あなもりやさんのクチコミ全87件
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- 基本情報
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投稿日 2014年06月28日
総合評価:4.0
甘粛省瓜州県の中心部にある小さな博物館。主に西夏時代に描かれた東千仏洞の仏教壁画の模写が多く展示されている。常設の展示室には西夏時代を中心に、唐、元時代の、青銅器、陶器、仏像などの遺物が展示されている。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2014年06月26日
総合評価:4.5
敦煌の郊外、現代の墓地の中に古代の地下式壁画墓がある。玄門には多くの画像磚が填め込まれ、神仙思想に基づいた画像が描かれている。玄室の構造は伝統的なドーム状の磚室で、奥壁には壁画が描かれている。玄室の天井石には蓮華文が描かれており、仏教の影響も認められる。玄室の両側に、小型の磚室があり、玄門から入って左側には台所の部屋、右側にはトイレの部屋がある。両側壁に側に、それぞれ1基ずつの木棺が置かれていたという。西晋時代3世紀頃のものと考えられている。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2013年11月19日
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投稿日 2013年11月18日
総合評価:3.5
オールドダッカは道が入り組んでいてわかりにくい上に、交通が超混雑していて歩いて回るには、ちょっと危険が伴う。ホテルを出てとぼとぼと歩いていると、すかさずリキシャのおっちゃんに声をかけられた。初めは断っていたのだが、徒歩で回ると時間もかかりそうなので乗ることに。案内してもらい解ったけど、ガイドなしで徒歩で回るのは至難の業、オールドダッカはリキシャで回るのが正解だった。
オールドダッカの主な見所を回って交渉の末300タカを支払ったが、おっちゃんはかなり不満そうだったので、それほどぼられていないかも。- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2013年09月05日
総合評価:4.0
福井県勝山市にある白山信仰の中心地のひとつ。平泉寺は養老元年(717年)泰澄大師によて開かれた古刹。中世以降は比叡山延暦寺の勢力化に入り、霊王山平泉寺として、白山信仰の越前側の拠点として栄華を極める。戦国時代には朝倉氏と肩を並べる越前国の一大勢力であったが、一向一揆勢に焼き討ちされ滅亡した。現在は杉木立のなか苔むした境内に白山神社が祀られている。
- 旅行時期
- 2013年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 1.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年06月28日
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投稿日 2013年06月28日
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投稿日 2013年06月29日
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投稿日 2013年06月29日
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投稿日 2012年12月24日
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投稿日 2012年11月16日
総合評価:4.5
イスラム教徒がほとんどのインドネシアで、バリ島のみがヒンドゥー教の島であることは良く知られているが、そのバリ島にも仏教寺院があることを知り、訪ねたことがある。
バリ島の北部シガラジャから海岸沿いを西に走ると、バンジャールテガという小さな町がある。海岸通からがたがた道を1kmほど登った高台にその仏教寺院はあった。
バリの観光地は南のクタやサヌールなので、北のほうはあまり訪れる人も少ないようだが、北部のヒンドゥー寺院は特徴があってとても面白かった、特にこの仏教寺院は珍しいので機会があれば是非訪ねてみたいお寺だ。- 旅行時期
- 2007年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2012年12月12日
総合評価:4.5
「黄金の魂の山」といわれる黄金の仏塔が田園地帯に聳える。周囲は広々とした田園地帯、ピィは豆類が特産、穀倉地帯は豆の栽培が主であるとのこと。
人気のない境内に豪華な仏塔が建つ。タイエーキッタヤー時代の創建といわれる古刹、現代の伽藍は後期バガン様式といわれている。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2012年12月12日
総合評価:3.5
洪城から市内バスで小1時間、バス停を降りるとみやげ物店が並んでいた。少し広めの参道のゆるい坂を登ると山門が見えてきた。この日一番の参拝客なのか、「金剛門」「一柱門」を入り、境内に出ると人気もなく閑散としていた。朝のひんやりとした空気、甍の波の向こうには靄に包まれた深緑の山並みが見えていた。
忠清南道礼山郡徳山面の徳宗山の中腹に位置する古刹。創建年代は明らかでないが、境内から百済の瓦が出土したことから、一説には百済時代の651年の創建とも伝えられている。
釈迦・阿弥陀・薬師三尊仏が祭られた大雄殿は、修理工事の際に発見された墨書によって建築年代が1308年と判明し、浮石寺の「無量寿殿」や鳳停寺の「極楽殿」とともに大韓民国最古級の建築物として国宝の指定を受けている。大雄殿の前面に立つ三層石塔は高麗時代のものといわれる。
- 旅行時期
- 2008年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 2.5
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投稿日 2012年12月25日
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投稿日 2012年12月20日
総合評価:5.0
ミャウーの寺院群の中のひとつ。比較的小さな建物だが、中心の仏塔内は八角形の回廊が巡り、壁面には様々な仏像が安置されている。
1521年にミンフラサ王によって建立された後、ミンブン王がスリランカから持ち帰ったとされる仏歯を奉納するため、1598年にミンラザヂー王が再建したという。- 旅行時期
- 2011年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2012年12月19日
総合評価:4.0
聖園ゲート前にあるレストラン、二件並んでいるが黄色い建物が目印。お勧めは定食、青菜の炒め物、カレー、芋、そしてご飯とスープ付き。他にも焼蕎麦みたいなチョーミンやチキンカレーも美味しかった。店の人もフレンドリーで感じが良く、外国人も入り易い雰囲気。
- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- サービス:
- 4.5
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 4.5
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投稿日 2012年12月22日
総合評価:4.5
二つの石室を持つ前方後円墳で巨石を用いた横穴式石室を見学することができる。
天竜川に流れこむ臼井川の段丘上に立地する全長46.4m、後円部径19m・高さ6m、前方部幅20.8m・高さ5mの前方後円墳。埋葬施設は後円部、前方部にそれぞれ1基ずつ主軸に直交するように大形横穴式石室が並列している。前方部側の石室は南西に開口する無袖型横穴式石室で、全長12m、玄室長8.8m、中央部底幅2m、奥壁幅1.8mの規模。奥壁は2枚の盤石、側壁は腰石の上に平石を積み上げて構築している。後円部側の石室は南西に開口する両袖型横穴式石室で、羨道部側の天井石が崩落し細部の状況は不明であるが全長12.3m、玄室長6.46m、底幅3.2m、羨道部6m、底幅1.8~2.1mの規模。奥壁は5段の横積み、側壁は平石を横積みする手法である。古くから開口し副葬品は全く不明。- 旅行時期
- 1999年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年12月22日
総合評価:4.5
古墳時代後期から終末期にかけて築かれた古墳群。A号墳、E号墳の石室は切石を組み込んだ精巧な石室。
南下A号墳は直径27mの二段築成の円墳で埴輪は認められない。埋葬主体部は南に開口する両袖型横穴式石室で羨道部は長さ3.95m・幅1.58mで壁石は硬質の角閃石安山岩を切り組んで構成している。その加工は角を直角に切るあつかいで、面に削りあとを残している。これに対して玄門の柱は丸みをもった線で造りだし面をたたいている。また玄門の冠石の正面には銀杏面様の面取りも施されている。石室内部の壁面には壁石構築上の作業線と見られる朱線が残されており、作業上の基準線、その補助線、一個の壁石を切って仕上げるための線に分類されると思われる。石室構築の使用尺度は唐尺と推測されている。築造年代は7世紀末~8世紀初頭。
南下B号墳は直径30mの墳丘の高い円墳で、埴輪は認められない。埋葬主体部は大振りの自然石を乱石積みにした玄室の高い両袖型横穴式石室で全長2.7mの規模を有す。玄室の両側側壁は、腰高まで直立しているが、それから上はドーム状をなしていて、一部切り組みもみられ、漆喰塗布の痕跡も認められる。玄門柱には角閃石安山岩の切石を用いている。築造年代は7世紀中期~後期
南下E号墳は直径17mの円墳で、埋葬主体部は切石を用いた両袖型横穴式石室で、羨道の一部が破損しており全長は不明だが、玄室は長さ2.76m・幅は奥で2.13m・前で1.78mを有す。石室は玄門をそなえ、角閃石安山岩の切石を巧みに随所に切り組んで、ケンチ積みに壁体を構成しており、この古墳にもA号墳と同様に石室構築の作業線と思われる朱線が残されている。築造年代は7世紀末~8世紀初頭。
そのほかに南下C号墳:円墳、無袖型」横穴式石室、6世紀後期。南下D号墳:円墳、両袖型横穴式石室、7世紀中期などがある。- 旅行時期
- 2002年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年12月21日
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投稿日 2012年12月21日
総合評価:4.5
有明海を望む太良町の丘陵地に所在する特徴的な古墳。直径約10m・高さ約5.8mの円墳で、複室構造の横穴式石室は全長10.87mで西向きに開口している。玄室は奥行き4.1m・幅2.8m・高さ4.4mで、自然石の巨大な腰石の上に大きな塊石を持ち送り式に積み上げ、天井部は細長い楕円形をしている。玄門は0.85mと狭く眉石が少し前面に張り出し、石棚のような感じを受ける。
前室内に 線刻紋様を有し、封土の周囲には県内では他に例をみない空濠が巡る。- 旅行時期
- 2002年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 5.0











































































































































