2024/11/06 - 2024/11/06
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kojikojiさん
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「国立アズレージョ博物館/Museu Nacional do Azulejo」の近くのバス停からバスに乗って「サンタ・アポロ―ニャ駅/Santa Apolónia」まで移動しました。そこから再び坂道を登って「サンタ・エングラシア教会/Ig, de Santa Engracia」を見学しました。17世紀創立の教会で20世紀に入ってから国立のパンテオン(名士合祀殿)となり、ポルトガルの著名な人物が葬られています。現在の教会の建物はブラガの殉教者聖エングラシアに捧げられた以前の教会の替わりで、最初の教会は1568年頃にマヌエル1世の王女マリアが後援していた聖エングラシアに捧げられました。1681年に最初の建物が崩壊したあとに現在の教会の建設が始り、新たな設計者は王室建築家でポルトガルバロック期の重要な人物の1人ジョアン・アントゥネスが行いました。ジョアン・アントゥネスはポルトガルで試みられたことのない精巧な設計を考え、教会はギリシャ十字(四方の長さが均等な十字)の形で、ファサードはフランチェスコ・ボッロミーニのバロック様式に似せました。ファサードにはガリレ・ホールと像を据えた3つのくぼみがあり、教会入り口には2人の天使が抱えたポルトガルの紋章を持つ美しいバロック様式の堂々とした正門があります。20世紀になってもうけられた高い中央ドームが印象的です。1966年の独裁者アントニオ・サラザール政権時代にこの教会は国立のパンテオンに指定されました。大統領のマヌエル・デ・アリアガ、国民的ファド歌手アマリア・ロドリゲスらの人物が埋葬され、ルイス・デ・カモンイス、ペドロ・アルヴァレス・カブラル、アフォンソ・デ・アルブケルケ、ヌノ・アルヴァレス・ペレイラ、ヴァスコ・ダ・ガマ、エンリケ航海王子らの記念碑も納められています。その後に先の旅行記の「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」を見学し、教会前の路面電車乗り場からリスボンの市電で一番人気の28に乗りました。やはりこの路線はリスボンの町を感じるには欠かせないルートだと思います。一度終点まで乗って折り返したのでずっと座ることが出来ました。アウグスタ通り近くで降りた後は夕暮れの美しい通りを歩き、「Nono HK/玖記香港」という一見すると日本の居酒屋のような中華レストランで思いっきり晩ご飯を食べました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
-
「国立アズレージョ博物館/Museu Nacional do Azulejo」の近くのバス停からバスに乗って「サンタ・アポロ―ニャ駅/Santa Apolónia」まで移動しました。
サンタ アポローニア駅 駅
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エヴォラとシントラとケルースの旅を終えた後はここからトマールへ移動するので駅構内も少し覗いておきます。
ポルトガル国鉄 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
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23年前にもここからトマールへ行きましたが、前回は日帰りでしたが、今回は1泊して、その後は北へ向かうので戻ることはありません。
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駅前の建物の壁にもカーネーション革命を思わせるイラストが描かれています。ほぼ海岸線のレベルから丘の上にある教会までずっと坂道が続いています。
国立アズレージョ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ようやく「サンタ・エングラシア教会/Ig, de Santa Engracia」が見えてきました。
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教会の裏側から半周まわって正面に出てきました。こちらは西面になるので午後の遅い光が当たってとてもきれいです。写真を撮るので太陽光線の方向なども考えて予定を組んでいます。
サンタ エングラシア教会 寺院・教会
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現在の教会の建物はブラガの殉教者聖エングラシアに捧げられた以前の教会の替わりで、最初の教会は1568年頃にマヌエル1世の王女マリアが後援していた聖エングラシアに捧げられました。1681年に最初の建物が崩壊したあとに現在の教会の建設が始まりました。新たな設計者は王室建築家でポルトガル・バロック期の重要な人物の1人ジョアン・アントゥネスがおこないます。
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建設は1682年からアントゥネスの死んだ1712年にかけて進められましたが、ジョアン5世は教会に興味を失い、「マフラ修道院」に資金をまわしました。教会は未完成のまま20世紀まで放置され、ドームが加えられた教会は1966年に再び落成されました。
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ジョアン・アントゥネスはサンタ・エングラシア教会にポルトガルで試みられたことのないギリシャ十字(四方の長さが均等な十字)の形で中央に引きつけられた平面プランになっていました。床と壁はバロック様式の大理石製色彩装飾に彩られています。
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1966年の独裁者アントニオ・サラザール政権時代にこの「サンタ・エングラシア教会」は国立のパンテオンに指定されました。
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堂内の左右には3つづつのニッチがあり、それぞれに「セノタフ(cenotaph)」が置かれてあります。「セノタフ」は遺体が実際にはそこにない人を弔うために建てられた記念碑や象徴的な墓のことを指します。ギリシャ語で「空っぽの墓」という意味の言葉がもとになっています。
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「インファンテ・ドン・エンリケ・デ・アヴィス」
国王ジョアン1世の王子でしたが、兄や甥が王位を継いだので生涯王位にはちきませんでした。もっぱらアフリカ西岸探検事業に熱心に取り組み「航海王子」と言われ、大航海時代の始まりを告げる役割を担っていました。 -
「ペドロ・アルバレス・カブラル」
ポルトガルの貴族で軍事指揮官、航海家で探検家であり、ブラジルの発見者として知られています。 -
「バスコ・ダ・ガマ」
熟達した航海術と外交手腕を買われヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した記録に残る最初のヨーロッパ人であり、インドへの航路をヨーロッパ人として初めて「発見」した人物であるとされます。このインド航路の開拓によってポルトガル海上帝国の基礎が築かれました。 -
「アルフォンソ・デ・アルプクルプ」
ポルトガルの貴族、軍人、航海者、植民地行政官です。インドのゴアかたマレー半島のマラッカまで到達しポルトガルの東南アジアにおける拠点とします。 -
「ルイス・デ・カモンイス」
ポルトガル史上最大の詩人とされる人物で、その作品はホメーロスやヴェルギリウス、ダンテなどの古典詩人と比較されます。多くの叙情詩や戯曲を残しましたが、叙事詩「ウズ・ルジアダス」が最も有名です。カモンイスはこの中でヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓を称賛し、大航海時代で繁栄を極めたポルトガル黄金時代の航海者達を格調高くうたいました。 -
実際に埋葬されている人々の中で知っているのはアマリア・ロドリゲスくらいでした。ポルトガルの声として広く称賛され、20世紀で最も輝かしい歌手の1人で、世界的に「ファドの女王」として知られています。今回は夜遅くなるのでリスボンではファドを聴きに行くことはありませんでした。
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階段しかありませんがパンテオンは上まで上がることが出来ます。18世紀の壮麗なバロック・オルガンは「リスボン大聖堂」から持ち込まれたものです。
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この頃妻の足が一番痛かったころで、今から思えばよく4週間も旅が出来たと思います。ほぼ毎日ロキソニンを飲んでの旅でした。その後オステオパシー整体に通うようになったら劇的に良くなりました。
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西面から東面を見下ろしてみます。ちょうど真西に太陽が来ているようです。マウリッツ・エッシャーの絵画にバチカンのサン・ピエトロ大聖堂のクーポラから見下ろした作品があったことを思い出します。オランダのハーグで行った「エッシャー美術館」はめちゃくちゃ面白かったです。
エッシャー美術館:https://4travel.jp/travelogue/11025521 -
北面にはニッチが3つあり、先ほどの「セノタフ(cenotaph)」が納められています。同じデザインで南面にもニッチがあります。
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この日は2艘のクルーズ船がターミナルに停泊していました。23年前にもここにポルトガルの帆船が停泊していたことを思い出します。
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5本マストのクルーズ船は「クラブ・メット2」でした。15000トンほどのラグジュアリー船です。もう大きな船は何度も乗ったのでそろそろこれくらいの船もいいかなと思います。
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その後ろにはロイヤルカリビアン・クルーズの「アドベンチャー・オブ・ザ・シーズ」が停泊しています。こちらは137,000トンの巨大なクルーズ船です。
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バロック様式の美しいクーポラも外から眺めておきます。周りを1周することが出来ますが同じデザインでした。
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翌日行くエヴォラはテージョ川の向こう側のアレン・テージョになります。
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屋根の上からはこの後に行く「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」の屋根の辺りが見えました。あの屋根の上から落ちた23年前のことは絶対に忘れられません。
サン ヴィセンテ デ フォーラ教会 寺院・教会
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「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」の見学が終わった後は溜まっていた絵葉書を投函しました。今回も初日から最終日まで最低1枚のはがきを投函しました。
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ここからバイシャ地区まで28番の路面電車で戻ることにしましたが、座っていきたいので数駅進んだ始発乗り場まで行くことにします。
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2つほど先のグレースだと始発の電車に乗ることが出来ます。同じことを考えている人は結構多いようでした。ただ路面電車に乗って往復している人もいました。
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リスボンカードがあるので幾らでも乗れるのがありがたいです。
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このロータリーに寄らずにまっすぐ行くルートもあるようですが、路面電車が数珠つなぎになっている姿は壮観です。
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始発駅なので好きな席に座れます。すれ違いや通りから見える風景を考えて左側の席に座ります。
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2回行ったマルタ島やゴゾ島では昔のレイランドなどの古い路線バスが新しくなってしまったと聞きます。リスボンの路面電車やケーブルカーはいつまでも残ってほしいと思います。
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先ほどまで見学していた「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」はきれいにライトアップされていました。
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途中から線路は1本になります。そのために信号とすれ違うための分岐があります。かなりの時間ここで停車していたのですが、馬鹿なやつが車で路面電車を追い抜いて行ったら下から来た路面電車に追われて延々とバックしていきました。
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「サンタ・ルジア展望台」の近くも通過しました。聖ヴィセンテの像がピンボケです。
サンタルジア展望台 散歩・街歩き
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「リスボン大聖堂」も何とかカメラに収めることが出来ました。幌い通りをすごいスピードで走っているので写真を撮るのはなかなか難しいです。
リスボン大聖堂 寺院・教会
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面白いのはすれ違う路面電車の中からも官らを向けているので知らない者同士がカメラを向け合うことになります。特に動画を撮っているとちょっと恥ずかしいのですが、向こうも同じような顔をしています。
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アウグスタ通りに近いところで路面電車を降りました。
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これまで数々のヨーロッパの歳を旅してきましたが、30年前のヨーロッパが残っていると感じられるのがリスボンだと思います。ポルトでもなく、リスボンだと思います。
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アウグスタ通りを少し歩いてみます。夜になると若者が多く、より賑やかな雰囲気です。
勝利のアーチ (凱旋門) 建造物
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この日は妻の希望もあって中華料理の店で晩御飯を食べることにしました。
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グーグルマップで探したのが「Nono HK/玖記香港」です。赤い提灯や多分無断使用の「海賊王」のイラストが貼ってあって日本の居酒屋っぽい雰囲気です。一応表のテラス席においてあるメニューを見ましたがちゃんとした料理が並んでいます。
バイシャ地区 散歩・街歩き
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まずは冷たいビールで乾杯です。我が家では旅先で疲れたときは中華料理店を探すのが暗黙のルールです。
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「酸辣土豆絲」はジャガイモの細切りをピリ辛に炒めたもので、中国で食べて感動した料理の1つです。
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「茄子百合炒木耳」は揚げたナスときくらげと豚肉を炒めたものです。これも美味しい料理でした。ヨーロッパで中華を食べると本国から駆けg離れてしまう店もあるので要注意なのですが、この店は正統派な料理が出てきます。
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「海鮮炒飯」も美味しかったです。白ご飯でもいいかなと思ったけどやっぱりチャーハンですね。
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「番茄蛋花湯」はトマトと溶き卵のスープで、我が家の定番料理でもあるのでほっとします。残念ながら酸辣湯はありませんでした。ビールを何本か飲んで全部で60ユーロ、ちょうど1万円くらいでした。
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リスボンの歩道の床はカルサーダスという白い石と黒い石を組み合わせて模様を描く舗装芸術になっています。幾何学模様や植物、歴史的なシンボルや波模様や海の生き物を描くのが特徴です。ポルトガル以外にも植民地だったマカオなどにも残されています。
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食事をした後は2人とも元気になって足取りも軽くなりました。後はどのルートでホテルまで戻るかです。
サンタ ジュスタのエレベーター アクティビティ・乗り物体験
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サンタ ジュスタのエレベーターもいいのですが、降りた後はかなり坂道を歩かないとならないのでパスしました。それよりは地面が蓋っとなこの辺りの方が良いです。
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「カフェ・二コラ」の前も何度も通過しましたが結局1回も入りませんでした。
カフェ ニコラ カフェ
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妻が狙っているのは「GEOX」です。最近歩きやすいらしく、ここの靴ばかり履いています。トリエステに行った際はペネロペ・クルスが来ていたジャケットまで買っていました。
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派手なサルディーニャの缶詰屋の前も通過していきます。帰国前のことも考えてスーツケースの店も見ておきます。
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ロシオ駅も夜になるとライトアップされてとてもきれいです。
ロシオ駅 駅
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ガブリエル・ファライルによるセバスティアン王の像は以前と同じに見えますがここに登って写真を撮ろうとした観光客によって破壊されました。
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ここにも美しいカルサーダスがあります。首都リスボンの市章には金と黒の帆船と2羽のカラスが描かれています。これはリスボンの守護聖人ヴィセンテの遺体を乗せた船がカラスに守られてこの街へたどり着いたという中世の伝説に由来します。
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レスタウドス広場には「石畳職人の記念碑」があります。「カルサーダ・ポルトゥゲーゼを作る職人を称えています。1体はハンマーで石を切っています。
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もう1人は石を打ち込んでいます。23年前に来た時は実際に作業をしている場面を見たことがありましたが、今回はそんな機会はありませんでした。
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「ホテル アベニーダ パレス/Hotel Avenida Palace」は19世紀後半に設計されたリスボンで最も権威ある歴史あるホテルの1つです。1回くらいお茶を飲みに行っても良かったなと思います。妻は「MANGO」でコートを買っていますが、この先どうやって持っていくか考えていません。
ホテル アベニーダ パレス ホテル
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一番歩くのが楽なグロリア船のケーブルカーで戻ることにしました。
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ちょうど降りてきましたがすぐには乗れません。運転手さんはシャッターを閉じてどこかに行ってしまいます。一応時刻表みたいなものはあるのでしょう。
ケーブルカーグロリア線 その他の交通機関
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遅い時間なので我々以外に乗る人もありませんでした。
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運転席に座って見ました。このケーブルカーが事故を起こしたというのはいまだに信じられません。
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ほんの数分で到着しました。ここからホテルまでは1分で戻ることが出来ます。
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路面電車もケーブルカーもクラシックなリスボンですが、我々のホテルのエレベーターも古いです。
ザ インディペンデント スイーツ&テラス ホテル
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乗り降りも手慣れたものです。
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部屋に戻って前日に買ったベレンの「パステラリア パステイス デ ベレン」で買ったエッグタルトを食べました。1日疲れ切った体には甘いものが必要です。
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取り外しが可能なスウェット素材のフードが可愛らしいMANGOのコートです。最初から分かっていましたがこの後ずっと持ち運ぶことになりました。ただこの先北に向かうとどんどん涼しくなっていったので買っておいて良かったです。
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