2026/05/16 - 2026/05/16
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kojikojiさん
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ヒヴァでの一夜が明けました。午前4時過ぎには目が覚めてしまい、部屋の窓から表を見ると西側の「オタ・ダルヴァサ門/Ota darvoza」とそこに続く「イチャン・カラ」の城壁が薄っすらと浮かび上がっています。それを見ると部屋でじっとしているわけにはいかず、身支度をして表に出ました。日中は30℃を越える5月のヒヴァですが、早朝であれば涼しさを感じるほどです。「イチャン・カラ」の城壁の中に入るのには入場料が必要で、16カ所のモスクやメドレセなどに入ることが出来ますが、それらの観光ポイントがまだ開いていない午後8時から翌朝の午前8時までは特にチケットなどは必要なく内部に入ることが出来ます。この日のヒヴァの出発から逆算すると午前7時までに戻れば朝食を食べる時間もあります。昨夜はライトアップした城内を散策しましたがまだ多くの人が歩いていました。ところが午前5時過ぎには全く人の姿が無く、通りに並んでいたお土産物屋のラックや什器、もちろん商品も置いてありません。それどころか通りにはゴミ1つ落ちていなくて掃き清められています。ガイドさんがイスラム教徒としての務めだと言っていましたが話半分に聞いていました。世界遺産を構成するレンガやタイルや建具だけになった街並みの美しさはため息が出るほどでしたが、それ以上に通りの美しさに感動しました。日本は街並みが美しいという話を昔はよく聞きましたが、そんな情報の出どころは日本のマスコミからで旅先の誰かに聞いたことはありませんでした。長年自画自賛しているだけだろうと思っていましたが、そういう情報はたくさんあるように思います。もう1つ感動したことは誰もいない町中でも時折自転車に乗ったおじいさんとすれ違うときでした。右手で胸に手を当てて「アッサローム アライクム(Assalomu alaykum.)」と挨拶すると同じように胸に手を当てて「ヴァ アライクム アッサローム(Va alaykum assalom.)」と返してくれることでした。これはその後に出会った老若男女誰でも同じでした。今回早朝散歩はヒヴァ以外にもブハラやサマルカンドでも行いましたが、写真を撮る以外の楽しみにもなりました。結局2時間弱でホテルに戻り、美味しい朝ご飯を食べた後は7時間かけてバスでブハラに移動しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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午前5時にホテルを出て「イチャン・カラ」の西門「オタ・ダルヴァサ門/Ota darvoza」まで歩いて3分で到着します。
イチャンカラの城壁 史跡・遺跡
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日中は混雑している城門の周辺に人の姿は全くありません。荘厳な風景にこれが本当の「イチャン・カラ」の姿なのかと感動します。
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門の扉は開かれているので自由に出入りすることが出来ます。午前8時までは入場に料金はかかりません。
オタ ダルヴァザ門 (西門) 史跡・遺跡
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門を潜ると「カルタ・ミナール/Kalta Minor Minaret」がシルエットになって浮かび上がっています。この瞬間に感じた美しさは鳥肌が立つほどでした。
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「ムハンマド・アミン・ハン・マドラサ/Muhammad Amin Xon Madrasasi」の門を潜って高い所に上がってみたくなります。
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10世紀以降に中国からペルシャ、ヨーロッパの間を旅する隊商は休息や補給、交易のためにヒヴァに頻繁に立ち寄りました。実物大の隊商のラクダの背にはシルクロードで最も多く取引されていた絨毯や陶器、絹などの伝統的な積荷が見えます。
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数学者アル・フワーリズミーと思われる人物はラクダの背の上でも本を開いて学んでいます。9世紀前半のアッバース朝の都バグダッドで活躍したアラビア数学の大家で、ヒヴァのあるホラズム(フワーリズム)出身なのでアル=フワーリズミーと呼ばれます。インド起源ゼロの概念を初めて用いたことで知られ、その著書「代数学」は後にラテン語に翻訳されてヨーロッパに伝えられて教科書とされました。また天文学者でもあり、アラビアとインドの天文学を融合させて正確な天文表を作成したことでも知られます。
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「ムハンマド・アミン・ハン・マドラサ」の門だけは扉が開いて明かりが漏れていました。ここはホテルなので出入りが出来ますが、この時間他の扉は固く閉じられています。
ムハンマド アミン ハン メドレセ 史跡・遺跡
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チャイハネでお茶を飲む老人たちは朝になってもまだ笑い続けています。
カルタ ミナル 建造物
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東に向いた「クフナ・アルク/Kohna Ark」の門には日の出のタイミングの弱い光が当たっています。
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メインストリートからここまで歩いてきて思ったのは昨夜まで並んでいたお土産物屋の形跡が全く感じられなかったことです。賑やかだった夢の世界の魔法が解けて本来の姿を見たような気がしました。
キョフナ アルク 城・宮殿
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広場を抜けて昨日は歩いていないエリアに進んでみることにします。「ムハンマド・ラヒム・ハン・マドラサ/Muhammad Rahim Khan Madrasah」の巨大な壁の先にもまた新たなメドレセが続いています。
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「マドラサ・ムハンマド・アラブハーン/Medrese Mukhammad Arabkhan」はもともとは1616年にアラブ・ムハンマド・ハーンの資金と布告によって建てられました。彼はアラブシャヒー朝のウズベク王朝の第11代ハーンであり、1602年から1621年までヒヴァのハーンを務めていました。
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ゲートの奥のイワーンまで進めますが、後期ホラズム建築様式を反映したシンプルながらきれいに修復されているのが分かります。レンガの壁は修復はされていますが、扉は古いままなのが好感が持てます。
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「ドスト・アラム・マドラサ/Dost Alam Madrasah」はヒヴァのカーン・ムハンマド・ラヒーム・カーン2世の宮殿で奉仕していたドスト・アラムの個人費用で完成しました。
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昔の荷車の車輪が置かれ、自分がいつの時代にいるのだろうと思えてきます。
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車輪だけではなく荷車まで置いたままです。車もバイクも通らないから出来ることだと思えます。
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それにしても歩いている人の姿は全くありません。
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菜の無い建物の古いレンガ積みの壁に組み込まれたさらに古い建具が何とも言えない雰囲気を醸し出しています。
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昨日見学した「タチ・カウリ宮殿/Tash Khauli Palace」の西側のゲートでした。内部は美しいタイルで飾られていますが、こうやって表から眺めるとレンガタイルの地味な建物に見えます。
タシュ ハウリ宮殿 城・宮殿
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「ウチ・アヴリヨ・ボボ霊廟/Mausoleum of Uchavliyo」は小さく単独の建物です。屋外のイワーン(三面室)に波紋はありませんでした。このイワーンは伝統的に巡礼者が休息し、祈り、お茶を飲みながら墓を訪れるための集いの場として使われていました。
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典型的なヒヴァンの様式で漆喰の剥がれたところを見るとレンガをどのように積んでドームを形成していくのかが分かります。この霊廟は16世紀の農家の三人兄弟に捧げられており、彼らは雨を祈って畑を救ったのに対し、裕福な農夫は運河の門を開けて豊かさを分け合うことを拒み、同じ洪水に畑が覆われたという逸話が残っているそうです。
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東の空が少しづつ茜色に変化してきました。空の色に明るさを合わせると建物は暗く沈んでしまいます。
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南側の空はまだ薄暗く、辻々に設けられた街灯の明かりがまだ残っています。
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柵や急にライトアップが始まって驚いた路地の照明はすでに消されています。この風景は数百年前と変わらないのだろうなと感じます。
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東側の「ポルボン・ダルヴォザ/Polvon Darvoza」の表側にも出てみました。
パルヴァーン門 (東門) 史跡・遺跡
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門から東側を眺めると街並みは現代的に変わり、遊園地の観覧車も見えます。申し越しここにいたら東側の城壁が赤く染まるのかもしれませんがのんびりしている時間はありません。
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城内に戻るとまた数百年前の時間が流れるような風景が広がります。
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さすがにリーチインの冷蔵庫やアイスクリームの冷凍庫は動かせないみたいです。ただ、この状態で置かれているということはこの町が安全だということだと思います。
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メインストリートを西に向かって戻るように進みます。この辺りで同じツアーの方に出会いました。午前6時頃になると何人かの方が散歩されているようでした。
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早く城内に太陽光線が差し込まないかと思いますが、高い城壁があるので無理なようです。
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「イチャン・カラ」の名前の入ったマンホールには霊廟のドームとモスクのミナレットが描かれています。そして空には星が描かれています。添乗員さんに「星がきれいですよ。」と言われていましたが、昨夜は空を見上げることも無く寝てしまいました。
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何人かの地元のおじいさんとすれ違うことがありました。右手で胸に手を当てて「アッサローム アライクム(Assalomu alaykum.)」と挨拶すると同じように胸に手を当てて「ヴァ アライクム アッサローム(Va alaykum assalom.)」と返してくれました。
イチャン カラ 旧市街・古い町並み
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日本では町中で知らない方に挨拶することは無くなりました。同じマンションでも挨拶しても無視されるような時代になったと実感します。子供の頃は山登りしていても行き交う人と必ず挨拶するように父に教わりました。コロナ禍の後はそんな習慣も無くなったとも聞きます。50年以上前とは登山者の数も違うのかもしれませんが。
ジュマ モスクとミナレット 寺院・教会
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何人かのおじいさんやおばさんに朝の挨拶をしながら散歩を続けます。
パフラヴァン マフムド廟 寺院・教会
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イスラム教では礼拝の前に「ウドゥ」という「一部の身体を水で洗い清める行為」を行います。手、口、鼻、顔、腕、頭、足を順に洗う決まったやり方があり、「礼拝の前提条件」とされる宗教的な行為です。
イスラーム ホジャ メドレセとミナレット 建造物
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イスラム教では身体だけでなく衣服や住環境の清潔も重視されます。「きれいであること」が礼拝やコーラン朗読の前提になるため、日常の掃除にも宗教的な意味合いが自然と付いてくるようです。
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町にゴミが落ちていないということはガイドさんが教えてくれましたが、本当にきれいに掃き清められている町を歩くのが申し訳なくなるほどきれいです。
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ようやく城壁を越えて町中に太陽光線が差し込むようになりました。
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高い所から光を受けるのでそんな景色が見られる場所を探して忙しくなります。
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本来は縦遣いのゾロアスター教に由来するタイルも現在では単なるデザインとなっているようで、欄間の部分は横遣いのデザインになっています。絨毯やスザニの工房だったメドレセはじっくり時間をかけて買い物したかったです。
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中心となる人物が吹いているのは中央アジアの伝統的な金管楽器「カルナイ (Karnay)」です。非常に長いラッパ状の楽器で、古くは軍隊の合図や現在では結婚式やお祭りなどの祝祭行事で演奏されます。
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「パフラヴァン・マフムド廟/Pahlavan Mahmoud Mausoleum」のドームが赤く染まってきました。
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「イスラム・カジャ・ミナレット/Islam は夕日も朝日もきれいな姿を見せてくれました。
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気分的には朝日のほうが光線が強いように思えました。
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「カルタ・ミナール/Kalta Minor Minaret」の根本まで光が差し込みました。
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「クフナ・アルク/Kohna Ark」はこの時間が一番きれいだと感じました。夜景のライトアップも美しいですが、太陽光線に勝るものは無いと感じました。
キョフナ アルク 城・宮殿
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この朝の光景を観られて良かったと思います。ヒヴァに来たら日中の観光と夜のライトアップ、早朝の日のでは欠かせないと思います。
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そろそろホテルへ戻る時間が近づいてきました。
カルタ ミナル 建造物
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この美しい光景は忘れられないものになりました。本当なら妻と一緒に歩きたいところですが無理に誘うのもかわいそうです。
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1時間30分の夢のような時間が終わりました。
オタ ダルヴァザ門 (西門) 史跡・遺跡
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今日もまた暑い日になりそうです。
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東に向いたホテルの建物もきれいに太陽光線が当たりました。この時間になって散歩に出てこられた方もいらっしゃいました。門の中に入るのをためらっていらしたので、ポイントになるところを教えてあげたら後で感謝されました。女性が1人で来られて初めての町では心配だったようです。
Malika ホテル
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部屋に戻ると妻も身支度していたので朝ご飯に行くことにします。
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朝食のダイニングは午前7時からですが、ガイドさんが交渉して10分早く開けてくれました。このホテルのレストランはテーブルが少ないので後から来た欧米人の人は少し待つようでした。
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特に豪華な料理が並ぶわけではありませんが、今回のツアーで利用したホテルの食事はどこも美味しかったです。日本を出て3日目になってようやく朝ご飯をいただけます。
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地元のブドウも小粒ですが甘くておいしかったです。
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揚げた餃子のようなマンディや小さなピロシキのようなサムサも美味しかったです。
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ホテルに飾ってあった絵画には往時のヒヴァの光景が描かれていました。特に上手な絵画ではありませんが、何度も観てきた「イチャン・カラ」の光景が心に残ります。
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ウズベキスタンのホテルはこのような空間を持ったデザインが多かったです。
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午前8時に迎えに来たバスに乗ってブハラを目指します。ヒヴァとブハラ間は飛行機で移動するツアーもありますが、こんかいのJTBのツアーでは7時間かけて「キジルクム砂漠」を横断していきます。
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