2026/05/15 - 2026/05/15
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kojikojiさん
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「ラマダ・バイ・ウインダム・タシケント/Ramada by Wyndham Tashkent」での朝は早く、午前4時には起きて身支度を整えます。午前5時過ぎにロビーに降りて、朝食の入った袋を受け取ります。ホテルではバナナだけ食べて残りは機内で食べることにします。5時30分にホテルを出発して6時には空港に到着し、カウンターで国内線の搭乗手続きをします。日本からタシケントまではアイルの席を希望していましたが、今日は窓側の席からの並びにしてもらいました。ウズベキスタン航空HY53便は定刻の午前6時40分に出発し、一路ウルゲンチに向かいます。近代的なタシケントの町はあっという間に過ぎ去り、住宅街から緑の濃い農村地帯からシルダリヤ川を越えるとクレヨンで塗り分けたように砂漠が始まります。高低差も無い風紋だけが広がる砂漠に生命感は全く感じられませんが、遠くに広大なアイダール湖が広がっています。さらに遠くにはトルキスタン山地(Turkestan Range)の山々が連なり、山頂部には白い雪が見えています。天山山脈から西へ広がるアライ山地の北方延長の1つで、キルギスタン・タジキスタンの長い国境からウズベキスタンのサマルカンド・オアシスまでの全長340キロに渡る山脈です。昨年のロンドンからの帰りにANA便の右の窓から天山山脈を望み、早くシルクロードを旅しなければと誓ったことを思い出します。そうウズベキスタンを横断する旅はシルクロードの一部を旅することでもありました。1時間30分のフライトはあっという間で、機内で朝食を食べると午前8時10分には「ウルゲンチ空港/Urganch Xalqaro Aeroporti」に着いてしまいました。世界一小さいのではないかと思えるターンテーブルから荷物を持って迎えに来たバスで1時間ほど移動して「ヒヴァ/Khiva」の町に入ります。まだ午前10時過ぎですが、この日宿泊するホテル「マリカ・ヒバ・ホテル/Malika KHIVA Hotel」は部屋の準備が出来ていて、手続き後はすぐに部屋に入ることが出来ました。今回のガイドさんは日本人の方が経営する会社の方でしたが、非常に優秀な方で現地でのコネクションやネットワークは驚くべきものがありました。お陰でホテルの部屋でしばらく休むことが出来て、午前中の観光に臨めました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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前日の朝は午前3時過ぎに起きて、この日も午前4時に起きて身支度を整えて5時過ぎにはロビーに降ります。既に添乗員さんとガイドさんがスタンバイしていて、朝食のボックスを配ってくれました。バナナだけはホテルで食べてしまいます。
ラマダ バイ ウィンダム タシケント ホテル
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KORZINKA24/7はウズベキスタンのスーパーマーケットで24時間営業です。今回もツアーでもどこかのスーパーに立ち寄るようです。
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ウズベキスタンはイスラム教の国でありながらアルコールについてはある程度寛容なようです。それでもスーパーなどでは販売されておらず、専用の販売店があります。さらに未成年者が購入しないようにクレジットカード払いしかできないようです。
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タシケント市内中心部に差し掛かると「サミット/SUMMIT」というビジネスセンターのビルがそびえています。
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「タシケント・シティモール/TashkentCityMall」も2024年に出来た施設のようです。「て」の店こと7SABERも出店しているようで、「てTECH」や「てPerfume」の店に行ってみたかったです。
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平日の朝ですが午前6時前では人の姿はありません。
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日中は渋滞になる市内中心部も車の1台も走っていません。
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「フモ・アリーナ/Humo Arena」の収容人数は旧ソ連国家のうちロシアとベラルーシを除けば最大の12500名で、主にアイスホッケーなどで利用されるようです。
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「ファウンテン・マジック・シティ/Fountain Magic City」の前も通過しました。アトラクションは数百円の有料ですが入場は無料だそうです。次にタシケントに来ることがあれば絶対に行ってみたいところです。結婚以来妻にはディズニーランドに行きたいと言われていますが、連れて行ったことがありません。
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遊園地の脇には運河が整備されていて両岸には商業施設が整備されています。来るまでにイメージしていたウズベキスタンとは全く違う世界が広がっています。
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これは昨晩はホテルでのんびりしている場合ではなかったのかもしれません。リサーチ不足を感じますが、10年前なら夜遊びに出たけど現在では無理だったなとも感じます。
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「ピラミッド・タワー/Pirmit Tower」は48階建ての高層ビルで、ダイアグリット構造の外観を持つ複合施設です。
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インドではよく見掛けるメガネの標識はガンジーを表すものですが、ウズベキスタンでは盲人注意の標識のようです。日本のような点字ブロックなどは整備されておらず、信号機も音声対応はされていません。
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高架からは「タカマチ駅/Tukimachi」に続く線路がたくさん見えました。昔の赤羽駅の辺りや田端駅辺りを思い出します。
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ホテルを出て30分ほどで「タシケント空港第3ターミナル/Toshkent Aeroporti Terminal 3」に到着しました。
タシュケント国際空港 (TAS) 空港
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国内線のターミナルは国際線のターミナルとは滑走路を挟んだ反対側になります。
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空港ターミナルの列柱のデザインはこれから見学に行く各地のモスクの屋根を支える柱と同じデザインになっています。本来は木製の柱が使われますが、ここではコンクリート製のようで、基壇と上部の柱頭まで再現されています。柱頭は古代エジプト建築のパピルスやロータス、棕櫚(ナツメヤシ)のデザインを連想させます。
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セキュリティを通過した後は各自チェックインカウンターで手続きをします。日本からタシケントまでは妻の希望を聞いてアイルから2レ手並びの席でしたが、ここでは窓側からの2席にさせてもらいます。
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ウズベキスタン航空の国内線は預入荷物は23キロ1個まででした。小さいキャリーはそれぞれ機内持ち込みにしています。帰国時は23キロ2個なのでお土産に陶器やワインを買っても大丈夫なように考えています。
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北京首都国際空港で昨日買ってあげたパンダが気に入ったようで、今日は同じようなカラーリングの服を着ています。
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「タシケント空港第3ターミナル/Toshkent Aeroporti Terminal 3」からはウズベキスタン航空HY53で、西部の「ウルゲンチ空港/Urganch Xalqaro Aeroporti
」まで移動します。午前6時40分発で到着は午前8時10分なので1時間30分のフライトです。 -
沖止めなのでターミナルからはバスに乗って移動します。今回だけの印象ですが飛行機も列車もかなり時間に正確に運行されているようです。
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バスに乗って飛行機に向かいます。今回のツアーでの都市間の移動は国内線と高速鉄道とツアーのバスでの移動になりましたが、どれも楽しい経験になりました。
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広大な敷地の割には停まっている機体の数は少ないように見受けられます。
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国旗と同じカラーリングの機体の前でバスを降ります。ソビエト連邦崩壊後に当時のイスラム・カリモフ大統領は国立航空会社の設立を命じ、1992年1月にウズベキスタン航空が設立されました。現在ではタシケントから国内外50都市を結び、国際空港5カ所を含む11カ所の空港を所有しています。
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過去はアエロフロートに所属していた航空機を使用していましたが、国際線優先政策によりエアバス機をリースし、現在はエアバス機とボーイング機を使用しています。
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初めて乗る航空会社はそれだけで気分が高揚してきます。
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かなりしっかりした機内誌です。ウズベキスタンは眉をくっきりさせるのがメイクのポイントのようです。
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機内誌の広告にあったのはこの後毎日のように飲んだウズベキスタンのタシケントのビール「サルバスト/SARBAST」です。左からスペシャル、オリジナル、ライトでどれも美味しかったです。これ以外に無濾過のアンフィルタードがあります。添乗員さんのおすすめだったアンフィルタードにはレストランでは出会えませんでした。
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定刻に滑走路に向かいました。国旗に由来する機体のカラーリングのブルーは青天と純水の象徴で、かつてティムールも自軍の旗に選んでいる色です。白色は平和と純粋さの象徴でで、緑色は天恵の自然の具現しています。
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現在はまだ小さなターミナルですが、これからは中央アジアのハブ空港として発展していくのではないかと感じられます。かつてマルマラ海の近くにあったイスタンブールの空港でも同じようなことを感じたことがあります。
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滑走路で待機することも無くあっという間に離陸しました。町の中心部を抜けると住宅街や工場が広がっていきます。
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タシケントからはほぼ真西に向かって進路を定めます。風景はすぐに緑濃い畑に変わります。思っていたよりも農業などが盛んなのだと感じます。
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農村地帯からシルダリヤ川を越えると段々と地表の色が変わってきます。
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左側の窓からはアイダール湖が見えていました。湖の中に人工的な水路が見えたので季節によって水量が変化するのだろうと感じます。
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湖のはるか彼方の地平線にはトルキスタン山地(Turkestan Range)の山々が連なり、山頂部には白い雪が見えています。天山山脈から西へ広がるアライ山地の北方延長の1つで、キルギスタン・タジキスタンの長い国境からウズベキスタンのサマルカンド・オアシスまでの全長340キロに渡る山脈です。
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ANAのロンドン便では帰国便では天山山脈の北側を飛行し、それは美しい雪山の連なりを見ることが出来ます。その風景を思い出すと妻と旅した英国周遊のクルーズやポルトガル周遊の旅を思い出します。ツアーも楽しいのですが、やはり記憶に強く刻まれるのは2人だけの個人旅行のようです。
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1時間30分の国内線のフライトですがフラッグ・キャリアなので軽食のサービスがありました。厚めのハムを挟んだだけの丸パンでしたが美味しかったです。それと熱々の紅茶にはレモンを入れてもらいました。
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そしてラマダホテルでいただいた朝食ボックスも一緒にいただきました。こちらはミックスサンドイッチと焼いたソーセージ、茹で卵とチョコレートケーキ、レモンのヨーグルトでした。こちらも意外に美味しかったです。
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眼下の風景はどんどん荒涼としていきます。ほとんどフラットな大地に時折アクセントのように低い山が混ざっています。
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中世アジアを代表する軍事的天才と評価され、中央アジアから西アジアにかけてかつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設したティムールの大地にやってきたという思いが強くなります。
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何を採掘しているのかは分かりませんが、日本では見ることのない露天掘りの鉱山が見えました。ウズベキスタンは金・ウラン・銅などの鉱物資源が豊富で、世界有数の露天金鉱もあったことを思い出します。
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その後しばらくは砂だけの砂漠が広がり風紋がきれいに見えます。世界に広がる砂漠の多くは岩石に覆われた荒涼たる地域が主で、砂に覆われた地域の割合は少ないです。ウズベキスタンに広がるのも「礫砂漠」という部類のものかと思っていましたが美しい砂が広がっています。
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アム・ダリヤ川が見えてくると赤い砂を意味するキジルクム砂漠(Kyzyl kum)も終わります。
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「ウルゲンチ空港/Urganch Xalqaro Aeroporti」に向けて高度を下げ始めました。アム・ダリヤ川を越えると再び緑が濃くなってきます。
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ウルゲンチ空港でも沖止めでタラップを降りてバスに向かいます。小さな空港ですが、ヨーロッパのハブ空港で見掛けるような床の低い大型のバスが待っていたのには驚きです。日本の空港も早く購入してくれないかなと思います。
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ターミナルビルの前にはトルコ航空の機体が停まっているのが見えます。
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バスを降りた後はターミナルまで歩きます。特に係員がいるわけでもなくほのぼのとした印象を受けます。
ウルゲンチ国際空港 (UGC) 空港
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ターミナルの中には1基のターンテーブルがありましたが、その小さいことにびっくりです。長さで例えるとしたら大型の回転寿司と同じくらいのレーンです。
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空港の前には巨大な国旗がたなびいていました。この国旗は1991年11月18日に制定されたもので、改めてソビエト連邦の崩壊を思い出させます。1991年の夏の終わりから晩秋にかけての2カ月ほどオーストリアとイタリアとスイスを旅したことがあり、プーリア州のバーリからクロアチアのドブロヴニクへ渡る計画を持っていました。ところがセルビア軍が町を砲撃して難民がバーリの町へ押し寄せている状態にソヴィエトの崩壊を改めて感じたことでした。
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ウズベキスタンでは写真撮影を禁止されているものも多いですが、基本的に警察官や軍隊や軍隊に所属する車両、タシケントのいくつかの建物以外は特に規制は感じられませんでした。
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今回のツアーでは到着時のタシケント空港、そしてこのウルゲンチ空港でトランクのキャスターが壊れていた方がいたのでしばらく待機しました。どちらも航空会社が破損を証明する書類を発行してくれました。これもガイドさんの力量によるものだと感じました。
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「ウルゲンチ/Urganch」の町での観光は無く、迎えに来たバスに乗ってそのまま「ヒヴァ/Khiva」に向かいます。
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ウズベキスタンの鉄道についてはあまり調べてきませんでしたが、真っすぐ延びる線路に旅情を感じてしまいます。今回の旅では2回高速鉄道に乗る機会があります。
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1991年のソヴィエト崩壊つながりではありませんが、タジキスタンのバフティヤル・フドイナザーロフ監督が1991年に制作した「少年、機関車に乗る」という映画を思い出しました。父を訪ねるため列車に乗った兄弟の珍道中をモノクロ映像でユーモラスかつ詩情豊かに描いています。
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1991年に2カ月旅するにあたってイタリアを選んだのは「みんな元気/Stanno tutti bene」というジョゼッペ・トルナトーレ監督の映画を観たからでした。「ニュー・シネマ・パラダイス」が有名であまり知られていない映画ですが、父親役のマルチェロ・マストロヤンニがイタリア各地に住む5人の子供たちの所を訪ね歩くレールロード・ムービーです。旅の半分が過ぎたところでシチリア島のトラーパニへたどり着いたときは感慨深かったです。
https://www.youtube.com/watch?v=lFfc2rH-5A8 -
1時間ほどで着いたヒヴァの町は思っていたよりも大都会でした。もっと鄙びた田舎町だと思っていたのは大きな勘違いでした。
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モスクを模した大きなショッピングモールを見るとウズベキスタンのイスラム教の寛容さを感じます。もっとも各地には地ビールの醸造所もある国なので問題ないのかもしれません。
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それでも旧市街が近づいてくるとイメージしていたウズベキスタンの町並みが現れ始めました。
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この日宿泊する「マリカ・ヒバ・ホテル/Malika KHIVA Hotel」に到着しました。ホテルは旧市街の城壁「イチャンカラ/Ichan Qa'la」のすぐ外に位置しています。
Malika ホテル
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小さい扉から中に入ると大きな吹き抜けのホールがあり、大きなチェス盤がありました。
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ウズベキスタンはチェスが盛んで、ルスタム・カシムジャノフというチェス世界選手権で優勝した人物も輩出しています。子供の頃に将棋をすることはありましたがチェスは独楽の動かし方すら分かりません。
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ありがたかったのは午前10時過ぎにもかかわらず部屋の掃除が終わっていて、チェックインして部屋が使えたことです。これは現地ガイドさんの力量によるもののようでした。
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窓を開けると「イチャンカラ」の城壁と南側の門が見えました。バッテリー類の充電をセットした後は部屋でしばらく休むことが出来ました。
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そして大きな冷蔵庫があったので持ってきた缶酎ハイや水は冷蔵庫に入れ、冷凍庫では保冷剤を凍らせることも出来ました。翌日は7時間の「キジルクム砂漠」の黄疸があるので、バスの車内で冷たい飲み物を飲むことが出来ます。
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それほど広くはありませんが使い勝手の良い部屋でした。
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ツアーの案内ではバスタブの無いシャワーだけの部屋ということでしたが、今回利用したホテルは全てバスタブ付きでした。タオル類も新しくて清潔感がありました。
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洗面台は小さいので洗面道具を2人分置くには手狭でした。最近は妻のマネをしてフックで下げられるバックを使っているのですが、重電などをしているうちにフックなどは先に取られてしまいます。
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30分ほど休んだ後は再集合して「イチャンカラ/Ichan Qa'la」の見学に移ります。
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