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mikuwankoさんのトラベラーページ

mikuwankoさんのクチコミ(42ページ)全1,741件

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  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 亀島川に架かる橋

    投稿日 2020年04月18日

    亀島橋 日本橋

    総合評価:3.0

    日本橋川と隅田川に接続する亀島川に架かる橋です。亀島川が鉤状に曲がる辺りに架橋しています。橋の西詰の北側には、堀部安兵衛武庸の碑がありました。西詰の南側には、伊能忠敬と東洲斎写楽の説明板がありました。橋の上からは、日本橋川からの分流点にある日本橋水門やスカイツリーが見えました。

    旅行時期
    2018年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 鎧橋東詰に説明板

    投稿日 2020年04月18日

    鎧の渡し跡 日本橋

    総合評価:3.0

    日本橋川に架かる鎧橋の東詰に説明板が建っています。1872年に初代鎧橋ができる以前は、ここに渡船があり多くの人が利用していたとのことでした。前九年の役の際に安倍氏討伐に向かった源義家が兜を海中に沈めただとか、はたまた平将門が鎧と兜を沈めただとか、そんな伝承が渡しの名の由来となったそうです。ドブ川の日本橋川沿いにあるので、鼻が利く方は夏場の訪問を避けたほうが良いかと思います。

    旅行時期
    2018年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 江戸博に模型展示があります

    投稿日 2020年04月18日

    葛飾北斎住居跡 両国

    総合評価:3.0

    生涯90回以上転居したことで知られる葛飾北斎が83歳のころ娘の葛飾応為(阿栄)と一緒に住んでいたといわれる場所です。榛神社の境内に説明板が建っていますが、当時の住まいは残っていません。その住まいの画室の様子は、北斎の弟子である露木為一によって描かれ「北斎仮宅之図」という名で残っています。江戸東京博物館の常設展示室には、この絵を元にした模型展示があるので、興味がある方は江戸博とセットで訪れることをお勧めします。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 両国高校敷地内に

    投稿日 2020年04月18日

    国産マッチ発祥の地 錦糸町

    総合評価:3.0

    両国高校の敷地内にある石碑です。京葉道路寄りに立てられているので、柵の隙間から見えます。石碑には、マッチ箱のパッケージデザインが刻まれていました。やはり場所が場所だけに容易に近寄れる雰囲気ではありません。課業日は避けて訪問されると良いかと思います。

    旅行時期
    2018年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    2.0
    見ごたえ:
    2.0

  • かつては吉良邸南東端に面した場所

    投稿日 2020年04月18日

    前原伊助宅跡 両国

    総合評価:3.0

    赤穂浪士の前原伊織が米屋の主として店を構え、住んでいた場所です。当時は、吉良邸の南東端に面しており、すぐ目の前には吉良邸の白壁が見えていたことかと思います。吉良邸の裏門からも50mほどしか離れておらず、どんな気持ちでここで過ごしていたのだろうかと想像せずにはいられませんでした。しかし、吉良邸の白壁が続いていただろう場所は、住居と雑居ビルが建ち並び、道路の区画にしか往時の姿はとどめていませんでした。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 吉良邸跡

    投稿日 2020年04月18日

    本所松坂町公園 両国

    総合評価:3.0

    東西約74間、南北約34間の広大な敷地を有していた吉良上野介邸跡のうち、史跡としてわずかに残っている場所です。園内には、吉良上野介像や吉良邸跡の地所清めの神社として創建された松坂稲荷大明神があります。狭い場所ですが、手入れは行き届いていました。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    2.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 榛馬場跡に

    投稿日 2020年04月18日

    榛稲荷神社 両国

    総合評価:3.0

    本所界隈の武士が弓馬の鍛錬に汗を流していた榛馬場の跡にある神社です。馬場に面した堀の土手にあったというハンノキもなく、神社名にのみその名をとどめています。小さな社務所があり、そこから琵琶の音が聞こえてきました。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 江戸博北側に

    投稿日 2020年04月18日

    徳川家康像 両国

    総合評価:3.0

    江戸東京博物館の北側に建つ像です。亀の台座の上に家康像が建つ亀趺(きふ)の様式が取り入れられています。亀趺碑はよくたまに見かけますが、亀趺の人物像は見かけたことがないので、面白いなと思いました。家康像は人相の悪いものが多いですが、ここのものは愛嬌のある表情でした。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    2.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 御竹蔵南側にあった馬場跡

    投稿日 2020年04月18日

    榛馬場跡 両国

    総合評価:3.0

    「榛」と書いて「はんのき」と読みます。幕府所有の竹材を保管していた御竹蔵跡の南側にあった馬場跡です。馬場に面した御竹蔵の堀の土手に大きなハンノキが生えていたため、榛馬場と呼ばれたそうです。馬場の規模は、東西185m、南北22mだったそうです。東西の長さを採って百間馬場と呼ばれてもよさそうですが、榛馬場という名の残ったことから、馬場で武芸に勤しんでいた武士たちにとって象徴的な木だったのかな想像しながら見学しました

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 吉良邸跡の地所清めの神社

    投稿日 2020年04月18日

    本所松坂町公園 両国

    総合評価:3.0

    もともとは、両国駅北側に広大な土地を抱えていた江戸幕府の御竹蔵に建てられた神社で、兼春稲荷という名前でした。御蔵橋跡から国技館と旧安田庭園の間にかつて延びていた堀の水門の内側にあったそうです。その後、吉良邸に赤穂浪士が討ち入りに入ったため、吉良邸跡地に移り地所清めの神社となりました。さらに昭和に入ってからは、同じ吉良邸跡でも本所松坂町公園となった現在地に遷座し、松坂稲荷大明神となりました。朱塗りの鳥居と小さな祠がありました。吉良邸跡は、著名な観光スポットなので、入れ替わり立ち替わりお参りする人が見られました。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    2.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 説明板のみ

    投稿日 2020年04月18日

    高札 石尊垢離場跡 両国

    総合評価:3.0

    かつての両国橋のたもとだった場所に説明板があります。現在は川辺ではなく、陸地になっており、月極駐車場があります。この場所で江戸期に大山参りに向かう人たちが体を清めていたとのことです。説明板には、川底に石が敷かれていたとのことですが、前述の通り埋め立てられているので遺構はありません。せめてその敷石だけでも傍らに展示されていればと思いました。

    旅行時期
    2018年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 風情はありませんが構造物好きには

    投稿日 2020年04月18日

    一之橋 両国

    総合評価:3.0

    一之橋は堅川にかかる橋で、赤穂浪士が討ち入りを果たした後、泉岳寺への道すがら最初に渡った橋だそうです。橋から100m程西側に行くと堅川は堅川水門越しに隅田川と接続し、その奥には首都高速6号向島線があります。堅川の上を通る7号小松川線が向島線との結節点の両国ジャンクションに向かって水門をかわしながら弧を描く様が見られます。風情がなく史跡としてはいまいちかもしれませんが、地方出身者の私には、大都会東京を感じる場所でした。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • ビル建築のお寺

    投稿日 2020年04月18日

    大徳院 両国

    総合評価:3.0

    回向院の裏手にある真言宗のお寺です。真言宗の開祖である弘法大師の「大」と徳川家の「徳」の字を採って名付けられたそうです。かつては徳川家の祈願所だったそうです。大きなビル建築のお寺でした。かつては広大な境内地を持ち、幼稚園の前に旧正門跡の説明板があり、その名残を見つけることができます。

    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    2.0

  • 秋田城跡近くのかつての国幣社

    投稿日 2020年04月18日

    古四王神社 秋田市

    総合評価:3.0

    秋田城外にあるものの秋田城とともに史跡指定を受けている地域にある神社です。社名標には、「國幣」とありかなり格式の高い神社であることがわかりました。伝承では658年に創建とされていますが、秋田城の築城が733年ということを考えると果たしてこれはどうかなと思います。拝殿の木鼻、頭貫、手挟の彫刻が素晴らしく見入ってしまいました。また、境内社に坂上田村麻呂が蝦夷討伐の際に先勝祈願を行ったとされる田村神社がありました。ウミガメの甲羅が多数奉納されており、不思議な感じがしました。

    旅行時期
    2019年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 現在は天昌寺の境内になっています

    投稿日 2020年04月17日

    厨川の柵跡 盛岡

    総合評価:3.0

    前九年の役で滅亡した安倍氏の城柵の一つです。現在は、町の名前にもなっている天昌寺の境内地になっています。お寺の前と裏の道路の歩道脇に説明版が立っていました。発掘調査がされたこともあるそうで、堀跡が検出されたり、古銭や土器片が出土したそうです。境内地には、堀切跡と思われる小川もあり、複数の曲輪を構えていたことがわかりました。

    旅行時期
    2019年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.0

  • ムカデ姫の墓を訪れる際に

    投稿日 2020年04月17日

    寺町通り 盛岡

    総合評価:3.0

    光台寺の隣にあるムカデ姫の墓を訪れる際に通りました。寺町通りの名の通り、寺院が密集しており、特に通りの東側に多く見られました。お寺が多いことから石材店もあり、店先にゴジラの石像が置かれている店もありました。

    旅行時期
    2019年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 下の橋近くに

    投稿日 2020年04月17日

    賢治清水 盛岡

    総合評価:3.0

    賢治清水は、下の橋交差点の北西側の歩道脇にあります。「賢治」清水とは言いますが、宮沢賢治が実際に使用した井戸ではなく、新たにボーリングした井戸です。水質に問題が無く飲用できるとのことでした。それでも飲む気にはなれず、手を洗うだけにとどめました。宮沢賢治の下宿先で実際に使用されていた共同井戸は、隣の駐車場の敷地内にあります。こちらは、金網で囲まれており、中を覗くことはできませんでした

    旅行時期
    2019年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 焼失住居の遺構展示が見物です

    投稿日 2020年04月18日

    世界遺産 御所野縄文公園(御所野遺跡) 二戸・一戸

    総合評価:5.0

    世界文化遺産登録を目指す北海道・北東北縄文遺跡群の構成遺跡である御所野遺跡の出土品が多数展示されている博物館です。展示室内には床がガラス張りになった場所があり、足元には意図的に燃やしたとされる竪穴住居の遺構を検出時そのままの姿で見ることができます。炭化してしまった住居の建材や石組みの炉跡などがしっかりと見て取れました。この遺構との調査から竪穴住居の屋根の上に土をかぶせていたことが判明したという成果を上げています。これについては、ガイドビデオや展示で詳しく説明されています。また、縄文期最大の魅力である土器や土偶といった土製品の展示もふんだんにあり、歴史好きにはたまらない施設です。ほかには、郷土資料の展示もあり、浄法寺歴史民俗資料館で写真撮影できなかった浄法寺塗関連の展示を撮影することができたのもよかったです。

    旅行時期
    2019年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 上里遺跡の展示がお勧めです

    投稿日 2020年04月17日

    二戸市埋蔵文化財センター 二戸・一戸

    総合評価:4.0

    市内の遺跡から発掘された出土品の展示と九戸城に関する展示を見ることができます。どちらかというと九戸城関連の展示がメインになっています。九戸城の立体模型や紹介映像があるので、九戸城の訪問の際にセットで訪れと良いかと思います。埋文関連の展示では、縄文期の上里遺跡の展示が興味深かったです。食料貯蔵庫を転用した土壙墓から7人の人骨が出土しており、その復元展示がありました。外傷が無いことから一家7人が毒キノコを食べたことで食中毒死したと考えられているとのことです。また、夫婦と考えられている男女は身体的なハンディキャップを持っていたことが骨の分析からわかっており、集落の人たちに支えられながら生活していたと考えられているそうです。これと同様の展示は、北海道の入江・高砂貝塚館でポリオに罹った若い女性の埋葬人骨に関するものを見たことがありますが、そこでも手厚い介護を受けていたことがわかっています。縄文期の人々の暮らしの一端を垣間見ることができたような気がしました。

    旅行時期
    2019年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0

  • 荒廃から立ち上がる途上の古刹

    投稿日 2020年04月08日

    天台寺 二戸・一戸

    総合評価:4.0

    創建は728年、開基が行基と伝わる東北随一の古刹です。しかし、文献資料等は残っていないので、実際のところはどうなのかわかりません。仏像の特徴から10世紀にまでさかのぼることができるそうです。そんな古刹ですが、廃仏毀釈の嵐が吹く中、このお寺も例外ではなく、壊滅的な被害を受けており、檀家が匿ってくれた仏像が辛うじて残っています。また、戦後には悪徳業者に騙され、境内に幹の部分が保存されている姥杉サイズに匹敵する杉の巨木が大規模に伐採されたりと荒廃に拍車をかけました。境内には、申し訳程度の小さな祠が多数点在し、かつてはここに伽藍があったんだなということが推察できました。能登の石動山をを思い浮かべるような場所でした。現在は、中尊寺の貫主が当時の住職を兼任し、復興の途上にあります。重要文化財の本堂と仁王門は改修中で覆いが被せられ、その姿を見ることができませんでした。しかし、本堂裏の宝物殿は入ることができ、重文の木造聖観音立像をはじめとする仏像や多数の能楽面、懸仏などを見ることができました。

    旅行時期
    2019年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    1.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    4.0

mikuwankoさん

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