amaroさんのクチコミ(135ページ)全3,113件
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
初めて宿泊してなかなか使えるなと思ったのが、アートホテルズ浜松町でした。各地にあるチェーン系のホテルのようですが、室内が28・5平方メートルと同格のホテルに比べてやや広め。バスルームもゆったりしており、ツインのベッドのほか、応接セットのような椅子、ローテーブルの置かれたコーナーもありました。高級ホテルじゃないのでアメニティや調度品など、これといったものはありませんが、正直、そんなものに金かけるなら安くしてほしい、と考えるたちなので、十分満足できました。場所はJR浜松町と汐留の高層ビル街のちょうど中間あたり。周囲は事務所ビルと住宅ばかりなので、探すのはちょっと大変。でも、その分、静かだし隠れ家的。バイキング形式の朝食も好感が持てました。
- 旅行時期
- 2012年08月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 15,000円未満
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投稿日 2012年10月29日
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
江戸時代、港町で栄えた大崎下島の御手洗地区を象徴するのが石の高燈籠です。高さ6・18メートル。1830年につくられました。当時の技術からみて、巨大波止ともいえる千砂子波止の先端に立っており、今で言えばほとんど灯台だったといます。多くの船が出入りする港だったため、この高燈籠に限らず、周辺には燈籠が100基以上あったとされます。そこまであれば、とってもにぎやかな雰囲気だったのでしょうね。
- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
今では小さな港町ですが、かつて瀬戸内海の中継港として栄えた大崎下島の御手洗地区を散策していて、立派な芝居小屋を見つけました。乙女座という小屋で、中に入ってみると、磨き上げられた板間の舞台と花道があり、2階には桟敷席が見えました。なぜこんな立派な小屋が?と思いましたが、戦前の昭和12年、御手洗に劇場がなかったことから、建設され、戦後の一時期、映画館となりました。とはいえ、人口流失などで客足が減り、ミカンの選果場などにも転用されていたそうです。2002年に復元され、現在の立派な姿を取り戻しましたが、ほとんど使われた痕跡は見えず、なんだか建物だけが妙に目立ってました。
- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
瀬戸内海の潮待ち風待ちの港として栄えた大崎下島の御手洗地区を歩いていると、お城のような立派な石垣に遭遇します。階段を登ってみると、そこには小さな南潮山満舟寺というお寺。ちょっとなじまないなあと、思って入り口の説明を読んでみると、豊臣秀吉が四国攻めの際、加藤清正に命じて作らせたという伝承があるそうです。境内に入ってみると、あまり整備してない雰囲気。それでも、小林一茶とも親交の厚かった俳人の栗田樗堂の墓もあるなど、ちょっと不思議な雰囲気です。
- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
かつて瀬戸内海有数の港町として栄えた大崎下島の御手洗地区を歩くと、まるでタイムスリップしたかのような風情が楽しめます。入り組んだ狭い町並みには、長屋あり、遊郭あり、芝居小屋ありと、賑わった当時のことが思い起こされます。そのうちの一つが船宿で実際に1818−1830年ごろの建築とされる建物が残ってました。3軒がくっついた格好になっており、それぞれに2階に上がる階段がありました。広さも余りなく、こんな狭いところに宿泊していたのかあ、ちょっとびっくりです。また町中にあるNHKが制作したドラマ「火の魚」のロケにも使われた高橋家の居宅が公開されてました。
- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
国内最大級のマクストフ望遠鏡という触れ込みで訪れたのが、呉市・下蒲刈島の県民の浜に隣接した天体観測館でした。8月上旬の夏休みの季節でしたけど、昼間だからさらっと公開するぐらいだろうなあと思ってましたが、入り口は閉まっていて、人気も感じず、屋上に上って終わりとなりました。事前問い合わせが必要と書いてありましたが、どういう風に公開してるのか、もっと親切に教えてほしい気もしました。
- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
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投稿日 2012年10月29日
総合評価:3.0
古い家並みが続く竹原市の町並み保存地区で、ひときわ目立つ木造の洋館がありました。竹原市の歴史民俗資料館です。空色に塗られた壁がとてもさわやかな雰囲気です。1929年に建てられた町立竹原書院図書館の建物を改造したもので、竹原の文化の礎を築いた塩業などの資料が展示されていました。建物の横には広めが庭があって、町並み散策で疲れた足を休めるのにちょうど良かったです。
- 旅行時期
- 2010年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月29日
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投稿日 2012年10月29日
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投稿日 2012年10月28日
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投稿日 2012年10月28日
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投稿日 2012年10月28日
総合評価:3.0
広島市の中心部では毎年暮れになると、平和公園や100メートル道路と呼ばれる平和大通りで「ひろしまドリミネーション」というライトアップイベントが開かれています。中心部を東西に貫く平和大通りで人気を集めていたのが、ピース城と平和の鐘と名付けられたイルミネーション。平和の町ヒロシマを象徴しているそうです。原爆ドームがある元安川の川べりでは「冬空の流星群」と称したイルミネーションがあり、光の回廊になってました。平和大通りや元安川べりはあまりネオンや街灯などがないおかげか、とってもきれいに見えました。
- 旅行時期
- 2010年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月28日
総合評価:3.0
幕末のドラマや映画を見ていると、明治維新をけん引した大立者の1人である薩摩の大久保利通が暗殺されるシーンが出てきます。東京のどこかでそんなことがあったんだあ、と漠然とは知っていましたが、ホテルニューオータニの道路を挟んで東側にある清水谷公園の中に大久保利通の哀悼碑があることを知り「へえー、ここだったんだあ」とあらためて、びっくりしました。大久保は1878年5月14日、登庁のためニューオータニ東側の紀尾井町清水坂に差しかかった際、旧加賀藩士に暗殺されました。その10年後に薩摩藩出身の官僚らによって、この地に碑がつくられたそうです。大久保暗殺は紀尾井坂の変とも呼ばれますが、今や高級ホテルなどが建ち並ぶこの場所でそんな事件があったなんて、びっくりかも。
- 旅行時期
- 2011年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月28日
総合評価:3.0
入り口を見て少々、びびってしまったのが京都・木屋町にある「京料理 あと村」。宴会で夕食を食べたのですが、京情緒たっぷりの雰囲気にさすがに押され気味でした。十数人の宴会でしたが、通されたのはかなり広めの部屋。飲みが中心だったため、料理の印象はあまりなかったけど、ともかく京料理京料理でした。少し時間が過ぎ、宴たけなわになった時、窓から外を見ると、鴨川がすぐそばに見えます。そして「川床」。夏場になると、こちらがオープンとなり京都名物の食事ができるそうです。1度でいいから、あそこで食べてみたーい。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 一人当たり予算
- 10,000円未満
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投稿日 2012年10月25日
総合評価:3.0
太平洋を望むマリンパーク御前崎の中心的な存在が海水浴場です。とにかく広々としており、駐車場からビーチまで遠いこと。砂も細やかでたどり着くのに少々、時間が。でも、歩くととっても気持ち良かったです。江の島や逗子などで見かける海の家をつくるのは難しそうですが、オートキャンプ場にウインドサーフィン、ボディボードなどを楽しめる施設がありました。太平洋の荒波を想像するところですが、防波堤があって、波静かなのも家族連れには安心できるところでしょう。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月25日
総合評価:3.0
わが人生でも、なかなか珍しい京都への団体旅行でランチしたのが京料理の日月庵でした。清水寺近くと言われ、バス駐車場を降り清水坂を上っていくと左手奥まった場所にありました。入り口外にあふれるほどの待ち客。団体予約で良かったなあと胸をなで下ろしながら2階の大広間に上がりました。団体客専用らしく、40ー50人分ほど並べられています。お料理は湯豆腐がプラスされた懐石風。刺身、煮物など料理が次々に出てきて、食べられないほどでした。お値段の方は不明ですが、安くはないでしょうな。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
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投稿日 2012年10月25日
総合評価:3.0
オランダ坂を登り道なりに歩いていくと、狭い敷地に7軒の洋風住宅が連なるように建っているのが見えてきます。急斜面の崖の上に建っており、周辺でみられる大邸宅とは別の雰囲気があります。東山手洋風住宅群と名付けられていますが、明治20年ごろ、社宅や賃貸住宅として建てられて物といわれています。長崎には多くの外国人が逗留していますが、全員が大金持ちということはなく、こうしたこぢんまりした住宅のニーズもあったのでしょうね。それぞれの建物は「長崎市東山手地区町並み保存センター」「古写真資料館・埋蔵資料館」、レストランなどとして使われていました。
- 旅行時期
- 2009年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年10月25日
総合評価:3.0
よく地方都市で造り酒屋が利き酒販売をしているケースがありますが、京都・伏見というの都会で見かけたのは、ちょっとへー、という感じでした。日本酒大手の黄桜が経営している黄桜カッパカントリーです。販売店には店限定の日本酒やビール、グッズなどが売られているほか、レストランも併設されてました。近くに坂本龍馬の常宿だった寺田屋があるせいか、龍馬グッズも目立ちました。黄桜ギャラリーには、キャラクターとしておなじみのカッパの絵などが展示されてました。観光バスのコースに入っているのか、次々とバスが入ってくるのは、ちょっとびっくりでした。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅























