hijunoさんのクチコミ(2ページ)全1,242件
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投稿日 2026年05月23日
総合評価:5.0
大山崎山荘はもともと実業家の加賀正太郎氏の別荘でしたが、その後取り壊しの危機に陥った時にアサヒビールと京都府と大山崎町が協力、復元整備されました。
美術館まで坂道ですが、緑の庭園の中も歩いて、とても気持ち良かったです。
モネと河井寛次郎&濱田庄司展をしており、多くの人でにぎわっていました。
併設されている館内のカフェもテラス席は混んでおり、しばらく待ちました。
周りの風景も楽しめるテラス席でした。
山荘の建物は、どこを観ても、年代を経てもおしゃれで、安藤忠雄氏設計の建物も素敵でした。
館内は全て撮影禁止です。
駐車場が無いので、近くのパーキングに停めていきました。- 旅行時期
- 2026年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2026年05月21日
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1591年に、黒田官兵衛が寄進した灯明田の奉納金で拝殿が改築されています。
投稿日 2026年05月21日
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投稿日 2026年05月21日
総合評価:5.0
歴史は古く、949年に天満宮が建立されていますが、菅原道真もそれ以前に九州に配流になる際に、のちの摂社となる大将軍社に参詣したと伝わっています。
境内には梅香学院の1階の菅家廊下とよばれる場所に、菅原道真の一生を博多人形で表現した菅公縁起が公開されています。菅原道真の一生がわかりやすく表現されていました。
境内には多くの社や史跡があり、平日ですが多くの参拝者でにぎわっていました。- 旅行時期
- 2026年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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三段の大きな円墳で、上まで上がることができます。公園の一角にあります。
投稿日 2026年05月07日
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鏡、玉類や武具、農耕具、馬具、革製の楯などが出土しています。
投稿日 2026年05月13日
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投稿日 2026年05月03日
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投稿日 2026年04月27日
総合評価:5.0
藤田傳三郎とその御子息による蒐集品が展示されており、国宝や重文もありました。
曜変天目茶碗も4,5.6月の期間限定による展示とのことで、その深い美しさに引き込まれそうでした。
こじんまりとした美術館でしたが、ひとつひとつが丁寧に、美しく展示されており、ゆっくりと鑑賞できました。
藤田傳三郎氏には、美術品が海外に流出するのを防ぎたいという目的もあったと知りました。
鑑賞後は飲み物と焼きたてのお団子のセットをいただきました。
飲み物はお抹茶で、目の前でたててくれます。
美術館にも庭園があり、茶室や多宝塔がありました。
周囲には藤田邸跡公園が拡がり、藤田傳三郎が明治時代に造った邸宅の跡が都市公園になっています。
緑が美しく、広い公園の中を散策するのも気持ち良かったです♪
館内はフラッシュ禁止ですが、撮影は可能です。
支払いはキャッシュレスでした。- 旅行時期
- 2026年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2026年04月28日
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投稿日 2026年04月25日
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投稿日 2026年04月22日
総合評価:5.0
孫を連れての初めての釣りに出かけました。
竿を借りたり、エサを購入しましたが、スタッフがとても丁寧に説明してくれました。
釣場にもスタッフが巡回していたり、わからないことは聞きやすく、安心して楽しめました。
子供たちには、ライフジャケットも借りることができます。
須磨浦山上公園の駐車場を利用しました。
この時期、朝、6時からだそうですが、私達は7時に到着しました。
すでに多くの釣り人がいました。駐車場もほぼいっぱいになっていました。- 旅行時期
- 2026年04月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2026年05月19日
総合評価:4.0
大阪東町奉行所で与力をしていた大塩平八郎は幕府の役人に与えられる500坪にもなる敷地に住んでいましたが、その一角に私塾を作っています。
この私塾では陽明学を教え、自身も書物を著すなどしています。
塾生は役人、医者、豪農出身者など。
大塩の邸には、私塾のほかにも講堂や、書斎などもあったようです。
造幣局の官舎敷地内にあります。
訪れたときは、草が茂って石碑もよく見えない荒れた状態で残念でした。
近くに大塩平八路の乱の際に最初に大塩平八郎らが放った大砲が撃ち込まれたという槐の樹の跡があります。
一緒に見学をお勧めします。- 旅行時期
- 2026年05月
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投稿日 2026年05月19日
総合評価:5.0
江戸時代にはお墓を建てることは禁じられていましたが、明治になり、門人らによって建てられたお墓です。息子の格之助と並んで建てられていました。
成正寺の境内にありますが、大塩家の菩提寺でした。
すぐ近くに賑やかな天神筋商店街があります。- 旅行時期
- 2026年05月
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投稿日 2026年05月14日
総合評価:5.0
1918年 大正7年に銀行家の来住(きし)梅吉氏の自宅として建造されています。
当時、最高級の建築資材を使い、至るところに贅を尽くした邸宅になっていました。
格式の高い部屋と見事な日本庭園が拡がり、開放感もありました。
日本画家の橋本関雪や犬養毅、皇族も逗留したそうです。
細部にわたって、こだわった建築がうかがえますが、浴室のタイルもイタリアからの輸入、洗髪用のシャワー、浴室の天井も折り上げ格天井になっており、湯気抜きのスリットが開けられるなど、あちこちにこだわりがあって、見学がとても楽しかったです。
見学はフリーでした。
受付に係りの方が、丁寧に説明をしてくれました。- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2026年05月14日
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正面玄関がヨーロッパの建物を連想させる、堂々とした美しい建物でした。
投稿日 2026年05月13日
総合評価:4.5
1871年に創業した造幣局の造幣寮の正面玄関が保存されています。
造幣寮は西洋式の工場群で、その正面玄関は建物の顔ともいうべき象徴的な建物でした。
その後、1935年には、その正面玄関を保存し、背面にコンクリートの建物を建て、明治天皇記念館として竣工しています。
正面玄関は堂々としていて、明治初期の日本の意気込みを感じました。
正面玄関から内部には入ることはできません。
後ろの建物は今はレストランや結婚式場になっているそうで、一般の見学はできないようでした。
その周囲にある日本庭園は静かで新緑が美しかったです。
すぐそばに泉布観があり、そちらにあった日本庭園だったようです。- 旅行時期
- 2026年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 雰囲気:
- 4.5
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投稿日 2026年05月13日
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普請奉行だった片桐且元が豊臣秀吉の命を受けて復興した神社です。
投稿日 2026年05月12日
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投稿日 2026年05月12日
総合評価:4.5
明治維新後まもなく建設された、大阪最古の洋風建築です。
幕末から明治初年ころまで活躍した技術者のウォ―トルスが設計し、1871年に創業した造幣局の応接所として建てられました。造幣局の創業の翌年に明治天皇が訪れ、「貨幣の館」の意味がある「泉布観」と命名したそうです。
多くの国内外の要人も訪れています。
建物は煉瓦造りの2階建てで、ベランダも大きく、周りのすべての面にありました。
建物時代、大川に面していて、一望できるようになっているそうです。
ベランダあたりにピンク色があったり、白い壁に緑の木窓?扉?が可愛いらしい雰囲気もある建物でした。
外のみの見学です。
中の見学は耐震などの問題で現在行われていないようです。- 旅行時期
- 2026年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2026年05月09日


















































































































































































