2024/11/08 - 2024/11/08
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/11/08
この旅行記スケジュールを元に
「シントラの王宮/Palacio Nacional de Sintra」を見学した後はやはり事前予約しておいた「レイガイラ宮殿/Quinta da Regaleira」に向かいます。今回のシントラの観光地は全て予約してありましたが、特に「ペナ宮殿」はかなり早く予約しないと1カ月前でも希望の時間はかなり埋まっていました。シントラの王宮から宮殿まではかなり距離がありましたが歩いていきました。翌日はシントラの巡回バスのチケットを予約してあったのですが、今日はここの往復だけなので1日乗車券は買いませんでした。「レイガイラ宮殿」はこれは所有するアントニオ・アウグスト・デ・カルヴァーリョ・モンテイロの愛称に由来するもので、彼は1904年にカルロス1世からアルメイダ男爵として称えられ、現在の宮殿の建設を命じた人物です。イタリア人建築家ルイージ・マニーニの設計によりアントニオ・アウグストは4ヘクタールの農場に宮殿を建てました。周囲は豊かな庭園、湖、洞窟、謎めいた建造物に囲まれ、この空間はロマネスク、ゴシック、ルネサンス、マヌエル様式の建築様式を想起させる混合した建築物を配置しています。1840年にポルト出身の実業家の娘キンタ・ダ・レガレイラが取得し、後にレガレイラ初代男爵夫人、アルメイダ男爵夫人の称号を授与されました。現在のレガレイラの歴史は1892年に始まり、この年にアントニオ・アウグスト・デ・カルヴァーリョ・モンテイロがこの物件を取得しました。カルヴァーリョ・モンテイロは自身の関心やイデオロギーを反映するすべてのシンボルに囲まれて暮らす壮大な空間を建てたいという願望を持っていました。保守的で君主主義者、そしてグノーシス主義的なキリスト教徒であった彼はポルトガルの最も栄光ある過去を復活させようと考えており、そのため発見と結びついたネオ・マヌエル様式がコンセプトの主流になりました。この過去への喚起にはゴシック美術や古典的な要素も含まれ、キンタ・ダ・レガレイラの多様性は錬金術、フリーメイソンリー、テンプル騎士団、薔薇十字団に関連する秘教的なテーマの象徴性によって豊かにされています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
-
「シントラの王宮/Palacio Nacional de Sintra」を見学した後は「レイガイラ宮殿/Quinta da Regaleira」に向かいます。
シントラの王宮 城・宮殿
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一度「シントラ駅」まで戻ってバスの切符を買ってもコスパが悪いので歩いて行くことにしましたが、同じようなことを考えている人は多いようでした。
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道中には放置されたままのような宮殿のような建物が見られます。
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周囲の景色を見るまでの余裕はなさそうですが、妻もまだ元気に歩いてくれています。
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いつかはこんな建物も修復されて一般公開されることがあるのでしょうか。
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王宮から20分も歩くと目的地の「レイガイラ宮殿」が見えてきました。
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この宮殿は1997年にシントラ市議会が取得し、その後の修復を経て一般公開されました。23年前は公開されていいましたが立ち寄る時間が無く、今回はどうしても来たかった場所です。
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ゲートが見えたのでここから入れるのかと思ったら出口専用で、入り口はまだ先だということです。
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何しろ広大な敷地なので外壁に沿ってしばらく坂道を登ることになりました。
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ようやく入口にたどり着きました。何とか予約してあった時間帯にも間に合いました。今回は「シントラ王宮」も「レイガイラ宮殿」も「ムーア人の要塞」も「モンセラーテ宮殿」も事前予約しておきました。さらに「ペーナ宮殿」については1カ月前にネットで検索して希望の時間少しずらして予約できました。
クインタ・ダ・レガレイラ 地元の料理
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まずは敷地内にある博物館でこの館の歴史について学ぶことにします。
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「アントニオ・アウグスト・デ・カルヴァ―リョ・モンテイロ」
リオデジャネイロで生まれ、1871年にコインブラ大学で法学の学位を取得し、莫大な財産を相続した彼は教養人で慈善家でした。美術品の収集以外に自然史に情熱を注ぎ、植物標本の収集でも有名な人物です。彼は「レイガイラ宮殿」の計画を出案して建設を命じます。 -
「アントニオ・アウグスト・ゴンサルベス」
著名な考古学者であり、遺跡の専門家、芸術館、美術史家だった彼は19世紀のコインブラの文化において重要な1人でした。この1週間後に行く「マシャード・デ・カストロ美術館/Museu Machado Castro」も彼が設立しています。1906年まではこの「レイガイラ宮殿」の芸術的コンサルタントを務めました。 -
「ルイジ・マニーニ」
ブレラ王立美術アカデミーで装飾美術を学び、ミラノスカラ座で舞台美術家を務めました。ポルトガルで高い評価を得たイタリア人は1879年にポルトガルに到着し、リスボンのサン・カルロス王立劇場で働きました。後に「ブサコパレス」を建設した音で建築家としても名声も確立します。「ブサコパレス」と「レイガイラ宮殿」ではネオ・マヌエル様式の融合的な解釈をしました。 -
彼らは錬金術、石工、テンプル騎士団、薔薇十字団に関連する象徴がある謎めいた建物も追加しました。マニーニが設計した建築は古代ローマ、ゴシック、ルネサンス、マヌエル様式を想起させました。現在の諸建築の建設は1904年に始まり1910年までに大部分が完成しました。
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その後この邸宅は1942年にヴァルデマー・ドレイに売却され、彼は大家族の私邸として使用しました1987年、邸宅は再び手放されて日本の青木株式会社が購入して住宅としての使用は終了します。
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10年間この宮殿を一般公開しませんでしたが、青木株式会社の倒産の後の1997年にシントラ町議会に買収され、邸宅全体で大規模な修復作業が開始されて1998年6月に一般公開されたようです。
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庭園の一番上には「Initiation Well」という螺旋の井戸があり、そこから地下へ降りて「Poço Imperfeito」という未完成の井戸まで歩けるようですが、この日はかなり疲れていたようでかなりの見学を割愛しています。
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じっくり見学すると庭園だけでも2時間は必要で、底に宮殿の見学を入れると3時間は必要なようです。小さな塔などにも登れますが2人ともそこまでの元気はありません。
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シントラは海には面してはいませんが、翌朝は盆地に霧が立ち込めていたほど湿度の高い所のようです。大西洋から湿度を含んだ風が流れてくるのだろうということは翌日の「ムーア人の要塞」の上からもそう思えました。そのために苔生した塔などが多く見られました。
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九十九折になった遊歩道の途中にはベンチやオベリスクや泉などが設えてあります。30歳の時にイタリアを1カ月ほど周遊した際に行ったボマルツォの「怪物庭園/Parco dei Mostri」を思い出します。
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澁澤龍彦に傾注していた20代の頃に読んだ「ヨーロッパの乳房」に中に紹介されていて、その当時にはヴィテルボからバスで行けるらしいくらいの情報でローマから列車とバスを乗り継いでいきました。ネットの発達した現在ではもうあんな行き当たりばったりの旅をする方が難しいかもしれません。
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「繁栄の泉/Fonte da Abundancia」の噴水を支える壁には古代ローマの遺跡のような象嵌や彫刻が施されていています。
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噴水には「CM」という文字が刻まれています。これはカルヴァーリョ・モンテイロのイニシャルとされる説もありますが、キリストを意味する魚の形とその母マリアを指すのではないかという説もあるようです。
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装飾としての石の骨壺はウルン(Urn)と呼ばれ、ヨーロッパの庭園でよく見掛けるものです。ここではギリシャ神話の牧神のパーン(Pan)の顔が彫られ、ブドウの房があしらわれています。ブドウとパーンの組み合わせですからディオニソスの秘儀などを想像してしまいます。
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レガレイラ塔も登ることが出来て、上からは素晴らしい眺めが見えるとは思いますが2人とも登りたいという衝動に駆られないほど疲れています。
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この庭園の奥にはイニシエーション・ウェル(Poço Iniciático)と呼ばれる逆さまの塔のような螺旋状の石の階段が地下深くへと続いています。その名前はフリーメイソンの入会儀式に使われていたという理論に由来し、参加者は目隠しをしたまま階段を上ったり降りたりする必要があったそうです。
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そのイニシエーション・ウェルから地下通路で繋がったのがこの未完成の井戸(Poço Imperfeito)で、その名の通りこの井戸は完成せず、イニシエーション・ウェルほど印象的ではないようです。粗削りで苔むした壁はより不気味で興味深いものと言えます。
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庭園には様々な洞窟(Gruta)もあり、東の洞窟のグルタ・ド・オリエンテはトンネルとイニシエーション・ウェルに接続しています。聖母の洞窟グルタ・ダ・ヴィルヘムは敷地内で最も離れた場所にあり、レダの洞窟グルータ・ダ・レダには女性と白鳥の像があり、このラビリントの洞窟は小さな池とつながっています。
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レダの洞窟の女性と白鳥の像と聞くとやはりギリシャ神話の「レダと白鳥」を思い出してしまいます。主神ゼウスが白鳥に変身してスパルタ王テュンダレオスの妻であるレダを誘惑したという物語です。
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ヨーロッパを旅し始めて40年近くになりますが、新しいものを見て感動する気持ちは若い頃の方が強かったと思いますが、若い頃は無学で何だか分からなかったものは歳を経るにつれて聖書やギリシャローマの神話を知ることでまた違った楽しみも生まれます。
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ようやく「レガレイラ宮殿」の建物が見えてきました。
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「礼拝堂」は小さな建物で宮殿のネオ・マヌエル様式を模しています。ステンドグラスや古典的な宗教的イメージに加え、3つフロア全体に五芒星やフリーメイソン、錬金術への言及が隠されています。地下通路が礼拝堂の地下聖堂と宮殿をつないでいるようですが、一般公開はされていません。
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扉の上部のポータルには左下に大天使ガブリエルが百合の花を持ち、右側に立つマリアに聖霊によってキリストを妊娠したことを告げ、またマリアがそれを受け入れることを告げる場面が描かれ、上部には祝福する父なる神の姿もあります。
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床のモザイクタイルにはフリーメイソンの「五芒星」に囲まれた中に大きな天球儀とテンプル騎士団の赤い十字が描かれています。手前の円形の中の赤い十字もテンプル騎士団のシンボルです。入り口の天井にはプロビデンスの目もありました。レガレイラ宮殿を造ったカルヴァリョ・モンテイロはフリーメイソンの会員でした。ローマカトリックでは信者によるフリーメイソンへの入会禁止されていて、入会した者は重大な罪を犯している状態にあり、聖体拝領にあずかることはできないと聞いたことがあります。
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テンプル騎士団は12世紀に聖地エルサレム巡礼者の保護と十字軍支援のために創設され、軍事力と金融業務で中世ヨーロッパに大きな影響を与え14世紀初頭にフランス王と教皇庁により解散させられた騎士修道会です。祭壇画には精霊である鳩の下で母マリアに戴冠するイエスの姿が描かれています。
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これは宮殿の中にあった案内図ですが、この礼拝堂の見どころが説明されていました。「ナザレの聖母の奇跡」のステンドグラス、
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祭壇に絵画は「聖母戴冠」で、説教壇の左右には「アビラの聖アガタ」「聖フランチェスコ」と地下へ続く階段の断面が描かれています。
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平面プランにはテンプル騎士団の十字や天球儀、モンテイリョの第2の故郷であるブラジル第2帝政の紋章も描かれていることが分かりました。エントランスの天井の「プロビデンスの目」の写真もありました。
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明日の昼に行く「ムーア人の要塞/Castelo dos Mouros」がきれいに見渡せます。あの上から見える「レイガイラ宮殿」の間が目も楽しみになります。
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ようやく宮殿の建物の見学に移ります。さすがにこの辺りまで来ると観光客の姿も増えて、建物の中に入るには列が出来ていました。
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美しいマヌエル様式の外観を見とれてしまいます。特に下の階の窓の周りに施された彫刻はどのように繋がっているのかが分からないほどです。
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手摺りに設けられたロープの彫刻は継ぎ目も分からないほどなので、これを1つのパーツで造ったのではないかと思います。
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先ほど見てきた「礼拝堂」の上には「温室」の建物も見えています。改めて高低差のある庭園だと実感します。
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「グロテスク」はイタリア語「grotta(洞窟)」に由来し、古代ローマ遺跡の奇妙な装飾様式を指したのが語源で、現在は「異様で不気味・気味が悪いさま」を意味しています。マヌエル様式も一種のグロテスクの要素もあると思います。
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カエルはポルトガル語でSapo(サポ) と言います。ポルトガルを旅していると店先に置かれたカエルを見ることがありますが、これはロマ除けと聞いたことがあります。現在は差別語になっているジプシーはロマと呼ばれ、ポルトガルのロマコミュニティではカエルを悪と不運の象徴と見なしています。
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リスボンの「ジェロニモス修道院/Mosteiro dos Jerónimos」や「サンタ・マリア・デ・ベレン教会/Igreja de Santa Maria de Belém」のような大きな建物では彫刻までの距離もあるのであまりグロテスクさを感じませんでしたが、このような宮殿になるとその異様さは肌で実感します。
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修道院や大聖堂では石の色のままでしたが、ここでは部屋の色の中に嵌め込まれているのでその彫刻のディティールが浮かび上がって見えます。
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「ダイニングルーム(狩猟室)」
子のダイニングルームは六角形の形状が特徴で、その角々から天井の頂点へ伸びるヴォールドの幾何学的な組み合わせが目を惹きます。 -
室内に入ると彫刻はより精巧に精緻になって行きます。
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南東向きの窓からは終日太陽光線が差し込み、「シントラ王宮」「ムーア人の砦」「ペーナ宮殿」の広大な景色が見えます。床や壁面は狩猟をテーマとしたモザイクや彫刻で覆われています。
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この部屋の平面図が残されていて、よく見ると牡鹿の頭部だったり猟犬だったり詳細を確認することが出来ます。部屋の中は通路として保護された絨毯脳rを歩けるだけです。
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「狩猟室」とありますがヨーロッパの城館によくあるハンティングトロフィーなどは無く、このようなイノシシの頭部がロープ装飾に組み込まれています。
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1階フロアの床は全てデザインが違い、エントランスホールとダイニングルームはモザイクタイルで、それ以外は無垢材を象嵌したフローリング張りになっています。
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床に敷き詰められたモザイクタイルは全てヴェネツィアで造られたものだということです。リボンの中の「SALVE」の文字はラテン語で「ようこそ」といったニュアンスの言葉です。この文字はエントランスの枠の上部にも書かれてありました。
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左側から入ってきたすぐ下に「SALVE」の文字があり、その上部にも石で作ったリボンの中に同じ文字がありました。
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無垢材の木製扉には真鍮製のドアノッカーとハンドルが取り付けてあります。これが部屋ごとにデザインが違ったりします。
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天井も寄木細工のような格天井になっています。吊り下がったシャンデリアも部屋ごとにデザインが異なっています。
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展示されている天井伏図を見ると全ての部屋でデザインが違うことが分かります。
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リビングルームの寄木細工の床と壁に埋め込まれた大理石の暖炉、重厚な天井の廻し縁に圧倒されます。
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「ルネサンスの間」または「謁見の間」と呼ばれる部屋の扉です。本来は石造で造られる三角形のペディメントが扉の上に乗せられています。豪華な部屋の内装はイタリア産のウォールナット材で覆われています。さらにその材は格天井まで続いています。
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エントランスホールからの突き当りには両開きのガラス扉があります。そのアイアンワークの枠もマヌエル様式のデザインが取り込まれています。
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有機的なデザインの柱にはイスラム風のアズレージョタイルも組み合わせています。
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この宮殿を建設させたカルヴァ―リョ・モンテイロは、植物標本の収集でも有名であったこともあり館の中に有機的なものを求めたようです。そのコンセプトに概念にはオウィディウスの「変身物語」があったようです。
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「変身物語」は古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作で、神話原典の1つとされ、原題のまま「メタモルポーセース」とも呼ばれます。
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ギリシア・ローマ神話の登場人物たちが様々な動物、植物、鉱物、更には星座や神などに変身してゆくエピソードを集めた物語となっていて、中世文学やシェイクスピア、そしてグリム童話にも大きな影響を与えました。
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この旅の際にはまだ行っていなかったバイエルンの「ノイシュバンシュタイン城」もルートヴィヒ「変身物語」を具現化した城でした。
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ナルキッソスが呪いにより自己愛に目覚めてやがてスイセンになる話、そのナルキッソスを愛するエーコーが木霊になる話、蝋で固めた翼で空を飛んだイカロスが墜落死する話、アポロンに愛されるもゼピュロスの嫉妬によりアポロンの投げた円盤に当たって死んでしまうヒュアキントスがヒヤシンスの花になる話など、有名なエピソードもこの「変身物語」に収められています。
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宮殿の華夏の見学を終えてバルコニーに出てみました。ここからは王宮から歩いてきた道路も見えています。
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始めてヨーロッパを個人旅行に出たきっかけは澁澤龍彦の「ヨーロッパの乳房」を呼んだことでした。イタリアをメインに選んだのはボマルツォの怪物庭園とマジョーレ湖のイゾラ・ベッラへ行かなければと思ったからでした。彼はポルトガルを旅してはいませんが、このシントラを旅してもらいたかったなと思いました。
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外壁に沿ったテラスの先には石造の東屋が見えています。
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美しい螺旋階段を下ってテラスに向かってみます。これだけの螺旋の手摺を良く造ったものだと感心します。螺旋階段が広く普及したのは中世ヨーロッパとされ、特に城や教会の塔で多く使われました。
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ようやく宮殿のおおまかな概要を頭の中に入れることが出来ました。
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先ほどまでたくさんの人がいましたが、誰もいなくなってしまいました。このガゼボ(gazebo)は宮殿や庭園を眺めるために一番良い位置に設けられたのだと感じます。
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ガゼボの下には一番最初に通った出口がありました。
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ここからの宮殿の姿を見てシントラの町へ戻ることにします。
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王宮の近くまで戻ったところで喉が渇いたので少し休憩することにします。この日の予定はまだまだ終わりません。前回はリスボンからシントラを日帰りで来て、数日後に信徒らからロカ岬を経由してカスカイスへ抜ける旅をしました。今回1泊2日で予定を組みましたがもう1日必要だった気がしました。
パダリアス通り 散歩・街歩き
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ポルトガル国内ではボルダロ社の陶器を数多く扱っている店がありますが、23年前に購入した直径40センチくらいの紫色のカエルの花瓶が売っていました。これを箱も無いままに抱えて3週間旅した自分を褒めてやりたい気分になります。午後はバスに乗って「ロカ岬/Cabo da Roca」へ向かいます。
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