2021/05/04 - 2021/05/04
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yayoさん
2021年GW期間中の東海道歩き第2弾は、金谷宿から日坂宿を歩きました。
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午前7時45分、JR金谷駅スタート。
この駅のトイレにはトイレットペーパーが置いていないので(有料)要注意。金谷駅 駅
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今回は日坂宿を目指し、茶畑を眺めながら山登りに挑戦です。
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とりあえず最初の目標は石畳。
600メートル先。 -
写真ではわかりずらいですが、早速上り坂になっている!
この日は旗日(祝日)でした。
玄関に日の丸を掲げるお宅は珍しい光景になってしまいました。 -
旧東海道石畳入口到着。
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凄い上り坂じゃなない??
スタートして10分も経っていませんが、もう疲れてしまいました(笑) -
石畳を歩きます。
旧東海道石畳 名所・史跡
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「東海道」金谷坂の石畳について
説明書きによると「この石畳は、江戸時代幕府が近郷集落の助郷に命じ、東海道金谷宿と日坂宿との間にある金谷峠の坂道を旅人たちが歩きやすいように山石を敷きならべたものであると言われている。僅か30メートルを残す以外は全てコンクリートなどで舗装されていたが、平成3年、町民の協力よって延長430メートルが復元された。
いま、街道の石畳で往時を偲ぶことができるのは、この金谷峠のほか、箱根峠、中山道十曲峠の3か所だけとなった。」とあります。
ということは、東海道で石畳があるのは箱根とここだけですか。
貴重な石畳ですね。 -
復元されているだけあって歩きやすい。
ウグイスや鳥のさえずり、木の葉が揺れる音など天然のBGMがとても心地よかったです。 -
歩きやすいが、上り坂なので身体にはキツイ。。
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すべらず地蔵尊
石畳復元の際に滑らないことを祈願したそうですが、今はその名前から、合格祈願として地元の受験生に人気のようです。 -
石畳を登ってきたところを振り返って写真に撮ってみました。
下り坂ではなくて良かった(笑)。 -
目の前には茶畑。
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諏訪原城址
武田勝頼の家臣馬場美濃守氏勝が築いた山城。徳川軍の攻めにより落城したそうです。こんなところにお城があったんですね。ちょっと見学してみましょうか。諏訪原城跡 名所・史跡
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神社がありました。
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諏訪神社
安産祈願の神社でしょうか。
解説によると、武田氏の守護神である諏訪明神を城内の一角に祀ったそうです。
ここの事でしょう。
だから「諏訪原城」と呼ばれたようです。 -
写真ではわかりずらいかもしれませんが、堀がとても深い。
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二の曲輪大手馬出
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自然堀と人工の大・小堀が13本あり、いずれも深くて急斜面を呈しているが、石垣は用いられていないとのこと。
なるほど、だからどの堀も深くて急斜面だったわけですね。 -
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大手北外堀
大手曲輪は、諏訪原城の台地側前面に方形に突出した曲輪で、その位置や構造から最終段階の改修工事に際し、新たに付設されたと考えられている。 -
諏訪原城跡は、国指定史跡となっているようです。
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その理由として、武田勝頼、徳川家康時代の堀、丸馬出が良好な形で現存し、戦国時代史の過程を理解する上で見逃すことが出来ないからだそう。
※「馬出」とは、出入り口の前に置かれた、前線基地にも防御拠点にもなる空間のこと。方形のものを角馬出、半円形を丸馬出という。丸馬出は、武田の城でよく見られ、角馬出は北条の城で見られる。 -
番小屋
平成23年の発掘調査によって、南北約5.5メートル×東西約4キロメートル規模の隅丸方形の竪穴式建物跡が検出されたそうです。
二の曲輪中馬出の出入口で確認された建物であるため、見張り番がいる番小屋的な要素を持った施設と思われる。二の曲輪中馬出との位置関係からも、徳川時代の遺構の可能性が高いようです。 -
めちゃくちゃ広いなぁ、諏訪原城って。
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堀切
二の曲輪北馬出から二の曲輪中馬出に続く道路を遮断するためのもの。 -
どこまで続くのかしら。。。
果てしなく広い。。。 -
二の曲輪中馬出
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諏訪原城は、大井川を境として駿河から遠江に入る交通、軍事上で重要な場所にあったようです。遠くに見えるのは大井川ですが、この景色は今も昔も変わっていないのかもしれません。
※諏訪原城は、大井川下流域と菊川に挟まれた牧之原台地の北端近くに築かれており、当時の大井川は牧之原台地に沿って流れていて、城の背後は河川と断崖に守られていたそう。 -
二の曲輪
諏訪原城は、本曲輪を扇の要にたとえ、扇状に曲輪が広がっているため、江戸時代には「扇城」と呼ばれることもあったとか。ちなみに二の曲輪は、南北約315メートル、東西約75メートルの広さを誇る城内最大規模の曲輪なんだそう。
※牧之原台地の先端を空堀で分断し、空堀の内側を本曲輪、外側を二の曲輪としている。 -
本曲輪
守城戦において最終拠点となる最も重要な曲輪
※曲輪とは、堀や石垣、土塁で区切られた区画のこと。「廓」や「郭」と同じ。
城を強くするためには曲輪をどのように配置していくのが重要で、曲輪の配置を「縄張り」という。 -
順路の案内がありましたが、広すぎて何処で終わるのかわからず、迷子になりそうでした。途中で蜂(ミツバチではない)にも遭遇しました(怖すぎる)。中途半端ですが、今日はこのお城見学をしに来たわけではないので、この辺りで切り上げようと思います。
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大手南外堀
出口に辿り着くまで長い道のりでした。
どれだけ広いんでしょう。
戦国時代の築城の技術とか、中々興味深いものでした。
山城といえば、以前三島から箱根の東海道歩きで山中城がありました。
歩くことに必死で見学をスルーしてしまいましたが、やはり見ておくべきだったかもしれません。
「諏訪原城」城好きにはオススメだと思います。 -
東海道菊川坂下り口
まさか、まさかの石畳下り坂!!
これは想定外でした。。 -
一面に広がる茶畑。
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滑らないように慎重に慎重に下ります。
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新茶の季節。
グリーンが目に優しい。 -
「茶」文字!!
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菊川坂石畳
先程の上りは金谷坂でしたが、下りは菊川坂。
こちらは平成12年の発掘調査により江戸時代後期のものと確認されたようです。 -
この石畳、結構距離があります。
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雨の日やその翌日は絶対危ない。
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転ぶことなく無事下ることが出来ました。
下りてきたところを写真に撮りました。 -
金谷宿と日坂宿にある間の宿菊川
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東海道案内板
ここは島田市菊川の里。 -
間の宿菊川の当時の建物の地図が、壁に描かれていました。
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中納言宗行卿詩碑(右)と日野俊基歌碑(中央)。
手前の石は地名の由来になった「菊石」。 -
案内に沿って。
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ここから山道のようです。
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凄い上り坂!!
息が切れそう、、、
しばらく看板が全くなかったので、この道で合っているのか不安になりました。
箱根での苦い経験がありますからね。
こんなところで道に迷いたくないです。 -
しかし景色は素晴らしい。
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ようやく日坂の宿の看板を見つけました。
良かった、この道で合っているんだ、ほっと一安心。 -
箱根の山道が険しいことは言うに及ばずですが、この小夜の中山峠もかなり手強い。
昔の旅人も苦労したでしょう。 -
小夜の中山峠周辺案内図
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高野山真言宗久延寺
頂上まで来たようです。
ちょっと見学して行きましょうか。久延寺 名所・史跡
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このお寺には「小夜の中山夜泣石伝説」があるようです。
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その伝説とは「小夜の中山に住むお石という女が、菊川の里へ働きに行って帰りの中山の丸石の松の根元でお腹が痛くなり、苦しんでいるところへ、轟行右衛門という者が通りかかり介抱していたが、お石が金を持っていることを知り殺して金を奪い逃げ去った。その時、お石は懐妊していたので傷口より子供が生まれ、お石の魂がそばにあった丸石にのりうつり、夜毎に泣いた。里人はおそれ、誰と言うことはなく、その石を「夜泣石」と言った。傷口から生まれた子供は音八と名付けられ、久延寺の和尚に飴で育てられ立派な若者となり大和の国の刃研師の弟子となった。
そこへ轟行右衛門が刃研にきたおり刃こぼれがあるので聞いたところ、「去る十数年前、小夜の中山の丸石の附近で妊婦を切り捨てた時に石があたったのだ」と言ったので、母の仇をわかり名乗りをあげ、恨みをはらしたということである。その後弘法大師がこの話を聞き、お石に同情し石に仏号をきざみ、立ち去ったという。」 -
こちらの鐘を打つことができるようです。
静寂の中に響く鐘の音。
心が洗われたように思いました。 -
しばらく歩くと日坂宿の名物「子育飴」のお店がありました。
小夜の中山伝説で、妊婦が山賊に殺され、その時お腹にいた子供が久延寺の住職に育てられた飴のことですね。 -
しかし営業は午前10時からでした。
この時、午前9時20分。
ちょっと早すぎたようです。
残念。 -
「茶」文字がはっきり見えます。
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このアングルの方がいいかな。
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ところで、静岡県のお茶の生産量が今年初めて鹿児島県に首位を奪われてしまいました。なぜ??後継者問題もあると思いますが、鹿児島県では平らで広大な茶畑で大型機械を用いて大規模生産をしているそう。一方、静岡県は勾配がある土地に小規模で栽培する茶農家が多いのです。勾配があり、かつ小規模だと小型機械しか使えないので、鹿児島県のように生産効率が良くないわけです。確かに勾配のあるところに茶畑が広がっていますよね。
他に、ペットボトル飲料の躍進でリーフ茶の需要が低迷しており、高品質を売り物にしている静岡のお茶はニーズに合致せず稼げなくなっているようです。 -
小夜鹿の一里塚跡。
江戸日本橋より56里目。 -
旧東海道の案内に沿って。
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この辺りから歌碑をたくさん見かけるようになります。
「甲斐が嶺は はや雪しろし神無月 しぐれてこゆるさやの中山」(遥か甲斐の白根の峰々は雪で白い。今、神無月(10月)、時雨の中、さやの中山を越えることだ。)・・・連生法師(熊谷直実) -
「茶」文字に別れを告げて。
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日坂方面の案内に沿って。
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「東路の さやの中山なかなかに なにしか人を思ひそめけむ」(東国へ行く人がきっと通るのが小夜の中山である。中山のなかといえば、なかなかに(なまじっか)どうしてあの人に思いを掛けたのであろう。)・・・紀友則
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「ふるさとに 聞きしあらしの声もにず 忘れね人をさやの中山」(旅にでて耳にするここ小夜の中山の山風の音は、都で聞いたのと似ても似つかない。このように都も遠ざかったのであるから、いっそ都の人のことなど忘れてしまえよ)・・・藤原家隆
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「道のべの 木槿は馬に くはれけり」(道端の木槿の花が、乗っている馬にパクリと一口食われてしまったよ)・・・松尾芭蕉
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旧東海道へ。
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「東路の さやの中山さやかにも 見えぬ雲井に世をや尽くさん」・・・壬生忠岑
解説が雑草に隠れてよく見えませんでした。
他にも色々あったんですが、風流のかけらもない私は面倒になって撮影をやめてしまいました(笑)
小夜の中山峠は、平安時代から歌人に詠まれていたんですね。きっと当時は茶畑ではなかったと思うのですが、和歌を作りたくなるほど風情ある景色だったのでしょうか。 -
道は二手に分かれますが、旧道は左側へ。
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馬頭観世音
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茶葉。
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夜泣石跡
ここが小夜中山伝説の夜泣石があった場所ですね。 -
広重の浮世絵(日坂宿)
小夜の中山と夜泣石が描かれているようですが、夜泣石はわかりやすいですね(笑)
広重らしく、坂も石も誇張されていますね。 -
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転がり落ちそうなくらいの凄い下り坂!
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上ってくる人を何人か見かけましたが、下りで足腰にかなり負担になるくらいの傾斜がある坂道だから、上りはめちゃくちゃ大変だと思います。上りでなくて良かった。
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ここは「二の曲がり」のようです。
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なるほど。
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やっと小夜の中山峠を越えたようです。
箱根を除いて、静岡県内ではさった峠、宇津ノ谷峠と越えてきましたが、この小夜の中山峠が静岡県内で一番最強の峠ではないでしょうか。 -
東海道は目の前の道路を渡るんですが、歩道がないので少し迂回して歩道橋を渡るよう案内がありました。私はそのまま道路を走って渡ってしまいました。。車の量は多くなかったですが、少し見通しが悪く車のスピードは出てるので、やや危ないかもしれません。真似してはいけません。
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日坂宿のマンホール白黒バージョン
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日坂宿のマンホールカラーバージョン
これを撮影しているときに、2階のベランダで布団干しをしていたおばさまに「どこから来たの~?」と声をかけられました(笑)。この辺りはハイキングや東海道ウォーク、歴史探索など歩いている人が多いかもしれません。 -
日坂宿案内板
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扇屋本陣跡
門だけが残っています。 -
問屋場跡
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脇本陣黒田屋跡
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趣のある建物を発見。
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日坂宿最後の問屋役を務めた伊藤文七邸のようです。
屋号は藤文。 -
建物内部は無料で見学できるようです。
ちょっとお邪魔していきましょうか。 -
誰もいません。
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箱階段。
足元に気を付けて2階に上がってみましょう。
説明書きによると「この箱階段は、宗教法人長松院の所有だが、建物同様に歴史的価値が高く、また従来の場所である藤文に設置するため、掛川市が使用貸借契約を締結した上で借用させていただいているもの」とありました。
ということはこの箱階段は元々藤文にあったのもではないということでしょうか。 -
2階。
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萬屋
近くに旅籠がありました。
こちらも見学しましょう。 -
庶民の旅人が利用した旅籠のようです。
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中々趣のある入口。
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二階も見てみましょう。
昔の階段って傾斜が急で怖いですね。。 -
雑魚寝だったのかな。
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川坂屋
萬屋の筋向いに同じく旅籠がありましたが、こちらは士分格の宿泊もできた大旅籠とのこと。見学しましょう。川坂屋 名所・史跡
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ここに日坂宿名物の「子育飴」が置いてありました!
ご自由にどうぞということだったので、1つ頂きました。
懐かしのカンロ飴のような味でした。
ボランティアの話によると、道の駅にも置いてあるとのことでした(後で道の駅に寄ったら確かに置いてありました)。 -
昔の旅人も、ここに座って湯茶の接待を受けたようです。
なんとなく想像できそう。
左手にあるのはかまど。 -
入口。
やはり庶民よりは格が上がったような雰囲気ですね。 -
「当時の宿泊者はここで足を洗って座敷に上がりました。」とあります。
そういえば二川宿の旅籠を見学した時に学習しました。 -
見事な襖の書!
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上段の間
襖の書は山岡鉄舟のもの。 -
襖の書は巌谷一六のもの。
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襖の書は成瀬大域のもの。
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二階の座敷説明書き
旅籠の時代、二階座敷はもっぱら旅人の宿泊室に使われていたそう。
当時の旅籠での庶民は、ほとんど雑魚寝状態であり、敷布団程度が用意され、衣類の一部を掛けて休んだそう。そのため、現在の旅館のように寝具を大量に収納するほどの押入は必要なかったと思われるとのこと。 -
タンスのようですが、何に使われていたのでしょうか。
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昔のそろばんって大きいですね(笑)
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ここも見学は無料でしたが、はやりボランティアの方々によって奇麗に保たれています。東海道中、いくつかボランティアによって維持されている建物がありました。どこもとりわけ有名ではないかもしれませんが、当時を窺い知ることができるとても貴重なものなので、ぜひ立ち寄ってもらいたいです。
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日坂宿の高札場
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天保年間のものを復原したようです。
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下木戸跡
木戸とは、江戸時代、宿場の治安維持のため、東西の入口に設けられていたものです。大規模な宿場では観音開きの大きな門だったが、日坂宿のような小規模な宿場では川が門の役割を果たしていたそうです。 -
岡田製パン
前回も来ましたが、美味しかったので再訪です。
この後、道の駅掛川に立ち寄ったんですが、そこにも岡田製パンのパンが販売されていました。岡田製パン グルメ・レストラン
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道の駅掛川
評判のいい道の駅なので一度立ち寄ってみたかったのですが、なかなか機会がなくて。
今回は帰りのバスは2時間に一本のため(笑)、こちらでじっくり時間を潰そうかと思います。さすがにここから掛川駅までもう歩く気はしませんね。。(約8キロ)品数豊富で楽しい? by yayoさん道の駅 掛川 道の駅
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仙の坊 掛川店
本店は袋井市にあるようですが、道の駅掛川の中にもありました。
評判がいいので今回のランチはここで!と決めていました。
自然薯と蕎麦のお店のようです。仙の坊 道の駅 掛川店 グルメ・レストラン
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自然薯とろろ汁と蕎麦のお店のようです。
人気という「唐揚げセット」にしました。
とろろ汁(ミニサイズ)、蕎麦、唐揚げという欲張りなセット。
めちゃくちゃ美味しかったです!!
唐揚げも好みの味♪
とろろ汁といえば東海道の丸子が有名で、私も道中食しましたが、断然こちらの方が美味しいです。お店の回し者ではないですがオススメです。 -
店内をぷらぷらしましょう。
これ、タバコの自販機ではなくお茶の自販機なんですって(笑)
ユニークな造りですね! -
日光の天然かき氷が食べられるようです。
食後のデザートはかき氷にしよう♪ -
色々あって迷いますが、さっぱりしたものを食べたかったので「甘夏みかん」にしました。
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2021年初かき氷♪
フワフワで美味しかった~♪♪ -
お店の外に人気のメロンジュースのお店があるようです。
何人か並んでいました。
ジュース、ソーダ、スムージー、どれも美味しそうだけど、みんなスムージーを頼んでいたので私もそれにしました。 -
大きなクラウンメロンを4分の1くらい使っていたのかな?
贅沢!! -
メロンの味が濃厚♪
しかし一度に大量のメロンを摂取したからか、しばらく喉のイガイガが治らなかった。。 -
店内は地元の特産品などがたくさん売られていて見ているだけでも楽しかったです。
お店イチオシの筍型の「ミサキ」というキャベツを購入してみました。
普通のキャベツと春キャベツの間くらいのやわらかさでした。
味も特に美味しいということもなく、普通に感じました。 -
フルーツトマト2種。
左は石山農園さんの完熟トマト。
美味しんぼにも出てきたとか。
石山農園のトマトはまあまあでしたが、右の「トマトダ」のミニトマトはとても美味しかったです!!また購入できる機会があるといいなあ。 -
口コミで豆乳ドーナツが美味しいとあったので購入してみました。
噂通りとても美味しい♪♪
これもまた購入したいなあ。
道の駅掛川、人気なのも頷けます。
掛川またはその周辺の「美味しい」がたくさん詰まった魅力のある場所だと思います。 -
事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)へ。
道の駅掛川から徒歩で10分弱位。
バス停はこの神社の前にあります。事任八幡宮 寺・神社・教会
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旅行記では3度目の訪問になります。
前回は銀杏が美しい時期でした。
今回は緑が爽やかで美しい。 -
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前回、黄金色の銀杏が奇麗だった場所。
https://4travel.jp/travelogue/11662585
季節によって雰囲気が変わりますね。 -
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金谷宿から日坂宿まで約8キロ
東海道約500キロのうち、約235キロ制覇しました。
涼しくなるまで東海歩きは暫くお休みしようと思います。
静岡県内も残すは近場のみ。
年内に制覇したいと思います。
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