あなもりやさんのクチコミ(4ページ)全87件
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投稿日 2012年11月29日
総合評価:5.0
シットウェーはベンガル湾に面した町。カラダン川がベンガル湾に注ぎこむ、河口の突端に小さな公園がある。ここから眺める夕日は格別だった。
河口に突き出た展望台には、大砲がぽつんと置かれており、沖には灯台が見える。敷地内には小さなレストランがあって、ビールやちょっとした料理を食べることができる。- 旅行時期
- 2011年11月
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投稿日 2012年11月29日
チャンパサック県の文化的景観にあるワット プーと関連古代遺産群 チャンパサック
総合評価:4.0
ワット・プー遺跡公園から砂の原野を南へ2kmほど、乾期には乾ききった水田の背後、雑木に囲まれてひっそりと建つ遺跡だ。近くのナーンシンダー遺跡よりも建物は残っている。周囲は塀で囲まれていたようで、今もその一部を見ることができる。
遺跡公園から歩いて向かうのはかなりきつい。自転車で向かったが、途中砂にタイヤを取られて押して歩くこともしばしば、十分な水分を持って出かけたい。- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 1.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2012年05月02日
総合評価:4.5
南山は慶州の中心部から4kmほど南に位置する山でハイキングのメッカとしても知られている。南山は新羅時代、西方浄土の極楽世界であったといわれ、新羅時代の仏教遺跡が多く残り、147余箇所の寺跡、118余基の石仏像、96基の石塔、13基の王陵、山城跡4箇所などの遺跡が密集し、「屋根のない博物館」とも呼ばれている。
南山の麓には何箇所かの登山口があり、ハイキングコースも多岐に渡り、山中に残る仏教遺跡を訪ねることができる。今回は統一殿近くの登山口から七仏庵磨崖仏と茸長寺址から金鰲山を経由し三陵谷を下るコースを歩いた。最初は七仏庵磨崖仏から烽火台稜線を通る道を行くつもりだったが、七仏庵磨崖仏から神仙庵の道が恐ろしかったので、一度麓に戻り再び金鰲山を目指すことにした。
統一殿のバス停から七仏庵磨崖仏までは約1時間、最後の長くて急な石段がキツかったけど、それ以外は谷あいを進む比較的楽なコースだった。しかし七仏庵磨崖仏から神仙庵は途中から岩登り、一歩踏み外すと滑落しそうな箇所もあり、高所恐怖症のため足が竦んでしまった。
烽火台稜線もこんなコースだったらかなわん、と引き返すことにした、なんせ平日で朝早かったためか、誰一人と出会うことなく、七仏庵磨崖仏までも「熊が出たらどうしよう」とか、遠くで犬の鳴き声が聞こえると「野犬に襲われたらどうしよう」とか、結構臆病になってしまった。たった一人で初めての場所、それも外国で言葉もわからんし、「引き返すのも勇気だ」と言い聞かせ、もと来た道を戻ることにした。
再び南山三層石塔付近まで戻り金鰲山を目指した。茸長寺址は金鰲山の1kmほど手前にある分岐点をから南に伸びる尾根を行く、暫くは平坦な尾根道であったが、それもつかの間大きな岩がゴロゴロした急斜面となり、ハイキングなんてもんじゃない、これじゃ本格的な登山だよ、なんてぶつくさ言いながら岩の間の砂地に残る靴跡を確認し下ること約30分、茸長寺三層石塔と茸長寺跡石仏坐像・磨崖仏の方向を示す道標がおもむろに現れた。
まずは茸長寺三層石塔へ向かう、道標の近くにも石塔の一部が残っていた。三層石塔は道標から少し下ったところにあり、急に視界が開け素晴らしい眺望がそこに広がっていた。再び道標まで戻り、茸長寺址石仏坐像・磨崖仏の方向へと向かう。道は再び剥き出しの岩がゴロゴロする急斜面、下ること10分程度、おもむろに石仏坐像が見えてきた、そちらに気を取られ磨崖仏の存在に気がつかなかったが、登山道に面した大きな岩に磨崖仏が彫られていた。
ここから茸長谷を下山するか迷ったが、結局元来た道を戻り金鰲山を目指すことにした。なんせ茸長寺址までも誰とも出会わず、こんなマイナーな登山道を歩くのは不安とばかりに、メジャーな金鰲山から鮑石亭址に下山するコースを採ることにした。
分岐点から金鰲山はハイカーの姿も多くホッと一安心、やっぱ山の中での一人は心細い。ここから鮑石亭址へのコースを考えていたが、急遽変更し三陵へのコースを採ることにした。三陵の登山口もメジャーだから、それほど難路ではないと考えられるし、また以前三陵からのハイキングコースは多少歩いたことがあったからだ。
時折岩場があるものの、階段なども設置され正しくハイキングコース、時折ハイカーとも出会うし、安心できるコースだった。途中以前見学した仏教遺跡を見学し三陵まで、迷うことなく辿り着くことができた。- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 4.5
-
投稿日 2012年04月16日
総合評価:5.0
チャムパーサックの旧市街はメコン川沿いに家やお寺が立ち並んでいる。市街と言っても、家もまばらで道も舗装されていない。
チャムパーサックは長閑な農村でもあり、メコン川から水を引いた水田が広がっている。川と反対側の平地に大きなため池があった。山並みに沈む行く太陽が水面に映り、これもまた美しい風景を醸し出してくれる。
パクセからチャムパーサックへはソンテウで向かった。パクセの町外れにある大きな市場・ダオファン市場の駐車場から発着している。
チャムパーサックはラオス南部の中心都市であるパクセから30km程度、町外れにある市場からソンテウで約1時間の距離にあり、今回の旅行で最も重要な遺跡のあるところで、最も訪ねたかった地であり、また実際訪ねて一番お気に入りの町となった。
チャムパーサックはかつて王国の首都であり、5世紀頃、ベトナム中部で栄えたチャムパー王国がメコン川流域に勢力を伸ばし、この地域にスレスタプラという古代都市を築き、その後アンコール王朝へと継承されたと言われる。
町の中心部から10kmほど離れた場所にあるワット・プーは世界遺産にも登録されており、その周辺にもいくつかの遺跡が点在している。
かつての王国の首都も今は長閑な田舎町、メコン川沿いの小さな町、と言うか村であった。予定では2日間の滞在であったが、体調も優れないことから、4日間この静かな町で体をやすめる事にした。- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 4.5
- レンタサイクルのんびりと散策できる
- 景観:
- 5.0
- メコン川沿いの小道が良い
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 観光客はほとんどいません
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投稿日 2012年11月28日
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投稿日 2012年11月26日
総合評価:3.5
滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の寺院常楽寺から1kmほど離れたところにある古刹。常楽寺の西寺に対し東寺とも呼ばれている。
小さなお寺だが仏像がすごい。特に藤原時代の丈六阿弥陀如来坐像は立派だ。この日はご本尊の秘仏「子安地蔵尊」が50年ぶりにご開帳され、紅葉の見ごろと相まって、参拝客で込み合っていた。
阿星山長寿寺
寺伝によると、聖武天皇の天平年中(729-748)に良弁僧正によって建立された勅願寺であり、現在国宝に指定されている。本尊は秘仏の木造地蔵菩薩。鎮守社は隣接する白山神社で本堂の東にある。ご本尊は本堂内陣にある春日厨子の中央に祀られており、脇侍に観世音菩薩と毘沙門天が安置されている。
本堂
天平年中に創建され、貞観年中に消失、同貞観年中に復元され現在に至っている。桁行(正面)五間、梁間(側面)五間、屋根一重寄棟造、向拝三間檜皮葺、四面廻廊と、天台伽藍には珍しい建築といわれている。
仏像
阿弥陀如来坐像(重文)藤原時代:寄木造
釈迦如来坐像(重文)藤原時代:寄木造
丈六阿弥陀如来坐像(重文)藤原時代:寄木造
半丈六地蔵観音菩薩坐像鎌倉時代:寄木造
観世音菩薩立像(県指定)藤原時代:寄木造
かつては三重塔がそびえていたが、天正三年頃に織田信長の手により、安土山中にある信長の菩提寺に移築されたといわれ、塔跡から鉄刀子などが発掘されている。- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2012年11月25日
総合評価:4.0
滋賀県湖南市の常楽寺の紅葉。今年は例年よりも紅葉が早かったようで、ちょっと遅かったようだ。この三連休は京都や奈良は観光客で随分と混みあっていたようだが、ここ常楽寺も参拝客で賑わっていた。
滋賀では湖東三山が紅葉の名所として有名だが、最近は湖南三山も紅葉の名所として人に知られるようになったようだ。
阿星山常楽寺
14世紀の二十八部衆造立勧進状、本堂再建勧進状によると、和銅年間(708)良弁が開基した阿星寺五千坊の中心寺院の一つでさり、鎮護国家、鬼門除けのために元明天皇の勅命により創建された。平安後期、行胤が比叡山の末寺に位置づけたと考えられる。
本堂(国宝)
延文5年(1360)3月26日、火災で焼失し、同年に観慶により再建された(南北朝時代)。本堂は桁行七間、梁間六間、屋根は入母屋造の檜皮葺で国宝に指定されている。
本尊は、秘仏・千手観音坐像(国重文)が安置され、両側に二十八部衆(国重文)、風神・雷神(国重文)の三十躰の群像が祀られている{風神、魔喉羅迦王は盗難にあい現在は二十八躰}
三重塔(国宝)
三間本瓦葺、総高77.88尺。屋根瓦に「応永七年五月」の箆書があることから、建立は応永五年(1400)と推定される。塔の初層内には釈迦如来座像が安置され、来迎壁には釈迦説法図、四天柱は諸菩薩、内法壁は真言八僧図、十王図が描かれている。- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2012年11月21日
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投稿日 2012年11月18日
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投稿日 2012年11月16日
総合評価:4.0
全羅北道益山から市内バスで20分程度、金馬という町の外れにある。200mほどの間隔をおいて二体の石仏が向かい合っている。頭には高い方形の冠をかぶり、四角い顔に、細い目、短い鼻、小さい口など、土俗的な守護神の特徴を備える。高麗時代には同様の石仏が多く造られたといわれている。
- 旅行時期
- 2008年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2012年11月15日
総合評価:2.5
ビエンチャンの中心部から車で1時間弱、ブッダパークといわれる奇妙な公園がある。仏像をモチーフとした奇妙な仏体が無造作に置かれており、考えてみれば随分と罰当たりなテーマパークだ。入り口を入るとまずかぼちゃみたいな奇妙なオブジェが出迎えてくれる。この公園を作った人物は後にタイに亡命し、タイでも同じようなテーマパークを作ったらしい。仏教を冒涜したためだろうか???とにかく不思議な空間だった。
ビエンチャンのホテルで車をチャーターするのが確実、20~25US$、ちょっと高いと感じるが、他にもいくつか見所を案内してくれた。- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 展示内容:
- 3.0
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投稿日 2012年11月14日
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投稿日 2012年11月14日
総合評価:4.0
アンラプラの南約8km、ウジュンの海岸に面した平地にある。1921年アングルラー・クトゥッによって建てられた、水の王宮、1979年の地震で大きなダメージを受けたが、数年前に史跡公園として保存・開放された。
ガイドさんも始めての場所で解らず、道々人に尋ねながらたどり着くことができた。広い敷地内には自分しかおらず貸切状態。高台にあるローマ風神殿風のテラスからの眺めが良かった。静けさの中、隣接するイスラム寺院からはお祈りの声が流れていた。- 旅行時期
- 2008年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2012年11月14日
総合評価:3.5
天理市乙木に鎮座する小さな神社。拝殿が茅葺屋根でとても趣がある。四季折々の風景を楽しむことができる、特に秋の紅葉の時期がお勧め。
山辺の道の途上にあり、夏は境内の木陰で一息つくと、ほっと安らぎを覚える空間だ。
祭神は、武甕槌命、姫大神、経津主命、天児屋根命。社殿は古墳の上に建てられているという。- 旅行時期
- 2012年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2012年05月21日
総合評価:5.0
ヤカイン州の古都ミャウーの寺院群。1433年、ミンザウモン王が都とし、1785年にビルマ王朝に併合されるまで、強大な独立国・アラカン国として西部ビルマに栄えた。16世紀のミンプン王時代に最盛期を迎え、遠くオランダやポルトガル、中東諸国とアジアを結ぶ交易地として繁栄を極めたという。
町全体が遺跡にすっぽりと覆われている静かな町。黒灰色の石材で構築された仏塔や寺院は重厚で、迫力がある。
交通が不便であるため訪れる外国人観光客も少なく、観光化された寺院とは違い、地元の人たちに信仰が息づくありのままの寺院の姿に触れることができる。
寺院めぐりは徒歩で回っても1日あれば十分であるが、町の中に点在する小さな寺院や仏塔なども数日かけて訪ねたい。
コテージ風のホテルは清潔で設備も整っており、外国人向けのレストランも数件ある。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2012年05月09日
総合評価:4.5
平安時代に多く建立された九体阿弥陀堂を残す寺で、草創については不明。天平11年(739年)聖武天皇勅願・行基開創、天元年間(978~983年)多田満仲創建、当時の「流記」に記す永承2年(1047年)説などがある。
長和2年(1013年)建立の東小田原寺に対し西小田原寺と称し、東方浄瑠璃世界の教主薬師如来を安置したので浄瑠璃寺と呼ぶようになったと言われている。
自宅からげんちゃで10分ほど、旧伊勢街道や農道を通れば歩いても行けるので、季節ごとに訪ねています。
最も美しいのはやはり秋の紅葉の時期だが、人が多いのでゆっくりとお参りするには向いていない。冬の間は参拝者も少なくなるので、じっくりとお参りできるし、当尾の里の静寂を感じることができる。
5月の新緑の季節も美しい。朱色に塗られた三重塔とのコントラストも良い。ただしこの時期も人は多い。
紅葉が終わり、参拝客も少なくなった時期に、石仏めぐりを兼ねて訪ねるのがお勧めかな。
- 旅行時期
- 2012年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2012年05月07日
総合評価:4.0
ヤカイン洲の州都シットウェーはカラタン川がベンガル湾に注ぎ込む河口に所在する。州都といってもそれほど大きな町ではなく、漁業従事者が多くを占めるようだ。従って交通手段は陸上より川を利用した水上交通が主流で、湖のような広い川には何艘もの小船が浮かんでいた。
ミャンマーは長い間軍事独裁政権が続いていて、全土が外国人に解放されているわけではない。地域によって3つのレベルがあり、全域が開放されている地域、限定された地域のみが開放されている地域、そして許可があれば入域できる地域と区分けされている。
全域が開放されているのはヤンゴンやバガン、マンダレーなど観光地で、シットウェーやミャウーは2番目の限定された地域のみが開放されている地域であるが、ミャウーは紛争地域であるチン洲に近いため、ほかよりも多少厳しいらしい。とはいっても普通に旅を楽しむには何の問題もなく昼夜問わず自由に町を歩いたりできる。
ただその町に行くための移動手段は限られており、ヤンゴンからシットウェーへの移動では陸路は許可されておらず空路で、またシットウェーからミャウーの移動も陸路はだめで、水路、ボートでの移動のみしかない。
そんなこともあって、ヤンゴンやバガンに比べると訪ねる観光客も少なくて、住んでいる人たちも外国人にはあまりなじみがないようで、本当にありのままのミャンマーの姿を見ることができた。
シットウェーはミャウー観光の基点となる町、ミャウー滞在の前後にそれぞれ一泊ずつした。これといった見所はないが、賑やかな朝市やカラタン川河口の干潟に泊めてある漁船、また観光客などほとんど訪れることのないような寺院など見て回ると楽しい。
またカラタン川がベンガル湾に注ぎ込む河口の突端、ザ・ポイントから眺める夕日は最高だった。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
-
投稿日 2012年05月01日
総合評価:4.5
ポロンナルワは、アヌラーダプラに続いて11世紀半ばから13世紀までスリランカの都であった。1017年、インドのチョーラ朝によるスリランカ北部の支配が始まり、都がアヌラーダプラからポロンナルワへと移った。ヴィジャヤバーフ1世(12世紀)がチョーラ朝を駆逐して以後、約2世紀にわたってポロンナルワがシンハラ王統の都となった。
チョーラ朝支配の間にヒンドゥー教が広まり、シヴァやヴィシュヌといったヒンドゥー神を祀る寺院が建立され、南インドと密接な繋がりを示す彫像が作られた。一方仏教も再び保護されるようになり、仏歯を納めた寺院の建立や、ミャンマーからの僧侶の招聘などが行われた。都の中心には、政治を行う閣議場、ダラダーマルワ寺院やラコントゥ・ヴィハーラなどの仏教寺院、シヴァやヴィシュヌを祀るヒンドゥー寺院が混在するように分布する。
- 旅行時期
- 2010年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 展示内容:
- 4.5
-
投稿日 2012年04月30日
総合評価:4.5
ピィの北東約9kmにある、ピュー族の古代王国タイエーキッタヤー(スリ・クシュトラ)の遺跡群。
荒涼とした平原に遺跡が点在する、これぞ古代遺跡というたたずまい。モウザ村の博物館を見学し、そこで牛車をチャーターし遺跡をめぐるのがベスト、遺跡は離れて点在しているので徒歩ではきついし、一人では道に迷う恐れあり。
牛車で回るのはボウボウヂー・パヤー、ベイ・ベイ、ラハンダ・ケイヴ、パヤ・フタンなど、パヤーマー・パヤー、パヤージー・パヤーは車等で行くことができる。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2012年04月28日
総合評価:4.5
ピィはヤンゴンから車で約6時間、エヤワディ川に臨む小さな町だ。バガン王朝時代交易都市として建設され、イギリス植民地化以降は、上ビルマと下ビルマを結ぶ河川輸送の重要な地点として発達している。
周囲は豆の畑が多く、豆を扱う業者が多いとのこと、古くからの交易都市のためか、町には仏教寺院のほか、イスラム寺院や、ヒンドゥー寺院が多く立ち並んでいる。
この地もあまり観光客は多くないようで、外国人の姿はほとんど見かけない。ヤンゴンから陸路でバガンへ観光するときは立ち寄ることもあるらしいが、宿泊することはめったにないとのこと。ガイドさんも初めて案内したとのことだった。
ピィの北東約9kmにあるタイエーキッタヤーの遺跡群は、荒涼とした荒野の中に点在する。道はあるものの、でこぼこで、深い轍や砂地など、悪路で到底普通の車は走ることができず、見学するには徒歩か、博物館で牛車をチャーターするしかない。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 2.0
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0

































































































































































