ポポポさんへのコメント一覧(7ページ)全72件
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スプリットが大好きです
ポポポ様
スプリット、凄い!
人も多い、観光地ですね。
お友達の旅行記を見て、以前からスプリットだけは知っていて憧れていたのですが、ポポポさんの撮影場所や写真がお友達のと違っていて、大変興味深かったです。
地下宮殿、絶対、行こう。
大聖堂と鐘楼の周り、素敵な細い通りがありましたね。
レストランのある場所や銀の門もかっこいいし、私は「列柱好き」というのをポポポさんのお写真で、気づきました。
ペルスティル広場は、スプリットの紹介写真で出る場所ですね、何とも言えないほど好きです。
旧市街のアーチ門などで、石の積み方が違う場所は、異教徒に追われた近隣住民が住居等を造ったからなのですね。
スプリットの鐘楼に上れなかったのは心残りですねぇ、わかります。
今、手持ちの建築本で鐘楼からの眺望写真を見ていますが、ペルスティル広場、洗礼堂、城壁、アドリア海(&停泊している大型客船)、といろんなものが楽しめる眺めです、これはスゴイ。
シベニクの城塞からの眺望も良さそうですが、てんこ盛りという点では、スプリットの方が勝りそうです。
続きはドブロブニクですね、楽しみです。
尚美より -
感激して、すぐにコメントしたくなりました
ポポポ様
シベニク、いいですねぇ。
街歩きしたくなる街、です。
ヨーロッパの細い路地って好きですが、迷路のようでちょっと怖いイメージもあり、でもシベニクくらい明るいと怖くないですね。
旅行時期は6月が本当にいいんだ、とわかります。
独りだと迷いそうですが、現地ガイドさんがいてくれると心強いですね。
聖ヤコブ大聖堂も世界遺産なのですね。
日本語パンフレットがあるのはうれしいです。
ライオンのドアというのは、トロギールの大聖堂のようにアダムとイブの下にライオンの彫刻があるのでしょうか。
聖バルバラ教会の外壁の時計珍しいですね、ローマ数字の24時間の時計、初めて見ました。
ツアーはトラ◯クスが安くて盛り沢山で人気ですが、いつも食事が今一つです。読売旅行さんはいいですね。
市立博物館の建物にすごく惹かれました。元邸宅を利用しているのですね、なるほど。
城塞からシベニクの街とアドリア海を写した写真を、先ほど見ました。
やっぱり、これは実物を見たくなりますよ。
では、続きも楽しみです(^v^)
尚美より
RE: 感激して、すぐにコメントしたくなりました
> ポポポ様
>
> シベニク、いいですねぇ。
> 街歩きしたくなる街、です。
> ヨーロッパの細い路地って好きですが、迷路のようでちょっと怖いイメージもあり、でもシベニクくらい明るいと怖くないですね。
> 旅行時期は6月が本当にいいんだ、とわかります。
> 独りだと迷いそうですが、現地ガイドさんがいてくれると心強いですね。
シベニクは街としては小さい街です。路地が沢山ありますがそれが冒険心を煽ります。路地を下れば必ずクルカ川の方にでます。一方登れば城塞の方に行くようです。街のところどころに観光案内板があって、観光場所の表示番が通りの角などにあります。明るい時でしたら迷う事は無いと思います。
> 聖ヤコブ大聖堂も世界遺産なのですね。
> 日本語パンフレットがあるのはうれしいです。
> ライオンのドアというのは、トロギールの大聖堂のようにアダムとイブの下にライオンの彫刻があるのでしょうか。
そうです。アダム、イヴ像の下にライオンがいます。ここもヴェネチア時代支配下に置かれた街ですからライオンがありました。
> 聖バルバラ教会の外壁の時計珍しいですね、ローマ数字の24時間の時計、初めて見ました。
私も24時間の時計初めて見ました。めずらしいですよね。
> ツアーはトラ◯クスが安くて盛り沢山で人気ですが、いつも食事が今一つです。読売旅行さんはいいですね。
読売旅行さんは食事はいいです。旅行記に書きましたがシベニクのレストランのシーフード・リゾット抜群に美味しかったです。
昨日食べたリエカのレストランも良かったです。
団体ツアーの場合、旅行を催行する現地のツアー会社が記載されていますが、読売旅行は海外事業部としか書いてありません。だから独自で企画しているのかもしれません。添乗員さんの話では今年からドブロブニクの観光にクルーズが追加されたんですが、これはお客様の希望を昨年添乗課から上げて今年実現したそうです。
阪急さんとJTBの旅物語さん、レストランで良く一緒になりますよね。ここは現地のツアー催行会社が同じだと思います。
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> ポポポより
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>2015年10月03日15時26分 返信する -
雨でも充分美しいと感じました、ブレッド湖
ポポポ様
ポポポさんの旅行記の、まず、カタール「ザ・バール」にびっくりしました。
無知なので、初めて知る・聞く・見る所で、人工島があんなにきれいに見えるという点が、一番の驚きです。
一日目は雨で残念でしたね。
でも、写真のブレッド湖、ブレッド城、聖アンナ協会、充分美しくて、旅心をぎゅっと掴まれます。
そんな静寂が似合う風景に、賑やかな集団は幻滅を感じますよね。
いつでもどこでも、自分の国の作法や空気を持ち歩いてるんですねぇ(昨日、日本のコンビニでの逆ギレ事件にあっけにとられました)。
私が旅行先で、もし集団に遭遇したら、現地の方々に「同じ国の人」と見られないようにと心の中で祈ります。
ポストイナ鍾乳洞の写真では、スピード感がもろに出ていて、笑ってしましました。
トロッコ列車でそんなスピード、右に左に振られそうでちょっとコワいです。
ツアーの他のメンバーの方がどういう方かというのは、意外と旅の楽しさの大きな部分を占めますよね。
ポポポさんのお人柄でしょう、前回も良いお仲間とアムステルダムの街歩きをされていましたし、今回も良いお仲間でよかったですね。
続きを楽しみに待っています。
尚美より -
RE: ワルシャワ蜂起
ワルシャワ蜂起を呼びかけたのは、赤軍ではなく、(主語は)ロンドン亡命政府です。赤軍は補給線が伸びきっていたというのは一つの理由ですが、同時にバルト三国に兵力を差し向けています。
ワルシャワ蜂起は、ロンドン亡命政府支持している地下に潜ったポーランド軍および(国内)政府が起こした活動です。
ソ連政府は、すでにルブリン政府(内部人民委員会ベリア)を設立し、ポーランドを統治することを前提にしています。その正体は、新政府政府要人や軍の上層幹部は全部ソ連幹部です。名前だけポーランド名(〇〇スキー)にしています。
カチンの森事件も当時のポーランド軍人(尉官以上)、政治家、弁護士、学者など上級階級の人を逮捕し、秘密警察に命じて殺害しております。その三分の一を独ソ戦中にドイツ軍が発見し、残りはミンスクの郊外に埋葬されております。ソ連政府は現在もその場所を公表しておりません。現ポーランド政府の要求に対しても。おそらく、スターリンのサインがあるからと言われている。
まるで、現ロシア政府(プーチンは秘密警察出身)がウクライナでやっていることと同じではないでしょうか? -
RE:地球の迷い方・クラクフ
ポポポさん 地球の迷い方で、クラクフが戦火を免れたのは、ドイツ軍司令部(実際はゲシュタポ)が置かれたため、というのは嘘です。
6年前迷い方の「ポーランド・チェコ・スロバキア」担当に問い合わせしましたところ、間違いを認めました。歴史に素人の担当が、答えられずに「ポーランド政府観光局」に問い合わせして、まったく異なった複数の回答を得ています。その後、間違いを訂正すると約束をしたにもかかわらず、5年経っても間違いを訂正しておりません。
そこで、昨月にメールで問い合わせしたところ、担当者が変わり、わかりません、という無責任な回答を得ております。できましたら、来年度までに現地に飛んで調べることを表明していますが、いずれにしても上司もチェックする能力がないのです。これが日本の組織の特徴です。
ちなみに、昨年の8月20日過ぎの朝日でも、「(ベルギーの)イーペルは英仏対独の激戦地であった、と女性記者が書き、上司もチェック(その真偽)する能力がないのです。文系の大学出身者は遊んでいても卒業できますから、基礎的な知識や教養(近代西欧史・戦争史)も身についていないのです。プロあるいはセミプロ社会ではありません。
なお、他のガイドブック、特に筆者の愛好するロンリー・プラネットにはそのような記述はありません。歴史とは、事実だけを正確に記述することです。訂正しておくことをすすめます。間違ったことを書くと、恥をかきます。 では2015年09月03日23時44分返信するRE: RE:地球の迷い方・クラクフ
しょうちゃんさん、夜分すみません。掲示板の確認が遅れこのような時間になってしまいました。いくつか教えて下さい。
>ポポポさん 地球の迷い方で、クラクフが戦火を免れたのは、ドイツ軍司令部(実際はゲシュタポ)が置かれたため、というのは嘘です。
「地球の迷い方」とありますが、「地球の歩き方」です。それには上記のような記述がありました。
なお、現地(クラクフ在住)のガイドさんからも同様の説明がありました。
ポーランド戦後ドイツはポーランド中央部をポーランド総督領とし、SSのハンス・フランクがヴァヴェル城に入って総督府の統治をしています。そのためドイツの砲爆撃をまぬがれたのではないのでしょうか?
> 6年前迷い方の「ポーランド・チェコ・スロバキア」担当に問い合わせしましたところ、間違いを認めました。歴史に素人の担当が、答えられずに「ポーランド政府観光局」に問い合わせして、まったく異なった複数の回答を得ています。その後、間違いを訂正すると約束をしたにもかかわらず、5年経っても間違いを訂正しておりません。
> そこで、昨月にメールで問い合わせしたところ、担当者が変わり、わかりません、という無責任な回答を得ております。できましたら、来年度までに現地に飛んで調べることを表明していますが、いずれにしても上司もチェックする能力がないのです。これが日本の組織の特徴です。
間違いを認めたとありますが何を根拠に間違いを認めたのでしょうか?結局のところポーランド総督府が置かれていたため戦災を免れた訳では無く今もって理由が分からないと言うことでしょうか?
そうであったとして、ポーランドではドイツ軍の司令部(総督府)が置かれていたため戦災を免れたというのが一般的な見解のようですが....。
現地ガイドさんの説明では司令部が置かれていたからとの回答でした。
ポポポより
2015年09月04日00時59分 返信するRE: RE: RE:地球の迷い方・クラクフ
拝復
> なお、現地(クラクフ在住)のガイドさんからも同様の説明がありました。
> ポーランド戦後(1939年9月ではなく何時の時点ですか))ドイツはポーランド中央部をポーランド総督領とし、SSのハンス・フランクがヴァヴェル城に入って総督府の統治をしています(1941年?独ソ戦時?)。そのためドイツの砲爆撃(何時の時ですか?)をまぬがれたのではないのでしょうか?
あなたの説明?ドイツの砲爆撃ではなく、ソ連軍(1945年1下旬)のでしょう。ソ連軍(スターリン)は、第2ウクライナ軍にダンチッヒ、第1白ロシア軍(ジューコフ)はワルシャワ経由ベルリン方面、第1ウクライナ正面軍はブレスラウ方面> の攻略を命じています。ポーランドのクラコウには主力を振り向けておりません。せいぜい軽装備の2個師団程度です。
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> > 6年前迷い方の「ポーランド・チェコ・スロバキア」担当に問い合わせしましたところ、間違いを認めました。歴史に素人の担当が、答えられずに「ポーランド政府観光局」に問い合わせして、まったく異なった複数の回答を得ています。その後、間違いを訂正すると約束をしたにもかかわらず、5年経っても間違いを訂正しておりません。そこで、昨月にメールで問い合わせしたところ、担当者が変わり、わかりません、という無責任な回答を得ております。できましたら、来年度までに現地に飛んで調べることを表明。
> 間違いを認めたとありますが何を根拠に間違いを認めたのでしょうか?(担当者も幾つかの説を提示しましたが、いずれも肯定するものではありませんでした)。結局のところポーランド総督府が置かれていたため戦災を免れた訳では無く今もって理由が分からないと言うことでしょうか?(ソ連にすれば重要な軍事拠点ではないということです。それにソ連の秘密警察が設立したルブリン政府に考慮したということでしょう)。
ソ連軍の作戦はドイツ領の占領です。実際占領後、工業地帯の施設などをソ連国内に戦利品として持ち帰っています(旧満州でも)>
そうであったとして、ポーランドではドイツ軍の司令部(総督府)が置かれていたため戦災を免れたというのが一般的な見解のようですが....。
ポーランド政府観光当局は、そのような事実とは無関係の説を幾つか示しました。なお、歴史家(特に戦史)の本(論文)には書かれていない。
> 現地ガイドさんの説明では司令部が置かれていたからとの回答でした。
現地の人も歴史の専門家ではありません。1990年後にポーランドは民主化されました。まだ歴史(学術的に)の浅い国です。
> ポポポさんへ、なんならメールで迷い方に問いあわせしてください。
これ以外にも間違いがあります。 では>
>2015年09月04日11時57分 返信する -
ポポポさんのクラクフの写真、きれいです。
ポポポ様
クラクフ旅行記拝読しました。
同じ所を見ても写真の撮り方が全然違いますし、行っていないところもたくさんありました。
ヤナマテイキ広場、行きたかったけど行けなかった。
フロリアンスカ門の中央に聖フロリアンのレリーフなんてあったっけ。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」観られたのですね、羨ましいです。
そしてやはり、聖マリア教会の奇跡の体験ですね!
神秘的と言いますか…その瞬間に私も立ち会いたかったです。
体験を旅行記にして下さり、お礼を言いたいです。
考えてみれば、私が奇跡と言っているのは「いい出会い」なので、次元が違うと、なんだか恥ずかしいです。
ポポポさんのポーランドの旅行記、続きますね。
楽しみです。
尚美より



