2024/11/04 - 2024/11/04
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kojikojiさん
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家を出てから24時間かかって到着したリスボンのホテルでの夜が明けました。宿泊した「インデペンデンテ・プリンチペ・レアール/Independente Principe Real」はホテルというよりもアパートメントの部屋貸しみたいな感じでここち良い滞在です。食事に行くにはいちいち表に出て、隣の建物のレセプションの奥にあるレストランへ行くのはちょっと面倒ですがそれもまた楽しいです。レセプションのある棟はドミトリーになっているようで、そちらの部屋も人気があるようです。面白いのはエスプレッソや卵料理はドミの人は有料で、ホテル棟の宿泊者は無料ということです。食べている食事の内容でどっちに泊まっているかが分かります。部屋に戻る途中に通りを渡って「サン ペドロ デ アルカンタラ展望台/Miradouro de São Pedro de Alcântara」に立ち寄りました。ここは2011年の消臭力のCMでミゲル君が歌った展望台です。まだ朝早いのに展望台のテラスでは1人のおじさんが拡大鏡を掛けて何か作業をしています。近くに寄ってみると、ポルトガルの記念銀貨の加工してペンダントトップを作っています。そのクオリティが高いので1個40ユーロという値段でしたが買うことにしました。支度をした後はリスボンの街歩きのスタートです。「ケーブルカーグロリア線/Elevador da Gloria」の脇を通ると23年前の旅の記憶が蘇ってきます。この近くのアンティークショップで17世紀のポルトガルの古地図を買いました。高台からぶらぶら坂道を下り、「ロシオ駅/Estação Ferroviária do Rossio」まで降りました。「レスタウラドロス広場/Praça dos Restauradores」のモニュメントを見た後は近くの郵便局で切手を買い求めます。近年の欧州各国の郵便料金の高さには閉口しますが、ポルトガルは1.2ユーロとドイツなどの半額ちょっとなのがありがたいです。とりあえず25枚買い求めて街歩きを続けます。「ドンペドロ4世広場/Praça Dom Pedro IV」から「フィゲイラ広場/Praça da Figueira」まで進んで、広場に面した「カサ・ド・ビファーナ/Casa das Bifanas」という店に入り、ポルトガル国民食のファストフード、ビファーナ(Bifana)をいただきます。薄切りの豚肉をパプリカなどが入った煮汁で煮込んだものをパンに挟んだサンドイッチで、ビールによく合いました。旧市街を抜けて「凱旋門/アルコ・ダ・ルア・アウグスタ」から「コメルシオ広場/Praça do Comércio」に出るとポルトガルに帰ってきた実感が湧いてきます。雨が降ってきたので「リスボン・ストーリー・センター/Lisbon Story Centre」のツーリストインフォメーションでリスボンカードを購入しようとクレジットカードを出しますが使えません。これが今回の4週間で1回目のトラブルでしたが、カードが使えないのはこの後30回ほどありました。もっとも1回目は羽田空港のエルメスでの買い物と、この日にアゴダで予約したホテルの引き落としが大量にあり、カードの限度額をオーバーしたというアクシデントでした。この日の夜中に何度もカード会社に電話して限度額を上げてもらって引き落とし日の10日までの6日間を凌ぎました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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家を出てから24時間かかって到着したリスボンのホテルでの夜が明けました。部屋にはカートリッジ式のエスプレッソマシンがあるのでコーヒーで目覚めます。
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この時間ではまだエレベーターが修理できていないので階段で1階まで降ります。
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1階のエントランスホールまで降りてきました。とてもホテルという雰囲気ではありません。
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扉の結界の代わりに古い自転車が置かれてあります。なんか生活感があって知り合いのアパートに居候しているようです。
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昔は住人同士で井戸端会議なんてあったのでしょうか。
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出入り口は部屋のカードをタッチするとロックが解除されます。これもこの町に住んでいるような気分にさせてくれます。
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隣の建物がホテルのレセプションとレストランとドミトリーの部屋になります。
ザ インディペンデント スイーツ&テラス ホテル
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エントランスホールにはこんなディスプレイがあります。
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こちらも昔は邸宅か集合住宅だったのではないかと思います。
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右手にはレセプションのカウンターがあります。スタッフは20代から30代までの若い人たちばかりで、気さくに応対してくれて親切なので楽しい滞在が出来ました。最初のチェックイン時にはドリンク券がもらえ、このカウンターにあるタップで生ビールも飲めます。その券は4週間後の旅の終わりに使うことにしました。
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3回に分けてトータルで8泊するので値段も重視したのですが、1泊朝食付きで12,600円でした。
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どこを切り取っても絵になる様なインテリアです。我が家の場合は個人旅行する際のホテル選びの基準はコスパも大切ですが、歴史ある建物であることが優先されます。
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レセプションの奥にはこんなダイニングがあります。大きなホテルでは無いので席が一杯になることはありませんでした。いつも歌を歌っているママとその娘たちみたいなスタッフがサービスしてくれます。
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料理は豪華ではありませんが旅行者が行動を起こす前に食べる食事としては十分です。
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ホテル側の建物の宿泊者はエスプレッソやカプチーノなどがサイビすされます。ドミトリーの宿泊者は淹れてあるコーヒーをセルフで飲めます。もちろん有料で飲むことも出来ます。
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仲良しの添乗員さんが送ってくれたサントリーニ島のロバのTシャツを着たのでLine用に写真を撮りました。
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ホテル宿泊者は卵料理も注文できます。
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シンプルな目玉焼きが一番おいしかったです。
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チーズとハムの種類は豊富でした。パンはポルトガルでよく見掛けるパポセッコ(Papo seco)やカルカッサ(Carcaça)が並んでいました。
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お腹もいっぱいになったところで部屋に戻る前に通りを渡った展望台へ行ってみることにします。
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「サン ペドロ デ アルカンタラ展望台/Miradouro de São Pedro de Alcântara」です。7つの丘があるといわれるリスボンには街を一望できる展望台がたくさんあります。
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ここが日本人に有名なのはエステーの「消臭力」のCMで有名になったミゲル君のH死刑になっていたのがこの展望台だからです。
https://www.youtube.com/watch?v=s39_de-2dpQ -
望遠鏡を反対側から見る人を初めて写真に撮りました。
サン ペドロ デ アルカンタラ展望台 広場・公園
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拡大鏡を掛けて作業をしているおじさんがいたので近くに行ってみます。どうやら古い銀貨や銅貨を糸のことヤスリで加工してペンダントトップを作っています。
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ヨーロッパ各国の記念硬貨を加工していて同じものは1つとないのが気になります。1個40ユーロと良い値段ですが記念になりそうです。
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一度部屋に戻って出掛ける前にもう一度立ち寄って1つ購入しました。1955年発行のポルトガル10エスクード コインでカラベル船が描かれたものです。妻の誕生年ということとデザインが気に入りました。
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第2次世界大戦中のフランスのレジスタンス運動指導者のジャン・ムーランを記念したプレートがありました。彼は1941年にリスボンに滞在してロンドンへ向かいました。ロンドンでシャルル・ド・ゴールと会い、ド・ゴールは11月にムーランをフランス行政地域における自分の代理としました。
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展望台の横には「ケーブルカーグロリア線/Elevador da Gloria」の停留所もあります。リスボンに滞在した8日間はこのケーブルカーには何度も乗りました。運転手さんとも顔見知りになったほどです。
ケーブルカーグロリア線 その他の交通機関
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この旅の10か月後の2025年9月3日に脱線事故があり、16人が死亡20人以上が負傷したとニュースで知ったときにはその運転手さんたちの顔が浮かびました。
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まだリスボンカードを購入していないのでケーブルカーには乗らずに歩いて丘の上から旧市街へ降りることにします。「サン・ロッケ教会/Igreja de São Roque」の横の歩道はめちゃくちゃ狭く、ギリギリのところを路面電車が通過していきます。
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教会脇の「トリンダーデ・コエーリョ広場/Largo Trindade Coelho」の中にある「オ・カウテレイロ/O Cauteleiro)」は伝統的な宝くじ売り、通称「カウテレイロ」を描いています。1987年に芸術家フェルナンド・ホルヘによって制作されたこの像はリスボンの街角でよく見かける人物像を捉えています。
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このビルの装飾は「カーネーション革命」の50周年を記念しています。「カーネーション革命」は1974年4月25日に発生した軍事クーデターであり、ポルトガルに40年以上続いた独裁政権を無血で終わらせ民主化をもたらしました。市民が兵士の持つ銃の銃口にカーネーションを挿したことからこの名前で呼ばれるようになりました。
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記憶は曖昧ですが23年前に古地図を買ったのはこの店でなかったかと思いました。1636年頃にアムステルダムで出版された地図帳の一部で、オランダのヘンドリック・ホンディウスの作った「Portugallia et Algarbia quse olim Lusitania/かつてルシタニアと呼ばれたポルトガルとアルガルヴェ」というものです。
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この地図を含んだ地図帳はタッシェン(TASCHEN)で出版されていて、超大型ボンなのですが、持っている地図が何枚か掲載されているので買ってしまいました。23年前では地図もまだ安く、円高だったこともあり4万円程度で買えました。そのころにヨーロッパの古地図をたくさん買っていた自分を褒めてやりたいと思います。
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坂道を下りながら「ロシオ駅/Estação Ferroviária do Rossio」の構内に入りました。美しいトレイン・シェッド(Train Shed)を見るとヨーロッパに来たなと思えます。
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この駅はポルトガル王立鉄道会社によって建設され、1886年から1887年にかけてポルトガルの建築家ジョゼ・ルイス・モンテイロによって設計されました。
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ネオ・マヌエル様式のファサードは16世紀初頭のポルトガルに典型的な活気あふれるマヌエル様式をロマン主義的に再現しています。最も興味深い特徴は入口にある2つの絡み合った馬蹄形のポータル、小さな塔の中の時計、そしてたくさんの彫刻装飾です。
ロシオ駅 駅
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マヌエル様式は15世紀から16世紀のポルトガルで発展した航海時代の繁栄を背景にした非常に華やかな建築や装飾様式です。ロープや鎖、錨、王冠、紋章、植物文様など、海洋や王権を象徴するモチーフが多用されます。そのリバイバルとしてのネオ・マヌエル様式は19世紀以降に現れた「歴史主義建築」の一種で、ポルトガル独自の装飾的スタイルを近代に復興と再解釈した建築様式を指します。
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前回の旅では「シントラ/Sintra」を日帰りにしてしまったので、今回は1泊2日にして、翌日は「ケルス/Queluz」にも1泊する予定です。その際はここから旅が始まります。
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このところのヨーロッパの旅では郵便料金の高さから長年続けていた両輪への1日1枚の絵ハガキの投函が躊躇われていました。絵ハガキ1ユーロ、切手代2.2ユーロでは1枚600円近くになってしまいます。ところがポルトガルだと絵葉書1枚0.3ユーロ、切手代が1.2ユーロなので270円で済みます。ということで郵便局にやってきました。
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近くにいた人に英語で話しかけても悲しそうな顔をされ、「セロス!(selos!) 」で理解されて笑顔に変わり、ボタンを押して切手売り場の整理券を出してくれました。カウンターでは英語が通じたので切手を25枚購入しました。
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郵便局は「レスタウラドーレス広場/Praca dos Restauradores」の前にありました。広場の中央には同君連合を組んでいたスペインからの独立、ポルトガル王政復古戦争を記念した高さ約30メートルのオベリスクが立っています。
レスタウラドーレス広場 広場・公園
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1581年から1640年まで続いたハプスブルク家によるスペインとポルトガルの同君連合も、スペインによるポルトガルの併合というよりはカスティーリャを中心とする連合王国にポルトガルも加わったという側面が強いようです。
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1640年のポルトガル革命に伴って起きたスペイン帝国とポルトガル王国との間のポルトガル王政復古戦争により事実上60年にわたって続いていたポルトガルとスペインの同君連合が解消されました。
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この記念碑はアントニオ・トマス・ダ・フォンセカによって設計され、1886年に建立されました。
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「独立」と「勝利」の象徴的な2体の像はそれぞれアルベルト・ヌネスとシモイス・デ・アルメイダによって彫刻されました。
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「独立」を表す男性像は右手に持った鎖を掲げて自由を表し、「勝利」を表す女神は右手に月桂冠を持ち、左手にも勝利や栄光を意味するパームの葉(シュロの葉)を持っています。
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「ロシオ広場(ペドロ4世広場)/Praça Dom Pedro IV」の近くにはイワシの缶詰のショップがありました。ポルトガルの水産缶詰産業は、19世紀半ばに本格的に始まったと言われています。代表的な缶詰メーカーであるラミレス社は1853年創業で、現存する世界最古の缶詰会社と紹介されています。
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当初は主にイワシなどの青魚を原料とし、保存食や輸出品として生産が拡大しました。19世紀末から20世紀前半にかけてポルトガル沿岸の豊かなイワシ資源を背景に缶詰工場が各地に作られていきました。イワシのオイル漬けやトマトソース煮などは、ポルトガルの名産品として今も世界中で販売されています。さすがに旅の最初に缶詰を買う訳にはいきません。
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「ロシオ広場(ペドロ4世広場)」の中央にあるペドロ4世像の立つ円柱が据えられたのは1874年で、広場の名前は「ペドロ4世広場」とされましたが市民には受け入れられなかったようです。
ロシオ広場 (ペドロ4世広場) 広場・公園
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カルサーダ・ポルトゥゲーザ(Calçada portuguesa)と呼ばれる白黒のピンコロの敷石がつても美しいです。広場によってそのデザインも違います。広場には2つのフランスから輸入された噴水が据えられています。1か月後にここへ戻ると広場はクリスマスマーケットに変身していました。
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「カフェ・二コラCafe Nicola」は1787年にイタリア人のニコラウ・ブレテイロ(通称ニコラ)によって設立され、1935年に建築家ラウル・トハルの設計によりアールデコ様式で再建され現在の姿となりました。何度も店の前を通りながら、結局1回も入りませんでした。並びにある「GEOX」のショップを見つけた妻は大喜びでした。
カフェ ニコラ カフェ
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「フィゲイラ広場/Praca da Figueira」と3つの広場を渡り歩いている感じになりました。広場の中央には「ジョゼ1世騎馬像/King Jose I Statue」があります。統治期の最も有名な出来事が1755年のリスボン大地震で、地震と津波、火災で首都が壊滅的被害を受けました。宰相ポンバル侯を重用して都市再建や行政・経済・教育などの大規模な改革を進め、特にイエズス会の追放や植民地統治の再編などが有名です。
フィゲイラ広場 広場・公園
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海まで一直線に延びるプラタ通りには出発待ちの古いタイプの市電が数珠つなぎです。リスボンの市電は急な坂や石畳の細い路地をガタゴト走るレトロな路面電車で、黄色い車体が街のシンボルになっています。特に旧市街アルファマ地区や歴史的なエリアを走る様子が有名です。
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この後はどんどんとリスボン市内でも離れた場所へ行くことになるので市電は便利な乗り物でした。
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ポルトガル国民食のファストフード「ビファーナ(Bifana)」は薄切りの豚肉をパプリカなどが入った煮汁で煮込んだものをパンに挟んだサンドイッチです。
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その有名店で歴史のある「カサ・ド・ビファーナ/Casa das Bifanas」に入ることにします。
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まずは生ビールで乾杯します。ポルトガルでは「SUPER BOCK」がポピュラーでした。ポルトガルを代表するビールブランドの1つで、ラガータイプを中心にさまざまなスタイルを出しています。ポルトガルのビール市場ではシェアが非常に大きく、現地では定番中の定番という位置づけのようです。
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「ビファーナ(Bifana)」は薄切りの豚肉をニンニクや白ワイン、パプリカなどで煮込んでから焼き、肉汁を吸った素朴なパパセコなどのパンに挟んでシンプルに提供されます。生ビールにはポテトが嬉しいつまみになります。
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厨房から出てきて休憩中の方と並んで絵になります。生ビールに「ビファーナ(Bifana)」のセットで17ユーロでした。
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午前中はいい天気でしたが、西の方から薄暗い雲が流れてきました。
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「アルコ・ド・バンデイラ/Arco do Bondeira」は18世紀末に実業家ピレス・バンデイラによって建てられ、建築家マヌエル・レイナルド・ドス・サントスの設計によるものです。装飾的なモチーフによりポンバル建築の優れた例とされています。ポンバル建築は1755年のリスボン大地震後にポンバル侯爵の指揮で進められた都市再建で生まれたポルトガルの近世的な都市・建築様式です。
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「ロッシオ・アニマトグラフ/Animatografo do Rossio」
1907年にエルネスト・カルドーゾ・コレイア兄弟とジョアキン・コレイア・カルドーゾ兄弟によって開館され、それ以来変わることなく維持されていますが、現在では成人映画を上映しているようです。 -
美しいファサードはM. ケリオルとホルヘ・ピントによるアスレホス様式のタイルパネルで構成され、果物や花に囲まれたエドワーディアン様式の女性たちが描かれ、非常に細部まで装飾されたアール・ヌーヴォー様式で飾られています。
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南に向かって碁盤の目状に区画整備された通りを進むと「サンタ ジュスタのエレベーター/Elevador de Santa Justa」が見えました。
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ここはホテルへ帰る際に最後に乗ろうと考えています。まずは72時間のリスボンカードを買わないと個別では高くついてしまいます。
サンタ ジュスタのエレベーター アクティビティ・乗り物体験
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「勝利のアーチ (凱旋門)/Arco da Rua Augusta (Triumphal arch)」が見えてきました。ここに至っては小雨がパラパラと降ってきました。途端に歩きやすかった通りがつるつると滑り出します。
勝利のアーチ (凱旋門) 建造物
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既に西の空は明るくなっているので雨はすぐにやみそうですがアーチの下は観光客の雨宿り場所になっています。
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我々も少し雨宿りすることにします。
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「コルメシオ広場/Praça do Comércio」には人影はほとんど無く、幻想的な風景を見ることが出来ました。
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「凱旋門」は1755年の地震後の都市再建を記念して建てられました。高さ11メートルの6本の柱があり、様々な歴史的人物の像で飾られています。アーチの冠から軒飾りまでの高さが高いため構造に重みを感じさ、空間はポルトガルの紋章で埋め尽くされています。
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上部の寓意的な群像はフランスの彫刻家セレスタン・アナトール・カルメルによって制作され、栄光が勇気と天才を報いることを象徴しています。もともとは鐘楼として設計されましたが、100年以上経って最終的には精巧なアーチ形に変貌しました。
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「栄光」の寓意である女性は3段の玉座に立ち、2つの王冠を手にしています。「勇気」はアマゾネスによって擬人化されておりドラゴンの模様が施された高い冠飾りの兜はブラガンサ家の象徴でした。
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誰も歩いていない広場の中を傘を差して進んでみます。上空からは雷の音がしているのでちょっと怖い気もします。
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「ジョゼ1世騎馬像/King Jose I Statue」はジョアキン・マシャド・デ・カストロによって制作されました。これはポルトガルで初めて作られた騎馬像であり、国内で初めて生者に捧げられた像であり、ポルトガルで一度に鋳造された世界でも最初期の例の1つです。
ジョゼ1世騎馬像 モニュメント・記念碑
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この像は1755年の地震後のリスボン再建プロジェクトの一環で、かつての廃墟となったリベイラ宮殿広場の場所に建築家エウジェニオ・ドス・サントスの設計でジョゼ王の記念碑が計画されました。
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この後再び土砂降りの雨になったので「リスボン・ストーリー・センター/Lisbon Story Centre」のツーリストインフォメーションでリスボンカードを購入することにします。ところがクレジットカードが何度やっても使えずに現金を使うことになりました。
コメルシオ広場 広場・公園
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これは羽田空港のエルメスで買い物したことと、リスボンに着いてホテルの代金などいろいろな物の請求が入り、限度額がオーバーされたのが理由でした。この日が4日で引き落としが10日なので1週間使えないのは致命的なので明け方に日本のカード会社に電話して限度額を上げてもらいました。これがまず今回の旅の1つ目のトラブルでした。
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