hijunoさんのクチコミ(42ページ)全1,193件
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投稿日 2022年11月17日
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丁寧に造られた蒲鉾、見た目も可愛いです。お店の外のベンチで食べれます。
投稿日 2022年11月19日
総合評価:5.0
丁寧に造られた蒲鉾で、種類も豊富です。将棋の形をした蒲鉾も有名です。創業は1913年で100年以上も続く老舗です。初代村上桂造氏の桂の一文字と干支の馬を合わせて屋号ができたそうですが、初代が将棋が好きで、とくに控えめで存在感のある桂馬のような店でありたいという願いもあったそうです。
また志賀直哉とも深いつながりがあり、尾道に住んでいた志賀直哉の隣家に住んでいた初代の祖母 小林マツさんが志賀直哉に親切に世話をし、「暗夜行路」にも登場しています。
訪れたときは、ちょうどお昼のころで、お腹が空いたので、お惣菜風のかまぼこを買って
外のベンチでいただきました。座布団もちーさなテーブル、トースターまであって、蒲鉾を温めることもできました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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投稿日 2022年11月19日
総合評価:4.5
坂道の途中の傾斜地の狭い土地に建っている家です。箱物の製造や販売をしていた和泉茂三郎氏が別邸として建築、一人の大工さんが3年の歳月をかけて1933年に完成したそうです。その後、誰も住まなくなり倒壊の危険があるため取り壊しも考えられたそうですが、NPOが買い取って再建を行い、レンタルなど様々な用途に使われているようです。
一説ではサクラダファミリアのようにいつ完成するかわからないという意味も含めて
ガウディハウスとも呼ばれているそうです。そばの急な坂道を登っていくと、千光寺まで続きます。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年11月18日
総合評価:5.0
旧尾道銀行本店を改修した建物を利用しています。レトロな建物は綺麗にリノベーションされていますが、当時の大きな金庫が印象に残りました。訪れたときは、戦国時代に尾道や因島あたりで活躍していた人々の資料が展示され、中世の海運業に寄与してきた三氏 高須杉原氏、村上氏、渋谷氏について説明がされていました。高須杉原氏は運業に従事し、日明貿易の貿易船を管理しており、その家紋が入った旗も展示されていました。因島に拠点を置く村上氏は海賊とも呼ばれてきましたが、早くから幕府のもとに周囲の警備や海運を担っていました。遣明船の警護にもあたっています。渋谷氏は戦国時代から江戸時代にかけて尾道の豪商です。海運業を行っていました。それぞれ三氏の海運業が江戸時代になっても、北前船寄港地として栄える基盤となっており、とても興味深かったです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2022年11月18日
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投稿日 2022年11月18日
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投稿日 2022年11月17日
総合評価:4.0
三条実美ら七卿が1863年の8月18日の政変で官職を解かれ、長州に下りますが、その際に鞆港に入り、こちらの家、中村家(現在は太田家)に滞在しました。中村家は保命酒の酒屋として栄えていました。本宅や土蔵などは重要文化財に指定されているそうです。
訪れた日は休館で、貸し切りの見学が行われていて、中に入ることはできませんでした。
すぐ近くには海があります。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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中世の遺跡「草戸千軒町街遺跡」を再現した展示が興味深いです。
投稿日 2022年11月17日
総合評価:5.0
中世の港町で福山市街地の西部にあった「草戸千軒」という街並みを再現したコーナーがありました。発掘された遺物も展示されていますが、実物大の家の様子がとてもわかりやすかったです。もともとは、大正時代に芦田川の改修工事によって川底にあった遺跡はわかっていたようですが、その後1973年頃から本格的に発掘調査が進められたようです。
14世紀の港町、市場で栄えた街の様子、人々の暮らしがわかる展示で興味深かったです。
館内は福山の歴史などの展示もありますが、一部撮影が禁止のところもありました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2022年11月17日
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投稿日 2022年11月17日
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投稿日 2022年11月16日
総合評価:4.0
江戸時代、福禅寺の本堂の隣に客殿として建てれました。朝鮮通信使の迎賓館としても使われ、瀬戸内海の景色、弁天島、皇后島、酔仙島の風景が一望できて、朝鮮通信使は「日本一素晴らしい景観」と絶賛したそうです。幕末にはいろは事件が起こると、坂本龍馬も紀州藩との賠償交渉を行いましたが、こちらでも交渉が行われ、坂本龍馬も対潮楼を訪れています。朝鮮通信使、坂本龍馬などに関しての資料も展示されています。
訪れたときは、説明が行われており、団体の方々など、楼には人がぎっしりでした。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 2.0
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投稿日 2022年11月16日
総合評価:4.0
高台にあり、そこからの眺めも綺麗でした。展示は港町として栄えた鞆の浦の歴史を中心として、朝鮮通信使を福山藩をはじめ、鞆の浦の地元の人々も盛大に歓迎した様子などを知ることができました。万葉の時代から鞆の浦は「潮待ち」の港町として栄えてきました。
大伴旅人も万葉集にも残されています。福山藩主の水野氏が崇拝していた「沼名前神社」は海上安全の神社として信仰を集めていますが、福山藩ゆかりの宝物も多く、その宝物の展示も見学時に行われていました。
館内は撮影禁止です。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年11月15日
総合評価:4.0
いろは丸事件の後に、海援隊の龍馬たちが宿泊していた枡谷清右衛門宅と紀州藩の宿泊した円福寺との中間にあったことから、こちらが賠償交渉の場所になったそうです。江戸時代末期の町家の雰囲気を残した建物で、今は旅館「御舟宿 いろは」となっています。
ステンドグラスも印象があり、ポニョの構想のために滞在していた宮崎駿氏の助言をもとにデザインも提供されたそうです。素敵な建物でした。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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沈没状況のジオラマや引き揚げた遺物の数々の展示、坂本龍馬の隠れ部屋の再現などがあります。
投稿日 2022年11月15日
総合評価:4.0
海援隊が大洲藩から借りていた「いろは丸」が1867年に紀州藩の「明光丸」に衝突され積み荷とともにいろは丸は沈没します。その一番近い港が鞆の浦であったことから、龍馬をはじめ、関係者は鞆の浦に滞在、龍馬も4日だけ滞在して、賠償交渉に当たったそうです。
龍馬たちは大量の武器を積んでいたと主張したそうですが、2006年の海底の調査ではそのような銃火器な一切発見されなかっといいます。引き揚げられたものも展示されていますが、大量の石炭、イギリス製のいろは丸の船のドアノブや古伊万里の茶碗、硯などが展示されていました。調査の様子も展示されています。二階には坂本龍馬が滞在していた時の隠れ部屋が再現されていました。
(館内の撮影写真はSNSなどにあげられないということで館内の写真はありません。)- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 展示内容:
- 5.0
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新しく清潔なホテルです。スタッフも親切で快適なホテルでした。
投稿日 2022年11月14日
総合評価:5.0
数日滞在しましたが、清潔な客室と親切なスタッフで、とても快適に過ごすことができました。海側の部屋にしたので、すぐそばには海の景色も楽しむことができました。
駅からも近く、また近くには食事やお茶をする場所もあって便利でした。
海のそばの遊歩道を散歩したり、ベンチで休んだり、ロケーションもとても良いと思います。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- 客室:
- 5.0
- 接客対応:
- 5.0
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外のベンチも利用できます。何度でも利用したくなるカフェでした。
投稿日 2022年11月13日
総合評価:5.0
さくらホテルのすぐお隣、こめどこ食堂の下にあります。外にもベンチがあって、すぐそばの海を眺めながら、ゆっくりできました。お店の中も可愛い雰囲気です。若いスタッフたちも親切で気持ち良く過ごせました。初めに利用したときは、レモンスカッシュで程よい甘さでレモンがさわやかで美味しかったです。二回目に利用したときは、この日から始まったというサツマイモのスイーツを食べました。こちらもとても美味しかったです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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坂本龍馬がいろは丸事件後の交渉のために滞在宿泊していた部屋が残っています。
投稿日 2022年11月13日
総合評価:5.0
坂本龍馬が幕末に起こった「いろは丸事件」の賠償交渉のために滞在したとされる家で、その家の中に隠れ部屋があります。4日間という短い時間の滞在だったそうです。建物は整備されていますが、屋根裏の隠れ部屋のあたりは当時の様子を残し、当時は階段もなく、天井板が外れる場所があり、ここから出入りしたといわれています。名前を変えて滞在していたという坂本龍馬が身を隠し、ひっそりと滞在していた様子が伝わってきます。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年11月13日
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投稿日 2022年11月12日
総合評価:5.0
宿泊したホテルの近くにあり、夕食に利用しました。尾道ラーメンも一緒に頼んだチャーハンもとても美味しかったです。私はせっかくなので、蠣入りラーメンを注文しましたが、スープと蠣がとても合っていました。お店も清潔で、感染対策もされて安心して食事ができました。お店の名前は尾道の祭り、べっちゃー祭にちなんでいます。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- ディナー
- サービス:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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投稿日 2022年10月30日








































































































































