のまどさんへのコメント一覧(12ページ)全139件
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ばりなすろー(Ballinasloe)
のまどさん
こんにちは。
ばりなすろー(Ballinasloe)は意外とアイルラントの中央なのですね。
町の紋章はさすがに馬市を象徴する馬が入っていました。
かつて私共は特別な民をジプシーと呼んでいましたが、今は差別語でロマを使うようになったと言います。ややこしいですね。
トラベラーとアイルランドなどでは呼ぶと初めて知りましたが、世界には知らない民も多いのだと思いましたよ。
jijidarumaRE: ばりなすろー(Ballinasloe)
jijidarumaさん、こんにちは。
毎度コメントいただき、ありがとうございます。
> ばりなすろー(Ballinasloe)は意外とアイルラントの中央なのですね。
首都ダブリンと観光名所の多い西部の間にあるので、アクセスはわりといいと思います。地名は日本語の発音で通じるので平仮名で書いてみました。
> かつて私共は特別な民をジプシーと呼んでいましたが、今は差別語でロマを使うようになったと言います。ややこしいですね。
呼称については悩みました。他に鋳掛屋を意味するTinkersとも呼ばれていますが、不器用にいじるという意味もあるので問題になると思いました。おっしゃる通りジプシーは差別用語とみなされますが、占い師の看板にある通り自称なのでこれを採用しようと決めました。
寒くなってきましたが、旅行前にあと1冊書きたいと思います。
2014年11月25日21時12分 返信する -
アイルランド、何だか空の色からも独特な雰囲気が伝わってきました!
こんにちは。
ご無沙汰しております!
行きのバスでは大変でしたね。お疲れ様でした。
アイルランドのパスポート、初めて拝見しました。
ご主人が当地の方とは素敵です。
紙はハープでしょうか。小さい頃、集めていたコインにアイルランドのがあって、それとデザインが同じだったことを思い出してしまいました。
>所有の湿地から定期的に掘り出して乾燥させます。
スゴイですね!
お住まいが、少し郊外というのも現地ならではの習慣も残っていそうで、こちらもまた素敵です。
ケリーの羊、僕の知っている羊の顔と全然違っていて驚きました。こんなに綺麗で上品な感じの羊もいるんですね。
ところで写真がキレイだなあと思って拡大してみると、やはり一眼レフカメラだったんですね。実はちょうど、一眼レフに挑戦してみようと思っていたところです。のまどさんみたいに使いこなせるよう練習しなければ。
今回もなかなか一旅行者では知ることのできない、現地にご親戚がいる方ならではのお話が盛りだくさんで興味深く拝見しました。
続編も楽しみにしています♪RE: アイルランド、何だか空の色からも独特な雰囲気が伝わってきました!
captainfutureさん、こんにちは。
お立ち寄りの上、温かいコメントをいただきありがとうございます。細かい所まで見ていただいて光栄です。
アイルランドは英国と似ていますが、気候風土が独特です。結構スピリチュアルかもしれません。
> 紙はハープでしょうか。小さい頃、集めていたコインにアイルランドのがあって、それとデザインが同じだったことを思い出してしまいました。
おっしゃる通り国のシンボル、アイリッシュハープはライアンエアの機体、ギネスの缶など色々な物に見られます。統一通貨ユーロの裏は各国でデザインできるのですが、アイルランドはもちろんハープです。ポンド時代のコインをお持ちなんですね。今やなき通貨ですので、どうぞお大事に保管下さい。
> ケリーの羊、僕の知っている羊の顔と全然違っていて驚きました。こんなに綺麗で上品な感じの羊もいるんですね。
調べてみたらこの品種はウェールズが原産のようです。とても良く手入れされている羊のようで、毛並みが輝いていました。
>
> 。実はちょうど、一眼レフに挑戦してみようと思っていたところです。のまどさんみたいに使いこなせるよう練習しなければ。
いや、とても使いこなせるというレベルには達していませんよ。他のトラベラーさんの写真を見て勉強させてもらっています。
カメラ業界はコンパクトカメラが不振な分、一眼レフに力を入れると思うので、お買い時かもしれません。重くて扱いも容易ではありませんが、一度持ってしまうと手放せなくなります。自然風景などは特に立体感が違います。
captainfutureさんが一眼レフでモスクや民族衣装を着た市民を撮った写真、拝見するのを楽しみにしています。
アイルランドについては日頃から入れ知恵されているため、切れない縁があるのでまたもや一風変わった旅行記になっております。あと1冊続きますので、また是非遊びに来て下さい。2014年11月25日21時02分 返信する -
遊歩道?
のまどさん、こんばんは
いつも私の旅行記へもお気遣いいただき、ありがとうございます。
昨晩は、のまどさんの旅行記を拝見してすぐ寝たら、夢に出てきてしまいました(笑)。
そう、あの遊歩道なる試練の道が!
(夢の)顛末はこう・・・
とあるところの美しい景観の地域が、国立公園に制定されるという話がもちあがり、お役人が見定めるため視察にやって来ることに。
ところが、国立公園になり観光客が増え景観が壊されることを嫌った村の住人たちが、何とかこれを阻止しようと美しい遊歩道に泥水や土砂を流し込む・・・。
そこへ、そうとは知らないのまどさんがやって来る・・・(笑)。
何ともくだらない内容で、スミマセン。
きっと、のまどさんの泥だらけの靴とおみ足がインパクト強すぎたんですね〜。
目覚めて、笑ってしまいました!
アイルランド旅の1&2では、お一人でパブに入ってビールを飲んでいらっしゃるお姿を、
カッコイイ大人の女性だなー、と思いながら旅行記を拝見していました。
私の場合、大人たる年齢だけは十分重ねているものの、めっぽうお酒に弱く
ひとりでパブに入るなんて絶対ありえないことで、せいぜいウィーンのカフェ巡りをして
ケーキを食べまくることくらいしか出来そうにありません。
アイルランド旅第3弾では、少年の冒険旅行みたいなのまどさんの一面を見せていただき、
大いに楽しませていただきました。
また楽しみにお邪魔させていただきますね^^
それでは、おやすみなさい
sanabo
2014年11月16日01時05分返信するRE: 遊歩道?
sanaboさん、こんにちは。
いつもご投票のうえ、素敵なコメントをありがとうございます。
> 昨晩は、のまどさんの旅行記を拝見してすぐ寝たら、夢に出てきてしまいました(笑)。
> きっと、のまどさんの泥だらけの靴とおみ足がインパクト強すぎたんですね〜。
ゆ、夢を見たんですか、この旅行記の!しかもすごくリアルな内容ですね。これも私のお見苦しい写真と超絶な記述のせいですね。いやはや申し訳ないです。同時にsanoboさんの感受性と想像力の豊かさに感心します。
> アイルランド旅第3弾では、少年の冒険旅行みたいなのまどさんの一面を見せていただき、
> 大いに楽しませていただきました。
光栄なお言葉、ありがとうございます。ご丁寧に読んで楽しんでいただけて本当に嬉しいです。
私はがさつで向こう見ずな性格なので、昔から友達に「あんた男か?」と言われ、最近は異性の友達からもなぜかおっさんと言われます。
> 私の場合、大人たる年齢だけは十分重ねているものの、めっぽうお酒に弱く
> ひとりでパブに入るなんて絶対ありえないことで、せいぜいウィーンのカフェ巡りをして
> ケーキを食べまくることくらいしか出来そうにありません。
アイルランドのパブでおっさんと舌戦よりも、ウィーンでケーキの方が格段夢があると思います。その方が体とお財布にやさしいです、絶対に。実は昨夜デュッセルドルフに泊まったのですが、気が付いたら連れと夜中の1時までビアホールで飲んでいました・・・。まったく年甲斐もなく。酒量なんて恥ずかしくて書けません。
拙旅行記の第4弾はいっそう王道のコースから外れ、ディープな内容になると思いますので閲覧注意です(笑)。
sanaboさんのスペイン旅行記もいよいよ終盤ですね。セビリアのタパス、斬新ですね。またお邪魔させて下さい。2014年11月17日06時54分 返信する -
悪路のハイキング?
のまど様 こんにちわ
それにしても年季の入った軽登山靴でアイルランド?
と思いましたが、泥道を歩いてこんなになったんですね。
このような経験を経て人も靴も渋さと貫禄が出てくるんですね…
20日からフランクフルトだけどルートが決まらない「アルデバラン」
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モハーの断崖と鍾乳洞
のまどさん
おはようございます。
モハーの断崖はすごい景観ですね。この様子を見ると周辺を流れる海流はきつそうです。
私は高所恐怖ですから、モハーの断崖への道はとても怖くて歩けない感じです。あの塔は上れたのでしょうか?
ずぶずぶ入ってしまう道も困ったものですが、それはそれなりに珍しい体験だったのではないでしょうか。
鍾乳洞は見事な、きれいな鍾乳石となっていますが、この洞窟を掘ったのは元々何のためだったのでしょう?
結果として鍾乳洞が発見されたと思いますけど…。
jijidarumaRE: モハーの断崖と鍾乳洞
jijidarumaさん、こんにちは。
今回も多数ご投票いただき、コメントもいただきありがとうございます。
> モハーの断崖はすごい景観ですね。この様子を見ると周辺を流れる海流はきつそうです。
サーフィンには適した場所らしいんですけど、どのように陸に上がるのか不思議です。
> あの塔は上れたのでしょうか?
私が通った時は閉まっていましたが、他のトラベラーさんによると開放されることもあるらしいです。眺めは非常にスリルあるものだと思います。
> ずぶずぶ入ってしまう道も困ったものですが、それはそれなりに珍しい体験だったのではないでしょうか。
ケガなく無事だったので笑って後日談を書けますが、人によってはただごとでは済まないと思います。湿地は仕方ないにしても崩れかけた柵などはどうにかしてほしいものです。
>
> 鍾乳洞は見事な、きれいな鍾乳石となっていますが、この洞窟を掘ったのは元々何のためだったのでしょう?
そう言えば…。ガイドがさらりと手掘りだったと言っていましたが、鍾乳洞のサイトを見ると地質学の研究のためだったようです。
では、また。
2014年11月12日21時08分 返信する -
アイルランドとアルマダの海戦
のまどさん
こんにちは。
アイルランドの風景は荒涼としていますね。その昔々、スコットランドの北部に車を走らせ、ローマ時代の防塁壁を見ましたが、似たような光景を思い出します。
かつてイギリスがアイルランドを支配するというメリットはあまり思い浮かばぬほどこの地は貧しいように見えます。税が過重だったのか、地味が悪くて作物が実らず、常に不作の為、食えなくて、アメリカに移民したアイルランドの人たちをツイ思ってしまうのです。
丁度、昨日ハンザ同盟時代に活躍?した海賊シュテルテベッカーの事を書いていたのですが、近代になって、ドイツ人は彼を“ゲルマンのフランシス・ドレーク”だと英雄視したといいます。
Sir Francis Drakeサー・フランシス・ドレーク(1543年頃〜1596年)はアルマダの海戦(主に英仏海峡で戦われた)でスペインの無敵艦隊を撃破したという英雄ですが、旅行記の中でこの海戦の事が書かれていましたので、改めて海戦の図を見てみると、アイルランド周辺にも及んでいたのを知りました。
また、アルマダの海戦に敗れた無敵艦隊はスペインに帰国しようとしますが、艦隊の航海士たちはアイルランド周辺の海岸線について全く無知であり、多くの船がここで難破して沈没し、上陸した乗組員たちも土着民やイングランド兵によって虐殺されたとありました。
今日もまた、一つ勉強しました。
それではまた。
jijidarumaRE: アイルランドとアルマダの海戦
jijidarumaさん、こんにちは。
いつも内容のあるコメントをいただき、ありがとうございます。こちらこそ勉強させていただいています。
> アイルランドの風景は荒涼としていますね。その昔々、スコットランドの北部に車を走らせ、ローマ時代の防塁壁を見ましたが、似たような光景を思い出します。
おっしゃる通りアイルランドはスコットランド、ウェールズと風景が似ています。民族的にも同じケルト族ですし。
> かつてイギリスがアイルランドを支配するというメリットはあまり思い浮かばぬほどこの地は貧しいように見えます。
調べた所、イギリスがアイルランドを支配下にした理由は宗教にあるようです。アイルランドはjijidarumaさんが書かれたヴュルツブルクのキリアンや拙旅行記のケヴィンのような聖職者を輩出するほど早くからカトリック信仰が厚い国でした。
一方英国はカトリック教会にケンカを売る形で英国教会を設立し、カトリックの報復を恐れていました。そこでアイルランドを植民地化することで敵の勢力を削ごうとしたようです。
参考:http://www.historyofengland.net/british-empire/ireland-the-first-colony (英語)
アイルランドもイギリスも痩せた土地と日照不足のため農業には不向きなので、19世紀の産業革命以降は工業、20世紀から金融・保険・ITなどのサービス業が栄えているのだと思います。
> 丁度、昨日ハンザ同盟時代に活躍?した海賊シュテルテベッカーの事を書いていたのですが、近代になって、ドイツ人は彼を“ゲルマンのフランシス・ドレーク”だと英雄視したといいます。
それは偶然ですね。ということは次はハンブルクの旅行記がアップされるのでしょうか。楽しみにしています。
この時代に海を支配していたのは荒くれ者ばかりだったのでしょうね。ドレイクもれっきとした海賊で、奴隷貿易や民間人の虐殺に関わったようです。私からは同時代に彼の主人エリザベス1世に謁見したアイルランドの女海賊についてご紹介したいと思います。
http://taleofpirates.info/grace.html
次は無敵艦隊が苦しんだ海の旅行記をアップします。
では、また。2014年11月04日21時11分 返信する -
トロワ
のまどさん
素晴らしい町ですね。木組みの建築がとりわけ良いですが、トロワは知りませんでしたよ!
芸術も、料理もそしてワインも楽しまれて良いですね。
私もフランス語ができたら、少しはこっちにも目が向くのでしょうが・・・(苦笑)。
jijidaruma -
フォロンのステンドグラス☆
のまどさん、こんにちは
いつもながら、のまどさんの独特な世界観のある素敵な旅行記を
拝見させていただきました。
お恥ずかしいのですが、私はフォロンという方を知りませんでした。
でも、世界人権宣言のポスターは見覚えがあります。
集めていた記念切手にも採用されていたように思います。
教会のステンドグラスを見るのはもともと好きなのですが
フォロンのストーリー性のあるステンドグラスはやはり独特で
美しいという月並みな表現しかできないのですが、とても
感動しました。
のまどさんの丁寧な解説があるからこそ、解釈もでき鑑賞できたのだと
思います。
先日見せていただいたハーメルン旅行記も、単なる観光案内ではない
歴史的解釈や建物の解説などとてもためになる内容で、それでいて
決して堅苦しくないユーモアのあるコメントとのまどさんの才能に
ただただ感心するばかりでした。
自分の旅行記が恥ずかしくなる思いです。
またお邪魔させていただきますね。
これからもよろしくお願いいたします^^
sanabo2014年10月16日18時58分返信するRE: フォロンのステンドグラス☆
sanaboさん、こんにちは。
いつもご投票いただき、また素敵なコメントをいただき、ありがとうございます。長文を丁寧に読んでいただいて、とても嬉しいです。
> お恥ずかしいのですが、私はフォロンという方を知りませんでした。
この教会に最初に行った時は本当に偶然で、私もそれまではフォロンを知りませんでした。誰でも親しみの持てる芸術家なので今回ご紹介できればと思いました。
> 先日見せていただいたハーメルン旅行記も、単なる観光案内ではない
> 歴史的解釈や建物の解説などとてもためになる内容で、それでいて
> 決して堅苦しくないユーモアのあるコメントとのまどさんの才能に
> ただただ感心するばかりでした。
過分なお言葉に赤面しております。住んでしまうと新鮮な感動が薄れてしまいますが、こうして身近にあるテーマをブログでご紹介することで私自身が再発見できて楽しいです。場所もテーマもニッチになってしまう傾向がありますが、sanaboさんのような感想をいただけると書いて良かったと思います。
>
> 自分の旅行記が恥ずかしくなる思いです。
何をおっしゃいますか。きれいな写真に添えられたコメントから朗らかで誠実な人柄が伺えてとても素敵なブログだと思いますよ。準備からブログ執筆に至るまで色々と調べられていてとても勉強になります。多くの方々と同様に私も更新を楽しみにしています。
間もなくアイルランド旅行記を書き始めます。いつもと旅の趣こそ違いますが、やっぱり濃くなりそうですが、懲りずにまた遊びに来ていただければ幸いです。
2014年10月16日20時13分 返信する -
Art Nouveauアール・ヌーヴォー(Jugendstilユーゲント・シュティル様式)
のまどさん
こんばんは。
ブリュッセルのアール・ヌーヴォーの館めぐり、素晴らしい館群の数々を楽しませていただきました。私共の普通の観光ですと、見る視点が違っていますから、大変参考になりました。
個人宅が多い所為か、比較的こぢんまりした建物ですね。写真で見た感じは皆新しくみえましたが、これらは第二次大戦で罹災し、再建されたものなのでしょうか?
それに教会とか、公共の建物の中にアール・ヌーヴォー様式は見ることができるのですか?
レストランの口コミで店内のアール・ヌーヴォー様式もみましたが、とても雰囲気があると思いました。
ドイツはもとより、ヨーロッパを旅をしていると、いろいろの町でこの様式の建物によく出会います。ブリュッセルもこうして各所に見ることができるとは知りませんでした。
バルト三国のラトヴィアの首都、世界遺産のリガ市内観光をしたことがありますが、新市街のAlberta&Elizabetesアルベルト・エリザベート通り(金融・官庁街・各国大使館も見られる通り、リガの事実上の中心)には見事なJugendstilユーゲントシュティール様式の建物が並ぶ一角がありました。
19世紀に建てられた、数階建ての建物が軒を競って、その美しい様式で表現されていたのです。
当時、ユーゲント・シュティル様式における、ヨーロッパの中心がこのリガであったとか。町の中心の凡そ三分の一がユーゲント・シュティル様式の建物であったと言われている事から、その凄さが理解できますが、当時のリガの町が豊かに繁栄し『ドイツよりもドイツらしい町』とすれば、それも納得です。
jijidarumaRE: Art Nouveauアール・ヌーヴォー(Jugendstilユーゲント・シュティル様式)
jijidarumaさん、こんにちは。
毎度ありがとうございます。ヨーロッパ通のjijidaruma
さんに気に入っていただき、深いコメントをいただけて大変うれしく思います。
> 個人宅が多い所為か、比較的こぢんまりした建物ですね。写真で見た感じは皆新しくみえましたが、これらは第二次大戦で罹災し、再建されたものなのでしょうか?
ベルギーが世界初を誇るアール・ヌーヴォー建築はほとんどが個人住宅です。時期も弱冠20年と短い間に流行が廃れました。第一次世界大戦後に流行したアール・デコ様式で駅や劇場などが建てられました。
ベルギーは第二次世界大戦で18日間の抗戦の後にあっさりドイツに降伏し、連合軍が上陸したときは諸手を挙げて歓迎したためか、オランダと違って戦地になることはありませんでした。なので、建造物が罹災したとは聞いたことがありません。お察しの通り大半の建物が新しいのは自然劣化した建物の修復結果や邸宅の持ち主の意向でリフォームされたためです。
この旅行記はアクセス数が抜群に多いので、建物の中を取材して第2弾を書く予定ですので、気長にお待ち下さい。
> 当時、ユーゲント・シュティル様式における、ヨーロッパの中心がこのリガであったとか。
リガのユーゲント・シュティルについては聞いたことがあります。「ドイツよりもドイツらしい」というのはとても興味深いですね。
私もjijidarumaさんの伝説に迫ってお城や教会をめぐる旅行記を読んで勉強させていただいていますので、今後の更新を楽しみにしております。2014年10月09日20時23分 返信する -
ルーマニア
のまどさん、こんにちは。
いつも、投票してくださってありがとうございます。
もうかれこれ、15年以上前になってしまいますが、ルーマニアに1週間程滞在しました。
当時はチャウシェスク政権が崩壊してから、確か10年くらいで、アジア人観光客も少なく、どこにいてもジロジロと舐めるように見られました。
街はインフレが激しく混沌とした感じでしたが、その頃に比べると、ずっと観光客も増えたのでしょうね。
その頃は、ハンガリーとルーマニアの国境線にある町からブカレストまでの汽車の運賃とビール1本の値段が同じで、アイスクリームがそれよりも高く、びっくりしましたけど、今はどうなのでしょうね?
しかも、汽車に関しては、ブダペストでブカレストまで買うと、USドルにして$70〜80くらいで、ルーマニアに入った所で、駅に出て、ブカレストまで買うと、たったの$3〜4で済んでしまったという…なんとも信じられない値段の差がありました。
ブラショフを案内してくれたルーマニア人の友達が、「あれがレボリューションの時の弾丸跡」と言いながら街中の建物を指差したのが、今でも印象に強く残っています。
のまどさんの旅行記を見て、懐かしく思い出しました。



