morisukeさんへのコメント一覧(5ページ)全587件
-
こんばんは
morisukeさま
チュニジアの旅行記にいいねしていただき、ありがとうございます。
昔読んだ本を読み返したら、行ってみたくなりました。
人も優しく、お食事も美味しくて、見たかった遺跡が見られて楽しい旅でした。
2つ、旅行記を拝見しました。
炭鉱と遊郭、今はもう存在しないものですね。
寂れた商店街、もの悲しいなと思っていたらマネキン?の顔、コワかったです。
200人もの娼妓がいたという洞泉寺遊郭、賑わっていたのですね。
「秩序から外れた秩序」、なんだかジンと来ました。
楽しませていただきました、ありがとうございました。2024年11月04日21時21分返信するRE: こんばんは
ちびりん様
こんばんは。書き込みありがとうございます!
そして返事が遅くなってしまい申し訳ありませんでした_(._.)_
私はチュニジアに直接行ったことは無いのですが、縁あってコロナ過にお仕事で繋がりがあり、直々リモートでやり取りをしていました。コロナ明けたら現地でお会いしましょう、が合言葉だったのですが、結局行けずしまいでした。心残りではありましたが、ちびりん様の手記でしっかり気分だけ行った気にさせて頂きました(笑)
遊廓のお話は、賛否両論あるかと思いますが、私は必要悪だったと思っています。最近映画やアニメの題材に取り上げられることが多いので、悪の認識は緩和されている様な気がしますが…。時代が違えば”常識”も変わりますが、ある種”歴史の重み”を感じられる遺構である事は間違いないかなぁと (*´з`)
今後ともよろしくお願いします。
Mori Neko2024年11月14日02時18分 返信する -
深い!
morisukeさん、こんにちは。
以前三川坑跡に行かれたとのことで、いつ取り上げられるかと思っていたら、新銀座から。始まりからいきなりディープな旅行記で心動かされるものがありました。
新銀座は、銀座(!)通りや松屋の裏手、やや庶民的な商店街だったかと思いますが1970年代半ばにはあまり栄えていない感じがしていました。ネットなどで見ると1990年代頃には既に今の状態に近くなっていたそうです。
もしかしたら、西鉄栄町駅の移転(1970年頃少し離れた場所に移転した)ことも影響しているかも知れません。
morisukeさんも気づかれたかと思いますが、廃墟のような新銀座でも営業している店はあります。ただ、アーケード側ではなく反対の道路側が店になっているところが殆どです(一軒だけ八百屋さんがアーケード側で営業されていて、北側のアーケードが切れるあたりに洋服屋さんもあります)。
こちらの旅行記はよく観察されていて…タキ美容室跡は私も知っていますが、ここまで詳細には見ていなかったし、写真もどこをフォーカスするかでまったく違った味わいが出ると感心しました。私も深い処を攻める旅行記を心がけていますが、morisukeさんの旅行記を見て、まだまだ浅いと反省しております。
旅行記最後の壊れかけたアーケードの部分、さすがにその部分だけ撤去されました…。
大牟田神社ですが…新銀座の北側の大牟田川は、江戸時代の三池藩領の石炭の積出が行われ、幕末に近い頃には藩の代官の屋敷や関連施設が設けられました。あの神社も代官が設け、その周辺に商店や飲食店が集まって商店街が形成されたようです。近くに古書店があって代官の子孫の方が経営されているようです。
冒頭で書かれた「丘の上の廃神社」…勝立でしょうか。もしそうなら、それはまたディープな…続編を心待ちにしております。
DecoRE: 深い!
Deco さん
いつもありがとうございます。毎度毎度、返事が遅くなり申し訳ありません_(._.)_
ジモティのDecoさんにこの話を取り上げるなど恥ずかしい限りですが、変化球として笑って頂ければ幸いです。私も完全によそ者なので、この商店街の歴史など知る由もないのですが、90年代には既にこんな状態だったのには驚きました。
私の生まれ育った滋賀の大津でも全蓋式アーケード街が未だに現役なのですが、やはり昔と比べてすっかり寂れてしまいました(涙) と言っても、一部のマニアにはレトロという理由で人気を博している様ですが (^_^;) 2020年には大津の象徴とも言われた、県内唯一の西武百貨店が閉店しました。栄華を誇った炭鉱の町の姿が、我が地元の面影と重なってしまい、少しおセンチな気持ちになりました(笑)
新銀座商店街は、純粋に昭和の遺構だと感じました。令和のご時勢、ここまで昭和の時代が見えるものは早々ない気がします(*´з`) 老朽化や美観の問題、近い将来は確実に取り壊されると推察しますが、できるだけ記憶に残しておきたいと思いました。
大牟田神社やその界隈の事を丁寧に教えて頂きありがとうございました。やはり歴史ある炭鉱の町は色々話が繋がって面白いですね。ちなみに「丘の上の廃神社」は、お察しの通り勝立です。最近Google Mapでも「勝立山の廃神社」と名前が付くようになりましたが、
少し前までは”廃マニア”さんたちの隠れスポットでした (^_^*) 社殿は基礎しか残っていませんでしたが、藪の中に佇む鳥居と狛犬は一見の価値があると思います。
長々失礼しました。ようやく仕事が落ち着いてきたので、ボチボチ続きを書き始めようかな、と。
今後ともよろしくお願いします♪
Mori Neko2024年11月14日02時01分 返信する -
若い頃職場に 震洋特別攻撃隊員で出撃前に終戦を迎えられた同僚がいました。
その方を思い出しました。平和について静かに考えることが出来る場所ですね。私も訪れたいと思いました。
ウクライナでガザでミャンマーで若い命が散っていると思うと心が痛みます。平和外交、平和外交、とお経のように唱えているだけでは平和は維持できません。RE: 若い頃職場に 震洋特別攻撃隊員で出撃前に終戦を迎えられた同僚がいました。
吉備津彦様
こんばんは。返信が遅くなり申し訳ありません_(._.)_
戦争史跡は割とよく訪問するのですが、ココは別格の雰囲気を感じます。ただ、私が訪問したのは祝日でしたが、訪問客はチラホラでした。釣り客は多いんですがね(^^ゞ
終戦から80年余り、世界で相も変わらず戦争が続いている今こそ、多くの人にこういう場所を訪れて欲しいと思うのです。
お経の様に… で思い出した事がひとつ。
私のおじいは信心深い人で、毎朝毎朝、大きな仏壇に向かてずっとお経を唱えていました。鬼籍に入ってから聞いた話ですが、それは戦地(インパール)においてきてしまった仲間のためだったそうです。捕虜になって自分だけ日本に帰ってきてしまった事、せめてもの償いだったんでしょうね。隣国がキナ臭くなっている今日、平和とは何か、戦争とは何か、真剣に考える局面に来ている様な気がします。
長文失礼いたしました、今後ともよろしくお願いします (*^^*)
Mori Neko2024年11月04日21時55分 返信する -
いやはや何と申しましょうか
morisukeさん、おはようございます。
いやはや何と申しましょうか、この廃墟ぶり。こんなのを発見するmorisukeさんの嗅覚には恐れ入りました。壊れたアーケードに放置されたまま残る個性的な看板類。賑やかだった時代を想像すると何とも空虚です。
私は大牟田から北に30kmくらいの片田舎で高校時代まで育ちました。当時大牟田はデパートもある都会でした。三川坑炭塵爆発の大事故があったのは小学校時代。その数年後に三池工業高校野球部が全国優勝し、沈みがちだった町に久々に明るいニュースでした。確か当時の監督は原前巨人軍監督のお父さん。
続編の世界遺産巡りも期待しています。きっとmorisukeさん独特の視点からの面白い旅行記に仕上がっていると思いますので。
廃墟ファンの万歩計RE: いやはや何と申しましょうか
万歩計様
いつもありがとうございます♪
昭和臭を感じられる商店街って全国的にはまだ残ってたりします(笑) 例えば、和歌山の七曲商店街は一見「廃感」が漂ってますが、実際は”生きている“商店街で、そのギャップが逆に心をくすぐったりするのです(≧∀≦*) 特に看板は一度作ったら基本変えないので、昔の字体などがそのまま残っている事が多いですね。それを頑張って探すのが面白いのですが (´∀`о)
大牟田の昔、写真を撮ってたら地元の方とお話しする機会があり、写真にも写っている商店街の空き地に「松屋」というデパートがあった事を教えてもらいました。恐らくは町のシンボル(誇り)に近い存在だったかと思うのですが、現代の消費のスタイルの変化に順応するのは難しいのでしょうね。
三池炭坑も廃業したそのままの姿を残す素晴らしい遺産でした(^_^*) 大したものは出せませんが(笑)引き続きよろしくお願いします!
Mori neko
2024年10月27日18時27分 返信する -
面白いものを見せて頂きました
morisukeさん、こんにちわ。
面白いものを見せて頂きました。歴史の生き証人ですね。
それにしてもこの場所をよく見つけられましたね。私同様になかなかの廃墟趣味?でいらっしゃる。
万歩計RE: 面白いものを見せて頂きました
万歩計様
毎度訪問ありがとうございます (・∀・)ノ
誰ぞの旧邸宅とか、武家屋敷とか、陽の者がお使いになられた建築はすんなり後世に残されていくのでしょうが、遊廓はその存在自体が「負」ですから、今回の様に歴史の生き証人になられるパターンはレアですね。それ故に貴重、なのは間違いないと思いますが (*´з`)
レトロ?廃墟?フリークのシンパが増えるのは大変嬉しい限りです。
また合法的に怪しいところに突撃しますので、応援よろしくお願いします(笑)
それではまた~。
Mori Neko2024年10月08日20時09分 返信する -
遊郭跡
こんにちは、morisukeさん
京都にも遊郭跡地がありますが、
大和郡山にそんな場所があるなんて、
全然知らなくて、凄く興味津々見せていただきました。
やっぱり、大和郡山といえば、
最初に触れられておられるように、
金魚の街のイメージが強く、まさかの遊郭だったので、
ビックリです。
でも、写真で見て決めるっていうのは、
今の時代も結局そうですものね。
何も変わっていないんだなーって実感しました。
高嶺の花の遊郭遊び、時代を感じさせていただきました。
たらよろRE: 遊郭跡
たらよろさん
こんばんは~。書き込みありがとうございます (´∀`o)
京都の遊廓地と言うと… 五条楽園ですかね。五条楽園は遊廓跡でもレベチだと思います(笑) 個人的な感覚ですが、やはり京都の遊廓建築は華がある様な気がします。
大和郡山の遊廓も、東岡町は庶民の娯楽、洞泉寺町はハイソなお金持ちが行く所で住み分けができていたそうです。
今も昔も写真で決める… もうお恥ずかしい限り大筋は変わっておりません(笑) そして、今も昔も盛メイク…これも変わっておりません。ガイドさん曰く、写真と全然違う人が出てくる事もあったんだとか (´ω`*)
時代が変われば価値観も変わるという事で、あまり語られない歴史の裏側を見て感じる分には非常に貴重な経験でした~。
Mori Neko2024年10月07日01時43分 返信する -
大和郡山
morisukeさん、こんにちは。
大和郡山、奈良の古い街という印象がありましたが、意外や意外、遊郭街もあったのですね。でも、人間の本能に根差した部分だから、規模や形の違いはあっても、至るところにあったのでしょうね。特に街道筋の宿場町には。
しかし、川本楼の買取・保存、市は思い切ったことをやりましたね。社会的には”好ましからざる”物件を公的な機関が保存するとは。いろいろ苦情があったのもわかりますが、私も保存・公開されて良かったと思います。これも街の歴史の一部。建造物としても街の記憶を伝える大変貴重なものです。
しかし…遊郭廃業後に下宿生活した学生さんたちは、このワールドをどのように感じたのでしょうか…。
遊郭といえば、私は宮尾登美子さんの小説(「陽暉楼」など)を思い出しますが、人の本能がぶつかる場所だから、それはドラマチックで激しい場所だったことでしょうね。愛憎うずまき欲得が絡み、その中でも純な恋愛があったり日常の喜怒哀楽があったり…。
それ故に多くの人がひかれる部分があるのではないかと思います。
東岡遊郭も、当時の建築がわかる貴重なものですが、あの状態で取り壊しも止むをえないでしょうね。その前の姿を残されたのは貴重な記録だと思います。シャッターも見えて、いろいろ手を入れて時代が変化していく中でも使われ続けたように思い得ました。
今回の旅行記は、周囲の風景、建物の内部や娼婦の生活ぶりなどが写真と文章と両方充実していて臨場感溢れ、その世界に引き込まれるようでした。
これからもmorisukeさんの旅行記を楽しみにしています。
DecoRE: 大和郡山
Deco さん
こんにちは~。書き込みありがとうございます。
遊廓の訪問記なんて結構グレーな所を攻めているので、ご賛同頂き感謝感謝です (*´з`)
仰られる様に、街道が通る交通の要衝には人が集まるもので、そこに花街ができるのは自然の流れかと思います。私の場合、郷里は滋賀の大津市でしたが、当時は「雄琴」という全国区レベルの花街があり、子供ながらにあの強烈なおピンク空間は何なんだろうと訝しく思っておりました(笑)
当時は駅前にも普通に怪しいのがいっぱいあったんですが、今はすべて撤去の流れになっているのは少し寂しい気もしています。
そして、私も遊廓廃業後にそこに住んだ学生さんの心境が気になってしょうがなかったです (σ・∀・)σ 当時の面影はすべてリセットされてるとは思いますが、何かしらの妄想が頭をよぎるんじゃないかと…。
私個人は、この下宿屋を見て「めぞん一刻」がパッと脳裏に浮かびました。
ボロアパートながらも常に騒々しい日常生活、昔を賛美するつもりは全くありませんが、
こういう共同生活って想像もつかない世代にはなぜか輝いて見える時があります。
中々外からは伺い知れない世界、でも潜在的な本能ではその秘密の扉を開いてみたい…
遊廓ってオカルティズムに近い気がして、私たちが惹かれてやまない理由はこの要素もあるんじゃないかと思っています。個人的興味が尽きない場所は絶対見たい派なので、またディープな場所があればアップしていきたいと思います。
それではまた~。
Mori Neko2024年10月06日14時32分 返信する -
金魚の街と思っていましたのに。
morisukeさん
こんばんは。
いつも興味深い街を旅行記にアップしていただき拝見することが楽しみなことです。
今回の旅先は、私てきには金魚の泳ぐ城下町とのイメージのある町でした。
確かに金魚があちこちに描かれたりしていて、イメージ通りの雰囲気。
奈良方面に行ったおりには、いつか行ってみたいと思っていました。
ところが全く違った側面もあった街だったことが分かってきました。
一体そのような情報の数々を、morisukeさんはどこから発掘しておられるのやら、
そちらにも興味があります。
改めて大和郡山を検索してみますと、旧川本家住宅との表示がありますが
そこがかつては遊郭だったとはどこにも書いてありませんでした。
それでも、市が朽ち果てそうだった建物を買い取り、耐震工事もほどこした
そうですから、一応は観光資源として考えてのことだったのでしょう。
ガイドさんは、ボランティアガイドさんをお願いされたのでしょうか。
ボランティアのガイドさんがおられるとの記述も書かれていましたので。
金魚の街とばかり思っていたものでしたら、驚いてしまいあれやこれや
質問をしてしまいました。
そんな経過のあった建物ですが、朽ちる前に救われて、改修工事をされて
蘇ったことには、一安心しております。
mistral
RE: 金魚の街と思っていましたのに。
mistral さん
こんにちは~。書き込みありがとうございます (*´з`)
旧川本家住宅が「遊廓」だとはっきりとは書かれていない理由は、公開を快く思わない方たちへの配慮だと思います。所詮遊廓は春を売り買いする負の場所なので、それに税金突っ込んで活用してこう!ってのは、受け入れがたい人も出てきて当然かと思います。なので、大義名分は遊廓の全面押しではなく、あくまでも「大正時代から続く貴重な家屋の保存」なんですよね。
ただ最近は負の歴史を敢えて観光資源にするダークツーリズムも認められてきているので、今後旅の目的地はまたいろんな選択肢が増える様な気がします (*゚∀゚)ノ
どこから発掘しているかは… 企業秘密 (ΦωΦ)フフフ…という事にしておきましょう。
町家物語館は入ると受付を済ます必要があるので、ガイド(ボランティア)も方は常駐だと思います。込み合ってなければ内部を案内してくれますので、訪問するのであれば是非ガイドの帯同前提で考えておいた方が良い気がします。間違いなく行くなら朝一です。
私はガイドさんに1周案内してもらって、そこから一人気ままにのんびり建物を見て廻りました。ただ冬は足元がかなり冷えるので、厚手の靴下などで防寒は必須です(笑)
大和郡山市は奈良市からも近いので、奈良から少し足を伸ばしてみるのもおススメです( ゚∀゚)
貴重な経験になると思いますので、是非是非訪問してみてくださいまし。
それではまた~。
Mori Neko2024年10月06日13時46分 返信する -
先日はご返信ありがとうございました。
重々しいお話&歴史で、一言で言い表せませんが、かなり考えさせられますね。
日本は1945年以降戦争はありませんが、他国では毎日どこかの国で戦争していますね。昨今は輪をかけたようにあちらこちらで。私は勿論、戦争とは無縁の世代ですが、この当時は【日本の為に戦うぞ! 日本の為に死ぬぞ!】と亡くなっていた若者が大半だったのでしょう。今の日本ではどうでしょう? 恐らく居ないでしょうね。命を捧げるよりも、【日本脱出】を選ぶ人のほうが多いかと思われます。
あまり戦争の事は知りませんが、アメリカ戦に異議を唱えたという「山本五十六」さんの言葉は凄いと思います。《やって見せ・言って聞かせて・させてみて、褒めてやらねば人は動かじ》。職場で実践したら、見事に当たりました。
それにしてもお写真が綺麗ですね。
dante
RE: 先日はご返信ありがとうございました。
dante さん
こんにちは~。コメントありがとうございます。
昨今の世界各地で起こっている戦争のニュースを見ると本当に心が痛みます。先日ウクライナの戦場の取材を見たのですが、最前線で戦っている兵士の多くは精神的な異常を発症しており、無事に戦場を離れたとしても後遺症が残ったり、性格そのものが変わってしまったりするそうです。怖いのはそれでもまた戦場に戻ろうとしてしまう事。逃げる事が許されない環境下であれば、私ならどうするか、自分に置き換えて考える事が多くなりました。毎度結論は出ませんが (-ω-)/
山本五十六の話は私も持ちネタとして使う事があります♪ 特に「褒めてやらねば人は動かじ」のくだり。相手を認める大切さを「伝え」なければ人は育っていかない、という事で正に現代の企業理念に通じるところがある気がします。山本五十六が戦死しなければ、日本の迷走は少しはマシになっていたと思いますが、それはよく言う「たられば」の世界ですね。
写真は少し整えています(笑) 書くのも遅いので、一向に次のハナシがアップできず… まぁのらくら頑張ります!
今後ともよろしくお願いします (*^-^*)
Mori Neko2024年09月26日18時41分 返信する -
映画のワンシーンみたい♪•*¨*•♪ (*˘∪˘*).。.:*
morisukeさん
いつも旅行記を楽しく読ませていただいています。
morisukeさんの写真は郷愁を感じさせる色味と、引き込まれる軽快な文章でまるで本を読んでいるかのようです。
今回の呉の旅行記はとても興味深く拝見いたしました。
というのも、昨年広島の旅行に行った際に呉まで足を伸ばしました。
「てつのくじら館」や軍港として栄えた街を見てみたかったからです。
しかし、よく調べず行ったため、くじら館は休館日、気を取り直して行った大和ミュージアムも休館日。
潜水艦もいつでも停泊しているわけではないらしい…泣
休館日を調べるのは基本ですね~
とはいえ、いつかまた訪れたい、という宿題になりました。
その時は、morisukeさんの写真のような風景に出会えたら良いなあ、と思っています。
これからも旅心をくすぐる旅行記を楽しみにしています。
たびんちゅ
RE: 映画のワンシーンみたい♪?*¨*?♪ (*˘∪˘*).。.:*
たびんちゅ様
こんにちは。返信が遅くなってしまい申し訳ありません <(_ _)>
仕事の都合で1ヶ月ほどお隣の言論が規制された国を行ったり来たりしてました。
迂闊な事を書き込むと逮捕されちゃうかも…ってなわけで自主的に書き込みは制限しておりました(笑)
「よく調べずに行ったため」←コレすごく共感です。
だいたいいつも失敗して… 次からはちゃんと下調べしようと心に決めて… 喉元過ぎて同じ失敗を繰り返すというこのカルマ… 分かっちゃいるけどやってしまうんですよね … 当然潜水艦が停泊している事なんて調べていないので、私は運がいい方だとポジティブに捉えさせて頂きました (ΦωΦ)フフフ
でも私個人の感覚だと、大和ミュージアムや鉄のくじらより、やっぱ軍港都市の面影がたまに見える街並みの方が印象的でした♪ こんな景色が見られるから、また何も下調べせずに飛び出しちゃうのですが。
最近は普通の人があまり行かない場所ばっかり突撃していますが、暖かい目で見守って頂ければ幸いです。
また、たびんちゅ様の手記も楽しみに拝見させて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。2024年09月11日14時50分 返信する



