hijunoさんのクチコミ(41ページ)全1,193件
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投稿日 2022年11月27日
総合評価:4.5
昭和の初期に図書館として建てられた洋館ですが、もともとは江戸時代中期に学問所としていたところです。頼山陽の叔父の頼春風も関わっていました。館内1階は製塩業の歴史や資料が中心に、また竹原出身の竹鶴政孝夫妻の史料の展示や写真も展示されていました。
1階の見学は無料ですが、2階の見学は有料(200円)でした。2階には竹原の遺跡の出土品などの展示物がありました。外には竹鶴政孝夫妻の像がありました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2022年11月27日
総合評価:4.0
春風館は頼山陽の叔父の頼春風の邸宅です。頼春風は医学と儒学を学び、竹原で医業を開業し、後に塩田の経営にも携わっています。建物は武家屋敷風の数寄屋風造りで、1854年に焼失しますが、翌年に再建されています。
通常は外観のみの見学とパンフレットに書かれてありました。
復古館は春風館に隣接して建てられた建物で、切妻造の二階建てです。春風の養子 小園が三男を分家独立させましたが、製塩業と酒造業を営んでいました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年11月27日
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京都の清水寺の舞台を模して造られた観音堂からは竹原の街並みが見下ろせます。
投稿日 2022年11月25日
総合評価:5.0
京都の清水寺の舞台を模して1758年に造られたといわれる普明閣は本瓦葺きの二重の屋根の舞台づくりが特徴で、竹原の町並み保存地区も見下ろせます。別名観音堂ともいわれています。この地にはもともと小早川隆景の建立のお寺 妙法寺がありましたが、1602年に火災で焼失してしまいます。その後、1611年に浄土宗の西方寺が移ってきています。
普明閣が観音堂と呼ばれるのは、小早川隆景が建立していたお寺、妙法寺の本尊だった十一面観音菩薩像を安置していた観音堂がこの普明閣にあったためと言われています。
ちなみにその十一面観音菩薩像は別な場所に移され、一年に一度開帳されるとのことです。
長い石段の階段を上って高台にあり、竹原の町並みの中の一つの風景のようでした。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年11月24日
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江戸時代から昭和戦前期頃までの建物が保存されています。現在も商いや生活の場となっています。
投稿日 2022年11月24日
総合評価:4.5
安芸の小京都と呼ばれている竹原は、製塩業や酒造業で栄え、現在も商いや生活の場でもあります。通りは大きく三通りに分けられて、「本町通り」は町の中心を通り、全体が見渡せる通り。「大小路」は江戸時代の道幅の狭い通り。「板屋小路」はゆるい湾曲の道に町家が立ち並び、製塩業が盛んな時は特に賑やかだったそうです。
路も整備され歩きやすく、立ち並ぶ古い伝統的な家屋が立ち並んでいる中にいると、時間を忘れそうです。代表的な家屋には、薪・石炭問屋だった旧松阪家住宅、町長を務めた森川氏の邸宅だった旧森川家住宅、旧光本家住宅・今井政之陶芸の館、洋館であり倒立の竹原書院図書館であった竹原市歴史民俗資料館の建物も昭和4年の建設です。
竹原の街並みの特徴としては本瓦葺き、灰色漆喰の重厚な街並み、細やかな格子(猪目の格子は火災の魔よけとして)、山や寺社の借景利用、江戸時代から昭和までの建物の混在と言われています。
竹原は塩田経営の大規模化、多角経営で製塩業や酒造業で栄えた商人たちが広い敷地に大きな邸宅を構え、そこが現在の伝統的家屋の街並みが形成されていきました。
江戸時代以降の竹原の政治・経済の中心はこの町並み保存地区にあったそうです。
(竹原市のパンフレットより。)- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2022年11月24日
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投稿日 2022年11月23日
総合評価:4.0
福山城の遺構が駅の周辺にも残っています。西国の護りとしてのお城としては破格の規模の造りのようですが、明治にできた山陽鉄道では福山城を横断するように造られており、お城に最も近い城として知られています。お城の敷地内の中にできた駅というイメージです。もともとは、福山城の二の丸の正門 鉄御門や桝形も現在の駅の構内にあったそうです。
駅前のバスターミナル付近にもお城の遺構が保存されており、説明板もあります。
構内にはお土産物屋さんやスターバックスもありました。駅弁コーナーも面白く、広島名物 のあなごめしと福山名物のうずみめしを買いました。うずみめしは、400年前からあるそうで、一説には江戸時代の倹約の時代に始まったもので、ご飯の中にエビや鯛など海鮮を埋めこみ、だしをかけたもので、駅弁にもなっていました。外からはわからないのに、ごはんの中にはいろんな具が入っていて、とても面白かったです。
また、駅前に平櫛田中作の「五浦釣人(いづらちょうじん)」という6メートルほどあるブロンズ像があります。平櫛田中の敬愛する岡倉天心が五浦に移住して芸術家たちを育てたことを釣りに例えて、師に対しての報恩の気持ちが込められているそうです。
地元の方々は駅での待ち合わせとして「釣り人の前で」と使われるそうです。山陽新幹線の開通を記念して造られ、すでに半世紀近くになります。- 旅行時期
- 2022年11月
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幕末の志士に大きな影響を与えた儒学者 頼山陽の銅像があります。
投稿日 2022年11月23日
総合評価:4.5
頼山陽は江戸時代後期の儒学者です。歴史家としても思想家としても知られ、1826年「日本外史」を書き、当時はベストセラーになるほど人々に読まれました。この書物は尊王攘夷運動にも大きな影響を与えています。頼山陽の祖父の頼惟清は竹原で紺屋を営み旧宅が残っています。叔父 頼春風も竹原で医師として開業しています。安政の大獄で処罰を受けた頼三樹三郎は頼山陽の三男になります。
祖父も竹原の人であり、また頼山陽自身も父親が広島藩の学問所の儒学者として登用されたために広島で幼少より育ち、広島や竹原にゆかりのある人物とされています。
こちらの像は生誕200年を記念して造られたそうです。こちらには小さな公園のようになっており、ベンチもあり休憩ができました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年11月22日
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200年前の江戸時代のお菓子が展示されています。日本に2台しかない、のぞきからくりの1台もあります。
投稿日 2022年11月22日
総合評価:5.0
三原の歴史や民俗に関しての展示があります。とても興味深かったのは江戸時代のお菓子が今も保存されていることです。綺麗な落雁のようなお菓子でしたが、おそらく日本最古の現存するお菓子になるそうです。また、日本に2台しか残っていないという、のぞきからくりも見ごたえがあります。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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かつては満潮時には海に浮かぶように見え、「浮き城」と呼ばれていました。
投稿日 2022年11月22日
総合評価:4.0
1567年に毛利元就の三男 小早川隆景によって築城されています。三原湾の大島と小島を石垣でつながれた海城で、当時は海も近く満潮時にはお城が海に浮かぶように見えたことから「浮き島」と呼ばれていたそうです。
瀬戸内海を掌握するために造られたお城といわれています。天守台は大きく、広島城の天守が6基も入る規模です。天守閣は造られませんでしたが、その天守台の石垣の造りは堅固で時代によって造り方も異なります。駅の高架下にはお城の石垣も残されています。お城周辺には歴史公園がありお城の説明パネルや遺構の説明もありました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年11月21日
総合評価:4.5
旧乾邸の特別観覧に行ってきました。申し込みをしましたが、当選の確立も低いと聞いていたので、ほぼ諦めてていたので、とても嬉しかったです。
旧乾邸は昭和10年ごろに乾汽船株式会社設立者の乾新治氏によって自宅として建築されています。この周辺は大富豪のお宅が立ち並んでいたようですが、今はほとんどの大邸宅はなくなりました。大原孫三郎氏、住友吉左衛門氏、嘉納治兵衛氏の邸宅などもあったようです。高台にあり、見晴らしの良い場所です。
敷地は1200坪ほどあり、鉄筋コンクリートの3階と地下の一階部分があります。
和洋折衷の邸宅で、阪神間モダニズムの邸宅として大切に保存されています。庭園も和洋式があり、緑ゆたかな静かな環境の中にありました。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2022年11月21日
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投稿日 2022年11月21日
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投稿日 2022年11月19日
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実業家、政治家、文化人としての小林一三氏の歴史を知ることができました。
投稿日 2022年11月20日
総合評価:5.0
阪急電鉄や阪急百貨店、東宝の創業者、宝塚少女歌劇の創設にもかかわったことで知られている小林一三氏がかつて住んでいた「雅俗山荘」が公開され、小林一三氏に関しての資料、写真などが展示され、見ごたえのある資料館でした。政治家としても、また文化人としても活躍した多方面にわたり活躍した人物です。住んでいた洋館もお洒落ですが、茶室もあり、お庭も綺麗でした。ちょっとびっくりしたのが、豪華な雰囲気の中に、ピンクの浴室があったことです。当時としては珍しかったのではないでしょうか。とても可愛い仕様でした。外国製のようでした。ご家族との写真も多いのも印象に残りました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2022年11月20日
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投稿日 2022年11月20日
総合評価:5.0
尾道で歩き疲れて商店街にあったお店へ入りました。
しまなみの特産のレモンを使った、レモンスカッシュやレモンの飲み物が多くあり、酸っぱさもちょうどよく、冷たくとても美味しかったです。店内で休めるスペースがあり、お土産物も買うことができます。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 500円未満
- 利用形態
- その他
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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開館日が金土日祝と開館時間が午後です。開館日時を事前に確認することをお勧めします。
投稿日 2022年11月20日
総合評価:3.5
商店街とおのみちはやし林芙美子顕彰会が運営しているそうで、訪れたころは月曜日から木曜日までの開館になっていました。林芙美子の旧居が公開され、貴重な原稿や愛用品、写真、川端康成からの手紙などが展示されているそうです。開館時間も午後の13時から17時と短いと聞きました。あらかじめ開館日と開館時間を確認することをお勧めします。
旧居は林芙美子が尋常小学校から高等女学校にかけて2年半住んだ醤油店舗を改装し、林芙美子が間借りしていた二階の土蔵の部分は当時のままだそうです。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)






































































































































































