2023/02/16 - 2023/02/16
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Bachさん
2月の月一京町散歩は「どうする家康」の徳川三代の霊を祀る永代菩提所で、「京の冬の旅」の一つに挙がっている「知恩院」から円山公園のコースです。
いつも通りまずは四条河原町から六角通りへ移動してランチ後、三条大橋から華頂通りを抜けて「知恩院」へ、1月から3月まで開催の「京の冬の旅」で特別公開されている非公開15ヵ所の一つになっている「大方丈・小方丈と庭園」を鑑賞して、日本三大梵鐘とされている巨大な「大鐘楼」から「円山公園」を通り、「八坂神社」から祇園を抜けて四条河原町の老舗喫茶店「フランソア」でお茶休憩して京阪四条駅まで、広大な知恩院境内も含めて合計10kmのウォーキングです。
あらためて「知恩院」を見ると、「知恩院」は寺院というより二条城を思わせるような造りで、後で調べると、もともと徳川家の「松平氏」が信仰していたこともありますが、御所を見下ろす京都の高台から朝廷をけん制するために徳川幕府が支援したためにここまで大きくなったとのこと、又お目当ての「方丈庭園」は池泉・枯山水・出島・石橋・灯篭など庭園の要素を全て盛り込んだ贅を尽くした優等生の庭園で、「さすが家康」!です。
更に今回の新発見は同じ境内にある「友禅苑」という庭園で、今まで知恩院に来てもここの存在が分からないままスルーしていたので、京都をゆっくり歩く「京町散歩」ならではのご褒美で感謝感激です。ちょうど庭の手入れをしていた庭師さんに聞くと春の桜、夏の百日紅、秋の紅葉は素晴らしいということだったので季節ごとに訪れて見たい穴場の庭園です。
*表紙写真は友禅苑に際立つ高村光雲作の観音像
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散歩ルート:京阪四条駅~六角通り「キッチンゴン」でランチ~三条大橋~華頂通り~知恩院古門~知恩院三門~知恩院御影堂・大方丈・小方丈・方丈庭園・権現堂~友禅苑庭園~大鐘楼~円山公園~八坂神社~四条大橋「フランソア」でお茶休憩~京阪四条駅まで10kmのウォーキング
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創業50年の老舗町の洋食屋さん:創業者の権藤(ゴンドウ)さんから命名
高級料理のイメージが強かった洋食を手軽で美味しい洋食を食べて欲しいという思いで開店したという(HPより) -
「ゴンライス」というチャーハンの上にポークカツが乗ってカレーソースかデミグラスソースをかけたピネライスが看板メニュー(ピネはフランス語で「薄いカツ」)で、これにハンバーグやコロッケ、から揚げなどバリエーションが幅広く味も量も大満足なうえ価格もリーズナブル!
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若者にも年寄りにも大人気でメニュー全部を征服したい!
ランチ時は行列必死 -
迷ったあげくに、最も定番のハンバーグとクリームコロッケのカレーソース掛けピネライスランチを注文、スープ、サラダもついて大満腹、大満足で1,100円は安過ぎる!
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腹ごなしに三条大橋から華頂通りを経て「知恩院古門」へ、岡崎疎水から鴨川へ流れる「白川」に架かる「古門前橋」からは冠雪の比叡山が!
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「知恩院総門」(古門)三門まで400m
知恩院通り側に新門があるが、こちらから入るのが通! -
安土桃山時代に建てられ、当時は唯一の参道だった時の知恩院の総門
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梅に誘われて、知恩院の塔頭寺院「入信院」(にゅうしんいん)
関西地域の知恩院門末寺院の宗侶教育機である「勧学院」が設けられた、佛教大学、東山中学校・高等学校の前身らしい -
突き当りは「黒門」:「三門」の表玄関に対して裏玄関にあたる
黒門坂を上がると、武家門(ぶけもん)、四脚門(しきゃくもん)を通って集会堂(しゅうえどう)に入る -
「親鸞聖人旧御廟所」「本願寺発祥地」「蓮如上人御誕生之地」が並ぶ
「親鸞聖人」(しんらんしょうにん)は、法然の浄土宗を発展させた浄土真宗を開き、死後大谷に埋葬された後この地に建てられた小さな廟堂に移され「本願寺」発祥の地となった
「蓮如上人」(れんにょしょうにん)は親鸞聖人から200年後、精力的に布教を行い浄土真宗を日本一の教団に成長させた、葬式でよく聞く「白骨の御文章」はこの時生まれたもので仮名まじりで分かりやすく書かれた屈指の名文(それ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、、、、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる)
*「浄土宗」と「浄土真宗」の違いは、「念仏を熱心に唱えることによって誰でも往生できる」に対して、「阿弥陀仏の救いを信じるだけで誰でも往生できる」
*「浄土真宗」の東と西の違いは、徳川家康の時代に「本願寺」は「真宗大谷派(東)」と「浄土真宗本願寺派(西)」に分裂した、後継ぎ問題もあったが、当時日本最大の集団であった浄土真宗の勢力を弱めるために両派が対立するように、策士・家康が画策したとも言われる、
*浄土宗の本山は「知恩院」、浄土真宗本願寺派は「西本願寺」、真宗大谷派は「東本願寺」 -
神宮通りを歩いて「知恩院三門」に到着
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「知恩院」特別公開 2023.1.7~3.19
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「知恩院三門」
一般には「山門」と書くが、「三門」は「三解脱門」(さんげだつもん)を意味し、「空門(くうもん)」「無相門(むそうもん)」「無願門(むがんもん)」の悟りに通ずる境地を表す -
1621年徳川2代将軍秀忠公の命を受け建立、入母屋造本瓦葺(いりもやづくりほんがわらぶき)で、高さ24メートル、横幅50メートル、屋根瓦約7万枚はわが国最大の木造の門
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外に掲げられている「華頂山」の額の大きさは畳2枚分(かちょうざんは裏山の東山三十六峰の第21峰)
三門の内部は仏堂となっており、天井や柱、壁などには極彩色の天女や飛龍が描かれ、宝冠釈迦牟尼仏像や十六羅漢像などが安置されている、公開のときに是非見てみたい -
「男坂」から見下ろした「三門」
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知恩院(ちおんいん)
浄土宗の総本山で正式名は「華頂山知恩教院大谷寺」、1175年法然上人による開山で本尊は法然上人像、法然は比叡山での修行の後布教活動を行い「浄土宗」が誕生した、現在のような大寺院になったのは江戸時代に入ってからで、もともと徳川家の母体であった名門「松平氏(まつだいらし)」が信仰していたため徳川家康をはじめとした江戸幕府の援助により勢力を拡大したが、幕府と朝廷の権力争いで朝廷をけん制するために御所を見下ろす京都の高台に位置して幕府御用達のお寺にして拡大したというから、「どうする家康」の知力、政治力は凄い! -
本堂「御影堂」(みえいどう)は元祖「法然上人」の御影(みえい)を祀り、現在の御影堂は1639年徳川3代将軍家光公によって建てられ、最近2019年に8年かけて解体修理が行われ完成
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中には「宮殿」(くうでん)
法然上人の御影をお祀りする厨子(収納具)と「須弥壇」(しゅみだん)や蓮の華など豪華な仏壇が見え、根本道場として多くの参拝者を受け入れてきた -
「阿弥陀堂」を見ながら裏側に周ると「方丈」
「阿弥陀堂」の本尊は阿弥陀如来座像で、現在では得度式や各種道場に使われる -
「集会堂」(しゅうえどう)の隣が「方丈」
「集会堂」は千畳敷といわれるほど広いお堂で渡り廊下で御影堂と結ばれている -
「大方丈」(おおほうじょう)洛中随一の名書院
将軍が謁見する際に使う「上・中・下段の間」を中心に「鶴の間」「松の間」「梅の間」「柳の間」「鷺の間」「菊の間」「竹の間」に狩野派の襖絵が飾られており、集会堂・御影堂の修理工事の間預けられていた襖絵が昨年16年ぶりに戻ってきたのが公開されている *「鶴の間」は最も広い54畳で、総金箔の16面の襖があり、9羽の鶴を中心に松、岩、流水などが華麗に描かれている *襖絵は狩野尚信(かのうなおのぶ)作で、日本最大の画家集団・狩野派の探幽(たんゆう)の実弟、尚信の作品はあまり残されていないので貴重 *「菊の間」は抜け雀の襖絵で有名:江戸時代から有名な話で、あまりに上手な絵だったので命が宿り5羽いたスズメが飛び去りその痕跡がわずかに残る -
「小方丈」(こほうじょう)
仏間を含まない純住宅建築で、「大方丈」の金碧障壁画とは対照的な狩野派の水墨画があり、「上・下段の間(雪景の間)」「雪中山水の間」「蘭亭の間」「花鳥の間」「羅漢の間」の6室から成る
*「方丈」は通常は住職の居室で客間と私室から成るが、南禅寺や天龍寺など大きい寺院では大と小があり、小は主に私室として使う? -
方丈から庭園への降り口正面は「唐門」(からもん)
勅使門とも呼ばれ、天皇・将軍や勅使に限って開かれる格式の高い門 -
いよいよ「方丈庭園」
池泉庭園、枯山水、露地と日本庭園の基本3様式を一度に愉しめる -
知恩院には「方丈庭園」と法然上人が庵を結び教えを広めた地「勢至堂」(せいしどう)の「山亭庭園」があるが、残念ながら現在は「方丈庭園」のみ公開 *「山亭庭園」は勢至堂の客殿・山亭の書院庭園で、京の町並みが一望出来る高台にあり遠景を庭の一部として利用している名園
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「方丈庭園」は、大方丈から小方丈へL字型に広がる心字池の南池、北池の池泉庭園と、小方丈前の枯山水庭園の3つに分かれる
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「方丈庭園」の作庭は、江戸時代初期の小堀遠州の弟子で、桂離宮庭園の作庭者ともいわれる僧玉淵(ぎょくえんぼう)
*「僧玉淵」作品は妙蓮寺の枯山水庭園、普門寺庭園、桂春院庭園など -
入口の石組は苔むして風格がある
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「大方丈」前の南池の中島の石組と灯篭、手前の白砂、苔、池の配置が素晴らしい
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手前の白砂
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中島には石橋が架けられている
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中島の石組と灯篭のカタチが素晴らしい
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「山亭」への登り口
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「慈鎮(慈円)」和尚の坐禅石
平安末期から鎌倉初期の天台宗の高僧で、親鸞と法然を比叡山の抑圧から庇護し、青蓮院門跡でもあり、歌人としても有名で「愚管抄」の著者としても知られる -
「小方丈」前の北池も白砂と苔むした岩と池と樹木のコントラストが素晴らしい
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手前の巨石と灯篭の配置が何とも言えない構図を見せる
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苔むした巨石の石島は歴史を漂わして貫禄がある
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手前が「大方丈」、正面が「小方丈」
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灯篭好きにはたまらないアングル
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「小方丈」前
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三代将軍・徳川家光が植樹したとされる「御手植の松」
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家光は1623~1651年だから樹齢400年近く?
家光は体が弱く吃音でおとなしかったが乳母の春日局の直談判で跡継ぎになり、参勤交代や田畑売買禁止、寛永通宝などで徳川幕府260年の礎を作った -
「小方丈」前から見る石橋
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石橋と巨石の石島と灯篭、プラス手前の灯篭のバランスは見ごたえがある
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灯篭好きにはたまらない
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「小方丈」から「大方丈」を見る
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「小方丈」前の庭園は「二十五菩薩の庭」
知恩院所蔵の国宝「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」を表現したもので、石は阿弥陀如来と二十五菩薩を、サツキは来迎雲で、阿弥陀如来が西方極楽浄土から25名の菩薩を従えて来迎する様を表している -
臨終の時に念仏を称えれば阿弥陀如来と二十五菩薩がお浄土へ迎えてくださるという
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刈込みのなかに石組というパターンは小堀遠州作庭にもよくあるらしい
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サツキの時期はどうなるか、楽しみ
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奥側から見る
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突き当りの「権現堂」(ごんげんどう)
正式には権現様影堂(ごんげんさまえいどう) -
「権現堂」側から「二十五菩薩の庭」
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「権現堂」(ごんげんどう)
徳川家康、秀忠、家光の三代を祀り、徳川三代の位牌と肖像画を収める -
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石灯篭、背後は茶室「葵庵」
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境内内を移動し「女坂」途中にある「友禅苑」(ゆうぜんえん)*別料金
*三門正面の急階段は「男坂」 -
友禅染の生みの親である「宮崎友禅」生誕300年を記念して1954年に造園された回遊式庭園で、昭和の名園と言われる(宮崎友禅が三門のそばに住んでいたのがご縁)
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「宮崎友禅」は、江戸時代中期の絵師
能登で加賀染めを習った後、京都へ出て知恩院前に住居を構え「友禅」と号して意匠の図案を描いて友禅染を完成させた -
入ってすぐ正面に高村光太郎の父・高村光雲の「観音菩薩像」がそびえている
*上野公園の西郷隆盛像も高村光雲の作品 -
「観音菩薩像」は、知恩院第76世・行成上人を讃え顕彰のため建立
百日紅の時期はピンクが映える! -
背後に知恩院「三門」も見える庭園は、この「補陀落(ふだらく)池」の池泉回遊式庭園と、「鹿野園」(ろくやえん)と呼ばれる枯山水庭園の二つがある
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「補陀落(ふだらく)池」の池泉回遊式庭園は東山の湧水を引き入れたもので、東山を借景とし、秋の紅葉は素晴らしい
*「補陀落」とは、インドの南海上にあるとされる観音菩薩の浄土のこと -
現在工事中だが、「禹門」(うもん)
古代中国の「禹」帝が黄河の水量を調節するために設けた門に由来し、魚がその門を超えると龍になるということから立身出世の門、登竜門の意味がある -
「補陀落池」の裏側に周る
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更にその奥に路地が広がり2つの茶室が現れる
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路地を上がると「白寿庵」(はくじゅあん)
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「白寿庵」(はくじゅあん)は、知恩院第86世中村康隆の白寿を記念して華頂会館の茶室を移築し、裏千家14代の千宗室(せんそうしつ)により命名された
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東山から流れ出る清流は「白寿庵」の横から流れる
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清流をたどって下ると「華麓庵」が隣接する
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「華麓庵」(かろくあん)は、京都の名士・大沢徳太郎氏の別邸から移築し、裏千家15代の千玄室(せんげんしつ)により命名された *大沢徳太郎は明治~昭和の実業家、家業の大沢商会を継ぎ時計、カメラ、車、スポーツ用品、宝飾品、アパレル等高級輸入品を中心に幅広い製品を扱い、高島屋取締役、京都商工会議所会頭、京都府多額納税者として貴族院議員も務めた大金持ち
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「白寿庵」の横から流れる清流は「琴流水」と呼ばれ、
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「華麓庵」の前を横切り、
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「補陀落(ふだらく)池」に流れ込む
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途中にある灯篭は「俳句灯篭」で、元禄時代・松尾芭蕉の俳句の銘がある
「6月や峰に雲置く嵐山」
芭蕉は伊賀上野から京都に出て俳諧を学び、江戸で活躍し晩年は各地を旅して「奥の細道」を残した -
庭園の中央に「宮崎友禅」斎像
友禅は江戸前期に活躍した京絵師で、扇絵の意匠を染め出した文様が着物の友禅模様の基になった、染色のデザイナーであり、友禅というブランドの創始者で、当時奢侈禁止令で豪華な織物が使えなくなった町人達の美服への欲求を満たすものとして歓迎されたという -
「友禅染謝恩碑」
「友禅染」と「西陣織」は京都の産業を支えた伝統産業で、舞妓さんの定番は友禅の着物に西陣の帯、西陣は織物で先染めした糸で模様を織り込む、友禅は白地の絹に模様が描かれる、西陣は宮中や公家、神社仏閣、僧侶等の盛装や装飾物として使われたが、現在の着物の殆どは友禅(加賀友禅は宮崎友禅が金沢に行って広めた物でより絵画的で華やか)、最近の貸衣装は中国産のポリエステルのインクジェット模様 -
振り返ると知恩院の巨大な三門
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「友禅像」の前に広がる枯山水庭園
東山から京都市街に向けて少し下っている傾斜地に、広大な白砂の大海が広がり、その中に多くの巨石や石が据えられ、苔の築山や石橋、枯滝石組、南側には蘇鉄も見える盛沢山の枯山水 -
「鹿野園」(ろくやえん)
知恩寺は初めて法然上人が浄土宗の念仏を唱えた場所だから釈迦のご縁にならって、釈迦が最初に説法を行った「鹿野苑」(ろくやおん)を枯山水に表現し釈迦のお徳を顕彰しているという
*「鹿野苑」は、鹿の楽園として保護したことから命名、日本で初めて仏教が伝わった奈良でも仏の使者として鹿が保護されている -
手前に苔の築山、立石、横石、伏石など大小多くの石の配列が絶妙
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先端が見えないほど長い白砂が続く
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二つの石橋は白砂ギリギリの高さに架けられ安定感がある
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枯滝石組のようなものも
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カタチのいい雪見灯篭も
手前の石島になっている石は等高線の入ったような石で貴重 -
天竺(インド)の景色をイメージして蘇鉄(ソテツ)で南国を表現
日本庭園の蘇鉄は、桂離宮や二条城、醍醐寺などにも見られるが、室町時代以降各地の大名庭園などに好んで植えられたという -
「三門」を背景とした枝垂れ桜はつぼみも未だ
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南側端から東山を振り返ると気持ちいい
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再び「観音菩薩像」
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「大鐘楼」1678年建立、
日本三大名鐘の一つで、京都方広寺82トン、奈良東大寺26トンと並ぶ70トンの大鐘、この大鐘が鳴らされるのは法然上人の御忌大会(4月)と大晦日の除夜の鐘だけで、とりわけ除夜の鐘は親綱1人・子綱16人の17人で撞き京都の冬の風物詩 -
知恩院から円山公園への途中にあった「安養寺」(あんようじ)、 通称「 吉水草庵」(よしみずそうあん)は、法然・親鸞両上人念仏発祥の地
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法然は、どれだけ学んでも「死んだらどうなるのか」の解決が出来ずに比叡山を去り近くの青蓮院の慈円のお世話でこの地に「吉水草庵」を建てて浄土宗の教えを広め始めた、親鸞もここに来て法然の弟子となった、一切の修行をせず救われるという仏教は民衆だけでなく貴族や武士にも広がり、吉水の教団は日増しに大きくなっていった
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近くにあった「蘇鉄庵」(料亭?)
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近くにあった洞窟トイレ
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近くにあった「左阿彌」(料亭)
安養寺「円山の六坊」の一つと数えられ、文人墨客の集うところとなり、明治維新以降御前会議にも使われ有栖川や山県有朋、そして頼山陽、川端康成、志賀直哉の文豪にも愛され、「暗夜行路」「古都」にも出てくるという凄い所らしい(昼8,000円~夜5万円) -
円山公園から八坂神社を抜けて再び四条河原町へ
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「フランソア」喫茶室
昭和9年(1934)創業、西洋の街角で見かけるような粋な喫茶店としてクラシック音楽とコーヒーの好きな若者を喜ばせた -
HPによると、戦時下に言論を制限された時代に誰もが平和や未来、文学、芸術について語り合える「文化と自由のオアシス」にしたいという目的で、藤田嗣治、宇野重吉、桑原武夫などにも愛されたらしい
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コーヒ700円、ケーキセット1,350円と少々お高い
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芸妓・舞妓さんとも会えて楽しい締めくくりでした
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