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しにあの旅人さんへのコメント一覧(7ページ)全577件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 鳥居峠!

    しにあさん、こんばんは。
    「鳥居峠」については、実はユーチューブで、旧中山道を自転車で辿るというのを見まして。
    旧道が山中に入り込んでいると、山中の道なき道を自転車で行くのです(@_@)
    私は画面を見ながら、バス酔い状態になってしまいました。
    自転車で山中の道なき道を走るというのは、本当に並大抵のことではありません!
    前後左右に揺れるのです。
    あまり真剣に眺めていて、酔ってしまったのです。
    旅のブログで有名な「スーツ」という名の若造の作ですが、これはすごかったです!
    その中でもこの「鳥居峠」は群を抜く厳しい場所で、ただただ感心しながら眺めたのです。
    私は、鳥居峠が碓氷峠なのかよりも、あの峠のハンパない傾斜に驚嘆しました。

    そうではありますが、
    「私は、200年前の本のウラがとれる、それが目の前にある、こういうのが大好きなのです。
    これぞ旅の醍醐味。
    「それがなにか?」と言われると困りますが。」
                 ↑  
    この部分には、大いに共感します!(^^)!  
    旅の醍醐味は、まさにこういうところにあると思います!
    アニメオタクの聖地巡礼と同じだと思っています。
    アニメなのか古代史なのか、その違いであって、私もしにあさんも要するに「古代史オタク」なのでしょうね(^_-)-☆


    前日光
    2024年09月28日22時58分返信する 関連旅行記

    Re: 鳥居峠!

    縦の旅をして、本の中の記述が、目の前に現物として立ち現れる、これは最高です。
    記紀、出雲風土記、平家物語、まだまだありそう。
    古代オタクの聖地巡礼、まさに言い得て妙であります。

    今回はたかだか200年ですが、マイナーな本だったので、事実を自分だけで独り占めしたのではないかと、イケズな感慨に浸りました。

    スーツくんの「鳥居峠」見ました。
    よくもまあ、あんなところを自転車で走ろうと思ったものです。たしかに見ているだけで目が回ります。
    この鳥居峠は長野県塩尻市奈良井から長野県木祖村に抜ける鳥居峠ですね。旧中仙道です。
    タケルくんが越えたことになっている、私たちの群馬長野県境の鳥居峠も、一度スーツくんに通ってもらいたいものです。
    ただ、旧東山道や中仙道みたいな一級国道に相当する街道は走っていない田舎でしたから、今でも田舎ですが、自転車で走っても面白くないかも。

    スーツくんがやたらに熊におびえているのが面白かった。でも人ごとではなくて、私たちも阿久原牧址碑に行ったときは、真面目に熊警戒でした。
    千葉県には熊はいないことになっていますが、そちらはいかがですか。最近は周囲が山だと、市街地にもクマさんが出るのですよね。
    2024年09月30日11時11分 返信する
  • 神谷バーの電気ブラン

    しにあさん&by妻さん、ご無沙汰しておりました<m(__)m>

    5月のもらい事故以来、動かない(動けない?)生活が続いて筋力が低下し、たまに歩くと、横溝正史のミステリーに出てくる鬼首村の腰の曲がったお婆さん状態になってしまいました。
    もっか体幹を鍛えるリハビリに励んでいます。
    そうは言っても長女一家の引っ越しが8月31日にあったので、台風の中前泊で30日から31日、そして一向に片付かないので9月1日にまた上京しました。
    孫姫の子守要員として行っただけで力仕事は全くできませんでしたが、なんとか人が住めるようになったようです。

    さて歌舞伎座に行かれたようですね。
    私は義理の甥が国立劇場関係者なので、そちらで一度だけ歌舞伎を見たことがあります。
    確か尾上家一族の舞台だったような?
    それから出雲神楽の東京公演を見に行ったこともあります。
    ちなみに、その時はお弁当は食べませんでした。

    そして神谷バーです!
    神谷バー界隈は東武線利用者なので、お馴染みです。
    浅草の駐在所も羽田空港に行くときには、いつもあの前を横切って地下鉄の京急羽田線に乗ります。
    昔は上野・赤羽が東京の拠点でしたが、鹿沼市に住むようになってからは、もっぱら浅草・北千住が私の東京における拠点となりました。
    浅草がパリに似ているとは、うれしいようなコソバユイような気分ですが、パリに行ったことはありませんが、なんとなく分かるような気がします。
    神谷バーですが、ずっと気になっていて、たぶん大学を卒業してからだったと思いますが、ともだちと一度行ったことがあります。
    やはり「電気ブラン」って何よ?の好奇心で飲んでみましたが、特にひどく感動したということはなかったような?
    ただこういうものだったのか!という長年の疑問は氷解いたしました。

    最近体調が思わしくないので東京歩きとも縁遠くなりましたが、せめて腰がもう少し正常な状態になったら、ゆっくり東京散歩してみたいです。
    何事も体調がよろしくないといけませんね。
    10月には県内某所での文学講座で、「文学の舞台を訪ねて」というタイトルで90分3回の講座を頼まれています。
    これからその準備もしなければならないので、旅行記作成も皆様へのご訪問もおろそかになることと思います。
    でもその前に、まず体幹を鍛えることが先決です。
    そんなわけで、あまり旅行記とは関係のない話になってしまいましたが、ぞうぞご容赦を!  では(^_^;)


    前日光
    2024年09月04日16時07分返信する 関連旅行記

    Re: 神谷バーの電気ブラン

    孫姫様の子守ができるなら、まだまだ大丈夫です。しっかりリハビリして、4トラへの復帰をお願いします。

    動かない生活はこちらも同様です。
    この暑さですから散歩にも出られません。なんとか秋まで生き延びて、
    週3回の散歩ができるようになりたいと思っています。
    9月1,2,3と淺草にホテルをとって、このシリーズの続きの旅をする予定でしたが、台風で取りやめにしました。10月に再度チャレンジします。

    淺草が縄張りなのですね。花川戸の交番も神谷バーもおなじみとか。
    デンキブラン。話に聞いていたので、期待ワクワクで飲みました。
    「ん?」という感じですね。
    要するにカクテルですから、それにまつわる物語が大事です。
    お高いフランスワインは、付属するウンチクが99パーセント。
    同じようなものでしょう。伝説となった神谷バーで一杯飲む。それでいいのです。
    朔太郎は神谷バーで飲んでいたらしい。それで十分です。

    最近淺草に凝っています。
    木馬館や木馬亭、大衆演劇、浪曲の常打ち小屋に行くつもりです。
    「大衆演劇」という言葉に引っかかっています。
    そもそも芝居というのは大衆向けで、それをなぜわざわざ「大衆演劇」というのか。例によって、ひねくれてみたいと思っています。
    2024年09月04日17時28分 返信する
  • 吾妻

     しにあの旅人さん おはようございます。
     
     4トラベルの旅行記の表紙には数々の絶景、名場面、など心揺さぶられるものが ありますが、当旅行記の表紙の写真も、この一見するとよくある風景のようですが、なぜか私は非常に惹かれるものがありました。
     重なるような山の各々の麓に20戸には満たないかと思われる民家が、寄り添うように建っていて平和にそして仲良く暮らしているように感じられました。
     雑木林のなかに濃い緑の常緑樹がまじり、低山の色彩が豊かです。道は上の集落から途中折れたり、蛇行したりしながら下の家々に続いております。その先には吾妻川が豊かな水量を保って流れています。
     これが日本の風景なのだなぁ、などと感じ入っております。

     ところで吾妻と言う地名はポピュラーなようで、私の母の故郷の村も吾妻村と称しておりました。子供のころ聞いた話は、同じような物語でした。
    村は今は栃木県佐野市の一部に属しております。昔は水害に毎年見舞われるような寒村でした。
     ご夫婦そろって同じ趣味でご一緒に旅をされて羨ましいです。これからも楽しみにしております。

     pedaru
    2024年09月04日06時51分返信する 関連旅行記

    Re: 吾妻

    吾妻川の向こうは榛名山です。このあたりずっとこういう感じの鄙びた田舎です。
    たぶん上野国吾妻郡の古代のころとそんなに変わらない。浅間、榛名、草津白根にはさまれた渓谷ですから、変わりようのない地形です。
    たしかに、日本の原風景ですね。

    この上流に八ッ場ダムができました。景色が一変します。ダム湖の両岸に立派な道路ができて、ドライブインなどが林立。
    鄙びた田舎がだいなし、といえばそうですが、地元の人にとっては、やっと人並みの暮らしが出来るようになったと、安心しているのではないでしょうか。古代いらい初めてじゃないかな。

    地名では、吾妻を「あづま」と読むと日本各地に数多くあるみたいです。
    「あがつま」だとこの吾妻川周辺に固まるみたい。
    いずれにしても恋しい奥さんと別れて遠くに行く男の物語が、背景にありそうです。
    ほんらい「つま」ははじっこ、どんつまりといういう意味ですが、そういうことはこの際言いっこなしなし。素直に伝説を信じていいと思います。
    富岡正忠さんという人は、たしかに優れた学者かもしれませんが、やや性格が偏屈みたいです。

    夫婦そろっての旅が必須です、妻もカメラをもっていて、二人でバシャバシャ撮りまくります。二人で撮っていれば、撮り忘れも少ない。
    それいがいに記録係、看護士も兼ねます。
    最近足腰が目立って衰えております。妻の方がはるかにしっかりしている。万一私が転んでも、なんとか助けてくれるであろうと、あてにしております。
    2024年09月04日09時54分 返信する
  • 時空を超えてとはこのこと!

     しにあの旅人さん、おはようございます。
     拝読し始めてすぐご旅行の時期を確認しました。 コロナ騒ぎもまだ起きていなかったときですね。 つまりマスクをして自転車を漕ぐという苦行をせずに済んだわけで、まずは良かったということですが、では私がマスクなしなら同じ行程を走れるかというと、とんでもないことで、電動だろうと原子力自転車だろうと、とうてい無理です。
     若いころは徒歩(ヒッチハイク)で今でいうならバックパッキングに明け暮れていましたが、そのうち自転車になり、バイクになり、車になったらもう元へは戻れなくなりました。 今は電車の乗り換えも億劫で、どこに行くのも車です。
     というわけで、今回しにあの旅人さんのご旅行記に出てくる景色はほとんど見たことのない場所ばかりです。 観光バスの通れる道しか経験していないのですから、普通の車も通れない自転車道など知るわけもありません。

     ご自分の足でペダルを漕ぐという労苦へのご褒美でしょうか、飛鳥の先人たちが総出でお迎えくださったようで、その充実ぶりは添えられた地図からも克明に窺えます。
     富本銭など、私は見たこともないので、もちろん支払いには使えません。 「ペイペイ」などというおぞましい名称の電子通貨も持っておりませんので、現地を自分の足で回るのはもはや不可能だと思いますし、人付き合いも面倒になっている昨今ですから、
    身分違いのやんごとなきお方たちとの交流もまず無理でしょう。
     あれもこれも、ただただしにあの旅人さんの知力・体力・気力のみがことを可能にしているのだと思い知らされ、私は80年付き合ってきた「劣等感」を再燃させるのみでした。
     まさに時空を超えての躍動! どうぞ今後ともへたれ老人への刺激と思召して、知的冒険旅行記の投稿をお続けくださるようお願いいたします。

    ねんきん老人
    2024年08月17日10時16分返信する 関連旅行記

    RE: 時空を超えてとはこのこと!

    ご無沙汰しております。
    自転車を車に積んで旅していたのはもうかれこれ4年前、いまでもできるかな。
    最近体力の衰えを自覚しております。はやくこのバカ暑さがおわって、いつでも散歩できるようになってほしいと、つくずく思います。体力回復にはこれしかありません。
    今は5時起きで6時から散歩がせいぜい週に1回です。7時にはもう30度ですからね。

    飛鳥の原っぱは車は入れないので、自転車がお勧めです。レンタル屋さんがいっぱいあります。私たちも次は電動アシストのレンタルにします。電池がなくなったら、換えをもって助けに来てくれるそうです。

    きれいな風景写真や豪華なごちそうの旅行記は予算の関係で無理。
    いつもない知恵を絞って資料調べでお茶を濁しております。これは楽しいし、お金がほとんどかかりません。最近は国会図書館のデジタルアーカイブなるものの読み方を覚えて、愛用しております。目が疲れるのが難点ですね。

    資料を漁ると天武さんや持統さんなど、友だちのように思えてきます。
    聖徳太子さんなども親しくなりましたよ。お札の太子さんにはもって来てほしかったのですが、縁のないところには来ないそうです。
    2024年08月18日11時33分 返信する
  • これは平家物語を巡る旅ですよね?

    こんばんは(^_^;)
    「ヤマトタケル空白の旅路}?
    看板に偽りあり!ですね。
    いったいどこにヤマトタケル君は登場しているのでしょう( *´艸`)

    ところで「平家物語」、現役で教えているときには、平家ってスルーしちゃうことが多かったなぁ。
    冒頭部分はともかく、なにせ長いし。
    言葉遣いがまた、源氏なんかとはちょっと違うんですよね。
    でもあの独特のリズム、「義仲の最期」なんて壮絶でビックリ!
    今井の兼平の見事な最期にも泣かされます。
    男子として、いや主君に仕える家来として、こんなあっぱれな武士はいるでしょうか!
    「今井四郎は軍(いくさ)しけるが、これを聞いて、「今は誰をかばはんとて軍をばすべき。これ見給へ、東国の殿ばら。日本一の剛の者の、自害する手本よ」とて、太刀の鋒を口に含み、馬よりさかさまに飛び落ち、貫かって失せにける。」
    わぁーー、痛い(>_<)
    というか、それ以前の問題か!
    お話なのか、事実なのか。。凄い世界です。
    今の方が、平家の良さをしみじみと感じます。

    湯西川に「平家の里」という観光施設がありまして、そこには山口から「赤間神社」を勧進してきて、その庭の奥に安徳天皇を祀っています。
    全国でも「赤間神社」は、山口と湯西川にしかないとか。
    端午の節句にこいのぼりを揚げないとか、鶏は飼わないとか、今でもそういう風習があるそうです。
    平家のように一世を風靡して華やかさを極め、あっという間に滅んでいったものに寄せる日本人の思いは、深いですね。
    そういうものが好きという遺伝子は、おそらく我々の潜在意識の中に潜んでいるのでしょう。
    儚く散る桜を愛する感性もまた然り。

    今回は「平家物語」の世界に、どっぷりと浸らせていただきました。
    え?平家物語はBL?
    うーーん、そうかもしれないとも思いました"(-""-)"
    ではでは(-_-)zzz


    前日光
    2024年07月21日22時47分返信する 関連旅行記

    Re: これは平家物語を巡る旅ですよね?

    そうなんですよ。
    タケル君どこにもでてこない。
    これは話すも涙の物語なんです。
    このあと金鑽神社6がありまして、いよいよ金鑚神社とタケル君のお話が出てくる予定で、ここまではその伏線、のはずだったのですが~~~
    どうにもこれがまとまらない。
    加えて全然面白くない。書く方が面白くないので、読む方はもっとおもしろくないはず。
    で、とりあえず先に行くことにしました。ばやいによってはまた戻ってくるかも・・・

    これまたとりあえず、平家物語を楽しんでいただいて、よしとします。

    鳥居峠でまたタケル君に戻りました。
    このシリーズはちゃんとタケル君が出てきます。
    2024年07月22日10時47分 返信する
  • 鳥居の補助鉄板板について

    しにあの旅人さま、おはようございます。

    旅行記、篤と拝見させて頂きました。
    さて、旅行記に投稿されておられます鳥居写真での補助鉄板は、関東大震災での被災被害の結果ではないかと思います。
    旧信越本線熊ノ平駅構内に保存されている、碓氷鉄道碑横にも同様の鉄板修復痕が残っておりますが、かの碑は軽井沢駅前に建立されていたものが関東大震災振動震動と同時に倒壊し真っ二つに折損したものが15年程放置状態だったものを修復したものが移転保存されていることから、同様の修理痕から被災被害修復と判断しました。
    関東大震災では南関東の震動が著しいものでしたが、実は、軽井沢も強い揺れが発生したらしく、倒壊家屋なども多数出た様です。
    如何でしょうか!!!


    横浜臨海公園
    2024年07月21日09時55分返信する 関連旅行記

    Re: 鳥居の補助鉄板板について

    お説の通り関東大震災後の修理ではないかと思います。
    吾妻郡誌による明治39年(1906年)の修理は、石工の名を鳥居に残す本格的なものだったようです。そういう石工が鉄片による修理をするとは思えないのです。
    鳥居の笠木、額束とそれ以外の部材の摩耗がかなり違います。全くの想像ですが、飯村による修繕は鳥居本体で、笠木、額束はオリジナルのまま、それが震災で破損したと考えると、つじつまは合います。
    特に「四阿山」の額束の欠損が目立ちます。風雨による摩耗より、落っこちたので欠けたという感じです。
    2024年07月23日08時12分 返信する
  • しめ縄狂騒曲(^_^;)

    しにあさん&by妻さん、お久しぶりです。
    週二回の整形外科への通院、その合間の整骨院での治療、おまけに歯科検診と
    「ずいひつの杜」第三号の編集とが重なり。なかなか皆様の旅行記にコメントというのができません。
    しかもしにあさんのは一筋縄ではいかない力作なので、いい加減にはできないし。。。
    というわけで、怪我や腰痛の治療が大変です。
    交通事故(特にもらい事故)は、経験するものではありません。

    さて金鑚神社編、しめ縄があったのに、二年後無くなっていた話。
    せっかく℡までして確認したのに、写真を撮った時には縄が撤去されていたのでしょうとは( *´艸`)
    現実なんてそんなものなのでしょう。
    でも申し訳ありませんが、笑ってしまいましたよ。

    源義家がこの神社に残した痕跡は、ありえない作り話ではなさそうですね。
    それにしても「駒繋ぎ石」は、時々左右に入れ替えたのでしょうか?
    あんな重そうな石を、右や左に動かしていたとは思えませんね?
    謎です。
    杉の巨木が枯れて銀杏になったというのは、ありそうなことですね。
    とにかく義家が、この神社に橋を寄進したということを信じましょう!(^^)!


    前日光
    2024年06月11日16時46分返信する 関連旅行記

    Re: しめ縄狂騒曲(^_^;)

    ヤボ用に振り回されています。楽しみにしていた前日光さんのコメントです。時間が出来たらじっくりとお返事します。
    2024年06月13日08時00分 返信する

    Re: しめ縄狂騒曲(^_^;)

    お医者さん通い3カ所と雑誌の編集とは、大変。
    私の旅行記のコメントはほどほどに、治療に専念してください。

    しめ縄事件はおもしろかったですよ。
    相手の女性の方「え~~~」と声が1オクターブあがりました。
    まるで予想していなかったみたい。

    かんじんの石が右か左か、実は疑っております。
    神社の元禄時代に作られたという社伝と「武蔵風土記稿」が矛盾するところがありまして、この神社は何かを隠しているのではないかと思ってみたり。

    金鑚神社旅行記はもう1本あるのですが、それをとりあえず飛ばして歌舞伎・淺草に行ってしまいました。
    本庄あたりの金鑚神社を名乗る11社を全部行ってきました。これが以前の上野の神社なみに村の鎮守様の羅列で、書いている方もあまり面白くない。そのうちネタがなくなったら書きます。
    2024年06月21日14時19分 返信する
  • 浅草ご滞在。

    しにあの旅人さん

    コメントを書きますのはお久しぶりとなります。
    このところ、しにあさんの旅行記に食いつくには?あまりに勉強不足でして、、、
    それでも拝読だけはして来ていました。

    今回は、えっ、東京?と一瞬目を疑ってしまいました。
    それも一泊されての旅行記ですから、こちらも気合を入れてお邪魔しました。
    歌舞伎をご覧になって、ひと休みされて夜は浅草演芸ホールでお笑いを。
    なんて粋な一泊でのご滞在でしょう!
    もしかしたら一泊されなくても、そのままお帰りにもなれそうですよね。
    夜の、雨で濡れた舗道に映りこむ演芸場が、なかなかイカしていますね。

    そして今回初めて知ったのが、プロフィール画像のいわれ。
    Au Pied de Cochon で出されたデザートのメレンゲだったんですね。
    どうやら可愛らしい豚さんが2人、とは思っていましたが、まさかメレンゲ製だったとは。
    更に神谷バーの2階にレストランがあった事も初めて知りました。
    予約をされていらっしゃったのはさすがです。
    一階は賑わっていてゆっくり過ごすにはちょっと落ち着かないですものね。

    浅草がモンマルトル界隈に雰囲気がよく似ている、とのしにあさんの説には
    何十分の1も知らないmistralですが、同意いたします。
    浅草に若き日の芸術家たちが集まってきたのも頷けますね。
    夫の敬愛する杢太郎さんも「パンの会」のお仲間さんと、神谷バーで
    電気ブランを飲んだかもしれませんね。

    mistral

    2024年06月05日22時38分返信する 関連旅行記

    Re: 浅草ご滞在。

    こちらこそご無沙汰しております。
    1泊しなくても帰れますが、あまりに強行軍ですから、淺草暮らしとしゃれました。
    東京で泊まりがけで旅行なんて、歌舞伎、寄席見物以外にはないでしょう。
    これからも上野などの寄席回り、楽しむつもりです。

    Au Pied de cochonのブタさん、かわいいでしょう。たしかアイスクリームの上に乗っていました。7年くらい前のフランス旅行の思い出です。
    「Le chien qui fume タバコを吸う犬」というこれまた変な名前のレストランが、レ・アールにあります。
    両方とも、パリにいらしたら、お勧めです。
    名前だけでもブログネタになります。

    神谷バーは、ほんとは1階のバーに行きたかったのですが、予約をうけてくれません。そうとう混雑していそうで、2階にしました。8時過ぎにちょっとのぞいてみましたが、入り口近くの席までいっぱいでした。
    次回トライしてみます。
    明治から有名なのは1階のバーです。

    ご主人は杢太郎の愛読者なのですか。
    実は私は青木繁との関わりで調べただけで、作品は知らないのです。医学者としても立派な仕事をしたそうですね。

    杢太郎には「パンの会の回想」という小文があって、青空文庫になっています。
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000120/files/1394_20691.html

    残念ながら神谷バーには触れていません。しかしパンの会に顔を出していた人物名はすごいもので、日本近代文学史の名簿みたいです。
    こういう芸術家が集まって酒を飲んで議論をしていたんだなあ、と思いました。

    淺草モンマルトル似ている説が支持されてうれしい。
    どことなく雰囲気が似ているんですよね。どこが似ていると言われるとこまるのですが。
    2024年06月07日14時51分 返信する

    RE: Re: 浅草ご滞在。

    しにあの旅人さん

    おはようございます。
    コメントさせていただきました折、夫は杢太郎さんを敬愛している、などと書きましたら、
    しにあさんからのご返信が。
    敬愛、なんて言葉、普段使わないですが、夫にいつか聞きましたら、まあそうだねと同意。
    杢太郎さんと書くのはあまりに失礼な、とも思ってしまいます。
    夫にとっては同業の大先輩。更に詩を編まれ、その上画集まで出される程の絵の才能も。
    ちなみに夫はその画集まで所持している程の、伊東にある生家を訪問する程の敬愛ぶりです。

    以下のurlは天草を旅したおりの旅行記で、
    そこで白秋さん始め杢太郎さんたちが天草を旅して、「五足の靴」なる
    紀行文を著した時のその地だった、と夫が知った、などと書きました。

    https://4travel.jp/travelogue/11832142
    改めて下のコメントを読みましたら、しにあさんからもコメントいただいておりました。

    神谷バー、その名に惹かれて?興味を抱き、行きました。
    当時は予約なんて考えずに、当然一階の大賑わいの中で席を探して、電気ブランと
    何やらおつまみになりそうな物を注文した記憶が。
    次回行くことがあるなら、2階席でと思った次第です。

    mistral

    2024年06月09日10時29分 返信する

    木下杢太郎

    また堀辰雄をほじくり返しています。
    昭和25年4月4日付け中村真一郎→堀辰雄・多恵子あての書簡に、
    ★木下杢太郎全集有り難く頂戴致します。★
    というのがありました。(来簡375p420)
    文面から堀辰雄は木下杢太郎全集をもっていたことが分かります。
    目下のところ杢太郎と辰雄の接点は分かりません。杢太郎はキリシタンを研究していたそうですが、辰雄は晩年キリシタンものの小説を構想していたようなので、そのあたりかもしれません。
    別にどうってことない情報ですが、偶然見つけました。
    2024年09月17日15時49分 返信する

    Re: 浅草ご滞在。

    しにあの旅人さん

    こんばんは。
    堀辰雄さんのことも、まだまだお調べになっておられるんですね。継続した調査力は、きっといつの日か大発見につながることでしょうね。
    堀辰雄さんが木下杢太郎全集を所有されていたとのこと。
    五足の靴のメンバーが天草へ渡りキリシタンのことを調べようと計画して行った背景には杢太郎さんの影響が大きかったようでした。同じように堀辰雄さんも新たな小説執筆のヒントになるやも、と思われたのかもしれませんね。

    やっとこのところ朝晩は過ごしやすくなってきて、ホッとひと息つけるようになってきました。
    この秋の調査旅行のご計画は、進んでおられますか?

    mistral
    2024年09月18日22時56分 返信する

    Re: 浅草ご滞在。

    堀辰雄をほじくっている副産物です。
    辰雄は生前、多恵子が見つけやすいように、自分の蔵書の目録を作っていました。
    その分類表に
    中分類「キリシタン物」
    小分類「耶蘇会通信」(木下杢太郎)
    というのがあります。

    内容不明です。わざわざ小分類を立てているので、杢太郎編纂のシリーズ物みたいな感じです。

    中分類「キリシタン物」には81点がリストアップされていて、そのなかに木下杢太郎訳として、
    「日本遣欧使者記/グワルチェリ著/昭和8/岩波書店」
    「日本書簡/ルイス・フロイス著/昭和6年/第一書房」
    著作として、
    「エスパニャ・プルトガル記/昭和4年/岩波書店」
    があります。
    したがってこれとは別のシリーズみたいです。

    中村真一郎にあげちゃった杢太郎全集も含めて、そうとうキリシタンと木下杢太郎を勉強していたみいです。
    その研究の成果となる作品を読んでみたかったです。
    2024年12月01日10時23分 返信する

    続き

    岩波の25巻全集の目次には「耶蘇会通信」に該当する著作はありませんでした。これは多分堀辰雄が立てた小分類で、ここに杢太郎の耶蘇会に関する著作を集めようとしたのではないかと想像します。集める前に本人が死んでしまいました。
    キリシタンもの以外では杢太郎の全集、詩集などが11点ありました。昭和26年の岩波版全集12巻をもっていました。全集が2セットあったので、一つを中村真一郎にあげたということみたいです。
    2024年12月02日16時32分 返信する

    Re: 浅草ご滞在。

    しにあさん

    こんばんは。
    堀辰雄さんをほじくっておられると、交友関係がらみで
    色々な著名人が出てくるんですね。
    杢太郎さんの情報をお知らせくださってありがとうございます。
    この情報は夫宛と思いまして伝えさせていただきました。
    しにあさんと同様に、興味あることに出会うと、我が夫も
    深掘りするタイプでして、
    そんな時にはまわりが見えなくなってしまうのも同じです。

    普通でしたら知っていそうなことを知らずにいて、
    かと思うと、思いがけないことまで知っている!
    先日、また大津に行ってきましたが、商店街ツアーなるものに参加。
    そのツアーの案内人の方と様々な話題で盛り上がり、
    商店街を歩くのが時間不足となりました。
    そんなあれこれの話題の中、「大津事件」なる事件の話になりましたら、夫はその顛末を知っておりました。
    もしかしたら、しにあさんもご存知なのではないかと思い、
    書いた次第です。
    余分なことで失礼しました。

    mistral
    2024年12月02日22時41分 返信する
  • ローハイド→ヒッタイト→藤原道隆→寅さん

    さすが、しにあさん(by妻さんかな?)
    人の流れが滅茶苦茶です!
    ローハイドかぁ。。。懐かしいわぁ、あのテーマ曲の印象的なこと!(^^)!
    小学生くらいの小さな子供でも一度聞いたら忘れられない!
    同時に私は、「ララミー、ララミー♪」というのや「ラッシー、ラッシー、♪」というのも浮かんできちゃいます(>_<)
    「名犬ラッシー」なんて、テーマソングに、提供している石鹸メーカーの「ミツワ、ミツワ、ミツラのラッシー♪」ですからねぇ。。。
    いやぁ、良き時代だったような。。。ヽ(^。^)ノ

    さて、私は藤原道隆って、意外に好きなんですよう。
    なにせ「源氏」より「枕草子」の方が好きなもので。
    枕を読むと道隆たち中の関白家については、とても素晴らしく描いていて、あの伊周ですら、すてきな貴公子であります。
    定子に至っては、こんな美しい女性はいないと思わざるを得ません。
    高階の貴子さまも教養ある方で、道長たちよりも私は中の関白家の方がひいきでございます。
    清少納言は暗いことはあまり書いていませんし、書きたくない性格だったのでしょう。
    私、人間で一番嫌なのが陰険な人なんです。
    紫式部はどちらかというと、陰険な感じがしてしまいます。
    ま、陰険でなけりゃ、あんな複雑極まりない大長編は書けないと思いますし。
    「源氏物語」は、今後も頂点に輝く名作・傑作であることは確かでしょう。
    おっと、こういうことを書き始めると止まりませんので、この辺にいたします。

    それにしても、元祖児玉党は幻の華奴蘇奴国、乎獲居王国の末裔に繋がるのですか?
    そして、ヒッタイト~(*^^)v 破壊的な妄想力に脱帽いたします。
    最後は寅さんの仁義に結びつける辺りの、しにあ流あざとさ!
    児玉党の詳細については、頭が痛くなってきましたが、時空を超えた縦横無尽な論説には敬服いたしました(^_-)-☆


    前日光
    2024年05月17日23時40分返信する 関連旅行記

    Re: ローハイド→ヒッタイト→藤原道隆→寅さん

    変幻自在のしにあ夫婦節、お楽しみ下さい。
    「光る君へ」は毎回楽しみにしています。ちこちに源氏や枕草子が見え隠れして、ワクワク。
    このあと、道長が源氏の原稿を持ち出してしまうあたり、どう処理されるのか、楽しみです。
    現行犯で紫式部が現場を見つけて、道長が宮廷中を逃げ回るというのはどうでしょう。中に入って間を取り持つのは清少納言、だったりして。
    ドラマは史実に矛盾しっぱなしですから、このくらいのアドリブはいいんじゃないですかね、大石さん。

    更科ちゃんが紫式部にサインをねだるとか。

    奴蘇奴国からさきたま古墳への歴史、専門の学者が関心を持たないのが不思議です。地理的に非常に近く、時間差は200年なんですから。

    前回紹介した森田悌説を掘り下げて、前日光さん地元の芳賀町と魏志倭人伝の関係など、調べている地元の古代史研究者はいませんか。
    森田悌は講談社学術文庫の日本後紀、続日本後紀の現代語訳をした学者で、群馬大名誉教授。森田さんがご自分でやってくれませんかね。埼玉県出身だそうです。
    2024年05月18日18時14分 返信する
  • 富津市の旅行記を見せてもらいました♡

     こんにちは、しにあの旅人さん。 永らく書き込みコメントをご無沙汰しておりました。 お元気でご活躍の事と存じます。 

     タイトルの旅行記を拝見で~す。 小生が最も印象深く感じたのは「弟橘媛の像」です。 美しい素敵な像です!、でもどうしてこの千葉県の富津市(ふっつし)にこの像が?。

     小生が10代の頃(60年以上前)、日本誕生と云う映画を見ました。(三船敏郎主演)少年心に司葉子さんの美しさを感じました、その司葉子こそが「弟橘媛」なのです。

     しにあの旅人がご承知の通り、海神の怒りを収める為に入水された弟橘媛。 この場所は「走水の海」(現在の浦賀水道)、神奈川県横須賀市であることは昔より承知しておりました。 ごく最近の事ですが、「ふっつし」の名前の由来が判りました 弟橘媛の着物流れ着いた地(布流津)、が訛って「富津」となった。 これで小生は納得いました。

     歳を取って、又ひとつ知識を得ました。 ありがとうございます、しにあの旅人。これからもよろしくお願いします。
                 ryuji
    2024年05月04日16時03分返信する 関連旅行記

    Re: 富津市の旅行記を見せてもらいました♡

    富津市の語源が「布流津」だとは知りませんでした。
    ヤマトタケルと乙橘姫は東京湾沿岸だけではなく、中部から関東各地にいっぱい伝説を残しております。私はファンです。

    その伝説が本当に古いものから現代の観光伝説まで、いろいろあります。今書いている空白の旅路もそれの紹介を狙ったものです。
    まだまだ二人の追っかけをやります。例によって期待しないでお待ち下さい。
    2024年05月13日21時13分 返信する

    RE: RE 大変失礼いたしました!


     おはようございます、しにあの旅人さん。

     前回のコメントにて、失礼な言葉遣いをお許しを願います。 貴方様のお名前を呼び捨にした事を、お気を悪くされたこと思います。

     改めてお詫び申し上げます。
                ryuji  
    2024年05月14日07時39分 返信する

しにあの旅人さん

しにあの旅人さん 写真

8国・地域渡航

25都道府県訪問

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

現在8の国と地域に訪問しています

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