2024/11/08 - 2024/11/08
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kojikojiさん
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「ザ インディペンデント スイーツ&テラス/The Independente Suites & Terrace」での5泊が終わりました。朝食を食べてチェックアウトして、トランク2つを預かってもらいます。2泊3日でシントラとロカ岬、ケルースで1泊した後は再びリスボンに戻り再びこのホテルに1泊します。荷物を持ってグローリア線のケーブルカーで町を下り、ロシオ駅から近郊線に乗ってシントラに向かいます。シントラ駅からは坂道を下り「シントラ市庁舎/Camara Municipal de Somtra」の裏側にある「カーサ ホルシュタイン キンタ ジ サオ セバスチアオ/Casa Holstein Quinta de Sao Sebastiao Sintra」という邸宅ホテルに向かいます。今回のホテルの多くはAgodaから予約を入れていました。ホテルのゲートは閉まっていて、ボタンを押すとフロントに繋がっているので名前を伝えると鍵が開きました。庭をしばらく歩いた建物にフロントがあり、ここで荷物を預けて身軽になります。妻が少し休憩している間に邸宅内を少し探検しましたが、その広大な広さには驚きました。オーナーは敷地の一部に住んでいるようです。身軽になった後は「シントラ王宮/Palacio Nacional de Sintra」へと向かい渓谷を歩きます。シントラも高低差のある町なので歩くのは結構大変です。23年前に来た時はリスボンから日帰りでケルース宮殿とロカ岬とカスカイスで1日、シントラは王宮とペナ宮殿とムーア人の要塞で1日でした。ところがこの王宮へ行った日は臨時休館で見ることが出来なかった場所です。その後周辺の宮殿も公開されているので今回は2日間でじっくり観光することにしていました。23年の思いを経た王宮の建物は素晴らしくおもいのこすことは無くなりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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「ザ インディペンデント スイーツ&テラス/The Independente Suites & Terrace」での5泊が終わりました。とはいっても3日後にもう1泊して、旅の終わりの3週間後にも再び戻ってきて2泊します。
ザ インディペンデント スイーツ&テラス ホテル
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リスボン市内の捕獲的いい場所で朝食付きで2人で12,600円は安くてよかったです。何よりスタッフの若者たちのサービスが気持ち良かったです。
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チェックアウトして大きなトランク2個はホテルで預かってもらいました。再び戻ってきて宿泊するので、3日間預かってくれました。
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「ケーブルカーグロリア線」に乗って「ロシオ駅」に向かいます。ちなみにケーブルカーは大きな荷物は持ち込めません。旅の終わりに新しいトランクを買ってホテルに戻る際は「大きなトランクは持ち込めないんだよ。」と注意されましたが、カルカッタから七日、運転席の横に置かせてくれました。
ケーブルカーグロリア線 その他の交通機関
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運転スタイルは人それぞれで、椅子に座る方や立ったままの方がいらっしゃいます。
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今回の旅でも素手の6回くらい乗っていますが、何度乗っても写真を撮ってしまういます。ただの交通機関だけではない心に残る乗り物です。
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ケーブルカーを降りて「ロシオ駅/Rossio Train Station」まで歩いてきました。
ロシオ駅 駅
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ボストンバックをそれぞれ1つづつ持っての2泊3日の旅です。ミレニアムの2000年の年末と年始を過ごしたパリの「エルベシャプリエ/Herve Chapelier」で買ったサイズ違いのお揃いのバックは25年使い続けています。
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シントラまでは近郊線に乗るので昨晩エヴォラの帰りに買ったViva viagem(ヴィヴァ・ヴィアジェン)で乗ることが出来て片道1人2.4ユーロです。「シントラ駅」までは30分ほどの移動です。
シントラ駅 駅
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「シントラ駅」からは「シントラ市庁舎/Camara Municipal de Somtra」の脇の坂道を下った先にホテルがあります。
シントラ市庁舎 建造物
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大きな鉄のゲートが閉じられていたので横のブザーを押すと応答があり、名前を告げると鍵が開きました。ヨーロッパの古い集合住宅などにあるスタイルなのでちょっと嬉しい気分になります。
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今回シントラで宿泊するのは「カーサ ホルシュタイン キンタ ジ サオ セバスチアオ/Casa Holstein Quinta de Sao Sebastiao Sintra」というブティックホテルです。
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ホテルにはなっていますが、お屋敷といった雰囲気です。ここもAgodaで予約しましたが1泊26,700円と我が家にとってはちょっとお高めのホテルです。
カーサ ホルシュタイン キンタ ジ サオ セバスチアオ ホテル
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荷物だけ預けて少し休憩させていただきます。妻はもう歩きたくないので1人で敷地内を歩いてみます。
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レセプションのある建物の下にはレストランがあり、朝食はそこでいただくとのことです。さらにその下にはプールとジムがあります。
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下の庭園やプールやジムへはこの先の階段から降りられます。
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広大な庭園からはこの後に行く「シントラ王宮/Palácio Nacional de Sintra」が見えています。かなりの距離と高低差があるので妻には黙っていましょう。
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さらに「ムーア人の要塞/Castelo dos Mouros」の城壁も見渡せます。ということは翌日あそこまで登ればこのホテルが見えるということになります。
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11月というのに美しい花が咲き乱れた庭園はシンメトリーの美しいバロック庭園です。このパビリオンは結婚式の披露宴などが出来るようです。
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その奥にはチャペルまであります。結婚式とパーティが出来てもこのホテルには全部で13室しかありません。
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我ながら良いホテルを選んだと思います。基本的に個人旅行の際はこういった歴史ある小さなホテルを選んでしまいます。
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ホテルにはもう1カ所で入り口があり、そちらから「シントラ王宮」に向かう方が近そうです。
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観光客の通らないような裏道を歩いていきますが、すぐに坂道になります。「シントラ駅」からホテルに向けて坂を下っても余計に登らなければなりません。
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「シントラはディズニーランドではない」と描かれたバナーがありました。ここでもオーバーツーリズムが問題になっているようです。リスボンはまだキャパシティもありますが、シントラは小さい町なので破綻しているのかもしれません。
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最期の登り坂を進んでいきます。王宮の白い煙突が印象的な建物です。
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ここへは23年前も来たことがあるのですが、臨時休業の日に当たってしまい、中の見学をすることが出来ませんでした。今回は予約もしてあるので安心です。
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「シントラ王宮/Palacio Nacional de Sintra」に着きました。社会科見学の子供たちが名rんでいましたが、個人客は先に入れてもらえました。
シントラの王宮 城・宮殿
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この王宮はポルトガルで最も保存状態の良い中世の建物、少なくとも15世紀初頭から19世紀後半までほぼ継続的に居住されてきました。
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この王宮はムーア人のアンダルス時代に現在のシントラにあった2つの城のうちの1つであり、8世紀のウマイヤ朝によるヒスパニア征服に始まりました。もう1つは現在の「ムーア人の要塞/Castelo dos Mouros」として知られ、シントラを見下ろす高い丘の頂上にあり、こちらは廃墟となっています。
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イスラム・ムーア人のタイファの居住地は12世紀にアフォンソ・エンリケス王に征服され、城は彼のために利用されるようになります。現在の宮殿におけるゴシック、マヌエル様式、ムーア様式、ムデハル様式の融合は主に15世紀から16世紀初頭の建築に由来するものです。
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ジョアン1世の息子のドゥアルテ1世はこの宮殿を非常に気に入り、長期間ここに滞在しました。この宮殿への思いはドゥアルテの後継者のアフォンソ5世がここで生まれたこともあるようです。アフォンソ5世の後継者ジョアン2世はここでポルトガル王となりました。
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宮殿の構造と装飾を決定づけたもう1つの大規模な建設運動は1497年から1530年にかけてマヌエル1世によって、大航海時代の探検による富を活用した改築工事です。この王の治世では過渡期のゴシック・ルネサンス様式であるマヌエル様式が発展し、また多色の陶磁器タイルを好む装飾美術形態が発展し、イスラム芸術の影響(ムデハル様式)の復興が見られました。
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この部屋はペドロ5世の王と後に王妃となるステファニーの寝室として改装されました。天井には王冠と「PS」のモノグラムが描かれた紋章があったようです。
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さらにこの部屋は王妃のためのバスルームが七らえられ、給湯と配水のための配管も整備されていました。温水と冷水の蛇口がある浴槽など近代的な設備がありながら、持ち運び式の座浴用のタライなども共存していました。
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この部屋はルイス1世の王妃マリア・ピアのリネン類や衣服が保管されていたクローゼットです。壁面にはその当時のクローゼットや天井のステンドグラスが残されています。紐を引くとガラスが開閉して換気機能としての役割もありました。
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エントランスホールに置かれた水盤の頭部からは水が出ています。gんゾンしている例はあるかもしれませんが、実際に水が出ているのは初めて見ました。
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宮殿警備室はハルバートやグレイブを持った衛兵の部屋でした。ハルバートは15世紀から19世紀にかけてヨーロッパで主に使用された武器で、槍の穂先に斧頭が付いていました。グレイブは槍の穂先を剣状にしたような形状で、日本でいうなぎなたのような武器です。
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シントラの旅はまだ始まったばかりですが妻はもう疲れてしまったようです。
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「白鳥の間」はマヌエル様式で造られ、天井に描かれた白鳥にちなんで名付けられました。新郎フィリップ・ル・グッド・オブ・ブルゴーニュの家の象徴である白鳥の数は花嫁のインファンタ・イザベルの年齢と同数になっています。
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ジョアン1世とランカスターのフィリッパ王妃の宮殿の大広間としても使われ、19世紀までここは廷臣たちが阿留まり、宴会や音楽会、公式レセプションや宗教的な祝祭、さらには葬儀まで執り行われました。
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「白鳥の間」の先には美しいテラスが見えています。
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方形の同じサイズのタイルの組み合わせで美しい暖炉を構成しています。ただ、この広さの部屋では暖房の役目はそれほど大きくはなかったのではないかと思われます。
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「パティオ」
宮殿の初期の翼にはタイルで装飾された中庭があり、イスラム様式の水利施設が設けられています。 -
色絵タイルで造られたベンチは方形の1枚タイルではなく破片を固めて1枚のタイルにしたヒスパニック・ムーア伝統のアリカタ―ド(Alicatado)と呼ばれる幾何学的なピースを組み合わせたものになっています。リスボンの「国立アズレージョ博物館」で学んできたことが役に立ちます。
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「カササギの間」は天井に描かれたカササギの絵にちなみます。鵲のくちばしにはpot bem、「善意で」と書かれた赤いバラがくわえられています。これには逸話があり、ある時にジョアン1世が女官にキスしているところを王妃フィリパ・デ・レンカストレに見つけられました。
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王は「善意でキスしたのだ。」と弁解しましたが、フィリパは何も言いいませんでした。噂が女官たちの間で広まってしまうと王は「おしゃべり」という意味のあるカササギを部屋の装飾に用い、フィリパの実家ランカスター家の紋章である赤いバラを描かせました。
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天井に目が行きがちですが、この部屋のタイルも手間のかかるアリカタ―ド(Alicatado)で埋め尽くされています。
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ジョアン1世とフィリッパ王妃の2番目の部屋は謁見に最もよく使われたようです。威厳に必要な演壇や絨毯、椅子や天蓋などがそれに当たりますが、19世紀になると謁見の必要性は薄まり、この部屋は宴会に使われるようになります。
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ジョアン1世とフィリッパ王妃の3番目の部屋は君主がより社会的地位の高い人を迎えることが出来る場所でした。国王は召使や近親者に囲まれたベットで眠ることも出来ました。召使たちは床で寝ていたそうです。
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スペインではバルゲーニョと呼ばれる17世紀から19世紀のスタイルのキャビネットです。エボニーと呼ぶ黒檀で造られ、象牙やべっ甲などで象嵌された見事なものです。
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15世紀から16世紀の間のkの部屋は金で覆われていたことから「ゴールデンチャンバー」と呼ばれています。
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壁を覆う古い葡萄の歯のタイルの色が何とも言えません。角度を90度変えただけの組み合わせ壁に動きを感じます。リスボンのアンティークタイル専門店では1枚がものすごく高い値段で売られています。
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タイルの壁だけだと味気ない空間も調度品が並ぶとより一層魅力的に見えてきます。
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左はイノシシの頭のチューリンです。チューリンとは宮廷でスープなどをサーブする蓋付きの器で、蒸気を逃がすために鼻の穴が開いています。右側も同じ鳥型のチューリンのようです。
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雄牛のチューリンの角はハンドルとして必要なんでしょうね。タイの器は日本にも同じようなものがあるので不思議な感じがします。
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ジョアン1世とフィリッパピ日の4番目の部屋は天上の装飾から「人魚の間」と呼ばれていました。ここには王と王妃の重要な持ち物を箱に入れて保管していました。
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「カマリンの間」の部屋で一番の見どころはテーブルの上に置かれ阿t黄金に輝く天球儀で、1575年にドイツのアウクスブルグでクリストフ・シスラーによって製作されたポルトガルで最も古い天球儀です。左側のタペストリーはローマ皇帝ジュリアス・シーザーの生涯を描いた16世紀のものです。
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壁面には17世紀のイタリアやフランドルの静物画や聖家族を描いた絵画が飾られています。
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上段には「磔刑」の絵を飾り、下段には「降誕」とイエスの生涯の最初と最後という究極の選択が選ばれています。
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こちらは「ピエタ」とそれを悲しむような表情の聖人の胸像が置かれています。
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いつもは必要カ所だけを144%の拡大コピーをしてくるのですが、今回はページ数が多くなりすぎるのでそのまま持ってきました。このままだといちいち老眼鏡を掛けなければならないので不便に思える年齢になりました。
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時折表に出られたり、外が見える見学ルートはありがたいです。館の中だけだと息が詰まってしまいます。
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「ギャラリールーム」と呼ばれる部屋はジョアン3世の命で建てられた部屋は彼の部屋と宮殿の北西翼をつなげていました。孫のセバスティアン王がここで昼寝をし、主人たちと会話したとも言われています。
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天井には17世紀のポルトガルやオスマン帝国、オランダのガレー船が描かれており、重要な出来事を記念するための意図があった可能性が現在ではその意味は不明なようです。
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シントラの王宮の中に使われているタイルはイスラム時代の古いものとその後の時代のポルトガルで造られたものが混在しています。
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イスパノ・モレスク陶器はイスラム教徒支配下の中世スペインで発達し、錫釉の白地に金属光沢のラスター彩やコバルト青などで幾何学文様や植物文様を描いた装飾陶器を指し、のちのマジョリカ陶器などヨーロッパ陶芸に大きな影響を与えました。
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先日「グルペルギアン美術館」で見てきた完全にイスラムを感じる陶器とは違った素朴さも兼ね備えた美しさを感じます。
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マヌエル様式のゲートの先はこの王宮での見どころの1つである「紋章の間」です。
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「紋章の間」はマヌエル様式で造られ宮殿内で最も壮麗に装飾された部屋であり、ポルトガル貴族の紋章で埋め尽くされており、ヨーロッパでも最も芸術的に重要な紋章室の1つです。
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紋章はマヌエル1世王のもとで理想の君主制の頂点を表しています。この部屋のドームの中央に紋章を置くことで、マヌエルは非常に階層的でありながら相互依存の社会の中心かつ頂点として自らを位置づけました。彼の権力は貴族の支持に依存しており、貴族は王から地位にふさわしい社会的地位を得ていました。
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中欧の紋章の周りの8つのポルトガル王家の紋章の下には8枚の鹿のプレートが掲げられ、さらにその下には角に白いリボンを掛けた鹿が首に紋章を下げています。
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重厚で巨大な天井を支える壁面は青と白のアズレージョタイルで覆われています。天使とアカンサスの模様で囲まれた中には王宮での狩猟の場面が描かれています。
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ポーチュギース・ポインターは伝統的な鷹を使った猟に使用されていました。犬の主人は腕に鷹を止まらせ布で覆い、犬に獲物を探させます。獲物を発見するとポイントを行って主人に知らせます。鷹の覆いをはずすと鷹は獲物の許へ飛び立ち、一瞬で仕留めるというのがその狩りの方法です。ポーチュギース・ポインターは王や貴族の石棺の蓋の足元に座る姿で描かれています。
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周囲の8つの紋章には「Infante」とその後に名前が書かれてあります。これはポルトガル語とスペイン語に共通する語で、国王や女王の子どもですが王位継承順位の1位ではない人物を指す称号です。
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中央には王の紋章が金色に輝いています。それを支える兄弟や叔父たちなのだと思います。
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「礼拝堂」ムーア人支配下や最初のポルトガル王の治世中に建てられたものは現存しておらず、宮殿で最も古い現存部分はこの王室礼拝堂で、おそらく14世紀初頭のディニス1世の治世中に建てられたと考えられます。宮殿の礼拝堂はタイル張りの床で、後陣にはカーペットのように敷かれたタイルが敷かれています。
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壁はタイルのような模様の四角形で塗られており、鳩の形は降臨する聖霊を表しています。木製の天井は幾何学模様のムーア風の格子で装飾されています。
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再び表に出て修道院の中庭のような列柱の中を進みます。
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次の「アラブの部屋」はタイル張りの部屋で、中央にはムーア様式の噴水があります。この部屋は裁判官または評議員の会議室の外にあります。
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幾何学模様のタイルはイスラム風ですが、噴水と共にマヌエル1世の時代にものです。
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一見するとヒンドゥーを思わせる噴水ですが三叉の矛を持ったネプチューンの姿があったりするのでギリシャ・ローマに由来するもののようです。
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「キッチン」までやってきました。この2つの巨大なキッチンにはそれぞれの壁に設けられたオーブンと調理用コンロがあり、天井の代わりに巨大な円錐形の煙突が天井に向かって細くそびえています。この煙突が表から見える2本の塔のようなものです。その高さは33メートルにも及びます。
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このかまどで煮炊きするための薪の煙は直接煙突を伝わって表に排出されたのだと分かります。ガスや電気が使われていない以外は現在の厨房と変わらないような設備です。
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この巨大な厨房はジョアン1世によって宮殿全体に料理を提供するために造られました。その規模からも宮廷で数百人の使用人がいたということを裏付けるものです。シントラ王宮では狩猟が行われる場所で会ったため宴会用の料理もここで調理されました。
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ようやく王宮の見学が終わりました。23年前に臨時休業で悔しい思いをした気持ちがこれでようやく払しょくされました。
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さらに前回は公開されていなかった宮殿や時間が無かったところにも十分な時間を取って見学することが出来ました。次は「レイガイラ宮殿/Quinta da Regaleira」に向かいます。
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