山田不二夫さんのクチコミ(11ページ)全1,590件
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.0
博多から鹿児島中央間の九州新幹線を走る列車種別の1つです。鹿児島中央駅4時28分発のさくら562号で博多に向かいました。乗車時間は約1時間数10分です。車内で友人と旅の思い出などを話しているうちに到着です。揺れも少なく、快適でした。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:4.0
牛島満は薩摩藩士の子供として鹿児島で育ちました。陸軍士官学校を卒業し、陸軍の大将となりました。この碑の建立の経緯は不詳です。1945年3月26日から6月23日の3ヶ月に渡って沖縄で繰り広げられたに連合軍との沖縄戦で司令官として戦い、自決した人物です。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.0
鹿児島中央駅改札を入ってすぐの所にあり、新幹線乗車まで時間があったので休息を兼ねてコーヒータイムにしました。アメリカにシアトルを本拠に世界展開しているカフェのチェーン店です。手軽に利用できる雰囲気で美味しくコーヒーを頂きました。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.5
案内所でそばの美味しい店ということで教えてもらいました。昼時、既に列ができていましたが、程なく案内されました。入口で持ち帰り用の麺セットを販売していましたが、ここにも列が出来ていて人気の程が窺えます。 黒豚から揚げ板そばを食しましたが、関東の辛いつゆとは異なり、甘めでしたが、美味しく頂きました。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.5
生麦事件から薩英戦争にいたる薩摩との英国の関わりを英国からの見た薩摩の幕末の様子を紹介展示しています。薩英戦争は、薩摩の近代化にむけ、大きな分岐点となった戦争です。また、ミュージアムショップには、英国直輸入の紅茶や雑貨を販売しています。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.0
城山橋の近くの小高い丘が知覧亀甲城址でこの城址を囲む一帯が公園として整備されています。小雨が降っていましたので丘には登りませんでした。中世の山城のようで堀切や土塁が残っています。城址下に麓川が流れ、その河原から公園が続いています。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.5
知覧城の出城であった亀甲城の麓に位置しています。寛保年間に作庭された公開庭園で唯一の池泉式の庭園です。森家は、重臣の家柄で、歴代の当主も風雅な文人として知られて痛そうです。こちらの座敷で西郷どんと撮影がされたそうです。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.5
門をくぐると屏風岩と呼ばれる切石の目隠しがあります。寛保年間に作庭された大刈込式蓬莱石組庭園です。築山を設け、大きな立石を中心に下部には多数の石を配して枯れ滝とし母ヶ岳を借景としています。小雨のせいか、一幅の水墨画を見ているような何とも壮大で美しい風格のある名園でした。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月23日
総合評価:3.5
武家屋敷群のメインの道の中ほどにある移築復元した民家です。居住用の「オモテ」と台所・土間の「ナカエ」を小さな小棟でつなぐ知覧独自の形状となっています。田舎の民家のようですが、説明を読むと合点が行きます。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:3.5
江戸中期(1751~1764年)に作庭された庭木が豊富な庭園です。こちらの家は、知覧の領主の流れをくむ家柄で、門構えも立派で格式の高さを感じます。公開されている庭園の中では最もひろく、迫力ある枯滝石組が存在感を持って迫ってきます。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:3.0
江戸中期に作庭された枯山水の庭園です。石の枯滝があり、枯滝に向かって飛石が配され、深山幽谷をイメージできるようになっています。不老不死の妙薬があるとされる蓬莱山、大海、島、そして蓬莱山へ向かう船を表しているそうです。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:3.0
唯一石組がない江戸中期(10781年)に作庭された枯山水の庭園です。サツキの大刈込みと高いイヌマキの生垣で連山をイメージできるようになっています。シンプですが、母ヶ岳を遠山とした借景が美しく調和しています。園内には10個の台形の盆栽をのせる切石が並んでいます。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:4.0
武家屋敷群に一歩足を踏み入れれば、そこはタイムスリップしたかのような異空間。曲折の道路に沿って石垣が連なり、この石垣が防衛障壁となっている。この屋敷群の7つの庭園が一般公開されており、国の名勝指定を受けている。多くは枯山水の庭園です。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:3.5
昭和30年位建立されたこの観音堂には特攻隊員の慰霊を目的に法隆寺夢違観音像を元に複製され4体の観音像の1体が安置されています。この観音像の体内には特攻隊員の芳名を謹記した巻物が奉蔵されています。平和・命の尊さを改めて考える機会です。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:3.5
人吉で本願寺人吉別院を参拝し、「隠れ念仏」について知りました。人吉藩と薩摩藩には一向宗を禁教、改宗を迫り、弾圧した歴史があります。「隠れキリシタン」と同様、信仰に命を懸けて守ってきた熱い思いが隠し部屋の展示などから伝わってきます。知覧の歴史を知ることのできる施設です。是非、立ち寄ってみてください。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:4.5
知覧は太平洋戦争末期、旧陸軍の特攻基地があった町です。爆装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした亡くなった陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品などが保存展示されています。隊員の手紙を読むと明日を生きたくても生きられなかった若者たちの悲痛な魂の声が聞こえてき、戦争の悲惨平和の尊さが教えてくれます。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:4.0
特攻隊の突撃基地であった跡を整備して造られた公園で、中心的な施設は知覧特攻平和会館などの特攻隊の関連の施設です。その他にも陸上競技場、多目的球場、サッカー場、庭球場、弓道場、相撲場、武道館があり、スポーツ公園としての側面もあります。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
総合評価:4.0
特攻隊の宿舎として利用された三角兵舎を再現したものです。半地下壕の三角屋根で敵機から見つけにくいように考えられています。全国から集められた隊員は数日のうちに出撃したそうです。兵舎内には枕と布団が置かれており、この薄暗い電球のもとで遺書を書いて死地に赴いたかと思うと切ない気持ちになります。
- 旅行時期
- 2019年02月
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投稿日 2021年03月22日
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投稿日 2021年03月18日






































