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仲村家住宅

名所・史跡

富田林・羽曳野

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仲村家住宅 https://4travel.jp/dm_shisetsu/10008527

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施設情報

今なお住宅として生きている姿。 仲村家とは、この富田林寺内町が繁栄し始めた1600年代からつづいている町家のひとつだ。寺内町の町家で唯一内部見学ができる旧杉山家同様、造り酒屋「佐渡屋」として江戸時代中期には河内の国(現在の南河内郡付近)でも最大級の酒造規模を誇っていた。幕末に吉田松陰が1ヵ月近く滞在、他にも著名人が滞在したという、大店ならではの記録も残されている。現存する家屋は当時のものではないが、1782年頃に建てられたもので、大阪府の文化財に指定されている。大阪や京都に多く見られる商家の建築様式を用いた、今では貴重な建築物だが、個人住宅のため、内部の公開は行なっていない。 ※内部非公開

施設名
仲村家住宅
住所
  • 大阪府富田林市富田林町16-31
電話番号
0721-25-1000
アクセス
近鉄長野線「富田林駅」 徒歩 10分
公式ページ
詳細情報
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 名所・史跡

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性があります。

クチコミ(10件)

富田林・羽曳野 観光 満足度ランキング 24位
3.31
アクセス:
3.56
人混みの少なさ:
3.88
バリアフリー:
3.50
見ごたえ:
3.81
  • 満足度の高いクチコミ(5件)

    酒造業で名を馳せた豪商の邸宅 ♪

    5.0

    • 旅行時期:2021/07
    • 投稿日:2024/04/22

    寺内町の南端に位置する旧家で 屋号は『佐渡屋』、代々 徳兵衛を 名乗ったそうです。 旧来の家業は明らかではない ...  続きを読む そうですが、酒造株を取得後は 造り酒屋として著しい発展を遂げ 酒造米高は河内国で最高の2135石 に達したそうです。 寛政の頃には、江戸市場を対象 とした酒造業の理事長に当たる 「河内一国江戸積大行司」となり 江戸・徳川家にも献上されたそうです。 当時の流行り歌でも 「一に杉山、二に佐渡屋、 三に黒さぶ 金が鳴る」 唄われたとか。。 京都 松尾大社の参道の両脇に 並び 立つ石灯籠の中にも 和泉国・仲村家(佐渡屋)が 刻まれた石灯篭が献上されている そうで、その繁栄ぶりが伺えます。 しかし、明治初年に酒造業を廃業 諸施設は次第に取り壊され 現在では母屋と一部の付属屋を 残すのみ。。 座敷の屋根の作りは大変立派で 塀越しにみえる、棟を3つも 4つも組み合わせて作られる 「八棟(やつむね)造り」と 呼ばれる造りは、目を引きます。 又、この屋敷には文人墨客が 数多く訪れたそうで、吉田松陰も 頼山陽も訪れたと言われています。  閉じる

    azura

    by azuraさん(非公開)

    富田林・羽曳野 クチコミ:11件

  • 吉田松陰ゆかりの家 格子の美しい家でした。

    • 4.0
    • 旅行時期:2023/10(約7ヶ月前)
    • 0

    寺内町の中で重要文化財であり、一般公開されている杉山家の目の前にある家です。
    現在も居住されている人がいるようで、内部に...  続きを読むは入れず、外から見るだけです。
    きれいにならんだ木の格子が美しい家でした。
    吉田松陰もかつてこの家に宿泊したことがあるそうです。  閉じる

    投稿日:2023/11/10

  • あまり特徴のない古民家です

    • 2.0
    • 旅行時期:2022/10(約2年前)
    • 0

    富田林寺内町にある歴史的建造物です。
    大きく由緒正しい建造物ではありますが、現在も民家として使われているようで中に入るこ...  続きを読むとはできません。
    寺内町の他の建造物は特徴的なところがあるものがありましたが、この建物はあまり特徴のない建物のように感じました。  閉じる

    投稿日:2022/10/02

  • 酒造業で名を馳せた豪商の邸宅 ♪

    • 5.0
    • 旅行時期:2021/07(約3年前)
    • 3

    寺内町の南端に位置する旧家で
    屋号は『佐渡屋』、代々 徳兵衛を
    名乗ったそうです。

    旧来の家業は明らかではない
    ...  続きを読む
    そうですが、酒造株を取得後は
    造り酒屋として著しい発展を遂げ
    酒造米高は河内国で最高の2135石
    に達したそうです。
    寛政の頃には、江戸市場を対象
    とした酒造業の理事長に当たる
    「河内一国江戸積大行司」となり
    江戸・徳川家にも献上されたそうです。

    当時の流行り歌でも
    「一に杉山、二に佐渡屋、
    三に黒さぶ 金が鳴る」
    唄われたとか。。
    京都 松尾大社の参道の両脇に
    並び 立つ石灯籠の中にも
    和泉国・仲村家(佐渡屋)が
    刻まれた石灯篭が献上されている
    そうで、その繁栄ぶりが伺えます。

    しかし、明治初年に酒造業を廃業
    諸施設は次第に取り壊され
    現在では母屋と一部の付属屋を
    残すのみ。。

    座敷の屋根の作りは大変立派で
    塀越しにみえる、棟を3つも
    4つも組み合わせて作られる
    「八棟(やつむね)造り」と
    呼ばれる造りは、目を引きます。

    又、この屋敷には文人墨客が
    数多く訪れたそうで、吉田松陰も
    頼山陽も訪れたと言われています。  閉じる

    投稿日:2021/07/16

  • 時代劇のセットのような建物が続く

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/03(約3年前)
    • 2

     じないまち展望広場から寺内町センターに至る富田林町の一画には、仲村家住宅を始め、橋本家、木口家、上野家といった重厚な町家...  続きを読むが多く残っている。建物はいずれも一階部分は茶色の板塀に格子窓、2階部分は白壁に虫篭窓、築地塀から大きく育った木々が見え、まるで時代劇のセットを見るようである。人通りも少なく散策には最高の場所。  閉じる

    投稿日:2022/01/26

  • 吉田松陰も訪れた旧家

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/02(約3年前)
    • 0

    かっては造り酒屋を営んでいました。天明3(1783)年の建築で杉山家同様の古さの建物です。佐渡屋という屋号で「富田林の酒屋...  続きを読むの井戸は、底に黄金の水がわく」という歌がはやったと伝えられています。寺内町の酒造業とその代表であった当家の繁栄ぶりを表すエピソードと言えます。  閉じる

    投稿日:2021/04/02

  • 昔は酒造屋

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    長い塀になっている家で、1700年代初めに造り酒屋になった家で、なるほど外観も酒屋の感じがし、説明看板にも徳利が2つ描かれ...  続きを読む、吉田松陰の人物絵もありました。道との境は塀ではなく、一本づつの竹のようなもので出来たものがずらりとなんでいました。真向いにも別の家がり、道から両家を見ると良い景色でした。  閉じる

    投稿日:2019/03/28

  • すごい言い伝えがあります

    • 4.5
    • 旅行時期:2018/02(約6年前)
    • 0

    こちらは、屋号を「佐渡屋」といい、酒造業を営んでいました。そしてその座敷には、文人墨客が数多く訪れ、なんと長州藩士の吉田松...  続きを読む陰先生もそのひとりだそうです。白壁に大きな虫籠窓が付いていて、商売柄換気に気を配っていたんだろうなあと思いました。  閉じる

    投稿日:2018/09/07

  • 仲村家住宅

    • 3.5
    • 旅行時期:2015/02(約9年前)
    • 0

    大阪府有形文化財であるこの建物は、江戸時代に造り酒屋として繁栄した仲村家の屋敷の一部であるという。栄えた家の屋敷として、と...  続きを読むても風格のある建築物群であり、細かいところまで眺めてみるのもおすすめの屋敷であると思う。  閉じる

    投稿日:2015/04/26

  • 規模も比較的大きな建物

    • 4.0
    • 旅行時期:2014/11(約9年前)
    • 0

    仲村家住宅は、18世紀後期の建物。寺内町では古いし、規模も比較的大きな建物だと思います。
    屋号は「佐渡屋」。初代徳右エ門...  続きを読むは富田林八人衆の子孫に当たるそうで、後に、酒造株を取得して、大いに栄えたということです。ただし、明治になって酒屋は廃業しています。
      閉じる

    投稿日:2014/12/25

  • 大阪府の有形文化財!

    • 4.0
    • 旅行時期:2012/12(約11年前)
    • 0

    富田林寺内町の中でも南側にあるお家です。
    外側からの見学のみで内部には入ることが出来ません。
    かつては屋号を「佐渡屋」...  続きを読むと称し、享保19年(1734年)以降は徳兵衛を名乗ってきました。
    初代徳右エ門は富田林八人衆の子孫に当たると伝えられる。旧来の家業は明らかではありませんが、正徳5年(1785年)に酒造株を取得後は、造り酒屋だったと考えられています。
    明治初年に酒造業を廃したため、諸施設は次第に取り壊され、現在では母屋と一部の付属屋を残すのみとなっています。  閉じる

    投稿日:2012/12/13

1件目~10件目を表示(全10件中)

このスポットに関するQ&A(0件)

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