2024/11/08 - 2024/11/08
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kojikojiさん
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「レイガイラ宮殿/Quinta da Regaleira」の見学を終えた後は再び歩いて王宮周辺まで戻り、「パステラリア ピリクイータ/Pastelaria Piriquita」に立ち寄って休憩しました。ケイジャータとトラヴセイロを注文して紅茶もいただきます。疲れた体には甘いお菓子と紅茶が沁みわたります。ケイジャータ(queijada)はポルトガル発祥の小さな焼き菓子で、タルトのような見た目です。トラヴセイロ(travesseiro)は直訳すると「枕」という意味で、枕型の形をしたポルトガルのお菓子です。王宮からは「ムーアの泉/Fonte Mourisca」を経由して「シントラ駅」まで戻り、駅前からミニバンのようなバスに乗って「ロカ岬/Cabo da Roca」に向かいます。1253番のバスに午後2時40分に乗って、到着は午後3時30分でした。まずはツーリストインフォメーションに立ち寄って「到達証明書」を書いてもらいます。1人11ユーロと結構なお値段で大きいのですが、記念だと思って名前を書いてもらいます。それを持って足元の悪い断崖沿いを歩き、「記念碑」まで進みます。ここは観光名所なので大勢の人が記念写真を撮っています。ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙情詩「ウズ・ルジアダス」の第3の第20節に詠まれている「ここに地果て、海始まる(Onde a terra se acaba e o mar começa)」」という一説が刻まれています。人の多い「記念碑」から離れて南側の断崖の方へ向かうとさらに足元は悪くなってきます。それまで前にリュックを持っていましたが足元が見えないので背中に背負うとほんの10分ほどの間に妻は今回2度目のスリにやられました。今回は内側のジッパー迄開けられ、中に入っていた小さなポーチを持っていかれましたが、中にはロキソニンが入っていたくらいでした。妻にとっては薬を持っていかれたことの方がショックだったようです。まだ旅は長いですから。2人で歩いているときにインド系のような女性が2人スマホを持って歩いていて、ずいぶん我々に近いなとは思ったのですが、スリとは思いませんでした。昔の言葉でいうとジプシーらしい若い女性でしたが、昔のような貧相な姿ではなくおしゃれなコートを着てスマホを持っていたので頭の中で結びつきませんでした。彼らはバス停近くのベンチに6人くらいで座っていたので、路線バスで来る個人旅行者を物色しているのだと思います。ツアーだと他の人の視線がありますからね。大きな損害もケガも無くてよかったのですが、あまり気分の良いものではありません。午後4時30分の同じバスでシントラに戻りますが、往路とはルートが違いシントラ駅に着いたのは午後5時10分でした。駅前に中華料理店があるのは分かっていたので入ることにします。シントラはリスボンから日帰りが多いので午後6時頃になると町中からは人が減ってしまい、店にも我々以外1組のお客がいるだけでした。やっぱり中華料理は美味しく元気も出てきます。真っ暗な道を下ってホテルに戻り、チェックインして部屋に向かいます。多少奮発して1泊26,000円の部屋はとてもきれいで広く、バスルームの広さは特筆ものでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
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ロカ岬へ行く前に「パステラリア ピリクイータ/Pastelaria Piriquita」というお菓子屋さんに立ち寄ります。日程を考えるとレストランで食事をする時間はありません。
パステラリア ピリクイータ パン屋
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ショーケースの上にはケイジャータ(Queijada)が積まれています。このシントラ名物のお菓子は13世紀のサンショ2世の時代にまで遡ると言われます。
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ショーケースの中にはたくさんの美味しそうなお菓子が並び、下段には枕の形をした「トラヴセイロ・デ・シントラ」は並んでいます。
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お昼を食べる時間が無いのですが、ここでお茶とお菓子をいただくことにします。
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店内奥のカフェは満席でしたが、うまい具合に席が空いたので座ることが出来ました。
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ケイジャータ(queijada)はポルトガル発祥の小さな焼き菓子で、タルトのような見た目です。ベースは小さなタルト生地で中身はチーズや卵、砂糖をたっぷり使ったフィリングで外は少しサクッ、中はしっとりで濃厚で甘い味わいです。トラヴセイロ(travesseiro)は直訳すると「枕」という意味で、枕型の形をしたポルトガルのお菓子です。シントラの名物「トラヴセイロ・デ・シントラ」が有名で、焼きたては外サクッ、中とろっとした食感で人気があります。
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2人で紅茶を飲んでお菓子を食べても8.5ユーロで済むのがありがたいです。甘いものを体に入れると元気になってきたのでシントラ駅に向かって歩き出します。
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「ムーアの泉/Fonte Mourisca」
道中にあるこのムーアの泉は建築家ホセ・ダ・フォンセカによって設計され、1922年に町の入口を「シントラで最も価値ある水を尊厳あるものにする」ために建設されました。1960年のシントラ道路の広がりでの建設工事により噴水は撤去されましたが20年後にこの場所に再建されました。 -
建築は大きなアーチを特徴とし、そこからさらに3つのアーチがネオムーア様式のタイルで埋め尽くされています。中央には石に刻まれた自治体の紋章が嵌め込まれています。
ムーアの泉 建造物
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通りは大きくカーブしていて「シントラ王宮」の建物が見えてきました。このルートは車道なので大きく迂回しているので歩く距離は長いです。
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「シントラ市役所/Câmara Municipal de Sintra」
シントラ市庁舎はシントラにおけるロマン主義建築の見事な作例で、1909年に完成しました。マヌエル様式にインスパイアされた入口と華やかな時計塔は見事な光景を生み出しています。内部は一般公開されていませんが外観は自由に鑑賞できます。シントラ市庁舎 建造物
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市役所の前にあった石造りの柱はモニュメントではなく「シントラのさらし柱/Pelourinho de Sintra」というものです。ポルトガルとその植民地の都市の広場などに立てられた石の柱で、公的な処罰や見せしめを行う場所や罪人を縛りつけてむち打ちなどを行う場所、そして権力や司法権の象徴でもありました。
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「シントラ駅」までようやく戻ってきました。バス停は「大福楼」という中華料理店のまだ先にありました。
シントラ駅 駅
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1887年までシントラへの公共交通手段は首都から出発する時間のかかる馬車のみでした。リスボンとシントラ間の鉄道接続は当初アルカンタラ・テッラから始まり、ロッシオへの接続は1891年6月に開通しました。
ポルテラ デ シントラ駅 駅
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「サブガの泉/Fonte de Sabuga」
1757年に建てられた控えめなバロック様式の泉は青色と黄色の縁取りが特徴です。この噴水は新鮮な飲料水を提供しており、シントラの街を巡る旅行者にとって便利な立ち寄りスポットとなっています。 -
先ほど散々歩き回った「レイガイラ宮殿」の前を通過しました。町中のカフェに行かなければここから乗ることも出来ました。ただ40分ほどミニバスの中で立っていなければなりません。
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「マタ・アルヴァの泉/Fonte de Mata Alba」
この泉は1875年に再建されたものでアラビア風のアズレージョタイルで装飾されています。球体のドームが特徴的で、かつては公共の飲料水や洗濯の場として使われました。 -
翌日行く「モンセラーテ宮殿」の近くを走り抜けるバスの車窓からは美しいシントラの森や町が見えました。
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シントラ駅前から「ロカ岬/Cabo de Roca」へ行く1253番のミニバスは40分ほどで到着しました。バスは車内で料金を支払いました。
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バス停の前にはツーリストインフォメーションの建物があるのでここにも立ち寄ることにします。23年前にここへ来た際はブラジルで小学生に水泳を教えていたというJICAの女性でした。一緒にここで到達証明書を書いてもらいました。今回は妻と一緒に別デザインの到達証明書を書いてもらいましたが、1枚11ユーロと安くはありません。
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ブラジルで水泳を教えていたという女性はずいぶん長い旅行をされていて、ネパールでは通りすがりの男性の家に泊めてもらったり(家には奥さんがいたそうですが)、ドイツではドミで一緒だった香港の女性と別れた後にトランクをコインロッカー近くの柱にチェーンで留めて観光をしていて、戻ったら警察の爆弾処理チームが来ていて罰金を支払ったとか信じられないような人でした。
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「ロカ岬灯台/Cape Roca Lighthouse」
ポルトガル国防省・国家海洋局 (Autoridade Marítima Nacional) 所管のロカ岬灯台で、1772年に建てられたポルトガル沿岸で最も古い灯台の1つです。 -
青空に白い建物と赤い灯台がとても美しく映えます。灯台は海抜165メートルの位置に高さ22メートルで建設されています。その光の射程は約48キロメートルにもなるそうです。
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周辺には100メートルを超える崖があり、花崗岩の地層の一部には強い海岸侵食の痕跡が見られます。堆積した土砂も削られ、柵の基礎が現れています。
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こういった場所が嫌いな妻はなかなか崖の近くには行ってくれません。
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本人は歩きやすそうな岩の無いところを進んでいますが、結構危ないところを歩いていることに気が付いていません。
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100メートル以上の高さがあるので岩に砕ける波の音は全く聞こえません。
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モロッコのカサブランカで夕日に輝く海を眺めて以来の大西洋です。この翌年には英国周遊のクルーズ旅が待っているので楽しみでした。
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この大海原を見てしまうとそのクルーズにコネクトしているマイアミからサウザンプトンまでの大西洋横断クルーズも一緒に申し込めばよかったかなと思います。
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コロナ禍前に計画倒れしてしまったカナリア諸島のクルーズには行っておけばよかったと思います。その当時30万円以下で行けたクルーズ代金はもはや倍近くになっています。
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ロカ岬はかつて多様な植物の生息地でしたが、現在は外来植物のカルポブロトゥス・エドゥリスに侵占されています。この多肉のマット状の植物は、数十年前に地被植物として導入されましたが、現在では近隣の耕作地の多くまで覆っているようです。
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ずいぶんと岸壁に沿って下ってきました。太陽もだいぶ傾いてきたので釉薬が見えるかもしれませんが、そこまで遅い時間までいるつもりもありません。
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「深夜特急」で沢木耕太郎が行ったのは最西端の「ロカ岬」ではなく最南西端の「サン・ヴィセンテ岬」ですが、やはりポルトガルに来たら「ロカ岬」を目指してしまいます。
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ウズ・ルジアダス(Os Lusiadas)はポルトガル最大の詩人と言われるルイス・デ・カモンイスによる叙事詩で、大航海時代におけるポルトガルの海外進出と栄光をホメロスを模した雄大な作風で描いています。
ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬の碑文に刻まれた「ここに地終わり海始まる(Onde a terra acaba e o mar começa)」という言葉は、この作品の第3詩20節から取られています。
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かなりの観光客が来ていますがうまい具合に記念写真を撮ることが出来ました。この後もう少し南側の断崖まで歩こうとしたのが問題の発端になりました。
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こちら側へはあまり人が来ないので地面は岩がごつごつしています。妻より少し前を歩いていて、何度か後ろを振り返りました。その時にインド系のような女性が2人がスマホを持って歩いていました。一瞬ずいぶん近いところを歩いているなと思いましたが気にはなりませんでした。
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人が減ったところで再び記念碑に戻って2人の写真を撮ってもらいました。この後バス停方面へ歩いていると年配のご夫婦が「背中のリュックが開いているよ。大丈夫?」と声を掛けてくれます。妻のリュックに目をやるとジッパーが大きく開けられ、中のジッパーも開いています。1週間に2回もスリに遭ったということです。今回やられたのは小さいポーチで、中にはメガネとロキソニンの錠剤が入っていました。
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そこで先ほどの2人がスリだと分かりました。そしてインド風の顔つきはジプシーだと思考が繋がりました。昔は少し薄汚い格好をしていたのですぐに分かりましたが、今はこぎれいなコートを羽織って、スマホを持っているので見分けがつきません。以前ブリュッセルでスリに遭ったことがありますが、正直狙われたら防ぐのは難しいと思いました。レザーのハーフコートの下のズボンのポケットから薄いカード入れを抜かれましたから。
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ツアーよりは個人の方が狙われやすいことや写真を撮っていたり足元が悪いとか意識が荷物から離れるタイミングで複数人で狙われます。被害に遭っていても巻き込まれることを避けるために誰も注意はしてくれない。警察に届けられないような鉄道駅や空港やバスターミナルは危ないです。ポルトガルではこの2回以外にトラブルはありませんでしたがあまりいい気分ではありません。
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これからはジプシーが忌み嫌うカエルを背中に付けておこうと思います。妻は開けやすいマンダリアーナダックのリュックを使っていますが、空けられやすいということでもあるので、これ以降は小さなカラビナをつけるようにして、無用なものは持って行かないように注意しています。
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ロカ岬からのバスは巡回しているようで、往路とは違った道を通って「シントラ駅」に着きました。途中で道路と並行して線路が見えた路面電車には今回も乗れませんでした。
シントラ駅 駅
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午後6時前になるとシントラの町から観光客の姿は消えてしまいます。ほとんどの人がリスボンからの日帰りなのだと感じます。
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日中からメニューを見て入ることを決めていた「大福楼/Da Fu Lou」に向かいます。店の中には我々2人と奥のテーブルに2人の老夫婦がいるだけでした。150人くらいは入れる大きな店なのでびっくりです。
ドウトール ミゲル ボンバルダ通り 散歩・街歩き
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疲れた時には必ず中華料理店を探すのが我が家のルーティーンで、なお且つスープは酸辣湯と決めています。この店の酸辣湯はかなり本格的で貴州省を思い出すほどでした。
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次に出てきたのは麻婆豆腐で、これもかなり本格的で成都の陳麻婆豆腐店の味に近いです。
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これも美味しい割には日本の中華料理店ではあまり食べられない檸檬鶏もあったので注文しました。これもヨーロッパの中華料理店で初めて食べて感動した料理です。
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このメニューに白ご飯があれば後はビールが来るのを待つだけです。さすがに週2回のスリに妻は凹んでいましたが、晩御飯を食べたらすっかり元気になりました。
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ポルトガルで中華料理が食べられたのはリスボンとシントラだけでした。それ以外の町では特に食べたいと思わなかったせいか探すこともありませんでした。それくらい日本人にポルトガル料理は口に合うのかもしれません。隣国のスペインでは3週間を超える旅で毎回マドリッドからの帰国前に具合が悪くなり、同じ日本食レストランに3回も通ったことがあります。
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お腹も満腹になり、午後8時過ぎに市役所の裏側のホテルに向かいます。
シントラ市庁舎 建造物
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「カーサ ホルシュタイン キンタ ジ サオ セバスチアオ/Casa Holstein Quinta de Sao Sebastiao Sintra」の入口の扉は閉まっているので横のボタンを押して鍵を開けてもらいます。
カーサ ホルシュタイン キンタ ジ サオ セバスチアオ ホテル
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真っ暗な屋敷の庭園を抜けてレセプションに向かいチェックインをします。
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1階のバルコニー付きの部屋を予約してありましたが、使う時間も無かったので2階の部屋で良かったと思います。
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部屋の扉を開けて電気をつけるときれいなインテリアにびっくりです。ここまでリスボンのホテルは面白いインテリアでしたが2人で1週間滞在するには手狭な感じがありました。
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ここでは大きなデスクにソファーもあります。
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シントラに由来するような版画なども飾られて、本当にシントラの邸宅に滞在しているような気分になれます。
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ベットルームの奥にはバスルームがありますが、ここの広さにもびっくりです。
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大きなバスタブは使い勝手が良いのですが、きれいな洗面台は周りに台が無いので使いづらいです。
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反対側の窓の下には木馬の付いた三輪車が置かれてあります。横には壁付けの給湯式パネルヒーターが設置されているので部屋の中は温かいです。
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ロカ岬の到達証明書は2種類ありました。
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こちらは妻のもので、Cerfificoの後にはカッパープレート体のカリグラフィーで名前を入れてもらえます。
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2種類あったのでこちら側も選びました。
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こちらにも名前と日付けを入れてもらえます。
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裏面には日本語でも証明文が書かれてあります。韓国語や観光客の増えている中国語がが無いのが不思議です。トラブルはありましたが、気を取り直して翌日の日程の確認をして早めに寝ることにします。
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