2024/11/06 - 2024/11/06
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kojikojiさん
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リスボン3日目は美術館巡りの1日で、その最初は「グルベンキアン美術館/Museu Calouste Gulbenkian」です。アルメニア人の石油王カルースト・グルベンキアンが世界各国より個人で集めた6,000点ほどの美術品を所有している美術館で、グルベンキアンの死後の1969年にグルベンキアン財団によってオープンしました。彼のモットーは 「1番いいものだけ」だったと言うだけあり世界的に有名な美術品がたくさん収蔵されています。この美術館にも23年前に訪れていて、そのクオリティの高さはよく覚えていました。古代エジプトからローマ、イスラムの陶器とガラス器、中国陶磁器のコレクション、西洋絵画や彫刻の銘品など個人的に好きな分野が多いのも魅力的です。さらに特出すべきはルネ・ラリックのジュエリーのコレクションで、初めて見たときの衝撃はいまだに覚えています。2009年に東京の「国立新美術館、で「生誕150年 ルネ・ラリック ― 華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ」という展覧会があり、グルペルギアンからもいくつかの作品が貸し出されていました。その展覧会を観に行った妻のここでの再会を楽しみにしていました。あまりに好きなジャンルばかりなので、1つ目の旅行記は古代エジプト、ギリシャ、ローマ、ペルシャの陶器とガラス器と中国陶磁器とし、2つ目の旅行記は西洋絵画と彫刻、3つ目でラリックのジュエリーについて書き留めておこうと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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リスボンについて4日目の朝です。いつものように朝ご飯はしっかりといただきます。若い頃は朝ご飯を食べない方が良かったのですが、この年齢になると朝ご飯を食べないと昼頃にはスタミナ切れで動けなくなってきます。
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昨日から直ったエレベーターに乗ることが出来ます。表の鉄扉を開けて木製のスイングドアを開けて中に入り、それぞれの扉を閉めないと動きません。2人乗り込むとほぼ満員になってしまいます。
ザ インディペンデント スイーツ&テラス ホテル
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部屋のテレビで見た天気予報では雨でも曇りでも晴れでもないマークが何だか分かりませんでした。表に出てその意味が分かりました。町は霧で覆われて、これまでとは違った幻想的な風景を見せてくれました。
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到着していたグローリア線のケーブルカーに乗って丘を下ります。リスボンカードが使えるうちは有効利用しなければと思います。
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朝早いので誰も乗ってきません。
サン ペドロ デ アルカンタラ展望台 広場・公園
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運転席はこんな感じです。下りの運転席は高さがあるのでちょっと怖い感じがします。
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歩くと大変な坂道ですがケーブルカーだと楽ちんです。この急坂で翌年に事故があったと思うと恐ろしくなってきます。
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レールの間に埋め込まれているケーブルが動力になっているので、それが故障してこの坂道をブレーキも無く落ちたとしたら想像しても恐ろしいです。
ケーブルカーグロリア線 その他の交通機関
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レスタウラド―レス広場に降りると焼き栗の屋台が出ていました。昨日まではポカポカ陽気でしたが、あっという間に秋が深まった気がします。そのとたんに焼き栗とは…。
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地下鉄で移動しようと思っていたらなんとストライキで地下には降りられませんでした。仕方ないのでバスで移動しようと思ったら、通勤時間に重なってとても乗れるような状態ではありません。
レスタウラドーレス広場 広場・公園
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仕方が無いのでタクシーで移動することにしますが、なかなか空車が通りません。気のいいおじさんの車に乗って本日の目的地である「グルベンキアン美術館/Museu Gulbenkian」に向かいます。
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タクシーで「マルケス・デ・ポンバル侯爵広場/Praca Marques de Pombal」を通過しました。1755年から1777年に宰相を務めた、ポルトガルを代表する政治家のポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョにちなんで名付けられた広場で、中心には1917年から1934年にかけて建てられたポンバル侯爵と権力の象徴であるライオン像を頂いた円柱があります。
ポンバル侯爵広場 広場・公園
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リスボン中心部のリベルダーデ大通りの北端でエドゥアルド7世公園の南端にあり、初日で空港からのタクシーでも横を通過しました。23年前に宿泊したホテルもこの近くだったと思い出します。
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タクシーに乗ったらあっという間に「グルベンキアン美術館/Museu Gulbenkian」に到着しました。通りからはエドフの「ホルス神殿」に立つホルス神のような像の前に座るグルペルギアンが見えました。
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「カルーステ・グルベンキアン博物館」は収集家カルーステ・サルキス・グルベンキアンの死後に設立されたポルトガル有数の博物館です。ここへは23年前にも来ていますが、自分がもう一度来たかったのと妻にも見せたかった場所の1つです。
グルベンキアン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「春、またはジャン・グジョンへのオマージュ」アルフレッド・オーギュスト・ジャニオ
このエントランスホールに置かれた作品は1925年にパリで開催された国際装飾美術博覧会でルルマン館として知られる「オテル・ダン・リッシュ・コレクショヌール」の屋外に展示されました。この作品の成功によりジャニオはアール・デコという時代の芸術運動の象徴となります。 -
グルペルギアンはドーヴィルにあった「レ・ザンクロ」という邸宅の庭園に組み込むつもりでしたが気に入らなかったためにパリの「プティ・パレ」の地下室に20年以上保管されました。彼の死後になってポルトガルへと運ばれました。狩猟の神ディアナと足元に座る鹿、2人のニンフが表現されたアール・デコの様式美を感じます。
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まずはルートに沿ってエジプト美術の展示から見学を進めます。
「葬儀用彫像(ナクト像)」紀元前2000年
古代エジプトでは右側が大事で、右側から見た時に足が揃っていると1本の足しか見えません。生きているのを示す為に反対側の左足を前に出しました。 両足をそろえた立像は死者あるいは冥界の神オシリスと同じポーズということで死を表すとも言われています。 -
上段4体は「ホルス神の息子たち」、「翼のあるスカラベ」、「翼のある女神イシス」、「ライオン」
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スカラベは「太陽の運行と太陽神ケプリの象徴」「再生、復活、新しい始まりの象徴」のシンボルとして用いられました。またスカラベは来世信仰と深く結び付いていて、「来世での安全、再生、復活を祈願」します。「ハート・スカラベ」と呼ばれる大型のスカラベ護符はミイラの胸のあたりに置かれ、死者が裁きを受ける際に心を守る役目を持つとされました。そろそろ欲しくなってくるアイテムです。
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「ハトホル女神」
その姿は牝牛か牝牛の頭部を持つ人間で表されました。人間の女性の姿で表される時も頭には牛の角が生えていることがあり、角の間に太陽円盤を載せ、牝牛の耳を持つ姿で表されます。 -
友人夫婦といったエジプト旅行ではナイル川クルーズの夜間外出がほとんどの会社で禁止されており、唯一対応してくれたHISのツアーに参加しました。お陰でアスワンの「オールド・カタラクト」とルクソールの「ウインターパレスホテル」でディナーを楽しめ、アガサ・クリスティを感じることが出来ました。
エジプトの旅:https://4travel.jp/travelogue_group/19922 -
「猫の小像」紀元前664年から525年
ロンドンの大英博物館で見た「ゲイヤーアンダーソンの猫」を思い出します。ウイーンの「美術史美術館」やパリの「ルーブル美術館」などヨーロッパ各地の美術館や博物館に納められた膨大な展示品の多さには驚きます。 -
「葬儀用マスク」紀元前664年から525年
子供の頃に両親に連れられて上野の「国立博物館」に「エジプト展」を観に行ったことは何故かよく覚えています。その時の写真を4トラベルにアップしたところテレビ局で使われ、さらに日本郵便の記念切手の本の中にも使われました。 -
「ジェドールの像」紀元前300年から250年
ギリシャ・ローマ時代の初期プトレマイオス朝に造られたもので、Djedhor(ジェドホル)とは古代エジプト末期に実在した人物名で、セベニトスの地方支配者(王家につながる有力者)や、神ミンに仕える高位神官、また「救済者」と呼ばれる人物を指します。 -
「ジェドホルの太陽の船」紀元380年から343年
エジプト神話において太陽神ラーが乗っているという天空や冥界を航行する船で、名前の通り太陽を象徴して、日中は現世の天空を通り夜間は地下にある冥界ドゥアトを航行するといわれます。このとき日中のものを昼の船「マンジェット」、夜間のものを夜の船「メセケテット」と呼び分けます。 -
「ファラオの薄彫り彫刻」紀元前300年から250年
被っているのは「青冠」で戦闘場面など軍事面での王権を示すための冠でケペレシュともいいます。後頭部にはアンクを持ったハヤブサの姿をしたホルス神が精緻に描かれています。 -
「スフィンクス像」紀元前300年から250年
エジプトにおけるスフィンクスはネメスと呼ばれる頭巾を付けたファラオ(王)の顔とライオンの体を持つ神聖な存在と考えられます。王者の象徴である顎鬚をつけ、敵を打破する力、あるいは王または神を守護するシンボルとされています。 -
「ハルポクラテス神の肖像」紀元前300年から250年
ハルポクラテス神はもともとエジプト神話の太陽神ホルスの「幼児の姿」がギリシア・ローマ世界で受け入れられたときの呼び名です。イシス女神の息子として扱われ、小さな子どもの姿で表されることが多い神です。片方の指を口もとに当てているポーズで描かれ、ここから子のポーズが沈黙を意味するようになります。 -
「子猫を抱いた猫」
エジプトでは猫は古代に穀物を守る害獣駆除役として家畜化され、女神バステトの化身として神聖視され、死後もミイラ化されるほど重んじられた存在でした。そのイメージは現代でも「守護・霊性・家庭の幸運」の象徴として語られています。 -
「ギリシャの壺(カリックス・クラテル)」紀元前440年
古代ギリシャの宴会(シンプシオン)でワインと水を混ぜるために使用さカリックス(花の額に似た形状をしていて、側面には「赤像式」と呼ばれる手法で絵が描かれています。技法は黒絵式のような線刻ではなく、絵付けの段階で画像の部分だけを残し、壺の地全体を塗りつぶすのが特徴です。 -
「シトゥラ」紀元前4世紀から3世紀
シトゥラはラテン語でバケツを意味する言葉に由来し、考古学および美術史において青銅器時代から中世にかけて、通常上部に取っ手が付いた様々な精巧なバケツ型の器を指す用語です。すべてのタイプは装飾が施されており、最も特徴的なのは帯状のレリーフやフリーズが特徴です。 -
「サトュロスの頭像」西暦2世紀
サトュロスはギリシア神話に登場する半人半獣の自然の精霊で、ローマ神話にも現れ、この作品はローマ時代に造られました。ローマの森の精霊ファウヌスやギリシアの牧羊神パーンとしばしば同一視され、「自然の豊穣の化身、欲情の塊」として表現されます。 -
現在の効果と同じくらいのサイズの金かも素晴らしいものがありました。
表面:「ローマ皇帝カラカラの胸像」
鎧を着て月桂冠の冠を被っています。ルキウス・セプティミウス・バッシアヌスという本名で、ローマ帝国の皇帝としてはセウェルス朝の第2代当主となります。本名よりもカラカラ(Caracalla)という渾名で呼ばれますが、これはガリア地方独特のフード付きチュニックのことで、幼少期から好んで着ていたそうです。 -
裏面:「ケートスに乗るネレイド」
海竜のケートスに乗るネレイドは「海の老人」と呼ばれる海神ネーレウスと、オケアノスの娘ドーリスとのあいだに生まれた50人の娘たちで、穏やかな海や船乗りの守護と結びつけられます。 -
表面:「胸甲を身に着け盾とアッテカの冑を被ったアレクサンドロスの像」
紀元前356年にアルゲアス朝マケドニア王国の都ペラで生まれ、20歳で父ピリッポス2世の王位を継承し、ペルシア帝国を滅ぼしてギリシャからインド北西部に至る広大な帝国を築き上げました。死後にその帝国は崩壊していきますが、その跡地には複数のギリシャ人国家が誕生し、ヘレニズム時代の幕開けとなっていきます。 -
表面:「羊の角を持つアレクサンドロス大王」
アレクサンドロス大王が羊の角を持つ姿は実在の角ではなく「神アモンの角」を象徴的に付けた表現です。古代エジプトの大神アモンは羊の角を持つ神として表され、その角を側頭部に巻き角として描くことで「アレクサンドロスはアモンの子である」という神格化を示しました。 -
「アッシリアのニルムドの薄浮彫り」紀元前884年から859年
ニムルドは、古代メソポタミアの新アッシリア時代の都カルフの遺跡のことで、現在のイラク北部に位置します。アッシュールナシルパル2世などの王がここに宮殿を造り、その壁一面に石灰岩の薄いレリーフが張り巡らされました。 -
「カップルが描かれた鉢」12世紀から13世紀
13世紀のイランはセルジューク朝末からイル・ハーン朝期にあたり、イスラーム陶器の全盛期の1つとされています。特にイラン中部のカシャーンやスルタナバードなどが重要な生産地でした。「ミナイ手」と呼ばれる陶器の特色は多色の上絵付けと金彩を使い、人や動物、物語場面などが描かれる豪華な陶器です。 -
「王座に座る人物が描かれた鉢」12世紀末から13世紀
内側には支配者が描かれ、外側には祝福の言葉が書かれています。この陶器は支配者自身が使うのではなく、食卓で権力を切望するものが使いました。騎乗の姿で鷹狩りを楽しんでいるようです。 -
「王座に座る人物が描かれた鉢」12世紀末から13世紀
白い釉薬をかけた上に赤、青、緑、金などの絵具で人物や有翼の聖獣を描き、低温で焼き上げる上絵付家の技法が用いられています。中世イスラム世界で最も豪華な陶器の1つとされるセルジューク朝に造られた「ミナイ手人物文鉢」です。 -
アラベスク模様の美しい鉢で完成度の高さに魅了されます。どれか1つと言ったらこれを選ぶでしょう。
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「ラスター彩のカシャーン陶器の瓶」13世紀
13世紀のイランのカシャーンで造られた碑文が刻まれた陶器の瓶です。ラスター彩と呼ばれる技法が使われ金属的な光沢が独特の美しさを表しています。胴には複雑な幾何学模様やアラベスク模様が描かれ、口縁部には文字が刻まれています。 -
見事なラスター彩の鉢です。焼成した白い錫の鉛釉の上に銅や銀などの酸化物で文様を描いて低火度還元焔焼成して金彩に似た輝きを持つ9世紀から14世紀のイスラム陶器の一種です。14世紀以降この陶器の生産は衰退に向かったものの、16世紀に興るサファヴィー朝まで継承されました。
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17世紀にはエスファハーンなどでバラやチューリップを描いた茶または赤味を帯びたラスター彩陶器が製作されました。18世紀以降このラスター彩技法は次第に忘れ去られ、今日では失われた技術となってしまいます。ラスター(luster)とは落ち着いた輝きという意味があります。
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1961年フィンランドに交換留学していた加藤卓男はイランへの初めての旅で伝統的な陶器にじかに触れる機会を得ます。イラン国立博物館では青釉、三彩など古代の作品を夢中になって眺め、中でも最も印象に残ったのがラスター彩でした。しかし、その陶器の製法が数世紀前に途絶えてしまったことを知りラスター彩の謎に挑むことを決意します。その後20年にわたる時間と膨大な労力をかけてこれを再現しています。
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「青釉陶器水差し」
ペルシャ陶器の特徴は鮮やかな彩色や青釉を用いた単色の釉薬の貴賓高い陶器で知られています。 -
「縁から始まる銘文のある鉢」13世紀
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「縁から始まる銘文のある鉢」13世紀
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縁には黒いエナメルでラインを引き、その上に搔き落とし技法で祝福の文字を刻んでいます。見込みには騎馬像と4人の人物が描かれています。
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「フェニックスのタイル」14世紀初頭
イランのカシャーンのイルハン朝時代に造られたタイルです。型押しで同じものを何枚も造ったのではないでしょうか。生き生きとしたフェニックスの姿が魅力的です。 -
「銘文と鳥が描かれた縁取りタイル」14世紀
フェニックスと同じイランのカシャーンのイルハン朝時代に造られたタイルです。 -
イランのカシャーンのセルジュク朝時代の1190年から1210年頃に造られたものです。鮮やかな青の釉薬に金彩や白などの絵具で動物や草花が描かれています。
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13世紀のペルシャで造られたミナイ手の彩釉陶器の鉢です。エナメルによる多彩な色遣いが特徴で、ミナイはペルシャ語でエナメルを意味します。
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若い頃は陶片には全く魅力を感じませんでしたが、ひびの入った人生を送ったせいかその魅力を感じることが出来るようになりました。イラストチックな人物の表情が何とも言えません。
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16世紀から18世紀にかけてインドで発展したムガル帝国で発展した「ムガル絵画」です。綿繊維ベースの紙に粉末顔料とアラビアゴムを混ぜた不透明な絵具を使用して描かれます。トルコのコンヤやインドのムンバイやジャイプールで細密画に出会い何枚も買い求めたことがあります。
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スペイン南部のイスラム文化の影響を受けて発展したイスパノ・モレスク陶器のようです。スペイン語の「イスパノ」とイスラム教徒を指す「ムーア人(モレスク)」を合わせた言葉です。イスパノ・モレスク陶器は14~15世紀にスペイン沖のマリョルカ島を経由してイタリアに大量に輸出され、イタリア人はその輸入陶器を島の名から「マヨリカ」と呼び、ここからイタリア・ルネサンス期のマヨリカ陶器が大きく発展していきます。
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見込みには2頭の鹿が森の中を遊び、縁には連続文と唐草模様が描かれています。ラスター勇の見事な大鉢です。これも欲しいなと思えました。
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絵本の一場面のような見込みの中の象の姿です。縁を舞うフェニックスの姿も優雅です。これだけのペルシャ陶器をまとめてみる機会はなかなか無いので勉強になります。
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1620年頃のサファヴィー朝時代のペルシャで造られた装飾タイルの一部です。この図像は有名で、レコードジャケットやスカーフなどいろいろなデザインで使用されています。
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17世紀のサファヴィー朝の青花の花瓶を18世紀になって首を切り落として穴を開けトバクという真鍮の一種の注ぎ口と持ち手と蓋を加工しています。このような加工はオスマン帝国で好まれたようで、トプカプ宮殿の博物館でも同じようなものを数多く見ることが出来ます。
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「青花鹿絵瓢箪型瓶」
17世紀イランで造られた陶器で、雄雌の鹿が花の咲く草原で遊び、それを狙うかのようにオオカミのような動物も描かれています。瓢箪型でも中国で造られたものとは違うスタイルを感じます。 -
「青花芙蓉手大皿」
中国では染付を「青花」と呼び、宮廷用の窯や官窯があった景徳鎮では元代、明代・清時代に最高峰の青花磁器が造られました。中国の影響を受けて朝鮮やベトナムでも青花が生まれました。その表現は原料の土やコバルト顔料、文化の違いにより中国の青花とは違いが見られます。 -
「青花芙蓉手大皿」
イスラム世界でも当初は輸入されていたものが現地でも造られるようになっていきます。描かれる模様などはその地の好みが反映されているので見比べると面白いです。 -
16世紀初頭のオスマントルコの宮廷に献上するために造られた大鉢のようです。精緻な筆使いで描かれたアラベスク模様が作長で、青色の濃淡を用いた染付はイズニック陶器の典型的な手法です。
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オスマントルコ時代から好まれるチューリップやカーネーションが描かれたイズニック陶器です。1550年頃にトルコのイズニックで造られたものです。
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16世紀のイズニックタイルは、イスラーム装飾美術の中でも「完成形」と言われるくらい、色彩も文様も洗練された時期のものです。
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16世紀のイズニックタイルには白い石英質の地に深いコバルトブルーとターコイズブルー、そこにエメラルドがかった緑や黒で輪郭線を描く構成があります。16世紀半ば以降にとくに有名なのが「トマト赤」あるいは「アルメニア赤」と呼ばれる盛り上がった赤色釉で、イズニック独特の鮮やかな赤として知られます。
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16世紀イズニックタイルの文様は幾何学だけでなく植物文様がとても豊かです。アラベスク(唐草)、蔓草文様、繰り返しパターンの幾何学文様 、チューリップ、カーネーション、バラ、ヒヤシンスなど、オスマン宮廷で好まれた花が写実的または様式化されて描かれます。
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「サズ」と呼ばれる鋸歯状の細長い葉が風にたなびくように描かれるのも、この時期の代表的な特徴で、植物文様は単体ではなくアラベスクと組み合わされて画面全体を埋めるように構成されます。
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石英を多く含む白い胎土を用いるため地肌が非常に白く明るく、上に乗る色が鮮やかに発色します。透明釉の下に顔料で文様を描く「釉下彩」が中心なので長い年月を経ても色あせにくい利点があります。
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直径40センチを超える大鉢が目に留まりました。若い頃に京都で買った北村賀善という作家さんの大鉢があります。見込みの模様も似ていますが、全て花の模様が違い、外側も同じデザインで埋め尽くされたもので、もう現在では造れないようなものです。
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「中国の獅子が描かれた瓶」14世紀
エジプトかシリアでマムルーク朝時代に造られた金彩とエネめる装飾されたガラス瓶です。 -
マムルーク朝はエジプトとシリアを中心に栄えたイスラーム王朝で、時期はおおよそ 1250年から1517年ごろです。この時代のカイロやシリア周辺はガラス工芸の一大中心地となり、ヨーロッパにも輸出されました。
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マムルーク朝ガラスの代名詞が透明または淡色のガラスに彩色エナメルで文様や文字を描き、その上に金彩を施すという豪華な技法です。碗やボトルなどにもこの「金彩・エナメルガラス」が多く見られます。
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文様としては幾何学模様、植物文様、アラビア書道による銘文などが組み合わされます。宮廷用や寄進用として王侯貴族の名前が記されることも多く、政治的や宗教的な記念品としての性格もありました。
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「花と花瓶が描かれたタイル」1592年頃
オスマン帝国時代のイズニックで造られたものです。イスタンブールの「ブルー・モスク」へ妻と行ったことを思い出します。 -
「チューリップとカーネーションの咲く庭」1575年
イズニックで造られたさらには青いチューリップと赤いカーネーションで埋められています。チューリップの原産地は現在のトルコ周辺と中央アジアとされています。野生種は中央アジアの山岳地帯から小アジアにかけて広く分布し、そこからオスマン帝国を経てヨーロッパへ伝わりました。カーネーションの原産地は黒海とカスピ海周辺のコーカサス地方で、 歴史は古くギリシャ時代から栽培が始まったと言われています。 -
「四葉模様の糸杉庭園が描かれた皿」17世紀初頭
シリアのダマスカスで造られた皿は緑の釉薬が美しいですが、隙間を埋める染付のダミの具合が何とも言えません。 -
「ボウル」18世紀
トルコのキュタフヤで造られた見込みに魚が描かれたボウルです。トルコのエスキシェヒル地方は世界で最も質が高く量も多い海泡石の産地として有名です。その中でもキュタフヤが有名で、香盒になりそうなものをいくつか買ってきたことがあります。 -
「ハーピーが描かれた深皿」1880年頃
イズニックで造られた皿の中には花の咲いた木にとまる2匹のハーピー(Harpies)の姿があります。ハーピーはギリシャ神話に登場する伝説上の怪物で、「女性の頭や上半身」と「鳥の翼や脚」をあわせ持つ存在として描かれます。ハーピーの起源は古代ギリシャ神話に登場する「ハルピュイア」という半人半鳥の怪物です。 -
ここからは一番好きなジャンルの中国陶磁器が始まります。大きなガラス張りのケースにゆったりと並べられた姿に見入ってしまいます。残念ながら漢字に変換できるようなタイトルが付けられていません。
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「乾隆年製紅釉蓋付沈香壺」1736年から1795年
清の乾隆年に造られた獅子のつまみの付いた蓋付きの沈香壺です。沈香壺は沈香や香木・練香などの香りを楽しむために用いられた壺形の容器の呼び名です。「沈香壺」という名称自体は後世の日本でのの呼称や作品名に使われることが多いです。 -
「康熙年製黒地粉彩万花鶏大皿」1662年から1722年
見込みに鶏が描かれた皿で、中国では鶏は不吉な前兆を払うものとされています。ファミーユ・ローズ・ノワール(黒地粉彩)」のスタイルを持つ飾り皿で、幸運の象徴とされる鶏と牡丹が描かれ、縁には黒地をベースに色鮮やかな花々が敷き詰められたミルフルール(万花)が描かれています。 -
「五彩吹青地開光花弁文大盤」1662年から1722年
清朝の康熙年製の大皿です。ファミーユ・ヴェルト(五彩)で、見込みと窓(開光)の中をエナメル(五彩)で鼻や岩などが描かれています。吹青地は粉末状のコバルトを吹き付けて着色する技法です。 -
18世紀の乾隆年代には繊細な色彩で描かれた花鳥風月や人物絵はヨーロッパへの輸出用に多く生産されました。
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雍正年代に造られた一対の鋭い爪を持つ鷹の置物です。エジプトの美術品を見てきた後なのでホルス神に見えてしまいます。この時代の陶器の文様は非常に精緻で、花鳥、人物、風景などの描写が細密画のように美しく表現されます。 青花染付も引き続き生産されますが特に粉彩の鮮やかさと透明感が際立つ時期です。 この時代は宮廷御用の器が多く作られ、技法や色彩の均一性にこだわりが見られます。
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麒麟は泰平の世に現れる獣類の長とされ、鳥類の長たる鳳凰と比べられてしばしば対に扱われます。実際は応竜が建馬を、建馬は麒麟を、麒麟は諸獣を生んだのに対し、鳳凰は鸞鳥を、鸞鳥が諸鳥を生んだとされており、麒麟と対応するのは正確には鳳凰より生まれた鸞鳥となります。
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一対の獅子の置物があります。一対の獅子像は一般に「左が雄、右が雌」とされます。これは中国の伝統的な「男左女右」という考え方に基づいています。建物に向かって正面から見たときに、こちらから見て右側が雄、左側が雌になります。
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雄獅子は前足で「玉(繰り玉・刺繍玉など)」を押さえ、権威や支配、世界を掌握するイメージを表しています。雌獅子は前足で「仔獅(子どもの獅子)」を押さえることで子孫繁栄や守護、母性的なイメージを表します。
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中国陶磁器の中で一番欲しいと思ったのはこの大きな景徳鎮の冑鉢です。呉須の色も何とも言えず、描かれた花鳥や吉祥紋、上部に描かれたマカラのような怪物の顔もいいです。
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ほんの一部しか写真に撮れませんでしたが、その膨大な数のコレクションに驚きました。既に自宅の1部屋は木箱で埋まっていますが、もっと頑張らなければと思います。
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呆れた妻はすでに椅子に座ってお待ちかねでした。この「グルペルギアン美術館」の神髄はこれから始まります。
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旅行記グループ 2024ポルトガルの旅(1)
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