雲の仙人さんへのコメント一覧(8ページ)全209件
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チェンマイの旅からお帰りなさい。
楽しみにしていたブログを、隈なく拝見致しました。
〉友人と楽しいひと時も過ごした、しかし何か満足感はない。達成感もない。
やはりそうですか、私の場合も同感です。
チェンマイではこれと思えるような計画も無くて目的も朧げで、1か月の滞在はいささか窮屈に感じました。
帰国後、タイ北部の地図を見ながら近隣地まで隈なく足を運べば良かったのに・・・なんて。
お互い「旅人」ですね。
基本的に旅で求めていたのは、移動しながら日々の『変化』ではなかろうかと、ginさんのブログを見ながら改めて気づいた次第です。
チェンマイを起点にタイを放浪して、ときには近隣諸国まで足を延ばす。
けっこう体力が必要ですね。
私も年齢的に時間がありませんので、少し焦ります。
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仙人さん、元気でお帰りっ!
タイ国らしい列車のハプニング旅、これ僕好み♪
素敵な出会いもあってね。
次回は状況しだいでミャンマーの旅?お供しますよって。
さて、さて、
今回のチェンマイいかがでしたか。
仙人さんのことです、
素敵な女性三昧だった?だと想像しておりますよん(爆
それらしきこともブログで2,3紹介して頂ければ幸いなのだ!
期待しておりやす。
ほな、また。
RE: 仙人さん、元気でお帰りっ!
列車のハプニング・・・みんな覚悟の上のようです。
ミャンマー人と知り合いになって本当に良かった。
出来れば正月に行こうか・・・と考えています
インレー湖もきっと近くにあるんじゃ・・ないか?
Ginさんは知っているかも?
女性三昧・・・熱望していたが何とかが邪魔して出来なかった(爆
NNNテレビ ドキュメント2007「日本を棄てたニッポン人」
というテレビ(CD)をみたら暗く?なりましたね。
希望を持ってチェンマイにきたが・・・という人たち。
Ginさんのようなチェンマイを拠点に旅をする・・・。
それが最高! 私も旅人ですから・・・やっぱり旅ですね。
今回はチェンマイばっかり1ヶ月滞在・・・。
正直言って退屈した。あまり愉快じゃなかった。
オリジナルHPの美女は面白いですよ!美人がいますよ。
近日中に4トラにも何かチェンマイ生活を書きます。2008年08月26日17時29分 返信する -
今日は。
お疲れさまでした。
何とか日本へたどり着けましたか(笑)。
かなりハードな帰国の旅でしたね。
汽車よりはバスの方が賢明ですね、覚えておきます。
Gin
RE: 今日は。
列車も当たりはずれがあるようで時間通りにはいかないですね。
でも列車内で暇で待ち時間に友人が二人できました
ひとりはチェンマイ人、もう一人はミャンマー人
正月にその町でイベントがあるらしく是非行きたいものです。
その町とはマンダレー近くのMittina(スペル?)漢字では蜜支那。
あすブログなど詳しく掲載。2008年08月23日18時06分 返信する -
こんにちは
先日テレビ同じようなタイチェンマイのHIV孤児の施設をやっていました。出てきた幼い姉妹が中心に報じられていましたがお姉ちゃんのほうが発症してしまい、みるみる体中に疱瘡が出来て衰弱し「あっ」という間になくなってしまい妹だけか残されてしまっていました。見ていてすごく悲しい気持ちになったのとAIDSという病気の怖さを知りました。
豊かになった社会がある反面こういう風に苦しんでいる人たちが地球上には多くいることを認識しないといけないと思いました。
命が大切なものである事を再認識しました。RE: こんにちは
私たちが支援しているHPのバーンロムサイを初めて知ったのは
2000年ごろTVで見た「次から次ぎへ死んでいく感染孤児たちの
バーンロムサイのドキュメントでした」
ここ2,3年体調管理や抗HIVの薬で(約1ヶ月12000円)のお陰で
亡くなる人はいないようです。ここの施設の最年長は高校生。
今まで12歳ぐらいになると亡くなっていた。今後は就職や恋愛など
難しい面がおこるでしょう。小さい時から知っていると孤児たちの成長が
楽しみであり又心配でもある。タイといえばエイズ・・そんなイメージも
ありますがアジアでももっと感染率の高い国もあります。
貧困=エイズ、こんな表現はよくありませんが現実です。
ひとりでもHIVにかからないように願い、一日でもはやく薬が
開発されることを望みます。2008年08月17日18時34分 返信する -
はじめまして
はじめまして。
まだまだ戦争の終わっていない人がいらっしゃるのですね。
日本人が東南アジアの密林に入って行き多くの人は戦闘というより飢えや病気に倒れて亡くなられた悲劇があったことは何時までも語り継がないといけないでしょうね。本当の戦争の爪あとなんでしょうね。RE: はじめまして
> はじめまして。
世界中にまだこのような方がいらしゃるんですね!
藤田さんに中にではまだ戦争が続いているのです。
メーソット(ミャンマー国境の町)に住んでいる
ビルマ戦線旧日本兵・中野さんは夢の中にB29が飛んでいるそうです。
長崎のNBC-TVと取材に行ったときのドキュメントが2006年8月13日
TBSの筑紫哲也でNBC熊切記者をスタジオに呼んで全国放送されました。
http://4travel.jp/traveler/unzen/album/10075023/
藤田松吉さんも自分の中では戦争に対してファイティングポーズを
取るのですがいざお孫さんを戦争に・・・という話に持っていけば
戦争は止めてほしいと本音を吐きました。
世界各国ではまだ戦闘を繰り返していますが個人的なドキュメントにすれば
親が死に・・・みな家族があり可愛そうなんですね、
子供まで参戦しているのですから・・・。2008年08月17日09時53分 返信するRE: RE: はじめまして
こんにちは
> 世界中にまだこのような方がいらしゃるんですね!
終戦時に敗戦に納得が行かず自決された方と表裏一体の部分はあるのでしょうね。当時の軍国教育の結果なのでしょうね。
当時は日本人の助け合いの精神が悪く利用されて隣組という相互監視システムが確立されてしまい他の方だったと思いますが生きて帰ってきても国でなじめなかったなんていうのもそういう部分から来る世間体の部分なんでしょうね。
> 世界各国ではまだ戦闘を繰り返していますが個人的なドキュメントにすれば
> 親が死に・・・みな家族があり可愛そうなんですね、
> 子供まで参戦しているのですから・・・。
当然そうなりますよね。この個人を守るという考えが基本的人権であったり個人の保護ということにつながるのでしょうがこの辺がおかしくなって権利ばかりを主張する人が増えてしまったのは悲しい話ですね。
そういう人を再教育するがために徴兵制の必要を説く人がいますが軍隊がどういうものかをもっと考えたほうがいいですよね。普通のお兄さんが普通でいられなくなるわけですからね。まじめな人ほど戦いが永遠に続くのでしょうか?
失礼いたします。2008年08月17日13時27分 返信する -
長崎原爆記念日の元旧日本兵inチェンマイ郊外在住
8月9日藤田さんを訪ねた。
ビルマ戦線旧日本人兵がチェンマイ郊外ランプーンに住んでいる
ランプーンを安住の地に選んでから60年。
その人の名は藤田松吉さん、長崎出身である。
毎年会うたびに弱ってきている、
ビルマ戦争の生き証人も少なくなっている。
タイに住んでいる旧日本兵も二人になった。
両親や兄弟を原爆で亡くして63年の夏を迎えた。
日本のテレビではもちろん、タイのテレビでも原爆を取り上げていた。
こんなして世界中旅が出来るのも「平和」のお陰です。
藤田さんの頭から戦争から永久に抜けない。
今でも命令が出れば戦争に行くという、
しかし大学生の孫の話になれば顔が優しくなって平和を願っていた。
2008年08月12日12時02分返信する -
今日は。
相変わらず行動半径が広いですね。
活動的な日々を過ごされて居るのに敬服させられます。
昨日の夕方無事に帰って来ました、山の向こう側は雨が多かったです。
月曜日以降なら何時でも空いています。雲の仙人様の都合の良い日と場所を連絡ください。
それでは良い週末をお過ごしください。



