2024/11/06 - 2024/11/06
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/11/06
この旅行記スケジュールを元に
「ラファエル ボルダロ ピニェイロ美術館/Museu Rafael Bordalo Pinheiro」の見学が終わった後は表通りからタクシーに乗って「国立アズレージョ博物館/Museu Nacional do Azulejo」に移動しました。かなりの距離を走りましたが15ユーロ程度で済むのでありがたいです。この博物館にも23年前に来ていましたが、その当時はリスボン市内であまりアズレージョタイルを観ていなく、その後の旅先で見てから簡単に観てしまったなという後悔がありました。特にそんな思い入れも無い妻にとってはいい迷惑な話だったと思いますが、興味深く観てくれたので感謝です。16世紀に建設された「マドレ・デ・デウス修道院」を改築した美術館ですが、建物そのものが美術品といった印象を受けます。この博物館のコレクションには1650年から1655年の「カサ・アオ・レオパルド」のパネル、1670年頃の「ガラテイア・コム・シレーノ」と「アンフィトリテのトリウンフォ」、「ネプトゥーノ」、1800年頃の「アントニオ・ジョアキン・カルネイロ礼拝堂」、1707年の「ウィレム・ファン・デル・クロート」、そして壮大なリスボンのグランデ・パノラマなどポルトガルの「国民的至宝」が所蔵されています。 ここでもじっくり見学してしまったのでお昼も食べずに午後3時過ぎになってしまいました。自分でスケジュールを作りながら自分でその予定をこなせなくなってきて、自家撞着に陥りそうな気分です。この後もバスで「サンタ・アポロ―ニャ駅/Santa Apolónia」まで移動して、「サンタ・エングラシア教会/Ig, de Santa Engracia」と「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会/Igreja ou Mosteiro de São Vicente de Fora」まで付き合ってくれた妻に感謝します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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念願の「ラファエル ボルダロ ピニェイロ美術館/Museu Rafael Bordalo Pinheiro」の見学を終えてタクシーで「国立アズレージョ博物館/Museu Nacional do Azulejo」に移動しました。かなりの距離を走りましたが、15ユーロと日本よりも安い感覚でした。入場料は1人3ユーロでしたが、リスボンカードで無料になりました。
ラファエル ボルダロ ピニェイロ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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アズレージョ (Azulejo)は14世紀にイスラム教徒によってスペインにもたらされアンダルシアで生産した色柄タイルで、16世紀以降はポルトガルで多用されるようになりました。とくにタピスリーのような絵画的表現に特徴があり青を意味するアズールに由来する名称です。
国立アズレージョ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「古来のタイルの手法」
乾燥させた焼成粘土の素地に均一に釉薬で覆い、960℃から1100℃の温度で焼成し単色のタイルを作ります。これらの釉薬を掛けた単色のタイルに幾何学模様を描き、ペンチで切断します。アリカタ―ド(Alicatado)と呼ばれるこれらの幾何学的なピースを組み合わせてデザインを埋めていきます。異なる色の釉薬を陶器表面に塗ると焼成過程で釉薬同士が混ざり合う傾向があります。クエルダ・セカ(Cuerda seca)技法では水溶性釉薬を表面上で油性物質の細い線で区切り、区切られた範囲から流れ出ないようにします。炭酸マンガンのような暗色顔料を油に混ぜて、各色の部分の周囲に暗い線を作ることが一般的です。 -
アリスタ(Arista)は粘土を深い型に押し込み、タイル表面から隆起した溝と凹んだ着色部分を分けます。タイルのデザインは龍基部またはアリスタで輪郭が描かれ、自然乾燥後に窯で焼成しますが、龍基部が色を分離します。
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「イベリア半島のタイル」1565年
タラベラ・デ・ラ・レイナにあったもので、ファン・フローレンス工房の作と考えられています。型押しのアリスタの技法で作られています。 -
リスボンにあったタイルで1565年頃に制作されました。これも同じ型押しのアリスタの技法で作られています。この作品はコインブラにある旧題青銅のセ・ヴェーリャに今も残るアズレージョ装飾を思い出させます。
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「聖アントニオ」1560年
アバテの聖アントニウスで杖を持ち、足元には豚が描かれています。これは彼が動物の守護聖人であることに関連しています。 -
「生命の聖母の祭壇画」1580年頃
このパネルはリスボンのサント・アンドレ大聖堂にある「生命の聖母礼拝堂」の側壁を飾っていました。1755年の大地震で甚大な被害を受けたこの教会は1845年になってようやく修復されました。このパネルは国立図書館に移された後に1969年にこの博物館に収められました。 -
「ダイヤモンドパターンのタイルパネル」1608年頃
中欧のピラミッドのモチーフからポンタ・デ・ディアマンテ(ダイヤモンドポイント)と呼ばれるパターンは古典的なモチーフを使用したマニエリスムのアズレージョの最高傑作と言えます。 -
「パターン化されたタイルモジュール」1622年頃
1620年から1670年に使用されたことが分かるこの模様は12×12のモジュールで構成されているので144枚のタイルは必要です。これは世界最大の模様と言われ、サンタレンの名の付く教会でよく使われたことからマルビラ模様と呼ばれています。 -
「ブドウの蔦模様のタイルパネル」1639年頃
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「パターンタイル」1590年から1620年頃
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「聖母マリアの肖像」1650年頃
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「聖母の訪問」1600年から1650年
宗教的な模様が描かれたタイルパネル -
「椿模様のタイルパネル」1660年頃
白い背景に青い釉薬でカメリアの花が描かれています。淡色なので釉薬の濃淡はありますが、フラットなタイルに筆で一気に描いています。 -
「道徳的な象徴が描かれたタイルパネル」1625年頃
アズレージョ博物館の旧収蔵庫で発見された類まれな作品の1つです。この作品は1610年にマドリッドで出版されたセバスチャン・デ・オロスコ・イ・コバルビアスの「道徳的寓話集」から着想を得た版画があります。ラテン語の3つの聖句箱には「逃げることを勧めよ、なぜならそれは勝利に変わるから(船)」「勝者は実を結び、敗者は枯れる(2本のヤシの冠の片方は枯れている)」などが読み取れます。 -
「アウグスティヌス会の紋章が描かれた祭壇」1650年
聖アウグスチノ修道会はアウグスティヌス自身が創立したわけではなく、13世紀にアウグスティヌスの会則に則って生活していた修道士たちによって設立されました。宗教改革の火蓋を切ったマルティン・ルターや修道院の庭に蒔いたエンドウマメで遺伝の法則を発見したグレゴール・ヨハン・メンデルもアウグスチノ会の会員です。 -
「聖体拝領の寓話」1660年頃
聖体拝領はカトリック教会のミサの中でパンとぶどう酒の形を通してキリストの体と血をいただく行為のことです。これは最後の晩餐でイエスが弟子たちにパンと杯を渡し「これはわたしの体」「これはわたしの血」と語った出来事に基づいています。 -
「パターンタイルパネル」1648年頃
この模様は2×2の4枚のモジュールで構成された2種類のパターンが組み合わされています。マニエリスム風のロープとフェロネリーで構成された物はこの多色パターンと白と青のシンプルなパターンの2種類があり、トマールの「キリスト修道院」でその両方を見ることが出来ます。 -
「ポルトガルの紋章を掲げる天使」1641年頃
天子が戦士の姿をしてポルトガルの国章を掲げている様子が描かれています。 -
「デラ・ロッピア工房による四福音書家のシンボル」1509年
福音書家マタイは人間や系図から始まり、「キリストの人性」を強調するので「人(天使)」がアトリビュートになります。 -
「デラ・ロッピア工房による四福音書家のシンボル」1509年
福音書家マルコは荒れ野で叫ぶ声や勇ましさが強調されるので「獅子」がアトリビュートです。ヴェネツィアのサンマルコ広場にはライオンの像があります。 -
「デラ・ロッピア工房による四福音書家のシンボル」1509年
福音書家ヨハネは高い視点から神秘を見つめる神学的な内容のため「鷲」がシンボルです。午前中に行った「グルペルギアン美術館」にもアンドレア・デッラ・ロッピアの作品がありました。 -
「デラ・ロッピア工房による四福音書家のシンボル」1509年
福音書家ルカはいけにえの動物としての祭儀やあわれみを象徴の「雄牛」がシンボルになります。 -
1509年にレオノール女王の発案で設立された「マドレ・デ・デウス修道院」はポルトガルにおいてすぐに特別な場所としての地位を確立しました。この特徴は創始者を始めとする修道院にゆかりのある人物、そして修道院の建築や芸術作品に由来しています。
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ペレイティッシマ女王と呼ばれたレオノール女王はキリスト教の美徳の規範であり、ミゼリコルディア(慈善兄弟会)の創始者であり、カルダス・ダ・ライ―ニャのポプロ病院やリスボンの王立諸聖人病院などの病院施設の設立に尽力した人物の1人です。
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博物館を訪れる人は少なくじっくりと見学することが出来ます。23年前の記憶はほとんど残っていませんが、今回の訪問では修道院の建築も含めて記憶に残りました。
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大きなパネル2面と小さなパネル6面は今は無きプライア宮殿から運ばれてきたものです。この博物館の創設者が17世紀の雰囲気を出すことを考え「狩猟の間」と呼びました。これらのアズレージョは同じくベレン地区にあるカリェタ伯爵宮殿を飾っているものと非常によく似ています。
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「狩猟の間」
1680年頃のリスボンのベレン地区にあったパラシオ・ダ・プライアの狩猟の間にあった動物の狩猟のシーンが描かれたアズレージョタイルです。 -
中央には猟犬を使った鹿狩りの様子が描かれています。以前行ったフランスのロワール渓谷の「シャンボール城」の雰囲気を思い出します。
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17世紀の王宮や貴族の館ではこのような戦いや狩猟をテーマにしたタイル画で内壁を飾るのが一般的でした。色遣いは16世紀から17世紀のアズレージョに見られる青や黄色や緑色が鮮やかです。
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こちらではライオンを追う猟犬の姿が描かれ、その周囲を豪華なアラベスク模様が彩っています。
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「狩猟の間:イノシシ狩り」
力強い渦巻き模様とアカンサスの模様が中央のモチーフを囲んでいます。銅緑色は17世紀ののリスボンの陶器工場で生産の刷新を図るために使用された色です。 -
「狩猟の間:ヤギ狩り」
縁取りの渦巻きとアカンサス模様は同じで、中央のテーマ部分だけが違うものになっています。 -
「狩猟の間:豹狩り」
鮮やかな色彩と迷いのない渦巻きの模様の筆致に職人の技術の高さを感じます。 -
「狩猟の間:雄牛狩り」
去年図像的な出典はヨハネス・ストラダヌスの素描を基にフィリップ・ガレが印刷したシリーズ版画によるものです。 -
中央にメダリオンを配して周りをグロテスク模様を配した個人的には好きなモチーフです。
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メダリオンには2人の人物の横顔が描かれ、「LA SARATIO EXOVE LEO」と書かれてありますが、これは知恵や理性を象徴する古典的な寓意だと思われます。
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階段の側面のために造られたグロテスク模様とカルトゥーシュ模様の美しいタイルです。巾木の部分は無視されていますが、美しさを優先した潔さを感じます。
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「天使とオウムが描かれた花瓶のタイル」
花瓶を描いたパネルは同時代のポルトガル文学、特に1622年にリスボンで出版されたイシドロ・デ・バレイラ修道士の象徴論に関する論文で示されているように希望という神学的な徳を表現していると考えられます。 -
「天使の描かれた花瓶のタイル」
リスボンのノッサ・セニョーラ・ダ・エスペランサ修道院に為に制作された一連の作品の一部です。6枚は同じ類型でしたが19世紀以降に散逸しました。 -
「洗礼者ヨハネのタイル」
「マタイによる福音書」によればヨハネは「らくだの皮衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物とする人物」と記述されています。ヨルダン川河畔の荒野で神の国が近づいたことを人びとに伝え、悔い改めるよう迫り罪のゆるしに至る洗礼を授けていました。 -
「ネプチューンとコロニス」
この画像はネプチューンがカラスに変身するコロニスを追いかける様子を描いた版画に基づいています。古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作「変身物語」からの1場面です。 -
「オウィディウスの変身物語のエピソードを描いたパネル」
変身物語の11巻に描かれている「ハルキュオネーとケイクス」の物語の一場面です。ハルキュオネーは夫のケイクスが海で遭難して死んだことを知らずに女神ヘラに西風のゼピュロスが吹くように祈ります。 -
「心の釣り人(3月の寓意)のパネル」
このタイルはアンリ・ボナールによる17世紀の銅版画を元に造られたタイルで、3月を表す女性が描かれています。この季節は四旬節の断食の時期にあたります。 -
「ダンスレッスンのパネル」
ウィレム・ファン・デル・クロ―トによるタイルはアムステルダムで造られました。17世紀末から18世紀初頭にかけてオランダの陶磁器の技術と芸術性の高さからポルトガルの宮殿や教会向けに制作依頼がなされました。 -
「ペトロに鍵を渡すキリストのパネル」
ウィレム・ファン・デル・クロ―トによるタイルはアムステルダムで造られました。「ペトロに鍵を渡すキリスト」は新約聖書のマタイによる福音書に描かれた場面です。イエスが弟子たちに「あなたがたはわたしを何者だと言うか」と問い、ペトロが「あなたはメシアです」と告白したあと、イエスがペトロをほめて「天の国の鍵」を授けるシーンを指します。 -
「盲人の治療のタイル」
イエスが弟子たちと歩いている時、生まれつき目の見えない人と出会います。弟子たちは「この人が盲目なのは、本人か両親の罪のせいか」と尋ねますがイエスはそれを否定し、「神の業がこの人に現れるため」と語ります。イエスは地面の土につばをして泥を作り、それを彼の目に塗り「シロアム」という池で洗うように命じます。彼が言われた通りにすると目が見えるようになります。 -
「キリストの洗礼のパネル」
新約聖書の中で「キリストの洗礼」はイエス・キリストがヨルダン川で洗礼者ヨハネから受けた洗礼のことを指します。これはイエスが公に活動を始める直前の、とても大きな出来事です。 -
「化粧台の女性のパネル」
化粧台に向かう貴婦人を描いていますが、単なる風俗画なのか何かのグイなのか分かりませんがシュールな構図です。 -
「幻視の寓意のパネル」
こちらも宮廷の庭園を歩く気夫人の姿が描かれています。タイトルには寓意とありますが、詳しい説明は書かれてありません。 -
「聖グアルテルと子供たちのいる風景」
13世紀初めにアッシジの聖フランシスコからポルトガルへ派遣されたフランシスコ会の修道士です。1217年ごろポルトガルに到着し、北部の街 ギマランイスに定住して修道院をつくり、地域で多くの奇跡が語り伝えられた人物として尊敬されています。 -
「エジプトへの逃避のパネル」
天使の引くロバの背に乗った聖母子の表情は明るいですが、後ろを歩く養父ヨセフは疲れているようです。ポリカルポ・デ・オリベイラ・ペルナルデスの作品で1730年頃に造られました。 -
「聖ラウレンティウスの殉教のパネル」
キリスト教の聖人でローマの助祭だった聖ラウレンティウスは西暦258年ごろに殉教した人物で、教会の財産を差し出すよう命じられたときに貧しい人びとを連れてきて「これが教会の宝です」と示したという有名なエピソードがあります。 -
「マドレ・デ・デウス修道院」
修道院時代の美しい祭壇が残されています。豪華な装飾が施されたのはブラジルで大規模な金鉱山とダイヤモンド鉱山が発見された18世紀以降のことです。 -
典型的なバロック様式の意匠は全て金箔で覆われています。
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「キリスト降誕のシーン」
「降誕場面」はキリスト教教会の外または内に設置されるイエス・キリスト降誕(誕生)の場面を表す模型の展示をいいます。キリスト教聖書の新約ルカによる福音書第2章に書かれてある場面で、イエスの母マリア、その夫のヨセフ、イエス、天使、羊飼い、東方の三博士、牛、ロバなどが家畜小屋または洞窟の中に等身大または小型の人形として置かれます。 -
ナポリのキリスト降誕象の制作に先立つポルトガルの伝統におけるもっとも重要なコレクションの1つがディオニシオとアントニオ・フェレイラ親子による降誕像で、これらは1700年頃に作られました。ナポリで素晴らしい天使像に出会い、注文品なので売れないと言われたのですが、翌日ローマから再びナポリに戻ったら売ってもらえたという思い出があります。
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20世紀後半の麹のために元の大きさの1/3の大きさになっているそうですが、ポルトガルの陶工によるもっとも傑出した作品の1つとなっています。
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フランドルの感性に強く影響を受け、羊飼いを表す精巧な人物像や、背景の東方三博士の行列、さらにはセラフィムやケルビムや大天使が描かれています。
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共同作業を行ったジョアキン・マシャド・デ・カストロがアントニオ・フェレイラをポルトガル最高のキリスト降誕の場面を描いた陶工とみなした理由が分かります。ジョアキン・マシャド・デ・カストロとアントニオ・フェレイラ作品は旅の最後に「国立古美術館/Museu Nacional de Arte Antiga」で再会すrことが出来ました。
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かつて修道院の修道女が集まっていた聖歌隊席は部屋の周囲に置かれた金箔張りのケースに数多くの聖遺物が納められていました。この聖遺物コレクションはポルトガル国内でも類を見ないものです。
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聖遺物のほとんどはカトリック教会の主要な殉教者の胸像で、全身像はほとんどありません。注目すべきは制作された時代に関わらず顔や手の造形が個性的で、丁寧に表現されています。
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この部屋は修道院の中でも最も重要な空間の1つで、増大菜聖歌隊室、ブラジル産の木材で造られた象嵌細工の床、ジョゼ1世の紋章が描かれた聖櫃があげられます。
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壁と天井には聖母マリアとイエスの生涯を描いた絵画が並び、修道院の最も偉大なジョアン3世とその妻のオーストリアのカタリナの16世紀の肖像画も飾られています。
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「月を持つ天使、聖母マリアの寓意」
マリアは自分が光そのものではなく、神の恵みとキリストの光を受けてそれを世に映し出す存在として理解されるために月になぞらえられます。「自分の力で輝くのではなく、神の光を受けて優しく照らす」というイメージです。 -
「フィギュアを掲げるプットのタイルパネル」
この作品には「ルイザ・マリア・デ・タヴォ―ラ閣下が3期目の任期中の1712年に造られた」と書かれてあります。2人の天使(プット)が装飾的なカルトゥーシュを支えるバロック的な構図です。1712年という日付からポルトガルのアズレージョが最も華やいだ黄金時代の作品だということが分かります。 -
中央の碑文には「清廉と清潔は誰からも好まれる。なぜなら、主人の清廉さを誰もが語るからだ。」と書かれてあります。
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こういった1枚1枚のタイルを見ると欲しくなってしまい、ホテルの近くのアンティークタイルの専門店を覗いてみましたが、驚くほどの高さになっていて手が出ませんでした。
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「イッソスの戦いにおけるアレクサンドロス大王とペルシアのダレイオス王との戦い」
アルゲアス朝のマケドニア王国とコリントス同盟の連合軍とアケメネス朝ペルシアの戦いの場面を描いています。この戦いはアレクサンドロス大王の東方遠征中に生じた戦いの中で2番目に大きな戦いで、マケドニアの軍はペルシャ軍を打ち負かしました。 -
この戦いの場面というとポンペイ遺跡の「ファウヌスの家」の床モザイクとして発見された「ナポリ国立考古学博物館」に納められている作品を思い出します。
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「聖フランシスコ・ザビエルの巡礼ルートのパネル」
リスボン出発とマリンディでの説教を描いています。フランシスコ・ザビエルは、1541年にリスボンを出帆してインドのゴアへ向かう長い船旅の中で、アフリカ沿岸のいくつかの港に立ち寄りました。その航路上にマリンディも含まれていたと考えられています。彼は当時イエズス会の宣教師として、船員や同乗者に説教や告解を行いながら航海していました。この後に日本までたどり着くと思うと感慨深いものがあります。 -
「マグダラのマリアの死」
ラテン語の碑文には「そこで彼女は安らかな死の中で眠る。」とあります。中世の聖人伝集「黄金伝説」では彼女は裕福で美しい女性だったが悔い改めて聖女となり、隠遁者のような生活のうちに亡くなったといった物語が展開されます。 -
「聖母マリアの聖心への寓意」
聖母マリアの喜びや悲しみ、聖母マリアの美徳や秘められてきた人間としての完全さ、そしてとりわけ処女性を持って神なる父を愛したこと、御子イエスキリストへの母なる愛情、そして全人類を思いやる心といったマリアの内的生活を言い表すものとされています。 -
「カルメルの聖母の肖像画」
「カルメル山の聖母」はカルメル会という修道会と深い関わりのある聖母マリアの呼び名です。イスラエル北部のカルメル山で祈っていた隠者たちから始まったカルメル会が自分たちの保護者として特別にマリアを敬い、「カルメル山の聖母」と呼ぶようになりました。 -
「煉獄の魂」
炎の中から救いを求めて手を上げている人々の姿が描かれています。これは天国に入る前に罪を浄化するために苦しんでいる姿です。パネルの上には十字架が配置されており、キリストの犠牲による救済を暗示しています。 -
「煉獄の魂を救済するパドヴァの聖アントニオ」
雲の上から数珠をたらし、煉獄の中にいる魂を救いあげようとしているせいアントニオの姿が描かれています。 -
「マリアンの寓意」
ロココ時代のアズレージョには曲線的で渦を巻くようなロカイユ装飾、花や葉や貝殻などの自然モチーフ、余白を埋め尽くすほどの過剰な装飾性、青と白に加え、黄・緑・赤などを交えた華やかな多色彩が特徴となります。 -
「洗礼者ヨハネ」
1802年に王立磁器工場で制作されたタイルです。毛皮の服を着た洗礼者ヨハネがイエスを指さしています。杖の先のリボンには「ECCE AGNUS DEI」と書かれ、意味は「見よ、神の小羊」です。イエスの姿は十字架刑を受けることの苦悩を祈るが見張りを頼まれた弟子たちは眠ってしまった「オリーブ山の祈り」のようです。 -
「ノッサ・セニョーラ・ダ・ヴィーダの祭壇画」
この作品は1580年頃に制作された「生命の聖母」という非常に重要な作品です。元々はリスボンのサント・アンドレ教会に設置されていましたが、1755年の地震で教会が一部崩壊したため渾博物館で保管されました。1498枚のタイルで中央には「羊飼いの礼拝」、その左右には福音書家のせいルカと聖ヨハネが描かれています。白いスペースはかつての教会の窓の部分です。 -
「フラワーベース」
このパネルは現在は散逸してしまったコレクションの一部でした。元々はリスボンのルア・ノヴァ・ダ・トリンダーデの邸宅にあったものでした。この作品は1849年にアントニオ・ダ・コスタ・ラメゴ・ロイサ工場で制作されました。この工場は19世紀にリスボンで操業していた重要な工場の1つでした。 -
「ボーダー付きパターンタイルパネル」
アリスタ具法で造られた成形釉薬陶器の2種類のタイルとコーナー部の1種類の3種類だけでこの平面を構成しています。 -
「薔薇の模様のタイルパネル」
都市部のファサード用の協業生産品はリスボンやポルトを主な生産拠点としていました。1763年に設立されたファブリカ・デ・マサレロスで造られたこのタイルはマサレロスが手作業で制作したものです。 -
「海の妖精ネレイデスのテーブルセンターピース」1896年
先ほど見てきたばかりのラファエロ・ボルダロ・ピニェーロの作品です。通路に埋め込まれた小さなケースに入っていたので見落としそうになりました。 -
彼女たちは「海の老人」ネレウスとオケアノスの娘ドーリスの娘たちで、姉妹の数は50人とも100人ともいわれ、エーゲ海の海底にある銀の洞窟で父ネレウスとともに暮らし、イルカやヒッポカムポスなどの海獣の背に乗って海を移動するとされました。
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大半のネレイスは独立の神話を持たず、これらの叙事詩では名前を数え上げるために海にちなんだ名や水と関連する名をつけたとも推測されています。主なネレイスにはポセイドンの妻であるアムピトリーテ、トロイア戦争の英雄アキレウスの母テティス、アイアコスの妻プサマテなどがいます。
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ネレイスは美しいことで知られ、ガラテイアはキュクロプスのポリュペーモスに恋慕され、ペルセウスの伝説ではカシオペイアが自分の娘であるアンドロメダのほうがネレイスよりも美しいと言ったことがポセイドンを怒らせています。
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「フェルディナンド2世の肖像画刻まれたメダル」
ラファエロ・ボルダロ・ピニェーロによって制作されました。フェルナンド2世はポルトガル女王マリア2世の王配で共同国王です。イギリス女王ヴィクトリアおよびその王配アルバートの双方の従兄で、ベルギー国王レオポルド1世は叔父にあたり、ブルガリア国王フェルディナントは甥にあたります。 -
「バッタと麦のアズレージョパネル」
先ほど「ラファエロ・ボルダロ・ピニェーロ美術館/Museu Rafael Bordalo Pinheiro」で見てきたばかりのリスボンのカンポ・デ・オウリケにあるパニフィカソン・メカニカベーカリーの内装装飾のタイルです。 -
「蝶のパターンタイルパネル」
19世紀後半になるとカルダス・ダ・ライ―ニャはロス本とポルト、アヴェイロと並ぶ陶磁器生産地となって行きます。ラファエロ・ボルダロ・ピニェーロはフランスの芸術観ベルナール・ナンシーによる国際的な陶磁器復興運動の影響を受けていました。 -
「ウルナ(Urna)」
ウルナは古代ローマで油やワインを入れる細い首と広い口をもつ壺や花瓶のことです。トリトン族の2人の男女が壺を支えるように背中合わせに手をつないでいます。 -
マヌエル・グスタボ・ボルダロ・ラファエロは1905年に父のラファエロの死後、カルダス・ダ・ライーニャの陶器工場を相続し、父の後を継いで経営を引き継ぎました。彼は父の作品展を続けましたが工場はすでに財政的に厳しい状況にあり、最終的に倒産しました。
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1908年に彼は新工場を設立して「サン・ラファエル」と名付けられ、後にボルダロ・ピニェイロ工場となりました。彼の作品は自然主義とアール・ヌーヴォー運動の潮流を組み合わせたものでした。
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ようやく見学が終わりました。23年前の旅ではこれほど大きな博物館だったと御云う記憶が無かったのでかなり時間がかかってしまいました。
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アズレージョタイルも素晴らしかったですが、修道院の素晴らしさも堪能しました。
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美しい中庭にあったカフェで休憩しました。2人とも疲れすぎて食欲が無くなってきました。お昼も食べていませんが、「グルペルギアン美術館」のカフェでコロッケを食べておいて良かったです。
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しばらく放心状態で休憩した後はバスに乗ってサンタ・アポロ―ニャ駅まで移動します。yp邸を突っ込み過ぎたこの日のスケジュールを作った自分に対して腹が立ってきます。
サンタ アポローニア駅 駅
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(10)グルペルギアン美術館の至宝、ルネ・ラリックのジュエリー...
2024/11/06~
リスボン
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(11)ボルダロ・ピニェーロ美術館でラファエル・ボルダロの生涯...
2024/11/06~
リスボン
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(12)17世紀修道院の国立アズレージョ博物館でポルトガルのア...
2024/11/06~
リスボン
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(14)サンタ・エングラシア教会を参拝し、路面電車の28に乗車...
2024/11/06~
リスボン
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(13)サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会のブラガンサ家のポル...
2024/11/06~
リスボン
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(15)エヴォラへの日帰り旅行で天正遣欧少年使節団を想いながら...
2024/11/07~
エボラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(16)カダヴァル公爵邸とセナクロ美術館の見学の後はポサーダで...
2024/11/07~
エボラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(17)リスボンを離れてシントラへの2泊3日の旅はシントラ王宮...
2024/11/08~
シントラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(18)予約時間に追われてレイガイラ宮殿に向かい、19世紀の富...
2024/11/08~
シントラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(19)シントラからバスに乗ってロカ岬へ夕日を見に行き、1週間...
2024/11/08~
ロカ岬
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(20)シントラの1日バス乗車券で行ったペーナ宮殿は予約があっ...
2024/11/09~
シントラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(21)ペーナ宮殿の雑踏から逃れたムーアの城塞でポルトガルの晩...
2024/11/09~
シントラ
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長年の夢だった妻を伴ってのポルトガル4週間の旅(22)ムガール様式のレース模様のようなモンセラーテ宮殿でシン...
2024/11/09~
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