あなもりやさんのクチコミ(2ページ)全87件
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投稿日 2012年12月21日
総合評価:3.5
高知市秦泉寺吉弘の民家宅地内にある後期古墳。秦泉寺地区からは、すでに10基以上の後期古墳が2~3の古墳群を形成して発見されているが、今日まで残存しているものは少ない。そのなかで墳丘の一部を残し、さらに横穴式石室をほとんど完全に残しているのは本古墳のみである。墳丘は円墳で径8.2m、高さ3mである。石室の羨道部は長さ3m、高さ1.35m、幅1.25mであり、玄室は長さ4m、高さ2.4m、幅2.1mである。玄室の天井石は3枚、奥壁は1枚の巨石で作られている。横穴式石室は両袖式で、石室の石材は赤味を帯びた珪岩である。石室の開口は古く、出土の遺物は明確でない。しかし、石室の作りから本古墳の年代は6世紀後半から7世紀の初頭までのものと考えられる。
- 旅行時期
- 2005年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2012年12月20日
総合評価:4.5
高松市の郊外、新田町久本にある古墳。封土はほとんどが流失し天井石が露出している。
標高約15mの平野部に位置する円墳。現存長は東西14m,南北17mであるが,径20m以上の二段築成による古墳であったと想定されている。埋葬施設は南に開口する全長10.8mの両袖型横穴式石室、玄室は長さ4.7m・幅2.4m・高さ3.4mの規模で、奥壁に接して安山岩の巨大な一枚石による石棚をもつ。玄門・羨門の立石は、壁からやや飛び出しており、玄室・羨道部ともにプランは明瞭である。埋葬施設は土師質の陶棺で石棚直下に置かれていた。天井部と両端部は壊れており、現存長1.65m・幅0.6mの亀甲形の陶棺である。石室内はかなり捜乱を受けているが、須恵器・土師器・鉄器のほか、陶棺の横から鏑器の脚台付承盤1・宝殊紐付蓋1・碗1・碗破片1が出土している。仏教色の濃い銅鋺類を副葬するなど注目される古墳である。築造年代は6世紀末期で、7世紀中期まで追葬が行われていたと考えられている。- 旅行時期
- 2002年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2012年12月20日
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投稿日 2012年12月20日
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投稿日 2012年12月20日
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投稿日 2012年12月20日
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投稿日 2012年12月20日
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投稿日 2012年12月15日
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投稿日 2012年12月15日
総合評価:4.0
生駒山標高360mの南側斜面に築造され終末期古墳で、最近の研究により、石室や墳丘の復元がされている。墳丘は、東西15m、南北18mの方形で、南側は3段、東西は2段に石を並べ、区画していたと考えらている。石室形態から、築造年代は7世紀中~後半で、この周辺が古代より「草香」(日下)と呼ばれていたことから、「日下氏」との関係も考えることも可能となっている。
近鉄奈良線石切駅から南方向、生駒山に登り、頂上より少し下がった場所にある。- 旅行時期
- 2004年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 1.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2012年12月01日
総合評価:3.5
正式な名称はアトゥラマジ・ピロン・チャンタ・パヤジー。シットウエーのメインロードからウー・オッタマ通りを西へ行くと、広い広場が見える、その手前にある僧院風の建物。ミャンマーの一般的な寺院とは外見が異なるが、建物内部の柱は金と緑で装飾されている。
ご本尊は黄金に輝く大仏で、金、銀、ブロンズで造られたもの。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2012年12月19日
総合評価:4.0
ウボンラーチャターニーの観光案内所で入手した地図で見つけた遺跡。南北方向に向いた遺跡で東側の赤レンガの壁で囲まれている。入口は一箇所。西側の壁の外には正方形のポーチが残り、ここから象の彫刻が出土したらしい。11世紀に建てられた。
ウボンからチャータータクシー利用- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2012年12月19日
総合評価:3.0
ウボンラーチャターニーの観光案内所で入手した地図に記載されていた。遺跡の詳細は不明だが11世紀から12世紀に建てられたと考えられている。
アクセスは車のみ、チャータータクシーで1日1500バーツ(ガソリン代は含まず)、他の名所も見学できる。- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2012年12月18日
総合評価:2.5
シーサーケートからウトゥムポンピサイに向かう国道沿いの寺院の中に保存されている。12世紀に建設された神殿跡で、アンコール朝のジャヤバルマン7世が建設したとされている。
シーサーケートからバスがあるようだが、サ・カムペーン・ヤイ遺跡と一緒にモーターサイで見学することが、ちょっと高いが時間の節約になる。- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 2.5
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投稿日 2012年12月18日
総合評価:4.0
サ・カムペーン・ヤイ遺跡は、シーサーケートから20数kmはなれたウトゥムポンピサイという町にある。シーサーケートからバスでも行けるが、途中のサ・カムペーン・ノーイ遺跡もあるので、モーターサイで行くのがお勧め。シーサーケートからは往復で300バーツ、ちょっと吹っかけられたか。
遺跡は新しい寺院の敷地内にある、現代のお寺も同時に見学できるので面白いかも。- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2012年12月13日
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投稿日 2012年12月18日
総合評価:4.5
旧小長井町と旧高来町の境界付近、肥前鹿島から諫早に通ずる国道207号線のすぐ脇に所在する古墳。
円墳とも前方後円墳とも言われているが、墳丘の半分が大きく削られているので定かではない。埋葬施設は玄室に石棚を持つ複室構造の横穴式石室。この地方には珍しく縦長の平面プランの横穴式石室で、天井も平天井で、側壁の持ち送りも緩やか。この付近では小長井町の長戸鬼塚古墳や、高来町の善神さん古墳、佐賀県多良町の田古里古墳や道越古墳など、ユニークな石室を持つ古墳が分布している。
玄門の構造は田古里古墳と似た感じを受けましたが、まぐさ石が棚状になっていることが良く分かると思います。- 旅行時期
- 2002年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年12月17日
総合評価:4.0
全羅北道益山から市内バスで金馬で下車、タクシーかバス、歩いても行ける距離にある。2008年に訪ねたときは発掘調査中であった。石塔の近くには周辺から出土した瓦等を集めた資料館がある。
百済の武王の離宮か、あるいは武王が一時期都を扶余からこの地に移したのではないかとの説もある。発掘調査では出土した礎石の配置が従来の寺院址とは異なる配置をしている事が判明した。五層石塔は百済末期から統一新羅初期にかけてと見る意見と、10世紀の高麗初まで下るという見方など、その製作年代は確定されていない。周囲からは「官宮寺」銘の瓦なども出土していることから、大官寺に当てる見方もされており、遺跡中の建造物は武王代の創建と考えられている。- 旅行時期
- 2008年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:3.0
大型甕棺古墳は栄山江流域にだけみられるこの地方の独特な墓制である。伏岩里古墳群は羅州会津村前、栄山江北岸の江邊に形成された沖積平野に位置する。総4基が200m半徑内に分布している。
1号墳は方台型封墳で規模は18x14mであり、高さは4mほどで、周辺で甕棺片が発見された。4号墳は長方形で35x17m、高さ2.5mほどであり、封墳の頂上で甕棺片が発見され、140x45mの大きさの長方形 の石槨が表わされている。
去る1996年からから1998年まで進行された伏岩里3号墳の発掘は日帝時代に発掘した潘南面古墳に次ぐこの地域最大の発掘だったのに、調査の結果、横穴式石室墳、甕棺墓など各様の模様を持つ墓41箇が蜂の巣のようにきっしりと入っていて発掘チームを驚かせたという。一つの封墳の中に多数の墓の穴を掘って埋める多葬はこの地域だけの独特な埋葬方式という。
特に、3号墳の南の96石室では全国で初めて石室内に甕棺4基が安置された墓制が確認された。また金銅履物、各種の馬具類などが出土され、既存の馬韓の消滅時期であったという4世紀説を修正しなければならないほどの6世紀の資料が出土して学界の注目を集めている。伏岩里古墳群はまだまだ解くべき謎がいっぱいである。(羅州市ホームページより)
光州から市外バスで羅州へ、羅州からは市内バスかタクシーを利用する。馬韓の代表的な古墳群。6世紀に至るまで馬韓が存続していたことを示す資料が出土した。- 旅行時期
- 2005年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 2.5
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ミャウー唯一の外国人向けレストラン モエ・チェリー・レストラン
投稿日 2012年12月17日
総合評価:4.0
ミャウー唯一の外国人向けレストラン。町の中心部から若干離れた場所にある。王宮跡の向かいにあり、夜は真っ暗で、レストランの明かりがぽつんと見える。
食事はビルマ料理が中心、オープンテラスのテーブルで食べたのだが、薮蚊がすごい。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 4.0
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投稿日 2012年12月14日
総合評価:4.5
古くから交易の町として栄えたサワンナケート、フランスの植民地時代、カトリック教会、聖テレサ教会を中心に整備された町で、教会の周囲には植民地時代の建物が残っている。
タイとの国境が開かれており、タイ・ムクダハーンへの国際バスも運行されている。- 旅行時期
- 2012年02月





































































































































