2015/06/12 - 2015/06/12
91位(同エリア1885件中)
キートンさん
いよいよフランスで一番人気、世界有数の憧れの世界遺産「モン・サン・ミッシェル」の全貌が明らかになる時がやってきました。
「西洋の驚異」と称され、多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としたカトリックの巡礼地「聖ミカエルの山」。
訪れる人をを魅了してやまないという「モン・サン・ミッシェル」は、そんなにも凄いところなのでしょうか・・・
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ポントルソンからバスで約15分。
16:50頃、バスを降りるとモン・サン・ミッシェルの全容が目に飛び込む。
バスは島の入口まで行くのではなく、少し手前で乗客を降ろす。
それは、どう考えても最初にこの全容を見せる演出に思えてならない。 -
島の入口となる「大通り門」をくぐるとすぐに「王の門」がある。
なんとか雨だけはあがったかな? -
今日の宿は「ムートン・ブラン」。
島内なのに1泊朝食付き1万円で取れた。
でも、宿泊する部屋はここから少し離れた場所にあった。 -
早速、部屋にチェックイン。
新しくはないが、不満はないレベル。ホテル ル ムートン ブラン ホテル
-
大きな荷物はパリのコインロッカーに預けてきたし、十分な広さ。
あの窓からの景色は・・・
それは後ほど登場する。 -
シャワーはかなり狭い。
島では真水は貴重だしね。 -
17:30、ホテルを出て修道院へと向かう「大階段」を上る。
修道院は6月は19:00までだが、夜間拝観は7月と8月だけなのでまだできない。
急がなければ。 -
大階段を上りきったところから。
-
さてさて修道院の内部へ突入。
入場料は9ユーロ。
超人気世界遺産にしては良心的価格。 -
年代別にこの島の模型が展示されている。
これは最新のもの。
立体的な形状を頭に入れておこう。
修道院は3層(3フロアー)に分かれていて、現在地は一番上の上層階。
順路としては、上層階→中層階→下層階へと下りて行く。 -
修道院附属の教会。
海抜80mの岩山に長さ80mの土台が作られ、その上に1000年から1010年の間に建設された。
ロマネスク様式の内陣は1421年に崩壊したが、100年戦争後にゴシック様式で再建された。 -
「西のテラス」に出た。
南側には陸地からの橋と土砂撤去の様子がうかがえる。かつての道路は跡かたもなく撤去されているが、土砂撤去は今後も続けられるもよう。 -
下をのぞき込むと相当急峻で、緑のテラスとその下に島内の村の一部が見える。
-
「西のテラス」から見た教会。
雨は相変わらず降り続き、カメラを上に向けるとすぐにレンズに雨粒が降り注いだ。 -
島の西海岸には「ガブリエル島」。
1524年に建設された見張り塔。 -
教会の北側に進むと、「回廊」がある。
この歩廊は他の建物につながる通路の役目を果たし、また祈りと瞑想の場でもあった。 -
この回廊は、13世紀の初頭に建てられた「ラ・メルヴェイユ」と呼ばれる建物の最上階にあり、ここを通って食堂、厨房、教会、共同寝室、古文書保管室、さまざまな階段に行くことができる。
回廊の構造は重量を軽減するために木材が多く使われている。 -
西側は海に向かって開けていて湾が見えている。
ここは参事会室に通じることになっていたが、工事未完のままとなっている。 -
イチオシ
回廊に囲まれた中庭。
島の外から見た印象では、修道院の上層階にこれほど広々とした中庭があるとは想像しにくい。 -
中庭との間に2列の柱が、互い違いの位置で並び、上部には植物や悪の象徴である龍の逸話を表現したレリーフが施されている。
-
2列の柱の間を子供は無邪気にすり抜けながら歩いていたが、むろんそこは歩くところではない。
-
回廊から見た教会。
教会が近く高いのでここから全容を見ることができない。 -
イチオシ
修道士たちが食事を摂った「食堂」。
ここも重量軽減のために、天井などに木材が使われている。
上層階にも関わらず、ここもかなり広い空間となっている。 -
縦に細長い窓に地味なステンドグラス。
派手なら良いってわけではないので、これはこれで落ち着いていて似合っているのでは。 -
上層階から中層階に下りる階段室の壁の彫刻。
大天使ミカエルがオベール司教の額に指を触れ、「あの岩山に聖堂を建てよ」と命じているところ。
ミカエルがカオナシになっているのが気になるが・・・
聖ミカエルのフランス語が「サン・ミシェル」、「モン」は山、「モン・サン・ミシェル」は「聖ミカエルの山」である。
【モン・サン・ミッシェルの歴史:その1】
708年、大天使ミカエルのお告げにより、オベール司教がこの地に聖堂の建設を始めた。
ここから「モン・サン・ミシェル」の歴史が始まる。
ミカエルとは、キリスト教において最も偉大な天使のひとりで、戦いを司る最強の存在。 -
中層階に下りると、まずは「迎賓の間」。
食堂の真下に位置し、王や貴族たちを迎えた部屋。
ルイ9世やフランソワ1世など多くのフランス国王も訪れた。 -
迎賓の間のステンドグラス。
てっぺんに十字架がデザインされている。 -
中層階はもともとの岩山の頂部の周りを巻くように建物が建てられている。
順路は迎賓の間から時計回りに移動して行く。
次は、教会の内陣の真下に位置し、円周5mの太い円柱で教会を支える「地下礼拝堂」。 -
教会の内陣に合わせるように外側は半円形となっている。
修道院で裁きを受ける人の控えの間としても使われていたという。 -
時計回りに順路を行くと、次は「聖マルタン礼拝堂」。
教会の交差廊の南側基礎として1000年より後に建てられた。
基礎部ということもあって、今までの部屋と比べると狭く、重厚な壁に覆われている。 -
聖マルタン礼拝堂から次の部屋へとつながる通路。
【モン・サン・ミッシェルの歴史:その2】
オベール司教がこの地に聖堂の建設を始めた708年以降、966年にはノルマンディー公リシャール1世がベネディクト会の修道院を島に建て、その後増改築を重ねて13世紀にはほぼ現在のような形になっていたという。
中世以来、カトリックの聖地として多くの巡礼者を集めてきた。 -
次は、かつての「修道僧の納骨堂」だった部屋。
【モン・サン・ミッシェルの歴史:その3】
百年戦争の期間は島全体が不落の優れた要塞として機能した。
百年戦争とは、フランス王国の王位継承をめぐりフランス王国とイングランド王国の戦い。1337年から1453年の間の対立で、途中休戦もはさみながら断続的に戦いが行われた。 -
そこに設置された巨大な車輪は、後に監獄化した修道院に荷物を引き上げるのに使われたものの復元物。
囚人が車輪の中に入り、人力で壁のレールに沿って荷車を上下させていた。 -
上下させた荷車とレールの下には、城壁の遊歩道や緑のテラスが見える。
【モン・サン・ミッシェルの歴史:その4】
18世紀末のフランス革命時に修道院は廃止され1863年まで国の監獄として使用され、その後荒廃していたが、ヴィクトル・ユゴーの紹介がナポレオン3世を動かし、1865年に再び修道院として復元され、ミサが行われるようになった。
19世紀には陸との間に堤防を造成して鉄道・道路ができ陸続きになり(鉄道は後に廃止)、フランス西部の有数の観光地となった。 -
次の部屋は、19世紀まで死者の安置所だったチャペル「聖エティエンヌ聖堂」。
キリストの亡骸を抱く聖母マリア像「ピエタ」が置かれている。 -
聖エティエンヌ聖堂を出ると「南北階段」を上がって行く。
ここは西のテラスの下に位置し、ロマネスク様式の修道院の中心になる通路として機能している。 -
南北階段を上ると、細長い部屋「修道僧の遊歩道」に出る。
天井は12世紀初めのゴシック様式初期のもの。
19世紀に「遊歩道」と名付けられたが、何のための部屋だったかは解明されていないという。 -
イチオシ
中層階の最後は、回廊の下に位置する「騎士の間」。
回廊を支える多くの柱があり、修道僧たちの仕事場であり、勉強の場でもあった。 -
騎士の間に差し込むステンドグラスの光。
-
騎士の間には丸窓が並んでいる。
縦に長い窓が多い中で、少し個性的な感じだ。 -
騎士の間の大きな暖炉。
-
騎士の間の大きな窓。
下層階には迎賓の間の下に「司祭の間」があるはずなのだが、ここで修道院内の見学は終了となった。 -
イチオシ
19:00ぎりぎりまで1時間20分ちょっと修道院内の見学をして、外へ出ると思いがけない青空が広がっていた。
少し暗めの修道院の内部から出たこの光景は、朝のような清々しさだ。
バスから降りて最初にモン・サン・ミッシェルの全容を見た時は、テレビや写真で見慣れていたせいか(曇天だったせいか)それほどの感動はなかったが、修道院は想像以上に広く見どころが多かった。
それほど大きくない岩山に良くこれだけの建造物を造ったなと、8世紀から15世紀にかけての建築技術の高さに驚かされた。 -
外に出た時、修道院の南東側に出たものと錯覚していたが、実際は修道院の北西側だった。
西のテラスの北側で、中央が先ほどの「騎士の間」その上が「回廊」、そして左側は外海となる。 -
海側を見下ろすと「聖オベール礼拝堂」。
聖ミカエルのお告げでこの岩山に最初に教会を建てたオベール司教を祀っている。
干潮時でないとここには行けない。 -
海面からの高さ約150mの教会の尖塔の頂部には、大天使ミカエルが輝いている。
-
左下には「ガブリエル塔」、その向こうには何もない緑の草原が広がっている。
-
修道院の周りを時計回りに歩く。
ほぼ垂直に立ち上がる修道院の壁。
見上げる角度と巨大さに圧倒される。 -
修道院の東側。
左下奥に見えているのが「哨兵の門」。
修道院に入場する時にこの門をくぐって、長い「大階段」を上って行った。 -
「北塔」を見下ろす。
このあたりの家屋は、島内の村でも最も奥に位置する。 -
哨兵の門へと続く長い階段。
修道院の見学を終えた観光客が下りて来る。 -
北塔から見た「ブクル塔」。
北塔からは島の外周の城壁沿いに歩いて行けそうだ。
サン・マロでは雨のために半ばで挫折した「城壁巡り」が、モン・サン・ミッシェルで再開できるとは思っていなかった。 -
モン・サン・ミッシェルへとつながった橋と「ル・パッサー」と呼ばれるシャトルバス。
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城壁から見た、参道「グランド・リュ」沿いの家屋。
屋根や煙突がレトロ。 -
「王の塔」からは島の外周から離れて、上の方に遊歩道が続いていた。
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遊歩道の途中から王の塔の方向。
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モン・サン・ミッシェルのカモメ。
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巨大な車輪で荷車を上下させたレールの部分がわかる。
修道院の下部にはここが岩山だったことを物語る岩肌が露出している。 -
車輪の窓から見下ろした遊歩道と、右側に緑のテラス。
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遊歩道はガブリエル塔のところで折り返し、陸側からの橋の方へと下りて行く。
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一旦、島の外に出てみた。
今日は晴れ間は見れないとあきらめていたが、よくここまで持ち直してくれた。 -
「王の塔」の彼方に広がった青空。
数年前まではこの城壁の下は駐車場になっていた。
昔多くの巡礼者が犠牲になったため、安全のために盛土して道が付けられたのが19世紀のこと。
以来、周辺に土砂が堆積し続け、陸地化が進み、大潮の時に完全に島と化するかつての姿が見られなくなった。
かつての姿を取り戻すために、すでに新しい橋がかけられ、堆積した土砂を撤去する工事が今進行中である。 -
新しい橋は島の少し手前からやや下り勾配となり、大潮の時は島に近い区間が水没し、モン・サン・ミッシェルが完全な島になるという設計になっているようだ。
大潮のモン・サン・ミッシェル
https://www.youtube.com/watch?v=t-xDpMiFLN0 -
まだ十分明るいが、サマータイムでしかも6月。
時刻は20:00を過ぎている。
そろそろ夕食にするか。 -
島内の参道「グランド・リュ」を歩きながら、どのレストランにしようか物色中。
オープンしているレストランは少なく、まだ開いている1軒に入ってみると、すでにラストオーダーは終了だと告げられた。 -
島内ということもあって値も張るので他の店を探す気にもならず、例によって持参の食料で間に合わすことにした。
部屋にはこのトンネルをくぐってすぐの左側のドアを入る。 -
部屋の窓からの風景。
そこにあったのはカモメの巣。
それより、まずは夕食だ。
あれ?もうパンはなかったっけ?
パンがなければカロリーメイトを食べればいいじゃない。
いやいや、もっと他に何かあるやろ・・・
まあ、そんなむなしい夜がこの後も時々あったのだが・・・ -
窓の外にはモン・サン・ミッシェルの島影が延びていた。
これでも21:00前。
そろそろシャワー浴びて、明日の準備して、屁こいて寝よか。
いやいや、今日のミッションはまだ残っているじゃあ〜りませんか。 -
22:00過ぎ、今日最後のミッションを遂行するべく部屋を出た。
ようやくグランド・リュに灯りがともる。 -
日没直後のまだ明るさの残るモン・サン・ミッシェル。
ここからシャトルバス「ル・パッサー」に乗って、島を眺めるビューポイントといわれているクエノン川のダムへと移動する。
このシャトルバスは無料なのでありがたい。
しかしル・パッサーに乗り込んでから15分くらい出発しなくて、ちょっとイラつく。
それなら、歩いて行った方が良かったかも・・・ -
22:40過ぎ、クエノン川のダムに到着。
すでにかなり暗くなっていた。
しかし多くの見物客でにぎやかだった。
というより、この夜景を見に来てるのか騒ぎに来てるのかわからないような連中だった。
ここはモン・サン・ミッシェルから2km弱の距離。
ビューポイントというには少し遠いような気がする。 -
望遠で実際より少し明るめに撮影してみた。
今年新調したデジカメ「Canon G7X」は望遠側デジタルズームの域でも画質劣化が少ないのでありがたい。 -
クエノン川のダムからモン・サン・ミッシェルまで歩いて帰ることにした。
道沿いには街灯はないが、まだ多少の明るさは残っているので懐中電灯なしでも歩けた。 -
イチオシ
橋まで戻って来ると、歩道の足元に照明があるので安心だ。
干潮でおおかた橋の下は干上がっているが、所々に水溜りがあって、見る場所によってはライトアップされたモン・サン・ミッシェルが水面に映っていた。 -
水溜りが大きければもっと広い範囲で逆さモン・サン・ミッシェルになっていたのだが・・・
-
シャトルバス「ル・パッサー」は24:00くらいまで運行していると聞いた。
無料なのに働き者である。 -
修道院のライトアップ。
-
一部土砂が深めに撤去されている所があり海水が入り込んでいるが、ここはさざ波で、モン・サン・ミッシェルは鮮明には映っていない。
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イチオシ
すでに23:30を過ぎていた。
夜のライトアップも見れたし、今日のミッションはこれで完了。
到着した頃の冴えない天気から考えれば、もう上出来だ。 -
静まりかえったグランド・リュ。
今夜は気分良く寝れそうだ。
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