2026/05/18 - 2026/05/18
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kojikojiさん
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古き良き雰囲気のチャイハネでお茶を飲んだ後はバスに乗って「シャーヒ・ズィンダ廟群/Shohi-Zinda Yodgorligi」に向かいます。歩けない距離ではありませんでしたが、ガイドさんがバスを呼んでくれてあっという間の移動です。ここはかなり有名な観光スポットなので欧米人の観光客も多く込み合っていました。斜面に立ち並ぶ小さな霊廟を1つづつ見学していくと、ここでももの凄い雷鳴と土砂降りの雨になりました。本来なら最悪の状態ですが、我々日本人の観光客以外はほとんど雨傘を持っていないので濡れないように霊廟の中に避難しています。一番奥の有名な一角にある美しいタイル張りのイワーンは雨に濡れタイルが輝き、誰も歩いていない写真を撮るには最高のロケーションになりました。さらにツアーの人も雨宿りしているのでその間に誰もいない霊廟の見学をすることが出来ました。雨なんか降らないと勝手にイメージしていたウズベキスタンでしたがまた違った美しい一面を見せてくれたような気になりました。続いてはバスの乗って「Optovik Supermarket」というスーパーめーけッとに向かいます。本来はタシケントでスーパーに行く予定ですが、最終日に買い物をした足で空港に行くよりは前日に買い物した方が荷造りに良いだろうというガイドさんの心遣いです。スーパーでは特に買いたいものも無く、近くにある酒屋に連れて行ってもらいました。ここでウズベキスタンのワインを2種類とザクロとサクランボとブラック・カラント(黒スグリ/カシス)のワインも1本づつ買い求めました。1本1,000円ほどですが、ロシアで買ったjy-次阿野ワインが美味しかったことが頭に残っていたのでどうしてもウズベクワインは買いたかったので大満足です。持ち帰りを考えてストリッチナーヤの空き箱をもらってそこに入れてもらいます。もちろんこの日のホテルで飲むこれまで飲んでいない瓶ビールも2本買い求めます。これでウズベキスタンで買いたかったものはすべて変えたので一仕事終えた気になります。大きな箱を抱えてバスに戻ると妻には怒られましたが。夕食は「エミルハンレストラン/Emirhan Restaurant」という有名店でした。2階の窓側の席だったので窓からは「レギスタン広場/Registan Square」の建物がきれいに見えました。シーザーサラダからスタートして、マスタヴァ シュルヴァという具だくさんのスープ、メインはハヌムというラザニアのような料理でした。団体ツアーの利用も多いようですが、地元の人の姿も多く美味しい料理を出す店でした。食後はレギスタン広場を囲む壁に沿って歩き、テラスからの夜景観賞になります。本当なら広場の中に入りたいところですが、この日3回目なのでさすがにもう十分といった感じです。ホテルに戻ったのはかなり遅い時間でしたが、翌朝は早いので荷物のパッキンは結構大変でした。何とか23キロを越えないように3つのトランクを調整したところでシャワー浴びて冷たく冷えたビールを飲んでサマルカンドの旅も終わりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
「シャーヒ・ズィンダ廟群/Shohi-Zinda Yodgorligi」に到着しました。ここでサマルカンドの観光も終わりになります。サマルカンドではレギスタン広場の次に有名で、モザイクタイルの美しさではここが一番だと言われています。
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「アブドゥル・アジズ・カーンの門/Portal of Abdul Aziz Khan」を潜って霊廟の見学に入ります。ここは9世紀から14世紀及び19世紀に建設された儀式用の建築物と霊廟の集合体です。
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ウズベキスタンのイスラム教徒にとっては聖地のような場所で、今回の旅では唯一女性用の肌を隠すための衣装を貸し出していました。
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イスラム教ではサラートと呼ばれる礼拝を1日5回行います。これは信仰の大切な実践の1つで、毎日の生活の中で神を意識するための習慣です。ファジュルは夜明けから日の出前、ズフルは正午すぎ、アスルは午後、マグリブは日没直後、イシャーは夜です。礼拝の時間は時計で固定ではなく、日の出や日没など太陽の動きで決まるため、場所や季節で変わります。
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ガイドさんによるとシャーヒ・ズィンダ廟群の階段で段数を数えるのは、信仰心や心の清さを試す民間伝承だということです。上りと下りで同じ段数を数えられたら願いがかなう、あるいは天国に近づけるということです。
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ところが階段に差し掛かると突然の雨になり、段数を数えるどころの話ではありません。一番後ろから階段を登るみなさんを眺めながら、誰も天国には行けそうもないと思いました。
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「トゥグル・テキン廟/Tuglu Tekin Mausoleum(Amir Hussein)」
ティムールの友人アミール・フセインは母であるトゥグル・テキンのため、ティムール朝女性の墓廟群の近くに廟を建てました。立方体の基壇には円錐形のドームが載り、イワーンには彫刻を施した釉薬タイルで飾られています。アミール・ザデ廟はその近くの古代の城壁の縁に位置しています。 -
「アミール・ザデ廟/Amir-zadeh Mausoleum」
この廟は慣習的にアス・イルザーデ(アミールの息子)と呼ばれています。入り口にはヒジュラ歴の788年、西暦の1386年の日付が刻まれています。 -
旅も終わりに近づいて妻もお疲れ気味です。霊廟の上り下りでへとへとになっています。奥にたどり着いたら新しい霊廟が必要になるかもしれません。
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「シャディ・ムルク・アガ廟/Shodi Mulk Aka Mausoleum」
この霊廟はシャー・イ・ジンダの中でも最も優れた作例の1つとして広く評価されています。また1371年に建てられたティムール朝時代の最も古い墓でもあります。ファサードの装飾的な書道帯の多くが現存しているため、ここに埋葬されている人物、墓の後援者、さらには建築家の名前までもが判明しています。 -
この廟には1371年12月29日に亡くなったシャディ・ムルク・アガの遺骨が安置されています。この建物は彼女の母のクトルグ・トゥルカン・アガによって建設されました。彼女はエミール・ティムールの姉でした。
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この墓の建設はおそらくシャディ・ムルク・アガの死後すぐに始まったと考えられ、1383年に完成したと考えられます。その年にこのプロジェクトで最も重要であった母親が亡くなっています。
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葬儀室内のセノタフ(慰霊碑)は他の家族もここに埋葬されていた可能性を示唆しており、おそらくクトルグ・トゥルカン・アガも含まれていると考えられています。
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「シリン・ビカ・アガ廟/Shirin Bika Aga Mausoleum」
南側にアミール・ホセイン墓、北側に15世紀の八角形の霊廟の間に位置しています。 -
近年まで比較的状態が悪かったこの霊廟はソヴィエト時代の保存活動家たちに始まり、その後ウズベキスタン政府の専門家によって丹念に元の輝きを取り戻しました。この墓はティムールの妹であるシリン・ビカ・アガの最終安息の地です。
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ほぼ全面が新しく修復されたようで、ここまでの廟内でも美しさは群を抜いています。その繊細な装飾からも女性のために造られたものだということが感じ取れます。
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なぜかこの廟のファサードの写真が見当たらないのが残念です。
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霊廟を見学している最中も土砂降りの雨になったりやんだりが繰り返されていました。そのせいか見学者の数は少ないようです。
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「アリ・ナサフィの霊廟/Usto Ali Nasafiy Maqbarasi」
霊廟はシャー・イ・ジンダ墓地内の墓地の西側の参道のほぼ中間地点に位置しています。この廟はモンゴル人によって破壊される前にサマルカンドの前身となったアフラシヤブの中心を形成した丘の南側に建てられた数十の墓の1つです。 -
「シャー・イ・ジンダ」、すなわち「生ける王」という名前はイスラム軍によるサマルカンドの最初の包囲戦でここで命を落とした預言者ムハンマドの従兄弟クタム・イブン・アッバースが実際には死んでおらず、井戸に降りて地下楽園の王として生きているという伝説に由来します。
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聖人を称えてこの霊廟は11世紀から19世紀にかけて墓づくりが行われ、その中でも多くの優れた墓はティムール朝時代である14世紀末から16世紀初頭に建てられました。
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「アリ・ナサフィの墓」と呼ばれているにもかかわらず、ここに埋葬された人物や彼らがティムール王室とどのような関係があったのかは何も分かっていないようです。
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現在の墓名はピシュタク内の扉枠の基部にある碑文に由来し、この墓の建設はオスタード(職人)のアリ・ナサフィに帰せられており、彼の姓は現在のウズベキスタン中央部にあるカルシの出身地を示唆しています。
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霊廟の豊かに装飾されたピシュタクや内部の図像学は主に正方形のクーフィック文字で書かれたアラビア語の書道の豊富な作例を提供しています。これらは主にクルアーンの節で、スーラ112「統一」、スーラ114「人々」、そしてスーラ2の255節全体で構成されています。
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途中まではガイドのオシムさんの説明を聞いていましたが、雨が降ったこともあり、途中からは三々五々に自由見学になってしまいました。1つ1つを詳しく聞いても全てを覚えていられません。
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「クサム・イブン・アッバース廟/Qusam ibn Abbos roziyallohu anhu qabri」
ここには全員集合した後にガイドさんと一緒に見学します。 -
クサム・イブン・アッバースは預言者モハメッドの従兄弟で、ウズベキスタンにイスラム教を初めて布教に来た宣教師でした。
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11世紀にこの地にクサム・イブン・アッバースを称え、「生ける王」を意味するシャーヒズィンダの廟を建立し埋葬しました。
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「クサム・イブン・アッバースのお墓のある部屋の直前のモスクまでは非イスラム教徒の一般観光客でも入室が可能です。
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「シャーヒ・ズィンダ廟群/Shohi-Zinda Yodgorligi」の一番奥までやってきました。この直前までたくさんの人が見学していたのですが、突然の土砂降りで誰もいなくなってしまいました。
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「無名戦士の墓/Noma'lum Kishi Maqbarasi」
みな雨に濡れないように傘を出したり廟の中に入ってしまったので、ほんの一時だけ誰もいない写真を撮ることが出来ました。 -
「トゥマン・アカ廟/Tuman-Aka Mousolem」正面は「フッジャ・アフマッド廟/Khoja Ahmad Mausoleum」
この三方をイワーンで囲んだ一画はサマルカンドを代表する撮影ポイントで、いろいろな広告写真などで紹介されているようです。 -
「トゥマン・アカ廟/Tuman-Aka Mousolem」
豪華に装飾されたイワーンが周囲の控えめなレンガ造りの建築物と対照をなし、ティムール朝美術特有の調和を生み出しています。 -
内部も同様に素晴らしく、金箔のレリーフと青と金のムカルナスで飾られたミフラーブは、卓越した洗練さを物語っています。
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ドームの下には放射状に広がる幾何学模様とターコイズブルーのモザイクが、まるで天上の世界を思わせるような印象を与えます。
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花やカリグラフィーのモチーフが描かれた壁画もまた、精緻なディテールで際立っています。15世紀にティムール王の妻であるトゥマン・アカのための霊廟として建てられました。霊廟はシェイク・ムハンマド・イブン・ホジャ・バンダギル・アトゥグリ・タブリーズィーによって装飾されました。
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雨のお陰でこの廟内も誰もいないタイミングで写真を撮ることが出来ました。この廟も女性のために装飾されたことが感じられます。
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トゥマン・アカ廟から対峙する「無名の廟」を望みます。
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そして「無名の廟」から反対側の「トゥマン・アカ廟」を望みます。
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まだ誰もこちらへ見学に来ないほどの土砂降りで、傘を差していてもずぶ濡れです。ここから戻る際に雷鳴がとどろき、イワーンの一部である白いタイルが落ちてきたほどで、それを拾って近くの土産物店の主人に手渡しました。
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ここから入り口に戻るのもためらわれます。もう誰も歩いていません。
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誰もいないタイミングで添乗員さんにシャッターを押してもらいました。
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タイルの上に溜まった水に建物を反射させて写真を撮ろうと熱心にスマホを覗いています。
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少し小ぶりになったところで急ぎ足でバスに戻ることにします。傘を持っていない方もいらしたので相合傘にしたのでその間の写真は撮れません。
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土砂降りの雨で結局階段の段数を数えることはありませんでした。春の東インドの仏教遺跡を巡る旅ではお釈迦様が悟りを開いたブッダガヤの地で迷子になり、ここでは天国にも行けなさそうです。
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ゲリラ雷雨はタシケントの排水処理能力を超えてしまったようで、町中に雨水が溢れていました。
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スーパーでの買い物はタシケントが予定されていましたが、それだと空港でパッキングが大変だということでサマルカンドの「Optovic.uz」という巨大スーパーに立ち寄ることになりました。ここでは30分ほどのフリータイムになります。
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面白かったのはビスケット類が量り売りになっていることです。
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ゴンドラ棚の1面ワンスパンを埋め尽くすおびただしい数のコンデンスミルクの缶はこれだけでアートに感じます。陳列ルールがあって、ちゃんと表面が揃えられています。アンディ・ウォーホールのキャンベルスープの缶を思い出しました。
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スーパーのパン売り場の奥には巨大なかまどがあり、ナンが焼き上げられていました。今回市中の市場には行かなかったので焼いているナンを初めて見ました。アルコール類はスーパーでは売られておらず、近くの酒店まで買いに行くことになりました。
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残念ながらワインの種類は少なく、WINE GARDENというジョージアのワイナリーの物を買うことにしました。マスカットとKULDJINSKIYは産地の説明には幅がありますが、中央アジアと中国西部に関係する古い系統として紹介されることが多い品種で、ウズベキスタンやカザフスタン周辺が産地のようです。
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こちらはウズベキスタン産のFRESCOというブランドのワインで、ラベルにはブラックカラント、ザクロ、チェリーが描かれています。セミスイートの赤ワインのようですが、冷やして飲んだら良さそうです。5本のフルボトルを半ダース入りのストリッチナーヤの空き箱に入れて担いでバスに戻ったら妻に怒られました。
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夕食は「エミルハンレストラン/Emirhan Restaurant」という有名店でした。レギスタン広場の裏側に面していて、ライトアップがきれいだということで人気の店だそうです。
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席は2階の窓側だったのでこの店としては一番良い席だったのだと思います。後から来たトラピックスのツアーはその内側だったので、JTBのブランド力も少し感じました。
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まずはシーザーサラダからスタートしました。味はシーザーサラダですが、パルミジャーノなどは使われていません。ミャンマーへ行ってイタリアンの店に入った際も輸入食材などに苦労しているなと感じたことがありました。
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窓の外にはレギスタン広場の裏側からのドーム屋根がきれいに見えていました。
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この店ではウズベキスタンで人気のサルバスト(Sarbast)の生ビールを飲むことが出来ました。
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「マスタヴァ シュルヴァ」は「液体のプロフ」とも呼ばれるウズベキスタンとタジキスタンの米入りスープです。
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羊肉をカザンで炒めてにんじん、じゃがいも、トマトと煮込みに米を加えて仕上げ、酸味のあるカティックやヨーグルトを添えて食べます。名前はタジク語で「ヨーグルト水」を意味するそうです。
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「ホヌム(Honum)」は薄くのばした生地にひき肉やじゃがいもなどの具を広げて巻いて蒸して作ります。味はマンティに近い感じがします。
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最期のデザートまで美味しくいただきました。気が付くと大きな2階のホールはツアーで来ている欧米人でいっぱいになっていました。
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表に出るとすっかり暗くなってきました。今晩はこの後に夜のレギスタン広場の観光があります。
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ほとんど照明の無い裏通りを歩いていきます。
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本日3回目のエントランスゲートに着きました。夜間も入場が出来るので料金所のブースは開いています。
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残念ながら料金所を通って広場の中からのライトアップ観賞ではなく、外からの見学になります。
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これです長の誰もいない広場と建物の見学、ガイドさんと一緒に昼間の観光、そして美しくライトアップされた広場の姿を観ることが出来ました。
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背後に現代的なビルなどが無いのがいいです。
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100,000スム払ってもいいので広場の中でも見たかったです。さすがに1人居残って歩いて帰る気にもなれません。
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「ウルグベク・マドラサ/Ulug?bek Madrasasi」もこれが見納めです。
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「シェル・ドル・マドラサ/Sherdor Madrasasi」の中で購入した陶器はもうホテルに届いている事でしょう。
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「ティラカリ・マドラサ/Tilla-Kori Madrasasi」の奥のモスクのドーム天井の美しさは忘れられないでしょう。
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添乗員さんに記念に写真を撮っていただきました。
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スーパーでの買い物の後にワインを買いに行った店でまだ飲んでいなかったビールを買ってきました。冷蔵庫で冷やした後に風呂上がりのお楽しみです。念願だったサマルカンドの旅もこれで終わりです。
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