2021/01/31 - 2021/01/31
127位(同エリア533件中)
yayoさん
東海道五十三次を歩く旅、今回は静岡県から愛知県へ、初めて徒歩で県境を跨ぎました。
其の一 沼津宿→三島宿(令和2年9月20日)
https://4travel.jp/travelogue/11647168
其の二 興津宿→江尻宿(令和2年9月22日)
https://4travel.jp/travelogue/11647728
其の三 金谷宿→島田宿(令和2年9月27日)
https://4travel.jp/travelogue/11649087
其の四 江尻宿→府中宿(令和2年10月3日)
https://4travel.jp/travelogue/11650364
其の五 府中宿→丸子宿(令和2年10月24日)
https://4travel.jp/travelogue/11655254
其の六 蒲原宿→由比宿(令和2年11月1日)
https://4travel.jp/travelogue/11657170
其の七 浜松宿→見付宿(令和2年10月11日)
https://4travel.jp/travelogue/11652275
其の八 岡部宿→丸子宿(令和2年11月21日)
https://4travel.jp/travelogue/11661991
其の九 掛川宿→日坂宿(令和2年11月23日)
https://4travel.jp/travelogue/11662585
其の十 舞阪宿→浜松宿(令和2年12月6日)
https://4travel.jp/travelogue/11665577
其の十一 神奈川宿→保土ヶ谷宿(令和2年12月12日)
https://4travel.jp/travelogue/11666720
其の十二 平塚宿→藤沢宿(令和2年12月19日)
https://4travel.jp/travelogue/11667982
其の十三 鳴海宿→知立宿(令和2年12月27日)
https://4travel.jp/travelogue/11669280
其の十四 興津宿→由比宿(令和2年12月29日)
https://4travel.jp/travelogue/11669604
其の十五 鳴海宿→宮宿(令和3年1月3日)
https://4travel.jp/travelogue/11670794
其の十六 蒲原宿→吉原宿(令和3年1月9日)
https://4travel.jp/travelogue/11671814
其の十七 掛川宿→袋井宿→見付宿(令和3年1月11日)
https://4travel.jp/travelogue/11672159
其の十八 吉原宿→原宿→沼津宿(令和3年1月17日)
https://4travel.jp/travelogue/11673211
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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午前8時51分、JR新居町駅スタート。
新居宿から白須賀宿、さらに愛知県の二川宿まで歩く予定です。
というのは、白須賀宿のアクセスが非常に悪く、バスは一日に2本程度とかそんな感じ。冬場ですし、合計で13キロくらいなので一気に歩いてしまおうと思いました。
今回の旅は、JR東海発行の「休日乗り放題きっぷ」を使うことにしました。
「休日乗り放題きっぷ」とは、JR東海道本線の熱海駅~豊橋駅、JR御殿場線の国府津駅~沼津駅、JR身延線の富士駅から甲府駅の間で使用できる切符です。
途中下車自由、休日なので、土日、祝日の利用で、当日限り有効です。
値段は2720円。
今回私は、行きは新居町駅で降りて、帰りは二川駅から乗車予定だったので、この切符を使うことが出来ます。本来であれば、2860円かかるところ、2720円で行けちゃいます。といっても、たった140円浮くだけですが笑
これから遠方区間が増えてくると思うので、特に愛知県エリアで上手に使っていきたいと思います。新居町駅 駅
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ここは静岡県湖西市。
静岡県の最も西に位置する市町です。 -
途中の橋には、広重の新居宿の浮世絵がありました。
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湖西市のマンホールのデザイン
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しばらく歩くと、新居関所資料館がありました。
現在、東海道の中で関所が残っているのは、箱根とここ新居のみ。
箱根の関所は復元されたものですが、新居の関所は当時の建物がそのまま残っていて、全国でもここだけのようです。
見学したいところですが、今回は先を急いでいるので、次回の東海道歩きの時にゆっくり見学したいと思います。新居関所史料館 美術館・博物館
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関所の門も威厳がありますね。
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高札場です!
復元されたもののようですが、内容は次回またゆっくり確認したいと思います。
今回は写真だけ。 -
あと引き製菓
関所の並びにあります。
大正時代創業で、建物の雰囲気もいいですね。
「あと引きせんべい」という煎餅が有名らしいので、入ってみましょう。あと引き製菓 グルメ・レストラン
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煎餅といっても普通の煎餅ではなく、イタリア菓子のビスコッティのような固焼きのお菓子です。
味は、生姜、胡麻、青のり、落花生とバラエティに富んでいて、大きさや形が味によって違い、見た目にも面白い。素朴なお菓子ですが、ファンも多いようです。
これ、私的にはヒットです♪
堅さがあるので、一気に食べることはできませんが、止められない止まらない危険なお菓子です。
職人さんの手作業の工程が、ガラス越しに見ることが出来ました。
一番小さいサイズで320円。ジッパー入りのものもあり、そちらの方が20円程お高い。 -
関所の反対側に旅籠がありました。
こちらも次回改めて見学しようと思います。
今回は外観のみ。旅籠紀伊国屋資料館 名所・史跡
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飯田武兵衛本陣跡
小浜、桑名、岸和田藩などが利用していたようです。 -
東海道案内板
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疋田八郎兵衛本陣跡
吉田藩のほか、徳川御三家などが利用していたそう。
空き地ですが。。 -
寄馬跡
江戸時代の宿場には公用荷物や公用旅行者のために人馬を提供する義務があり、東海道の宿場では常に100人の人足と百匹の馬を用意したそう。しかし、交通量が多いときには助郷制度といって、近在の村々から人馬を寄せ集めて不足を補った。
この場所は、寄せ集められた人馬のたまり場になったところだという。
へぇ~! -
いさごや
ここのオリジナルデザインが刻印されたどら焼きが美味しいという噂なので、立ち寄ってみました。
噂通り、美味しい~♪♪♪
粒あんにマーガリンが少し入っているようです。
これはオススメのどら焼きです!
他に「かたやきパン」を購入しましたが、こちらもパンとクッキーの間のような食感で昔懐かしい素朴な味で美味しかったです。
以前、新居町に来たときは「何もない」と思いましたが、美味しい和菓子屋さんがたくさんあるではないですか!他に2軒ほどチェックしていた和菓子屋さんがあるのですが、開店時間にはまだ早かったようなので次回にまわします。いさごや グルメ・レストラン
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棒鼻跡
ここは新居宿の西境で、一度に大勢の人が通行できないように土塁が突き出て桝形をなしていたそう。棒鼻とは、駕籠の棒先の意味があるが、大名行列が宿場へ入るとき、この場所で先頭(棒先)を変えたので、棒鼻と呼ぶようになったともいわれているそう。へぇ~!
ところで隣に「平太郎」というお店がありますが、鯛焼きが美味しくて有名なんだそう。開店時間には早すぎたようです。 -
東海道案内板
湖西市橋本 -
東海道案内板
紅葉寺跡 -
しばらく松並木が続きます。
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立場跡
ここは新居宿と白須賀宿の間に位置している。 -
高札場跡
うっかり見逃してしまいそうな場所にありました。 -
新居宿は過ぎ、次の白須賀宿に入ったようです。
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潮見坂
写真ではその傾斜がわかりにくいですが、ここから心臓破りの坂道を登っていくことになります。めちゃくちゃ足にきました。かなりきつい坂です。 -
視界が開けたところから、遠州灘が奇麗に見えました。
きつい坂道を上った先に、こういう景色があると嬉しい♪ -
あけぼの食堂
少し東海道から外れて国道42号線沿いにある、こちらの食堂にて、少し時間は早いですが、本日のランチです(午前10時20分)。あけぼの食堂 グルメ・レストラン
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昭和な雰囲気の食堂ですが、とても評判がいいようなので、今回立ち寄ってみることにしました。色んな定食があり、特にドライバーやサーファーの利用が多い模様。
どれも美味しそうですが、海に近いですから魚料理がイチオシらしく、焼き魚定食が人気があるようなのでそれにしました。
魚の種類は3種類から選べて、店員さんが「塩サバが人気でオススメ」ということなので、塩サバを選びました。ちなみに魚の値段は時価で、この日の塩サバ定食は1260円でした。 -
サバはとても脂がのっていています♪
しかもサバの臭みは全くなく、新鮮で塩味であっさり、サバそのものの美味しさを味わうことが出来ました。 -
味噌汁は貝汁(あさり)でした。
こちらもあさりの出汁が効いていて美味しい。
全体的に薄味で、素材そのものの美味しさを味わうことができました。
普段使いしたいお店ですね。
ただ、店員のお姉様は愛想がよく接客も良かったのですが、香水?化粧品?の臭いがきついのが気になり、それさえなければ本当に良かったのですが。。。 -
再び潮見坂を登ります。
ところでこの潮見坂ですが、東海道屈指の景勝地として数々の紀行文などにその風景が記されているとのこと。西国から江戸への道程では、初めて太平洋の大海原や富士山をみることができる場所として旅人の詩情をくすぐった地だったようです。 -
おんやど白須賀
白須賀宿の歴史文化を紹介しているようです。
旅人の交流休憩施設にもなっているみたいです。おんやど白須賀 美術館・博物館
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白須賀宿マップ
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「いかのおすし」の合言葉(笑)
近くに小学校がありましたが、日本語の他にポルトガル語表記もありました。
ブラジル人が多いかもしれません。 -
東海道案内板
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ここは「潮見晴嵐」という場所で、遠江八景の一つに選ばれているらしい。
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それでは展望台があったので、景色を眺めてみましょう。
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いい眺め♪
この景色は今も昔も変わらないのかもしれません。 -
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曲尺手(かねんて)
曲尺手とは、直角に曲げられた道のことで、宿場の出入り口などに造られていたもの。敵の侵入を阻む軍事的な役割を持つほか、参勤交代の際に大名行列同士が、道中からかち合わないようにする役割を持っていたそう。
江戸時代、格式の違う大名がすれ違うときは、格式の低い大名が駕籠から降りてあいさつするしきたりだった。しかし主君を駕籠から降ろすことは、行列を指揮する供頭にとっては一番の失態。そこで、斥候(せっこう)と呼ばれる下見役に曲尺手の先を下見させ、行列がかち合いそうなときは、格式の低い方の大名一行は休憩を装い、最寄りのお寺に急遽立ち寄ったそうです。
へぇ~!
桝形と曲尺手は違うのかな。桝形は敵の侵入を防ぐのが目的で、曲尺手はそれと大名同士がかち合うことを防ぐことも目的ってことかな。 -
直角に曲げられているように見える。
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大村本陣跡
江戸時代、白須賀宿の本陣として栄えたそう。
今は全く面影がありませんが。。 -
東海道案内板
問屋場跡 -
火除地と火防樹
白須賀宿は当初、潮見坂の下にあったようですが、津波の被害を恐れ、その後、高台の上に移動したそうです。移転後、津波の心配はなくなりましたが、今度は冬場に西風が強く吹き、度々火災が発生し、大火となることが多かったようです。そこで、火事を食い止めるために土の壁がつくられ、その壁の上に火に強いマキの木が10本程度植えられた。それがこの火除地と火防樹なのです。かつては宿場内にいくつか火除地がありましたが、現存するのはここのみ。 -
東海道案内板
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こんなところにひっそりと高札場跡
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いよいよ愛知県に突入です!
午前11時32分
次の信号機を右折し、しばらく国道1号線を歩くことになります。 -
一里塚の案内がありましたが、どれが一里塚でしょうか。草に埋もれてわかりませんでした。
ところで国道1号線を歩いていますが、周りにお店などの建物はほとんどなく、広大な敷地に広がるキャベツ畑と遠くに見える山々を見ながら、そんな道をただひたすら黙々と3キロ近く歩くことになります。しかもこの日は強風の向かい風。。建物がないから余計、風が強く感じて結構つらかったです。。 -
ようやくファミリーマートまで辿り着きました。
午後12時9分。
コンビニなんて当たり前の存在ですが、今回ようやく見つけたコンビニが、どれだけありがたく感じたか。。ここでコーヒーブレイク、と思いましたが、次の二川まであと少しのようなので、あともうひと踏ん張り、頑張って歩こうと思います。
ところでこの近くにブラックサンダーの工場があるようで、直営店もあるらしく気になりましたが、今回は余裕がないのでパス。 -
豊橋市のマンホールのデザイン。
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二川宿の案内!
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確か新幹線からも見えたと記憶していますが、スリランカのシギリアロック風なあの岩は何でしょう。
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商家 駒屋
この辺りは昔ながらの建物が残っていて、雰囲気ある街並みでした。商家 駒屋 名所・史跡
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正面からではなく路地裏から入ってみたくなって、こちらの入口から入ってみることに。
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コーヒーが飲みたくて仕方なかったので、こちらのカフェで一服することに。
午後12時34分 -
大正時代建築の土蔵のようです。
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オススメというわらび餅とコーヒーで小休憩。
わらび餅は200円という安さ!量も味も文句なしです。
他のドリンクやケーキ類も安く、穴場なカフェだと思いました。
ランチメニューもあり、ここでランチでも良かったかな、と思いましたが、まさかこんなに早く二川に到着するとは思っていませんでしたので。。
店内はモダンジャズがながれていて、リノベーションした蔵とジャズの組み合わせって素敵♪ とても落ち着いた雰囲気で、店内を見渡すと全員女性客でした。 -
外にもカフェスペースがありました。
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手筒花火は、豊橋は発祥の地なんだそう。
最初に歩いてきた新居でも有名ですね。 -
建物を建築中の土地の一角に、東問屋場跡。
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脇本陣跡
脇本陣は本陣の利用が重なった場合、その補助的な役割を果たしていた。
格式は本陣に次ぐもので、本陣と同じく経営は宿場の有力者があたっており、二川宿の脇本陣は松坂家がつとめていたそう。 -
二川宿本陣資料館へ
豊橋市二川宿本陣資料館 美術館・博物館
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東海道の中で現存する本陣は2箇所あって、その一つがここ二川の本陣です。
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二川宿は東海道五十三次33番目の宿場。
入館料は、大人400円です。
ここで、先程立ち寄った商家「駒屋」の蔵カフェでの飲食100円引きのチケットを頂きました。。あちゃ~(>_<)、こちらを先に見学するべきでした。。 -
先ずは資料館から見学しましょう。
ちょうどひなまつりのイベントで、たくさんのお雛様が飾られていました。二川宿本陣まつり ひなまつり 祭り・イベント
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全国に残る本陣・脇本陣・旅籠屋。
こう見ると、とても少ないですね。
岡部宿の柏屋や島田宿の川越遺跡は見ておくべきだったようです。
いつでも行けるので、またの機会に改めて行ってみようと思います。 -
乗物
本物ですよね??
凄い!お殿様とかお姫様専用ですよね、きっと。 -
飛脚
今でいうなら「郵便」や「宅急便」に当たります。
飛脚の種類はいくつかあって、継飛脚、大名飛脚、町飛脚などがありました。
その中でも、幕府公用の手紙・文書などを運ぶ継飛脚が最も重要で、宿場の大切な仕事の一つだったようです。
町飛脚というのが、現代の一般人の郵便、宅配に近いのでしょうか。当時は、江戸から大阪で6日かかったようです。浮世絵を見ると、本当に走ってますね!当時はトラックなんかないですものね。。 -
写真の入れ物が、幕府の文書を入れていたカバン?袋だったようです。
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人馬の使用料金について
宿場の人足や馬を使うのは、御朱印または御証文によって使用を許可された人が優先で、しかも無料でした。このほかの公用旅行者や大名行列などは幕府が決めた金額で雇うことができました。その料金は高札に書いて高札場に掲げてあったそうです。
一方、一般の旅行者や商人の荷物は話し合いで料金を決めましたが、問屋場を通じて雇うのが一般的だったようです。
江戸時代の人や荷物の運び方について
荷物は宿場から宿場へと順送りにリレーされ、運ばれていました。
宿場を飛ばして運ぶことは出来ず、宿場ごとの問屋場で人足や馬を交代し、荷物を付け替える必要があったのです。このような荷物の運搬方法を宿継というそうです。東海道では53の宿場で荷物を継ぎ送ったので東海道五十三次といわれたという。 -
問屋場
荷物を運ぶ仕事を取り仕切っていた場所が問屋場。
問屋場跡はよく見かけましたね。
宿場の一番大切な役目は、公用の荷物を運ぶことでした。そのために宿場では、一定の人足や馬をいつも用意しておかなければなりませんでした。東海道では人足100人・馬100疋と定められていました。それらの負担は伝馬役と呼ばれ、間口の大きさや石高によって宿場内の各家ごとに割り当てられていました。 -
それではお雛様を見学しましょう。
江戸時代のもの。
手前は安政時代(1854~1860)の三面相人形 -
文久4年(1864)の雛飾り
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明治初期の内裏雛
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御殿飾り
京都の御所や寝殿造りを模した御殿に小さめの内裏雛や三人官女などを飾った雛飾り。江戸時代後期から京都を中心とした上方でみられたが、江戸ではあまり飾られなかったそう。この地域では大正時代から飾られるようになったとか。昭和になると造りがさらに豪華になったそうです。 -
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小さくて可愛らしい♪
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享保雛
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昭和初期の御殿飾り
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大正時代の有職雛
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土びな(土人形)
江戸時代、ひなまつりや端午の節句など節句行事が広まると、土人形が全国各地で作られるようになった。安価で素朴な土人形は、昭和初期頃まで一般の人々に広く親しまれた。 -
段飾り
江戸時代の段飾りは、台にひな人形やお供えの餅や白酒を飾る程度だった。やがて内裏雛が立派で華やかなものになり、江戸時代中期には2、3段の雛壇が作られるようになった。江戸後期になると三人官女や五人囃子、雛道具も増え、裕福な商人や身分の高い武家の間で七段飾りも飾られるようになった。現在でもよく見られる段飾りはこのころ形式が整ったとか。 -
天神さま
天神さまとは平安時代の貴族「菅原道真」のこと。ひなまつりの時に、男の子の学業成就を願って天神さまの人形を飾る地域があるとか。
全部写真を撮っていたらきりがないので、一部しか撮影しませんでしたが、とても見応えがありました。時代によってひな人形の顔や飾り方が違いますし、また地域によっても色々あるんだなぁと、普段は見る機会のない貴重なものを拝見することができました。 -
次は本陣の隣にある旅籠「清明屋」を見学しましょう。
ミセの間
街道に面して板の間になっており、荷物置き場や帳場に使用されていた。
ここで旅人は草鞋を脱いで足を洗い、奥へ案内された。
足を洗わずそのまま上がってはいけないのですね。 -
旅籠屋と木賃宿について
旅籠とは庶民専用の宿ですが、1泊2食付きの宿場でした。
また旅籠には2種類あって、飯盛女という接客をする女性を置く飯盛旅籠屋と、飯盛女を置かない平旅籠屋がありました。
木賃宿とは、米などの食料を持参して薪を買い、自炊する形式の宿屋だった。今でいうとゲストハウスみたいな感じでしょうか。 -
左にあるのが「大和名所道中記」(江戸時代後期)で、地図を兼ねた旅籠屋の宣伝、金比羅、京都への出船、諸国への飛脚が毎日出るとの宣伝文句があるようです。全く読めませんが(笑)
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浪花講について
江戸時代の旅人は、旅籠屋で飯盛女を勧められたり、一人旅の宿泊を敬遠されるなど、不当な扱いを受ける場合があったそうです。
このため信頼できる旅籠屋や茶屋を指定し、快適な旅ができるように結成されたのが「講(こう)」で、現在の協定旅館組合にあたる。
大坂の松屋源助を発起人に結成された浪花講がその最初で、以降、東講(あずまこう)・三都講(さんとこう)などが相次いで結成された。二川宿では浪花講指定旅館に山家屋が、茶屋には大岩の万屋が指定されていた。
旅人は、講の看板を目印に旅籠屋を探し、鑑札を預けることによって、苦労なく快適な宿に泊まることができたそうです。 -
当時の講の看板が奥に飾られていますね。
今見学している「清明屋」は講には指定されていなかったのかな。 -
右下にあるのが、当時の浪花講定宿帳
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繋ぎの間
隣にある繋ぎ次の間などとともに客の宿泊に用いられた。
客の多い時は相部屋になることもあったとか。 -
奥座敷
主屋最奥部にあって、床の間と入側が付いた一番いい部屋。
他の部屋より一段高くなっており、本陣に宿泊があった時、上級の武士が宿泊したと考えられているそうです。 -
旅籠屋の食事
旅籠屋では晩と朝、二度の食事が出された。
煮物と魚の一汁二菜か、もう一品付く一汁三菜が多かったようです。
現代人から見たら、とても健康的な食事ですね。 -
上湯殿
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お風呂かな?
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これ、和式トイレですよね。。(笑)
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それでは本陣の方を見学しましょう。
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入口で「手筒花びな」が迎えてくれました。
これは、三河地方の伝統行事、手筒花火の打ち上げ後の空筒を再利用して作られたものだそうです。ご当地人形でしょうか。可愛いですね♪ -
板の間
板の間とは、大名行列などの長持・駕籠・両掛等の荷物置き場のこと。 -
中にあがると、豪華な吊るし雛!
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この時期は資料館だけではなく、本陣内でもたくさんのひな人形が豪華に飾られているようです。
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全部撮影したらきりがないので一部しか撮影していませんが、これでもか!というくらいのひな人形の数々。
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上段の間
上段の間は、大名などが宿泊休憩する部屋で、他の部屋より一段高くなっており、床の間・書院を備えた書院造となっていたそうです。 -
へぇ~、上段の間ってこうなっていたんですね。
以前東海道歩きの時に、上段の間がある家という看板を見かけましたが、なるほど、こんな感じでしたか。
格式高い、威厳を感じました。
思わず土下座したくなってしまいました、と思っている時点で、きっと私は前世も庶民に違いありません(笑) -
写真ブレブレですが、お風呂だったと思います。
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雪隠(せっちん)
トイレのこと。
こちらは大。 -
こちらは小。
ですが、水浸しになりますよね??
どういう仕組みになっているのかしら。。 -
庭園も立派です。
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再びひな人形コレクション。
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勝手
主屋造りの庭(土間)の西側は勝手と呼ばれ、本陣の主人・家族・使用人の居住する部分だった。この部分は本陣建物の中でも古く、宝暦3年(1753年)の建設とのこと。 -
今まで、本陣跡とか、本陣の門構えだけ残っている場所は色々ありましたが、このように当時の建物が現存している内部を見学をしたのは今回が初めてで、当時の様子を知ることができ興味深く拝見することが出来ました。
旅籠とは違い、本陣は身分の高い人が宿泊するわけですから、今でも威厳というかオーラを感じることができました。 -
奥にある蔵も少し見学してみましょう。
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借用証文
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表門再建棟札
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瓦
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玄関棟鬼瓦
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高札場復元
復元したもののようですが、達筆すぎて読めない。。
内容の読み下し文は、資料館の入口にあった模様。
内容は、人馬の駄賃やキリシタン禁止令などが掲げられていたそう。 -
西駒屋
東駒屋の分家で明治42年、味噌醤油醸造業を創業した。
この界隈は、吊るし雛を外に飾ってあるお宅が多かったように思います。 -
中原屋
雰囲気ある建物の和菓子屋さん。
笹麩もちが美味しくて有名とのことですが、伺った時には既に売り切れ。。
どら焼きとふくかさねというお菓子を購入しましたが、ふくかさねがとても美味しかった!またリベンジで立ち寄りたいのですが、JR二川駅から少し離れているんですよね。。店内は4名まで入店可能で、次から次へとお客さんが来ていました。中原屋 グルメ・レストラン
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午後2時7分、JR二川駅到着。
今回は特に見どころもないかな、と思っていましたが、新居宿では美味しい和菓子屋さんに出会えたり、今回はスルーしてしまいましたが、現存する関所や旅籠があったり、二川宿においては、旅籠や本陣、商家など、見どころ満載でした。
特に旅籠では、江戸時代の旅人の様子がなんとなく知ることができたように思います。
そして初めて歩いて県境を跨ぎました。
想像以上に面白い旅が出来たと思いました。
新居宿→白須賀宿→二川宿 約13キロ
東海道約500キロのうち、約191キロ制覇しました。二川駅 駅
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