2024/11/03 - 2024/11/03
67位(同エリア729件中)
唐辛子婆さん
サマルカンドのアフラシャブの丘。
それがソグド人の住んでいた町ソグディアナの一部らしいです。
ソグド人は五島列島の福江島に集落を作り空海や鑑真の渡航の手助けをしていた。そして鑑真の随員21人の中にも安如宝という名前のソグド人が一人いたというのです。サマルカンドかパルティア出身の。
なんて興味深いお話でせう!
このお面(伎楽面)は上野の博物館の法隆寺宝物殿で撮りました。
ソグド人は「深目鼻高」ださうですが、このお面は目玉が飛び出している^^。
「ユーラシア大陸が交錯する地点だったこと、オアシス農耕では面積に限界があったことなどから、ソグド人は移動してシルクロードの交易をする民になったと考えられている。
彼らは数百人という単位で移動先に集落を作り、それぞれの地で政権の支配を受け入れたりその庇護のもとで交易を続けていた。
彼らの力は政治や軍事にも及び、唐王朝の建国を手助けするなど、中国の歴史に少なからず影響を与えた。
8世紀には姿を消した筈のソグド人が、ここ10年ほどの研究の進展によって、11~12世紀まで活躍していたこともわかってきた。」(ウィキより抜粋)
訪問10月22日(火)①成田→仁川→アルマトイ(カザフスタン)
10月23日(水)②アルマトイの街あるきサービスアパートのまわりだけ
10月24日(木)③アルマトイ 3000m級の山へ行くはずが
④博物館の興味深いカタラン世界地図
⑤博物館からアパートまで
10月25日(金)⑥アルマトイ→タシケント→モスクワのアパートへ
10月26日(土)⑦アパートまわり、27日(日)モスクワ大学そばの公園、
28日(月)フランス系ショッピングモール、
30日(水)バーブシカ達、31日(木)ショッピング
10月29日(火)⑧モスクワ音楽院のコンサート
11月1日(金)⑨ダニーロフスキー修道院と市場→タシケント
11月2日(土)⑩サマルカンド行きの列車にスマホを忘れる
⑪シャーヒズィンダ霊廟群とレギスタン広場
11月3日(土)⑫アフリシャブ博物館ソグド人の歴史←ここ
⑬ソグド人のフレスコ画
⑭サマルカンドの天文学者ミルゾ・ウルグベク
11月4日(日)⑮タシケントのベシュ・コゾン(大釜プロフ)と散策
11月5日(月)⑯アルマトイのコクトベの丘
11月6日(火)仁川→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ウズベキスタン航空 アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
-
大河ドラマで源氏物語を思い出し、ネットでたまたま「末摘花はソグド人とのハーフだった」という記事を見つけ。さういへばさうかも。
「痩せて背が高く額が広く抜けるやうな色白で鼻が異様に大きくて男物のクロテンのコートをかぶって震えていた。」というからには。平べったい顔の極東人とは大違いです。(この絵は源氏絵巻をウイキから抜粋。末摘花とは何の関係もありません。)
でも、紫式部はソグド人をみたことがあるのでせうか?
彼女は少女時代、若狭の国に配属された父親についていったという記録があるさうで、そこに漂着したソグド人を見たのではないかと何かで読んだことがありまする。その中に女性がいたのでせうか?それともコーカサス系のぬけるやうな色白のソグド男を見たことがあり、その記憶を源氏物語に生かしたんでせうか?
平安時代より大昔、大陸から日本に渡ってきたり流れ着いたりは、時々あったらしくその中には女性も何名かいたらしい。そして五島列島のソグド人の集落には日本女性との間に生まれた子がいたかもしれない。 -
もし紫式部がソグド人を見たことがなかったとしたら、このお面を見るだけで抜けるやうに白い肌のお姫様」を想像・創造することができるでせうか?・・・無理だあ。
しかも紫式部が生きていた平安時代は鑑真が来日した時よりだいぶあと。その頃にもソグド人が来日していたのでせうか? -
そうとは考えにくい。
鑑真が来日したすぐあとぐらいに安禄山が起こした乱が原因でソグド人は衰退し歴史から消えていったさうなので。鑑真と共に来日した安如宝ももし来日せずに唐にいたらソグド人への大量殺戮の犠牲となっていたかもしれない・・・。
ともかく、ソグド人のことをもっと知りたくて -
ソグド人のフラスコ画が展示してあるというアフラシャブ博物館へとワクワクしながらやってきました。
フランス、アメリカ、スイス、韓国が支援している博物館。
ちょうど大英博物館でシルクロード店を開催中なのでこの博物館からもかなりの物が貸し出されているやうでここにあるフラスコ画が本物かどうかは不明です。 -
フラスコ画については⑬編でご紹介することにして
ソグドや故郷のソグディアナの歴史についてちょっと書いてみますね。
ソグド人は紀元前から12世紀までの約1000年間シルクロードの交易をしていた。でも故郷のソグディアナ(サマルカンドあたり)は隣国・遠国からの攻防に何度も何度も巻き込まれ。
BC334にはマケドニア(ギリシア)のアレキサンドロスが攻めてきて一大帝国(ギリシア、アラブ、トルコ、インド、モンゴル)を築く。この時の各地での集団結婚(と書けば聞こえはいいが・・。)でギリシア系の遺伝子がユーラシア全土にまき散らされる。抵抗したソグディアナの死者は約3万人。
(この絵はアフラシャブ博物館に複製がありました。ポンペイで発掘されたモザイク画。オリジナルはナポリ国立考古学博物館にあるさうです。) -
アレキサンドロスの胸に恋人?の顔が描いてあるのがかわいい。
鎧は日本の戦国武将のやう。
でも日本の武将でそんな女々しいことした人いるでせうか^^?
馬の目が迷惑さうなのも面白い。
その後、ギリシア系、トルコ系、インド系、モンゴル系の国々の攻防があったが、7C頃ソグディアナはアラブ系に支配され宗教はモスレムに、言葉はペルシャ語を使う人が増え。
8Cに書かれた「ムグ文書(もんじょ):トルキスタンのムグ城址から出土」には「アラブ人がソグディアナに攻めてきて14000人もの人々が襲われた。こちら(ムグ山)に逃れてきたがここももうだめだ。」というやうなことが書かれているさうです。 -
その後アラブ系の人たちが暮らしていたが
13C モンゴルのチンギス・ハーンによって支配。
労働力と財宝だけ略奪されてサマルカンドは滅びてしまった。
(画像はウィキより抜粋) -
14Cにアムール・ティムールがサマルカンドを再興したがその後トルコ系の支配。
19Cにロシアの支配下(110年間)にはいりソ連崩壊後ウズベキスタンとして独立。 -
と書くとソグド人はとっくの昔に亡びていたかのやうですが、どうもそうではないやうです。
もともとがサマルカンドあたりには中央集権国家というものがなく、お城のやうな屋敷に住んでいた貴族がなんとなく王様の役目をしていたらしく。なのでその土地に固執するよりも商才と語学の才を頼りにシルクロードの商人として生きることを選んだみたいで。
多くのソグド人がオアシスに移住して7000人ぐらいの集落を作り、田畑の面積が足りなくなると次のオアシスへと分離していき、東西はヨーロッパから朝鮮半島まで、南北はモンゴルからインド、インドネシアまで交易範囲を広げ。
特に唐には多くの人々が移住して政治(役人・高官)、外交(外交官・使節・通訳)、軍事、宗教(僧侶)文化(芸術・芸能:楽団、舞姫)などの分野で重要な地位を占めるようになっていった。高級官僚の階級の中に外国人共同体の責任者という官職があった。もちろん有能な商人や高利貸しも。
つまりソグディアナという故郷は失っても唐ではまだソグド商人として長く手広く活躍していた時代があった。安禄山のクーデターまでは。
「そしてここ10年程の研究の進展によって(クーデターのあとも)11~12世紀まで活躍していたこともわかってきた。」(ウィキより抜粋)
えっ?じゃー引き続き日本を訪れるソグド人がいたってこと?
ということは紫式部が色白のソグド人を見たって確率が一挙に高まったかも。 -
アフリシャブの丘での道路工事中に遺跡が発見され
また、中国でもソグド人のお墓の発掘が進み
ロシア、中国、フランスなどの -
研究が進み。まだまだ調査は続行中。
-
クリミア半島から日本までシルクロードでの交易をしてというと3000㎞もの距離(砂嵐に夏は灼熱地獄、冬はシベリアおろしの極寒地獄)をラクダで行き来してと思われさうですが、そうではなくてオアシスでの売り買いを通して交易品が目的地に運ばれるという連結方式のやう。
それで契約書や証人制度も発達したやうです。
でも唐に連れてこられた舞姫たちはどうだったんでせう?
彼女たちは戦争や借金のかたに奴隷として売り飛ばされサマルカンドの訓練学校でみっちりと買主の要望に沿った教育(読み書き・舞踊・楽器の演奏など)をされて唐に連れてこられたさうで。
破格の高値だし生身だし逃亡するかもしれないし強奪されるかもしれないしで、サマルカンドから長安までずっとつきっきりのソグド隊がいたかも。
「ぬけるやうな色白の鼻の高い末摘花のやうな」美女(!)たちは「コラ、被り物をとるな!日焼けでソバカスできたら昼飯は抜きだぞ!」とどやされながら過酷な旅を続けていたかもしれませぬ。 -
こんな感じのラクダの像が
ボルチモアの個人美術館にあると知った時のオドロキ!
Emmyさんの旅行記です。(掲載了承済み)
https://4travel.jp/travelogue/11951098
ロシアのエルミタージュ美術館にはペンジケントで発掘されたソグド銀器があるさうです。
また、フレスコ壁画の中にはイソップ物語(金の卵を産むガチョウの話)、オオカミの乳を飲んで育ったロムルスとレームスの話などもあるとか。
タジキスタンのペンジケントには
タジキスタン国立古代博物館、ペンジケント市内の博物館
トルクメニスタンにはアシハバード国立歴史博物館
フランスにはギメ博物館、リヨン織物博物館等にソグド関係のものがあるやうです。 -
これはラクダが怒って人間に噛みつきさうな場面?
「パパ、怖いよ~~」「大丈夫だよ。しっかりつかまってろ。」
玄奘法師(三蔵法師)がソグディアナを訪れた時の記録には
「体つきは大きいが性格は臆病であり、風俗は軽薄でうそがまかり通っている。おおむね欲張りで、父子ともに利殖をはかっている。
酒を好み、よく路上で歌ったり踊ったりする。
赤ん坊が生まれると石蜜を口に含ませる(甘言をもって商売上手となるよう)、手のひらに膠をつける(一度入手した金を手放すことのないよう)。5歳になると読み書きを教え、20歳になると男は他国に出かける。利益のあるところにはどこへでも。財産の多い者を貴とし、身分の優劣の区別が無い。
たとえ巨万の富を持った者でも、衣食は粗悪である。力田(農民)と逐利(商人)が半ばしている。」(ウィキ)
・・・あまり好意的ではありませぬ。
仏教がこの地で優遇されてなかったやうなので仕方ないか。
でもマルチリンガルで使節団の通訳もつとめるうちシルクロードでの共通語がソグド語になっていったさうで。
「たとえ巨万の富を持った者でも、衣食は粗悪である。」
←ワタクシそっくり。と一生に一度でいいから言うてみたいもんぢゃのぉ。 -
ソグドのもたらす交易品は以下のやうなものでした。
奴隷(小人・楽師・舞人)、動物(馬、犬、ライオン、ヒョウ)、宝石(水晶、バルト地方産の琥珀:正倉院にもある、オマーン産の真珠)、薬草・香辛料(ウコン、胡椒、黒塩)、食品(石蜜、サマルカンドの桃、黄金桃)装飾品、金、真鍮、麝香、樟脳、鉛白、藍、絹織物、毛織物、絨毯、麻、毛皮、鎖帷子、紙。
様々なものが朝貢への贈り物として献上されたことでせう。
唐では王族のほかに貴族の間でも西方の品物が愛好され、貴族の女性は西方の衣服をまとい男性は狩猟やゲームを行なった。このため宮廷周辺にはソグド人の富裕層も暮らしており、長安や洛陽のソグド人は多くが市場のそばに住んでいた。
ラクダの上で演奏をする人 -
つられて踊りだしてる人。
髪がリーゼントのやうに見えますが
とんがり帽子が前に折れちゃってるのです。 -
いろいろな展示物がありましたが、これは棺です。
-
ちょっと見、お菓子がはいってるみたいなラブリーなカタチ。
-
これは子供用
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焼き物がまた、素晴らしい。
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今でも使いたくなるやうなデザインのワイングラス。
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欲しくなっちゃうやうな壺。
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そしてこのお皿のデザインにも惹きつけられます。
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織部風なのや
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日本の民藝運動で活躍したバーナード・リーチが
-
英国に戻って西の端の村セント・アイヴスで
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濱田庄司の協力で登り窯を作って
-
生み出した
-
お皿を思い出させるやうなデザイン。
それで紫式部はソグド女性を見たのでせうか?
鑑真だって出航してからたどり着いたのは屋久島。そこから大宰府周りで奈良にたどり着く。阿倍仲麻呂にいたっては一緒に別の船で出航したのに座礁して日本にたどり着くことが出来ず中国に戻って一生を終える。
それほど過酷な航海に女性が加わるなんてと思うと気の毒で想像したくなくなります・・・。
それはさておき鑑真と一緒に来日したソグド人安如宝はどうなったかを知りたくなったのでいつか奈良に行って見たいと思います。
最後に、ももであさんが出してくだすった素晴らしい推測に感謝いたします。
「紫式部が直接ソグド人を目にした可能性は、時代的・地理的に考えて低いような...。一方でソグド人に関する噂は、尾ひれをつけながら広まり、彼女の耳にも届いたことでさう。「肌は恐ろしく白く、鼻は象のように長く先が赤く染まっている…」そんな話を聞けば、きっと作家魂に火がついたことでさう。」
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この旅行記へのコメント (13)
-
- ももであさん 2025/02/10 17:56:29
- 筋金入りのブチャイク
- 朝に礼拝 夕べに感謝
お婆様 続けて夕べのご挨拶に伺いました。
遣唐使が廃止された後も、朝鮮や中国との交易は続いていたので、商魂たくましいソグド人なら当然、平安時代にも便乗して来日していた案に賛成です。
ただ紫式部が直接ソグド人を目にした可能性は、時代的・地理的に考えて低いような...。一方でソグド人に関する噂は、尾ひれをつけながら広まり、彼女の耳にも届いたことでさう。「肌は恐ろしく白く、鼻は象のように長く先が赤く染まっている…」そんな話を聞けば、きっと作家魂に火がついたことでさう。
「筋金入りのブチャイク」と評される末摘花も、現代なら実はハーフの超美人だったのでは。でも平安時代の美の基準(豊満・小さな鼻・細い目・お歯黒)からは大きく外れており、紫式部や貴族たちにとって、想像上のソグド系ハーフは「美人」ではなく「ブチャイク」と見なされたのでさうね~
ソグド人が福江に集落を作ったといふお話。さもありなんです。でもイスラム勢力に追われ東・東へと逃げて、壱岐・対馬・五島に落人村を作ったとすれば、その痕跡は当時からすべて消し去っていたかもしれませんねぇ。ここはmistralさんの第2次福江調査におまかせで!?
全部なんの根拠のない想像ですが、そんな空想も歴史のロマンスで楽しいですね♪
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/10 20:08:00
- Re: 筋金入りのブチャイク
- ももであさん
こんばんは。
>ソグド人に関する噂は、尾ひれをつけながら広まり、彼女の耳にも届いた
そっか~、噂話から書き起こしたんですね。
やっぱりさすがももであさん!
>ここはmistralさんの第2次福江調査におまかせで!?
近くにいらっしゃるんだからあたたかくなったらちょっくら泳いで行って見てくださいよ♪移住人気で沸いてる島へ。
唐辛子婆
-
- Emmyさん 2025/02/10 06:51:52
- お勉強になります。
- 唐辛子婆さま
この度は拙旅行記をご紹介くださり、恐縮しております。私のような薄っぺらい内容の旅行記で、もうお恥ずかしい限りです。
表紙のソグド人ですが、すごい鍵鼻ですね。こういう感じの人を中東あたりで時々見かけますよね。目玉は出てませんでしたが、。笑
シルクロードの歴史。ロマンを感じます。遠い中央アジアと奈良が結びつくなんて、、。謎解きのようでこちらまでワクワクします。
奈良での旅行記も楽しみにしています!
Emmy
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/10 20:24:52
- Re: お勉強になります。
- Emmyさん
私こそEmmyさんの旅行記を載せさせていただいてとても感謝です。
いつもはこんなに調べたりはしないんですけど、時代と地域がマイナーなので文献が少なく近所の図書館で取り寄せてもらっては少しづつ読み解いていきました。
中でも印象に残っているのは
「ソグドの女奴隷の売買契約書」を京大の先生が読み解く場面。
別件で新疆ウイグル地区の博物館を訪れた歴史学者がガラスケースの中の文書をみてソグド文字ではないかと気づく。自分は読めないけれども友人にはわかるので見てもらおうと書き留めはじめるがガラスで光ってよく見えないし、ちょっと目を離したすきにどこまで書いたかわからなくなったりの苦労!
でも翌年一緒再訪した京大の先生が「ソグドの女奴隷の売買契約書」だと読み解く。それを見て目を丸くする博物館員たち!
共同研究の価値あるものだと説得して発表し、NHKのシルクロード番組でも取り上げられたさうです。
ところで「紫式部はソグド人をみたのか?」の回答は、ももであさんが推測してくださいました↑。「噂話を聞いた。」
私の苦労っていったい・・・^^。
唐辛子婆
-
- arfaさん 2025/02/10 01:24:04
- そうなんですね。
- こんばんは。
ソグド人には興味がありますがシルクロードの民としての存在は安禄山の時代で終わり、ウズベク人になったり中国人に吸収されて消えたのかなと思ってました。
エルミタージュ美術館ではほぼ1日いたのにソグド人関連のものがあると知らず、記憶にないです。
奈良に何かあるなら次に正倉院展や法隆寺に行った際は行ってみたいですね。
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/10 11:23:00
- Re: そうなんですね。
- arfaさん
おはようございます。
ご訪問ありがとうございます。
安禄山のあとに粛清されたとしても全員なんてことはできなかったでせうね。極東顔の人も沢山いたはずで「私は中国人ですよ。」といって生き延びて地方やオアシスに逃れていった人たちもいたでせうし。
まあでもコミュニティーとしての文化や言葉とかは12C以降はだんだん消え去っていったでせうね。
タジキスタン?のヤグノブ渓谷にソグド語系の言葉を話す人たちがいて政府も保護している(そこに住む分には税金も無料)とのことですね。
エルミタージュ、私も行きましたけどその頃にはソグドのことは何も知らなかったので、見ず^^。
そちらからは近いので沢山見られる時期にあわせて見物できるでしょうね、羨ましいです。何かわかったら教えてくださいね♪
唐辛子婆
- arfaさん からの返信 2025/02/10 12:04:17
- Re: そうなんですね。
- ヤグノブ渓谷にソグド語系の言葉を話す人たちがいて政府も保護している(そこに住む分には税金も無料)とのことですね。
タジキスタンですね。以前NHKスペシャルで特集をやってました。
この辺りは政府のソグド直轄地区になっているそうです。
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/10 17:21:17
- Re: そうなんですね。
- わあ、見たかったです。
タジキスタンは唐辛子爺は仕事で行ったことがあるんですけど、博物館などに行く暇はなく。
次回行く機会があったらゆっくり訪れてみたいです。
唐辛子婆
- arfaさん からの返信 2025/02/10 18:10:37
- Re: そうなんですね。
- 有料のアーカイブスでこんなのがありました。
シルクロード 謎の民 大峡谷に生きる
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2019094543SA000/
NHK特集700年にわたってシルクロードを支配したソグド人!
https://youtu.be/X6g31WMMaak
NHKスペシャル 文明の道 第5集 シルクロードの謎 隊商の民 ソグド
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011035386SA000/
NHK高校講座 世界史 「国際商業民族ソグド人」
https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A200705170100001300200
消えたソグド人の謎(これは文章ですね)
https://mitreya9290.hatenablog.com/entry/2021/04/17/132335
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/10 20:09:19
- Re: そうなんですね。
- ありがとうございます、ゆっくり見させていただきますね。
唐辛子婆
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/11 23:30:55
- Re: そうなんですね。
- arfaさん
おかげさまでゆっくり拝見しました。
胡という人はどういう人たちなんだろうと長い間疑問に思っていたことが解けました。ありがとうございます。
タジキスタンのペンジケントや中国のトルファンに行ってみたくなりました。ヤグノブ渓谷には無理でしょうけど^^。
唐辛子婆
- arfaさん からの返信 2025/02/11 23:55:18
- Re: そうなんですね。
- 庫車(クシャ)の博物館に行った時、ギリシャ神話に出てくるような頭像が並んでいて文明の十字路を感じたことがあります。カシュガルからアクス、クシャ、トルファンとつながるシルクロード天山南路ルートはソグド人の交易ルートだったので彼らが持ってきたものなんでしょうかね。
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/12 22:21:41
- Re: そうなんですね。
- そうでしょうね。
いろいろ教えていただきありがとうございました。
唐辛子婆
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