2015/06/19 - 2015/06/19
57位(同エリア1016件中)
キートンさん
10日目はオーストリアを後にし、5カ国目のチェコへと移動。
世界で最も美しい街のひとつとも言われ、チェコでもプラハに次ぐ人気観光地のチェスキー・クルムロフを訪れます。
チェスキー・クルムロフの街に着くと思わぬサプライズが・・・
いったい何が起こったというのか?
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨日まで過密スケジュールで疲れもたまっていたが、今日はザルツブルク10:08発のレイルジェットに乗車と、朝はかなりゆっくりできた
-
レイルジェットはオーストリア連邦鉄道の高速列車で、1等席の居住性は良好。
-
レイルジェットの最高速度は230km/hであるが、山がちでカーブが多い国なので200km/hを越えるスピードで走れる区間はある程度限られるようだ。
-
ザルツブルクから1時間少々でリンツに到着。
この駅にも「SPAR」がある。
こういうスーパーが駅にあると庶民的な個人旅行者にはありがたい。 -
リンツ11:35発のプラハ行きの国際列車でチェスケー・ブディェヨヴィツェまで行く。
-
プラハ行きの国際列車は比較的古い車両で、同じ1等でもレイルジェットと比べると見劣りする。
まあ、贅沢な旅をするつもりはないので全く問題はないのだが。 -
空には少し青空ものぞいていた。
もうすぐ5カ国目のチェコだ。
4カ国目のオーストリアでは、
世界遺産:2箇所(ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観、ザルツブルク市街の歴史地区)
美しい街:1箇所(ハルシュタット)
ハイキング:1回実施(ゴーザウ湖)
ヨーロッパ100名城:1箇所(ホーエンザルツブルク城)
映画のロケ地:1作品(「サウンド・オブ・ミュージック」)
高速列車:1種乗車(レイルジェット)
トーマスクック景勝ルート:2路線乗車(グムンデン〜ハルシュタット、ザルツブルク〜ヴェルフェン)
を消化した。 -
チェコに入り、リブニークという駅に着いた頃は雨が降っていた。
オーストリアからのいやなムードを引きずっているな。 -
定刻より5分ちょっと遅れて、13:50頃チェスケー・ブディェヨヴィツェに到着。
なんとか雨だけはあがっている。
チェコの通貨はユーロではなくチェココルナ。
旅の出発の関空で1200チェココルナ(約7200円)両替済みなので、今日明日のチェコではなんとかこれで乗り切ろうという考え。 -
チェスケー・ブディェヨヴィツェからチェスキー・クルムロフへは鉄道でも移動可能だが、チェスキー・クルムロフの駅から旧市街まで少し遠いことと、チェスキー・クルムロフまでのバス代が安いことから、バスで移動することにした。
チェスケー・ブディェヨヴィツェのバスターミナルがある建物(ショッピングモール)は駅を出て左に見えるが、広い道路を横断するのに地下道を利用すると便利だ。
バスターミナルはショッピングモールの屋上にあった。
バスは14:20頃出発だったかな?
荷物込のバス代が32チェココルナ(200円弱)。 -
バスはのどかな風景の中を走っていたが、出発して30分ほどした頃から渋滞に巻き込まれた。
-
15:20過ぎ、ようやくチェスキー・クルムロフのバスターミナルに到着。
すでにチェスキー・クルムロフ城の塔が見えている。 -
バスターミナルから旧市街への坂道を上ったところにビューポイントがあった。
思わず写真を撮るが、空模様は冴えない。 -
今夜1泊する「ウ・ナミスティ・アット・ザ・タウンスクエア」は旧市街にある。
チェスキー・クルムロフの旧市街は、ヴルタヴァ川が極端に蛇行したところに位置し、最もくびれた部分に川をショートカットするように水路が通っている。
つまり旧市街は島になっていて、4本の橋で周りの陸地とつながっている。
その旧市街に渡る橋の手前でチケットを買うように言われた。
今晩旧市街のホテルに泊まるのだと伝えたが、チケットが必要だという。
意味がわからなかったが100チェココルナ(約600円)を支払うと手首にチケットバンドを巻かれた。 -
ウ・ナミスティ・アット・ザ・タウンスクエア(右側の「PENZION」)は、聖ヴィート教会やスヴォルノステイ広場に近く、観光には絶好の場所にある。
ブッキングコムで予約し、宿泊費は現地でクレジットカードで支払い可能と聞いていたが、現金払いのみだと言われた。
支払いはユーロでもチェココルナでも良いとのこと。
チェココルナは残しておきたいが残っていたユーロ(40ユーロ)では足りず、残り190チェココルナと合わせて支払った。 -
ユーロはもうこの旅で使わないから良いが、手持ちの1200チェココルナでチェコでの2日間をしのごうとしていたので、先ほどのチケット代と宿泊費の一部での出費は想定外でちょっと痛い。
-
部屋は最上階(4階だったと記憶)で、ロッジ風でいい感じ。
観光にベストな立地のこじんまりとした宿 by キートンさんPenzion U náměstí - At the Town Square ホテル
-
洗面・シャワーとトイレは別部屋だった。
この旅で泊まったホテルでシャワーとトイレが別だったのはここだけだった。 -
最上階は2室のみで、その共用スペースにテーブル、冷蔵庫、ポット、調味料などが置いてある。
この左側に階段がある。 -
16:15頃、早速チェスキー・クルムロフ城へと繰り出した。
チェスキー・クルムロフ城には、最も手前(東側)の第1の中庭からプラーシュティ橋を渡った第5の中庭(西側)まで5つの中庭がある。
それぞれの中庭は自由に見学できるが、建物の内部はガイドツアーに参加しなければならない。
ツアーの申し込みは、この第2の中庭の左の建物で行う。 -
城内ツアーは?と?の2種類とその他、城の劇場ツアーがあるようだ。
オーソドックスそうな城内ツアー?を予約した。
英語ガイドで250チェココルナ。
ガイドツアーのスタートが17:00で、それまで30分程度時間があるので近辺を散策しよう。 -
第2の中庭と第3の中庭の間あたりに、旧市街を見下ろせるところがあった。
上流でかなり雨が降ったのか川は濁流となっている。 -
第3の中庭
壁面には立体的に見せるだまし絵的な壁画が描かれている。
財政難のため、安く豪華に見せようとした苦肉の策のようである。 -
出窓はちゃんと立体的に出窓になっている。
-
プラーシュティ橋の上から見たチェスキー・クルムロフの旧市街。
-
小雨がぱらついたりしているが、昨日のザルツブルクに比べると、まだ視界はクリアではある。
-
お土産屋の外壁に貼りだされてた商品だが、チェスキー・クルムロフ城の構造がわかりやすいと思い、撮っちゃった。
チェスキー・クルムロフ城はチェコではプラハ城に次ぐ大きな城である。
13世紀に創建され、その後次々に新しい建物が付け加えられ、それぞれの時代の様式が調和した巨大な複合建築となった。 -
同じく貼りだされてた、チェスキー・クルムロフの街の鳥観図。
チェスキー・クルムロフは昔クルマウと呼ばれていた。
【チェスキー・クルムロフ(クルマウ)の歴史:その1】
13世紀後半、重要な通商路であるヴルタヴァ川沿いに、街と城の建設が始まった。
1302年、街と城はボヘミアの有力貴族であったロジェンベルク家のものとなり、14世紀以降に町では手工業と交易が盛んになった。
16世紀には、ルネサンス様式の建物が数多く建築され、町は色彩鮮やかな華麗なるルネサンス都市へと変貌を遂げた。
しかし、町の華やかな装いとは裏腹に、ロジェンベルク家の財政は次第に破綻をきたすようになった。
1601年、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の手に渡った。
1622年、神聖ローマ皇帝フェルディナント2世は、三十年戦争において貢献のあったエッゲンベルク家にこの町を与えた。
この時代に、町にはバロック様式の建築物が加わった。
1719年、エッゲンベルク家は断絶し、有力貴族のシュヴァルツェンベルク家が町と城を相続した。
領主ヨーゼフ・アダム・シュヴァルツェンベルクの時代に、城はバロック様式に改築され、城内劇場(バロック劇場)が完成した。
クルマウでは、その地理的条件もあり、ドイツ語が有力な時代が長かったが、支配階級のドイツ系住民と被支配階級のチェコ系住民は、19世紀に至るまでは民族意識が政治的緊張をもたらすことはなかったという。 -
城内ツアー?の英語ガイドツアーは、17:00から1時間弱かけて行われた。
参加者は私の他、台湾人カップルとフランス人らしき老夫婦の計5名とこじんまりとしたツアー。
残念ながら写真撮影は禁止なので写真はない。
建物内をめぐりながら、主に肖像画、絵画、壁画、調度品などの見学となる。
軍事的な展示物はほぼなかった。
台湾のカップルはガイドの話をよく理解しているらしく、熱心に質問をしているが、こちらはほぼチンプンカンプンだった。
壁画が面白い部屋もあったが、建築物としての構造的な面白さはあまりなく、個人的にはどちらかというと期待外れのガイドツアーだった。
ガイドの話しが理解できてれば満足できたかもね。 -
ガイドツアーの後、第5の中庭からテラスに出た。
雨はなんとかあがったようだ。
【チェスキー・クルムロフ(クルマウ)の歴史:その2】
19世紀の産業革命期、この街は主要な鉄道網から外れ、大規模な工業化もみられなかったため緩やかな衰退へと向かった。
1867年、クルマウはオーストリア=ハンガリー帝国の一部となった。
ドイツ系住民とチェコ系住民の共存の時代は幕を閉じ、 学校教育や図書館などが次第にドイツ系とチェコ系に分離するようになった。1910年には街の人口の8割以上がドイツ系住民となったという。
第一次世界大戦の敗戦で、オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し、街はチェコスロバキア領となった。
1920年4月、街の公式名称がクルマウからチェスキー・クルムロフとなった。
その後、ナチスドイツの軍の基地がおかれ、ドイツ人兵士たちによって多くの建造物が破壊された。 -
【チェスキー・クルムロフの歴史:その3】
1945年、ドイツが第二次世界大戦で敗北し、チェスキー・クルムロフは独立を回復したチェコスロバキアに復帰した。
終戦後、住民の多数を占めたドイツ系住民が追放され、チェスキー・クルムロフは荒廃していき、一時期無人化した。
共産主義化により、城郭などの歴史的建造物が価値を否定されたことも、荒廃に拍車をかけた。
荒廃した街にやがてジプシーであるロマの人々が住み着くようになった。
1968年のプラハの春以降、歴史的建造物が徐々に補修されるようになった。
1989年以降、歴史的価値が再認識され、建造物の修復が急速に進められた。
街はかつての美しさを取り戻し、1992年ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。 -
チェスキー・クルムロフに未確認巨大生物出現!
みたいな写真撮ってくださいね、と言わんばかりの雨とい。 -
城の塔は初めゴシック様式で建てられたが、1580〜90年には現在のルネッサンス様式に改修された。
円筒形の緑と朱色のデザインが印象的。
後から思えば、写真撮影禁止のガイドツアーより、塔に上るべきだったかなと少し後悔。 -
プラーシュティ橋の上から。
雨もあがったし、一旦街に下りてみよう。 -
第2の中庭。
このあたりの建物は、「フラーデク」と呼ばれる城の中でも最も古い部分である。 -
中世の頃の衣装を着た人たちがうろうろ。
-
ふと塔を見上げると青空がのぞいていた。
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旧市街へと渡る橋の手前で手首にチケットバンドをしているかチェックがある。
頭上の横断幕を見ると、今日6月19日から21日まで何か催し物があるようだ。
後に知ったのだが、「五弁の薔薇祭り」というフェスティバルらしい。
6月の夏至の週末に開催される、チェスキー・クルムロフで最も盛大に行われるイベントだという。
これで、道路が渋滞したのも、旧市街に入る時にチケットが必要だったのも、中世の衣装をまとった人たちを見かけたのも全てこのイベントのせいだった。 -
「ラゼブニッキー橋」(床屋橋)という橋から下流側に見える塔は、「旧聖ヨシュト教会」。
-
傾いてきた太陽が雲の切れ間から顔をのぞかせ、石畳を照らしていた。
-
イチオシ
東の空は灰色の雲だが、建物が西日を受けてより輝いている。
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チェスキー・クルムロフを流れる「ヴルタヴァ川」というのはチェコ語読みであるらしく、日本人にはドイツ語読みの「モルダウ川」の方がなじみがあるだろう。
ドヴォルザークと並ぶチェコを代表する作曲家スメタナの、日本で最も有名な交響詩「わが祖国」の第2楽章は「モルダウ」という名で知られている。 -
ヴルタヴァ川を渡り、城の北側から先ほど渡っていたプラーシュティ橋を見上げる。
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北側から見たチェスキー・クルムロフ城。
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その右側には上に上る遊歩道がつけられている。
ここを上って行こう。 -
遊歩道を上って城と反対の方に歩いて行くと、「ザーメツカー庭園」という城の庭園がある。
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庭園の噴水と泉。
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イチオシ
庭園から第5の中庭のテラスに戻ってきた。
あれから1時間ちょっとしかたってないが、空や川の水の色が穏やかに変わっていた。 -
やはりチェスキー・クルムロフは城から見下ろす景色が素晴らしい。
美しい街が昼から夜に向かって少しずつ変化する表情を追うのも面白そうだ。 -
最初に見たヴルタヴァ川が濁流となって流れていたことを思うと、2時間程度でずいぶんと穏やかな流れになったものだ。
-
イチオシ
プラーシュティ橋にて。
天候は順調に回復に向かっているようだ。 -
中庭と中庭をつなぐ通路。
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第1の中庭には出店が並び、お祭りムードが漂っている。
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中世の貴族と記念撮影。
「五弁の薔薇祭り」の「五弁の薔薇」とは、かつてチェスキー・クルムロフを治めていたロジェンベルク家の紋章のことだという。
ロジェンベルク家がチェスキー・クルムロフを治めていた14世紀初頭から17世紀初頭は、ヨーロッパでルネッサンス文化が栄えた時代である。
その中でも、一番この街が栄えたといわれる16世紀後半をイメージして、「五弁の薔薇祭り」は行われているという。 -
旧市街ではあちらこちらで大道芸が行われ、お祭り気分を盛り上げる。
-
中世の面影を残す街並で中世の衣装をまとった大人が、アイスクリームを食べる光景。
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旧市街の城とは反対側に来てみた。
ヴルタヴァ川に面してカラフルな家屋が並ぶ。 -
橋を渡り上流側に少し歩くと、対岸には「聖ヴィート教会」。
旧市街の中のランドマークとなっている。 -
旧市街の中心「スヴォルノステイ広場」には、たくさんの客が集まっていて、舞台ではいろんな演目が進行しているようだ。
スヴォルノステイ広場 広場・公園
-
まだ明るいが時刻は20:00近くになっていた。
屋台が並び、大きなソーセージとか美味そうだが、大きなパンにスープを注いでるのも気になる。 -
そしで選んだのはこちらの方だ。
「ČESNEČKA V CHLEBU」と書いてあった。
丸いフランスパンの上を切って(蓋になっていた部分はすでに食べた)、中をくりぬいてガーリックスープを入れたもの。
60チェココルナ(360円くらい)。
スープで柔らかくなったフランスパンの内側をスプーンで削ってスープと一緒に食べる。
ほど良いニンニク味でなかなかの美味。
フランスパンの外側は半分くらい食べてあとは残したが、結構ボリュームがあって、面白いものを食べたなって気分。
でもこのアイデアは、フランスパンとカップスープだけで応用できそうだな。 -
舞台前では騎士の決闘が繰り広げられている。
-
勝負あったようだ。
日本代表として太田雄貴に出演して欲しいな。
ちょっと種目違うか・・・ -
ホテルに一旦帰って、シャワーを済ませてから21:20頃、再び街に繰り出した。
スヴォルノステイ広場は、一段と増えた人混みでごったがえしていた。 -
舞台では民族音楽の演奏。
-
にぎわっている旧市街を抜け出してきた。
陽が沈み薄明りのいい時間帯になった。 -
よくここまで天候も回復してくれた。
-
宵闇に浮き上がるチェスキー・クルムロフ城の塔。
-
イチオシ
もう4度目くらいのプラーシュティ橋。
宵闇のチェスキー・クルムロフを見下ろす。 -
ちょっと暗くなり過ぎたかな?
10分早ければベストだったかも。 -
この時間、旧市街の中心部はにぎわっているが、チェスキー・クルムロフ城は人が少なくひっそりとしている。
-
夜景をクロスフィルターで撮ってみた。
望遠で撮ったためか、クロスがちょっと足りないか。 -
夜のプラーシュティ橋。
チェスキー・クルムロフの夜景を撮ろうとカメラマンがちらほら。 -
イチオシ
「ラゼブニッキー橋」(床屋橋)まで下りてくると、多くの人々が道の両側に分かれて何かを待ちわびている。
明らかに何かが始まろうとしていた。 -
6月19日金曜日の22時、祭りは爆発した。
-
鼓笛隊の演奏が鳴り響き、たいまつを持った中世の人々のパレードが始まったのだ。
-
花火を持つ巨人、大旗を振りかざす少女、たいまつのジャグリング・・・
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勇ましい騎士から
-
イチオシ
ひだ襟の貴族まで・・・
さまざまな衣装をまとって旧市街の通りを練り歩き、パレードは尽きることを知らなかった。 -
スヴォルノステイ広場では、夜が更けるまで盛り上がりを鎮める気配がなかった。
こんな一人旅の東洋人でさえ一緒に写真を撮らせてくれとさそわれるほど、街は酔いしれていた。
偶然とはいえ、よく年に一度の一大イベントに遭遇できたものだ。
「五弁の薔薇祭り」はこの旅最大のサプライズだったかもしれない。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ねもさん 2020/01/21 17:01:20
- 初めまして
- キートンさん 以前の旅行記に失礼します。
薔薇まつりですか、地元の人々と盛り上がって素晴らしいクルムロフだったことと推測します。何という幸運でしょう!
城内ツアーの内容がよく分からないというご感想、全く同感です。この旅行記を拝見してから訪れるべきでした(笑)。私には英語が速すぎて(涙)
わが家も1泊して、楽しいクルムロフでした。
ところでドブロブニクへの称賛、これも激しく同意します。クロアチアはスポットも人々も素敵な旅先でした。
他にも興味津々の旅行記が満載です。また立ち寄らせてください。
- キートンさん からの返信 2020/01/21 22:24:26
- Re: 初めまして
- こんばんは、ねもさん。
書き込みありがとうございます。
チェスキー・クルムロフ、懐かしいです。
ちょうど祭りの日だとは知らずに旧市街の宿に向かうと、入場料がいるというので意味がわからなかったのですが、祭りの日なのだとわかって納得でした。
地元の文化を見ることができて、とてもいい体験ができました。
ドブロブニクの旅行記も見ていただきありがとうございます。
チェスキー・クルムロフもドブロブニクもヨーロッパ有数の美しい街だと思います。
ドブロブニクは、城壁上から見た朱色の屋根の街並みと、海岸風景の美しさが忘れがたいですね。
ねもさんのプロフィールを拝見すると、大雪山が旅の原点だとか。
実は私の旅の原点は、大学の時の北海道旅行で、中でも知床、大雪山、礼文島が特に忘れがたい体験でした。
そんな話を始めたら長くなるので、今日はこのへんで。
では、また。
キートン
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