mikuwankoさんのクチコミ(47ページ)全1,741件
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投稿日 2020年03月10日
総合評価:3.0
大手濠緑地にある像です。訪問時は、竹橋駅のエレベーター設置の改良工事で長いこと仮囲いの中にあり、近づくことはできませんでした。しかし、仮囲いの外からその姿を見ることができました。台座も像もどちらも大きくて存在感がありました。
- 旅行時期
- 2018年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年03月07日
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投稿日 2020年03月10日
総合評価:3.0
江戸市中で最初に幕府公認となった時の鐘があった場所です。説明板によると1626年に辻源七という人物が鐘を撞き始めたのが最初のようです。幕府が成立してからそれまでの間はどうしていたのか不思議に思い調べてみると、家康の時代には鐘によって時刻を知らせていたものの、次代の秀忠は鐘の音を嫌い江戸城内で太鼓を鳴らす方法に変更、しかし遠くまで聞こえず役に立たなかったため、家光の時代になって再び鐘が用いられるようになったとのことです。また、辻源七は200坪ほどの屋敷地を拝領してていたこと、近隣住民から維持費として金を徴収していたことを知りました。鐘撞堂跡には、さくら室町ビルというオフィスビルが建ち、往時の面影を感じるものは全く残っていませんが、1711年に鋳造され当地で使用された時の鐘は直線距離で東に400mほど離れた小伝馬町牢屋敷跡に造られた十思公園内に残っています。併せて見学することをお勧めします。
- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年03月10日
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投稿日 2020年03月09日
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投稿日 2020年03月08日
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投稿日 2020年03月08日
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投稿日 2020年03月09日
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投稿日 2020年03月09日
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投稿日 2020年03月07日
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メニュー写真と違いすぎる牛すき鍋
投稿日 2020年03月07日
総合評価:1.0
宿泊したホテルの1階に入店していたため利用しました。牛すき鍋2人前(1250円×2人前)を注文しましたが、メニュー写真と大変程遠いものが出てきました。
①ねじり梅の飾り切りの人参→そもそもニンジン自体が入っていませんでした
②結び白滝→白滝ではなくマロニーが出てきました。生まれて初めて食べましたが、白滝とは似ても似つかないものでした
③長ネギ→これも入っていませんでした
④牛肉3切れ→2人前で5切れ。1人前を頼んだらいったい何切れ出てきたのでしょうか? 気になって仕方がありません
⑤シイタケ→1個。1人前だと半分に切って出したのでしょうか? もし、そうであるのなら手間を惜しまず、半分に切って2切れにして出して欲しかったです
内容物のほとんどが、白菜。白菜ばかり食べさせられたといっても過言ではありません。「牛すき鍋」改め「白菜鍋(牛肉付き)」で良いのではないでしょうか。- 旅行時期
- 2018年01月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 一人当たり予算
- 5,000円未満
- 利用形態
- ディナー
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 1.0
- サービス:
- 1.0
- 雰囲気:
- 3.0
- 料理・味:
- 1.0
- 観光客向け度:
- 1.0
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投稿日 2020年03月07日
総合評価:4.0
松本に宿泊する際、ここで食事を済ませてからホテルに向かうことが多いです。スナックコーナーほどは混まないので、ゆったりと食べることができます。地元産の食材を使った料理がいろいろとあり、毎回いろいろと食べてみるのが楽しみです。今回は信州サーモン丼を注文しました。円錐型の器なので盛りが見た目より少ないかなと思いましたが、しっかりとおなかを満たすことができました。
- 旅行時期
- 2019年08月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- ディナー
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 3.0
- 料理・味:
- 4.0
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投稿日 2020年03月09日
総合評価:3.0
太田道灌が江戸城築城の際に鎮護のために造った神社群の一つで、もともとは江戸城内にあったそうです。江戸幕府開府後の江戸城拡張工事の際に移転し、近くにあった橋の名前がのちに「大橋」から「常盤橋」に改称されたとのことです。常盤橋の名前の由来がこの神社だと知り、勉強になりました。さらに、関東大震災後に現在地に移転しました。神社の前の通りは、もともと「伊勢町堀」という名前の堀があった場所です。遺構は残っていませんが、鉤型をしていた当時の堀のルートがすべて道路として残っているので、併せて見学するのもよいかと思います。
- 旅行時期
- 2018年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年03月07日
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投稿日 2020年03月09日
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投稿日 2020年03月08日
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投稿日 2020年03月08日
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投稿日 2020年03月08日
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投稿日 2020年03月08日
総合評価:3.0
海運橋は、かつて存在した楓川にかかっていた橋です。首都高速都心環状線の高架橋建設に伴い、約半世紀前に楓川が埋め立てられ、海運橋は用済みとなり解体されました。そして、親柱のみ残っています。首都高の高架橋の下は日本橋兜町駐車場となっており側道が造られているせいでしょうが、同じ楓川の橋で用済みとなりながらも欄干部分が残っている千代田橋とは明暗の差を感じました。
- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年03月08日























