2026/05/18 - 2026/05/18
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kojikojiさん
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サマルカンドのホテルには2泊しますが3日目の朝は早朝の移動です。到着翌日の朝にいつものように4時過ぎに目が覚めたので散歩に出掛けて見ることにします。ウズベキスタンの場合は身分証明書の形態が必須ですが、パスポートはガイドさん経由でホテルに預けたままです。パスポートのカラーコピーとホテルの鍵、添乗員さんの電話番号とスマホとカメラを持って外に出ます。ホテルの前には巨大なプラタナスの並木が延々と続き、中央分離帯は細長い公園になっています。サマルカンドではロシア帝政期の1870年代以降、新市街側で計画的な街路と公園の整備が進み、その延長線上でソ連時代にさらに拡張・再整備が行われました。旧ソヴィエト期にもヨーロッパ風の「長い並木の大通り」をつくる計画が立てられ、プラタナスなどの街路樹が植えられました。ホテルのある「ブールバル(Boulevard)」や「大学大通り(University Avenue)」には100年以上経った巨木が延々と続いていて壮観です。グーグルマップを頼りに2キロほど離れた「レギスタン広場/Registan Square」を目指しますが、途中には「アミール・ティムール座像/Amir Temur Monument」や「ルハバット廟/Mausoleum Rukhabad」、「アミール ティムール (グリ アミール)廟/Amir Temur (Go'ri Amir)」があります。午前5時過ぎでも「100,000スムで中に入れるよ。」と言われますが、午前中に来るところなので「またあとできます。」と言って先を急ぎます。寄り道もしたので40分くらいで「レギスタン広場/Registan Square」に着きました。午前5時30分では中に入れないと思っていたのですが、カメラマンと助手と民族衣装の女性という組み合わせが2組ほど見えます。チケット売り場に行ってもまだ閉まっているのですが、ゲートの奥にツーリストポリスの詰め所があります。ダメもとで尋ねてみると「入れますよ。チケット売り場が閉まっているのでここで現金で100,000スム払って名前を書いてください。」と言われ、あっけなく中に入れました。表で写真を撮っている2組以外は誰もいないのでほぼ貸し切りの状態で2つのメドレセと1つのモスクを独り占めです。後で調べて見たらそれほど高くない料金でカメラマンを雇って100枚の写真を撮ってもらってデータが貰えるようなので、次に来る機会があればトライしてみたいものです。広場と建物を占有できたのはものすごい思い出になりましたが、この日も妻は夢の中なのがちょっと残念でした。結局ホテルに戻ったのは7時30分で、シャワーを浴び直して朝食を摂り、ツアーの観光に備えます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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いつものように午前4時に目が覚めてしまい、サマルカンドの町を朝散歩に出掛けるには袈裟しかないと気が付きます。パスポートはホテルに預けたままなので、カラーコピーとホテルのキーを持って出かけます。
ホテルシティサマルカンド ホテル
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ホテルの前は大きなプラタナスの並木道と中央分離帯は公園になっています。結袈裟(ゆいげさ)に似ているところからスズカケノキの和名があります。
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「サマルカンド州立大学生物学部/Samarkand State University Faculty of Biology」の現在の主な校舎群はソヴィエト時代からの教育施設建築が基盤になっています。外観もソヴィエト期の大学によく見られる水平ラインが強い矩形ボリュームに、シンメトリーなファサードと規則的な窓列をもつデザインが中心で、装飾は比較的控えめです。
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約1キロを15分ほどで歩いてくると大きなロータリーに差し掛かりました。
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ロータリーの中心には「アミール・ティムール座像/Amir Temur Monument」が据え付けられています。チャガタイ・ハン国の軍事指導者で、ティムール朝の建国者として中世アジアを代表する軍事的天才と評価されています。中央アジアから西アジアにかけてかつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設しました。
アミール ティームール像 モニュメント・記念碑
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ティムールが出現して西アジアの大半を征服したのと同じ頃、東アジアに登場したのが朱元璋で、後の太祖洪武帝でした。ティムールは明が元を滅ぼしモンゴルを北辺に追いやったことに対し復讐を宣言し、その明で太祖洪武帝が死に靖難の役の内乱が勃発したことを好機と捕らえ、アンカラの戦いから転じて20万の大軍を東に向け、1404年にパミール高原を越えて進軍させました。
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そのままいけばモンゴル帝国の再現をめざすティムールと中華帝国の建設をめざす永楽帝という英雄同士の戦いとなるところでしたが、ティムールは途中のオトラルで1405年2月18日に病死したことで対決は実現しませんでした。その墓所は現在のサマルカンドの中心部の「アミール ティムール (グリ アミール)廟/Amir Temur (Go'ri Amir)」として残されています。
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「ルハバット廟/Mausoleum Rukhabad」は1380年にアミール・ティムールの命により建設され、ティムールの時代に尊敬されていたイスラム神学者であり、神秘主義者であるシェイフ・ブルハネッディン・サガラジの墓として建てられました。彼は東トルキスタンの遊牧民の間にイスラム教を広めるのに多大な貢献をしました。このイスラム学者は中国の王女と結婚し、元朝の宮廷で大きな影響力を持っていました。
ルハバット廟 史跡・遺跡
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真っすぐ「レギスタン広場/Registan Square」hrは進まずに「アミール ティムール (グリ アミール)廟/Amir Temur (Go'ri Amir)」にも立ち寄りました。
アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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入口辺りで写真を撮っていると係の人が出てきて、入場料を払えば中に入れると言われますが、午前中に見学に来るのでと断りました。ブハラでもそうでしたが、ガイドブックなどに書かれている時間とは違います。
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シルクロードの国というイメージが強いウズベキスタンですが100年以上ロシアの支配下にあり、そのうち約70年はソヴィエト連邦に属していたという歴史あります。町歩きの際に「ソヴィエト遺産」ともいうべき名残りが見つかります。
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フェニックスのような鳥はブハラでも見たウズベクの神話に出てくるフマ鳥だと思います。民族衣装を着た女性たちは伝統音楽の楽器を奏でています。足元には麦の穂とソヴィエト時代のプロパガンダを感じさせます。
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ホテルから直線距離で約2キロ、寄り道をしたので40分ほどで「レギスタン広場/Registan Square」に到着しました。
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勝手な思い込みですが、ブハラやヒヴァのような周囲には旧市街が密集しているのかと思っていました。こんな大都会の真ん中にあるとは思いませんでした。
レギスタン広場 広場・公園
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長年夢見ていたウズベキスタンのサマルカンドへようやく来られたという感慨で一杯です。それも誰もいない広場を独り占めといった感じです。
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テラスから右手には「シェル・ドル・マドラサ/Sherdor Madrasasi」のイワーンと2本の塔、そして背後には美しいドームも見えます。
シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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左手には「ウルグベク・マドラサ/Ulugbek Madrasasi」が見えます。この日はまだ涼しいのは良いのですが、青空ではなく曇り空なのが少し残念です。
ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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公園の中には「イスラム・カリモフ像/Islam Karimov's Statue」がありました。ウズベキスタン独立後の1991年12月に初代大統領となり、以後2016年に死去するまで25年間にわたって同国の大統領を務めた人物です。
イスラム カリモフ記念像 モニュメント・記念碑
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独立と安定をもたらしたが強権と抑圧の代償を残した初代大統領という評価がいろいろ分かれるようです。独立直後の混乱を知る世代では「強い指導者」として肯定的に語る傾向があるようです。一方で若い世代やインターネットのユーザーほど、人権侵害や抑圧を重く見て否定的な評価をすることが多く、地方と首都タシュケント、国内と海外で評価は違うようです。
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「ビビハニム・モスク/Bibi-Xonim masjidi」まで歩けるかなとグーグルマップを片手に考えましたが、この日のサマルカンド市内の観光にも含まれているので諦めました。
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再び広場を望むテラスに戻ってみるときれいな衣装を着た女性とカメラマンとアシスタントの姿が見えました。これは何らかの予約をすれば中に入れるのだと思いました。
ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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ガイドブックには午前7時から午前0時まで見学できることになっています。まだ午前6時前ですがチケット売り場を覗いてみることにします。
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チケット売り場はまだ閉まっていましたが、その先のセキュリティーゲートの先にツーリストポリスの人が立っているので尋ねてみると、通常の入場料の100,000スムを現金で支払って、ノートに名前を書けば入れるということです。
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帰りに架かる時間を計算してみると50分くらいなら大丈夫そうなので見学することにします。現金を持って来ていて良かったと思います。
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アミール・テムールの時代以来レギスタンはサマルカンドの主要な市場で広場、社交の中心地となっていきます。テムールの孫のウルグベグの時代に広場の外観は徐々に変化し始め、ウルグベグは中央アジア最大のイスラム大学の建設からレギスタンの再建を開始しました。
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「レギスタン広場」のマドラサ建設の着工日は不明ですが碑文は保存されていて「この建物は世界で最も美しく、最も高く、芸術と作品において最も完璧な建物であることが知られている…。」これによりマドラサの建設は1417年に完成したと結論づけられるようです。
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1533年にシャイバニのウバイドゥッラーが権力を握ると間もなく首都をブハラに移します。サマルカンドは徐々に政治的中心地としての地位を失っていきますが「ウルグベク・マドラサ」は中央アジアで最も優れた教育機関の1つとしての地位を保ち続けました。
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ツーリスト・ポリスのお兄さんは「建物の中も見学出来るからね。」と教えてくれたので内部に入ってみます。
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通路を抜けると美しい中庭が広がっています。全く人がいない贅沢な空間と時間を楽しめます。
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正面の巨大なイワーンの裏側を見てみます。両側ともに大きなニッチになっています。
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インドのムガル帝国の格子スクリーンのジャーリ(jaalis)を思い出させる幾何学文様のタイルによる格子のデザインが面白いです。
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誰もいなく時間が止まったような中庭は鳩の鳴き声くらいしか聞こえてきません。
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ブハラのモスクも美しかったですがやはりサマルカンドのタイル装飾も素晴らしいです。もう少し太陽が出ていたらと思います。
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「ティラカリ・マドラサ/Tilla-Kori Madrasasi」のイワーンの前では写真撮影が進んでいます。
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こういったウエディングフォトはウズベキスタンでも人気のようで、調べてみると撮影時間2時間で、撮影枚数は100ショットでデータでの受け渡し、レンタル意匠込みで1人140ドル、2人で210ドルくらいで出来るようです。カメラ難たちのレギスタン広場への入場料も含まれているみたいなので、時間があったらやってみたいものです。
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写真撮影をしているので「シェル・ドル・マドラサ/Sherdor Madrasasi」の見学に移ります。シェル・ドルは直訳すると「ライオンを抱える」という意味になります。ライオンと太陽はペルシャの主要な象徴の1つで、1979年のイスラム革命までイランの国旗の中心的な要素でもありました。
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「シェル・ドル・マドラサ」の建築様式は「ウルグベク・マドラサ」とほぼ同様で、広い中庭と学生用のフジュラ(居室)、そして教室を持つ四角形の構造です。当時の最新建築技術を用いて建てられたことから当時の近代的な建築物と見なされていました。
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入口上部のアーチ中央には古くから豊穣と繁栄の象徴とされてきたスワスティカの模様が描かれています。
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イスラム思想の「サアーダ」と呼ばれる幸福が重要な概念があり、格子窓の左右には幸福の花瓶を描いたタイルが見えます。
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こちらのニッチのムカルナス(Muqarnas)のタイルも素晴らしいです。平らなタイルを割って花柄に組み合わせて、さらにそれを3次曲線に組み合わせています。幾何学的なデザインでありながら、微妙に歪んだタイルに魅了されます。
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振り返ると対峙するように建つメドレセが美しむ見えます。
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同じニッチを裏側から眺めてみます。同じようなタイルの壁面ですが、こちらは正方形の5色ほどのタイルの組み合わせでデザインしています。
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こちらの中庭も時間が止まったようです。
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ライオン中庭中庭の正面には大きなベンチが置かれ、そこには寝ている人がいました。もちろんツーリスト・ポリスの人ではなく、最後まで誰なのか謎でした。
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寝ている人を起こさないように注意を払ってドームの下まで進み、振り返ると美しいドームが見えます。
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3面のニッチのタイルのデザインもそれぞれ違い、手間の掛け方も全く違います。
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ブライダルフォトの人たちが移動したので「ティラカリ・マドラサ/Tilla-Kori Madrasasi」の見学に移ります。
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このマドラサの建設はサマルカンドの統治者ヤラントゥシュ・バハドゥールの命により1646年に始まり、1660年にようやく完成しました。これはレギスタン広場にある建築群の最後に建てられた建造物です。かつてこの場所には2世紀以上にわたって使用されていたキャラバン・サライ(隊商宿)が存在していましたが、その跡地にマドラサが建てられました。
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「ティラ・コリ」は「金で装飾された」という意味で、その名の通りマドラサの正面は豪華な金色の装飾が施されています。モスクの内部は土足現金なので靴を脱いで見学に入ります。
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マドラサの西側には大きなガラス張りのドームを戴いたモスクがあります。内部の装飾は「キンダル」技法で施され、その金箔の美しさには目を見張るものがあります。
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外側は薄い水色のタイルを張ったドームですが、内側はこのように細かい装飾で覆われています。ラピスラズリのようなブルーと金色の組み合わせがこれほど美しいのかと改めて感じます。
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西側のキブラ壁(カアバの方向を示す礼拝堂内部正面の壁)にはムカルナスの鍾乳石装飾の下に黄金色のミブラーフが設けられています。今までいくつものミブラーフを見てきましたが、その中でも最も美しいと言っても過言ではありません。
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これだけ美しく装飾されたミブラーフですが、これ自体が聖なるものではなくカアバの方向を示すだけのものです。
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ミフラーブの横には大理石で造られたミンバルと呼ばれる説教壇がありました。
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また違った女性がブライダルフォトの撮影をしています。
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時間ぎりぎりまで「レギスタン広場/Registan Square」の見学をして、速足でホテルに戻ります。ホテルまでは2キロほどあるので30分近くはかかります。
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ウズベキスタンの町中では24時間営業でこのようなクレーンゲームなどが置かれていました。多分現金は使えないのでしょうが、商品が入ったまま無人で営業していることに安全な国なのだと思います。
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もちろん防犯カメラもありますが、ATMでさえこのように置かれています。日本だったら機械ごと絶対に盗まれてしまうと思います。
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ホテルに戻ると汗をかいたのでもう一度シャワーを浴びて、ついでに洗濯もしてしまいます。今回は旅行中に洗濯する予定はありませんでしたが、着替えが足りなくなってしまいました。
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地下1階のレストランで朝食をいただいた後は再びサマルカンドの観光で、今まで散歩してきたところを再度訪ねることになります。
ホテルシティサマルカンド ホテル
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