g60_kibiyamaさんのクチコミ(13ページ)全6,029件
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楼門に対して直角に、宮地駅とは逆方向、北側へと伸びている商店街
投稿日 2024年03月31日
総合評価:3.0
楼門に対して直角に、北側へと伸びている商店街。時間の余裕がなかったせいもあり、復路の宮地駅方面とは逆方向なので、とりあえず門前商店街の神社寄りから眺めてみた、に留まりました。境内の賑わいには驚きましたが、商店街のほうは若者が食べ歩きするほどの賑わいでもありませんでした。ちなみに楼門前の案内所にも特に見るべきものはなく、強い印象は受けませんでした。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月31日
総合評価:4.0
宮地駅からの徒歩アクセスだと15分程度。そろそろ見えてくるかな?と見渡しても境内の緑が強調されてないので、拍子抜けでした。それよりも駐車場があちこち。日曜日だったせいもあり、たくさんの参拝者が訪れていました。どう参拝するかより、どこにクルマを駐めるかが重要な印象。確かに楼門の修理完成で、ようやく2016年の熊本地震から立ち直ったので、訪れる価値はあると思いますが、どれだけ広いエリアから訪れているのだろう? と思うほどの賑わいでした。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
総合評価:4.0
重要文化財に指定された立派な楼門。江戸時代末期の1850年(嘉永2年)の建造です。2016年(平成28年)の地震の被害からようやく立ち直ったんですね。2023年12月に保存修理が終ったそうです。さすがの迫力でした。ただ位置関係が拝殿から近く、そこにかなりの行列ができていて楼門下まで達していました。日曜日なので大人気? 境内外側から撮影するにはけっこう無理がありました。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 宮地駅から徒歩だったのでちょっと疲れました
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- かなり混み合ってました
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
総合評価:3.5
事前にそれなりに調べましたが、武雄温泉エリアと「武雄温泉」そのものの有り様はわかりにくかったです。すべては観光協会の責任。サイトは立派なのに不明瞭。当然ながら地元ビトが利用する「温泉」はあるはず、と道後温泉のイメージで飛び込み訪問。
するとベーシックエリアが「元湯」「蓬莱湯」の2タイプ。そこで「元湯」選択。
券売機は両者兼用。「元湯」いいお湯でした。地元の高温泉で鍛えているので44度など平気の平左。それにしても好天下を10分強歩いて、汗を流して、再び駅へ戻るのにまた歩く。
運悪く楼門前にタクシーもおらず。
せっかく西九州新幹線が開業しても、この動線・サービスでは期待できません。これではさすが佐賀!と言われてしまう…。唐津含め、4回めの佐賀訪問者のひとりごと。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 道はわかりにくくはない
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
総合評価:3.0
「ここまで来た記念」にこのポストで投函していきましょう!
ということなんでしょう。無人駅でしかもホーム上には屋根のある待合スペースもなく殺風景な西大山駅。それでも「日本最南端の駅」ということでけっこう人気のようです。JRに乗らずに駅だけ見に来る、というのは邪道だと思いますが。「わざわざ行く」のありがたみがわからないでしょう。地元のボランティアの方々が花壇を整備してくれているぐらいしか印象がありませんが、自分ならこの記憶をどう記録に残すか、撮影のしかたを悩んで精一杯残そうとすると思います。
黄色いポスト…幸せの黄色い××からの連想?- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月31日
総合評価:3.5
清水五条から祇園四条にかけて南北700mを走る通りで京都の五大花街のひとつ、宮川町を通ります。お茶屋や置屋が並ぶので風情がありますね。2022年訪問時にこの界隈で目指してたのは建仁寺からの六波羅蜜寺で、そんな風情を楽しむ余裕はまったくありませんでした。松原通大和大路の交差点を二度通ったことを記憶しています。近くまで行ったに…。
というわけで今回は団栗橋で鴨川を西から渡ってすぐ、団栗橋公園の辺りで気づき、しっかりその雰囲気を楽しみました。- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
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投稿日 2024年03月31日
総合評価:3.5
五条坂を上がってきて安祥院のところで二手に分岐しています。右側が別名茶碗坂と呼ばれる清水新道。少しでも人混みを避けたいのであれば、こちらから清水寺にアクセスすることもできます。有名な清水焼の陶器店がたくさん並んでいる通りです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月28日
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投稿日 2024年03月28日
総合評価:4.0
魅力的なお寺ですが、人が多くて疲れます。2022年旅で午後イチの訪問になり、あまりの人の多さにげんなりして次回に繰り延べ。2023年旅では早い時間に行こうと思っていましたが、段取り悪くもたつき午前8時過ぎに着きました。ピークではないもののもう人が多くて落ち着きません。開門は午前6時なのでそのぐらいでないと1か所だけで疲れます。ただ問題は開門時間にそこへたどり着く交通手段。案外味わうにはハードルの高い有名寺院です。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2024年03月28日
総合評価:4.0
以前、鳥取でグリーンモーリスに宿泊していたことから豊岡でもこちらを選びました。豊岡駅から徒歩5分程度。まずまずのアクセス。シングルの部屋は清潔で落ち着く雰囲気でした。
ただ浴槽のカランが温度調節後のキープが難しいタイプで残念。コインランドリーの使い勝手はとてもよかったので、そこでプラマイゼロ。なかなか豊岡には泊まらないと思うので、貴重な体験。特にチェックイン後に夕食に出かけ、手探りでよい店を引き当てたのでセットで豊岡の思い出になりました。- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 4.0
- 接客対応:
- 3.5
- 風呂:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
-
投稿日 2024年03月08日
総合評価:3.5
一度建仁寺を訪れた際、立ち寄っています。建仁寺の塔頭のひとつでその境内の北西にあります。興雲庵には陀枳尼尊天(だきにそんてん)、俗にいう豊川稲荷が祀っていることで祇園のおいなりさんとして有名なのですが、前回は東側の裏門?(閉まってました)から見ただけでした。北側にも門があって、お参りできることを知り、再訪しました。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2024年03月08日
総合評価:3.5
平安末期、院政の時代。崇徳上皇は保元の乱で敗れ、讃岐へ配流されました。相手方は8歳年下の後白河天皇。振り返れば相手が悪かったという感じでしょうか。権力の座につきたい者が譲位して院政をしく時代。台頭しつつあった源平の武士階級を巻き込んで、混乱が深まった時代ですね。菅原道真・平将門と並ぶ日本三大怨霊とまで言われ、白峯神宮などに祀られて崇敬されました。なので御廟にも関わらず参拝できるのは、この白峯神宮に管理されているおかげです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2024年03月08日
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投稿日 2024年03月07日
総合評価:3.0
江戸期の大名の京屋敷跡。ということで石柱・石碑だけでは味気ないわけですが、屋敷に祀られた稲荷社が今でも残っていて目印になっています。最初は広島藩浅野氏の屋敷でしたが、1730年(享保15年)に丹波篠山藩松平信岑が住み、信岑はその後、丹波亀山藩に転封になりました。亀山藩主は京都火消役など譜代として活躍した家柄だそうです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0





























