2026/05/17 - 2026/05/17
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kojikojiさん
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ブハラでも一夜が明けていつものように午前4時過ぎに目が覚めてしまいました。すっきりした目覚めだったので今日も早朝の散歩に出掛けることにしました。身支度をして午前5時にはホテルを出ます。ロビーに電気は消えていましたが、このホテルには夜番のフロントの男性がいて挨拶をして表に出ます。まだ空に明るさは感じられませんが、表通りに出ると何となく東の空がピンク色に見えます。昨晩と同じルートで「ポイカロン建築群/Poyi Kalon Complex」が並ぶ広場まで行ってみることにします。西に向かって歩き始めるとY字路に差し掛かり、ここにある「Chalet」という瀟洒なカフェはすでに明かりが灯っていました。細い運河に沿って明かりの灯った「タキ・サロフォン/Toki Sarrofon」に向かって歩くと昨日まで並んでいたたくさんの露店はすべて消え、通りはきれいに清掃されてゴミ1つ落ちていません。これは前日にガイドさんからイスラム教の教えの中の1つだと聞いていたこともありますが、ヒヴァに続いてブハラという大きな町でも変わらないのだと思いました。車両やバイクはこの日も規制されているので自転車に乗った人には何人かすれ違いましたが、右手で胸に手を当てて「アッサローム アライクム(Assalomu alaykum.)」と挨拶すると同じように胸に手を当てて「ヴァ アライクム アッサローム(Va alaykum assalom.)」と返してくれました。「タキ・ザルガロン/Toqi Zargaron」まで進むと東の空が見渡せてピンクに染まった空に夜明けを感じます。誰もいない町の中にはいくつかのツーリストポリスの詰め所があり、早朝にもかかわらず詰所の前にはめちゃくちゃカッコいいバイクが停められています。バイクがあるということは誰かが夜明け前から仕事を始めているということで、改めてこの国の安全を感じます。ちなみにバイクは中国の浙江銭江モーターサイクル(QJMOTOR)の物のようです。ツーリストポリスは2019年に組織された観光警察で、その活躍は後になってガイドさんから詳しく教えてもらいました。朝食前にこれからツアーで観光するところをじっくり2時間散歩してしまいましたが、誰もいないブハラ旧市街の光景はとても良い思い出になりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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宿泊したホテル「ライカルツ・モダリクソン・ブハラ/Reikartz Modarixon Bukhara」は閑静な住宅街の中にありました。
Reikartz Modarixon Bukhara ホテル
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午前5時のブハラはまだ夜が明けていませんでした。昨晩歩いた旧市街を回って朝食までに戻ることを考えるとこの時間に散歩を始めるしかありません。
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表通りに出ると空は広く、多少明るくなったような気がします。交通規制は昨日から続いているので車は走っていません。
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振り返った東側の空は薄っすらとピンク色に染まってきています。
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Y字路にある「シャレー/Chalet」というカフェは明かりが灯っていますが、開店は午前8時からなので営業はしていません。
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表から中を覗いてみますが、奥の厨房では人の気配がしました。
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昨晩ディナーショーを楽しんだ「ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ/Nodir Devonbegi Madrasah」の前を通過します。
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2羽のフマ鳥のタイルも誰もいないこの時間だと空の色に混ざって飛んで行ってしまいそうに見えました。
ナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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「ラビ・ハウズ/Labi Hovuz」の池は静まり返っています。
ラビハウズ 滝・河川・湖
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対峙する「ナディール・ディヴァン・ベギ・カナカ/Nadir Divan Begi Khanaka」側にも人の気配はしません。
ナディル ディバン ベギ ハナカ 博物館・美術館・ギャラリー
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自らの体を枕にして白鳥が寝ています。その頭の乗せ方がギュスターブ・モローの描いた「レダ」を思い出させました。ゼウスが白鳥に変身してスパルタ王テュンダレオスの妻であるレダを誘惑したという場面です。
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昨夜見掛けた人形専門店には明かりが灯っていました。中央アジアに人形劇が伝わったのはアレクサンドロス大王の遠征からと言われています。イスラム教の伝来とともに衰退していきますが、9世紀のサマニ朝には伝統が回復され、14世紀から16世紀のティムールの時代に最盛を迎えます。
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その先には「タキ・サロフォン/Toki Sarrofon」が浮かび上がっています。
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時折自転車が走っています。ライトに照らされた大理石の通りはきれいに清掃されていることに気が付きました。昨夜はフェスティバルへ繰り出す家族連れが遅くまで歩いていた通りですが、午前5時には美しく磨かれているようです。
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ゴミが落ちていないどころかピカピカになった道に驚かされます。昔は日本はゴミが落ちていなくきれいな国なんていわれましたが、もう誰にもそんなことは言われなくなりました。
トキ サロフォン 史跡・遺跡
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「タキ・サロフォン/Toki Sarrofon」の内側もきれいにライトアップされています。「タキ」とは大通りの交差点を屋根で覆ったバザールのことで、「タキ」には丸屋根という意味があります。ブハラにはかつては5つの「タキ」があったそうです。
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現在も残るのは宝石商市場の「タキ・ザルガロン/Toqi Zargaron」、帽子市場の「タキ・テルパクフルシャン/Toqi Telpakfurushon」とこの両替屋があった「タキ・サラフォンToki Sarrofon/」の3つです。
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「タキ」を北側に向かって進むと「マゴキ アッタリ モスク/Mag'oki Attori Masjidi」の建物が見えてきます。このモスクは中央アジアで最も古く現存するモスクの1つであり、モンゴル侵攻以前のブハラに残る数少ない建物の1つであることでも知られています。12世紀にカラ・ハーン朝がブハラで統治していた際、モスクは大幅に再建されて装飾も整えられました。
マゴキ アッタリ モスク 寺院・教会
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15世紀半ばに修復されて東側にはイワーン付きの新しい門が建てられました。新しいと言ってもこの通りの姿でした。アラブ人がトランスオクシアナの一部の地域を征服する過程の住民を新しい信仰に改宗させる目的でイスラム以前の宗教建築跡の上に建てられました。かつてのゾロアスター教の寺院の跡地にこのマゴキ・アッタリ・モスクが建てられました。
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「タキ・テルパクフルシャン/Taqi-Telpakfurushon」の外側はまだライトアップの明かりが灯っていますが、バザールの中は真っ暗なようです。
タキ (タキ ザルガラン、タキ サラファン、タキ テルパクフルシャン) 市場
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最初のドームは暗かったですが、その先は通路の照明が灯されていました。明かりに従うようにそのまま北側に向かって歩きます。
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昨夜は人通りが多くて建築的な要素を見ることは出来ませんでしたが、誰もいない朝ではその美しさをじっくり見ることが出来ます。
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ギリシャ・ローマからの流れのアーチとは違ったレンガ積みのアーチの構造が面白く感じます。
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イスラム建築のアーチは多彩でキリスト教建築ではあまり見られない型も少なくありません。こうしたイスラム建築特有のアーチはキリスト教徒から「サラセン・アーチ」と呼ばれていました。ペルシャやトルキスタン、その影響下にあるインドでよく見られるのが四心アーチなどの扁平な尖頭サラセン・アーチです。イワーンの多くは尖った尖頭を持ち、平たく肩がなだらかなこうしたアーチが用いられています。
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「タキ・テルパクフルシャン」から北側の通りはこの日のブハラ観光でも歩くことは無かったので早朝に歩いておいて良かったです。
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通りにあった「Amiran Boutique Hotel」は1泊16,000円くらいで泊まれます。さすがにこの時間では宿泊者のふりをして中庭を見に行く勇気はありませんでしたが、こういったところに泊まってみたいものです。
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向かい合うように建つ「Hotel Shahriston」は1泊12,000円くらいで泊まれます。こういった旧市街の伝統的な建物に停まれるともっといいのにと感じてしまいます。
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「ティム・アブドラ・カーン/Tim Abdulla Khan」の建物も露店の店の無い時間には美しい姿を見せてくれます。ここは何世紀にもわたり中央アジアの有名な絹交易の中心地であり、かつてのブハラにあった6つの屋根付き市場の中で唯一残るものです。ティムはペルシャ様式で建てられ、古代イランの都市の伝統的な市場に似ているようです。
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3つ目の「タキ・ザルガロン/Toqi Zargaron」近くの広場まで来ると東側の空がきれいに見えました。実際の空の色はこれくらいで輝いていました。
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素人にはなかなか建物と朝日の空をきれいに撮るのは難しいです。
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「ウルグベク・メドレセ/Ulug'bek madrasasi」は中央アジア建築の全盛期の頃のもので、中央アジアの他の都市でもこのマドラサをモデルとして建てられました。このマドラサはティムール朝時代にブハラで建てられたものの中で唯一保存されている建物です。
アブドゥールアジス ハン メドレセ 史跡・遺跡
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アーチの上部はタイルが張られていないのが気になりました。これは後でガイドさんから教えてもらいましたが、修復するにあたって目安となるタイルが残っていない場合はこのようにレンガのままにするそうです。
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「アブドゥルアジズ・カーン・マドラサ/Abdulaziz Khan Madrassah」は名前の通りアブドゥルアジズ・カーンに由来し、彼は1652年から1654年にかけて建設を命じました。建物の装飾は一部未完成なのはハーンが退位し、建築家がプロジェクトを終了したためのようです。
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ムカルナス(Muqarnas)はイスラム建築で使われる持ち送り構造の装飾の一種です。ムカルナスは鍾乳石の丸天井を意味するアラビア語で、10世紀中ごろイラン北西部で発展しました。
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朝早くに仕事へ向かう男性たちが自転車をこいでいく姿が見え始めました。もちろん電動アシスト付きの自転車などは無く、日本でも昔は出前などに使われた質実剛健なタイプのものが多いようです。
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美しい装飾タイルをここまでたくさん見てきましたが、このマドラサのイワーンのものは群を抜いているように思えました。
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イワーンは青と黄色のタイルで覆われており(この明るい黄色はブハラで初めて使われました。ここには幸福の花瓶などの伝統的なモチーフが見られます。
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イスラーム思想ではアラビア語で「サアーダ」と呼ばれる幸福が重要な概念です。一時的な快楽よりも神への信仰と来世での楽園に結びついた「真の幸福」が重視され、そのイメージとして楽園の庭園や花・水・果実がしばしば描かれます。
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交通規制のある旧市街の中では荷物も運べる自転車が一番便利な乗り物なのだと感じます。
ウルグベク メドレセ (ブハラ) 史跡・遺跡
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建物の門の上部には「知識の追求はすべてのムスリムとムスリマの義務である。」と書かれているようです。
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昨夜は無かったスパイスのマーケットの準備が深夜に行われたようです。すでに店開きできる状態ですが、疲れた店主は奥で横になって寝ています。
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シナモン、丁子(クローブ)、八角(スターアニス)、クミン、ターメリック、などまでは分かりますがパウダー状になると何だか分かりません。
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ウズベキスタンのスパイスの種類の多さはこの国が文明の交差点に位置していることを感じさせます。
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それにしてもここまで用意して爆睡している店主を見ると治安の良さを感じます。
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もっとも各所にはツーリストポリスの詰め所があり、駐車されているバイクを見るとすでに勤務が始まっているのだと思います。それにしてもカッコいい白バイです。
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朝の散歩の目的地と考えていた広場までやってきました。昨夜は人で溢れかえっていましたが、誰もいないと少し寂しく感じます。
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「カラーン・モスク/Kalon masjidi」とミナレットは美しい組み合わせです。
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「ミル アラブ メドレセ/Miri Arab Madrasasi」は16世紀初頭にイエメン系スーフィーであり、ブハラのエミール、ウバイド・ウッラ・ハーンの精神的助言者であったシェイク・アブドゥッラー・ヤマニによって創設されました.
ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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ここは閉鎖されているのかイワーンの近くに行くことも出来ませんでした。ただ美しいファサードのタイルは離れた位置からでも確認することは出来ます。
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「カラーン・ミナレット/Minorai Kalon」は夜間になると塔の上部で明かりが灯され、砂漠を渡る隊商の道標になっていたと伝えられ、戦争の際には敵を発見するための見張り台としても使われていたようです。
カラーン ミナレット 寺院・教会
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「カラーン モスク/Kalon Mosque」の主要部分はカラハン朝の支配者の1人であるアルスラン・カーンの治世下の12世紀に建てられ、1514年にシャイバニ・ウバイドゥッラー・カーンの治世中に完成しました。
カラーン モスク 寺院・教会
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門が開いていたので階段の下まで降りてみると美しい中庭と奥の建物が見えました。ここから先は有料ですと門番のおじさんに言われましたが、「ツアーで午前中にまた戻ってきます。」と伝えます。
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階段を登ると対峙する「ミル アラブ メドレセ」がきれいに納まりました。
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こういった写真は誰もいない時間でなければ撮れません。
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散歩はここまでにしてホテルに戻ることにします。もう少し先に行けば「アルク城/Buxoro arki」があるのですが、この後観光で戻ってきます。早朝は涼しかったのですが、日中のブハラは軽く40℃を越えることになります。
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戻りかけた「ゴールド・エンブロイダリー/Uzbek gold embroidery」という博物館兼ショップの前にはイーゼルで古い写真が並べられていました。昨日のディナーショーで見た民族舞踊の衣装はちゃんと伝統的なものだったのだなと感じます。
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金糸刺繍のザルドーズリク(Zardo?zlik) は金糸、銀糸またはその他の貴金属糸を使って衣服や布地に模様や絵、装飾を施す技術です。
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この工芸はウズベキスタンで何世紀にもわたって発展し、民族衣装や式典用衣装、ウェディングドレス、テーブルクロス、宗教用の布地の装飾に広く用いられているそうです。
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ブハラ刺繍は10世紀の歴史家ナルシャヒの著書「ブハラの歴史」に記載はされていますが、古代刺繍の現物は現代に残されておらず、19世紀以降の博物館のサンプルからしか判断できません。
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舞錐は心棒の先に錐先を着け、その上部にハズミ車を持ちます。心棒の上端にはひもを通し、心棒を通っている腕木の両端を結び、三角形に張られたひもの巻きつき作用で、腕木を上下させて錐を回転させ穴をあける道具です。
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写真の構図の取り方が旧ソヴィエトの宣材を思い出させます。
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金刺繍とジュエリーの祭典とこの日開催されているシルク・スパイス・フェスティバルは交互に2年ごとに開催されるイベントのようです。
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地元の職人は金と銀の加工に優れていますが歴史的には銀細工の方がより一般的で、最も優れた銀細工師はクムシュ・ウスタとして知られています。
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スザニ刺繍はウズベキスタンやタジキスタンなど中央アジアで作られる大判の刺繍布です。名称はペルシア語の「スザン(針)」に由来し、「刺繍布」ほどの意味を持ちます。
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チェーンステッチやサテンステッチなどを組み合わせ、面を埋めるように刺していくのが特徴です。地方や村ごとに色使いやモチーフ、ステッチの組み合わせが異なり、それぞれの土地の「個性」が現れます。
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ガイドさんによると結婚前に大きなスザニを作るそうで、嫁ぎ先の母親がそれをチェックして、器用な嫁なのかなどを判断するそうです。
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これもプロパガンダの匂いが漂ってきそうな構図です。今回はタシケントの博物館などには立ち寄らないのでウズベキスタンの歴史や文化を学ぶ機会は少ないです。
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ホテルへの道を急ぎながらもすれ違う方とは朝の挨拶をしました。
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「ナディル ディバン ベギ ハナカ/Nadir Divan Begi Khanaka」まで戻ってきました。このモスクはブハラの支配者イマムクリー・ハーンの弟であり宰相であったノディル・デヴォンベギによって1620年から1621年にかけて設立されました。
ナディル ディバン ベギ ハナカ 博物館・美術館・ギャラリー
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「クカルドシュ・マドラサ/Kukaldosh Madrasah」の門が開いていたので中に入ってみました。
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建物の内部は商品が並べられていますが、店としてはまだ営業していませんでした。天井のアーチ部分の装飾が美しいのには驚きました。
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このレンガを組んだドーム天井の美しさはどうやって造ったのだろうかと思います。
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「ナディール ディヴァンベキ メドレセ/Nadir Divon Begi Madrasasi」まで戻ってくるとホテルはもうすぐです。
ナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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このメドレセのイワーンのタイル以外にも両脇に広がるニッチ部分のタイルの美しさも素晴らしいです。毎晩のディナーショーのお陰で修復する費用も捻出されるのだと思います。
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「フッジャ・ナスレッディン像/Khodja Nasreddin statue」のナスレッディンは何千もの物語に登場し、時に機知に富み、時に賢明に描かれていますが、多くでは愚か者や冗談の的として描かれています。ナスレディンの物語は通常は微妙なユーモアと教育的な性質を持っています。
フッジャ ナスレッディン像 建造物
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ナスレッディンの物語は中東全域で知られ、世界中の文化に影響を与えてきました。多くのナスレディンの物語はジョークやユーモラスな逸話として語られることもあります。彼の故郷がブハラということでこの像が設置されました。ロバの耳に触れて願い事をすると叶うと言われているようです。
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ホテルに戻り、身支度の終わっていた妻と朝食を食べに行きます。ホテルのダイニングは別棟になっていました。
Reikartz Modarixon Bukhara ホテル
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別棟との間には小さいながらプールがありました。ブハラにもう1泊するようだったらプールでクールダウンするのもありかもしれません。
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朝食のメニューは豊富で、特にサラダやデザート類はお菓子屋さんのようです。
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ソヴィエト崩壊後にコルホーズ、ソフホーズなどが個人経営主体の中規模集団農場のフェルメルに移行したのに伴い灌漑設備の利用が効率化し、一部の穀物は大きく生産量を伸ばしています。ウズベキスタンの野菜は美味しかったという印象を強く受けました。
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それ以外にも伝統的なウズベキスタンの料理がたくさん並んでいてとても食べきれません。
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これくらいしか食べられないのが残念でした。この日はブハラ市内をかなり歩きまわるのでしっかり食べておかないと体力が持ちません。
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食事の時間までにトランクは廊下に出しておき、サマルカンドまで先に移動してしまいます。灼熱のブハラの観光が始まります。
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