ぶんちゃさんのクチコミ(12ページ)全661件
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投稿日 2017年03月27日
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投稿日 2017年03月14日
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投稿日 2017年03月14日
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投稿日 2017年03月14日
総合評価:3.5
矢場とん本店と大津通りを隔てて反対側にあります。矢場地蔵は俗名で正式には徳寿山清浄寺といい浄土宗のお寺です。ご本尊のお地蔵さまは、遥々立山からお出でになったということです。十七世紀末頃の建立なので、南寺町から飛び出した立地になります。
戦災で堂宇を焼失したので地蔵堂などは鉄筋コンクリート製の再建です。なのでちょっと風情には欠けるところはあります。前津通り側にある東門から行きましたが、門の傍らには大きなお地蔵さんが御鎮座。その名も「ジャンボ延命大地蔵菩薩」。高さ5m、重さ35トンもあるそうです。岩の中から浮き出てくるような造形で、なかなかいいお姿です。
地蔵堂や寺務所前には提灯が並んで吊り下げられ、夜には灯が入って華やかな雰囲気になるそうです。機会があったら夜に立ち寄ってみたいものです。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2017年02月10日
総合評価:3.5
これ1枚あれば上海の地下鉄、公共バス、タクシー、黄浦江フェリー、マグレブなどに乗れます。私は浦東国際空港の窓口で購入しました。第1と第2ターミナルの中間、地下鉄の改札の横に窓口があります。デポジットは20元です。私は100元出して残りの80元をチャージしてもらいました。リニアに乗って地下鉄を1日乗り倒しました。最後のチャージから使わずに5年経過するとロックされますが、残高が消滅するわけではないので、窓口に行って手続きすれば使えるようになります。http://www.sptcc.com/で残高の確認もできました。
リニア片道と地下鉄1日乗り放題で58元というカードもありますので、1日だけの上海観光ならこちらの方がお得かも。- 旅行時期
- 2017年02月
- 利用目的
- 市内・近距離
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投稿日 2017年01月30日
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投稿日 2017年01月30日
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投稿日 2017年01月29日
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投稿日 2017年01月29日
総合評価:3.5
加藤清正が名古屋築城の際、自分の誕生地に近所のお寺を移築したのが正悦山妙行寺という日蓮宗のお寺です。境内には有名な長烏帽子兜をかぶった凛々しい清正の坐像がでーんと存在感丸出しです。山門や本堂は要所に金の金具を配した煌びやかな建築です。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:3.5
天守閣の南側、表門を経て干糒櫓へ延びる多門櫓様の建物です。帯郭から本丸への敵の侵入を防ぐための重要な施設です。走り長屋というのは普段は武具を保管してあって、いざというときはそこへ走りこんで武装を整えるということからきたそうです。建物内部は昔ながらの構造がよくわかります。鉄砲狭間や石落としなども復元され、それぞれに鉄砲を構えたり石を落そうとする足軽の人形が展示してあったりと戦いの様子が再現されていてとても分かりやすいです。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月05日
総合評価:3.5
千の利休の子の少庵は利休の死後、当時の会津の領主の蒲生氏郷に匿われていました。少庵が氏郷の為に建てたのが茶亭麟閣です。明治期に他所へ移されていたものが再移築されたそうです。今でも茶道各流派の茶会に利用されているそうです。表側よりも裏側に延々土塀が続いていますがこちらの方が見応えがあるような気がします。茅葺の屋根にみずみずしい苔が生えてとてもきれいです。八重の桜のワンシーンもこちらでロケをしたそうですよ。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:4.0
若松市内は高層ビルが無いのでかなり遠くからでも望むことができます。会津戦争で痛めつけられ明治時代に入ると破却されしまいました。昭和40年に復興され、平成23年に赤瓦に葺き替えられてやっと元の威容を取り戻すことができました。外観はほぼ元通りですが内部は近代的な博物館になっています。最上層以外は写真撮影禁止になっています。屋根上の鯱は銀箔張りで眼には2カラットだか3カラットだかのダイヤがはまっているとの説明でした。まあ、ダイヤはやりすぎのような気もしますが。明治に撮られた古い写真を見ると鯱は載っていないので、これも議論のあるところです。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:3.5
帯郭と本丸を隔てる門です。門の上に渡り櫓を載せた形式です。現在では表門とも呼ばれていますが、本来の正門=表門は本丸の北側にあり枡形を備えた厳重なものでした。こちらは枡形は無く鉄門一重です。鉄門の両脇は切込み接ぎの石垣で固められた江戸時代の建築様式になっています。
天守をバックに鉄門をフレームに収めれば絶好の撮影ポイントになると思います。- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月05日
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投稿日 2017年01月05日
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投稿日 2017年01月05日
総合評価:3.0
荒城の月は土井晩翠作詞・瀧廉太郎作曲の皆さんおなじみの歌曲です。土井晩翠が詞を構想したのは会津若松の鶴ヶ城の他に宮城県仙台市の青葉城址、岩手県二戸市の九戸城址、そして瀧廉太郎が曲を構想したとされるのが大分県竹田市の岡城址、と富山県の富山城でそれぞれ歌碑が設置されているそうです。この曲ができた当時の鶴ヶ城は明治政府によりすべての建物が取り壊されて石垣のみの状態でいかにも荒城といった雰囲気だったかもしれません。本丸郭内を散策するうち土塁の袂にポツンと碑が建っているのを見つけました。天守閣とは反対側の月見櫓址のチョットうら淋しいような場所なので曲のイメージ通りの雰囲気でした。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月05日
総合評価:4.0
天守閣は会津戦争で相当なダメージを受け、明治になってから他の建物とも破却されました。昭和になって天守閣と走り長屋、干飯櫓が再建され、会津松平家二十三万石の威容を取り戻しています。天守閣内は最上層を除いて撮影禁止になっています。天守台の石垣は戦国時代に築かれ、自然石を使った野面積という技法が使われています。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2017年01月05日
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投稿日 2017年01月05日
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投稿日 2017年01月05日
総合評価:3.5
鶴ヶ城は明治になって石垣以外の建物が破却されました。後に天守閣等は再建されましたがそれ以外の郭内は広い公園になっています。桜の木が多いので春はなかなか見事な景色になるでしょう。その頃再訪してみたいものです。
- 旅行時期
- 2016年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦


























