2024/11/05 - 2024/11/05
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kojikojiさん
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「発見のモニュメント/Padrão dos Descobrimentos」から海岸線をぶらぶら歩き、生ビールとタコサラダの休憩を挟んで「ベレンの塔/Torre de Belém」までやってきました。本当はこの後にいくつか見学先を考えていましたが、思った以上に並ぶための時間を費やしたので4週間後の予備日に組み替えました。ここでも長い列が出来ていましたが、チケットのチェックの少し手前まで来て別のチケット売り場で発券してこないとならないことが分かりました。慌ててチケット売り場に行くとここでも列が出来ていました。何とかギリギリでチケットを発見してもらいましたが、リスボンカードの使い方は統一してもらいたいと思いました。入場規制しているお陰で中に入ると混雑した感じはなくじっくりと美しい「テージョ川の公女」を見学することが出来ました。ただ途中からテージョ川を下って大西洋へ出ていく「スカイ・プリンセス」の姿を見ると気分は高揚してきます。ほんの数週間前は「ダイヤモンド・プリンセス」で17日間のニュージーランドクルーズへ行ってきたばかりでした。その時に知り合った何組かのご夫婦にその姿の写真をLineで送りました。大阪のご夫婦とはその後「MSCベリッシマ」のクルーズにご一緒しました。25年に至っては6回もクルーズに行くことになり、妻のクルーズ熱は一向に下がりません。本当は今回のような荷物を持っての4週間よりも船旅の方がいいのは分かっていますが、年に1回か2回はこんな旅が無いと魂を売ったような気がしてしまいます。「スカイ・プリンセス」を見送った後は再び海岸線を歩いて「パステイシュ・デ・ベレン/Pastéis de Belém」に行ってみます。ちょうど列が途切れたタイミングで奥にある良い席に案内されました。紅茶にたっぷり砂糖を入れて、有名なエッグタルトをいただきます。甘い紅茶とエッグタルトの甘さが体に沁み込んでいきます。一息ついたところで路面電車に乗って「カイス・ソドレ/Cais Sodré」に戻り、「リベイラ市場/Mercado da Ribeira」に立ち寄ります。歴史ある市場は改修され「Time Out Market」という美しいフードコートとレストランになっていました。ここで夕食とも考えていましたが、タルトと紅茶の糖分で食欲が無くなっていました。グーグルマップで調べると近くのバス停からホテルの前まで戻れることが分かり、早めに帰ることにします。朝は何もなかったホテル前の「サン ペドロ デ アルカンタラ展望台」の公園は屋台村になっていました。部屋に戻って一休みしたら覗いてみようと思いながらそのまま2人とも寝てしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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「発見のモニュメント」からぶらぶら歩いて「À Margem」というレストランでブレイクして1時間ほどかかって「ベレンの塔/Torre de Belém」に向かいます。
発見のモニュメント モニュメント・記念碑
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塔の近くまで行くとここでも長い列が出来ていました。10分か15分に1回10人ほどが入り口に繋がる橋を渡れるだけなので軽く1時間はかかりそうです。
ベレンの塔 建造物
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考えても仕方ないので列に並び変化していく塔の姿を写真に撮って時間を潰します。
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次かその次まで順番が来たところでリスボンカードを見せるだけではなく、事前にチケットを発券しなければならないことが分かりました。ここに来るまで歩いてきた公園の中にチケット売り場があり、ここでも少し並びました。リスボンカードで無料で入れるのですが、入場方法を統一してもらいたいものです。
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「ということでようやく見学することが出来ます。先程一度休憩しておいて良かったと思います。
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元々は城塞として周囲全体が水に囲まれていましたが、現在は海岸の砂州に呑み込まれています。この建物はマヌエル1世の治世の建築様式のアイコンであり、中世の伝統的な天守を現代に残しています。
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外壁はポルトガルの紋章の装飾に囲まれており、バスチオンにはキリスト騎士団の十字架の銘文が刻まれています。これらの特徴は当時のポルトガルが世界的な大国であったことを雄弁に語っているようです。入り口は跳ね橋になっているので引き揚げるための鎖が2本延びています。
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時が経つにつれ塔はテージョ川の河口を守る役割を失い、イベリア連合が成立した後は古い弾薬庫は地下牢に変えられました。
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現在は「砲台」として再現され、テージョ川に向けて砲門が開かれています。
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どのようなシステムで方が撃たれたのかが図解されていて勉強になります。ここまで詳しい表示は初めて見ました。
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地下砲台から階段を上がって地上に出ます。
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先ほどの入り口の跳ね上げ橋の裏側には鎖の巻き上げ機がちゃんと整備されていました。
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防御は跳ね上げ橋だけかと思ったらその内側にはギロチン扉やマシコレーション(machicolation)という城壁や塔の外側に張り出した床に開けられた穴から真下の敵に石や熱湯などを落として攻撃するための防御構造までありました。
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突き出た見張り台を見るとマルタ島のヴァレッタのハーバーから見えるセングリアの「グアルディオラ」を思い出します。監視所らしく目と耳の彫刻が美しく、宿泊していた旧市街の「ブリティッシュホテル」の部屋からきれいに見えました。
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ヴァレッタの旧市街の中にホテルは少なく、「ブリティッシュホテル」は眺望もよく気に入って2回泊まりました。2回目のマルタ島の旅から帰国して、スピルバーグの映画「ミュンヘン」を見たらギリシャの町の設定でこのホテルが出てきて、窓枠が爆破されていました。それも見て部分的にきれいになっていたホテルの外壁の謎が解けました。
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「ベレンの塔」は「ジェロニモス修道院」とともに1983年にユネスコの世界遺産に登録され、2007年には「ポルトガルの七不思議」の1つに選ばれました。七不思議に選出されたのは「ギマランイス城」「オビドス城」「バターリャ修道院」「アルコバサ修道院」「ヘロニモス修道院」「ペーニャ宮殿」そして「ベレン塔」です。今回の旅では「ギマランイス城」以外の全部を見学します。
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1495年にはマヌエル1世は国際貿易の重要な人物となり、ヴァスコ・ダ・ガマ、後のアルヴァレス・カブラルがインド、ゴア、マラッカ、アフリカ、ブラジルと海路を開拓し、珍しい製品をポルトガルにもたらしました。これらの経験と知識はその記念碑としてマヌエル様式の特徴にも取り入れられました。
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ポルトガルは特にマヌエル様式と非常に結びついており、この名称は1495年から1521年までのマヌエル1世の治世に関わる作品に名付けられました。この様式はスペインのエリザベス朝様式の影響を受けており、精巧で派手な様式と言えます。「ベレンの塔」は中世建築とルネサンス期の建築の過渡期の例といえます。
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この建物は1514年ポルトガル王マヌエル1世の治世下で建築家フランシスコ・デ・アルルーダによって始まりました。この要塞は川の水面にある岩場に位置し、ベレンの旧海岸の前に位置し、その区間に停泊していた旧砲艦の代わりになることを目的としていました。
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攻撃と防御の手段が進化するにつれて、「ベレンの塔」は徐々に元の防御機能を失っていきました。その後何世紀にもわたり税関、電信信号所、灯台として利用されてきました。スペイン王フェリペ2世の治世中から後のポルトガル王ジョアン4世の治世中に政治犯の地下牢として使用されました。
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何世紀にもわたり何度か改修が行われ、特に18世紀の改修では城壁やバスチオンのバルコニー、川に面した聖母像のニッチや回廊が修復されました。リオズ石の塔の立体的な形状のイメージは美しさ、独創性と革新性を象徴しています。
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華やかな外構に比べると塔の内部は実に質素で必要な機能だけが設けられているように思えます。籠城した際には井戸は生命線の1つと考えられたのでしょう。
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人が1人横にならなければならない通路では武器を持って先へ進むことは出来なさそうです。
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2階の「王の間」のコーナーに設けられた暖炉もどれほどの効果があったのでしょうか。川の上に建つ石造りの要塞の冬はよほど寒かったのではないかと思います。
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階段の上り下りには規制があり、なかなか上階へは進めません。テラスに出ると塔の土台を含んだテージョ川の美しい姿が見られます。
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「4月25日橋」の向こうから巨大なクルーズ船がやってきます。
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船首のデザインからプリンセスクルーズの船だということはすぐに分かります。
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リスボンにも水陸両用バスのアクティビティがあるようです。
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クルーズ船が橋の下を通過しました。出港や入港で橋の下を通過するのはクルーズの1つの醍醐味と言えます。乗船している人たちの高揚感が伝わってきます。
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3階には「聴聞室」、4階「礼拝堂」、5階「タワーテラス」というレイアウトになっています。
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塔の上降には小さな螺旋階段しかありません。これも防衛上の役目を果たしているのだと感じます。
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現在は「礼拝堂」としては使われていないのでシンプルな石の彫刻の美しさが際立ちます。
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大西洋へ出てゆくクルーズ船をキリスト像が祝福しているように見えます。こんなクルーズの時代を予測してこの巨大な像を建造していたら凄い先見の明だと思います。一度リスボンに寄港してみたくなります。
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船名は「スカイ・プリンセス」だと分かりました。数週間前にニュージー濫訴の17日間のクルーズを終えたばかりだったので、そのクルーズで知り合った大阪と熊本のご夫婦に写真をLineで送りました。
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「ドナドナ」はユダヤ系の童謡「Donna Donna」に由来し、子牛が市場へ連れて行かれる哀しい情景を歌っています。妻の姿にそんな歌を思い出しました。
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「スカイ・プリンセス」は大西洋へと旅立っていきました。
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同じルートでベレンへ戻ることにします。この日の見学はここまでとして帰ることを考えますがまだもう1つやらなければならないことが残っています。
Belem light house 建造物
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夕刻になってキリスト像はより美しく見えてきました。
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この像もこれが見納めかと思いましたが、エヴォラへの往復で「4月25日橋」を通過したので再び見ることが出来ました。
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ここまで戻ってくるとヘトヘトになってきました。さすがに前半飛ばし過ぎた気がします。これで4週間旅を続けられるだろうかとちょっと心配になります。
発見のモニュメント モニュメント・記念碑
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妻の足の具合も心配になってきました。
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長い列がまだ津空いている「ジェロニモス修道院」の前を通過して目的地はもうすぐです。
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「パステラリア パステイス デ ベレン/Pastelaria Pasteis de Belem」、ここだけが妻の来たかった場所なのでずいぶん長く待たせてしまいました。ちょうど列が途切れたタイミングで並ばずに奥の席に入ることが出来ました。
パステラリア パステイス デ ベレン パン屋
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エッグタルト3個とそれぞれ紅茶を注文しました。これで8.5ユーロなので良心的です。テーブルにはシナモンと粉砂糖があり、お好みで味変が出来ます。
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日本ではエッグタルトとして知られるパステル・デ・ナタです。パステル・デ・ナタ(Pastel de Nata)はポルトガルの伝統スイーツで、小さなパイ生地にカスタードクリームを詰めたタルト菓子です。
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もともとパステル・デ・ナタは18世紀に「ジェロニモス修道院」で誕生したと言われています。修道服の染み抜きやアイロンがけで大量の卵白を使用していた修道院では余った卵黄を使って作ったお菓子がはじまりだったそうです。この修道院発祥の秘伝のレシピを受け継いだのが修道院の隣に位置する「パシュテイシュ・デ・ベレン」です。
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修道院の菓子には妙に心惹かれることがあり、スペインのグラナダでは何軒もの修道院を巡りました。今回の旅でもサンティアゴ・デ・コンポステーラで修道院へお菓子を買いに行く予定です。
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表に出るころにはまた長い列が出来ていました。甘い紅茶とエッグタルトでお腹もいっぱいになり、元気も出てきました。ホテルで食べるようにお土産用に4個買い求めました。これにも粉砂糖などは付けてくれ、4個で6ユーロです。
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帰りも路面電車に乗ってカイス・ド・ソドレまで戻ります。途中には行く予定だった「国立古美術館」も見えました。ここではもう一度ヒエロニムス・ボスの「聖アントニウスの誘惑」を見なければならないと思っています。そして「南蛮図屏風」を見るのも今回のテーマの1つです。
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カイス・ド・ソドレでは「リベイラ市場/Mercado da Ribeira」にも立ち寄ることにします。1882年に開業したこの市場は2000年に卸売りをやめましたが、小売業者は存続しました。
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外観は昔のままの姿ですが内部は「タイムアウト/Time Out」という商業施設に変わっています。
リベイラ市場 市場
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まだ古き良き「リベイラ市場」の雰囲気が残っています。
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扉の周りは美しいアズレージョ・タイルで覆われています。
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市場で扱っていた食材が描かれています。
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卸売市場だった場所は現代的なフードコートに変わっています。中央には500席の客席があり、周囲には30件ほどの飲食店があります。それぞれの店でも食べられますが、テイクアウトしてこの席で食べることも出来ます。
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旅行前に美味しそうな店のホームページはチェックしてありましたが、ベレンでエッグタルトと甘い紅茶を飲んだ後では今一つしぃく欲が湧きません。歩き疲れたことも原因かもしれません。この日は下見にして旅の最後の予備日に「国立古美術館」へ行った帰りに食事することにします。
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ビッカ線のケーブルカーで戻ると坂道を登らなければならないのでグーグルマップでチェックすると近くのバス停からホテルの前まで戻れることが分かりました。便利な世の中になったと思うとともに、旅先で人と話す機会が減ってしまったのはちょっと寂しいことでもあります。
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朝は何もなかった「サン ペドロ デ アルカンタラ展望台」の脇の公園はフード屋台が出来上がっていました。
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一度ホテルに戻ってお腹がすいたらここで食事しようと話していましたが、一度ベットに座ってしまうともう動きたくなくなります。
ザ インディペンデント スイーツ&テラス ホテル
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結果ホテルの部屋で湯を沸かして、持ってきたエマージェンシーのためのカップヌードルを食べてしまいました。
サン ペドロ デ アルカンタラ展望台 広場・公園
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