2020/11/21 - 2020/11/21
52位(同エリア146件中)
yayoさん
今回は東海道の難所の一つ宇津ノ谷峠を歩きました。
其の一 沼津宿→三島宿(令和2年9月20日)
https://4travel.jp/travelogue/11647168
其の二 興津宿→江尻宿(令和2年9月22日)
https://4travel.jp/travelogue/11647728
其の三 金谷宿→島田宿(令和2年9月27日)
https://4travel.jp/travelogue/11649087
其の四 江尻宿→府中宿(令和2年10月3日)
https://4travel.jp/travelogue/11650364
其の五 府中宿→丸子宿(令和2年10月24日)
https://4travel.jp/travelogue/11655254
其の六 蒲原宿→由比宿(令和2年11月1日)
https://4travel.jp/travelogue/11657170
其の七 浜松宿→見付宿(令和2年10月11日)
https://4travel.jp/travelogue/11652275
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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午前8時5分、藤枝市岡部支所前バス停からスタート。
ここまでバスで来ました。 -
岡部宿の観光案内所がありました。
以前はよくこの道を通っていましたが、こんなものがあるなんて全く気が付きませんでした。 -
如来像が5体安置されていました。
今日は東海道歩き初の峠越えに挑戦しますから、旅の安全を祈願しました。 -
ここの如来像は五智如来像と言われるのもで、「江戸時代、田中城主のお姫様は上手く話が出来ず殿様と奥方様の大きな悩みであった。そこで誓願寺にある阿弥陀さまにお願いすると良いと教わり願掛けを続けたところ、お姫様は自由に口がきけるようになり、数年後には立派な大名の許へ嫁いだ」という言い伝えがあるそうです。
以前は誓願寺の境内にあったが、寺が移転したため現在の場所に移されたとのこと。 -
上を見上げると案内表示あり。
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案内表示のとおり進む。
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静岡市内で見た緑の東海道案内。
岡部宿内にもありました。
岡部は藤枝市ですが。。
常夜灯を左折します。 -
昔の宿場町の面影を少し残していました。
ここで、橋を渡ります(写真真ん中)。
何も知らなければ気が付かず素通りしてしまうような、橋とはわからないような橋。 -
この橋とはわからない橋は「小野小町の姿見の橋」と言われる橋で、晩年に東国へ下る途中、岡部宿に宿泊し、この橋の川面に映った昔の面影を失ってしまった老いの身を嘆き悲しんだということから名づけられた歴史ある橋なのです。
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小野小町といったら絶世の美女。
今は美容整形やら医療やら化粧品やらアンチエイジングの方法は色々ありますが、当時は何もなかったですからね。 -
ここは岡部宿
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問屋場跡
普通の民家の庭の前にありました。 -
岡部宿本陣跡
やはり本陣は門構えが立派。
身分の違いを見せつけています。 -
大旅籠柏屋
宇津ノ谷峠と並んで岡部宿の見どころスポット。
岡部宿本陣跡の隣にあります。
登録有形文化財に指定されています。大旅籠柏屋歴史資料館 美術館・博物館
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大旅籠だから、旅籠の中でもランクが高いのかな。
造りが立派ですし。
少し来た時間が早すぎたようでした。
スタッフが営業準備中でした。 -
まだ一度も中に入ったことはありませんが、当時の様子がそのまま残されていて、評判がよく面白そうです。
またの機会に行ってみようと思います。 -
カフェがあったりお土産なんかも売っているようです。
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東海道歩きはまだ少ししか歩けていませんが、静岡県内を制覇するだけで東海道の半分近く歩くことになりそうです。
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丸子宿を目指しますが、8キロ先か。。
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親切な東海道案内。
これがあると歩いている側は安心できますね。 -
笠懸の松
行ってみよう。 -
平安時代末期の歌人西行とその弟子の西住に起こった悲しい物語の舞台となった場所。
弟子の西住が、この地で病に倒れた時に、笠に辞世の句を書き、松に懸け亡くなったと言われ、後日西行がこの笠を見て弔歌を残したと伝えれられている。
解説文を読むと西住は正義感の強い人だったのかな。
実はこの案内板から山へ登る階段があったのですが、そこを上ったところに「笠懸の松」があるようです。。そうだったのか、、案内板見て満足していました。。 -
案内板がとても親切。
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桝形跡
本陣めがけて敵がたやすく侵入できないように宿場の出入り口に設けたもの。 -
案内によると、ここは道が直角に折れ曲がっているとのことですが、どこにでもありそうな。。撮影ポイントがずれているのかな。
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十石坂観音堂
案内によると、入母屋造りの瓦葺の観音堂で、指定文化財にもなっているようなので見てみようと思います。 -
中に入ろうと思ったら「ハチに注意」の札が。。
怖いので近寄るのはやめて、入口からの撮影で止めておきます。 -
東海道岡部宿案内板
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懐かしのホーロー看板!
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国道1号線バイパス通りにある岡部側の道の駅でトイレ休憩。
この先、東海道の難所の一つである宇津ノ谷峠に向かいます。
ここから色んなハイキングコースがありますが、私は旧東海道を通って静岡市へ出るコースを歩きます。道の駅宇津ノ谷峠 (藤枝市) 道の駅
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宇津ノ谷峠は、明治、大正、昭和、平成と4世代のトンネルが残る(全て通行可能)とても珍しい場所のようです。
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雑草に隠れている。。
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矢印に沿って右方向へ。
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さて、ここから静岡市へ徒歩で向かうコースは①明治のトンネルを通る ②明治のトンネルの上を通る旧東海道のコース(峠越え)③平安時代の古道「つたの細道」を通る の主に3つのコースがあります。
今回、私は②の旧東海道を通る峠越えのコースで行きたいと思います。
東海道歩きをしているのだから当然②のコースでしょう、ともっともらしいことを言ってみましたが、本当の理由は「明治のトンネルを絶対に通りたくないから」なのです。
「明治のトンネル」は、明治9年(1876年)に開通した日本初の有料トンネル。レンガ造りのトンネルで平成9年に国の登録有形文化財にも指定された貴重な文化財でもあるトンネルです。東海道歩きのブログ等を見ると、この明治のトンネルを通っている人たちが多いように思います。
そんな素晴らしいトンネルなんですが、地元では昔から心霊スポットとして有名な場所で、「おばけトンネル」とも言われています。このトンネルで誰か死亡したという話はないようですが、子供の頃に植え付けられた恐怖心はそう簡単に消えることはありません。なので、絶対にこのトンネルだけは避けたいし、東海道歩きを決めた時も、いつかこの峠を越えなければいけないけど、どうやって越えようとずっと悶々と考えていました。
あと「つたの細道」という平安時代からの古道もありますが、ハイキングに慣れた人向けのようです。となると消去法で、②ということになります。
この宇津ノ谷峠を越える難易度は、①の明治のトンネルが一番楽で、③のつたの細道が一番大変です。 -
坂下地蔵堂
ここで、おじいさんに「歩くのが早いねぇ」と声をかけられました。
実はこのおじいさんは、ホーロー看板があった場所の少し先を歩いていたんですが、途中で私が追い越し、私が道の駅でトイレ休憩をしている間に先を歩いていたようで、再び私がここで追いついたというわけです。
おじいさん、毎日、ここの延命地蔵堂まで来てお参りしているのかな。 -
旧東海道(別名 大名街道)
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ここで旧東海道は左手に沿って山道へ、つたの細道は右手へ。
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さて広重の浮世絵と比べてみてみようと思います。
広重の岡部宿は、この旧東海道とつたの細道の追分を描いたと言われているので、ちょうどこの場所なんじゃないかと思います。
まあ、似ているといえば似ている。
ですが、よく見るとなんとなくおかしい気もする。
まず山の位置が左右逆だと思う。
川はあったかな?記憶にはないですが、今は道が舗装されてわかりにくいけど、当時はこんな風にあったのかもしれない。
それと先に見える集落は、峠を越えた先にある宇津ノ谷集落を描いたものだとか。
前回の蒲原宿は明らかにおかしいですが、ここは許容範囲内かなあぁ。
これからは浮世絵と比較しながら、「広重が東海道を実際に歩いたのか」を私なりに検証していきたいと思います。 -
山の中へ入ります。
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わわわ!初めての山道です!
歩きやすいですが体力が必要です by yayoさん東海道 宇津ノ谷峠越 名所・史跡
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山道だけど、ハイキングコースとして整備されているので思ったより全然あるきやすい。
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蘿経記念跡
つたの細道を讃えたもの。
現在は坂下地蔵堂に移設されているとのこと。 -
今歩いている旧東海道ですが、時代は豊臣秀吉の頃にさかのぼります。
この宇津ノ谷峠を越えるにあたり、一番古い道は、平安時代からあった「つたの細道」です。伊勢物語にも記載がある古道です。 -
その後天正18年(1590)、豊臣秀吉が小田原征伐の際に、スムーズに進軍させるために、つたの細道とは別の道を整備したのが今歩いている道。その後、徳川家康の時代になってから旧東海道として整備されたようです。
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ハイキングコースとして整備はされていますが、景色は昔と変わらないかもしれません。
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髭題目碑
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奥にあるのがそれかな。
近くまで行って見ていませんが、碑の正面に「南無妙法蓮華経」の題目が筆端を髭のようにはねて書く書体で刻まれているとか。
髭題目碑は日蓮宗の信仰が盛んな地域ではよくみられるが、この辺りではとても珍しいものだ、と説明書きにはありました。 -
かなり上まで登ってきたと思います。
足が重くなってきました。
呼吸も苦しくなってきた。 -
それにしても誰もいない。。
山を登ってしばらくして、反対側から来た男性とすれ違っただけ。
道の駅ではこれからハイキングをする人を結構見かけましたが、旧東海道を歩く人は少ないのだろうか。。
静寂ってまさにこういうことを言うんだなぁと思いましたが、人があまりにもいないのは少し不安にも感じます。。 -
案内板で現在地を確認。
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矢印に沿って。
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この道は舗装されていましたが、道路には落ち葉がたくさん落ちていて、ぱっと見は舗装道路とはわかりにくかったです。
そして前日は雨のため、少し滑りやすくなっていたので注意して歩きました。 -
ブレブレの写真。
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旧東海道入口の案内に沿って。
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まだ登るのか、、
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こんな山道を歩いたのは何年ぶりでしょうか。。
いや何十年ぶりかも。。。
トレイルランニングってこういう山道を走るのかな。 -
光が見えてきた。
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手作り看板。
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これも手作りの標識。
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ここから下り坂。
先程の手作り案内標識付近が頂上なのかなぁ。 -
地蔵堂跡
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前日の雨で滑りやすくなっている。
下りも注意して歩きます。 -
地蔵堂跡の石垣
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これですね!
地蔵堂を建てるために石垣を作ったとか。 -
登りも傾斜がありましたが、その分下りも傾斜があるので、すってんころりんしないように注意しながら歩きます。
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階段
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説明書きによると、「この辺りは明治43年8月に起きた集中豪雨による山崩れのため、地形が大きく変わってしまったところです。階段は整備に伴い便宜的に設けたもので、江戸時代には今より山側上方を、幅2間(約3.6キロ)の道が通っていました」とあります。
地形が変わるほどの集中豪雨って災害級の豪雨だったのでしょうか。 -
先に進みます。
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今まで山の中でしたが、ここは見晴らしのよい景観。
便利な世の中になりましたが、この景色は昔も今も変わらないと思います。
当時の旅人は、この景色を見て何を思ったのかな。 -
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先へ進みます。
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先程の景観から程なくしてゴール。
山道は歩きなれていない私にとって中々手応えのあるものでしたが、終わってみればあっという間でした。
これなら、またの機会につたの細道の方も歩いてみたいと思いました。 -
東海道歩き初の峠越えでしたが無事歩くことが出来て、今回は今までにない達成感がありました。
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峠を越えると、まるで昔にタイムスリップしたかのような集落があります。
宇津ノ谷集落 名所・史跡
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階段を降りて反対側からも撮影。
「蕎麦処きしがみ」の案内板がありますが、ここのそばが美味しいという口コミをよく見かけます。
またの機会に立ち寄ってみたいです。 -
お羽織屋
豊臣秀吉のお羽織が所蔵されている。
天正18年(1590)、豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めたとき、ここで休息し、その際ここの先祖が、秀吉に馬の沓を献上し戦陣の勝利を示すような縁起の良い話をしたので、秀吉が帰りに立ち寄って与えたお羽織が所蔵されているとのこと。お羽織屋 美術館・博物館
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拝見中止ですって。
残念! -
本当に風情ある街並みです。
観光地化されず自然の形で残っているのも◎。
この先もこのままの姿であってほしいですね。 -
ここは見事な紅葉!
でも全体的に紅葉の見頃はまだ少し先なのかな、という印象でした。 -
このように屋号が掲げられた家が何軒かありました。
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川の水が奇麗。
川の流れる音も心地よいです。 -
交通の難所、宇津ノ谷峠の説明書き。
蔦の細道は平安時代、先程通ってきたのが江戸時代に交通の要所として整備された旧東海道。
そして明治時代になると交通量の増大により、宇津ノ谷峠にトンネルが掘削され「明治のトンネル」が開通されたのです。
さらなる交通量の増大により、明治のトンネルだけでは耐えられなくなり、大正15年(1926年)、新たなトンネルの建設が開始され、昭和5年に開通しました。工事の着工が大正時代だから「大正トンネル」と言われていますが、昭和第一トンネルとも言われているようです。大正トンネルは少し離れたところにあるようですね。 -
ここは宇津ノ谷。
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宇津ノ谷集落に別れを告げて、先へ進みます。
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歩道橋を渡ります。
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歩道橋の上から見た眺め。先ほどの景色と打って変わって現代の姿です。
この写真では交通量は少ないですが、朝の通勤時間帯は渋滞が発生するほどとても混雑します。だからこの区間を通る人は電車通勤通学の人が多いです。 -
歩道橋を降りたところ。
手前に見える国道1号線バイパスの下り線は平成10年開通の平成トンネル。
奥のトンネルは国道1号線バイパスの上り線で、昭和34年開通の昭和第2トンネル。
車は、この昭和第2トンネルと平成トンネルを走ります。
今回はその上の峠を歩いて越えてきたんだと思うと、本当に旅人になった気分がしました。 -
道の駅(静岡側)
道の駅 宇津ノ谷峠 下り 道の駅
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こんなところに一里塚跡が!
雑草に埋もれてますけど。。
偶然発見しました。
これでは普通は気が付かないと思う。 -
先程の一里塚はこの「逆川歩道橋」にありました。
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大きな金ピカの観音像。
仏壇のお店のようです。 -
今度は「赤目ヶ谷おはやし歩道橋」を渡る。
この辺りは、旧東海道を実直に歩くのであれば何度か歩道橋を渡って反対側の道を行ったりきたりするようですが、その間に特に見どころはなさそうなので、面倒であればそのまま国道1号線バイパスに沿って歩いてもいいかもしれません。 -
先程の大きな観音像と同じ目線。
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名残の松
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丸子裸弁財天
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起樹天満宮
ここの銀杏が見頃で奇麗でした。 -
丸子紅茶
日本の紅茶発祥の地とのこと。
驚いたのがこの先3軒並んでラブホがあったこと。。
そのすぐ近くにも最近新しくできたラブホがありました。
ここ、旧東海道ですよ、、この辺りは江戸時代に遊郭があった場所ではないと思うのですが。
特に丸子宿は歴史的な見どころが多く残っているので、子供たちが学校の授業の一環で歩いたりすることがありそうですが、この道はあえて通らないようにしているのかな。。
立地的にはいいのかもしれませんが、ちょっと驚き。。 -
雰囲気のある建物
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カフェ&ギャラリー夢想庵
喫茶店でしょうか。何のギャラリーなのかな。 -
何かそれらしきものを発見。
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高札場でした!
高札場跡ではなくそのもののようです。
内容を確認してみましょう。 -
定(忠孝奨励諸法度)
1 忠義や孝行を奨励し、夫婦兄弟諸親族は睦まじく召使の者(手代、使用人)にも情愛を加える事。もし不忠義や不幸する者には重い罪とする。
1 何事も贅沢してはいけない。住家、衣服、飲食等まで倹約を守る事
1 悪心をもっていつはり又は無理な言いがかり又は自分の欲のために人の害になる事はするな。すべて家事のために励む事
1 盗賊(盗人)悪党者は奉行所へ訴え出ること。その時はごほうびをくださる事
附 賭博は堅く禁止すること
1 喧嘩、口論は停止する。自然(万一)喧嘩があっても其場へみだりに出向かず、又は手負い(けが人)たる者を隠し置かない事
1 死罪を行う時は、呼び出される者以外は集まってはいけない。
1 人身売買は堅く停止せしむ。並びに「年季奉公」に召使、下人を雇うときは、男女共に十年とする事。その定年数を過ぎれば重い罪とする。
附 譜代の家人又は其の所に往来する者は他所へ相超し在付妻子をも所持せしむ、其の上科なき者を呼び返さない事
右の条々相守るべく、若し違反する者には厳しく処分するので申し出るものなり。
天和2年5月 奉行
これ、質素倹約をするように言っているから徳川綱吉の時代のものかなぁ。 -
定(宿駅諸法度)
1 御朱印御伝馬人数は御書付の外多く出さない事
1 伝馬並びに駄賃の荷物は、一駄について40貫目、人足の荷物は一人にいて5貫目に限る事
1 丸子より府中までの駄賃銭は1駄について47文。乗懸け荷は人と共に前と同じ、荷物なくして乗るらば31文。人足賃は一人にて24文。岡部へ79文、荷なしに相乗は51文、人足賃は40文。但し、夜通し急ぎ相通る者は、荷物なしに乗っても夜の分は一駄荷を積んだ駄賃銭をとる事
附 5貫目までの乗懸け荷物は、荷物なしに乗る駄賃銭同前たるべし、それより重い荷物は本駄賃銭を取るべき事
1 人馬の賃金はお定めの外に増銭を取る者ありては籠舎(牢屋)せしむべし。並びにその町の問屋年寄りに過料として鳥目(銭の異称)、5貫文ずつ、人馬役の者には、家一軒は100文ずつ出すべき事
1 御傅馬駄賃の荷物は、其の町の馬残らず之を出すべし。もし駄賃馬多く必要な時は村々から雇い荷物遅くならないようない様に、風雨に節もこれを出すべし。往還の輩、仔細無くして理不尽を申し掛けるにおいては、越度たるべし。又往還のものに対し非分なることあれば曲事(違法)たるべし。
1 道中の次人足次馬の員数は、たとへ国持ち大名たりといえとも、家中共に東海道は一日に50人50足疋えを過ぎるべからず。このほかに伝馬道は25人25疋に限るべし。
但し、江戸、京、大阪は格別たるべし。勿論道中において人馬共に追い返すべからざる事
附 泊々にて木賃は主人12文、召仕の者一人には6文これを取るべし。馬1疋も12文たるべき事
1 乗物1丁に次人足6人、山乗物は4人にてお定めの人足賃これを取り、相送る長持一棹は、30貫目を限るべし。それより重き荷物は持ち運ぶべからず。人足1人に5貫目の荷積みにて、10貫目は人足6人、それより軽い荷物は貫目にしたがい人数を減少をすべし。この他いずれの荷物もこれに准ずべき事
右條々相守るべき、この旨若し相背くに於いては、速やかに厳料に処せられるべきもの也。よって下知くだんのごとし。
天和2年5月 奉行 -
條々(毒薬にせ金等禁制)
1 にせ金銀の売買は一切停止すべし、自然持ち来るは両替屋において打ちつぶして其の主に返すべきなり。並びに外しの金銀、にせの金銀は金座銀座で改めるべき事
附 にせ物するべからず
1 寛永の新銭は金子一両につき4貫目。勿論一歩いは一貫目、御料、私領共に年貢収納等にも御定の員数とすること
1 新銭はいずれの所にても御免(許可)なくして鋳出するべからず。若し違反の輩あれば罪科にすべき事
附 悪銭・偽銭・古銭この他選ぶべからず事
1 新作の確かでない書物を商売いたすべからず事
1 色々な商売で一か所に買い占め、売り惜しみ或いは申し合わせて高値にいたすべからず事
1 あらゆる職人は申し合わせて作料・手間賃等を高値にするべからず。すべて契約をする、徒党(談合)するは曲事(違反)
右の條々相守るべく、この旨もし違反の者あれば厳料に処せられるべき也 よって下知くだんのごとし。
天和2年5月 奉行
今も昔もこの手の犯罪は変わらないですね。 -
丁子屋まで来ました。
やはり人が並んでいる。
今回は別のお店でとろろ汁をいただこう。
この時午前10時50分。 -
細川幽斎公記念碑
歌人で戦国武将である細川幽斎が豊臣秀吉の小田原攻めに従軍し、ここを通った際に読んだとされる歌が刻まれている。
秀吉が小田原征伐の際に開いた宇津ノ谷峠の道、途中立ち寄った宇津ノ谷集落にあるお羽織屋、色々繋がってきました。
そのルートを通ってきたのかと思うと感慨深いです。 -
とろろ汁は丁子屋だけではありません。
実は丁子屋の隣にも「一松庵」というとろろ汁のお店があります。
こちらは昭和からの営業のようですが、「丁子屋が混雑していたので隣に来た」という口コミをよく見かけます。
今日はこちらでとろろ汁をいただこうという計画でした。
しかし、、営業中の札が出ているのに受付には誰もいない。
奥でフタッフが忙しそうにしている模様。
玄関の入口には、スリッパがたくさん並んでいました。
おおよそ20足くらい?
すると大型観光バス1台がやってきて、ぞろぞろとお客さんがやってきました。
今日はこの団体さんの接客に忙しいのでしょうか、まあ、お店側にしたら嬉しいお客さんですよね。
それにこの時は、コロナ第3波で患者数も増え大人数での会食を控えるように騒がれていた時期。このお店はやめようと思いました。
丸子には他にもとろろ汁を食べることができるお店が何軒かあるので、他を探してみることにしました。 -
少し離れたところに駿府匠宿というところがあって、その周辺にも古民家を改築したお店やカフェが色々あります。この辺りでお店を探してみようと思います。
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満里古茶屋
ここでもとろろ汁がいただけるようです。ここのとろろ汁もおすすめ by yayoさん満里古茶屋 グルメ・レストラン
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ちょうど店主が暖簾を掛けているところだったので、聞いてみたらOKでした。
というわけで今日のお店はこちらに決まり♪ -
まだ営業時間が始まったばかりで、お客さんは誰もおらず「お好きな席へどうぞ」と言われたので、囲炉裏のあるこの席にしました。
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おしながきを拝見
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迷わず「麦とろ定食」(1300円)を注文しました。
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こちらのとろろ汁も美味しい♪
丁子屋より味がしっかりして粘り気がある。
とろろ汁の量が多く、ご飯もちょうどいい量。
それにおかずがあるのが嬉しい。
煮物も味がしみ込んでいて美味しかったです。
丁子屋も良かったですが、ご飯の量がめちゃくちゃ多くて炭水化物の取り過ぎだと思いました。江戸時代はそれでよかったかもしれませんが、現代人はこういうバランスの取れた食事の方がいいですね。
もちろん歴史的な雰囲気を感じるなら丁子屋ですが、とろろ汁を食べるだけで良ければこちらのお店で十分かな。
静かで雰囲気もよく家庭的な感じでした。接客もいいと思います。
今日の東海道歩きはこれでおしまい。
東海道にはいくつか峠越えがありますが、今回はその一つを初めて挑戦しました。
中々手応えのある道でしたが、ハイキングコースになっていて整備されているので現代人にとっては歩きやすくはなっています。しかし、当時はとても歩きづらかったのでは?しかも庶民はきっと草履ですよね。
今まで平坦な道ばかり歩いていましたが、今回は途中に山道もあり、変化に富んでいたのであっという間に感じました。そして峠を歩いた達成感がありました。
しかし、2日後あたりから太ももの付け根に筋肉痛が。。
いい運動にはなったようです。
岡部宿→丸子宿 約8キロ
東海道500キロのうち61キロ制覇
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東海道五十三次
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沼津
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清水
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寸又峡温泉
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静岡市(葵区・駿河区)
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清水
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藤枝・岡部
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東海道五十三次を歩く旅☆其の九☆掛川宿→日坂宿☆秋の事任八幡宮を訪ねて
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掛川
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浜松
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豊橋・豊川・渥美半島
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