なさったのですね。7 Seen-Rundfahrt!このあたりに住んでいた友人から評判をきいていて、ずーっと乗りたいと思っていたので、昨年秋チャンス!と乗船しようと思ったら、その週から週末のみの運航になってしまって、またまた乗船できませんでした。
でも、frau.himmelさんの旅行記を読んでから乗ったほうがより見どころがわかりますね。
さて、次回・・・がいつになるかわかりませんが是非リベンジで乗船したいと思います。ああ、でもそのためには良い季節の時に行かないとダメですね。
続きが楽しみです。
RE: アーうらやましいです!
kaoluさん、こんばんは。
投票とコメント、ありがとうございます。
7 Seen-Rundfahrt、地元のご友人から勧められるほどの人気のツアーだったのですか?
私も2年越しの願いが叶ってやっと乗ることができました。
あのあたりの歴史や地理を知って乗れば、こんなに興味あるものはないと思いました。
Kaoluさんもご存知のように、あのあたりは旧東西ベルリンのジグザグの境界線、それに歴史的な建造物がいろいろあり、興味深いところですね。
何よりも撮ってきた写真とグーグル地図を見比べながら、場所を特定するのが楽しかった。
kaoluさんの場合は、何度もベルリンにいらっしゃいますから、次回は乗ることができますよ。
って、次回ていつになるのでしょうね。
himmel
2020年06月02日22時46分 返信する -
こんばんは
こんばんは frau.himmelさん
夕食後のゆっくりとした時間に来ようと決めて
今 玄関に立ちました。(^ー^)
さて、今夜はどの旅行記を開こうか。と
しばしクリックの手が・・。
4Tの皆さんは 最新の旅行記をと思うのかなぁ。
私が時に迷うところです。
例えば、つい先日にやって来た時にはまさにその状態。
ダイアナ妃の表紙に導かれるように(^ー^) 歴史博物館にしました。
内容は言わずもがな frau.himmelさんの安定の旅行記
丁度それは 博識なのだけではなく案内する対象に愛を感じる。
い〜いガイドさんと当たった。というあの感覚で
硬軟振り分けテンポの良い語り口で進み
気持ち良くポチッと行けました。
その前は
どれも美味しそうな旅行記が並ぶ中、自分も訪れたことのある
「カイザーヴィルヘルム記念教会」にしました。
ブルーのステンドグラスが圧倒的な印象で
入口のモザイク画が記憶からも飛んでしまっていました。
自分の旅行記を見返しながら、もしかしたらあの時
一部分改修工事中で入れなかったのかもなぁ。と( ̄O ̄;)
こちらならまだ良いのだけれど
旅行記に残すって(⌒▽⌒) なのだなぁ。と こんな時には切に思います。
駅の目の前の映画館。初めて訪れた時のそのままで
大きな看板が、ミッション・イン・ポッシブルから
スターウォーズシリーズに変わっただけで懐かしい。
映画ファンの一人としてはやはり目が行ってしまいます。
シネコンも便利なところもあるけれど
こんな大きなキャパの映画館でまた観たいと思います。
ベルリンは見所がいっぱいあって旅人にとってもい〜い街ですね。
書くまいと 思けど今は コロナかな
あの街から
2020年05月29日20時53分返信するRE: 返信遅くなりまして。。。(>_<)
あの街さん、こんばんは。
あっちもこっちもコメントいただきながら返信遅くなってごめんなさい。
大変不器用なものですから、何かに取りかかっている時は他のことができなくて・・・。
今回は新旅行記を書きかけていまして、そういう時は皆様の旅行記にも伺えなくて、いつも申し訳なく思っております。
さて、私の旅行記にポチッとと書き込み、ありがとうございました。
何しろ数ばかりは多くても拙作ばかりの私の旅行記、クリックするのに困られたのでは・・、と心配いたしました。
それに齢をとりますと、せっかく撮った写真、あれもこれも使いたくて、結局ダラダラと長いだけの旅行記に。私のいつもの反省材料です。
あの街さんのご旅行記は、いつもすっきりとまとめられていて、そして素敵な語り口、皆様から人気がある理由がわかります。
>駅の目の前の映画館。・・・
そっか、あの街さんもベルリンでカイザーヴィルヘルム教会にいらっしゃったのですものね。
でも、教会のモザイク画より、駅前の映画館の題名のことのほうをより鮮明に覚えていらっしゃるなんて、ちょっとほっこりいたしました。
ホント、いつ海外へ旅行ができるようになるのでしょうね。
のちほど、あちらにもお邪魔させていただきます。
ちょっと疑問が生じましたので(*^-^*)。←使い方あっています?
himmel2020年06月01日19時43分 返信する -
ポツダム宣言~学生時代の英文速記の先生~
☆あと数日でこの記録と同じ時期を迎えます。(覗いても何も進んでないね!と言われそうで。。。)感想のみ述べにに来ました~
☆既に半世紀前の事ですから、歴史の一部と化しているのですが、F女学院英文科時代の速記の先生が正に大正ロマンそのままのスタイルで授業を為さる昔のお嬢様?でした。
☆時代考証は定かでは無いけれど、『ポツダム宣言で速記通訳をされた』のが唯一の自慢?らしかったけれどしゃべりは英吉利風?しかも倍くらい時間を掛ける間延びした英語だから、速記じゃなくてdictationの方が早いんじゃ無い?と熱意を失い、その後就職の特技に不足して改めてYWCAで習得した様な過去があります。
☆アレレ?チャーチル首相とトルーマン大統領~日本人が通訳する訳ないでしょうに~もしかして、サンフランシスコ条約だったかしら・歴史に疎くて御免なさい。間違っていたら、私の記憶ではなく、そのお婆ちゃん先生が認知症だったかも~see you~RE: ポツダム宣言?学生時代の英文速記の先生?
salsaさんこんばんは。
塞ぎ込むことが多かった今日この頃、salsaさんのコメントに大笑いしました。
>☆アレレ?チャーチル首相とトルーマン大統領〜日本人が通訳する訳ないでしょうに〜もしかして、サンフランシスコ条約だったかしら・歴史に疎くて御免なさい。間違っていたら、私の記憶ではなく、そのお婆ちゃん先生が認知症だったかも
確かにポツダム宣言を日本人の大正美人が通訳するわけないですね。
しかも倍くらい時間をかける間延びしたしゃべりの先生が「速記」って(笑)。
その先生、まだご存命なら100近い?
認知症であろうとなかろうと、ポツダム宣言やサンフランシスコ条約の通訳をなさったことがご自慢だとは、随分当時からグローバルな先生だったのですね。
salsaさんはその先生の授業に飽き足らなくてYWCAで勉強なさった。
と言うことはその大正美人の先生、salsaさんの反面教師!?
今の行動的なsalsaさんがあるのもその先生のお蔭かしら?
さて、私が通っているジムは6月1日より再開するようです。
salsaさんのところもそうですか?
salsaさんにとっては待ちに待ったジムの再開ですけど、私にとってはずっと巣ごもり生活だったので、なんだか行くのが面倒くさい。
とも言ってられないですね。
これからは変なウイルスに付け込まれない健康な体が何よりの宝ですから。
いつも楽しいコメント、ありがとうございます。
himmel
2020年05月29日20時52分 返信する -
はじめまして
jijidarmaさんの旅行記経由できました。
多分初めましてかと思います。
このツェチーリエンホフ宮殿には 昔々行ったことがありますが
若かったので 歴史の背景をこのように深く考えることはありませんでした。
今考えるともったいない話です。
去年アメリカのデイトンで 長崎に爆弾を落としたB29と 原爆のサンプルが 展示されていたのを見ました。誇らしげに飾ってありました。さすがにアメリカ人のメンタリティーからすれば あの7月の時点で日本が無条件降伏を受け入れていた場合 原爆攻撃をしたとは思えませんが、 受け入れなかったので 使ってみたかったんでしょうね。正々堂々と。 そしてそれを今でも誇りに思っています。 この爆弾のおかげで、沢山のアメリカの若者の命を救うことができた といって。
北方領土に関しては あそこだけで独立したほうがよかったのかもしれませんね。
日帰りで行っただけなので 歴史ど素人の個人的な印象にしかすぎないのですが、あそこは日本も占領していただけだし、ソ連も占領しているだけだと思います。
本当はアイヌたちの国であるべきだったんじゃないかと思いました。
誰のものか、長い歴史を紐解けば、本当は誰のものでもないんです。
そこに生まれ育った人のものであるべきなんではないでしょうか。
読んでいて勉強になりました。
またそのうち訪問させていただきます。
MよりRE: はじめまして
M-koki1さん、おはようございます。
コメントありがとうございました。
いえ、4トラベルの古い会員さんでいらっしゃいますから、お名前は以前より存じ上げておりました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ツェツィーリエンホーフ宮殿に前にいらっしゃったことがあったそうですね。
私も何度か訪れていますが、そんなに深く考えながら見ているわけではないのです。とりあえず写真だけ撮って帰って、旅行記をUPする際にいろいろ調べます。一度の旅で二度おいしいというか・・・。
でも調べ始めたら枝葉が広がり収拾がつかなくなり、取りまとめるのに苦悩しているのも事実です(笑)。
M-koki1さんはアメリカでB29と長崎の原爆のサンプルをご覧になったそうですね。
異国の地でああいうものを見たら、日本人としてすごく複雑な気持ちになりますね。
アメリカからしたら、原爆を投下したおかげで早く戦争を終わらせることができた、多くの若者の命を助けることができたと、救世主のような扱いをしていることは私も知っていました。
でも、あの驚異的な破壊力を持つ究極の新兵器、あの新兵器をたくさん持てば自国を守れる、侵略にも使えるなんて考えるバカな指導者が出てきたことも事実ですね。怖いことです。
北方領土のことは私には詳しく解りませんが、日本がポツダム宣言を受諾した後も、またミズーリ号の上で降伏文書に署名した後も、無抵抗に等しかった日本に対して一方的に攻め続けたというのに腹が立ちまして(単細胞なのです・笑)。
>本当は誰のものでもないんです。
そこに生まれ育った人のものであるべきなんではないでしょうか。
今回調べた浅い知識ながら、私もそう思います。
さきほどM-koki1さんの旅行記リストを拝見させていただきましたら、私にとって大変興味があるところにいろいろ行ってらっしゃいますね。
後ほど拝見させてください。楽しみです。
himmel
2020年05月25日10時35分 返信する -
勉強になりました。
frau.himmelさん こんにちは。
大変お勉強になりました。
実は昨年10月にそちらを訪問しましたが・・どちらかというと、ドイツの戦後処理の方に興味がいってしまっていて・・オーデルナイセ線とか、結婚に反対されて廃嫡?され戦死したヴィルヘルム皇太子の長男・・・とか余計な方に気が行ってしまっててあまり日本のことを考えませんでした。
日本が考えていたほど、太平洋戦争を終結させることを重要事項と考えてないと思っていたからです。彼らにとっては戦後のドイツの処遇をどうするか・・第1次大戦の処理を間違えて、高い賠償金をふっかけたばっかりにヒトラーの様な輩になびいてしまったという反省と、共産主義と資本主義の駆け引きの場・・という場所でしかみてませんでし。
日本人という立場から考えればfrau.himmelさんの解説してらっしゃるとおりですね。うかつでした。
私の訪問が秋でしたので、あの赤い星マークは枯れていました。
あのあたりは、大好きでサイクリングしたりしてるのですが、今度また再び訪れる機会があれば・・と思っています。
それにしても、コロナ後はどんな世界になって行くのでしょうね。
RE: 勉強になりました。
kaoluさん、お久しぶりです。
昨年の秋、ポツダムを訪れられたのですね。ソ連の赤い星は枯れていましたか。
あの湖のあたりをサイクリングしたら気持ちいいでしょうね。
>日本が考えていたほど、太平洋戦争を終結させることを重要事項と考えてないと思っていたからです。
ポツダム会談って言うのは、kaoluさんがおっしゃるように、ドイツの敗戦処理、非ナチス化、オーデルナイセの国境線をどうするかとかを、あの三巨頭が集まって話し合いをした場ですから、日本のことは二の次だったと私も思います。
あの時点では、ソ連は日本と中立条約を結んでいて日本と戦えない状況だったでしょうから。
それに日本にしたって、ポツダム宣言が出された時に何らかの手を打っておけば・・・、と日本人なら誰しもが考えると思います。
私もやはり日本人ですね・・・。
会場で、あの長崎と広島におとされた原爆の写真とか、降伏文書に署名するために正装して直立不動で立っている日本の軍人さんたちの写真などを見ますと、やっぱり無念の情が湧きます。
ところで、皇太子の長男って身分違いの結婚をしたのでしたっけ?そして次男が皇太子の跡を継いだのでしたね。
私は数年前にホーエンツォエルン城に行った際、次男さんご夫婦の写真を見ました。まるで映画俳優みたいに美しいご夫婦でした。
その次男さんが、あの城に長い間眠っていたフリードリヒ大王の棺をポツダムのサンスーシ宮殿に移したそうですね。その時勉強しました。
旅をしていると、歴史がどこかで繋がると嬉しくなります。
やっぱりベルリンの歴史って現代・プロイセン、どちらも面白いですね。
ベルリンが大好きなkaoluさんにとっても、しばらく行けないのは寂しいでしょうね。
himmel2020年05月24日20時30分 返信する -
お久しぶりです
frau.himmelさん
あんな絶望的な状況なのに、なぜ日本は降伏しなかったのでしょう!?(せめて広島への原爆投下で降伏すべきです) 為政者にとって、何千万の国民より天皇が大事だったんですね。
日本人は頑張るのが好きですが、諦めることも同じくらい大切と思います(怠け者の私が言っても全く説得力ありませんが、笑)RE: お久しぶりです
ねもさん、おはようございます(こんにちは?)。
コメントありがとうございます。
>あんな絶望的な状況なのに、なぜ日本は降伏しなかったのでしょう!?(せめて広島への原爆投下で降伏すべきです)
私も旅行記を書きながらそう思いました。
ポツダム宣言が発表されたのは7月26日なのですから、あの時受諾していれば広島・長崎に原爆は落とされなかった。
またあのアメリカによる原爆投下にあわてて、ソ連も8月9日に日本に参戦しているのですからそれもなかった。日ロの北方領土問題もなかった(わけないですね。あの国のことですからその後も何かと難癖はつけていますね)。
凄〜く穿った見方をすれば、トルーマンは7月25日には原爆が成功したとの報告を受けているわけですから、どこかでこれを試してみたい思惑はあったでしょうね。
増長しているソ連の鼻をあかすいいチャンス到来。日本が宣言を受諾しなかったのはこれ幸いと考えても不思議ではない。
いえこれは私のすごく意地悪な考えです。
頑張るニッポンジン。
大戦以来の危機と言われるコロナ危機、これも日本人十分がんばりましたね。
しかし、このあと、経済問題、教育問題などは一体どうなるのか?
こちらも気になるところです。
ありがとうございました。
himmel
2020年05月24日10時27分 返信する



