g60_kibiyamaさんのクチコミ(69ページ)全6,029件
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投稿日 2023年03月01日
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投稿日 2023年03月01日
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投稿日 2023年03月01日
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投稿日 2023年03月01日
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
北尊坊通りに南面しています。江戸時代に「新堂屋」の屋号で肥料・木綿商を営んでいた商家です。幕末には両替商も営んでいて、幕府の巡検使一行の宿泊所にもなりました。主屋は18世紀後半の建物で当時からすればかなりの豪邸です。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
位置づけは長谷寺の塔頭です。道明上人とともに長谷寺を開基した徳道上人が晩年、ここに隠棲していたと伝わります。西国三十三か所の番外とされているのはあの世で閻魔大王から観音霊場巡礼の功徳を語られ、死後七日でよみがえって民衆に巡拝を勧めたことに由来します。徳道上人の坐像が本尊として祀られています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.0
長谷寺が真言宗豊山派の総本山となったのは16世紀末、天正年間のことです。本堂から五重塔へ下りていくと途中に「弘法大師御影堂」がありました。弘法大師1150年御遠忌を記念して1984年(昭和59年)に建てられています。総檜造りだそうです。長谷寺境内には新旧さまざまな入り混じって建っていました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
懸造りの本堂から右手を見渡すと五重塔がきれいに見えます。なかなか絶景でした。ただしこの塔は戦後、1954年(昭和29年)に初めて建てられたものでその歴史は浅いようです。7世紀創建と伝わる古刹の境内に昭和の塔というのも意外な取り合わせだと思いました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:4.0
法堂は、本堂にあたる南禅寺の中心となる建築です。創建当時のものは、15世紀後半に戦乱で焼失。その後再建、17世紀初めに豊臣秀頼の寄進により大改築されたものの、1895年(明治28年)に再び焼失。現在の法堂は1909年(明治42年)の建築です。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
南禅寺のいちばん奥に位置する塔頭です。最勝院高徳庵が正式名称のようです。現在の位置づけは塔頭ですが、亀山天皇がこの地に離宮を造営する前の13世紀後半、天台密教の深奥を極めた道智僧正がここに隠棲していたことから、鎮守として祀られていた古い歴史があります。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
三門に向かって右側に位置しています。南禅寺はその塔頭それぞれに趣のある庭園があり、見どころが多い場所です。天授庵の創建は1339年(暦応2年)で、その後応仁の乱で焼失していますが、1602年(慶長7年)、細川幽斎によって再建されています。枯山水の東庭、池泉回遊式の南庭が有名です。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
南禅寺の起こりは亀山天皇が1289年(正応2年)に出家して法皇となり、離宮を寄進して禅寺としたことからです。南禅院はその離宮の遺跡で、南禅寺発祥の地です。池泉回遊式の庭園は亀山法皇の作庭ともいわれ京都の三名勝史跡庭園の一つだそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
積善院凖提堂は積善院、凖提堂、才知院、定泉院という、いずれも聖護院周辺にあった本山修験の四軒の寺院がまとめられた寺院で、聖護院門跡の東隣にあります。この地に移転したのは1914年(大正3年)で四寺院の本尊を祀るための積善院本堂が完成したのは2015年(平成27年)だそうで、割と最近のことですね。ちなみに積善院とは門跡を補佐する四院家のひとつだそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:4.0
京都守護職、松平容保が本陣を置いたことで知られる金戒光明寺。とてもスケールを感じる寺院です。特に印象に残ったのは山門でした。最初、西側からアクセスして先に本堂の前に立ったのですが、振り返ると石段の「下」に大きな山門が見えてびっくり。完成したのは1860年(万延元年)だそうですが、南側から回り込んで正面から見上げてみてもその迫力は変わりませんでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.0
吉田山の南側にある教派神道「黒住教」の教祖、黒住宗忠を祀る神社です。黒住教が創始されたのは19世紀はじめ、文化年間ですが、世紀の半ばには朝廷からも認められ、神号をさずかったそうです。孝明天皇のときに勅願所となり、二条家や九条家などからも崇敬を受けていました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
真宗大谷派の岡崎別院。岡崎神社の西隣にあって、親鸞聖人が法然上人の禅坊に通っていたころ、庵を結んでいたのがこの場所と伝わります。「親鸞屋敷」「岡崎御坊」などの名称を経て、明治の初めに岡崎別院と呼ばれるようになりました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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平安京遷都の際、守護として都の四方に建立された四社のうちのひとつ
投稿日 2023年03月01日
総合評価:3.5
8世紀の末、桓武天皇の平安京遷都の際、守護として都の四方に建立された四社のうちのひとつです。東にあるため、かつては東天王社と呼ばれていました。ウサギが氏神の使いとされていて、子授けの神として信仰が厚い神社です。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年03月01日
























